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第十一章 黒の主、博物館に立つ
255:独特なセンスの吟遊詩人
しおりを挟む■リンネ 角牛族 女
■25歳 吟遊詩人
ボロウリッツ獣帝国の西部にある広大なエンディール砂漠。
そこはどこかの国の領土という事ではなく、いくつかの大きなオアシスを中心とした街ごとに統治が為され、その街同士が結びつくように砂漠全体が管理されている。
砂漠に蔓延る魔物の討伐や、砂漠内にある迷宮。そこへ向かう組合員も近場のオアシスから向かうという感じだ。
砂漠の西、ハムナムド造王国と、東のボロウリッツ獣帝国を結ぶ導線も、オアシスを経由して行き来されている。
旅人や組合員、行商人も、砂漠を行く人が全てオアシスの街を経由して向かうのだ。
そんな砂漠の民、角牛族は主に行商人として活躍する事が多い。
砂漠という場所は環境も魔物も、あらゆる面で過酷なのだ。
そこで旅する事を目的とするような種族はあまり居ない。角牛族は有名なほうだ。
寒暖差に耐えられる体力と、魔物と戦う為の戦闘技能、そしてスキル。
そういったものが揃った角牛族だからこそ砂漠の行商が出来る。
もちろん単純に組合員として戦う者も居るし、街に居を構え、砂漠に出ない者も居るのだが。
私の家も類に漏れず、ミラオデという一つのオアシスの街を中心に行商人として生活していた。
幼い頃から砂漠の行商に連れ出された。おそらく他の家に比べれば随分と若い頃から。
親が強く豪快だった事もあり、危険なはずの行商に連れて行かされる事が多かったのだ。
「ハッハッハ! リンネ! どうだ、砂漠は面白いだろうネ!」
「と、父ちゃん! 寒いネ! 夜がこんな寒いなんて聞いてないネ!」
「ハッハッハ! 寒かったら動けばいいネ! 一緒にジャンプするネ!」
無茶苦茶ではあった。こんな行商人、他では居ないと思う。
それでもそこが私にとっての家であり日常であったのだ。
その中で早々に戦う事や、野営などの旅の知識、行商人としての知識を得ていく。
当時は比べる人が居ないので当たり前のようにやっていたが、それもかなり幼い段階からしごかれたのだと後から知った。
読み書きや算術が出来ないと商売は出来ない。
物の価値が分からないと商品を買えない。
戦う術を持たないとそもそも砂漠は渡れない。
それは確かに砂漠の行商人としては当たり前の事なのだが、幼くして詰め込まれる物ではない。
ましてや私は天才でもない凡人で、ただ普通に生活しているつもりなだけの娘なのだ。
分不相応な教育だったと言えるだろう。
そうした行商の生活の中で、私の目を惹くものがあった。
それは行商として買い付け、売りさばく予定の商品の中のいくつか。
例えば宝石や装飾品、絵画や道具。美しい物に次第に惹かれていった。
いつも周りが砂漠の砂色に覆われていたというのもあるだろう。
見目麗しいそれらを目で追うようになっていった。
目新しいものに敏感になっていった。
「お父ちゃん! これ買うネ! 絶対売れるネ!」
「ハッハッハ! リンネ、お前の感性は独特ネ。私にはさっぱり良さが分からないネ」
どうやら私が良いと思うものは他人と違うらしい。
しかし実際に物好きには高値で売れたりする。私の感性はそういった極一部と合っているらしい。
それもまた行商人としての武器。父はそう言ってくれた。
街に行けば目新しいものが溢れている。建物、人、服、装飾、道具、花々。
それらを見るのが楽しみで、辛い砂漠の行商も次第に楽しくなっていった。
ある日、オアシスで休んでいた旅の楽団と遭遇した。
砂漠では滅多に見られない吟遊楽団に私は感動した。
休みながらもリュートをポロンと弾けば、それだけで周りに人が溢れ、皆が楽しそうな顔をしている。
歌はともかく、私はその光景に感動したのだ。
「お父ちゃん! 私、吟遊詩人になるネ!」
「ハッハッハ……えぇぇ!? 行商人になるんじゃないのかネ!?」
驚きはしたが結局は豪快に賛成してくれた。リュートも買ってもらう。
しばらく行商を続けながらリュートを演奏し、腕を磨いた。
そうして私は砂漠を離れることになる。
だって、どのオアシスで弾き語りしても全然客が寄って来ないのだ。
皆、遠目で「なんなんだこいつは」みたいな顔をして去っていく。
どうも私の歌は砂漠の民と感性が合わないらしい。
ならばとリュート片手に獣帝国へ。
旅の中で仕入れた英雄譚や噂話を元に、独自の歌を作っていく。そしてそれを歌う。
……しかしどうも受けが悪い。
もしや私の感性は獣帝国の人たちとも合わないのでは……?
確かにいわゆる吟遊詩人が歌っているようなものではなく、私が独自に作った歌だから好き嫌いはあるだろうけど。
行商の時も審美眼が他人と違うと言われたが、まさか歌まで?
いやいや、たまたま私の感性に合う人が居ないだけだろう。うん。
獣帝国は獣人ばかりだし、差別的だという話もある。私が角牛族だから近寄らないようにしているのかもしれない。
私はさらに旅をし、獣帝国を出ようと思った。
狙いは【混沌の街カオテッド】。四か国の文化が入り乱れたこの街ならば、私の感性が特殊という事もないだろう。
絶対に受け入れられる。自信はある。
長旅の末にカオテッドに着けば、そこは今まで見たどの街よりも大きく、人が多い。
わずか十年の間に出来た街とは思えないほどの活気。そして真新しい建物や道路、城壁。
南西区を歩く人も獣人系種族が多いながらもどこか他国の文化や服飾が混じり、それが目新しく斬新に映った。
私はここを拠点とする事に決める。ここならば、という思いが強い。
早速とばかりにこの街で流行りそうな噂話を収集した。
そして出て来る話題はどれも【黒の主】【黒屋敷】の事ばかり。
私は全く知らなかったが、どうやら最近になってSランクに上がった迷宮組合員のクランらしいのだ。
これは良い題材だと調べていくと、どんどんと予想外の驚きが訪れる。
基人族のクランマスター。クランメンバーは全て彼の奴隷の美少女・美女ばかりの多種族。
もうそれだけで驚きなのだが、さらには街で一番強く、一番の金持ちだとも言われている。
カオテッド最大の危機となった【天庸】という闇組織との市街地戦。これはどこに行っても話に上がった。
南西区ではパン屋の兎人族の母娘が、魔法剣を操る鳥人族を倒したらしい。
三眼の多眼族は見たことのない魔法を使ってワイバーンを叩き落したと。
裏取りとさらなる情報を求めて他区にも行ったが、同じような話をいくつも聞いた。
北西区では炎の魔剣を手にした鬼人族、北東区では非戦闘種族の針毛族が仁王立ちで防ぎ、南東区では『日陰の樹人』と菌人族が街を救ったと。
中央区では見た事もない化け物に対して、竜人族の拳士と星面族の占い師、そして『白い狼人族の聖女』が戦ったと。
もうその話を聞いているだけで私は楽しくて仕方なかった。
おまけに彼女たちは全員、【黒の主】の奴隷でありながらメイドらしいのだ。
メイド服のまま迷宮に潜り戦闘する。【天庸】迎撃に対してもメイド服のまま行ったと。
そんな美しい戦いがあるのか。私はショックを受けると同時に感動に打ち震えた。
さらに細かい情報を集め、早速とばかりに彼らを称える歌を作ったのだ。
ジャンジャカジャンジャカジャーン
どこから来たのか【黒の主】 誰が呼んだか【黒の主】
基人族だからって嘗めるなよ 誰彼ともなく投げ飛ばすぜ
腰に添える細剣は 何でもかんでも斬っちゃうぜ
立ちふさがれば皆殺し それがやつらだ【黒屋敷】
どこまで増えるのメイド達 【黒の主】のメイド達
メイド服だからって嘗めるなよ 誰彼ともなく投げ飛ばすぜ
戦えない種族だろうが どいつもこいつも戦っちゃうぜ
注目されないわけがない それがやつらだ【黒屋敷】
ジャンジャカジャンジャカジャーン(一番終わり)
……そこそこ受けが良い。
やはりカオテッドは私の感性に合っているのかもしれない。
歌い終わり、数人の拍手を受けた後、一人の樹人族が近づいてきた。
「いやいやいや、なかなか面白いですね。ああ、失礼。僕はサロルートという組合員です」
サロルート!? 【黒屋敷】の情報を仕入れる中で聞いたAランク組合員の名前だ。
カオテッドじゃあトップクラスの組合員、そのクラマスのはず。
そんな人に褒められるとは……これは私、始まったネ。
そして話していく中で、サロルートさんが私の感性に合っている事に気付く。おお、こんな所に同志が……!
すっかり意気投合し、サロルートさんの紹介で【黒の主】セイヤさんにお会い出来る事になった。
なんというトントン拍子……! ありがたい、ありがたい。
そうして連れて来られた【黒屋敷】。情報は仕入れても近づくのは初めてだ。
あいにくと【黒屋敷】の皆さんは探索で出掛けているそうだが、それでも見られるだけで感動する。
なんと美しい外観。美しい庭園。ここに美しいメイドさん達が集団生活していると。
さらにステンドグラスなるものを見て、私は未だかつてない衝撃を受けた。
これはもう斬新とか目新しいという表現では追いつかない。
美しさと芸術性、そして技術の結晶のようなもの。
さらにはこの紋様が奴隷紋だと言う。こんな美しい紋様が全てのメイドさん達の手に……!
「決めたネっ! サロルートさん、決めましたネ私っ! 私、【黒の主】さんの奴隷になるネっ!」
「「……えっ」」
私、吟遊詩人をやりつつ、組合員になります!
私自身が美しくなるためにっ!
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