316 / 421
最終章 黒の主、聖戦の地に立つ
304:とある新人帝国軍人の憂鬱
しおりを挟む■ボディオ 猪人族 男
■19歳 獣帝国 帝国騎士団 新人
帝国騎士団というのは平民にとって高嶺の花。ごく限られた者だけが辿り着ける極地と言って良いだろう。
もちろん貴族であれば、望めば入る事も容易いが、平民からとなれば狭き門だ。
どこかの町の衛兵とかならば割と簡単になれる。
しかし帝国騎士団は別。エリートの中のエリート。
何とか試験を突破し、そこに入れると分かった時は家族皆で喜んだものだ。
……まさかその一年後に戦争に巻き込まれるとは思わなかったけどな。
騎士団の第一の仕事は″国の守護″であるが、実際は大規模な衛兵と変わらない。
犯罪者の摘発や山賊討伐、王都周辺の魔物討伐などが主となる。
ここ十年くらいは他国との争いなどもなく、あっても国内の部族・集落を併合する為に攻め入る、とかだったらしい。
あとは皇帝が気に入らない貴族を捕らえるだか殺すだかの為に、どこかの街に攻め入ったなんて話も聞いたが……酷い話だ。
こういう内部情報は騎士団に入ってからでないと聞けないから困る。
事前に知っていれば、と思うような黒い噂話はかなり多い。
他国との争いに関しては、領土拡大をしようにも南は海王国の領土で海に阻まれる。
東の樹界国と北の鉱王国に攻め入ろうにも大河に阻まれる。
西はハムナムド造王国があるが、その前に広大なエンディール砂漠が塞いでいる。
二十年ほど前にはそれを推して大河を無理矢理に渡り、樹界国と鉱王国に攻め込もうとしたらしい。
まぁ本格的な戦争に発展する前に大半が溺れ死んだらしいが……。
ようは他国と戦争したくても出来ない状態なのだ。これ以上広げようがないというのが現状。
……だったのだが。
「これよりカオテッドの奪還に向けて出立する! 今現在、彼の街は四か国及び迷宮組合での共同統治などと謳ってはいるが、元より紛れもなく我が獣帝国の領土である! 此度の出兵は悪しき他国と組合本部を討伐し、カオテッドの全てを我が領土とする為の権威を賭けた戦いである! 皆の奮闘を期待する!」
壇上で声を張り上げるのは″百戦百勝大将軍″ドゥドゥエフ帝国騎士団長。
ドドメキウス皇帝陛下の甥だ。
常勝無敗。腕っぷし一本で騎士団長の座に就いた豪傑。
……というのは世間的な話で、実際には実戦経験などなく、太鼓持ち相手の模擬戦で″百戦百勝″らしい。
これも騎士団に入ってから知った事だが、実物を見てそりゃそうだよなと思った。
だって横幅がありすぎて全然戦えそうにないもの。
出兵の為に金属鎧着てるけど、特注の巨漢仕様でろくに動けてないもの。
今もほら、太鼓持ちの隊長連中が支えている。歩くことすら出来ないのか。
今回のカオテッドへの攻め入りを『領土奪還』と言ってはいるが、ただの侵略戦争である事は誰もが知っている。
国民に向けてのアピールなのか、正義の聖戦とでも言いたいのか。
ともかく騎士団連中はある程度の真実をすでに知っているのだ。
十年前にカオテッドが出来た時には、当然のように獣帝国だけで占拠しようとしたらしい。
しかし他三国を相手に、それこそ戦争になる。一対三じゃ結果は火を見るよりも明らかだ。
だから南西区の自治権だけで手を打たざるを得なかった。
ところがたった十年でカオテッドは瞬く間に繁栄を遂げた。
それは中央区の迷宮組合本部が有能だったのか、各国が競い合った結果なのか、【カオテッド大迷宮】の資源があまりに豊富だったのか。
おそらくそのどれもが正しいのだろう。
ともかく、カオテッドは十年前以上に魅力的な街になり、皇帝陛下からすれば是が非でも物にしたいと言うほどの″土地″になってしまった。
例え三国を敵に回す事になろうとも、だ。
さらに言えば十年で迷宮の探索が進み、″ただの大迷宮″として予想された資源量よりも遥かに上回る産出をしているらしい。
やれミスリルがじゃんじゃん掘れるだとか、アダマンタイト以上の価値を持つ素材が入手出来るだとか、竜が居てその素材を手に入れられるとか……そんな噂も耳に入る。
そんな事を聞けば皇帝陛下が動くのも止む無し。周りの騎士団連中は揃って頷いていた。
それが事実かどうかは知らないが、ともかくカオテッドにご執心なのは確かなようで、すでに帝都のSランククランである【赤き爪痕】がカオテッドに乗り込んだとかいう話も聞いた。
さらにはカオテッドを攻めこむのにカオテッド所属のSランクが邪魔だから暗部を向かわせた、なんて眉唾物の話も聞く。
さすがにそれはないだろうと鼻で笑っているが、そんな話が出るほどにカオテッドを手に入れたいという気風を感じるのだ。
此度の出兵の規模にもそれは表れている。
帝都からは近衛と最小限の衛兵を除き、その全てがカオテッドへと向けられた。ほぼ総出だ。
これで魔物の襲撃や何か事件が起きたらどうするのだ、と言いたい所だが新人騎士である俺にそんな事は言えない。
上の連中は全てが全て、戦争を望んでいるのだから。
ドゥドゥエフ騎士団長だけじゃない。大隊長や隊長連中、大抵の貴族が勲功を欲している。
手柄を得たい。そして名誉を、権力を、金を、誰もが欲している。
その結果が、騎士団総動員という現状。
王都だけではない。諸侯貴族も自領の兵を送り込んできた。
さらにカオテッドへの道中で合流してくる領軍もあるだろう。
それはまさに獣帝国の総力と言っていい。
カオテッドという街一つを奪取する為……と言うには過剰すぎる戦力だと思う。
しかしカオテッドを攻めるという事は即ち、鉱王国・樹界国・魔導王国と戦うという事だ。
三国を相手取りカオテッドを占拠するには確かにこれほどの規模の軍が必要なのだろうとも思う。
皇帝陛下は是が非でもカオテッドが欲しい。三国を打ち破り、確実にカオテッドを独占したい。
だから来るもの拒まず、騎士団だろうが諸侯貴族の衛兵隊だろうが、とにかく戦争に参加させている。
そうして寄せ集まった″獣帝国軍″にまとまりなどあるはずがない。
一応はドゥドゥエフ騎士団長の元に集まっているがそれだけだ。
皆が皆、手柄を狙っているのだから仕方ないかもしれん。
俺はと言えば勲功だ手柄だと言う前に、どうにも不安が拭えない。
初めての戦争という事もあるが、本当にこれで大丈夫なのか? という疑念が残る。
とても戦地に赴く気配が全体から感じられないのだ。
まるでそこに落ちている″手柄″を拾ってくるだけのような、子供のお使いのような派兵。
今から戦争が始めるなどと、とてもじゃないが思えない。
まぁ思おうが思うまいが、俺にはどうする事も出来ないのだが。
そうこうしているうちに号令が掛かった。
「進めええええい!!!」
後ろで声を上げるドゥドゥエフ騎士団長は二頭立ての豪華すぎる戦車に乗っている。
他にも戦車や馬車の貴族もちらほら。
もちろん俺たちは歩きだ。
はぁ、と溜息を一つ。俺は新人らしく列に習って素直に行軍を始めた。
俺と同じように憂鬱そうな顔をしているのは、皆平民の新人騎士団員たちだけだ。
視線で慰め合いつつ歩みを進める。
目指すは北。大河の交わる地――【混沌の街カオテッド】だ。
0
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる