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最終章 黒の主、聖戦の地に立つ
320:布陣、対峙、そして聖戦の始まり
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
先行して飛んでくるのは悪魔族の数体。
悪魔族は爵位で姿形や能力が変わるってのは知っている。だから見た目で爵位が分かるヤツも居る。
実際に見た事あるのは【天庸】に居たアスモデウスという公爵級。
これはバフォメットめいた黒山羊頭だ。飛んでくる中に三体居るな。
あとはカオテッドの教団支部にいたザトゥーラという男爵級。
青黒い肌と角に牙。変異種のオーガと見間違いそうなヤツ。
こいつらは後方で飛んでいる。十体……十五体くらいか? 先行している中には居ない。
しかし、だんだんと近づく魔族を見ると違和感が出て来る。
どれもこれもデカイのだ。
悪魔族にしてもアスモデウスやザトゥーラより明らかに体躯が大きい。個体差はあるようだがそれでもだ。
妖魔族なんて小人族じゃなく成人男性くらいになっているし、泥魔族や樹魔族に至っては知識にあった『トロールくらい』というレベルではなくトロールキングより大きくなっている。四メートルくらいあるのではないか?
つまりこれはもう――
「ヤツら狂心薬を飲んでいるぞ! 全員が強化されている!」
侍女たちに向けて注意を促す。そうとしか思えない。
千、二千の魔族が全員『狂心薬』を飲んでいるとか異常だとは思うが、そう考えて臨んだ方が精神衛生上いいだろう。油断するより余程マシだ。
体格に個体差があるのかもしれないが、それにしたって、特に妖魔族は分かりやすすぎる。
【天庸】のドミオ級のヤツが数百体居るって事だからな。まぁドミオの場合は狂心薬に加えてヴェリオの強化もあったのだろうが。
ともかく半端じゃない軍勢が迫っているのは間違いない。
これが一気に俺めがけて迫って来るのだろう。
侍女たちをどう動かすべきか……時間のないこの状況で戦い方を振り分けないと……。
「マルティエル! シャムシャエルに連絡! 天使族はカオテッドへの防衛線を張りつつ飛んでいる魔族の殲滅を任せる! 妖魔族、幽魔族、飛魔族だ!」
「りょ、了解でござるっ!」
「ミーティアも対空迎撃だ! 一緒に行け!」
「はいっ!」
飛んでいる魔族が厄介すぎる。うちに飛べるヤツも限られるから天使族に任せるしかない。
ミーティアの弓も対地より対空に使うべきだ。
「泥魔族にはジイナ、ドルチェ、ポル、フロロ、アネモネ、ウェルシアで当たれ! リーダーはフロロ!」
『はいっ!』
「樹魔族にはヒイノ、ティナ、ラピス、パティ、ユア、リンネ! リーダーはヒイノだ! 頼むぞ!」
『はいっ!』
巨体でぞろぞろと迫って来る集団が嫌でも目に入る。
トロールの集落ってレベルじゃない。
しかし泥魔族には魔法が効きやすく、逆に樹魔族には物理が効きやすいだろうと……まぁ見た目でそう思っただけだが。
少なくとも泥の山みたいな泥魔族にネネやパティは相性が悪いだろうと予想出来る。
それにしたって六人ずつじゃ厳しいけどな。
「残りのエメリー、イブキ、サリュ、ネネ、ツェンで悪魔族を倒して行くぞ!」
『はいっ!』
悪魔族をさっさと倒して他の援護に回りたい。
爵位は分からないが魔族の中では突出した存在なのだろうし、ここはもうミーティアを抜いた【黒屋敷】の最高戦力で挑む。
ザトゥーラという男爵級が狂心薬を飲んだ所を見てはいるが、あの程度であればネネでもすぐに倒せるだろう。まぁ男爵級は空でずっと後方に居るから戦うとすればシャムシャエルたちだろうが。
問題は子爵級以上の悪魔族。これがどのような強さかによるが……。
そうこうしているうちに先行して飛んで来た悪魔族が俺の近くまでやって来た。
本当ならすぐにでも攻撃を仕掛けたいが……多少なりとも探りたい所だ。
こちらが逡巡していると一体の悪魔族が前に出てきた。
見た目はローブを被ったただの老人。手足は見えない。蝙蝠のような翼がなければ魔族とも分からなそうな風貌。
狂心薬でデカくなっている連中の中で、そいつだけが小さく見える。
「……貴様が基人族の【勇者】か。なるほど聞いていた通りの集団だ」
「勇者じゃねーけどな。俺はただの基人族だよ」
「どちらでもよいわ。何にせよわざわざ前線に邪神様の手掛かりを持って来てくれたのだ。ありがたく頂くとしよう」
「渡すもんかよ。欲しけりゃ力ずくで奪ってみるんだな」
そう言って俺は腰の辺りを叩く。コートの中のマジックバッグを。
まぁダミーだけどな。【邪神の魂】は<インベントリ>だし。
「こちらとしては魔族をまとめて叩ける良い機会だ。見てみろ、神聖国の天使族も間に合った。もう少し早めに来るべきだったな」
背後の上空を指さし、そう言う。
シャムシャエルたちは俺らとカオテッドの間に防衛線を築いていた。布陣も終わったようだ。
「ふむ、二千ほどか。兵数としてはこちらと同じ程度。まぁ危惧していた事ではあるが、さすがに壮観と言った所だな」
「随分と余裕なんだな。薬のおかげで神聖属性耐性でも持ったのか?」
「ほう、薬の事まで知っておるのか……ああ、ザトゥーラか。ヤツを倒したのが貴様ならば知っていて当然というわけか」
狂心薬で神聖耐性は付かないはずだ。ブラフの質問だったが……答えは不明だな。
本当に神聖耐性を持っているとすると天使族たちがヤバイな。
「まあな。しかし他の連中は飲んでいる風なのにお前は小さいままなんだな。飲んでいないのか?」
「私は飲んでも変わらない体質なのでな」
「へえ、そんな魔族も居るんだな。何級なんだ?」
「王級だ」
『!?』
王級!? そんなのあるのか!!
魔族の爵位って貴族階級じゃなかったのかよ!
「【ゾリュトゥア教団】教皇、王級悪魔族のヴェルディッシオと言う。貴様を滅ぼし、邪神様を復活させる王の名だ。死ぬまで覚えておけ」
ヴェルディッシオは両手を広げ、高々とそう宣言した。
それを機に戦いの火蓋は落とされる。
話し込んでいる間に迫って来た魔族の軍勢は俺たちを囲むように。
対するこちらは二千の天使族を後衛に置いた、一つのクラン。
後に″カオテッドの聖戦″と呼ばれる戦いが今始まった。
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