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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
153:死地へと誘うは鬼の如く
しおりを挟む■イブキ 鬼人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
【天庸】の襲撃自体は「早く来てほしい」とさえ思っていた。
個人的な恨みもそうだが、カオテッドやご主人様にとって″害″になるのが分かりきっていたから。
願わくば【ゾリュトゥア教団】のようにこちらから乗り込みたかった所だが居場所も分からず暗礁に乗り上げていたのだ。
そうしてやっと攻めてきたと思えば、五地区同時襲撃だと?
いや、ワイバーンが五体と不明の飛行体が一体居たらしいからおそらく屋敷のご主人様にも同時に襲撃するつもりだろう。
つまりは六ケ所同時襲撃だ。
そういう可能性もあったからこうして分散して迎撃に当たれるわけだが、正直一番やって欲しくない襲撃方法ではあった。
中央区ならば組合員や傭兵も多いだろうが、各地区の迎撃は基本的に衛兵頼りになるだろう。
もしくは迷宮に潜る予定のなかった組合員で、各地区にホームを持っている者などだ。
いずれにしても【天庸】相手となれば戦力的に不足。
魔導王国のこれまでの被害を聞くに、【天庸】は少数での破壊行為、虐殺行為に慣れている。
そして白昼堂々の犯行は、今までにどんな衛兵や騎士団にも捕らえられず、全てが返り討ち。そして逃がしているという。
だからこそ私たちも焦って迎撃ポイントに向かっているのだが、こうも分散されると「被害なし」というのは考えづらい。
今も街中に警鐘が鳴り続け、住人はパニック状態にある。
【天庸】がまだ来ていない状態でさえ怪我人が出ている。
この上、どれだけの死者、負傷者が出るか……そう考えると足早にならざるを得ない。
「みんな! 頼んだぞ!」
『はいっ!』
「おお! イブキ! ラセツがこっち来たらあたしが殺してやるからな!」
「ああ、遠慮するな!」
大通りでそう声をかけ、皆と別れる。
ツェンの軽口が今となっては心強い。
六ケ所同時襲撃が「一番やって欲しくない襲撃方法」と言った二つ目の理由が、「私が直接ラセツを倒せない」かもしれないという点だ。
角を折られた恨みは今でも忘れない。
あの時の痛み、屈辱、村中からの迫害、追放、そして傭兵になってからも馬鹿にされ、エメリーの村に行ってからは山賊に襲われ、危うく生贄にされるところだった。
ご主人様に出会うまで続いた悪夢のような日々。
それは実際に時折、悪夢となって夜中に目覚めることもある。数年経った今でもだ。
だからこそラセツをこの手で倒したかった。
しかしこうも分散されると、私の迎撃担当の地区に運良くラセツが来てくれる可能性は、おそらく六分の一。
まさか今回の襲撃に参加していないなどという事はあるまい。
走りながら、ふと左手の甲を見る。
創世の女神様……出来ればヤツと戦う機会を。
街の被害より個人的な恨みを優先させるわけにはいかないのだが、それでも祈ってしまう。
ご主人様が【勇者】であるならば、私はその下に居るべき者ではないのかもしれないな。
「イブキさん! あれ!」
となりを走るジイナの声に見上げれば、ワイバーンの一体が北西区に下りようとしている所だった。
くそっ! 間に合わないか!
「ともかく急ぐぞ!」
「はいっ!」
私たちのクラン【黒屋敷】のメンバーは全員で十七名。
今、私とジイナが向かう先は、数時間前に訪れたばかりの北西区だ。
割り振りとしてはこのような感じになっている。
屋敷:ご主人様、エメリー、ウェルシア、シャムシャエル、マルティエル
中央区(組合本部):ツェン、フロロ、サリュ
北西区(鉱王国領):イブキ、ジイナ
南西区(獣帝国領):ヒイノ、ティナ、アネモネ
北東区(魔導国領):ネネ、ドルチェ
南東区(樹界国領):ミーティア、ポル
屋敷はご主人様個人が狙われ、尚且つ屋敷を絶対に壊させたくない、尚且つどこへも救援に行きやすいという事で回復役を含めた五名が陣取る。
中央区が三名なのも同じような理由だ。
一番の狙いと目され、激戦が予想される為、回復役のサリュを置いている。
他地区は二名ずつだが、ご主人様がティナを心配して、ヒイノに加えてアネモネも入れている。
問題はやはり「ワイバーンで攻めてきた」という点だろう。
この布陣は「各地区に【天庸十剣】が攻めてきた場合」を想定して組まれたものだ。
仮に(いるかどうか知らないが)構成員のような下っ端を引き連れて攻めてきたとして、【十剣】と構成員を相手取れるように最低限の二人を分散させている。
例えば北西区であれば、私が【十剣】と戦い、ジイナが周りの構成員を排除する、というつもりでいたのだ。
しかしワイバーンが相手となると【十剣】如何によってジイナが一人でワイバーンと戦う必要が出て来る。
ご主人様は北東区担当のネネとドルチェを「ワイバーンに対する遠距離攻撃がない」と心配していたが、こちらもほとんど同じだ。
私たちこそ南東区のミーティア・ポルと交換すれば良かったか、少し悔やまれる。
走りながら隣のジイナに聞く。
「ジイナ、【鉱砕の魔法槌】の穿岩の波は空のワイバーンに効くのか!?」
「無理です! でも何とかしますよ! するしかないでしょう!」
「お、おう」
なんかヤケクソ気味になってる。
しかし前向きなのか後ろ向きなのか微妙ながら、やる気があるのは確かだ。
いざとなればジイナを頼るしかあるまい。
第一防壁が迫ってきた。
戸惑う人々と、右往左往する衛兵の姿が見える。
「【黒屋敷】のイブキとジイナだ! 迎撃に向かう! すまないが通るぞ!」
「ああっ! は、はいっ!」
第一防壁の衛兵に組合員証を掲げながら、走り通る。
ここは中央区の衛兵団員だから話は通しやすい。ほぼ顔パスだ。
速度を落とさず、そのまま北西区の大通りを進む。
相変わらず警鐘が鳴り、大通りは逃げて来る住人でパニックだ。
ワイバーンは大通りの中心地に下り立ったらしい。
というか、乗っていた誰かを下ろし、時折飛び上がる姿が見える。
逃げる人々の波に逆らうように、その地へ向けて私たちは走った。
「あの場所は……商業組合か!?」
「やっぱり北東区だけじゃなくて、全地区の通商破壊が目的ですか!?」
商業組合はどの地区でも大通り沿いの中心地にある。
そこが街や地区を支える経済の中心地になるからだ。
【天庸】が物理的にカオテッドの破壊を狙っているだけでなく、経済的な破壊も狙っている証拠。
まずは商業組合を潰し、その後、中心から外へと破壊活動をするつもりなのだろう。
煙が上がっているのを見ると、すでに商業組合が壊されているかもしれない。
くそっ! 人混みを抜けるのがじれったい!
それでも前へと進むとワイバーンの巨体が近く見えるようになる。
逃げる人々もすでに後方だ。逃げ遅れた人がいるくらい。
どうやらワイバーンは周囲の建物を破壊しながら、逃げ遅れた人を襲っているらしい。
ちっ! 胸糞悪い! どうにかしないと!
私とジイナがワイバーンに目を囚われていた矢先、その横の建物の壁が内側から破壊された。
石造りの強固な壁がまとめて大通りに吹き飛ぶ。
砂埃が舞う中、現れた男は、こちらに目を向けるとニヤリと口を歪ませた。
「おいおいおい、どーこのメイドが来たかと思えば、どっかで見た事あるツラだなあ! 見覚えのある『折れ角』じゃねえか!」
「貴様……っ!」
うちのクランで一番大きいツェンより、さらに一回り大きな身体。
筋肉の詰まった褐色肌と、ボサボサの紺髪。
その身の丈を超えるような、鍔のない特大剣を肩に担いだその男。
あれから数年、体格は良くなったようだが他人を見下すその目は変わらない……!
「綺麗なおべべがよーくお似合いじゃねえか! 笑えるぜ! なあ、イブキ!」
「ラセツ……ッ!!!」
背中の【魔剣イフリート】の柄を掴み、すぐさま戦闘態勢をとった。
目線はヤツから離さず、左手を意識する。
創世の女神様、機会を与えて下さって感謝します。
ジイナ、すまん。
ワイバーンはお前一人でなんとかしてくれ。
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