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今、流行りの…
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「今、流行りの…」
右京之介
今日も自宅の郵便受けに小石が一個入っていた。これで三回目である。
五センチくらいの楕円形をした何の変哲もない石が、三日連続で入っていたのである。
これは何を意味するのか、無い知恵をフルで働かせても分からない。
分からないときは、あそこに行く。
日常の謎を持ち込むと、たちまちのうちに鋭い推理で解決してくれる。
今、流行りの飲食店探偵である。
ここ数年、いろいろな飲食店の店員がたくさんの謎を解き始めた。よくそんなに謎があるし、よくそんなに探偵がいるものである。しかし、皆さん、そんなにヒマなのだろうか。
私がお世話になっている店も、女性店主が一人で切り盛りしている小さなコーヒーショップである。名物はアンズパイにアンズピザにアンズケーキ。そして、アンズかけご飯。
投げ込まれた石の謎が解けるのは、店主のアンズさんしかいなかった。
私はポケットに三個の石を持って、その店に向かった。途中で子供たちが遊んでいたのでしばらく見とれていた。少子化と言われているが、私の家は例外として、この地域は若い夫婦が多く、子供の数も多い。今どき珍しく、子供たちはアスファルトにチョークで絵を描いて遊んでいた。
跳ねてる子供もいる。――ケン、ケン、パッ!
交差点を左に曲がると店が見えた。コーヒーショップアンズと書かれた小さな木製看板が、店主の温かみを感じさせてくれる。
前方から、だらしのない体型の男がヨタヨタと歩いて来た。
「ヤバい、トンソクじゃん!」
高校時代、同級生だった男、あだ名はトンソク。粘着質のとても嫌な奴で、私が女子大生になった今でも、ときどき思い出すトラウマ男子だ。目を合わさないようにしよう。
「あっ、夕ちゃんだ!」
「ヤベっ、見つかった!」
あと二十メートルくらいで、ドアに取り付けた心地よいカウベルの音が聞けると思ったのに、なんで心地悪いデブの声を聞かなればならないのか。
と、思った瞬間、爆音とともに足元が揺れて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
ガラスが割れる音、木材が裂ける音、金属が擦れる音、人の叫び声が聞こえたと思ったが、すぐに静かになった。
爆風で私の耳が聞こえなくなったからだ。
パラパラとプラスチック片や木片が降って来る中、なんとか立ち上がって、前を見た。
コーヒーショップアンズが跡形もなく吹き飛んでいた。
イスもテーブルもカウンターも厨房機器も木っ端みじんだ。近隣の家の窓ガラスも吹き飛んで、玄関のドアはへこんでいた。そして、かつて店が存在していた前に、トンソクが倒れていた。上空で難を逃れたカラスがカァと鳴いた。
こんなことある?
名探偵が姿を見せることなく、店と一緒にバラバラになって(たぶん)、死んでしまう(たぶん)なんて。
古今東西、こんな探偵小説はない。
私の石の謎は誰が解いてくれるわけ?
おっと、その前に嫌な奴だけどトンソクを助けよう。私の耳も回復してきた。
「おい、デブ、生きてるか?」
声をかけて、蹴飛ばすと、横たわっているトンソクはすぐに目を覚ました。
「あら、夕ちゃん、久しぶりじゃない。最近、来てくれないから心配していたのよ。お勉強のしすぎじゃない。って、なんで、私の体がデブなわけ!?」
爆死したはずの店主のアンズさんが、なぜか偶然通りかかったトンソクの体の中に入り込んだようだ。
今、流行りの入れ替わりである。
「うわっ、重い!」と言いながら、アンズさんがヨロヨロと立ち上がった。もともと五十キロもなかった体が、倍の百キロ越えになると、そりゃ重いだろう。
「アンズさん、いったい何が起きたのですか?」
「よく分からないんだけど、ガス爆発じゃないかなあ」
元アンズさん、今トンソクが店を振り返るが、そこにはかつて店だった残骸がちらばっているだけである。トンソクの顔が歪む。もともと歪んでいたのだけど、さらに醜く歪む。
元アンズさんの大切な店がバラバラになって、悲しいのだろう。
「ああ、それにしても、体が暑い。臭い。汗が止まらない。この体は嫌だ。やめておこう」
元アンズさん、今トンソクは空を見上げた。
さっきからカラスが飛んでいる。
――えっ、まさか?
トンソクが足元にドサリと倒れ、私の肩にカラスが飛び乗った。
「これはいいね」元アンズさん、今カラスさんがうれしそうに言う。「小学生の頃に“翼をください”の合唱をしたんだけど、ホントに翼をくれるとはね。――さて、夕ちゃんはまた謎を持って来たのでしょ?」
自分が死んで、トンソクからカラスの体内に入り込んだというのに、謎の方が気になるとは、やっぱり名探偵だ。と感心しつつ、救急車か消防車を呼ぶべきではないのかと思いつつ、郵便受けに投函された石の話を持ち出す。
「その石の色は?」「白です」「石の数は?」「三個です」「石に細工は?」「一個だけ一部が欠けてます。一番小さい石です」「石に文字は?」「それぞれ“カ”と“カ”と“ク”の文字が書かれてます」「欠けた小さい石に書かれているのは?」「“カ”の文字です」「近所に三人兄弟がいる家は?」「隣がそうです。男の子が三人住んでます」「その家の苗字は白石さんだね」「そうです」「末っ子がいじめられていて、お隣さんである夕ちゃんの家にSOSを発信していた。これが真相だね」
――えっ、もう解けたの?
「どういうことですか?」
「白石さんが白い石を使ってメッセージを届けていたんだよ。男の子の好きな物って、何?」
「戦隊ヒーローに、恐竜に、バトルゲームに、電車に、昆虫に……」
「それっ、正解は昆虫だよ。“カ”と“カ”と“ク”の文字はそれぞれ“カブトムシ”“カナブン”“クワガタムシ”の頭文字だよ。一部が欠けていたのは“カナブン”の石。三匹の昆虫の中で一番小さな虫。三つの中で一番小さな石。つまり、大きさからして末っ子。欠けているということは、おそらく体に傷やアザができてるんじゃないかな」
今、流行りの児童虐待である。
「あとは夕ちゃんが児童相談所に報告するか、直接白石さんの家へ忠告に行くかだね」
「よく、すぐに謎が解けましたね」
「その白い石は私がコレクションしていて、白石さんの家の庭の隅に隠してたんだよ」
「アンズさんが?」
「カラスが」
「石の謎が解決したところで、もう一つの謎を解かなくてはね」
「もう一つですか?」
「そう。私の店を吹き飛ばした犯人を捜し出すから協力してね。過去の謎解きに関連して、恨まれたんじゃないかと思うんだ。どんな事件があったかなあ」
カラスが腕を組む。器用だ。首をかしげる。かわいい。
「逆トランポリン事件とか、スマホバキバキ事件とか、ブロッコリー炎上事件とか、ゾウのお尻ペンペン事件とか、ピンク横断歩道事件とか……」
「あっ、それだ! あのピンクの女だ! きっと、ガスを漏出させて、引火したんだ」
ピンク横断歩道事件とは、ピンク色に執着した女が街の横断歩道をすべて、一晩でピンク色に塗り替えた事件のことだ。それを解決して犯人を突き止めたのがアンズさんだった。
しかし、それはピンク色ではなく、ソルフェリノと呼ばれる色だった。似たような色なのだが、その女はとことん色にこだわり、ピンク色と呼んだアンズさんを恨んで付きまとった。
今、流行りのサイコパスである。
しかし、その女の姿は見えないことからして、自らオレンジ色の炎に包まれて焼死してしまったようだ。
「まだ、女の霊がその辺にいるのだろうね」
元アンズ、今カラスさんがあたりを見渡す。
「ほら、後ろ!」「わっ!」「冗談よ」「やめてください」「じゃあ、おびき出してみるね」
カラスさんは私の肩からどこかへ飛び立った。
やがて戻って来たカラスさんは、全身をペンキでソルフェリノ色に塗っていた。
これで罠の完成だ。
ソルフェリノ色に執着している女はきっと来る。きっと来る~。
――そして、ホントに来た。空を飛んで来た。
「あの女、見つけたよ。こっちに向かって急降下して来る。なぜか、戦闘服を着て、剣を持ってるよ」
今、流行りの異世界の美少女戦士である。
元アンズ、今カラスさんと美少女戦士の戦いが、空中でバチバチと始まった。
そこへ帰宅途中の女子高生三人組が通りかかった。だが、彼女たちに美少女戦士は見えないようだ。カラスが宙で激しく舞っている姿を見て、スマホで撮影を始めた。
――カシャ! カシャ! カシャ!
「何をやってるのだろう、あの変な色のカラス」
「あんな色の物を食べたんじゃない? モモとか紅ショウガとか」
「何かと戦ってるように見えるけど」一人の女子は懸命に目を凝らす。「あっ、見えた。美少女戦士だ!」
三人の内、この女子にだけは見えたようだ。
今、流行りの超能力を持った転校生である。
「そんなのが見えるんだ。すごーい。私も見えるようになりたいなあ」
「私も! もしも見えたら、私を主人公にしてお話を書いてほしいなあ。タイトルは、”私は無敵だよ。だって、異世界の様子が手に取るように見えるんだもん。負けるわけないじゃん。君と出会うまでだけどね”――なんてどう?」
今、流行りのやたらと長いタイトルのラノベである。
やがて、夕陽を背景に空中戦を繰り広げるソルフェリノ色のカラスと、抜け落ちて来た数枚の羽根とが交錯し、素晴らしい光景が生み出された。
「わぁ、キレイ!」「ヤバい!」「すげえ!」
美しい写真が何枚も撮影できた。
今、流行りのインスタ映えである。
だが、ここで突然の雨。
たちまち辺りが見えなくなる。雨の音で声も聞こえない。
女子高生三人組はあわてて駆け出した。
「わー、マズい!」「早く、早く!」「待ってよー!」
今、流行りのゲリラ豪雨である。
雨のために、カラスさんのソルフェリノ色のペンキが落ちて、黒カラスさんに戻ってしまった。興味をなくしてどこかへ行こうとする美少女戦士。
カラスさんはピョンピョンと歩き出し、土の場所を見つけると、せっせとほじくり始めた。
「見つけた!」
カラスさんがくわえていたのはミミズだった。
それはソルフェリノ色をしていた。
「まさか、アンズさん、やめてください!」
私の叫びも空しく、アンズさんはカラスから抜けて、ミミズの体内に入ってしまった。そして、ニョロニョロと体を動かし、その辺を飛んでいるであろう、あの女の霊を誘う。
ソルフェリノ色をしたミミズを見つけた美少女戦士が剣をかまえて、ふたたび急降下してきた。
「ギャッ!」悲鳴が上がって、ミミズさんの体が三つに斬られた。
「元アンズさん、さっきまでカラスさん、今ミミズさん、大丈夫ですか?」
「平気だよ。体が三つになったら、頭が冴えるね」「頭が冴えるね」「頭が冴えるね」
三体が同時にハモる。
「三人寄れば文殊の知恵というのはここから来てるのかもね」
絶対違うと思ったが、黙っておく。
もう何が何だか分からないからだ。
そのとき、倒れていたトンソクが起き上がった。
今、流行りのゾンビか!?
いや、考えてみたら、トンソクは死んでなかったんだ。気絶から目が覚めただけだった。
その間に、三つに分かれた元アンズさん、今ミミズさんは美少女戦士に食べられたようだ。
いつの間にか、みんな消えてしまっていた。
ソルフェリノ色のミミズはいなくなったし、美少女戦士の姿は見えなくなったし、トンソクもフラフラとどこかへ行ってしまった。
そして誰もいなくなった。
ねえ、アガサ。私はこれからどうすればいいの?
――ゴツン。
頭を抱えながら歩いていると、電信柱にぶつかった。
まるで、コントのように。
遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
私はポケットに三個の石を持って、その店に向かっている。
途中で子供たちが遊んでいたので、しばらく見とれているときに気づいた。
――この光景を前にも見たはずだ。
今、流行りのタイムスリップだ。
この後に何かが起きるはずだ。
――えーと、何だっけ?
あっ、そうだ!
アンズさんの店が爆発するんだ!
あのときは子供たちに見とれていて、間に合わなかったんだ。
――ヤバい! 急げ!
ケン、ケン、パッ! と跳ねてる子供を無視して、ダダッ! と走り出す。
早く、早く、アンズさんが死んじゃう。
あと一分で死んじゃう。
今、流行りの余命ものだ。
交差点を左に曲がると店が見えた。
ああ、よかった。店は無事だ。
前方から、だらしのない体型の男がヨタヨタと歩いて来る。
「げっ、トンソクだ!」
でも、さっきとは違う。
あのとき、トンソクは店の前にいたが、今ははるか遠くに豆粒のように見えているだけだ。
子供を無視したから、時間が短縮されたんだ!
大丈夫、間に合う!
私は全力で走った。
ウサイン・ボルトよりも早く(たぶん)。
店のドアを力いっぱい引っぱった。
カラン、コロン。
カウベルが心地よい音を立てた。
「アンズさん、早く逃げてー!」
(了)
右京之介
今日も自宅の郵便受けに小石が一個入っていた。これで三回目である。
五センチくらいの楕円形をした何の変哲もない石が、三日連続で入っていたのである。
これは何を意味するのか、無い知恵をフルで働かせても分からない。
分からないときは、あそこに行く。
日常の謎を持ち込むと、たちまちのうちに鋭い推理で解決してくれる。
今、流行りの飲食店探偵である。
ここ数年、いろいろな飲食店の店員がたくさんの謎を解き始めた。よくそんなに謎があるし、よくそんなに探偵がいるものである。しかし、皆さん、そんなにヒマなのだろうか。
私がお世話になっている店も、女性店主が一人で切り盛りしている小さなコーヒーショップである。名物はアンズパイにアンズピザにアンズケーキ。そして、アンズかけご飯。
投げ込まれた石の謎が解けるのは、店主のアンズさんしかいなかった。
私はポケットに三個の石を持って、その店に向かった。途中で子供たちが遊んでいたのでしばらく見とれていた。少子化と言われているが、私の家は例外として、この地域は若い夫婦が多く、子供の数も多い。今どき珍しく、子供たちはアスファルトにチョークで絵を描いて遊んでいた。
跳ねてる子供もいる。――ケン、ケン、パッ!
交差点を左に曲がると店が見えた。コーヒーショップアンズと書かれた小さな木製看板が、店主の温かみを感じさせてくれる。
前方から、だらしのない体型の男がヨタヨタと歩いて来た。
「ヤバい、トンソクじゃん!」
高校時代、同級生だった男、あだ名はトンソク。粘着質のとても嫌な奴で、私が女子大生になった今でも、ときどき思い出すトラウマ男子だ。目を合わさないようにしよう。
「あっ、夕ちゃんだ!」
「ヤベっ、見つかった!」
あと二十メートルくらいで、ドアに取り付けた心地よいカウベルの音が聞けると思ったのに、なんで心地悪いデブの声を聞かなればならないのか。
と、思った瞬間、爆音とともに足元が揺れて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
ガラスが割れる音、木材が裂ける音、金属が擦れる音、人の叫び声が聞こえたと思ったが、すぐに静かになった。
爆風で私の耳が聞こえなくなったからだ。
パラパラとプラスチック片や木片が降って来る中、なんとか立ち上がって、前を見た。
コーヒーショップアンズが跡形もなく吹き飛んでいた。
イスもテーブルもカウンターも厨房機器も木っ端みじんだ。近隣の家の窓ガラスも吹き飛んで、玄関のドアはへこんでいた。そして、かつて店が存在していた前に、トンソクが倒れていた。上空で難を逃れたカラスがカァと鳴いた。
こんなことある?
名探偵が姿を見せることなく、店と一緒にバラバラになって(たぶん)、死んでしまう(たぶん)なんて。
古今東西、こんな探偵小説はない。
私の石の謎は誰が解いてくれるわけ?
おっと、その前に嫌な奴だけどトンソクを助けよう。私の耳も回復してきた。
「おい、デブ、生きてるか?」
声をかけて、蹴飛ばすと、横たわっているトンソクはすぐに目を覚ました。
「あら、夕ちゃん、久しぶりじゃない。最近、来てくれないから心配していたのよ。お勉強のしすぎじゃない。って、なんで、私の体がデブなわけ!?」
爆死したはずの店主のアンズさんが、なぜか偶然通りかかったトンソクの体の中に入り込んだようだ。
今、流行りの入れ替わりである。
「うわっ、重い!」と言いながら、アンズさんがヨロヨロと立ち上がった。もともと五十キロもなかった体が、倍の百キロ越えになると、そりゃ重いだろう。
「アンズさん、いったい何が起きたのですか?」
「よく分からないんだけど、ガス爆発じゃないかなあ」
元アンズさん、今トンソクが店を振り返るが、そこにはかつて店だった残骸がちらばっているだけである。トンソクの顔が歪む。もともと歪んでいたのだけど、さらに醜く歪む。
元アンズさんの大切な店がバラバラになって、悲しいのだろう。
「ああ、それにしても、体が暑い。臭い。汗が止まらない。この体は嫌だ。やめておこう」
元アンズさん、今トンソクは空を見上げた。
さっきからカラスが飛んでいる。
――えっ、まさか?
トンソクが足元にドサリと倒れ、私の肩にカラスが飛び乗った。
「これはいいね」元アンズさん、今カラスさんがうれしそうに言う。「小学生の頃に“翼をください”の合唱をしたんだけど、ホントに翼をくれるとはね。――さて、夕ちゃんはまた謎を持って来たのでしょ?」
自分が死んで、トンソクからカラスの体内に入り込んだというのに、謎の方が気になるとは、やっぱり名探偵だ。と感心しつつ、救急車か消防車を呼ぶべきではないのかと思いつつ、郵便受けに投函された石の話を持ち出す。
「その石の色は?」「白です」「石の数は?」「三個です」「石に細工は?」「一個だけ一部が欠けてます。一番小さい石です」「石に文字は?」「それぞれ“カ”と“カ”と“ク”の文字が書かれてます」「欠けた小さい石に書かれているのは?」「“カ”の文字です」「近所に三人兄弟がいる家は?」「隣がそうです。男の子が三人住んでます」「その家の苗字は白石さんだね」「そうです」「末っ子がいじめられていて、お隣さんである夕ちゃんの家にSOSを発信していた。これが真相だね」
――えっ、もう解けたの?
「どういうことですか?」
「白石さんが白い石を使ってメッセージを届けていたんだよ。男の子の好きな物って、何?」
「戦隊ヒーローに、恐竜に、バトルゲームに、電車に、昆虫に……」
「それっ、正解は昆虫だよ。“カ”と“カ”と“ク”の文字はそれぞれ“カブトムシ”“カナブン”“クワガタムシ”の頭文字だよ。一部が欠けていたのは“カナブン”の石。三匹の昆虫の中で一番小さな虫。三つの中で一番小さな石。つまり、大きさからして末っ子。欠けているということは、おそらく体に傷やアザができてるんじゃないかな」
今、流行りの児童虐待である。
「あとは夕ちゃんが児童相談所に報告するか、直接白石さんの家へ忠告に行くかだね」
「よく、すぐに謎が解けましたね」
「その白い石は私がコレクションしていて、白石さんの家の庭の隅に隠してたんだよ」
「アンズさんが?」
「カラスが」
「石の謎が解決したところで、もう一つの謎を解かなくてはね」
「もう一つですか?」
「そう。私の店を吹き飛ばした犯人を捜し出すから協力してね。過去の謎解きに関連して、恨まれたんじゃないかと思うんだ。どんな事件があったかなあ」
カラスが腕を組む。器用だ。首をかしげる。かわいい。
「逆トランポリン事件とか、スマホバキバキ事件とか、ブロッコリー炎上事件とか、ゾウのお尻ペンペン事件とか、ピンク横断歩道事件とか……」
「あっ、それだ! あのピンクの女だ! きっと、ガスを漏出させて、引火したんだ」
ピンク横断歩道事件とは、ピンク色に執着した女が街の横断歩道をすべて、一晩でピンク色に塗り替えた事件のことだ。それを解決して犯人を突き止めたのがアンズさんだった。
しかし、それはピンク色ではなく、ソルフェリノと呼ばれる色だった。似たような色なのだが、その女はとことん色にこだわり、ピンク色と呼んだアンズさんを恨んで付きまとった。
今、流行りのサイコパスである。
しかし、その女の姿は見えないことからして、自らオレンジ色の炎に包まれて焼死してしまったようだ。
「まだ、女の霊がその辺にいるのだろうね」
元アンズ、今カラスさんがあたりを見渡す。
「ほら、後ろ!」「わっ!」「冗談よ」「やめてください」「じゃあ、おびき出してみるね」
カラスさんは私の肩からどこかへ飛び立った。
やがて戻って来たカラスさんは、全身をペンキでソルフェリノ色に塗っていた。
これで罠の完成だ。
ソルフェリノ色に執着している女はきっと来る。きっと来る~。
――そして、ホントに来た。空を飛んで来た。
「あの女、見つけたよ。こっちに向かって急降下して来る。なぜか、戦闘服を着て、剣を持ってるよ」
今、流行りの異世界の美少女戦士である。
元アンズ、今カラスさんと美少女戦士の戦いが、空中でバチバチと始まった。
そこへ帰宅途中の女子高生三人組が通りかかった。だが、彼女たちに美少女戦士は見えないようだ。カラスが宙で激しく舞っている姿を見て、スマホで撮影を始めた。
――カシャ! カシャ! カシャ!
「何をやってるのだろう、あの変な色のカラス」
「あんな色の物を食べたんじゃない? モモとか紅ショウガとか」
「何かと戦ってるように見えるけど」一人の女子は懸命に目を凝らす。「あっ、見えた。美少女戦士だ!」
三人の内、この女子にだけは見えたようだ。
今、流行りの超能力を持った転校生である。
「そんなのが見えるんだ。すごーい。私も見えるようになりたいなあ」
「私も! もしも見えたら、私を主人公にしてお話を書いてほしいなあ。タイトルは、”私は無敵だよ。だって、異世界の様子が手に取るように見えるんだもん。負けるわけないじゃん。君と出会うまでだけどね”――なんてどう?」
今、流行りのやたらと長いタイトルのラノベである。
やがて、夕陽を背景に空中戦を繰り広げるソルフェリノ色のカラスと、抜け落ちて来た数枚の羽根とが交錯し、素晴らしい光景が生み出された。
「わぁ、キレイ!」「ヤバい!」「すげえ!」
美しい写真が何枚も撮影できた。
今、流行りのインスタ映えである。
だが、ここで突然の雨。
たちまち辺りが見えなくなる。雨の音で声も聞こえない。
女子高生三人組はあわてて駆け出した。
「わー、マズい!」「早く、早く!」「待ってよー!」
今、流行りのゲリラ豪雨である。
雨のために、カラスさんのソルフェリノ色のペンキが落ちて、黒カラスさんに戻ってしまった。興味をなくしてどこかへ行こうとする美少女戦士。
カラスさんはピョンピョンと歩き出し、土の場所を見つけると、せっせとほじくり始めた。
「見つけた!」
カラスさんがくわえていたのはミミズだった。
それはソルフェリノ色をしていた。
「まさか、アンズさん、やめてください!」
私の叫びも空しく、アンズさんはカラスから抜けて、ミミズの体内に入ってしまった。そして、ニョロニョロと体を動かし、その辺を飛んでいるであろう、あの女の霊を誘う。
ソルフェリノ色をしたミミズを見つけた美少女戦士が剣をかまえて、ふたたび急降下してきた。
「ギャッ!」悲鳴が上がって、ミミズさんの体が三つに斬られた。
「元アンズさん、さっきまでカラスさん、今ミミズさん、大丈夫ですか?」
「平気だよ。体が三つになったら、頭が冴えるね」「頭が冴えるね」「頭が冴えるね」
三体が同時にハモる。
「三人寄れば文殊の知恵というのはここから来てるのかもね」
絶対違うと思ったが、黙っておく。
もう何が何だか分からないからだ。
そのとき、倒れていたトンソクが起き上がった。
今、流行りのゾンビか!?
いや、考えてみたら、トンソクは死んでなかったんだ。気絶から目が覚めただけだった。
その間に、三つに分かれた元アンズさん、今ミミズさんは美少女戦士に食べられたようだ。
いつの間にか、みんな消えてしまっていた。
ソルフェリノ色のミミズはいなくなったし、美少女戦士の姿は見えなくなったし、トンソクもフラフラとどこかへ行ってしまった。
そして誰もいなくなった。
ねえ、アガサ。私はこれからどうすればいいの?
――ゴツン。
頭を抱えながら歩いていると、電信柱にぶつかった。
まるで、コントのように。
遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
私はポケットに三個の石を持って、その店に向かっている。
途中で子供たちが遊んでいたので、しばらく見とれているときに気づいた。
――この光景を前にも見たはずだ。
今、流行りのタイムスリップだ。
この後に何かが起きるはずだ。
――えーと、何だっけ?
あっ、そうだ!
アンズさんの店が爆発するんだ!
あのときは子供たちに見とれていて、間に合わなかったんだ。
――ヤバい! 急げ!
ケン、ケン、パッ! と跳ねてる子供を無視して、ダダッ! と走り出す。
早く、早く、アンズさんが死んじゃう。
あと一分で死んじゃう。
今、流行りの余命ものだ。
交差点を左に曲がると店が見えた。
ああ、よかった。店は無事だ。
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「げっ、トンソクだ!」
でも、さっきとは違う。
あのとき、トンソクは店の前にいたが、今ははるか遠くに豆粒のように見えているだけだ。
子供を無視したから、時間が短縮されたんだ!
大丈夫、間に合う!
私は全力で走った。
ウサイン・ボルトよりも早く(たぶん)。
店のドアを力いっぱい引っぱった。
カラン、コロン。
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「アンズさん、早く逃げてー!」
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