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第五章 黒の主、未知の領域に立つ
101:一万年の悪意
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かつてこの世界【アイロス】に顕現した神がいた。
その名は【邪神ゾリュトゥア】。
邪神は世界を破壊する為、自らを世界に下ろし、眷属と共に世界を蹂躙し始めた。
邪神は【創世の女神ウェヌサリーゼ】が創り出した、数々の神のうちの一柱であった。
女神からすれば自ら創った神の手より、自ら創った世界が滅ぼされる事態となったのである。
邪な権能を持つ神を創ったが故の報いではある。
しかしながらその報いを甘んじて受けるような女神ではない。
女神が用意したのは一人の男。
それは【原初の種族】と言われた、力を持たぬ基人族であった。
その者に力を与え、同時に眷属である天使族に神託を下した。
『この者は邪神に立ち向かう者。その勇気を持った者。あらゆる種族をまとめあげ、共に″魔″と戦う定めにある者』
そうして男は【勇者】と呼ばれた。
女神から与えられた力に、多種族をまとめあげる特別な力があったのかは分からない。
しかし実際に様々な種族、それこそ世界に散らばる多種多様な種族が勇者の下に集まった。
例えば多様の変化を見せる獣人系種族。
例えば森に生きる種族。
例えば大地に根付く種族。
例えば魔法に傾倒する種族。
全く戦えない種族でさえ、勇者の下に馳せ参じた。
世界と全人類を巻き込んだ戦争は、壮絶な戦いの果て、勇者側の勝利で幕を閉じる。
邪神は世界から消え、眷属であった魔族もまた、生き残ったわずかな者が人々の生活圏から追い出された。
追い出され、祀る神が消えても尚、魔族の人類への恨みは消えない。
本能として魂に刻まれた『人類に対する悪意』はむしろ増したのだろう。
一万年前の戦いを知らない魔族であっても、誰もが人類への敵対行動をとるのだから。
ともあれ、生き残った魔族は、二つの方策を立てた。
一つは言わずもがな、邪神の復活。
地上から消え去ったとは言え、それは顕現された肉体の事。
神としての魂と呼べるモノは、未だ眠ったままだ。
その証拠に今も尚、眷属である魔族が生きている。
復活させるには途方もない時間と準備、様々な条件が伴う。
何せ人の手で神を世界に顕現させるのだから当然だ。
ただ召喚するのとは訳が違う。
そして二つ目は、勇者が再び現れた時の為の対応策。
つまりは『創世教の衰退』と『基人族の絶滅』である。
創世教は女神の眷属である天使族たちの主教。
その教えは女神を中心とした世界の成り立ちであり、様々な神、邪神についても説かれていた。
魔族にとって、そして邪神にとって邪魔となる情報源である。
これを人々の意識から離す為、長い時間をかけて徐々に教えを衰退させる。
時には偽の神官となり他教へと導いたり、時には嘘の神託を与え、人々の中に「創世教は間違っている」という考えを植え付けていく。
宗教改革、いや洗脳や扇動といった具合だ。
同時に基人族の絶滅を狙う。
勇者が基人族であったのだから、残りの基人族からまた勇者が産まれてもおかしくはない。
だからこそ徹底的に潰す必要があった。
しかしそれは結局、天使族によって防がれる。
自国であるウェヌス神聖国で保護する事で、何とか基人族の絶滅は阻止した。
大量に数を減らしたものの、少しでも残っていれば魔族にとっては脅威となり得る。
だから宗教改革と連動して、基人族の排他を行った。
『基人族は最も弱く、何の取り柄もなく、何事も為せない種族である』と。
これは予想以上の早さで広まった。
元々、各種族の深層意識にあったのかもしれない。
基人族がなぜ邪神討伐の旗頭になるのかと。
なぜ力も魔力も寿命も頭脳も、何もかも劣る基人族が先頭に立つのかと。
いずれにせよ、これにより創世教の教えの一つでもあった【原初の種族】という概念も消える。
誰もが『自分の種族は基人族が元となった』とは思わなくなった。
思いたくないという風潮が生まれ、やがて消えたのだ。
これで仮に基人族の中から勇者が産まれても、多種族をまとめる事は出来ない。
世界の意識はそういう風に変えられたのだ。
付き従うのは未だに創世教を説く天使族のみ。
いかに魔族にとっての天敵である天使族であっても、これでは邪神の妨げにもならない。
今や種族はそれぞれの神を奉じ、創世教の教えなど忘れている。
創世教は廃れた宗教。消えゆく宗教。
そういう風に世界中に周知されている。
「ふむ、その割には【創世の女神ウェヌサリーゼ】の存在は忘れ去られないのですね」
「そこが女神の厄介なところよ」
世界は女神が創ったもの。そして最初に創った種族が基人族。
いくら創世教を廃れさせ、基人族の数を減らしても、その存在価値は魂にまで刻まれているのだろう。
だから創世教の存在、女神の存在は人の中にあり続ける。
基人族をその目で見なくても、誰もが知る存在であり続ける。
「まぁ基人族がそういう存在だからこそ、排他は予想以上の成果を得たとも言えるがな」
「なるほど」
今やこうした知識を持つ者も少ない。
世界の全てを見ても、五人もいないだろう。
「それはなんとも貴重な機会を頂きまして」
「それが役目のようなものよ」
そうして目の前の男に背を向ける。
振り返る先にあるのは、美しく立派な像だ。
魔道具ではない、松明によってゆらめく炎は、それを時に眩しく輝かせ、時に暗黒の影を作る。
ゆっくりと膝をつき、頭を下げる。
もう何百万、何千万と繰り返した祈りだ。
「もうしばらくお待ちください」
小さな声は薄暗い室内に響いた。
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