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十九章
しおりを挟む『──遥か昔。
高貴な黒の王が治める国の南には、赤の王が治める国がありました。
赤の王は人ならざる武力を持ち、戦闘民族として名高い娘でした。
二人は偶然出逢い、恋に落ちます。
しかし黒の王には、成すべきことがありました。そこで赤の王は自らに呪いを課し、黒の王にある物を預けました。
二人が再び合間見えた時、赤の呪いが解かれる──』
「……岁族の他にも、別の民族って居るんだよね?」
がたがたと揺れる牛車の隅で、敖暁明は以前京で買った本を閉じる。
横を向き、半面を付けている男に声をかけた。
ふぁ、と欠伸をした彼は背伸びをして、ゆっくり瞬きをする。
「ああ。だが南の部族はほとんど我らが食い尽くした。北にはまだいくつか残っているだろうが、多くは淘汰されただろうな」
朱丽は乗り心地の悪い牛車の荷台で寝返りを打ち、自分の腕を枕にした。
それを見た敖暁明は膝立ちで彼ににじり寄り、自身の太ももを差し出す。
甲斐甲斐しい膝枕に頭を乗せた朱丽は、放り出していた長い足を組んだ。
「北の方が民族間の争いが激しいの?」
敖暁明の指の隙間から、二色の髪が流れ落ちる。
朱丽は、己の髪を梳く手を鬱陶しいと叩き落とし、青年を大人しくさせた。
「土地柄、北の方が作物も少ないからな……そういえば随分と前のことだが、北には星巫という一族がいたな」
敖暁明はゆっくりと瞬きをした後、首を傾げる。
──初めて聞く言葉だ。
「星巫?」
「ああ。星巫の一族はその名の通り、星を視て、未来を知る者達のことだ。本当かどうかはわからぬがな」
面の下でふっと笑った朱丽は、眉唾かもしれぬ、と続けた。
敖暁明もふぅんと声を漏らし、信じているのか信じていないのか、どちらとも取れる反応をする。
「しかしもう滅んだ筈だ。本王もわざわざ北にまでは手を出しておらぬし、噂程度でしか知らぬが、部族間の争いで滅んだと」
「岁族が身体能力に秀でている様に、星巫は……」
敖暁明の推測を肯定するように朱丽は頷き、続く言葉を並べた。
「星巫の者たちは呪術に秀でていた。その代わり、彼らには全く武力がなかった。例え未来を視ることができたとしても、現実で四方を囲まれてしまえば終わりだ」
敖暁明は杏眼を細め、無意識の内に再び膝の上の長髪に手を伸ばした。
紅い絹糸がくるくると、長い指に巻きつけられる。
朱丽は、もう面倒だ、と触られることを許容し放っておくことにした。
「……星巫はどうやって未来を知ったの?」
──そんなこと、あり得るのだろうか?
敖暁明はどうにも信じ難い話に、首を傾げずにはいられない。
朱丽の占いですら、正直なところお遊びのようなものだと思っているというのに。
人が未来を見るなど……冗談だとしか思えない。
「その眼に映るらしい。彼らは一見盲目だったらしいが、実際は違う。星巫の特徴である乳白色の瞳は、昼の明るさに耐えられぬだけで、夜になれば見えていたと聞く」
「そう……あ、起きて朱丽。もうすぐ着くよ」
ふと顔を上げた敖暁明は、遠かった京の入り口が、段々と大きく迫って来ていることに気がつく。
彼は膝の上の朱丽をそっと起こし、微かに痺れた足を伸ばした。
ぎぎっと音を立てて止まった荷台から降り、乗せてくれた行商人に礼を言う。
そして、二人は多くの人が行き来する市井の人混みに溶け込んで行った。
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