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第十一章 黒の主、博物館に立つ
269:とある商業組合員の驚愕
しおりを挟む■セシル 針毛族 女
■33歳 迷宮組合本部内、商業組合チーフ担当員
カオテッド中央区は迷宮組合員の為の区画と言っても良い。
カオテッド自体がそのようなものだが、中でも中央区は特化していると言える。
商売に関しても、そのほぼ全てが組合員をターゲットにしたものであり、世界的に見ても稀な形態となっている。
中央区以外の四区であれば組合員の他に、そこの住民の為の商売というものが多いのだが、中央区の場合は区内面積の狭さと土地の高価さがネックとなり、純粋な住居自体が少ない。
必然的に商売の幅は狭まり、対組合員に特化した店舗のみが生き残るというのがここ十年の経過だ。
他区に比べれば多様性がないと言えるが、それを補う為の他四区であり、商売の区分けという意味ではこれ以上ないほどの好例だ。
カオテッドが巨大な迷宮都市として、異例の速度で繁栄を遂げた要因でもあると言える。
競い合う所は競い合い、区分けする所は区分けする。
そういった事が上手く回ったが故の繁栄だと。
さて、その繁栄の立役者たる迷宮組合の長、スペッキオ本部長から商業組合に対し直々にお達しがあった。
取りまとめる部門の多すぎる本部長は、通常であれば商業組合に対しても組合長への指示で終わらせる。
しかし今回はこの商業組合にまで足を運び、職員に対して直々に声を掛けていた。
何事かと思えば、どうやら【黒屋敷】に関する事らしい。
商業組合としては【黒屋敷】とはほとんど関わりがない。
強いて言えば北西区で売り出された【黒屋敷】メイド服のレプリカを中央区でも販売出来ないかと話が出たくらいだ。
結局はその売り出した店が【黒屋敷】メンバーの実家だと判明し、それを模倣するのは危険と判断されたわけだが。
中央区の商業組合が組合員、それもSランクに目を付けられるわけにはいかないのだ。
「おいコラ勝手にパクってんじゃねーぞ」とでも言われようものならば、それこそ本部長からお叱りを受けるだろう。
結局、議案は頓挫されたのだ。
もちろん【黒屋敷】に関する数々の逸話は、カオテッド住民である以上よく知っているし、中央区商業組合が迷宮組合の傘下にある時点で、一般人以上の情報も得ている。
数多い組合員の中でも別格の有名人と言えるだろう。
そんな【黒屋敷】がどうしたのかと思えば、何でも新しい商売をするのだとか。
まぁ【黒屋敷】と言えばカオテッドきっての富豪としても有名だし、商売に手を出す事に不思議はない。元手はたんとあるのだから。
そして本部長の口からその商売がどういうものか説明がなされる。
ふむふむ、ほう……博物館? ドロップ品の展示?
なんとも突飛な商売を思いつくものだ。
【黒屋敷】は風貌も容姿も、言動、成果に至る全てが″突飛な存在″という認識があったが、手を出す商売まで突飛だとは思わなかった。
しかし聞けば聞くほど面白い。本部長が声を荒げ「大利益のチャンスじゃぞ!」と言うのも少しは分かる。
ちょっと聞くだけでもカオテッド住民全ての琴線に触れるのは間違いない。
その博物館とやらに群がる住民の姿が想像出来る。
本来、演劇場や講壇、講習など『見世物』系の商売をする時は、商業組合として手続きや手配など裏方に回るのが筋だ。
そこで雇用する人材に関しては、紹介したり募集をかけたりがせいぜい。
商業組合から″働き手″として派遣する事などない。
しかしこの博物館に関しては、商業組合からも従業員として人を派遣したいのだと本部長は言う。
それは博物館が迷宮組合の援助を得て運営している形をとるからというのが一つ。
もう一つは、目に見えて金の生る木だからこそ、商業組合として直に関わるべきだという事だ。
「商売素人のセイヤに経営の全てを任せるわけにはいかん。ある程度はこちらで舵取りせねば得るものも得られなくなるわい」
本部長はSランク組合員としてのセイヤ殿を多大に評価しているし、その発想力と行動力にも評価はしていると言う。
しかし商売となれば話は別。
博物館という初めての施設を運営、経営する為には自分たちが積極的に介入すべきだと力説していた。
ともあれ、本部長は商業組合長のさらに上。組織のトップからの指示となれば動かざるを得ない。
私がそこで働くというわけではないが、登録や施設の下見、運営方法の確認など、一度自分の目で見なければならない。これでもチーフという役職持ちなのだ。
私は数名の職員と共に、【黒屋敷】を訪れた。
滅多に来ない高級住宅地、その最奥にある【黒屋敷】のホームと、その隣の博物館。
シンプルな配色でありながら豪華なそれを見ると、私の周りからも「おお」と感嘆の声が自然と出る。
まずはホームへと訪れ、セイヤ殿に会わなければならない。
正門の前に立つなり風のように現れたメイドさんの案内により、我々は応接室へと通された。
(応接室……?)
部屋に通されて最初に芽生えたのは疑問であった。
武器屋もかくやと言わんばかりの光景。壁飾りの代わりとでも言うように並べられた武器、武器、武器。
それも高品質のミスリル武器だという事がすぐに分かる。伊達に組合員相手の商業組合で働いてはいないのだ。
圧倒されるまま、セイヤ殿と挨拶を交わし、取り急ぎ商業組合の登録を済ませた。
我々が出向いての登録など本来あるわけがないのだが、相手はSランクで、本部長の指示もあり、これから博物館の下見をしなければならない。
最短で無駄を省いた故の訪問登録である。
「これで中央区で商売が出来るって事ですよね?」
「ええ。但し住民税の他に税金が発生します。本来ですと売上の数%となりますが、博物館の場合ですと組合とのスポンサー契約により入館料の何割という決まりがあるので、その中から補填される形になります。また一年毎に商業組合の年間更新料も発生しますのでご了承下さい」
「ええ、そこら辺は本部長と詰めてあります」
どうやら先に説明はしてあったらしく、話はスムーズに進行した。
もろもろ込みで入館料の22%が組合へ。従業員や警備に雇う傭兵の賃金は【黒屋敷】持ちとなる。
「うちの侍女たちの中で″商業部門″を作りました。部門長はこのウェルシアが担当します。後ろのアネモネ、ジイナ、ユア、リンネがウェルシアの下になります。俺が不在の時などは誰かに声を掛けて貰えれば」
セイヤ殿の隣に座るのがウェルシアさん……確か魔導王国の伯爵だったはず。
なるほど私たちと直に接するのは貴族様となるわけか。少々気が重い。
中央区はその性質上、貴族とはほぼ無縁なのだ。特に商業組合は。
しかし「伯爵ではなく侍女として接して欲しい」と言われたので一安心。ウェルシアさんとも改めてご挨拶を交わした。
品がありながらも親しみのある方で、上手くやっていけそうな手応えを感じる。
ある程度打ち合わせをし、いざ職場となる博物館の下見に行く事に。
「まずエントランスですが、ここに受付を設けます。入館料を受け取りチケットを渡して下さい」
「チケットが入館料を支払った証明という事ですか?」
「ええ、その日一日はチケットが有効という事です。日付も刻印します」
なるほど、つまり一日の間であれば出入り自由と。
日付の刻印に関してはジイナさんがわざわざ作られたそうで、何とも精巧な日付印。これは普通に組合で欲しい。
「入館者が館内を回る上での注意事項もこのように大きく貼り出しました。これは徹底させないと怪我や事故の原因にもなるので、従業員の方にも周知させておいて下さい」
そこには展示物に近づくと警報が鳴り、触れようとすると魔道具が動作して麻痺になると書いてある。何とも厳重だ。それほどの品が並んでいるという事なのだろうが。
他にも順路に従って進むルールや、武器を抜く事の禁止、魔法の使用禁止、魔道具の使用制限、泥酔状態での入館禁止など、細かに書いてあった。
常識の範疇ではあるが、入館者全てに徹底させるとなると……抜けが出そうな気がする。
その後もセイヤ殿の説明を受けながら、そして驚愕の連続をしながら、博物館の中を歩く。
見事と言えば良いのか、突飛すぎると言えば良いのか、頭が痛くなるような思いで。
ここに実際、人が押し寄せた時、どのように対処すれば良いのか……少し不安にもなった。
「一階の左側には応接室と従業員用の休憩室を設けています。二階には従業員用の小さな倉庫、三階はまるまる従業員用の階層になりますね。休憩室と倉庫ももちろんですが、宿直室と館長室。館長室は元の主寝室と書斎を使っていますので寝床とする事も出来ます。休憩室は警備の傭兵も利用する事になると思いますが」
なるほど。従業員がここに住む事も出来るというわけか。基本、通いだと思うが。
立派な豪邸に相応しい部屋と寝床……これは従業員の中でも競争率が高くなるのではなかろうか。
私も立候補したくなるな……。明らかに今の住居より住み心地が良さそうだ。
「セイヤ殿、『館長』というのは博物館のトップという事ですよね? セイヤ殿ではないのですか?」
「博物館が【黒屋敷】の施設である以上、俺がやるべきなんでしょうが……実質的に運営するのは従業員の皆さんになるので。トップたる館長は任せるつもりです。いわば『雇い館長』ですね。もちろん経営者として口は出しますが」
ふむ、そうなるとこちらで手配する従業員の中で館長を選ぶ必要があると言う事か。
従業員を取り仕切り、運営を実際に手掛ける役目……これは人を選ぶ。
しかし館長室に住めるとなれば……。
この後も説明と細かい打ち合わせが続いた。
私が懸念したのは、おそらく想定以上の集客が見込めるであろうという事。そしてそれは一過性のものではなく継続するという予感。
人が押し寄せればその分、問題も発生しやすい。
例えば渋滞して進めないであるとか、マナーを守らない人が出て来るだとか、人が多すぎて展示物が見づらいであるとか。
少し考えただけでもそういった問題が出て来る。
「だったら入場制限を設ければいいかと。百人くらいしか中には入れませんよとか。一度に大量に入っちゃうと第一展示室の時点でぎゅうぎゅう詰めでしょうし、最初に三〇人、時間を置いて次の三〇人とするとか」
「なるほど。そうなると通りに行列が出来てしまいますね。その整理も必要ですし、近隣にお住まいの方に説明もしなければ」
「あー、そうなるか……と言うかそんなに入りますかね? 俺、そこまで入るとは思ってないんですけど」
それは見込みが甘いですよ、セイヤ殿。間違いなく流行ります。
と言うか本部長がやる気ですから、組合ホールにはもちろんの事、各区の商業組合とかにも宣伝の貼り紙を出すと思う。
そうなれば初日から混むのは目に見えているのだ。
「うわぁ……口コミで広まるくらいでいいのに……」
「この博物館を見て本部長が黙っているわけがありませんよ。最悪を想定しておくべきでしょう」
「うーん、とりあえず行列が出来たらメルクリオんちの方じゃなく、うちの屋敷側に伸ばしますかね。それならうち以外に迷惑も掛からないし。ベンチでも置くかなぁ」
その他にも入館者にマナーを守ってもらう為の策、順路通りに進んでもらう事の徹底、警備担当である傭兵との連携なども確認。
なにせ博物館という初めての試みなのだから、一般客として来る入館者も、従業員となる我々も勝手が分からない部分が多い。
考えをすり合わせ、不測の事態に備えなければならない。
長時間の話し合いである程度区切りが出来た所で、お手洗いに行かせてもらった。
従業員用のトイレだが、ここも真新しく、形状も見た事のないものだ。
内部の壁には使用方法についての貼り紙がある。
ふむふむ、ほうほう、なるほど水の魔道具とな。どうやらスイッチ一つで洗い流してくれるようだ。
魔導王国産の魔道具? こんなものは初めてだな。
それで? このスイッチを押すと洗浄? ふむ……「っふぁぉッ!!!」 っといけない! 思わず叫んでしまった!
こ、これは……っ! この刺激は……っ!
しかも薄い紙で拭く事で清潔ですっきりさっぱりっ!
なんという革新性! なんという感動!
「セ、セイヤ殿! このトイレはすぐに売り出すべきですよ! 商業組合として全力で動きます!」
「あー、すいませんけどこのトイレは売れないし動かせないんですよ。うちの屋敷と博物館限定なんです」
「そ、そんな……!」
こんな素晴らしいトイレがここ限定……!?
となればもう……!
「セイヤ殿、私がここの館長になります」
決めた。ここ、我が家にします。
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