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第五章 黒の主、未知の領域に立つ
102:大規模探索に出発!
しおりを挟む■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
「準備はいいか? 忘れ物はないな?」
『はいっ』
「よーし、じゃあ行くぞ」
屋敷のエントランスでご主人様は皆に声をかけました。
私を含め十四人の侍女が、並んで返事をします。
見た目も種族もバラバラな私たちではありますが、皆が侍女としての姿勢や佇まいをしているので綺麗に揃っていると思います。
ご主人様のお考えによる所もありますが、エメリーさんの教育が行き届いているのが大きいのでしょう。
皆、それぞれ武器を装備し、マジックバッグを腰や背に付けています。
このマジックバッグはほとんどが【鴉爪団】の拠点からもらったもの。
一部山賊からもらったものもありますが、大量にあるので重宝しています。
これも高価な品なのですけどね。
これから数日間、屋敷を留守にするに当たり、屋敷の備品や食料なども極力持って行きます。
警備の傭兵は依頼しましたが、何があるか分かりませんからね。
屋敷は引っ越し前のようにガランとした状態です。
さすがにご主人様が<カスタム>で設置したキッチンや電灯などは無理ですが。
屋敷の扉に鍵をかけ、これで戸締りは大丈夫でしょう。
庭に建てられた鍛冶場も同じような状態です。
「じゃあ行ってきますので、よろしくお願いします」
「了解しました。警備はお任せ下さい。ご武運を」
正門の脇にご主人様が設置した警備用の詰所には、雇った傭兵団のズーゴさんがいました。
他にも四名います。門の外に二名、庭で周囲の警戒をしているのが二名、それと詰所のズーゴさんですね。
この人はご主人様が年下の基人族であっても見下したりしない、非常に出来た方です。
傭兵組合も良い人たちを選んでくれました。
元Bランクという事で力量もあるそうですし、安心して留守をお願いできます。
屋敷からまっすぐ伸びる通りを南へ。
ご主人様を先頭にまとまって歩きます。
どことなく皆、楽しそうな表情に見えます。
これは訓練も兼ねた本格的な大迷宮の探索なんですがね。
一歩間違えれば死の危険もあるのですが……まぁ今さらですか。
今から気負うのも私たちらしくないと言いますか、張り詰めすぎると持たない気がします。
ちらりと後ろを見ると、サリュ、ネネ、ティナ、ポル、ジイナが手をつないで歩いてます。
ちびっ子五人組。実に微笑ましい。
しかしジイナは「なんで私が」という顔をしていますね。貴女十九歳ですものね。
代わりに十四歳のドルチェが入るべきですが、彼女は大きいですからね。
おや? ジイナ、貴女目の下に隈が……探索が楽しみで眠れなかったのでしょうか。
迷宮に入るのに体調管理を疎かにするとエメリーさんに怒られますよ?
大通りに突き当れば、組合まではすぐそこです。
まだ朝の時間帯とは言え、人通りはやはり多い。
中央区は組合員専用区画と言っても過言ではありませんから、やはり朝から迷宮に潜る組合員も多く、それを狙って商売する人もまた多いのです。
「げえっ! 【黒の主】!?」
「すげえ人数だな! あれクラン全員か!?」
「あれだけ揃うと威圧感が半端ねえな」
「クランで共通の装備って言うのもいいもんだな。見る分には壮観だ」
「あの数のメイドを……【黒の主】爆発しろ」
さすがにこれだけの人数で歩くと目立ちますし、絡んでも来づらいようです。
驚かれたり、遠目でヒソヒソ話されるのは慣れっこです。
それでも最近は侮蔑の視線がだいぶ少なくなったように感じます。
未だにご主人様が基人族だからと侮る輩もいるようですが、ようやく下火といった所でしょうか。
組合に入ってもやはり驚かれるのは変わりありません。
ザザッと人波が分かれるので歩きやすいです。
「セイヤさん、どうしたんですか、こんな大勢で」
受付からそう声を掛けてきたのは受付嬢の一人、羊人族のメリーさんです。
受付嬢は何人もいらっしゃいますが、この方が一番気兼ねなく話しかけて来る事が多いですね。
すっかり私たちもおなじみの方です。
「これからクラン全員で数日ほど探索してくるよ」
「全員で? またミスリルとかタイラントクイーンとかですか?」
以前、その時は計十人でしたが全員で探索した時には、その素材が目的でしたからね。
そして持ち帰ったはいいのですが、組合で買い取れないほどの量だったので大騒ぎだったのを思い出します。
結局全て売りさばけたのはオークションの数日前でしたからね。
まぁそのおかげで私たちの装備やスキルがオークションで買えたのですが。
「いや、今回は三階と、可能なら四階に行ってみるつもりだ」
「ファッ!? よよよ四階ですか!? そ、そうですか……ついに【黒屋敷】の皆さんが本格的な探索を……これは本部長に相談しなければ……」
なにやらブツブツと呟いていますが大丈夫でしょうか。
私たちは今までほとんどが日帰りですからね。
数日探索して戻ってこないというのは伝えておいた方が良いでしょう。
しかし四階と聞いて驚くのも分かります。
カオテッド十年の歴史で、現在の最高到達階層は三階まで。
誰も四階に到達した事はないそうです。
それを三階に行ったことすらない私たちが、四階を目指すというのですから。
普通は世迷言と思うでしょうね。
ご主人様は至って真剣なんですが。
私は何とも言えません。自信と不安と半々でしょうか。
驕るつもりも侮るつもりもないと。
ただこの十五人が揃って戦うのであれば、相手が仮に飛竜であっても何とかなりそうな気はしています。
「四階? あいつらマジで言ってんのか?」
「いくら【黒屋敷】でもさすがになぁ……」
「【魔導の宝珠】も【風声】も【獣の咆哮】もずっと三階なんだぜ?」
「調子乗り過ぎだろ。大迷宮なめんじゃねえっての」
「爆発しろ」
そんな組合員の声を無視しつつ、分厚い石壁で区切られた迷宮への入口へと向かいます。
組合の中にある迷宮の入口は、何重にも渡って隔離できるようになっています。
この石壁もそうですが、迷宮組合の建物自体が砦のように堅牢で、仮に迷宮から魔物が氾濫してもそれを防げる造りになっています。
迷宮への入り口は幅の広い下り階段。
そこを皆でそろって下っていきます。
「じゃあここからは隊列を意識して行くぞ。大所帯だから戦いにくいと思うけど、各パーティーでの戦闘だと思ってくれ」
『はいっ』
「まずはA・B・Cの順な」
今回の迷宮探索の目的はレベル上げ、経験値稼ぎです。
いつものようにCP稼ぎ目的で『一階層の弱い敵を効率よく数多く倒す』というものではありません。
なるべく深い階層で、なるべく強い敵と、なるべく多く戦う事が望ましい。
だからこそ三階層、もしくは四階層に行こうというのです。
問題なのは『六人以下のパーティーでないと経験値の分配がされない』という制限。
これは確定ではなく、ご主人様の予想です。おそらくそうだろうと。
七人以上のクラン単位で戦闘した場合、魔物に攻撃をしていないメンバーへの経験値は入らない。つまりはレベルが上がらないのではないだろうか、と考えておられます。
だからこそ組合は『パーティーは六人まで、それ以上はクランと呼ぶ』と決めている。
だからこそ私たちが普段探索する時も六人以下で臨んでいるのです。
ご主人様の予想は、組合が定めるパーティー上限と、ご自身が<ステータスカスタム>を見て『この【アイロス】という世界は経験値制・レベル制だ』と気付かれた事によるもの、だそうです。
そもそもレベルやステータスなど、この世界に住む人には分かりません。
ご主人様にしか『ステータス』が見えない以上、そういった概念自体がないのです。
自分の強さが『項目と数字』で表されているなど思いもしないでしょう。
しかし私たちはご主人様を通して知っています。
自分たちの強さの基準にはレベルというものがあり、それを上げるには魔物を倒す事による経験値が必要であると。
その為には六人以下で戦わなければならないと。
あくまで予想です。本当は十五人で戦ってもわずかに分配されているのかもしれません。
<ステータスカスタム>には『レベル』という表記はあっても『経験値』という表記はないそうですから。
しかしご主人様は経験値が未取得となる可能性を危惧されました。
そこで十五人をA・B・Cの五人×三パーティーに分けました。
パーティー間を少し離し、時間を決めて隊列を入れ替える事で、魔物に相対するメンバーを変えていくおつもりです。
ABC→BCA→CABといった具合です。
それぞれのパーティーについては前衛・後衛・斥候+回復などバランスを見て決めたそうです。
つまり―――
A:前衛:セイヤ【刀】・ネネ【短剣・斥候】・ドルチェ【盾・槍】
後衛:ミーティア【弓・火魔法】・ウェルシア【風・水魔法】
B:前衛:イブキ【大剣】・ヒイノ【盾・直剣】・ティナ【レイピア】
後衛:フロロ【土魔法】・アネモネ【斥候・闇魔法】
C:前衛:エメリー【ハルバ・投擲】・ツェン【爪】・ジイナ【槌】
後衛:サリュ【光・神聖魔法】・ポル【鍬・水・土魔法】
となります。
各パーティーのリーダーは、ご主人様・イブキさん・エメリーさんが務めます。
Cパーティーのポルが前衛に行く場合は、エメリーさんが下がるようです。
そこら辺は臨機応変に出来るでしょう。エメリーさんですし。
「じゃあ一階はさっさと通り抜けるぞ。二階まではオークションで得た武器やスキルを試しながら行くから、そのつもりでな」
『はいっ』
私は【炎のアミュレットリング】ですね。
【神樹の長弓】を使いながら、どうすればスムーズに火魔法が使えるか。
強くなる為に、存分に試させてもらいましょう。
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