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第十一章 黒の主、博物館に立つ
276:蝙蝠が黒屋敷に飛んだ結果……
しおりを挟む■ゼムラック 鳥人族 男
■30歳 獣帝国暗部【悪癖の蝙蝠】所属
数日間に渡る【黒屋敷】の調査は終わり、博物館にも実際に行ってきた。
結果としては集めた噂話が真実であったという動かぬ証拠がそこにあり、信憑性が一気に増した報告書は帝都ティン=ボロウへと送られた。
『【黒の主】を殺害し、【黒屋敷】を潰し、【黒屋敷】の財産を奪って来い』というのが皇帝陛下・宰相閣下からの依頼だ。
その『財産』ははっきりした。
博物館の展示物――それがそこいらのお宝以上なのは明らかなんだからな。
ヤツらのホームに何があるのか分からねえし、装備している武器だって【魔剣】を始め業物揃いらしい。
だから博物館にあるのが財産の″一部″だってのは分かる。
でも博物館のお宝をこの目で見ちまえば、あれを奪いたくなるってもんだ。
「仮に警備や防犯魔道具をどうにかするとして、あれだけの量を盗み出せるもんですかい?」
「デカすぎて俺らのマジックバッグじゃ入らないのとかありますよ?」
「試し切りの所にあった甲羅とかどう考えても無理だろ。【黒屋敷】は四階層からどうやって持ってきたのか……」
「分割したか、規格外の性能を持ったマジックバッグか、じゃないですか? まさか手持ちなわけないですし」
そう、奪うにしてもその量と大きさが問題なのだ。
仮に【黒屋敷】の連中や博物館の警備を全滅させたとしても、ちまちま運び出すのは無理だ。
カオテッド中で注目されている施設である以上、時間を掛けるわけにはいかない。
つまり一発勝負で全てのお宝を掻っ攫う必要がある。
無理難題だとは思うが……厳選するにしたって、どれも国宝級のお宝なわけだしな。欲が出る。
中でも一番の問題はやはり″竜″だ。【炎岩竜】と【風竜】。
この二体だけで買えないものはないだろうってくらいの金になる。
しかしどちらも大きすぎるのが難点だ。
「【炎岩竜の甲羅】はガラスケースに入ってるやつだけでいいだろ? 試し切りのやつは壁一面が甲羅なんだからどうやったって無理だ。分割しようにも、そもそも斬れねえし。あ、魔剣を奪えば団長が斬れるか?」
「いや、やった俺だからこそ分かるが、俺があの魔剣を振ってもあそこまで斬れねえよ。あれはどうしようもねえ」
「【風竜】にしたって問題だぜ? 頭と両手。どっちもマジックバッグには入らねえよ。かと言って放っておくわけにもいかねえだろ? 鱗一枚だって貴重すぎるぜ」
「それこそバラしてマジックバッグに詰めるしかねえだろうな。バラすと価値が下がるが、仕方ねえだろ」
となると、防犯魔道具を突破し、バラしてマジックバッグに詰めて、それからずらかると?
さすがに盗むのに時間かけすぎじゃねえか?
「それにお宝の量がありすぎて手持ちのマジックバッグじゃ足りねえよ。北東区にでも買い出しに行くか? 請求は国にすればいいだろ?」
「いや買う必要はねえよ。マジックバッグも連中が沢山持っているらしいじゃねえか。魔導王国の最新型らしいしな。俺らのマジックバッグより容量が大きいのは間違いねえ」
なるほど。殺すついでにそれも奪い、それから博物館に侵入ってわけか。
連中を生かしたまま博物館を漁るってわけにもいかねえか。隣に住んでるわけだし。
ヤツらを殺し、武器やマジックバッグ、ホームの宝を奪い、それから博物館……忙しくなりそうだな。
こりゃ十五人全員で来て正解だぜ。
「まずは【黒屋敷】の殲滅が最優先だ。相手がSランクの強さなのは最早確定している。おそらく俺らが正面から戦えば負けるだろう。しかし夜襲からの暗殺となれば俺たちの分野だ。気を引き締めていけよ?」
『おう!』
「よし、まずはホームへの侵入経路及び敵戦力の確認からだ」
綿密な打ち合わせは一日だけで終わるはずもなく、検証と確認で数日を要した。
難易度の高い仕事を確実にこなす為。失敗の可能性など微塵も残さない為に。
♦
「あ、やっと起きたでござる!」
……何が起きた……?
痛む身体、朦朧とする頭、うっすらと開けた目の前には小さな天使族が眩しい笑顔を見せる。夜中だと言うのに。
思い出せ……何がどうなった?
俺たちは入念な準備の末に【黒屋敷】に対する夜襲を決行した。
正面からは陽動、背後の第一防壁から本隊の侵入。そして俺は空襲部隊として闇夜の空から強襲をかける。
わずかな光が照らされそれを合図として一斉にヤツらのホームに仕掛けた。
俺は上空から一直線に下降し、屋敷の三階に潜り込む。
その予定で翼を広げ、もうすぐ三階に着くという所だった。
「おおっ、ホントに来たでござる! えいっ!」
いつの間に近づいたのか、小さな天使族は俺の真横を飛んでいた。
それに慌てる暇もなく腹部に激痛。そして翼を握られ……地面に叩きつけられた……?
そして気付けばこの現状。死んでいないのが幸いと見るか、死んでいた方が良かったと思うべきか。
ともかく身体中を縄で縛られ、庭に転がされている。
ちらりと見れば俺以外にも数人が同じ状態だ。
全滅……?
まさか俺らが何も出来ずに全て迎撃されたってのか……?
いや、そんな甘い考えをしている場合じゃねえ。
これから何が始まるのかは想像つく。そして情報を吐かせる為なのか猿轡まではされてねえ。
だったらやるべき事は一つだ。
状況を整理するや否や、俺は奥歯に仕込んだ毒を――
「<高位異常回復>」
白い狼人族のガキがこちらに杖を向けていた。
こいつが【聖女】……! あっという間に解毒しやがった……!
だったら舌を噛み切って――
「<超位回復>」
……舌どころか、身体中の痛いのが消えやがった……何なんだよこいつはよお!?
「舌を噛み切ろうが毒を飲もうが無駄だ。うちの回復役は優秀だぞ? いくらでも治してやる」
近づいて来たのは唯一の男性……真っ黒な基人族……【黒の主】か。
どうやら俺以外にも神聖魔法をかけているようだ。聖女以外の天使族たちも同じ魔法を使っている。
こんなの司教とか大司教レベルの魔法じゃねえのか!? なんでこんなポンポン使えるんだよ!
「俺らの屋敷を襲ったばかりか俺らの睡眠を妨害した罪は重い。しかし大人しく話せば生かしてやろう。だが喋らないとなれば……死ぬより辛い目に会うからあまりオススメはしない。さて、まずはお前だ」
【黒の主】は黒い細剣の切っ先を俺の隣のヤツに向けた。
そいつは古株の幹部だ。手練れでもあるし性格的に沈着冷静な男。
「誰からの依頼で何が目的だ? 言え」
「くっ…………リ、リリーダル男爵だ」
「リリーダル男爵?」
「南西区の区長です、ご主人様」
上手い。さすがだ。
国王や宰相の事は言えない。言えばここで生き残れても帝都で確実に殺される。
しかしリリーダル男爵ならばカオテッドに絡んでいる獣帝国の貴族という事で信憑性がある。
さらに宰相やチューリヒ公爵とも不仲と聞く。なすりつけるのにはちょうど良い。
リリーダル男爵の名前も知らなかった様子の【黒の主】。
その隣にすすっと寄って来たのは多眼族のメイドだ。
「ふふふ……嘘、です」
「はぁ、この期に及んで嘘をつくのか……エメリー、やっちゃって」
「かしこまりました」
嘘だと見破った!? 多眼族……魔眼か!? 嘘を見抜く魔眼!?
こいつ……どんだけ希少なの集めてるんだよ! 種族と言い、能力と言いよお!
寝かされた俺たち全員が驚愕する中、エメリーと呼ばれた多肢族のメイドが近づく。
マジックバッグから出したのは……鎌のように刃のえぐれた、黒いハルバード……!
刃に纏う黒い煙のようなもの……魔法剣? いや、これまさか……!
ハルバードほ穂先はゆっくりとそいつの縛られていない足先へと向かう。
そして煙に触れるや否や――。
「うっ……ぅぅぅっ! ぎゃああああああ!!!」
拷問されたって悲鳴を上げるような人じゃねえ。なのに何だよこれ……! 何が起きてるんだよ!
「エメリー、もういいぞ。サリュ、回復してやれ。……さて、エメリーが持ってるのは【闇の魔剣グラシャラボラス】だ。効果は腐蝕。生きながら身体が腐っていくのはどんな感じだ?」
やっぱり魔剣……! 希少な魔剣を二本も持ってるのか!? しかも腐蝕だと!?
生きたまま腐らせるってのか!?
あんな悲鳴を隣で聞かされれば、それがどれほど酷い事なのか分かる。
「ちゃんと喋らないからこうなる。こっちは別に一人だけ生かして喋らせればそれでいいんだ。他は今のヤツみたい腐らせて殺してもいい。次は回復もしないから安心しろ。……じゃあ次は隣のやつな」
そう言って、魔剣の矛先は俺に向いた。
【黒の主】の真っ黒な瞳が俺に問いかける。
こんな……こんなのもう……!
「しゃ、喋りますぅ!!!」
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