258 / 421
第十章 黒の主、黒屋敷に立つ
249:黒屋敷に来た珍客
しおりを挟む■ズーゴ 猪人族 男
■40歳 傭兵団【八戒】団長
最近はもう【黒屋敷】の警備が本業と言ってもいいかもしれん。
俺たちのホームとは桁違いに豪華なこの屋敷が、何となくホーム並みに居心地良く感じる。
すっかり第二のホーム。まぁ仕事である以上、そんな事は口に出せないのだが。
セイヤ殿から指名依頼を受けての警備任務だが、これは本当にありがたい。
もちろん詰所と併設された訓練場が使い放題というのも大きいのだが、詰所にも屋敷内と同じようなトイレが備え付けられており、この使い心地もまた素晴らしい。
今ではホームのトイレでさえ物足りなく感じる。ここのトイレを知ってしまうと他で用は足せなくなりがちだ。
賃金的にも美味しい。貴族の護衛任務並みの依頼料に加え、指名依頼の分の上乗せもある。
セイヤ殿が金持ちなのは重々知っているが、それでも尚破格と思える。
じゃあその分厳しい任務なのかと思えばそんな事もない。
昼夜を問わず誰かしら警備につく必要はあるが、妙な輩が来る事もないし、来客も少ない。本当に突っ立っているだけだ。
警備依頼を受けた当初は【黒屋敷】を妬む輩や、喧嘩を売る輩が居ると思っていた。闇組織なんかも危惧されていたな。
しかし蓋を開ければその類は一切ない。
そもそもこの道――高級住宅街に入ってくる通りを歩く組合員自体居ないのだ。
組合にも近く大通りからすぐの通りなのだが、普通の組合員には何となく近寄りがたい高級な空気がある。
俺らだって依頼があって初めて来たようなもので、用事がなければ通りに入ろうとは思えない。
いくら【黒屋敷】を妬む粗暴な輩がいたとして、わざわざこの通りを進み、終点であるこの屋敷に殴り込みに来るというのは少し考えにくいと思うのだ。
相当な恨みでもあれば別だとは思うが、街中で喧嘩を売るだけの輩ならばまず来ないだろうと、今ならば思える。
それでも警備任務を請け負っている以上、警戒は欠かさないが。
それに加えて今回の警備任務に当たっては危惧すべき事があるので余計に警戒が必要だ。
獣帝国のSランク、【小剣聖】ガブリオルが率いる【赤き爪痕】。
やつらが【黒屋敷】の事を調べているらしいからな。
【黒屋敷】が出払っている今、調べる名目でここに来てもおかしくはない。ガブリオルならば堂々と正面から来る。
やつら――特にガブリオルは獣人系種族絶対主義だ。セイヤ殿が基人族というだけで存在が許せないだろう。
ましてやSランク組合員で、豪邸に住み、多種族の侍女を囲っているとなれば出会い頭に殴りかかってもおかしくはない。やつならば当然と思える。
組合のホールでイブキ殿たちと一悶着あったらしいが、それですんなり手を引くとは思えん。意地になって余計に手を出しそうな気がする。
となれば屋敷に乗り込んできてもおかしくはない。
だからこそ俺たちは警戒を絶やさない。
万が一、やつらが乗り込んで来たとして、俺たちに止められるものか。……どう考えても厳しい。
そうなれば依頼任務失敗どころか、恩あるセイヤ殿たちに迷惑をかけてしまう。それは許されないだろう。たとえセイヤ殿が許しても俺が俺を許さない。
念の為、襲撃に備え、団員にはその際の動きを周知徹底させている。
具体的には足止めの遅滞戦術と連絡に走る役目を。
連絡は一番近い【魔導の宝珠】に駆け込むのが一人と、組合まで走るのが一人。運良くメルクリオが居れば力になってくれるだろう。メルクリオはセイヤ殿とも仲が良いし。
そんなわけで、今回の警備は少しピリピリしている。
自分の勤務時間以外でもなるべく訓練場に居て、いつでも応援に駆け付けるように心掛けている。
決してただ訓練場に居たいわけではない。決して。
ああ、そうそう、最近はボルダリングにも慣れて来て、昇った上で端から端まで往復出来るようになった。
普段の戦闘では使わない筋肉を使う影響か、心なし身体が一回り大きくなった気がする。
鏡の前で上半身裸になりポージングを決めると、自分でもなかなかのものだと感心するほどだ。
うむ、やはりここの訓練場は素晴らしい。
おっと、それどころではない。今は警備だ。仕事中だ。集中せねば。
そう意気込んで警備をしていた矢先、やって来たのは気概を削がれるような来客であった。
珍客と言っても良いだろう。男女の二人組。
男のほうはすぐに分かる。【風声】のクラマス、サロルートだ。
セイヤ殿たちが留守の間は娯楽室へも入れない為、留守中に来ることなどまずない、ある意味で珍客。
しかし女性のほうは分からない。【風声】のクランメンバーでない事は一目で分かる。
褐色肌に短い赤髪。小柄な女性だ。
特徴的なのは側頭から下に伸び、ゆるやかに前を向く太い角。
(角牛族か?)
角牛族と言えば獣帝国の西、エンディール砂漠を旅するキャラバン商人が多い。砂漠の民だ。
行商として獣帝国に来ているのは見た事があったが、カオテッドではほとんど見ない。
しかし近づいてくる彼女はターバンを巻いた行商人というわけではない。
背負っているリュートを見るに……吟遊詩人か?
疑問符ばかりの頭でいると、近づいてきたサロルートが軽く手を上げて来る。
こちらも手を上げて返した。
「どうも、ズーゴ。ご苦労様です」
「珍しいなサロルート。セイヤ殿たちならまだ帰って来ていないぞ」
「でしょうね。潜り始めたばかりですし。今日は別件で来たんですよ」
サロルートはそう言って隣の彼女を指さした。
その彼女は手でひさしを作りながら背伸びして「おおー! これがあの!」と嬉しそうに屋敷を眺めている。
「お前のツレか?」
「いえいえ、路上で弾き語りしている所に偶然出くわしましてね。斬新な歌でしたので聞き入ってしまいましたよ。その後話しているうちに意気投合しまして」
話を聞くに、彼女は南東区の通りでリュートを弾いていたそうだ。歌っていたのは【黒屋敷】の英雄譚。
そこに通りかかったサロルートは立ち止まり、その歌を聞き入った。
内容がセイヤ殿の事だったという事もあるが、サロルート曰く「芸術的な音楽性だった」との事。俺には分からん。
ともかく芸術肌のサロルートと、斬新な吟遊詩人の彼女は気が合ったそうだ。
サロルートとセイヤ殿の仲が良いという話を聞き、自分が歌う上で英雄譚の詳細を知りたかった彼女は、サロルートに頼み込んだらしい。【黒の主】に会わせてくれと。
「まぁタイミングが悪く【黒屋敷】は探索中なのでね、こうして屋敷だけでも見学に来たわけですよ」
「サロルートは顔見知りだから通すが、やたらな所は歩かせないでくれよ? こっちは一応警備しているんだから」
「ええ、承知してます」
二人は正門をくぐる。何となく気掛かりで、目で追ってしまう。
彼女はいちいち大げさな様子で感動を表していた。
セイヤ殿の英雄譚を歌うくらいなのだから、相当な【黒屋敷】ファンなのだろう。
白と黒に彩られた屋敷を見上げては感動し、整えられた庭や訓練場への入口である大穴を覗いても感動していた。
あの様子だと訓練場にも足を運ぶかな。
そうなれば遠当ての的も見る事になるだろう。そこでサロルートは説明するはずだ。「これ竜ですよ」と。
驚く顔が目に浮かぶ。
しかしどうやら二人は庭を見て回り、屋敷の外観を眺めて回るらしい。
右手の畑、その奥のキノコ栽培の原木あたりまで見に行き、屋敷の右側面を見て、驚きの声を上げていた。
「なっ、なんですネ、これはっ!?」
「綺麗ですよねぇ。ステンドグラスというらしいですよ。色ガラスを組み合わせて絵にしているんです」
「すごいっ! これはすごいですネ!」
ああ、なるほど、芸術肌か。
俺も見たが、確かにあれは俺が見ても芸術的で素晴らしいと思う。何とも美しいものだと。
聞けばセイヤ殿が考案したとの事だが、本当にあの人は色々な分野で先進的な人だ。
「後光を差した女神様の紋様――これが【黒屋敷】の侍女全員の左手に刻まれているんです」
「こ、これが奴隷紋ネっ!? こんな美しい紋様が……っ!」
おおお、と、窓に向かって膝をつきそうにも見える。神々しいのは分かるんだが大げさすぎじゃないだろうか。
確かにあのステンドグラスがずらりと八枚並んでいるのは素晴らしい。
俺も一度、中から総合神殿を見させてもらったが、中から見ればさらに素晴らしいのだ。
本当に女神様の後光で部屋が鈍く照らされているような厳かな空間と化している。
あの神殿も、そして全ての神像も手作りだと言うからさらに驚かされたものだ。
全くここの住人は戦闘のみならず多才な面々が揃いすぎだと思う。
サロルートも屋敷の中の様子を彼女に話していた。
実際に見る事は叶わないが、聞く話で想像を膨らませているんだろう。
彼女の表情は恍惚としたものに見える。
やがて彼女の目が真剣なものになった。
「決めたネっ! サロルートさん、決めましたネ私っ!」
サロルートにずずいと近寄る。そして大げさに両手を広げ宣言した。
「私、【黒の主】さんの奴隷になるネっ!」
「「……えっ」」
図らずも俺とサロルートの声が重なった。
えっ、いや、なんで? 奴隷? 奴隷になるの?
……セイヤ殿、今日の日報は何と書けばいいのでしょうか。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜
昼寝部
ファンタジー
2XXX年、X月。
俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。
そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。
その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。
俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。
これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる