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第十章 黒の主、黒屋敷に立つ
242:獣帝国最強、黒屋敷をディスり始める
しおりを挟む■ガブリオル 獅人族 男
■39歳 Sランククラン【赤き爪痕】クラマス
中央区の高級宿に泊まりつつ、探索を重ねる。
元より一気に四階層まで進むつもりはなかったが、予想以上にカオテッド大迷宮の難易度は高い。
それは魔物や罠、大きさなど総合的に見てだ。思いの外遅々となっている感は否めない。
それでもクラン全体で探索を行ってんだ。数日間潜れば、相当な稼ぎになる。
一度の探索でドロップ品の他、魔石を百個以上も買い取りに出したりもした。
まぁ受付嬢は思ったほど驚かず、淡々と査定していたが……驚きすぎて″素″になっちまう事もあるだろう。
探索から帰れば次の探索までは数日を開ける。迷宮組合員としての常識だ。
探索の準備もあるし、身体と精神を完全な状態で臨む必要がある。
迷宮ではちょっとした油断から命を落とす。強者である俺たちだからこそ油断はしねえ。
そんな探索の合間には普通に街を練り歩いたりもするわけだが、別にこっちが聞き込んでいるわけじゃねえのに例の基人族――【黒の主】と【黒屋敷】の情報が入ってくる。
組合員の話声を聞いてもそうだし、普通の商人たちも話題にしている事が多い。
中央区だけじゃねえ。他区にしたってそうだ。
まるでそいつらが英雄かのような口ぶり。実際に吟遊詩人がヤツらの事を歌っていたりもする。
【黒屋敷】が本当にSランクだったとして、所属しているカオテッドで有名になるのは、俺たちもそうだったから分かるんだが、それにしたって騒がれ方が異常だと感じた。
まるで王とか神の話でもしているように、こぞって持ち上げる。
基人族をだぞ?
何なんだこの街の住人どもは。低脳種族ばっかじゃねえか。全く理解できねえ。
話を聞いた中で、おそらくその原因が【天庸】とかいう組織の襲撃から街を守った事によるものだとは予想がつく。
どんな組織か知らねえが魔導王国の闇組織だってんだからどうせちんけなもんだろう。
しかも襲撃があったのはもう三月近くも前の事だ。
それを未だに話題にしてんだから、余程話のネタがねえんだろう。こんなデカイ街なのに寂しいもんだ。
ともかく集まった情報を精査して報告しなきゃなんねえんだが、どれも荒唐無稽すぎて困る。
まるで街全体が夢でも見てるんじゃねえのかと言いたくなるほどだ。
全く真実味がないし、街ぐるみで俺たちに嘘をついていると思った方が幾分かマシだ。
そんな情報の一つが【白い狼人族の聖女】。
もうこの字面だけで嘘くさいだろ?
だが組合員はこいつの話をしている事が多い。宗教的にも感じるほどだ。
言うまでもなく狼人族は素早さと連携に秀でた近接戦闘特化の戦闘系種族。
そして『白い忌み子』にはその戦闘能力が全くない、種族としての半端者だ。忌避される存在。
逆に魔法の素養があるらしいがそれにしたって魔法使いとして活躍できるほどじゃねえ。
話を聞くにその忌み子は神聖魔法の素養があるのだろう。
だが種族が狼人族である以上、どこぞの巫女や神官ほどの神聖魔法は使えねえだろうし、ましてや【聖女】と呼ばれるほどの魔法行使が出来るはずがねえ。
「狼人族の【聖女】ねぇ。どっちが上かはっきりさせたいもんだね」
「会っても殺すんじゃねえぞ、ウルティマ。面倒が増えるだけだ」
「報酬上乗せしてくれないかねぇ。偽りの聖女討伐ボーナス。クククッ」
うちの【聖女】様はご立腹だ。こいつは金さえ入れば殺しだって躊躇せずにやる女だ。
だが【聖女】と言われるほどの神聖魔法行使力を持っているのは間違いねえ。
ま、こんな変なやつだから神殿に勤めるでもなく組合員でいるんだろうがな。
俺の予想ではその狼人族は神聖魔法ではなくポーションとかを使って住民の救援を行ったんじゃねえかと思ってる。その【天庸】とかいうヤツらの襲撃の時な。
どうやら【黒屋敷】は金持ちらしく――これも基人族としたら嘘くせえ話だが――その金で回復アイテムを多く所持していたんじゃねえかと。
その救援活動によって【聖女】とか言われてるんじゃねえかと思うわけだ。
翻って考えれば、ヤツらが最前線に行けたのも、その資金力で魔道具やアイテムを買い漁り、探索した結果なんじゃねえかと思い至った。
強い傭兵を雇うのもいいだろう。奴隷を買い漁って盾にするのもいい。
金の力で探索を楽にするってのは俺たちもやってる事だしな。
なぜヤツらにそんな資金力があるのか、今度はそこが疑問になる。
報告書を出すにしても今のままなら、ただの世迷言だ。嘘を並べていると思われてお終い。
もう少し具体的で信憑性のある報告内容が欲しいが……。
……ヤツらのホームを探ってみるか?
……それともヤツらと親密そうな組合員に無理矢理吐かせるか?
ま、いずれにせよまとめるのは時間の問題だな。
俺たちは第一に四階層に行かないといけねえから、そっちのが優先だ。
「今度こそ二階層を突破するぞ」
「おう! ……しかしあそこのウェアウルフ群れすぎでしょう。連携もすごいし」
「ああ、砦って言う地形の問題もあるが他所のウェアウルフより強く感じるよな」
ぐちぐちいっているクランメンバーの尻を叩き、さっさと促す。
四階層どころか三階層にも行けていないとか俺らの面子に関わるからな。
俺たちは獣人系種族最強。Sランククランなんだ。他のクソ種族どもに遅れをとるわけにはいかねえんだよ。
■ツェン・スィ 竜人族 女
■305歳 セイヤの奴隷
「<空拳>!」
あたしの一撃で離れたゴブリンが次々に吹っ飛ばされていく。
よっし! 絶好調!
ご主人様からもらった<空拳>のスキルは、殴った時に衝撃波みたいなものが出て、それが直線上に伸びる感覚だ。
魔法攻撃ってわけじゃねえが、打撃属性の<風の槍>みたいなもんだな。
有効範囲は狭いが射程もそこそこ。まさにご主人様の<飛刃>の打撃版って感じ。
色々と試した結果、拳撃だけじゃなく蹴りや尾撃にも<空拳>が乗るとわかった。
両手で殴った後、回し蹴りをして尾撃を入れる。その全てが遠距離攻撃になるっつーわけだ。
近接一辺倒だったあたしに待望の遠距離攻撃。正直はしゃいでいる。
……まぁそんな連続攻撃するくらいなら両手で連撃した方が速いんだが。
……あと一応遠距離攻撃として<水魔法>も使えるんだが。使わないし。
とにかく今はスキルの習熟を含め、ウキウキと迷宮に来る事が多い。
それはあたしだけじゃなく同じようにスキルをもらった連中もだ。
イブキはゴブリン相手でも<剛力>で倒して使用感を試しているし、サリュは<魔力探知>で完全に斥候役になってる。まぁ本格的に潜る時はネネやアネモネに斥候は任せるのかもしれないが。
ラピスも<演算>を手に入れてから本格的に前衛に加わり出した。完全前衛というよりは遊撃のような感じだ。
槍と魔法を使いながら、周りの味方の状況を確認し位置取りする、というのは本当に難しい……らしい。あたしにはよく分からん。
本人は「<演算>のいい訓練になる」と笑顔だったが、頭の使いすぎで結構疲れるようだ。
同じように前衛後衛を務める連中はよくやるもんだ。聞けばミーティアもラピスと同じように頭が疲れるらしいし。
ポルはなんて事ないようにやってるけどな。あんま考えてなさそうだ。
エメリーは……聞くだけ無駄だろう。あいつは下手するとご主人様以上に理外の生物だ。
さすがにジイナの<毒耐性>は試せないが、ティナは<螺旋剣>をすでに使いこなしている。
ミーティアの<鷹の目>も一階層だと役に立たないので使っていないが、新装備の【紅焔のアミュレットリング】は具合が良いらしい。今は弓よりも魔法攻撃が多いな。
そんな中、全く使いこなせず苦労しているやつも居る。
「<氷の槍><風の槍>! ふぅ、ダメですわね……」
ウェルシアだ。
魔導王国の国宝【狂飄の杖】と【溟海の杖】を手に入れ、両手に杖の二杖流になった。
いきなり杖が強力になりすぎて感覚が狂うというのもあるが、両手でそれぞれ<風魔法>と<水魔法>を連続して撃つのに魔力操作が難しいらしい。
地下訓練場で杖捌きの模擬戦などもやっているが、二杖流の指南書なんてあるはずもなく完全に自己流。
一応両手でハルバードを扱えるエメリーに助言はもらっているようだが、エメリーと同じ動きが出来るわけもねえし、出来たところでエメリーのそれは後衛魔法職のもんじゃねえ。だから本当に一応って感じだ。
こればっかりは数をこなして身につけるしかねえだろってあたしもイブキと相談し、なるべくウェルシアは迷宮に行かせるようにしている。
あたしやティナなんかより多いんじゃねえかな。
羨ましいけど苦労してるのが分かるからなぁ。あたしも応援はしているが。
「攻撃の機会を頂いているのにちっとも上手くなりません。何とももどかしいですわね。申し訳ありません」
「いいって事よ。あたしらだって順番に攻撃はしてるんだしな。気にすんな」
「ありがとうございます」
「あたしは魔法の事よく分かんないけど、律儀に【狂飄の杖】から<風魔法>、【溟海の杖】から<水魔法>ってする必要あんのか? 別に【溟海の杖】から<風魔法>だって撃てるんだろ?」
「それはそうですが……しかし威力が全く異なりますし、せっかくの杖ですから有効に使いたいと……」
「なーんか見てるとその使い分けでギクシャクしてる感じがすんだよなー。もっと大雑把に撃ちまくればいいのにって」
「なるほど……」
ま、あたしは魔法使いじゃねーし使えるのも<水魔法>だけだから複数属性の使い分けなんてよく分からないけどな。
でもウェルシアは何か思う所があったらしい。
ブツブツと呟きながら杖を素振りしている。
ご主人様の予定だと今後三階層に行くらしいからなー。そこまでにウェルシアには杖に慣れてもらわないと。
あそこは<風魔法>が有効らしいしな。頑張って欲しいところだ。
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