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第十章 黒の主、黒屋敷に立つ
248:グレートモス乱獲祭、開幕!
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
「じゃあウェルシア、さっそく頼む」
「はい。<風の遮幕>」
三階層に入る前の階段から、ウェルシアに<風の遮幕>を使ってもらった。
この魔法の効果は基本的には防音・防熱。【風声】の連中は四階層で主に使用していたらしい。
風の幕で一定範囲を覆う魔法ではあるが、副次効果として匂いも遮断してくれると。
デメリットとしては風の幕の影響で、<気配察知><嗅覚強化><聴覚強化>が非常に使いづらくなる。
斥候系スキルにダメージを受けるというわけだが<魔力感知>は問題ないらしい。
索敵に関しては<魔力感知>と視認、あとは俺たちは誰も持っていないが<千里眼>などの視覚強化スキルなどに頼ることになると。
三階層は基本的に広い湿地帯で見晴らしもいいのだが、『巨大墓地』や『廃墟』など遮蔽物があるエリアも結構ある。
それを考えるとやはり視認だけでは厳しい。サリュとアネモネの<魔力感知>に期待しよう。
ウェルシアを中心として風の幕が周りを包む。
ほぼ無色ながらそこに幕があると分かる。薄いシャボン玉のようだ。
範囲は半径二〇メートルくらいか。
「結構広いな。固まれば全員入るじゃないか」
「<魔力凝縮>と【狂飄の杖】のおかげです。普通ですとこの半分程度かと」
「なるほど。ずっと使い続けるのは可能なのか?」
「余裕を持って掛け直すつもりですが、MPポーションも潤沢ですし問題ないかと。しかし戦闘で他の魔法を使えませんので、居ないものと扱って頂ければ」
そりゃそうか。これを使ったまま他の魔法は使えないよな。
寝る時はマジックテントだから匂いは気にならないし、夜警は焚火でお香を焚けば問題ないかな。
「よし、とりあえず『枯れ木の森』エリアに行くぞ。あそこならアンデッドはあまり出ないらしい。そこをキャンプ地とする」
『はいっ』
ここからはもうパーティー分けとか関係なし。
俺たちは風の幕に守られるように、一塊になって右斜め前に向かって走った。
以前に走った三階層の最短ルートは、ひたすら真っすぐ。
入ってすぐの『ぬかるみ湿地帯』から『巨大墓地』『廃墟』、終点が『不死城』こと『廃城エリア』。
今回は右手方向へと進む。
進んだ先にあるのは『枯れ木の森』エリア。雑魚敵として枯れ木に扮したトレントや石化攻撃をするコカトリスなんかが出現し、ここの【領域主】がお目当てのグレートモスだ。
なので、『枯れ木の森』エリアの手前ギリギリの所にキャンプを張るつもりでいる。
あまり森から遠くなるとアンデッドが湧くし、森に入り過ぎるとコカトリスの石化が怖い。
マジックテントの魔物避け効果もあるが、万が一寝ている時に石化をされたらと思うと安心できない。
念の為、夜警時の焚火には『魔物避けのお香』も使うつもりではいるが。
さて、そんな事を考えながら走ってはいるが、半径二〇メートル以内に二〇人が集まって小走りするのは意外と窮屈だ。集まるだけなら余裕だったんだけどな。
アンデッドが風の幕の中に入って来た時に匂いがどうなるのか気にはなるが検証する気はない。
遠目で発見次第、魔法をブッパするよう指示をしている。
「サリュ、匂いは大丈夫か?」
「はいっ! ウェルシアさんのおかげです! 最高です!」
「<魔力感知>はどうだ? 索敵に問題はないか?」
「それも大丈夫です!」
なるほど。ますます三階層がサリュ無双になりそうな気もする。
ウェルシアが戦闘不参加という事で遠距離の火力に懸念があったが問題なさそうだ。
考えてみれば前回は居なかったシャムシャエル、マルティエル、ラピス、ユア、パティが居るんだから以前より火力が上がって当然なのだが。
特に天使組の調子は非常に良いらしい。
三階層はサリュと天使組だけで全く問題ないように思える。匂い対策さえ出来ていれば。
ラピスは新しい階層に来て嬉しそうに<水魔法>をぶっ放している。
ユアはグロいゾンビ系の見た目に怖がりながらも弱点である<火魔法>を放つ。
パティは<気配察知>の仕事も出来ないので、たまにスケルトンを斬る程度だ。
周囲の情景と侍女たちの様子を見ながら進む事しばし、目的地である『枯れ木の森』エリアの付近に到着する。
「さて、この辺でいいかな。ウェルシア、<風の遮幕>を解いてくれ」
「はい」
「……うん、この辺だとやはり大丈夫そうだ。サリュはどうだ?」
「多少匂いますけど大丈夫です。意識して<嗅覚強化>を使わなければ」
<嗅覚強化>を使わなくても狼人族の鼻はよく利く。
同じ獣人系種族であるヒイノやティナ以上に嗅覚は鋭い。
そのサリュがあまり匂わないと言うのだから、やはりここら辺にアンデッドは出ないのだろう。
「じゃあここをキャンプ地にしようか。で、どうしようか。予定通り、分けるのは二つでいいか?」
三階層の予定は『枯れ木の森』の【領域主】グレートモスをひたすら狩るのと、三階層の【領域主】を倒してドロップ品を集める事の二つ。
二〇人全員でグレートモスを狩り続けるのは非効率なので、人員を分けるつもりではある。
しかし【領域主】を倒すのも何組かに分けた方が効率は良い。ユア用の錬金素材を採取しても良いし。
かと言って分けるとなると、やはり″匂い″が問題になる。
三階層でアンデッドの全く出ない場所なんてここくらいしかないのだから。
「とりあえず二組でよろしいのではないでしょうか。もし初日が終わり、グレートモスのドロップが予想以上に良ければ今夜にでも再考すればよろしいかと」
「そうだな。じゃあエメリーの案を採用。グレートモス班と領域主班に振り分けるぞ。とりあえず確定はウェルシアが領域主班な」
「はい」
一応皆に希望を聞くつもりではあるが、ウェルシアは動かせない。ウェルシアを『枯れ木の森』で使うのは宝の持ち腐れだ。
そして班分けはこんな感じになった。
グレートモス班:セイヤ、イブキ、ミーティア、シャムシャエル、アネモネ、ポル
領域主班:その他全員
グレートモスはパーティー上限の六人だけでいい。
むしろ六人もいらないとは思うが念の為、風以外の各属性を揃えてみた。
グレートモスは状態異常の鱗粉を放つらしいから、回復役は絶対に必要だ。
「エメリーに通信宝珠を渡しておく。こっちはミーティアだ。何かあれば連絡するように」
「はい」
夕方にキャンプ地に集合という事で俺たちは分かれた。
さて、と一息ついて六人で『枯れ木の森』へと侵入する。最前衛は索敵担当のアネモネとイブキだ。
ここに出て来る雑魚敵のトレントは二階層のそれとは違い、葉がなく枯れ木のような見た目をしている。それでも分類的には同じトレントらしい。強さは変わらないな。
コカトリスも一応図鑑では見たが、実際に見るとグロい。大型犬並みの鶏で尾羽が蛇になっている。
それが長い舌を出しながらギャアギャアと迫ってくると思わず逃げたくなる。
まぁ石化が怖いので近づく前に遠距離攻撃で仕留めるが。
他には木の上の方に張り付くパラライズモスや、キラービーなどの虫系が細々といる感じ。
森の中を視認だけで索敵するのは困難で、やはりアネモネの<魔力探知>頼みとなる。イブキの<気配察知>もだが。
そうしてずんずんと進んで行くと、アネモネが反応を示す。
「いました……グレートモスだと思います……ふふふ」
「よし。リポップしていたか。最初は手加減なし。ミーティアで行こうか」
「はい」
どうせ何回も倒す事になるのだから、最初は遠距離高火力で一発。
イブキも倒したいだろうが次回に回そう。
グレートモスの居る場所は森の中の開けた場所。情報通りだ。
円形の広場の中心には大きな枯れ木が一本だけ立っており、そこにへばりついているのがグレートモスだ。
その周りにはパラライズモスも何匹か舞っている。
遠目で見ただけで「うわぁ」と思わず嫌悪感が出る。背筋がゾクっとする。
全長四メートルほどの蛾だぞ? しかも翅の模様は間違った方向に才能を発揮させた現代アートの如く気持ち悪い。
見るのが嫌になるが二度見、三度見してしまう謎の吸引力。そんな蛾だ。
遠慮はいらぬ。ミーティアさん、やっておしまいなさい。
バシュウンと【神樹の長弓】から放たれた魔力矢は当然命中。あんなデカくて動かない的を外さないわけがない。
グレートモスに何もさせないまま、ただただ倒した。
光となって消えるグレートモス。枯れ木の根元にはドロップ品が残る。俺たちはさっさと回収に近づいた。
「【大樹蛾の鱗粉】【大樹蛾の触覚】あと魔石か。残念」
「やはりレアドロップなのでしょうか、【繭】は」
「一番のレアは【複眼】らしいけどな。とにかく周囲の魔物をさっさと狩ってリポップさせよう」
『はい』
幸先良しとはいかないか。まぁ仕方ない、こんなもんだ。
さてどれくらいの確率で【繭】が出るものなのか。
それによって俺の喪服用だけになるか、侍女たちの服の分も集める事になるか決めよう。
単調な作業だが、なるべくみんなで楽しく行きたいものだな。
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