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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
167:手を伸ばせども守れないものがある
しおりを挟む■フロロ・クゥ 星面族 女
■25歳 セイヤの奴隷 半面
「<岩の壁>! ツェン! 早く地竜の首を落とせ! 炎のブレスが厄介だ!」
「<範囲回復>! ツェンさん! 尻尾の蛇を落として下さい! 毒の対処が間に合いません!」
「だーっ! 無茶言うなっつってんだろうが! <一点突破>ぁ!」
山羊の首を落としたはいいが、俄然暴れる合成魔物の勢いは衰えない。
地竜の首から炎のブレス、レオの首から怯ませ効果のある咆哮、尻尾のシャドウサーペントは毒を撒き散らす。
そもそもあの巨体で動き回るから、それだけで周囲の建物に被害が出ておるし、取り囲んでいる組合員たちも怪我人が後を絶たん。
サリュがいなければ何人死んでいるのかも分からんほどだ。
一刻も早くこやつを倒して屋敷へ駆け付けたいところだが、我らが離れれば間違いなく全滅するだろう。
そうなれば組合どころか中央区も終わり。下手すればカオテッド自体が終わる。
現状、合成魔物に対抗できるのは我らしかおらん。
歯痒く思いながら我はひたすら岩の壁で守り続けていた。
と、そこへ待ちに待った救援の声が届く。
「皆さん! これはどういう事ですか! 街がメチャクチャじゃないですか!」
「ツェンお姉ちゃんすごーい! なんかすごいのと戦ってる!」
「ふふふ……ここも地獄……南西区以上に地獄……」
「ヒイノ! ティナ! アネモネ! よお来た!」
四地区へと散らばった侍女仲間たち、一番早くに戻ってきたのは、やはり三人で対処に当たっていた南西区組だった。
火力はなくてもバランスが良いからのう。相手取った【十剣】の相性が良かったのかもしれぬが。
「お前ら、いいとこに来た! ティナ! 尻尾斬ってくれ! あたしは首狙うから!」
「うん、分かった! うわー、尻尾が蛇になってる!」
「ティナ! 私も行くわ! 一緒に戦うわよ!」
尻尾は任せるか。確かに首に貼り付いているツェンでは攻撃しようがないからのう。
納得した我は指示を飛ばす。
「ティナ、ヒイノ、気を付けろ! その蛇は毒を吐くぞ!」
「「はいっ!」」
「アネモネ! ヤツに魔法は効かん! しかしデバフや重力は効くかもしれん! 一応試して、ダメそうならば壁で防御に専念せい!」
「了解っ」
これで少しは負担が減るやもしれん。
そう安堵の息を吐いた時だ。
―――ドオオオオン!!!
北方から聞こえた爆音。
急ぎ、首をそちらに振るう。
ここからではその様子を伺う事は出来ないが……煙が上がっているその方向は……!
まさか……ご主人様!?
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
「ギュルルルアアアアア!!!」
「こいつは……っ! <空跳>!」
正門前の通り、その真上で俺は変なのと戦っている。
本当は空でなんか戦いたくないんだが、この変なのがずっと飛んでいるからしょうがない。
とは言え、地上に下りたらうちの屋敷だけじゃなく街が破壊されそうだが。
俺が戦った事のある竜種は、あの亀だけだからどうしても亀基準になってしまうが、この風竜という飛竜は亀に比べれば小さい。
俺の屋敷より少し小さいか。メルクリオんちと同じくらいか。
まあ屋敷サイズの竜が飛び回っていて、それと戦わなきゃいけないという状況なわけだ。
竜の胸元には公爵級悪魔族のアスモデウスというバフォメットめいた山羊頭が埋まっている。
下半身と両腕が埋められたそれは、磔と言うか、ラスボス感があると言うか。
元は死体だったと言っていたが、俺の方を見てきたりと気持ち悪い。何を喋るわけでもないのだが。
死体だったのなら<インベントリ>で収納できないものかと思ったが、近寄るのが怖いので止めておいた。
これはもう完全にヴェリオの趣味で造られた生物だと言って良いだろう。
最強たる飛竜に、最強たる公爵級悪魔族をくっつけてみた。
ぼくのかんがえたさいきょうのまもの。
お遊びもここまでくると、いっそ清々しい。馬鹿らしいほど清々しい。
そして合体された事で何が起こっているかと言うと、簡単に言えば「風竜が人型のように戦う」って感じだ。
おそらく「飛竜の身体を有した悪魔」ってのを意識したのだと思う。
頭脳、戦闘スタイルは悪魔族をベースにして、それを屋敷級の大きさの風竜が繰り出して来る。
従って、空を飛びながらも二本脚での直立姿勢が基本。
そこから手足・尻尾を使って体術を使うように戦っているわけだ。でかいツェンみたいだな。
もちろん風竜の身体能力で行うわけだから見た目通りのパワーがあるし、異常な素早さと瞬発力まである。
飛行能力・空中機動力もあるからトリッキーな動きも容易い。
さらに言えばヴェリオの改造でおなじみの魔法耐性・攻撃力上昇・防御力上昇なんかもあるだろう。
まあ俺は魔法撃てないし、黒刀で攻撃する以上、防御力が上がってようがさして差はないが。
「おらああっ!!!」
「ギュルルルアアアアア!!!」
……つまり何が言いたいかと言うとだ。
……こいつそんなに強くないよな?
いや、確かにこいつが本気で攻撃したらカオテッドは間違いなく破壊されるだろう。
ベースが飛竜である以上、倒す事自体が困難だ。
他の【十剣】やヴェリオ本人より街にとって危険度が高いのは間違いない。
しかし亀と比べると、どうも弱く感じる。
あの亀が厄介だったのは、タフさ、硬さ、攻撃の苛烈さ、大きくはこの三つだ。
これに対して風竜はと言うと、タフでもないし、柔らかいし、攻撃は″人型のそれ″だ。
柔らかいと言っても飛竜の竜鱗なわけだし、ヴェリオの改造も入っているんだろうが、少なくとも亀のように黒刀で思いっきり何度も攻撃を加えないと斬れないというわけではない。
攻撃の苛烈さにしても、竜本来の「獣の頂点」と言える獰猛さは鳴りを潜め、「人型」としての戦いに終始している。
竜が本能のままにギャアギャアと襲い掛かってくるのがどれほど厄介な事か。
向かい合って真面目に体術を繰り出す竜なんて、まるで怖くない。
これはもう完全に失敗作と言っていいだろう。ヴェリオのミスだ。
「竜と悪魔族合わせたら最強じゃねwwうはww俺天才www」
そんな感じだろう。草を生やすなと言いたい。
唯一厄介なのが「戦場が空中」という事だ。
つまり俺が<空跳>を上手い事使えれば敵ではない。
もう何も怖くない。
……そんなフラグを立てたのが悪かった。
「ギュルルルアアアアア!!!」
「あっ」
体術ばかり頑張っていた風竜くんが、急にブレスを吐いたのだ。
そうだ。こいつは風竜。風のブレスを吐くのだ。
すっかり失念していた。
急いで飛び退いた俺の脇を抜ける、竜巻のような放射。
間一髪だったと汗をぬぐったそのすぐ後、俺は大きな過ちに気付く。
急いで背後を振り返るがもう遅い。
―――ドオオオオン!!!
……うちの屋敷の屋根が吹き飛んでいた。
……。
…………。
「やろおおおおぶっころしてやらあああああ!!!」
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