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第五章 黒の主、未知の領域に立つ
121:家に着くまでが探索だ!
しおりを挟む■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
炎岩竜、仮称アスピドケロンの討伐後、私たちの意識は「もう帰ろっか」という風に傾いていました。
それほどの激戦、それほどの達成感だったのです。
ご主人様は屋敷のお風呂が恋しいのだと思いますが、私たちも同じです。
汚れた身体はとりあえず<洗浄>しましたが、侍女服がボロボロなのが辛い。主に前衛組ですが。
素材の【鉄蜘蛛の糸袋】が限られていたというのもありますが、ご主人様の<カスタム>を施している以上、替えはないのです。
<カスタム>していない予備服で戦い続けるのもどうかと。
ドルチェとエメリーさんが<裁縫>スキル持ちなので補修はお願いするのですが、迷宮内で出来るのは応急処置くらいだそうです。
<インベントリ>に裁縫セットは入っていますがね。
やはり屋敷に戻って腰を据えてやるべきでしょう。
「じゃあ帰る方向で行くか。でもせっかくだから『滝』の先がどうなってるかだけ見に行きたい」
ご主人様がそう仰いました。
ここからならば『滝』はすぐ傍です。
元々の目的地でもありますし、『滝』がどうなっているのかは私も気になります。
四階層の奥に見えた『火山』。そこから流れ出る溶岩は、所々に溶岩溜まりを生み出し、河となり池となって『滝』へと集約されているようです。
亀のいた湖もその中間地点でしかありません。
それほどの量の溶岩が流れ出た先はどうなっているのか、と。
一応、初めての場所ですし探索の体はとっていますが、それほど真面目な探索ではありません。
あくまで「ちょっと滝見て帰る」というだけですから。
無理して魔法陣を探したり、無理して魔物を倒したり、という事もしないで進みます。
途中、エメリーさんが亀を釣った鎖鎌で溶岩の中の魚を釣ったりしていましたが。
「おっ、さすがエメリー。これなら魔石が溶岩に沈むこともないな」
「恐縮です」
そういう武器ではなかったはずなんですが、なぜあんなに使いこなしているのでしょう。
エメリーさんはちょっと真似できません。
まるで散歩のように歩くことしばし、『滝』の上部に辿り着きました。崖の上です。勢いよく溶岩が落ちている様子が伺えます。
滝つぼは亀が居たような大きな湖状になっており、その先には岩がゴロゴロと転がっているだけの荒野。そしてその先には『壁』。
ここが階層の左端ですよ、と言わんばかりの高い断崖がそびえます。
どうやら今居る滝の上から崖沿いに歩いて滝つぼまで下りられるよう、天然の下り階段のようなものもあります。
岩の足場で生成された手すりもない階段です。
高さは城の屋根のてっぺんまでくらいでしょうか。宿屋で言えば十階建てくらい? そんな宿屋ありませんけど。
ともかくすごい高さで、階段を下りるのも怖そうです。
おそらくここにも何かあるだろう、そう思わせるのには十分です。
そして滝つぼの湖を見下ろしていると、皆が「あっ……」と声を漏らしました。
湖の中を泳ぐ、巨大な蛇……いえ、海竜の溶岩バージョンでしょうか。
ともかく巨大な魔物がうねうねと動いています。
疑うまでもなく【領域主】でしょう。竜なのか亜竜なのか蛇なのか分かりませんが、確実に強敵です。
「……帰るぞ」
『はいっ!』
あのツェンまでもが元気に返事しました。
さすがに今からあれと戦う気にはなれません。
とりあえずエメリーさんにマッピングをお願いし、その場を後にしました。
何とかその日のうちに四階層の入口にまで到着。
三階層に行く前に一泊する事にしました。
このまま三階層に行ったらまたリッチ戦ですからね。リポップしていれば、ですけど。
マジックテントを張り、夕食を食べ、ミーティングをして、夜警の順番決めをします。
私はアネモネと六番目ですね。
六番目は一番ハズレですね。夜警が終わって寝て、またすぐ起きる感じですから。
「起きたらポルまで加わってたんだが……さすがに重いわ!」
ティナにしがみつかれ、ネネ、サリュ、ドルチェ、ポルに乗られるんですか。
ご主人様、大人気ですね。
【防御】を<カスタム>すれば重く感じないのでは?
ともかく大迷宮の探索六日目です。ここから帰還します。
「これ、何が嫌って『不死城』の最上階まで螺旋階段で昇らないといけないのが嫌だよな」
「城の一階に横断できる隠しショートカットみたいのはないのでしょうか」
「んー、ない」
「ないかー。まぁそれがあったらリッチを素通り出来ちまうしな。なくて当然か」
そんなことを話しながら、延々と階段を上り続けます。
確かに辛いですが、亀との戦いを経た今となってはあまり辛く感じません。
やがて最上階に辿り着きました。
「じゃあサリュ頼んだ」
「はいっ!」
玉座の間の裏口にあたる扉、それを開けたと同時にサリュの聖なる閃光が連発されます。
玉座にリッチが居ようが居まいが構いません。帰り道でまともに戦う気もありません。
通路に並んでいるであろうデュラハンもろとも消す勢いで放ちます。
「よーし、そろそろ行くか。サリュよくやった。あとは任せろ」
「はいっ、ふぅ……」
生き残っていたのは射線に居なかったガーゴイル二体と一番遠いデュラハン数体ですね。
全員で『玉座の間』に殺到し、瞬く間に殲滅します。
なんと他愛ない。今回の探索ではサリュの有り難さがよく分かりました。
それからは寄り道もせず、『不死城』を抜け、今日中に三階層の突破を図ります。
帰りはゆっくりでも問題ないのですが、ご主人様もサリュも三階層が嫌いですからね。
いえ、好きな人はいないと思いますが。
「トロール戦の経験値差分を埋めるためにも、悪いけどAパーティー先頭でずっと行くぞ。BCパーティーは横で撃ち漏らしの対処を頼む」
『はいっ』
私たちは丸一日『トロールの集落』で経験値稼ぎしましたからね。
ご主人様たちAパーティーも仮称ヘカトンケイルを倒したそうですが、それでも取得経験値には差があるでしょう。
否はありません。
途中、『廃墟エリア』や『巨大墓地エリア』をまた通ることになりますが、そのまま突っ切ります。
今さらデュラハンが【領域主】だと言われても「あの瞬殺されたリッチの手下の?」という感じです。
デスコンダクター? ちょっと記憶にないですね。
そのまま二階層の『砦』まで行き、ウェアウルフたちを倒し、探索初日に泊まった部屋で一泊しました。
大迷宮の探索七日目。
朝食の席でご主人様が仰いました。
「タイラントクイーンはどうしようか。侍女服がボロボロになったから、もう少し確保しておいた方がいいかな」
「そうですね、今の予備服は以前に着ていたものですから。今回の件も考えるとあっても良いのかもしれません」
「じゃあ帰りがけに寄るか。ちなみにタイラントクイーンと戦いたいヤツはいるかー?」
『はいっ!』
結構な数が手を上げました。私も一戦してみたいです。
以前はご主人様以外の攻撃はほぼ効きませんでしたからね。
今ならば、と思う人が私以外にもちらほら居ます。
そんなわけで『砦』を出て左側に広がる『大森林地帯』に入ります。
ここは『蜘蛛の領域』以外にも、トレントや蜂系の魔物のエリアが細かく分かれています。
最奥が蜘蛛なので、そこまで真っすぐ行きます。
ツ「おおっ! これが噂のっ! なんだイケルじゃねえか!」
イ「おお、斬れる! 全然斬れるぞ! さすが魔剣!」
エ「ふむ、問題ないですね。足を斬り落としましょう」
サ「聖なる閃光! あっ……」
ネ「んー、毒は無理。でも斬れる。でも時間かかる」
フ「我は別にタイマンなど望んではおらぬのだが……」
ヒ「懐かしいですね。あの頃は受けるのも大変でしたが……」
テ「たあ! てい! 風の槍!」
ジ「よっと、打撃はっ、いけますけどっ、受けるのがっ、避けるのもっ」
ポ「そぉい! 鍬でいけますっ! <逃げ足>です!」
ド「盾チク! おおっ! アダマンタイト最強ぅ!」
ウ「<魔力凝縮>、氷の嵐! まずまずですね」
ア「ふふふ……私、別に戦いたくないんだけど……決定打ないし……でも私だけ戦わないのも……捨てられそうだし……」
なんだかんだで、ほぼ一日かけて、全員が戦うことになりました。
私は一発撃てれば満足です。あとは火魔法で糸を警戒するのみです。
【鉄蜘蛛の糸袋】も何個か集まったので、これで侍女服の予備も作れるでしょう。
その日は森から出て、平原で普通に夜営しました。
と言っても二階層は常に晴天なので″夜営″とは言えませんけど。
探索の八日目。
二階層途中の平原から一気に帰ります。
寄り道もせずに真っすぐ帰宅。
「げえっ! 【黒の主】!?」
「おおっ! 【黒屋敷】が帰ってきたぞ!」
「どうだった! 四階行ったのか!?」
「いつも綺麗なメイド服が……どんだけ戦ったんだよ」
組合に戻ると大騒ぎですね。
いつも私たちを避けているような人たちが、随分と笑顔で迎えます。
侍女服は応急措置しかしてませんからね。焼けたり破けたりと、やはり目立つようです。
こちらもいきなり変わった対応にどうしようかと思っていると、「セイヤさん!」と近寄ってきたのは受付のメリーさんですね。
こんにちは。お久しぶりです。
「どどどどうでした? まさか本当によ、四階に!? ゴクリ」
「ああ、行ってきたぞ」
『おおおおお!!!』
組合中がどよめきます。
歓声と野次とごちゃ混ぜですね。
対応が変わったとは言え、どうやらまだ私たちへの偏見を持った人も居るらしいです。
「でも疲れたから帰りたいんだ。報告は明日でいいか?」
「えっ、そ、そうですよね! それは構いませんが、あっ、とりあえず四階層に行った証みたいのを……」
「証か……ドロップ品だよな。ここじゃ出せないのもあるんだが……」
亀の甲羅ですね。あれが一番の手柄ですが、ここだと出せませんね。
組合の建物を撤去しないと出せません。大きすぎます。
エメリーさんがすかさず忠言しました。
「ご主人様、リッチのドロップで宜しいのではないでしょうか」
「ああそうか。じゃあ……この『不死王の衣』と『不死王の杖』でいいか?」
「こ、これはぁっ! あ、明日までお預かりしていいですかっ!?」
「別にいいぞ」
「ありがとうございますっ! ではまた明日来てください! 出来れば早めに!」
「お、おう」
リッチのドロップ品がこの大迷宮から出たことはないので証明にはなるでしょう。
他の迷宮にリッチが出るのかは知りませんが。
少なくとも手に入らないドロップ品なのは確かなはず。
興奮しっぱなしのメリーさんを後目に、リッチのドロップに目が釘付けで騒ぎ続ける組合員たちを掻き分け、私たちは組合を後にしました。
時刻はもう夕方です。
今から報告したら夜遅くになりますからね。報告内容が濃すぎます。
久しぶりの中央区。足取りも軽く屋敷へと向かいます。
大通りから北地区への通りへと入り、その道の突き当りに私たちのお屋敷が見えると、皆から歓声が上がりました。
やはりこのタイミングで帰って来て正解だったのかもしれません。
皆、精神的にも疲れたでしょうからね。
「おおっ! セイヤ殿! おかえりなさい!」
「ああズーゴさん、お疲れさまです。今帰ってきました」
「思ってたより早かったのでビックリしました。どうでした、探索は」
「ええ、無事に四階層に行ってきましたよ」
「なんと!? 本当ですか!?」
警備を任せていたズーゴさんたち、傭兵団【八戒】の面々が迎えてくれました。
どうやら屋敷に不審者などは来なかったそうです。一安心ですね。
ズーゴさんたちは元迷宮組合員らしく探索の内容を聞きたがっていましたが、今日はさすがに無理です。
メルクリオ殿下にも報告したいとの事で、今度改めて屋敷に招待し、祝勝会みたいな事をするので、その時に一緒に報告する旨を伝えました。
それを聞いたズーゴさんも喜んでました。
「おお、その時は是非! 楽しみにしています!」
成果を上げると皆で祝って飲みあうのが組合員の基本だそうです。
が、今までご主人様は誘う友人も居ませんでしたからね。仕方ない事ですが。
ですので、今回は祝うチャンスです。
メリーさんや、オークションで会った【風声】【震源崩壊】の人たちも誘ったほうが良いのかもしれませんね。
そして私たちは屋敷の鍵を開け、扉を開けました。
『ただいま!』と全員が声を上げます。
私たち皆にとっての帰る場所、我が家はここなのだと改めて思ったのです。
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