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最終章 黒の主、聖戦の地に立つ
307:待つだけの平和な日々
しおりを挟む■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 セイヤの奴隷(侍女長)
迷宮組合本部へと会議に赴いていたご主人様が、夕食の席で皆に報告を行いました。
獣帝国軍の動きと、それに対するカオテッド側の動き。その意思統一を図ったと。
現段階の予想としては一万ほどになると目される獣帝国軍が、約三〇日後にやって来るそうです。
我々の感覚で言えば「随分遅いな」となるのですが、各区長さんたちは時間がないと慌てているらしいです。
確かに大軍が徒歩で移動となれば時間が掛かって当然なのかもしれません。
どうもご主人様が樹界国の王都まで行くのに数日走り続けた印象が強いです。それは尋常ではない速度だったらしいですが。
私たちが魔導王国の王都まで行ったのも馬車で十一日掛かりましたから、獣帝国の帝都から徒歩でカオテッドまで三〇日以上……なるほどそう考えれば納得できます。
とは言え三〇日間も備え続けるというのは我々にとっては無駄が多い。
さっさと戦争を終わらせる為にこちらから出向いて殲滅したい気持ちは、私だけでなく侍女の数名が抱いているようです。
しかしそれはご主人様から禁じられています。正確には本部長に諫められたらしいですが。
今回は【鴉爪団】の時のような『一つの組織と我々クランの争い』ではなく『獣帝国の侵略戦争』という位置づけです。
そこにはカオテッドや他国の意思も含まれており、我々だけが出しゃばるわけにもいかないと。
そういったわけで大人しく攻めて来るのを待ち、各国の軍に混じって迎撃をするという形になるらしいです。
「ただ俺たちが最高戦力だってのは周知の事実だからな。ある程度は出しゃばらせてもらうつもりで話してきた。具体的な話は今後の会議で折り合いをつけるが迎撃の先頭に立つのは俺たちになるだろう」
そうご主人様が言います。
各国の思惑があろうとも私たちが出たほうが被害は少なくなるでしょうからね。背に腹は変えられないという所でしょうか。
私個人としては一万の獣帝国軍に対して我々二一名だけで迎撃しても良いかと思うんですがね。
兵の強さは不明ですが強く見積もってもオークやオーガ程度ではないかと。
イーリスのスタンピードの時でさえ六名だけで千体の魔物を倒したわけですから、それより格段に強くなった現在、一人で五百の兵を倒す事も可能なのではないかと思うのです。
まぁ渋る侍女も多いでしょうから口には出しませんが。
「そんなわけで三〇日くらい暇になるんだよな。どうしたもんか」
我々が出来る迎撃準備というのは限られています。
本来であればその時までに戦力強化をするだとか装備やアイテムを揃えるだとかが必要なのでしょうが、装備もアイテムもすでに事足りています。
レベル上げ目的で迷宮に入ろうにも、今後頻繁に起こるであろう会議にご主人様が出席する必要があるので大規模探索をするわけにもいきません。
我々だけで探索しても良いのですがやはり<インベントリ>なしで大規模探索は出来ないでしょう。
三~四日ほどでギブアップするのが目に見えています。
つまりは今までと同様に一階層の魔物部屋マラソンをしてCPを稼ぐ。
それをもって<ステータスカスタム>の強化を行う。
武器やスキルをより慣れるよう特訓する。
と、これくらいしか出来ないのです。日常のままという事ですね。
「戦力強化ならば新人を入れるのはどうです?」
「新しく入れた侍女を鍛えて戦争に投入するのか? それは嫌だな。どんな主人だって話だよ」
イブキの言にご主人様は反発しました。
となるとやはりこの場に居る二一名だけで臨む必要があるのですね。
結局はいつもの日常生活を送りつつ、会議を重ね、他組合員や各区画、そしてこちらから連絡をとれる各国との連携を強化するくらいしか出来ないのではないかというのが結論です。
「樹界国は南東区の区長さんからも話が行くだろうから、こっちで勝手に話を進めるわけにはいかなくなるな。ミーティアは明日にでも南東区で打ち合わせしておこう。俺も行くから」
「かしこまりました」
ミーティアは表立って『神樹の巫女のミーティア姫』だと周知させているわけではありません。
少なくとも南東区の住民に素性はバレていないので極力近づかないようにしていたようですが、今回の件に関しては区長さんと連携をとらざるを得ないでしょう。
区長さんをないがしろにしてミーティアとディセリュート陛下だけで連絡を取り合うわけにもいきません。
「俺としては樹界国よりも神聖国が不安なんだよな。戦争が始まるってシャムシャエルが報告してるんだろ?」
「詳しくは随時連絡するので、とは書いてございますが……」
「なんか『勇者様が率いる聖戦だ!』『意地でも間に合わせろ!』って天使族が大挙してカオテッドに飛んで来そうで怖いんだが」
「……それは確かに。すぐにでも待機要請するでございます」
「すでに出立していない事を祈るのみだな」
ただでさえ見かけない天使族が大勢で飛んで来たらそこら中でパニックでしょうね。
そしてカオテッドに着いた所でカオテッド側の受け入れはどうするのかと。宿とか足りるんですかね?
まぁ魔導王国軍や樹界国軍も来るでしょうから、そこら辺の問題もあります。我々が考える事でもないのかもしれませんが。
シャムとマルが訪れて来た時の事を考えれば、天使族は『勇者の聖戦』に参加したがるでしょう。
自らの主神である女神様の使徒様と共に戦うわけですから。
いくら司教のシャムが書面で抑えようとしても抑えられるものなのか……ご主人様もそこが不安なのだと思います。
「私はどうすればいいのかしらね?」
「ラピスもなー。海王国はさすがにカオテッドまで派兵するのは無理だろ? とりあえず情報共有しておいてどうとでも動けるようにしておくくらいしか出来ないんじゃないか?」
「天使族みたいに空を飛ぶってわけにはいかないしね。私がカオテッドに来た時もずーっと川を上ってすっごい時間掛かったし」
海王国は『勇者の下につき、その戦いに協力せよ』という家訓のようなものに従って行動しています。ラピスが奴隷となったのもその為。
しかし今回の戦争ではさすがにカオテッドに来ての参戦というわけにはいかないでしょう。
大軍で大河を遡上というのは無理があります。それこそ三〇日程度では不可能だと。
とは言え協力体制にあるのは確かですから、報告は密にすべきです。
言い方は悪いですが動かせる駒はいくつあっても良いですからね。
距離がある故に行動指針は早めに伝えておきたい所ではあります。
♦
そこから私たちは極めて平穏な日常を過ごします。
これから戦争が始まるなどとは思えないほど、今まで以上に平和と思える日常。
もちろんご主人様は頻繁に会議を行ったり、各区長さんやメルクリオ殿下などAランククランのクラマスの方々と会って話し合う事も多くなりました。
それは今まで基人族という事で嫌厭されてきたご主人様にとっては喜ばしい事だと思います。
殿下たちはともかく各区の区長さんが偏見なく、むしろこちらを立てるように接する。
種族に囚われる事のないご主人様のすごさをようやく皆が実感したのかと、こちらも嬉しくなるような変化でした。
街に出てもどうやら戦争の噂は広まっているらしく声を掛けられる事が多いです。
これから獣帝国との戦争が起こる。そしてそこに【黒屋敷】も参戦すると。
普通、街から撤退する住民が多くなりそうなものですが、今のところそういった兆しは見えません。
【天庸】襲撃事件からどうも期待値が上がっているというか「【黒屋敷】が守ってくれるから大丈夫だろう」というような楽観的な気配さえ見えます。
私が言うのも何ですが戦争を前にして大丈夫なんでしょうか。
カオテッドの皆さん、そんな図太い神経をお持ちでしたっけ?
ともかく街を歩けば「頑張れよ」「頼むぜ」など声援を掛けられ、店に行けばおまけしてくれます。
博物館の入館者数も衰える事なく新たに設置した四階層の【領域主】の展示に盛り上がりを見せています。
平和な日常を送る我らも博物館の警備やちょっとした改造などを行いに顔を出す事が多く、リンネに至っては暇さえあれば博物館の中庭で弾き語りをしています。
一度ご主人様のギターも共に披露して頂くようリンネがお願いしていましたが、ご主人様は人前でギターを弾きたくはないようです。とても良いものだと思いますが。
一番懸念していたのは南西区の住民の方々です。
彼らは獣帝国の民。自国の軍が自分の街に攻めて来るという非常事態。
それを受けて混乱するのも当然だと思っていました。
しかし現状、目立った混乱は見られません。
どうやら区長のリリーダルさんが直々に南西区民に対し説明を行ったらしいです。
貴族自ら住民に頭を下げての謝罪。これが真摯に映ったと。
国軍の一部である南西区衛兵団もどうやらカオテッド防衛でまとまっているようです。
獣帝国軍の攻め入りと共に南西区内で反乱でもされたらと危惧されていた部分ではありますが、それもなさそうだと。
彼らがカオテッドを大事に思っているのか、自国に対して思っている部分があるのか、リリーダルさん個人を慕っているのか分かりませんが。
ともかく南西区は一丸となって獣帝国軍に対抗する気配があります。
カオテッド側としては南西区に対し防衛戦にも参加しないよう要請しています。
各国の軍が参戦する戦争ですから獣帝国の民である南西区衛兵団を味方だと認めさせるのも難しいのでしょう。確かに足を並べて共に戦うというのは厳しいのかもしれません。
そして万一、獣帝国軍がカオテッドに侵入した場合、真っ先に戦場となるのは南西区なのですから住民の保護を第一に動いてもらうべきです。
そういった事もあり防衛戦自体には参加しないようですが、カオテッドを守るという立場としては同じでしょう。
今後も会議を重ねる中で各国や衛兵団の動きも、より詳細に決まってくるのでしょう。
住民の皆さんはどう避難するのか、迷宮組合員はどう動くのか。
そういった細かい打ち合わせを行っていくのでしょう。
そして我々もどう動くのか。
被害を最小限に、なるべく速攻で終わらせたい所ではありますが……さてどうなるものか。
ご主人様の会議報告を待つとしましょう。
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