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第五章 黒の主、未知の領域に立つ
114:とある導珠族の密談
しおりを挟む■メルクリオ・エクスマギア 導珠族 男
■72歳 Aランククラン【魔導の宝珠】クラマス 魔導王国第三王子
「なるほど、成果はなしか」
「ええ、確かに北西区で例の二人を見たとの証言がありました。しかしそれからの足取りが分かりません」
「難儀じゃのう」
僕は今、迷宮組合本部の最上階、本部長室に居る。
向かいのソファーに座るのは御年三百歳を超える御大、スペッキオ老。
つまりは迷宮組合の全体を取り仕切る本部長だ。
スペッキオ老は元々王城に勤めていたこともある導珠族。
今でこそ迷宮組合に籍を置くが、王家との繋がりは未だにある。
だからこそ僕の良き協力者でもある。
もちろん魔導王国で起きている【天庸】による一連の事件も知っていて、国の事を気にかけて頂いている。
僕が組合員としてカオテッドに居る理由も知っている人物の一人だ。
迷宮組合は世界中にあり、国からは独立した組織である以上、長のスペッキオ老が魔導王国に肩入れするわけにはいかない。
あくまで『中央区、またはカオテッド本部への危機となりうる存在』として【天庸】を探っているのだ。
魔導王国で暴れた【天庸】が中央区で暴れたら困ると。
迷宮組合本部には中央区を守る衛兵団や傭兵組合も所属している為、中央区の情報であればスペッキオ老に集まるのが必定。
だからこそこうして協力関係を築き、情報の共有をしているのだ。
今現在、確認されているのはセイヤたちからの証言にあった「北西区にラセツとスィーリオという二人が現れた」というもの。
そして「【黒屋敷】のホームに襲撃してきた」という二つのみ。
しかし北西区の証言は得られたものの、ホーム襲撃に関しては何も目撃情報が得られなかった。
ちょうどオークションの真っ最中という事もあっただろう。
それに紛れて襲撃を行ったのだろうが、まさか僕のホームの前を素通りしていたとは残念という他ない。
「潜伏しているのは確かじゃろう。じゃがそれがどこの区かも分からん。少なくとも中央区ではないと思うが、誰も知らない構成員名義で借りられていれば住居組合でも分からんしのう」
「普通に考えれば北東区ですが、同じ理由で区長の方でも分からないそうです。北西区に居たのも謎ですし……」
「ただの偵察か、それとも何かしらの理由があってか、か」
北東区は魔導王国領。当然、区長の貴族とは僕も繋がりがある。
【天庸】の目的が魔導王国ならば北東区に拠点を持つのが当然なのだが、それも不明。
北西区の鉱王国領に居たというのも不思議だ。
まさか散歩じゃあるまいし。
と言うか、なぜ【天庸十剣】の二人がカオテッドに居るのか。
まさか最初からセイヤ狙いというわけではないだろう。
タイミング的には合っているが、セイヤの噂を確かめるだけならば【十剣】が出張る必要もないだろうし、何よりセイヤがボルボラと戦っている時に、二人は南西区に現れたのだ。
セイヤに興味を持つとすればそれ以降のはず。
その前にすでにカオテッドに居たのはなぜか。
本格的にカオテッドへの進出、もしくは魔導王国への通商破壊を目論んでいるのか。
「おそらく【宵闇の森】ではないかのう」
「……あの拠点が襲撃されていたという? あれがラセツらによるものだと?」
「儂はそう思っておる」
セイヤのメイドたちが迷宮連続殺人犯を捕らえ、それが【宵闇の森】の構成員だと判明した。
すぐに拠点の捜査をするも中にあったのは構成員たちの惨殺死体だった。
金は盗まれていたが、その他、資料などは拠点に残ったままだったと言う。
スペッキオ老は、それが【天庸】による襲撃だと考えているようだ。
一番考えられたのは【宵闇の森】自身による証拠隠滅だったが、資料を残し物盗りに見せる必要性がない。
南東区の他の闇組織の犯行とも考えられるが、どれも【宵闇の森】に比べると小粒すぎる。
実際に迷宮で襲われたセイヤたちもその拠点襲撃自体を知らなかった。
ならば他区の闇組織、それも【宵闇の森】の拠点を暴き、潰せるほどの力がある組織。
つまりは【天庸】だろうと。
逆に言えば、【宵闇の森】を潰す目的があったからこそ、【十剣】の二人がカオテッドに居たのではないかと、スペッキオ老は語る。
「たしかにそれは言えますね。ならばなぜセイヤは……」
「それこそ樹界国の一件じゃろう。【宵闇の森】を潰し終わったところにセイヤの情報が流れた。カオテッドに居座る理由が増えたという事ではないかのう」
「ラセツとスィーリオは任務継続と」
「任務追加、じゃがな。もしそうであれば」
ありえない話ではない。確かに辻褄は合う。
そうなると『セイヤが居るせいで【十剣】がカオテッドに居座り続けている』と見るか、『セイヤが居るおかげで【十剣】を探れるチャンスが生まれている』と見るか。
僕は後者だけど、スペッキオ老としては前者の気持ちもあるだろう。
「個人的にはチャンスがあるうちに探りたいところですが」
「今のところ厳しいのう。ヤツらが動かなければ探れないのが如何ともし難い」
「ええ、調査は続けますが、実質的には″待ち″ですからね。いっそのことまたセイヤを狙ってくれた方が早いかもしれません」
「ほほほっ、そうしてまた【十剣】を倒してもらうのか? お主の仇だろうにセイヤ任せで良いのか?」
「復讐したい気持ちはありますよ。しかし確実性を求めるならば別です」
「ほほほっ、王族じゃのう」
セイヤが倒したボルボラの遺体は魔導王国に届けられた。
検分の結果、身体に埋め込まれた術式と魔道具の存在が明らかになった。
術式自体が禁忌のもので、魔道具を埋め込むという行為もまた禁忌。
ともかくそれによりボルボラがいかに強化されていたのかが大よそではあるが判明したのだ。
結果を言えば、一人で一軍と戦えるほど。
人の域を超えた存在として強化されている。
つまり【天庸】は一騎当千の犯罪者を最低でもあと九名揃えていると考えて良い。
はっきり言えば、僕の力が及ばない事が明らかになったのだ。
仮にカオテッドで戦う機会があり、僕のクラン総出で戦ったとして、ボルボラ一人を相手にするならば最低でも半分は死ぬだろう。
生き残った中に僕が居るのかも怪しいところだ。
確かに僕自身の手で【天庸】を潰し、ヴェリオを討ちたい気持ちは強い。
しかし現実的ではない。
被害を受け続けている国の事も考えれば、個人のわがままが言える状況でもないのだ。
だからこそセイヤ頼みになりそうで億劫になるのだが。
ボルボラの遺体を検分したからこそ分かる。
あれを斬れるセイヤの異常な強さを……。
「ふむ、セイヤか……潜って三日目か、今頃どこら辺かのう。以前ミスリル鉱山に行った時の早さを考えれば三階層に辿り着いていてもおかしくはないが」
「下手すると『廃墟エリア』まで行っているかもしれませんよ」
「三階層の中盤か? さすがにそれはないじゃろう、あの階層は広い上に敵が厄介じゃ」
スペッキオ老の言いたいことはよく分かる。
僕らも三階層の探索には時間がかかるのだ。
しかし常識外の強さを持つ【黒屋敷】ならば、と期待してしまうところもある。
「リッチは倒せますかね」
「どうじゃろうな。『玉座の間』は難易度が別次元じゃからのう、まぁお主に言うまでもないが」
「デュラハン二〇体だけでも厳しいのに、ガーゴイル二体とリッチとか無理ですよ。リッチ単体でもおそらく死者が出ます」
「じゃろうな。【震源崩壊】か【風声】あたりと組んではどうじゃ?」
「それに獣の咆哮を加えたとしても、デュラハンとガーゴイルまでじゃないでしょうか。リッチは倒すイメージが湧かないですね」
リッチの何が厄介かと言えばいくらでもあるのだが、その一つは防御力だ。
物理がほぼ効かないのはもちろん、魔法も神聖属性以外がほぼ効かない。アンデッドなのに火魔法でさえ効かないのだ。
それに加えて多彩な闇魔法で攻撃してくるし、杖を振るえば盾を構えた重戦士でさえ薙ぎ払う。
まず近づくのに苦労し、近づいても攻撃が効かないという、まさしく『不死の王』なのだ。
唯一の弱点である神聖魔法で攻撃できれば良いが、早々熟練の神聖魔法使いなどいない。
僕のクランにも一人いるだけだ。
その一人も、結局は皆の回復に追いやられ、攻撃など出来ない。
他のクランを集めて挑んだところで、人数が増えれば怪我人も増えるわけで、そうなるとまた回復に追いやられる。
神聖魔法使いだけを集めればリッチはどうにかなるかもしれないが、そうすると今度は普通に攻撃力不足で、デュラハンとガーゴイルに苦戦するだろう。
どうにもならない、というのがここ数年の状況なのだ。
だからこそ余計に【黒屋敷】に期待するのだが……確か【黒屋敷】の回復職は狼人族の少女だったはず。
オークションで【聖杖】を手に入れたのはおそらく彼女に使わせる為だろう。
しかし近接物理特化の狼人族だ。いくら神聖魔法が使えても……と唸ってしまう。
「これで本当にリッチを倒し四階まで行ったら面白いんじゃがのう」
「そうなればSランクですか?」
「当然じゃろう。明確すぎる結果じゃ。誰も反対なぞせんじゃろ」
迷宮組合のSランク。
数々の迷宮を制覇したり、よほど特別な活躍をしない限りは与えられない称号だ。
最近では他国で五年前に一組出たきりで、滅多にお目に掛かれるものではない。
確かにここの迷宮の四階層到達にはそれだけの価値はある。
たとえ『迷宮制覇』でないとしてもだ。
スペッキオ老としては本部御膝元のカオテッド大迷宮でSランク組合員を囲っているという状況を作りたいのかもしれないが。
さて、どうなるか。僕も楽しみではある。
出来ればリッチを相手に誰も死ぬ事なく乗り切ってもらいたい所だが……。
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