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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
165:幕を開けるは決戦の舞台
しおりを挟む■ウェルシア・ベルトチーネ 導珠族 女
■70歳 セイヤの奴隷
「あのデカブツは俺がやる! 屋敷を壊させるんじゃないぞ! 行けっ!」
『はいっ!』
ご主人様の号令の元、戦闘は開始されました。
とは言え、自分でもまだ混乱が残っていると自覚している状態です。
次々に現れる【天庸】、さらには風竜と公爵級悪魔族を融合させた怪物。
「カカカッ! アスモデウスよ! 【勇者】を殺しても良いが身体半分程度は残しておくんじゃぞ!? でないと再生もままならんからな! カカカッ!」
そしてわたくしの目の前には、復讐の矛先、こちらの事など気にもせず高笑いを続ける老人がおります。
魔導王国の各地を破壊し、わたくしの家族を殺し、カオテッドで今現在も暴れている、その全ての元凶。
禁忌の大錬金術師―――ヴェリオ。
戦場は極めて狭い。
わたくしの背後にはお屋敷。今立っている正門前の通りも広いとは言え、大通りほどではありません。
すぐ隣ではすでにエメリーさんと妖魔族の戦いが始まろうとしています。
上にはシャムさんとマルさんがワイバーンと淫魔族の元へと飛び、ご主人様は<空跳>を駆使して風竜悪魔へと近づきます。
【天庸】は建物の破壊などお構いなしでしょう。そもそもカオテッドを潰すつもりなのですから。
しかし、わたくし達は屋敷を、周囲の建物を守りながら戦わなければなりません。
――ヴェリオを相手に?
――そんな余裕はありますの?
「無理ですわね」
今は全力を賭す場面。全力で立ち向かわなくてはならない舞台。
ここはそれほど厳しい戦場です。厳しい戦いになるのは確実なのです。
ならばわたくしは全力で魔法を撃つのみ。
この現状、この相手に余裕を持つ事ができるほど、わたくしは強くはありません。
余裕な顔でこちらを見ようともしない相手に、わたくしは初手から全力で行きます!
「<氷の嵐>! <氷の槍>!」
わたくしは自分の攻撃魔法の中でも威力と速射性の高いもので攻めます。
<氷の嵐>で動きを封じ、<氷の槍>で貫く!
しかし、ヴェリオは―――
「ん? なんだ、いきなりご挨拶ではないか」
―――何もしませんでした。一瞥しただけ。
ただそれだけで、わたくしの魔法が掻き消えたのです。
防御魔法!? いえ、魔法の発動はしていない! では魔道具ですか!
ならばっ!
「<風の槍>!」
「カカカッ! 無駄無駄! そんなちんけな魔法で破れやしないわ!」
水魔法だけでなく風魔法もダメ。
魔法自体を自動的に防ぐ虹色の壁……全属性対応の防御魔法!?
そんな高度な魔法を自由に使える魔道具なんて……これも造ったという事ですか!
「せめてこれくらいの魔法は使ってもらわんとなあ」
ヴェリオは半身のまま、左手をわたくしに向けました。
そして魔法の発声もせずに放ってきたのです。
炎の槍、風の槍、水の槍、岩の槍、闇の槍、光の槍。
―――ドドドド!!!
「きゃあああっ!!!」
いくら【抵抗】に<ステータスカスタム>されていても、侍女服が<アイテムカスタム>されていても、怒涛の魔法攻撃の前にはダメージなしとはいきません。
わたくしは吹き飛ばされ、屋敷の壁に叩きつけられ、少なくないダメージを受けました。
信じられない。今の攻撃を見て、そう思います。
六属性の魔法を連続で速射した……?
ヴェリオの指や腕に指輪や腕輪は見えません。しかし発声なしに発動させたとなるとやはり魔道具……体内に仕込んでいる?
全属性の攻撃用魔道具を!? いえ、それにしたってこんなに使いこなす事など……。
ダメージと混乱で頭が働かないわたくしにヴェリオの身体がやっと向きます。
「ベルトチーネの娘か、父親とよく似ておるなあ」
「っ……!」
「あの堅物馬鹿はろくに魔法の事も知らず、ろくに魔道具の事も知らず、やれ「民の為の魔道具」だの、やれ「民を幸せにする魔道具」だの抜かしておった。片腹痛いとはこの事だ」
「くっ……!」
「正義だか倫理だか知らんが、そんなものを持ち出して突っかかって来る。力も頭脳もないのになあ。全くもって虫唾が走る」
「ううっ……」
「貴様も父親と同じよ。凝り固まった頭で、力も持たずに儂の前に立とうとする。愚かにもな」
ヴェリオはわたくしに右手を向けて来ました。
何かの魔法が来る。それが分かっても身体は未だ言う事を聞きません。
「ウェルシアっ!」
エメリーさんの声が聞こえましたが、少し離れているようです。
これは間に合いませんね……。
「せめてもの慰めよ。儂自らの手で父親と同じ地へと送ってやろう」
そうして放たれた魔法。わたくしはすでに目を閉じていました。
諦めたわけではありません。ただ悔しい。その気持ちが心を支配していました。
ドンドンドンと派手な着弾音が鳴ります。
……しかしそれはわたくしの手前での音。
……わたくしには何の衝撃もありません。
何が起きた? ふと目を開けると、目の前には″岩の壁″が出来ていたのです。
これは<岩の壁>!? 一体だれが……
その声はヴェリオの後方から聞こえました。
「何とか間に合ったか……大丈夫か、ウェルシア嬢!」
「で、殿下……」
ヴェリオが振り返りつまらなそうに言います。
「第三王子、メルクリオか。大人しく迷宮に籠っていれば良いものを」
「貴様を殺す機会があると聞いてね。急いで駆け付けたわけだよ」
「ふんっ、母子揃って生意気な事よ。ベルトチーネの娘以上に貴様には死んでもらわんといかんな。王族を無下にするわけにもいかん」
「光栄な事だね。僕も組合員としてではなく、王族の一人として貴様を罰しなければならない。第三王子として、側妃ロリエの息子として!」
「カカカッ! 安心せい! 貴様もあのアバズレ所長と同じ地へと送ってくれるわ!」
■マルティエル 天使族 女
■1896歳 セイヤの奴隷 創世教助祭位
ラグエル様のお達しから、この短期間で私に起こった変化は、これまでの千八百年がなんと平和だった事かと思わせるものです。
勇者様たるご主人様の奴隷にして頂いたまでは良かったんです。
そこからステータスという新しい概念の学習、侍女教育、戦闘訓練と迷宮での実戦。
本当に目まぐるしいスケジュールで、外国の人たちの慌ただしさに付いていくのがやっとです。
そして【勇者】であるご主人様の″聖戦″が始まります。
【ゾリュトゥア教団】という名前からして忌まわしい邪教の支部を一夜にして壊滅させたかと思えば、今度は【天庸】という闇組織との″聖戦″です。
こんな戦いを続けて行うなんてさすがは【勇者】様だと感心するばかりです。
でもまさか私がこんな戦いに駆り出されるなんて思ってもいませんでした。
私はクランのお仲間さんたちの中で、ダントツに弱いんです。
これでも千年以上も戦闘訓練は続けてきたのですが、八歳のティナちゃんに手も足も出ないです。
今回の″聖戦″の事前打ち合わせでも、ご主人様は私を「各地に派遣しやすいように屋敷に待機する回復要員」と仰っていました。
お姉様ならまだしも、【天庸】に対して私はまだ戦えないだろう、という判断だったらしいです。
それがどうしてこんな事に……。
「よし! エメリーは妖魔族! シャムシャエルとマルティエルは上のワイバーンと淫魔族だ!」
「「「は、はいっ!」」」
「あのデカブツは俺がやる! 屋敷を壊させるんじゃないぞ! 行けっ!」
『はいっ!』
【勇者】様と共に戦うのは天使族にとって何よりの誉れです。
お姉様も指示を受けて驚いていましたが、すぐに切り替えて空へと上がりました。
私もそれに続きます。
正直、驚きと混乱と、頭の中はぐちゃぐちゃです。
でも何とかしなきゃ、私も戦わなきゃって気持ちだけで飛びました。
近づくのは巨大なワイバーン、そしてその首に乗る淫魔族の人。
使命感と責任感だけでその元へと飛びますが、近づくにつれて余計に混乱してきます。
……こんなのとどう戦えって言うでござるか!?
……二千歳未満の助祭ごときがワイバーンなんて無理に決まってるでござる!
私の様子を案じたのか、優しいお姉様は小声で指示を下さいます。
迷わないように、臆さないように。
「マルティエル、あれを屋敷に近づけるわけには参りません。何とか引き離すのでございます」
「は、はいっ」
「機動力たるワイバーンは私が何とか抑えるでございます。隙を見て貴女は淫魔族を狙いなさい。使う魔法は分かっていますね?」
「っ! はいっ!」
見るからに強そうなワイバーンを抑えつつ、狙うは御者たる淫魔族だと。
そして魔族を狙うのであれば、当然使う魔法は―――神聖魔法以外にありません。
私は後衛として射手として、その役を仰せつかりました。
「あら~、天使族二人ともこっちだなんてツイてないわね~」
淫魔族は呑気な声で、頬に手を当てながらそう言います。
「ま、ヴェリオ様の研究素材としてはちょうど良いわね~。ワイバーンちゃん、食べちゃダメよ~」
「グリュアアアア」
「うふふ、いいお返事ね~。さてと、じゃあ掛かっていらっしゃい天使族ちゃんたち。【天庸十剣】の第二席、″竜操″のペルメリーがお相手よ~」
「創世教司教位、シャムシャエルが相手でございますっ!」
「そ、創世教助祭位、マルティエルも相手になるでござるっ!」
……と、とりあえず私はどうすれば良いでござるか、お姉様っ!?
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