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最終章 黒の主、聖戦の地に立つ
312:開幕、そして蹂躙開始
しおりを挟む■ボディオ 猪人族 男
■19歳 獣帝国 帝国騎士団 新人
「ええい! 基人族ごときに嘗められたままで良いのか!!! 全軍突撃!!! 一気にカオテッドを攻め落とせ!!! 進めえええええい!!!」
ドゥドゥエフ騎士団長の号令が掛かった。
確かに先ほどの基人族はこちらに対する忠告であり挑発であった。
それに憤りを覚える者は多い。さすがに俺の周りの新人騎士たちにも怒る者がいるほどだ。
基人族は何の取り柄もない最弱種族。そんな事は誰もが知っている常識だ。
その基人族からあんな言葉を投げられれば、獣人系種族でなくても反発するだろう。
しかし俺はそれ以上にリリーダル男爵を抱えて撤退した、その常人離れした速度に驚いていた。
その前には大将格の剣戟を片手の細剣一本で抑えている。
いつの間にか現れ、男爵を守り、すぐさま撤退した。その一連の動きだけで只者ではないと感じてしまっていた。
しかし団長の号令が掛かれば前進しないわけにはいかない。
軍は縦にも横にも広がったまま平原を進む。
すぐに白い線が目前となる。
そしてその前方、弓も魔法も届かないほどの距離に布陣しているカオテッド軍の陣容も見えた。
俺の視界では蟻のような小ささだが、それがずらっと並んでいる。大軍、それは一目で分かる。
白線の直前まで行くと何となく相手側がどういう布陣なのかも分かる。
ざっくりとだが、こちらから見て右手が樹界国軍。樹人族が多い。
左手に魔導王国軍。導珠族が目立つが種族的には雑多な印象だ。
こちらの帝国騎士団と同じく、統一された意匠の鎧やローブ。陣形の取り方はこちらと違いきっちりしている。
中央にはカオテッドの迷宮組合員だろうか、装備も種族もバラバラな集まりが固まっている。
おそらくパーティーやクラン毎に個別に当たるのだろう。そして両脇の二国軍が締めるという考えだろうか。
そうしたカオテッド軍の一列前に異様な者たち。
先ほどの基人族を中心に、二〇人のメイドが等間隔の横並びで立っている。
とてもここが戦場とは思えないほどの違和感。
戦えないはずの基人族と戦えないはずのメイドたちが、武器を手に、戦場の最前線に居るのだ。それが逆に恐ろしく感じる。
もうそれだけで驚愕の光景なのだが、もう一つ、こちらの軍勢が驚くものが目に入った。
それは中央部の組合員たちのさらに後方――そして上方。
白い翼で空を飛ぶ集団。
最後方なので詳しくは見えないが……あれがどういう存在なのかは分かる。
「ア、天使族……!? 天使族だよなあれ!」
「なんで神聖国の天使族がカオテッドに居るんだよ! 神聖国から出てこないんじゃなかったのか!?」
「千……いや二千か……? あれが全部、神聖魔法使うって事かよ!?」
「お、おい! さっきの基人族のメイドの中にも天使族が居るぞ!」
「って事はその繋がりで神聖国から呼んだのか!? 一体何なんだよ、あの基人族はよ!」
さすがに天使族の軍勢を見て、混乱する者多数。足もほぼ止まる。
天使族なんて有名な引き籠り種族が、この場に居る事自体が異常で、さらに軍勢を率いて戦争に参加するなど誰が思うのか。
最後衛ではあるものの、空を飛べる回復役が千人以上居るとか……こんなのどうやって戦えってんだよ!
しかし、それでもドゥドゥエフ団長は声を張り上げる。
天使族などにビビるな、所詮は引き籠り種族だ、さっさと前進しろ。そんな声に押されながら嫌々足を進めるしかない。
そしてこちらの最前線が白線を越える。
まだカオテッド軍との距離は十二分に離れている。
白線を越えれば攻撃すると看板には書いてあったが、この距離ではまだ来ないだろう。
それはおそらく俺だけでなく、誰もが思っていた事だった。
甘く見ていたのだ。あの【黒屋敷】とかいう連中を。Sランククランという存在を。
どんな攻撃だってこの距離ならば届かない、そう思ってしまっていたのだ。
だから警戒しつつも不用心に、集団で白線を越えてしまったのだ。
――ビュン――ズガアアアアン!!!
「うわっ! なんだ、なんだ!?」「攻撃だと!?」「馬車がやられたぞ!」
最初に狙われたのは、立て看板の一件から前方に布陣したままの貴族の馬車。
それも車輪部分が弓か何かで射貫かれ、馬も貴族も無事なまま、馬車だけが壊されていく。
「うおおっ!!!」「だ、団長閣下!!!」
団長の乗っていた戦車も壊された。
この距離で馬車だけを正確に射貫いているのか!?
俺は慌ててカオテッド軍を見る。
そこには弓を構える罪人の樹人族、そして小さい天使族、二人のメイドの姿。
あの場から動いていない……! あそこから弓を届かせたのか! 尚且つ馬車の車輪を狙った!?
それが相手の初撃にしてこちらの最初の驚き。そしてさらに驚きは続く。
「うわっ! じ、地面がいきなり凍ったぞ!?」
「水魔法か!? いや、それにしたって範囲と行使速度がおかしいだろ!!」
「火魔法も飛んで来たぞ! 気を付けろ! 爆発するぞ!!!」
「今度は光線が飛んで来た! なんだこの魔法はよぉ!!!」
こちらの射程外から一方的な遠距離攻撃。弓と魔法の波状攻撃。
それらは全て最前線のメイドたちから放たれている。
力量が規格外なのか、装備が規格外なのか、何一つ理解出来ないまま俺たちは自分たちの身を守る事しか出来なかった。
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
まったくリリーダルさんにも困ったものだ。生真面目が過ぎると言うか何と言うか。
正直邪魔だから前線に来ないで欲しい。
と言うか、よく布陣しているカオテッド軍を迂回して向こうまで辿り着けたもんだ。
ネネが気付かなきゃ俺も間に合わなかった。危ういってレベルじゃねーぞ。
でもまぁ何とか守れたし、ヤツらがリリーダルさんをも殺そうって連中だってのはよく分かったからな。
戦争に対する気構えが出来たって事で良しとしよう。
さて、これでヤツらが帰るはずもなく、おそらく近々接敵する。
対するこちらは左翼に樹界国軍四千、右翼に魔導王国軍五千、共に布陣済み。中央は組合員が二千。
さらに直前で間に合った神聖国軍が後方上空に二千。計一万三千か。
さすがに獣帝国の一万五千には届かなかったが、問題ないだろう。
欲を言えば鉱王国軍が来てくれれば数の上でも勝っただろうが、どうやら間に合わなかったらしい。
北西区のバンガル区長さんが悔しがってた。要請もしたし派兵もしたらしいが、間に合わないと。
代わりにドゴールたち【震源崩壊】や鉱王国出身の組合員たちは気を吐いていた。
俺としてはそれよりも天使族たちが来た時の混乱ぶりを語りたい所なんだが……すでに思い出したくない思い出になっている。
来てくれたのはありがたいけど、なるべく俺は触れないようにしよう。
全部シャムシャエルとかに任せよう。うん。
ともかくこちらは布陣済み。そのさらに前に俺たち【黒屋敷】が並ぶ。
等間隔で二一人が横並びだが、一応バランスよく並べたつもりだ。
ユアの隣にイブキとか、ミーティアとマルティエルを両翼にとか。
そうして待ち構える事しばし、やはり獣帝国軍は堂々と白線を越えて来た。
「よーし、まずはミーティアとマルティエル! 狙いは馬車だ! 馬に騎乗しているヤツも引きずりおろせ!」
「「はいっ!」」
「次! ラピス、ポル、ウェルシア! ヤツらの足元を凍らせろ! なるべく広範囲でな!」
「「「はいっ!」」」
「足が止まったらユアは適当に火魔法ぶつけろ! 氷に当てて爆発させて敵ごと吹き飛ばすイメージな!」
「は、はいっ!」
「続いてサリュ、シャムシャエル! <聖なる閃光>で薙ぎ払うぞー! 直接当てなくていいからなー!」
「「はいっ!」」
長距離での一方的な攻撃。足を止めさせ、死者をあまり出さずに、戦闘不能者を出しまくる。
まぁ魔法が直撃すれば死ぬだろうが、これでも気を使ってるんだから勘弁して欲しい。俺としては最大限の譲歩だ。
あまりやりすぎるとせっかく布陣したお味方の立場がないのである程度の所で接近戦に持ち込むつもりだが、今は数を減らす事に終始する。
「うわぁ……さ、さすが【黒屋敷】……」「こんな一方的な戦争があるんだな……」「相手が可哀想にも思えるぜ……」
などと組合員の連中の呟きが聞こえる。
ちなみに組合員連中の一番前にはAランクの四組が固まっている。
「おいセイヤ、俺らにも出番よこせよ。貴族残しとけよ」
「そうじゃそうじゃ、儂ら、鉱王国代表で頑張らにゃならんのじゃ」
「僕は暇なままで終わってもいいですがね。楽でいいじゃないですか」
「セイヤ、ジルドラ兄上の視線が痛い。そろそろ撃ちこみやめてくれ」
皆が戦争したがっているようだから仕方ない。じゃあ遠距離無双はここらで止めるか。
ここからは近距離無双かな。
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