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第十一章 黒の主、博物館に立つ
258:例の吟遊詩人、侍女教育を受ける
しおりを挟む■リンネ 角牛族 女
■25歳 吟遊詩人
おお、なんという美しさ! 左手の甲を見て、思わずうっとり。
もうこれだけでご主人様の奴隷になったかいがあるというものですが、新人である私用に侍女服(※メイドではないらしいですネ)をわざわざ仕立てて貰いました。
侍女の皆さんが着ている侍女服。これもまた美しい。
種族がバラバラ、背格好もバラバラな皆さんが揃ってきていると、色とりどりの花を見ているようで見入ってしまいます。
そんな中に私も入るのかと思うと……こう、ゾクッとしますネ。
それから侍女長のエメリーさんに連れられてお屋敷を改めて案内して貰います。
これもまたスゴイ。エントランスと食堂しか見ていませんでしたが、どこもかしこも普通じゃない。
いえ、普通のお屋敷なんかも見た事はないんですが、それでもこれが普通ではないと分かるくらいスゴイんです。
トイレやキッチンやお風呂もそうです。応接室はなんか武器屋さんみたいでしたけど。
娯楽室はサロルートさんがお気に入りという事でしたが、私も思わず興奮してしまいました。
私もうここが私室でもいいくらいです。え、あ、ダメですネ、すみません。
そして問題は総合神殿です。
思わず「うわ~~~!」と声を上げてしまいました。娯楽室以上の衝撃です。
厳かな内装と奴隷紋のステンドグラスから差し込む鈍い光。そして手を繋ぎ合わせる精巧な神像の数々。
「リンネ、貴女の信奉する神はどなたですか?」
「ええっと、角牛族としては【大地の神ディール】様と【商売の神ディーコック】様ですネ。でも個人的には【芸術の神メタポリス】様と【造形の神ハンナム】様にお祈りしてますネ」
「ふむ、メタポリス様はいらっしゃいませんね……」
ディール様、ディーコック様、ハンナム様の神像はあるらしいです。
それとご主人様の奴隷となったからには【創世の女神ウェヌサリーゼ】様にお祈りするよう言われました。それは当然です。
しかしメタポリス様の神像がない事に何を悩んでいるのかと思えば、エメリーさんがこう言うのです。
「少し落ち着いたら一緒に作りますか。しかし一柱の神像ですと左右のバランスが……」
「えっ、一緒にって……私が作るんですかネ!?」
「ええ、ここの神像は全て我々が作っていますので」
な、なんとぉ! これだけ見事な神像が職人の手でなく、ご自分たちで作られたと!?
美しい女性たちが美しい侍女服を身に纏い、美しく戦うだけでなく、美しい神像までも作るとは……!
……これ、私、本当にお仲間になっちゃって良かったんでしょうか。今さらですけど。
感動やら驚きやら連続しすぎて興奮冷めやらぬ時間を過ごしましたが、初日という事もあり、本格的に侍女として教育し実際に働くのは明日以降に、となりました。
奴隷となったからにはもっと働かなければいけないものだと思っていましたが、気を使って下さったのでしょうか。
エメリーさんもそうですが、皆さん優しそうで良かったです。
その日は私が加入したお祝いという事で、夕食も豪華なものになりました。
ドラゴンステーキって……これ一般庶民が食べて良い物じゃないですよね?
いや食べますけど。超美味しいですけど。角から<聖なる閃光>出そうでしたけど。
その後もお風呂に感動し、私室のベッドに感動し、興奮しっぱなしで初日を終えました。
翌日からは本格的にエメリーさんの侍女教育が始まります。
「何はともあれ侍女として働く前に、ご主人様の奴隷として、ご主人様のお力を良く理解する必要があります。昨日の復習も含め、ちゃんと覚えていきましょう」
「それは<かすたむ>というスキルのお話ですかネ?」
「ええ。<カスタム>によって何をどう強化しているのか。私たちがどのような恩恵を受けているのか。そこを理解しないと侍女としても組合員としてもご主人様のお役に立つ事は難しいですから」
ご主人様の能力を私たちが理解する事で、ご主人様のお役に立つ。
なるほど、分かったような分からないような。
そこから始まるレベル、ステータスの概念。CPについて。そして<カスタム>というスキルの詳細……。
なるほど分からないような……やっぱり分からないような。
しかしとても面白いです。斬新で目新しすぎる感がありますが、レベルという一つをとっても、この世界にあるはずなのにご主人様以外の誰もが知らなかった新事実なのですから。
吹聴できないのは当たり前なのかもしれませんが、私が新しい知識として知り、そしてその力が自分の身に宿ると思うと心躍りますネ!
「ふむ、リンネは『感覚派』のようですね。あとは実践していれば自ずと理解出来るようになるでしょう」
「そうですかネ?」
「毎晩、夕食後にご主人様が皆に<カスタム>をしています。昨夜もしましたが。リンネのレベルが上がり本格的に<カスタム>して貰うようになれば、より実感出来るはずですよ」
「おおー楽しみですネ!」
吟遊詩人として歌が上手くなるような<カスタム>は出来るのでしょうか。気になります。
もちろん戦闘用のステータスも必要なのでしょうが。
「可能性で言えば【器用】ですかね。リュートの演奏は上手くなるかもしれません」
「おお!」
「リンネの場合は前衛として【攻撃】【防御】も上げるはずですが、【器用】【敏捷】も上げるようなことを仰っていましたからね」
エメリーさんの言う【器用】が上がれば戦闘上手になりスキルも覚えやすくなるそうです。
はぁ~、ステータスってやっぱり複雑なんですね~。
そういったわけでご主人様のお力の基礎知識講座は終了。
続いて、侍女教育が始まります。
メイドと侍女の違いについて。衛生管理について。そしてお屋敷でのお仕事について。
これもまた新事実の連続です。特に衛生に関してですが。
そしてここら辺からエメリーさんの指導も厳しくなります。あれだけ優しかったのに……。
「背中が丸まってきましたよ? 胸を張りなさい。お尻を上げて、顎を引く」
「は、はいっ!」
「そうです。その姿勢を保ちましょう。肩の力を抜いて、この位置で手を重ねます」
「こ、これ、力を抜くとか出来ないんですけどネ!?」
「出来ない事はありません。侍女ならば出来て当然の事です」
「ひぃ」
これはきつい……いやしかし、これで皆さんのように美しい立ち姿が作られているのだと思えば頑張れる気がします。
皆さんこうして頑張っているから、あのように美しい姿勢のままでいられるのですネ。
水鳥は優雅に見える水上の姿とは裏腹に、水面下では必死に足を動かしていると言います。
こうした見えない努力があるからこそ美しく輝ける。そういう事なのでしょう。
……オアシスに水鳥とか居ませんでしたけどね。
ともかくそうした教育を受けて午前中は終わり。
午後は訓練場で戦闘訓練だそうです。
この地下訓練場もまた、一面滑らかな石壁に覆われて、素晴らしいところです。
「本来ならば戦闘訓練はイブキに任せている所ですが今日は迷宮に行っていますので、引き続き私が受け持ちますね」
「よろしくお願いしますネ!」
エメリーさんがこうして戦闘指南するのは珍しいのだそうです。戦闘リーダーはあくまでイブキさんだとか。
私は自分の部屋から鋼のショーテルを二本持ってきました。ジイナさんが作ってくれるらしいですが、さすがに昨日の今日だと作れていないらしいです。
「さて、戦闘訓練と言っても二人ではパーティーの連携なども見られませんし、そもそもショーテルをどう使って戦うのかも私には未知数です。とりあえず模擬戦してみましょうか」
「え、えっと、模擬剣とかじゃなくて、これで模擬戦するんですかネ?」
「大丈夫ですよ。絶対に当たりませんし当てませんから。さて、私の得物は何にしましょうか……」
そりゃエメリーさんもSランクの組合員ですから自信があるのは分かりますけど、さすがに真剣を向けるのは抵抗があります。
私だって強くはないですけど一応牛角族ですし、魔物と戦った経験もあります。
ご主人様に<カスタム>されたとは言え、多肢族のエメリーさんと戦うのは……。
そう逡巡しているとエメリーさんはマジックバッグからショートソードを二本出してきました。
私がショーテルの双剣なので、それに合わせたのでしょうか。
しかし四本腕の二本は使わないようですし、私に合わせて使い慣れない双剣にしたのなら、さすがにそれは油断だと思います。
いくらSランクだからって、いくら<カスタム>されているからって、いくら私相手だからって、それはちょっと嘗めすぎじゃないでしょうか?
……そう思っていた時期が私にもありました。
最初の打ち合いから完全にいなされ、次第に強く、次第に速くしていってもまるでびくともしない。
それどころか片手間であしらわれ、全く動きもせずに受けられているのです。
段々と私もムキになって来ましたが……。
「ふむ、ショーテルとは面白い武器ですね。普通に受ければ剣先が届く、受けるのに距離をとらないといけないのですか」
「はっ! ていっ! はぁっ、はぁっ!」
「おまけに鎌のように引っ掛けるような動作も可能と……私もジイナに発注しておきましょうかね」
全っ然っダメでした! エメリーさん強すぎです!
ひたすら私の力量とショーテルの使い方を調べていただけのようです。私、必死に攻撃したんですが。
やっぱり侍女長さんだから皆さんの中でも一番強いんでしょうか。
「そんなことありませんよ。攻撃・防御・敏捷、どれも私は一番ではありませんから。私は遊撃やバランサーといった役割ですし」
しかも本来の武器はハルバードであり、ショートソードはほとんど使わないそうです。
父ちゃん……世界は広いですネ……。
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