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第九章 黒の主、魔導王国に立つ
206:長旅のお共に
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
「すっげえ馬車だな。いや、馬車自体乗ったの初めてだけど」
「乗り合い馬車もないのかい?」
「ないな。もっと揺れてお尻痛くなるのかと思ってた」
「そりゃこの馬車が特別なんだよ。魔導王国の国章が入ってただろ?」
「なるほど。王子様に感謝ってわけだな」
カオテッドを出発してまだ少し。俺は興味津々で顔をあちらこちらに向けてしまう。
前世でも馬車など乗ったことはない。
だからどういう作りでどんな景色が見られるものなのかと、いい年齢こいてはしゃいでいた。
ちなみに馬車は五台。御者台の他に、馬車内部に六人が向かい合わせで乗れる。
これでも大型らしいのだが、さらに王族仕様と言うか、サスペンション代わりに馬車の底に水魔道具の層みたいなものが出来ているらしい。それで衝撃を吸収していると。
当然ながらそんなものは普通の馬車には付いておらず、余計に重くもなる為、馬は二頭立てだ。
そんな豪華な馬車が五台も並ぶと、さすがに目立つ。
なるほど中央区から乗れないわけだ。
俺は中央の三台目に乗っている。隣にはミーティアとウェルシアだ。
向かいにはメルクリオと護衛であろう祝賀会にも来ていた【魔導の宝珠】の二名。
中央の馬車が一番守りやすいとかで、王侯貴族が集まっている。メルクリオの希望だ。
本当はウェルシアでなくラピスを乗せたかったらしいが。
「嫌よ。殿下と窮屈に過ごすよりティナたちと戯れていたいわ!」
と、まさかの拒否。王女にあるまじき拒否。
それとなくメルクリオに伝え、ウェルシアが乗っている現状である。
あいつまじで王都行っても大人しくしてくれるのか。ある意味ツェンより不安なんだが。
ちなみに御者に関しても、うちから数名出させてもらった。
「誰か御者出来るやついるかー?」
『はい』
手を上げたのはエメリー、イブキ、ウェルシア。
ウェルシアは魔導王国の手前、貴族枠だからさせるわけにもいかないが、エメリーがどうして出来るのか謎だ。何でもできるんだな、あいつは。
ウェルシア曰く「貴族であれば馬の扱いは当然習うもの」との事だが、ミーティアは『神樹の巫女』という職業上、自らの手で馬に乗る機会もなく、ラピスに至っては国に馬が居ない。海だからね。
出来はしないが、御者が出来るようになりたいと言ったのがネネとアネモネ。
ネネは闇朧族の訓練で本来ならば馬を駆れるようにさせられるものらしい。が、それすら出来ずに追放されたので改めて習いたいと。
アネモネは商家の人間だった事もあり、商人らしく自ら馬車を操れるようになりたいと。
そこで、二台目と四台目にうちの侍女が十六人乗り込み、それぞれの御者をエメリー+ネネ、イブキ+アネモネとさせて貰った。
まぁ向こうからすれば俺たちは賓客扱いだから御者なんかさせたくないのだろうが。
せっかくの経験だからと我が儘を言わせてもらった。
ともかく、そんなわけで俺はメルクリオと一緒に豪華な馬車に乗っているわけだ。前後を侍女の馬車に挟まれて。
正直、この【アイロス】の文明は低いと嘗めていた。まさかこんな馬車があるとは思わなくて、舗装されていない道を走るのだから、もっと揺れが酷いだろうなーと思っていた。
酔いそうだったらサリュか天使組に回復してもらうか、何なら馬車から降りて並走しようかとも思っていた。杞憂だったが。
「ドルチェに頼んでクッションも作ってもらったんだがなぁ、無駄だったか」
「無駄ではないのでは? 寝る時に枕にしても良いですし」
「揺れないから敷かないというものでもないのでは?」
「そうか? じゃあ一応出しておくか。お前らの分もな」
せっかく作ってもらったんだしな。活用しましょ。
「ドルチェって針毛族の彼女か。盾役なんだろ? 本当に多才だよね、【黒屋敷】の面々は」
「針毛族なんだから裁縫できて当然だと思うが」
「盾役の事を言っているんだ。非戦闘系種族の針毛族によく盾役なんてやらせるもんだって話さ。盾役は一番危険で一番経験が必要な前衛の要じゃないか。戦った事のないであろう針毛族によくやらせるよ」
「あいつは前衛タイプの性格な上に、前に出たがりだからなぁ。逆に剣士にしたら突っ込んで帰って来なくなる」
「ああ……なるほど……」
そんな話をしつつ、これからの道のりについても話す。
目指す王都ツェッペルンドまではこの馬車で十日ほどらしい。
途中、二度の夜営を考えているが、基本的には街に寄って泊まっていく。
やはりメルクリオも王族だから、ちゃんと街に寄る事で、国民と領主にアピールし、金を街に落とす必要があるそうだ。
王族もちゃんと目にかけていますよ、目を光らせていますよ、と伝えるわけだな。
大変だなー王族。
カオテッドじゃほぼ完全に組合員として過ごしているのに、自国領に入った途端にこれだ。
メルクリオが迷宮組合員で居たがるのも少し分かる気がする。
俺としてはそんな事を気にせず、森や山に入って、魔物や山賊を狩って行きたい。
街に入れば基人族だと騒がれて、ろくに観光も出来ないしな。
まぁメルクリオの手前そんな事も言えず、馬車旅を続けるしかないのだが。
実はそんな長丁場の馬車旅を考慮して、この短い準備期間で頑張って、トランプを作って来たのだ。
他の馬車の面子にも渡してある。何人かに集中してルールを覚えさせたので、今頃は遊んでいるんじゃないだろうか。
と言っても簡単な遊びを何個かだけだが。
「というわけで、こっちでもやってみようか」
「何だい? そのカードは……へぇ娯楽か。相変わらずセイヤはよく分からないものを知っているね。ビリヤードとか」
「逆に『ウォーボード』とか知らないんだよ。ルールが難しくて」
「ハハッ、セイヤにも弱点があったのか。じゃあ今度指南してあげよう」
ウォーボードって、【アイロス】版の将棋とかチェスみたいな感じのやつな。
動きが複雑で、魔法使いとか神官とかいう駒があるから余計に混乱するんだよ。
神官が回復して駒が復活するとか、下手に将棋を知ってる分、訳が分からなくなる。
まずは簡単にババ抜きでもやりますか。ミーティアもウェルシアも知ってるし。
メルクリオたちも分かりやすいだろ。
と、説明してみればさすがはメルクリオと護衛兵。即座に覚えた。
「なるほど、同じ数字のカードを捨てていくわけだね。マークは関係ないのかい?」
「このゲームはな。他のゲームだと関係あるが、今は無視でいい」
ハートとかのスートはこの世界に馴染みのある『火水風土』の四属性にした。
一説にはスートも元々は『火水風土』を表す星座から来ているとも言うし、あながち外れてもいない。
ただ赤黒は俺の独断と偏見で、赤を『火土』、黒を『水風』とした。
正しくは『火』を表すクラブが黒だったりするのだが、紛らわしいので。
キング・クイーンはそのまま王様と王妃様、ジャックは騎士にした。
呼び方はキング・クイーン・ナイトだな。
ちなみにジョーカーは女神です。
侍女たちの奴隷紋を参考に絵柄を書いた。
女神なんぞ嫌われ者のジョーカーで十分よ! ざまぁ!
……と思っていたら、予想外の展開になりまして。
例えば今やってる『ババ抜き』なのだが、侍女たちが相手の手札からジョーカーを抜くと喜ぶようになる。抜かれたほうは悔しがる。女神様の御加護が……と。
最終的には最後までジョーカーを持っていた人が勝者のような扱いになる。
つまりは『ババ抜き』ではなく『女神集め』と呼ばれるのだ。うちの屋敷では。
こんなはずではない。俺は頭を抱えた。
ちゃんとした死神姿のジョーカーを書き直そうかとも思ったが「女神様を失くすなどとんでもない!」と猛反発にあう始末。
ならばと『七並べ』や『大貧民』『スピード』なども教えたが、どれもジョーカーがオールマイティ扱いであり、便利なだけのカードとなっている。
さすが女神様! と喜ぶ始末。
いや、確かに『大貧民』とかジョーカー来たら嬉しいけどさ。
強いて言えば『神経衰弱』とかジョーカーを最初から抜くから問題ないんだが、それだと俺が「女神ざまぁ!」と出来ないわけですよ。悔しいじゃないですか。せっかくジョーカー役に抜擢したのにさ。
「おっ、女神がやって来たね。これで僕にも加護が貰えるかな」
「殿下、バラしてしまうと私が御加護を貰いうけますぞ?」
「おっと失言だったね。君に取らせるわけにはいかない。シャッフルしよう」
な? こうなるんだよ。
誰が最後に加護を得るかって、これそういうゲームじゃねえから。
ちなみにうちで一番弱いのは天使組です。ジョーカー来たら喜んじゃうから。
『おいシャム、手を離せ。我はこのカードを引くのだ』
『ぐぬぬ……離すわけには参りません! 手離すわけには……!』
と、こうなる。
手元にジョーカーが来たら祈るし、相手の手が抜こうとすれば絶望の表情になるからすぐに分かる。
まぁ『ババ抜き』のルールで言えば全勝なんだが『女神集め』のルールだと最弱なんだよな。
天使組はこれ、神聖国に報告したんだろうか。少し気になる。
ルールブック化して送られていたとすれば神聖国で一大トランプブームが始まりそうで怖い。
ミツオ君もどうやら口伝にも残していないようだし。
「いや、なかなか面白いね、この『女神集め』は。もう一勝負しようじゃないか」
「他のゲームもあるぞ?」
「ご主人様、『女神集め』を再度……」
「このままでは終われませんわ!」
「ハハッ、先は長いんだ。他のゲームもそのうち習うとして、今日のところは『女神集め』をしようじゃないか」
人気あるんだよなぁ……この『女神集め』とか言う謎のゲーム……。
俺、ジョーカー引いたらげんなりするんだが。それ俺だけなんだよな。
完全に失敗したわ……。
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