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ミュージカル小説 ~踊る公園~ (前編)
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「ミュージカル小説 ~踊る公園~」(前編)
右京之介
公園の真ん中に西洋の古い城を模したカラフルで大きな滑り台が完成した。
城の壁面は白色で統一されていて、てっぺんには四つのトンガリ屋根がそびえ立ち、屋根のふもとからは東西南北の四方向に向かって、十メートルほどの滑り台が伸びている。
それぞれの屋根と滑り台は赤色、青色、黄色、緑色の四色に色分けされていて、全体を見渡すと、おとぎの国に出てくるお城のようだった。
今日は日曜日。
公園には、朝からこの滑り台を目当てに子供たちが押しかけて、行列を作っていた。小さな子供は保護者同伴で来ていたため、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの姿も目立つ。散歩に連れて来られた犬もいつもと違う雰囲気に興奮して、大はしゃぎをしている。
ここは公園という名が付いていたが、柵で囲まれただけの空き地で、樹木は植えられておらず、公園に付き物のベンチさえなく、遊具も何一つ設置されてなかった。
だから、朝から行列ができるのも無理はない。遮蔽物がないため、子供たちはかくれんぼもできず、いつも走り回るだけの単純な遊びしかできなかったのに、今日は滑り台で遊べる。
しかも、絵本でしか見たことないような巨大なお城の滑り台だ。こんな滑り台は他の公園にはない。だから誰も滑ったことはなかった。
空き地といっても広大で、東京ドームがすっぽり入ると、東京ドームをテレビでしか見たことがない人たちがウワサをするくらい大きい。実際に東京ドームは入りそうもないが、野球の試合が余裕でできるくらいの大きさはある。一般にある高校のグラウンドよりすこし大きいくらいだ。
そんな遊具もない広いだけの公園が住宅街の中にポツンと存在し、住人たちの憩いの場となっていた。ただの空き地だったのだが、この辺りは住宅が密集している地域で、たくさんの子供たちが走り回れるような大きな場所は他になかったからだ。
奇妙なことに、この公園の持ち主が誰なのかは分からなかった。
しかし、入口には自由にお入りくださいと書かれた看板が以前から取り付けてあり、近隣住民は子供を遊ばせたり、犬を散歩させたり、老人がくつろいだりしていた。
ところがある日突然工事が始まり、なぜか公園の中央に巨大な滑り台だけが完成していた。
柵に取り付けてあった工事のスケジュール表から、今日が滑り台の完成日だと子供たちは気づいていた。当日はどうか晴れますようにという願いも叶い、公園は大賑わいになっている。
こんな空き地と変わらないような公園にも管理人がいた。
西の隅に小さなプレハブの管理人室があり、一人の老人が昼間だけやって来ていた。見た目からすると八十歳くらいだが、子供たちの間では二百歳を越えた妖怪と言われている。しかし、本人が年齢を教えてくれないのだから、本当のことは分からない。
老人はいつも灰色の作業着を着て、灰色の帽子をかぶっている。胸には“桃賀”という手書きの名札を付けていた。
管理人といっても公園内には何もないため、仕事といえば、雑草を引っこ抜くか、ときどき落ちているゴミを拾うか、陽が暮れても帰らない子供を追い立てるくらいしかないのだが、どこから派遣されているのか、いくらくらい給料をもらっているのか、知る者はいなかった。管理人の個人的な事情を尋ねるような物好きな人はいなかったし、気難しそうで、どことなく気軽に話し掛けられるような雰囲気がなかったからだ。
しかし、この滑り台ができたことで人も増えるから、いつもヒマそうな管理人さんも少しは忙しくなるのではと、みんなは思っていた。
“いつもはあまり人がいない公園だけど、今はすごくたくさんの人であふれている。大きなすべり台ができたからだ。朝早くから行列ができていてびっくりした。ぼくも後からすべりに行こうと思っている。その前にこのすべり台を上からゆっくり観察しよう。お城から伸びているすべり台は四本もある。まるで何かの生き物が公園にやって来たように見える。八本あればタコで、十本あればイカなんだけど。でもこれがすごい。原っぱのような場所に突然現れたのだから。四本のすべり台には全部行列ができている。一番長い行列は赤色のすべり台だ。逆に一番短いのは緑色だ。すべり台は四本あるけど、色が違うだけで長さも角度も同じだ。だったら順番がすぐに回って来る緑色のすべり台に並べばいいのだけど、どの色の行列が少ないのかは、こうやって上から見下ろさないと分からないのだろうなあ――周人”
巨大な滑り台から滑り降りて来た子供たちは顔を真っ赤にさせて、はしゃぎ回っている。大きな歓声が公園内に響く。今まで滑ったことがない高さと長さであり、スピードもかなり出るので、興奮を隠し切れないようだ。
それは付き添っているお父さんも同じだった。
もう一回滑りたいと言う子供に笑顔で答える表情を見ても分かる。
しかも遊園地と違って、何度滑ってもタダだし、閉園時間はないので時計を気にする必要もない。訪れている人たちはほとんどが近くに住んでいるため、日が暮れるまで遊べる。
飽きることなく滑り続けるリピーターのお陰で、滑り台の行列は途切れない。遊具はこれしかないので並ばざるを得ないのだ。怖くて滑れない幼い子供たちも、お城の滑り台の周りに集まっていて、滑っている人たちを羨ましそうに見上げていた。
♪♪♪♪♪
子供たちが滑り台を囲んで、歌って、踊り出す。
滑っている子供たちも両手をあげて踊り出す。
ほとんど小学生だがダンスはうまい。
周りでは保護者が手拍子を始める。
♪大きな公園はボクらの遊び場さ~
いつもは走るだけの公園だったけど~
今日は滑り台ができたのさ~
今は滑り台しかないけれど~
ボクらはこれだけで十分さ~
ボクらは滑る~ 風を切って~
滑り台は長い~ 滑り台は高い~
だから、ちょっぴり怖いんだ~
だけど勇気が背中をドーンと押してくれる~
パチパチ、パチパチ(手拍子の音)
♪そーれ、いよいよ出発だ~
スピード満点~ スリル満点~ 迫力満点~
テストで満点を取ったことないけど~
下にいるお母さんはハラハラドキドキ~
ほら、うまく着地できたよ~
見てくれた? お母さん~
お母さんは拍手で返事をくれる~
お母さんの拍手も満点さ~
ボクの小さな弟も尊敬の目で見てくれている~
弟も小さな手で拍手をくれた~
弟の小さな拍手も満点だよ~
パチパチ、パチパチ(手拍子の音)
♪♪♪♪♪
この大きな公園の入口の看板には“砂猫公園”という名前が記されていた。
砂場もなければ、野良猫も見当たらない公園になぜこんな名前が付いているのか、近所の人たちは不思議に思っていた。
子供たちが管理人の桃賀さんに訊いても、なぜだろうねえと笑うだけだった。どうやら名前の由来を知っているらしいが教えてくれない。みんなでケチンボ管理人と呼んで怒らせようとしたが、乗って来ない。いつもどこ吹く風で子供たちの声は聞き流す。やがて、そんな大人の対応に飽きて、子供たちはまたねーと言って走り出す。何度も繰り返されている光景だった。
「砂猫親分、公園はたいへんな賑わいですわ!」
子分が大きな声で呼びかけるが、ジャンパー姿の親分は高級本革ソファーに足を広げて座ったまま、上を向いて、口を開け、のんびりと昼寝をしていた。
雑居ビルの最上階にある事務所の中は応接セットを始めとして、高級な調度品が並んでいる。もちろん来客に威厳を見せつけて、見栄を張るためである。
しかし、親分をはじめとして、高級品の良さが分かる者など一人もいない。ただ値段が高い物を揃えているだけである。値段が高ければいい物だと思っている。
そのため、事務所内には色や形や産地がバラバラな高級家具があれこれ並んでいて、コーディネイトもヘッタクレもなく、統一感のない高級リサイクルショップのような雰囲気になっていた。
天井近くには巨大な神棚が設置されている。反社の事務所に神棚は付き物である。そこにはなぜか観音像が安置されている。神様も仏様も一緒くたである。しかし、その黄金色に輝く観音像だけは、事務所内で異彩を放っている。高さは約二十センチあり、“陰の観音像”と呼ばれていた。
「砂猫親分!」子分はもう一度大きな声で呼んでみる。
「おお、帰ったか、ボギー」目を覚ました親分は目をショボショボさせながら、目の前に立つ子分を見上げた。
事務所には交代制で常に四人の幹部組員が詰めている。組長付きのボディガードも兼ねているため、四人は全員いかつい風貌をしている。そのうち最も凶悪な面構えをしているのが墓魏(ぼぎ)だ。
その名の通り、スリムでダンディな組員――なわけない。大柄でセンスの欠片もない組員だ。スキンヘッドで顔は強烈に怖い。組長付きに選抜された理由はこの顔の造りである。それ以外の理由はない。
たまたま、“ぼぎ”という変わった苗字だっただけで、れっきとした日本人である。親分はカッコよくボギーと呼んでくれているが、名は体を表さないこともある。
「砂猫親分、やっとお目覚めですか」墓魏はご機嫌を取る。
「いいや、ずっと起きとったぞ」砂猫親分は寝顔を見られて恥ずかしいのか、見え透いたウソをつく。「ボギーの帰りを今か今かと待っておったぞ」
本物の猫が駅長をしている駅があるが、本物の猫が暴力団の親分をしているわけではない。砂猫親分はれっきとした人間である。さっきからちゃんと人間の言葉でしゃべっている。
苗字が“砂猫”というのである。フルネームは砂猫森之助という。
かつて、先祖が鳥取砂丘のそばに住んでいて、たくさんの猫を飼っていたことから、このような苗字になったらしい。放し飼いにしてある猫たちはよく砂丘の上に寝転がっていたという。だから、砂猫がいる家と呼ばれていたのである。アラブ首長国連邦などに生息し、「砂漠の天使」と呼ばれているかわいいスナネコとは何の関係もない。
珍しい苗字のため、印鑑に既製品はなく、いつも特注品だ。そのため、新しい印鑑を作るたびに特注料金を取られて、砂猫親分の機嫌は悪くなる。
親分は今年で七十歳である。めでたく古希を迎える。反社歴は五十三年だ。反社という言葉がない時代から反社に属しているベテランヤクザだ。だが、懲役の経験はなく、手の指はかろうじて、九本残っている。
つまり、要領よく立ち回ることでこの世界を生き延びて来たということだ。
ちなみに、砂猫親分は太ったチンパンジーのような風貌をしており、どう見てもスナネコには似ていない。名は体を表さないこともある。
親分は普段ジャンパーを着ている。もちろん安物ではない。ユニクロで一番高いジャンパーである。
親分は高級ふわふわティッシュペーパーを一枚引き抜くと、ヨダレで汚れた口元を拭いた。ティッシュペーパーも見栄を張って、近所のスーパーで一番高い物を買って来てある。ふわふわティッシュを買ったわけではなく、買ってみたらふわふわだったのである。
また、ティッシュペーパーを引き抜くときは一枚ずつだが、客の前では三枚連続して引き抜くよう、組員に指示している。太っ腹なところを見せるためである。見栄の一種である。それを見た客人がすごいと感じるかどうかは分からない。
「それでボギー、公園はどうだったんだ?」ヨダレの付いたティッシュを丸めてゴミ箱に投げるが大きく外れる。いつものことだ。
墓魏は仕方なく、丸まったふわふわティッシュを拾いに行きながら、返事をする。
「たくさんの人が押しかけてましたわ」
「ほうほう。みんな喜んでおったか?」
「そりゃもう、砂猫親分のお陰です。滑り台には子供たちの長い行列ができて、全然途切れません。盆と正月が一緒に来たように大騒ぎしてますわ」
墓魏は丸まったティッシュを拾い、これも見栄で買った英国製の高級ゴミ箱に投げ入れた。
ゴミを投げ入れるたびに、ゴミ箱全体がLEDで赤く光るという無駄な機能が付いている。ホームセンターで一番高いゴミ箱を買ってみたら、こうなっていたのだ。若い女性や子供にはウケるだろうが、このヤクザ事務所に若い女性や子供が来ることはない。保険勧誘のおばちゃんでさえ寄り付かない。
「そうだろう、そうだろう。わしが置いた滑り台だから、人も押しかけるだろうよ」
砂猫親分はチンパンジーのような顔をクシャクシャにして、満足げに微笑む。元々シワだらけの顔にシワが増える。増えたシワは普段どこに隠れているのか分からない。
親分の頭上にはイタリア製の無駄にデカいシャンデリアがぶら下がっていた。家具屋で見つけた一番高くて大きいシャンデリアだった。しかし、天井には蛍光灯を取り付けることができても、イタリア製のデカいシャンデリアをぶら下げるだけの耐久性がなかったため、強度を上げるための改装工事に、シャンデリア代の二倍の費用がかかってしまっていた。
しかし、見栄を張るためには、これくらいのことをやってのけるのがヤクザのプライドというものであった。決して弱みを見せてはいけない。弱みを見せると足元を救われるからである。
2007年頃から暴力団は反社会的勢力と呼ばれて、銀行に口座は作れないし、ゴルフもできないし、レンタカーも借りられなくなった。
小さすぎて指定暴力団にもされていない砂猫組だったが、肩身の狭い思いをしている。
暴力団と呼ばれているが、そもそも自分たちで“暴力団”とは名乗っていない。“砂猫組”と名乗っている。警察やマスコミが勝手に暴力団と呼んでいるだけだ。
暴力を振りかざす団体、だから暴力団。
こんな安直なネーミングは警察のお偉いさんが考えたのだろうが、恥ずかしくて使えないのが本音だ。
確かに昔は暴力にモノを言わせて、好き勝手やっていた。だが、今はそういう時代ではない。経済ヤクザの時代である。どれだけ金を持ってるかで組織の価値が決まる。金があれば組としては組員も集まる。金が稼げれば、末端の組員であっても引き立ててくれるし、上層部も目を向けてくれる。
では、その金をどうやって作るのか?
いつまでも暴力を盾にして、非合法で儲けている場合ではない。真っ当な会社を経営して、合法的に資金を集めなければならない。多少は強引なこともするが、警察の取り締まりも厳しく、昔ほど暴れることはできない。
しかし、世間の目は冷やかだ。暴力団ではないと言っても、暴力団のイメージは拭えない。
そこで、少しでも砂猫組の好感度を上げようと考え出されたのが、組の縄張りに放置してある砂猫公園の活用だった。
この土地は先々代の組長が苦労して抗争に勝利し、取得したものだ。
その際、何本もの日本刀が折れ曲がり、何発もの弾丸が飛び交い、何トンものダイナマイトが炸裂し、何リットルもの血が流れ、何人もの命が失われたといういわく付きの土地であった。
そのため組では安易にこの土地を触ることは避けて来た。たくさんの犠牲の上に存在している、ある意味神聖な土地だからである。土地を開拓することなく、何も建物を建てることもなく、ましてや売却することなく、空き地として砂猫組が長年に渡って、管理してきたのである。
しかし、時代は待ってくれない。
日に日に暴力団への風当たりが強くなって来ている。
暴力団員の数も全国的に減ってきている。
任侠に憧れてくれる若者も少なくなった。
小学生が将来なりたい職業ベスト10に暴力団員は入っていない。おそらく圏外と推測される。これでは将来が危ぶまれる。
反社の砂猫組も砂漠のスナネコのように絶滅の危機に瀕している。
そこで……。
その空き地を砂猫公園として開放していたのだが、このたび遊具を設置し、本格的な公園として、近隣住民の皆さんにもっと喜んでもらおうと考えたのである。
ご近所の皆さんは砂猫組の存在を知らないし、この土地を先々代が非合法な手段により、組が取得したことも知らない。黙っていたら、一般人には業界のことなど分からないだろう。
砂猫組にとっては単なる土地ではない。今は亡き組員たちの思いが詰まった土地である。活用に当たっては、他の公園には負けない立派な仕掛けを施したのである。
つまり、遊具である滑り台はフランス製のカラフルな最高級品を取り寄せたのである。
フランスの古城をイメージして作られたらしいが、砂猫組の組員でフランスの城を見た者は一人もいなかったため、白と黒の日本の城と違って、外国の城は白の他に、赤、青、黄、緑の四色が使われ、やけに派手だな、さすが芸術の国フランスだなと言い合っている。
「砂猫親分!」横で聞いていた振津組員が呼びかけた。「砂猫公園のことですが、わしに新しいアイデアがありまして」
小柄だがガタイのいい組員である。墓魏ほどではないが、顔面はほぼ凶器だ。
「おう、プリッツか。遠慮せずに言ってみろ」
振津は親分からプリッツと呼ばれている。外国人ではない。バリバリの日本人だが、お菓子好きの親分がそのように命名した。
振津は思い付いたアイデアを話し始める。
「滑り台が設置されて公園らしくなりましたが、住民の方々にもっと喜んでもらうには、公園に付き物のベンチがないと思います」
「おお、ベンチな。そりゃ、必要だわな。さすがプリッツ。高卒だから頭がいいな。ベンチはわしのような足腰が弱って来た年寄りには必需品だ。さっそく注文を出そうや。一番高いやつを五十個くらい揃えればいいだろ。公園の敷地に沿って、ズラッと並べようや。できるだけカラフルなものを頼んでくれ――他に公園を盛り上げるアイデアはないか?」
砂猫親分は四人の幹部組員を見渡す。
「へい。わしにも考えがあります」茂湯組員が手を挙げる。「公園に芝生を敷いたらどうでしょうか?」
組長付きの四人の中で最も背が高く、百八十センチを越える。顔も凶暴で、ほぼ妖怪だ。
「おお、モユユか」親分は茂湯(もゆ)のことをこう呼んでいる。アイドルのまゆゆとかめるるにあやかったのだろうが、なぜアイドルにあやかる必要があったのか定かでない。ヤクザの呼び名としてふさわしくないが、親分の意見には逆らえない。「モユユもいいことを言うなあ。さすが青魚が大好きなだけあって頭がいい。DHAの効果は抜群だな。芝生があったらピクニックもできるし、寝転べるし、子供が転んでもケガをしないだろう。よしっ、さっそく採用だ。公園全面を芝生にしろ。人工芝じゃないぞ、天然芝だぞ。もちろん、最高級の天然芝を買うんだ。芝生の管理も必要だろう。仕事にあぶれてる人を雇って、街の雇用にも貢献しようや――他にはどうだ?」
「はい!」法華組員が手を挙げる。「やはり公園には樹木がないと寂しいと思います。植樹をすべきではないでしょうか」
この男だけは組員に見えない。顔はいかついが髪を七三に分け、黒メガネをかけていて、ちょっとヤンチャな銀行員に見える。言葉遣いも丁寧だ。
仕事柄、こういう格好が必要なのである。
「おお、ホッケか」親分は法華(ほっけ)をこう呼ぶ。読み方のままである。「お前のアイデアもいいな。さすが、おふくろさんが保育士さんだけあって優秀だ。周りをぐるっとデカい木で囲んで、緑豊かな公園にしようや。夏になるとセミとかクワガタも来るだろう。昆虫の皆さんにも喜んでもらえるぞ。今のうちにクワガタとカブトムシの幼虫を仕入れておくか。もちろん、丸々と太った一番高い幼虫を買うんだぞ。幼虫は大事に取り扱えよ」
「芝生の管理と合わせて、木の管理人も雇えばどうでしょう」法華がさらに提案する。
「おお、そうだな。木の剪定は必要だ。伸び放題はみっともないからな。秋になると落葉拾いも大変になるな。どこからか腕のいい庭師を連れて来ることにしよう」
「それと、やはり公園に花が必要ではないでしょうか。花壇を作ればいいと思います」
「なるほど、その通りだ。ホッケは重ね重ねいいことを言うなあ。さあ、これだけ街に貢献すれば誰も文句を言うまい――それにしても、わしは優秀な組員に囲まれてうれしいぞ」
砂猫親分は頼もしそうに、チンパンジー顔で四人の子分を見渡した。
四人はジャンパー姿の親分と違って、ピシッとスーツで決めていた。洋服の青山で最も高いスーツであった。
砂猫親分は事務所内の壁を見上げた。そこには歴代の組長の写真が飾られている。いずれそこには自分の写真が並べられることになる。しかし、それはまだ先のことだ。それまでに組をもっと大きくして、地域に貢献しようと企んでいる。
「こうやって眺めると、歴代の校長先生の写真が飾られている校長室みたいだな――なあ、みんな」
親分は満足そうに頷くが、校長室と暴力団事務所を比較することに無理があることには気付かない。
歴代組長の凶暴な顔が事務所内を睥睨しているが、一人だけ温厚そうな顔の組長がいた。そんな穏やかな顔で、どうやって組長にまでのし上がったのか分からないが、力ずくでないことは確かだろう。頭が切れたのか、潤沢な資金を有していたのか、コネでもあったのか。
砂猫親分は三つとも備えてないが、まったく気にしていない。
交代で事務所に詰めている四人の幹部組員は自分たちの公園をよくするために、全員でアイデアを出し合った。
ボギーこと墓魏、プリッツこと振津、モユユこと茂湯、ホッケこと法華。
彼らこそが、泣く子がさらに号泣する砂猫組四天王であった。
「砂猫親分」法華が申し訳なさそうに発言する。「アイデアではないのですが……」
「おお、ホッケ、何だ。言いたいことはどんどん言えばいいぞ」親分は心が広い。
「砂猫組のイメージアップをするために公園の整備を始めたはずですが、街の人たちは、わしらが裏で動いてることを知らないと思います。公園の名前こそ砂猫公園と名付けてますが、この事務所には砂猫組の看板も出してませんし、これではせっかくの努力が水の泡のように思えます。何らかの手段を用いて、砂猫組をアピールすべきではないでしょうか」
雑居ビルの最上階にあるこの事務所は組の看板を掲げていない。最近は反社への風当たりが強く、住民の間から暴力団追放運動でも起こされたら困るからだ。
このビルを追い出されたら、行く当てがない。どこかを新たに物件を借りるのは大変だ。だから事務所はフロント企業の社名である株式会社サンドキャットという看板を出している。もし近所の人に訊かれたら、猫のトイレ用の砂の製造販売をしていると答えるように、親分は子分たちに言い付けている。
しかし、看板を真に受けて、ときどき事務所へ猫のトイレ砂や砂粘土で作った猫の置物を探しに来る住民がいる。そんなときはすかさず、顔の造りがマシで言葉遣いも丁寧な法華が応対をして、ここでは商品の企画をするだけで、販売は行ってないと説明し、入口で足止めした上、事務所内を見渡せないようにしている。
事務所内にはデカい神棚が設置されて、場違いな高級家具が並び、ネコのトイレ砂や置物とは関係のない提灯がたくさんぶら下がっているからである。どこから見ても暴力団事務所である。
「ホッケよ。いや、誰でもいい。陰徳という言葉を知っておるか?」
親分は四人を見渡すが、組員はお互いに顔を見合わせる。どうやら誰も知らないらしい。
「人間は徳分を積むことが大切なんだ。徳分を積むにはな……」砂猫親分の講釈が始まる。
四人はソファーに深く座る親分の前に横一列で立ち、親分の言葉を待つ。
「人が喜ぶことすればいい――分かるか?」
「へい!」四人は元気に返事をする。
「人が喜ぶことを、人が見ている前でやれば陽徳と言い、人知れずやれば陰徳と言うんだ。そして、陽徳よりも陰徳の方が、価値があるというわけだ」
「へい、分かりやした!」四人はきれいにハモる。
「つまり、親分。人知れず公園の整備をしているわしらは陰徳を積んでるということですね」
振津が挙手をして発言する。
「おお、さすがプリッツ! 高卒のインテリだから、理解が早いな。なぜ、こっそり動いているかというと、陽徳よりも陰徳の方がたくさん天に徳分を積めるからだ。まあ、大事なことは、人間は生きてる間にどれだけ徳分を積めるかだな」
四人全員は、だったらなぜヤクザなんかをやって、世間に迷惑をかけているのかという疑問を無理に飲み込む。それを言ってしまうと親分も自分も否定することになるからだ。
「さすが、親分、いいこと言いますね」「わしらも徳分を積まさせていただきます」と口裏を合わせて、口々におべんちゃらを言う。
いったいどの口が言ってるのかという、自分自身に対する疑問も口にしない。
「親分の下で働くことができて光栄です!」茂湯が叫ぶ。
親分は、まあそうでもないがなと言って、照れくさそうに、傷だらけの顔の前で、小指のない右手をヒラヒラと振る。残り四本の指にはすべてダイヤの指輪が嵌めてある。
「これからも子供たちにも愛される地域密着型の経済ヤクザで行こうや」
「へい!」子分の大きな返事に、頭上でイタリア製の重厚な高級シャンデリアが揺れた。天井の強度を高めてあるため、落ちてくることはない。
そのシャンデリアを見上げた親分が言った。
「そういえば、公園の周辺は暗かったな。街灯を設置しようや」
「親分、それはナイスアイデアです!」茂湯が持ち上げる。
「じゃあ、モユユ。お前が電力会社と交渉して、できるだけたくさんの街灯を立ててもらえ。なるべくデカくて明るいのを頼むぞ。公園内も飾りつけをして、クリスマスのイルミネーションみたいに輝く公園に変えてくれ。夜中にやってくるカップルも喜ぶだろう」
「へい、分かりやした!」
「最近何かと物騒だからな。暗い場所では悪い奴らが跋扈する。あたりを明るく変えて、悪者が出没しない健全な街にしようや」悪者自らがそんなことを言う。
「へい!」悪者どもが返事をする。
「何事も率先して行う。人生にはこれが大事なんだぞ」
「へい!」元気に返事をする。
四人の子分は自分を棚に上げる親分の説教にすっかり慣れていた。
その後、砂猫公園のさらなる改造は着実に行われている。
それを近所の子供たちがワクワクしながら見つめていた。
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
全員、手にドスを持っている。
御年七十歳の親分のために、ほとんど下半身は動かさない。足腰が衰えているため、転んではいけないからである。体力を消耗しないように、手だけを使ったパラパラのようなダンスである。しかし、さすが組織の人間。しっかり統制は取れている。
♪俺たちゃ、しょせん嫌われ者~
だけどゴキブリなんかじゃない~
カラスでもないし、ゲジゲジでもない~
生まれたときはかわいかった~
みんなと同じ人間だ~
小指はないけど義理がある~
学歴はないけど人情はある~
信用はないけど前科はある~
常識はないけど任侠はある~
ビュンビュン、ビュンビュン(ドスを振り回す音)
♪立派な公園を作ったぞ~
罪滅ぼしのために地域へ貢献~
しっかり遊べよ、子供たち~
すくすく育てよ、子供たち~
俺たちみたいになるんじゃねえぞ~
俺たちゃ、しょせんしがない反社~
俺たちゃ、しょせんしがないヤクザ~
誰が呼んだかアウトロー~
横文字にすりゃ良いってもんじゃねえぞ~
ビュンビュン、ビュンビュン(ドスを振り回す音)
♪♪♪♪♪
ある日、墓魏が事務所に入って行くと、砂猫親分が茂湯と法華によって、羽交い絞めにされていた。振津は床に転がっている。
「みんな、親分に何をしてるんだ!?」
「墓魏か、いいところに来てくれた」法華は親分の背中に喰らい付いている。「親分が公園デビューをしたいと言って利かないんだ」
「公園デビューだって!?」墓魏の声が裏返る。
「おお、そうだ」親分はすがるような目で墓魏を見る。「きれいになった公園に、わしも行ってみたいんじゃ」
「だからみんなお揃いの上下白のスーツ姿なんですか」
「そうだ。晴れのデビューだからな。近所の誰に見られているか分からん。粗末な格好じゃいかんだろう。だから、みんな白のスーツで揃えて、靴もピカピカの白いエナメル靴にしたんじゃ。もちろん何の武器も持っとらん。この通り、丸腰だぞ」
紺のスーツ姿の墓魏は白い四人を見て、唖然とする。
三人は訳も分からず、無理矢理こんな格好をさせられたのだろう。
「だがな、こいつらが反対しよるんじゃ」
後ろから押さえる法華と茂湯とを顎で示す。
小柄な振津は親分が暴れた拍子に突き飛ばされたようだ。
「親分、公園に行くのはまた後日ということにしてください」墓魏が諭す。「この格好では合わないと思います」
「ボギー、なんでだ!?」墓魏を睨みつける。味方をしてくれると思ったのに、裏切られたからだ。「うちの組の公園だぞ!」
床に転がっていた高卒インテリの振津が立ち上がって、親分を論理的に説得する。
「親分、全身真っ白な服装で凶暴な面をした五人組なんて、極道かチンドン屋のどちらかですよ。鳴り物を持ってないから、極道の方だとすぐにバレますよ。すると、この公園は良からぬ人たちが出入りしているとウワサを立てられて、子供たちを始めとして、誰も寄り付かなくなりますよ。せっかく人々が集まって、平和なひとときを過ごしているのに、今までの苦労が水の泡になります」
「――そうか」親分の体から力が抜ける。インテリに説得されたら勝ち目はない。「世の中は世知辛いのう」
羽交い絞めをしていた茂湯と法華は大人しくなった親分から離れる。
振津は白いズボンの汚れを掃いながら、さらに説得を続ける。
「親分、しばらく公園は賑わうと思います。その間はやめておきましょう。しかし、いずれ落ち着くと思います。落ち着いて、人もまばらになったら、地味な格好をして、みんなで早朝か夜間にでも行きましょう。その日が来るまで待っていてください」
振津が新たな提案をすることで、親分の公園デビューは延期となった。決して公園に行ってはいけないというのではなく、延期ということで親分も納得してくれたのだ。
うちの親分のわがままにも困ったものだと、胸をなで下ろす砂猫組四天王であった。
砂猫公園に派手な滑り台が設置されたと思ったら、またすぐに閉鎖された。
そうとも知らず、連日たくさんの子供たちが押し寄せていた。しかし、公園はぐるりと防音壁に囲まれていて、中がどうなっているのかが分からない。何かの工事をやっているようだが、中に入れないので管理人にも会えない。
毎日公園に通っても、なかなか進展がなく、がっかりしていた子供たちだったが、一週間後の日曜日に、親分の指示の下でリニューアルされた砂猫公園が再度お披露目された。
管理人の桃賀が入口で出迎える。いつもの灰色の作業着と灰色の帽子というスタイルだ。この日ばかりは桃賀老人のことを、二百歳を越えた妖怪と呼ぶ子供はいない。
公園は青々とした天然芝が敷き詰められていて、見た瞬間、言葉を失うほどの感動をしていたからだ。今まで雑草がチョロチョロ生えていただけの場所が青々として、草の香りを漂わせている。子供も付き添いの大人も、一面の天然芝なんてテレビでしか見たことがなかった。
そして、子供たちはこれが砂猫組のお陰だとは気づいていない。目の前にニコニコして立っている管理人さんが自分たちのためにやってくれたものと思っている。気難しそうだった管理人さんも公園が整備されてから、とても愛想が良くなった。
「モモンガさん、ボクたちのためにありがとう」子供たちは口々にお礼を言い、
「モモンガさん、子供たちのためにありがとうございます」大人たちもお礼を述べている。
桃賀は口々にお礼を言われてうれしそうだ。たとえ誰も本名を呼んでくれなくても。
あるとき、子供の一人がニックネームのつもりで、モモンガさんと呼び始めた。今では、子供はまだしも、大人までもモモンガさんと呼んでいる。桃賀と書いてモモンガと読むと本気で思っているからだ。桃賀自身も面倒なのか、モモンガと呼ばれても訂正をしないし、胸に付けている名札にはフリガナが書かれてなかった。
だから、砂猫公園の管理人さんはモモンガさんなのである。
派手な滑り台があるだけで殺風景だった公園は天然芝が敷かれ、新たにジャングルジム、シーソー、ブランコといった遊具が増え、たくさんの木が植えられ、五十基ものベンチが周りを取り囲むようにズラリと設置されていた。
しかも、すべてが高そうな物だった。
遊具のデザインはおしゃれで、原色がふんだんに使われていて、どう見ても外国製だし、ベンチは背もたれと金属製の肘置きが付いた高級品だ。
また、大きな樹木にはたくさんのLED電球が巻き付けられていて、枝葉はベテラン庭師によって、キリンやゾウといった動物の形に剪定されている。それらは夕方になると動物が光って浮き上がるという仕掛けになっている。
子供たちはまるでクリスマスみたいだと大はしゃぎしていて、早く日が暮れないかなあと空を見上げる子もいた。砂猫親分の思惑通りである。
小さな子供たちは芝生に寝転がり、遊具で遊び、お母さんたちは写真を撮りまくっている。
中には、家からお弁当とシートを持参して、さっそくピクニックを始めた気の早い家族もいる。
そんな家族のためにゴミ箱が十個も設置されていた。ゴミを投げ入れるたびにゴミ箱全体がLEDで赤く光るという無駄な機能が付いた英国製のゴミ箱である。砂猫組の事務所にあるゴミ箱の屋外用である。
ゴミ箱が赤く光ると知った子供たちが、空になったペットボトルや空き缶を次々と投げ入れて、はしゃいでいる。中には赤く光った瞬間を狙って、スマホを向けている人もいた。
管理人のモモンガさんこと桃賀老人は背中を少し丸めながら、腕を後ろに組んで、公園内をゆっくり歩いている。ときどきかけられる感謝の言葉には丁寧に頭を下げて対応をしていた。
「モモンガさん、これは快適ですよ」
新しいベンチに座っている老婦人に声をかけられた。
隣に夫らしき男性がニコニコして座っている。散歩の途中で公園に寄ったのか、あるいは公園内を散歩コースに変えたのか。見慣れない夫婦だが、こちらの名前というか、ニックネームを知ってくれている。
「真っ平なベンチじゃなくて、お尻と背中に合わせて、うまく曲がってるのですねえ」
夫人はベンチを手でコンコンと叩きながら感心している。
「座り心地がいいでしょう。外国から特別に取り寄せたものでしてね」
桃賀は同い年くらいの夫婦に笑顔で答える。
「お高かったのでしょう?」夫人が申し訳なさそうに訊く。
「いやいや私がお金を出したんじゃないです。値段は分りませんが、世の中には大変なお金持ちがいるものですな」
「あら、モモンガさんの公園じゃないのですの?」
「いやいや、私はただの雇われ管理人です。それにお金があったら、この年になるまで働いてませんよ。あなたたちみたいにのんびりと寛いでますよ」
「そうですか。私たちはてっきりモモンガさんが財産を投げ打って、この公園をお作りなさったと思ってました。立派な篤志家だと、夫と話していたところですのよ」
「――だといいんですがねえ」
桃賀が照れくさそうに答えて、三人で笑い出す。
そのとき、上空に一羽のハトが飛んで来た。
桃賀がときどきパンくずをあげている顔見知りのハトだ。
見慣れない天然芝に戸惑っているのか、なかなか下りて来ようとしないで、桃賀の頭の上をずっと旋回している。
「おーい、ハトよ、ハトよ。下りて来ても大丈夫だぞー」上空に声をかけていたとき、
「桃賀さん」後ろから、ちゃんとした本名で呼ばれた。
振り向くと、ジャンパー姿のみすぼらしい中年の男が立っていた。
「おや、シケモクさんじゃないですか」老夫婦から離れて、男に近寄って行く。
師家木と呼ばれた男が桃賀に頭を下げる。
「桃賀さん、ご無沙汰してます。公園がきれいになって、何よりです。これもすべて桃賀さんのご人徳の致すところとお見受けいたします。実は本日参りましたのは、お願いがありまして――この公園もあたしのシマにしてくれませんかねえ」
「いいんじゃないですか」
「いいですか!」
簡単に承諾を得られたので、逆に驚いている様子だ。
「はい、いいですよ。私の仕事の手間も省けますから」
「それはそれは、ありがとうございます」師家木は小さな体を折り曲げて、桃賀に礼を言う。「あのう、砂猫親分の方には……」
「私から言っておきましょう」
「いいですか! いや、桃賀さん、重ね重ね申し訳ないです」
師家木はペコペコと何度も頭を下げながら公園を出て行った。
手にはシケモクが入った小さなビニール袋と、空き缶が入った大きなビニール袋をぶら下げていた。
ハトは無事に舞い降りて、天然芝の感触を確かめていた。
一人の老女がエレベーターに乗って、小さなビルの三階に到着した。
腰の曲がった小柄な老女はあたりを見渡し、“脱出本舗”と書かれた半透明のドアを見つけると、気合を入れるように花柄の杖を握り直し、フッと息を吐き出して、ゆっくりと押して、中を覗き込んだ。
ドアに取り付けてあった来客を知らせるベルがガランと大きな音を立てたため、老女は驚いて身をすくめたが、紺のスーツ姿の女性事務員が近づいて、優しい声をかけてくれた。
「こんにちは、お客様。こちらへどうぞ」衝立の奥の席に案内してくれる。「只今お茶をお持ちいたしますので、おかけになって、しばらくお待ちくださいませ」
老女はイスに座ると、壁に張ってあるポスターを見ながら、事務員が来るのを待つことにする。
ポスターには若い男女が並んで微笑むイラストが描かれていて、その下には、“明るい明日へ”という文章が書かれていた。これでは何のポスターか分からない。微妙な問題であるため、わざと分からないように作ってあるのかと老女は思った。
戻って来た女性はテーブルに湯呑を置くと、さっそくファイルから資料を取り出した。
「二時にご予約をいただいていた加野様ですね」
「はい、そうです。加野です」老女は消え入りそうな声で答える。
「加野様、お待ちしておりました。私は脱出本舗の源田と申します。よろしくお願いいたします。仕組みはお電話でお話しした通りなのですが、何かご不明な点はございますか?」
「不明と言いますか、もう一度確認をしておきたいのですが……」
そう言って、加野が咳き込む。
「どうぞお茶をお召し上がりください」源田が微笑む。「ゆっくりで結構ですよ。分からないことをそのままにしておくのはいけませんからね。ちゃんと納得していただいてから、契約をさせていただきますので」
「はい、すいません」お茶を一口飲んだ加野が続ける。「電話で料金は百万円と聞きましたが、追加料金などはありますか?」
「それはございません。税込みでちょうど百万円となっております。一円たりとも増えることはありませんし、そのことは後ほどお渡しする契約書にもちゃんと明記されております」
「では、もし……、何と言いますか、うまくいかなければ、どうなるのでしょうか?」
「代金はお返しいたします」
「半分くらいとかですか?」
「いいえ、逆です。倍にしてお返しいたします」
「倍ですか!?」
「はい。加野様の場合、百万円ですから、二百万円にしてお返しいたします。このことも契約書には書かれております」
「なぜ、そんな倍にして返すようなことをなさるのですか?」半信半疑で訊く。
「私たちは真剣に、覚悟を持って、業務を遂行しております。安易に儲かるようなシステムですと、真剣さも薄れて、手を抜く社員も出てくるかもしれないからです。今のところ、そのような社員はおりませんが、こういうシステムにしておきますと、お客様も安心していただけるのではないでしょうか」
「分かりました。どうか、息子をよろしくお願いします」小さな頭を下げる。
「はい。必ずお連れしてみせます」源田は自信たっぷりに答える。
「あのう、具体的にはどのようにして、まさか手荒な真似は……」
「それは大丈夫ですよ。向こうには我々の同志が潜入しております。分かりやすく言いますと、スパイです。その者の手引きによって、密かに連れ戻すのです」
「そういうことですか」加野は驚くとともに、納得したようだった。
「他にご質問がございませんでしたら、ご契約とさせていただきたいのですが」
「はい、お願いします」加野は白髪の頭を下げると、ハンドバッグの中から印鑑を取り出した。
「では、契約書を持って参ります」
源田は席を立ち、事務所の奥へと向かった。
加野の一人息子が消息を絶ったのは、今から半年前のことだった。あちこちを探してみたが見つからず、警察に捜索願を出そうとしていたところ、本人から電話がかかって来た。
ある組織にいて、元気に暮らしているという。
しかし、決して無理に連れて来られたわけではなく、組織には自分の意志で入ったため、心配はいらない、また連絡するからと言って、電話は一方的に切られた。
組織とやらの名前と場所を聞いたので出向いてみたが、門前払いを喰らい、埒が明かず、困り果てて、慣れないスマホを使って、いろいろと調べているうちに、捕らわれた家族をあらゆる組織から奪還させるという会社に行き着いた。
“脱出本舗”という怪しげな社名だったが、電話で問い合わせをしたところ、応対もよく、料金体系もはっきりしていたので、依頼することに決めた。
加野は源田が持って来た契約書にサインをして、現金でちょうど百万円を支払った。
料金の百万円は年金を積み立てていたもので、銀行から下ろして来たばかりのお金だった。
契約の際には、もう一度詳しく、契約内容やクーリングオフのことを説明され、領収書もちゃんと二百円の収入印紙を貼って、割り印を押し、その場で渡してくれた。
「では、加野様。今日から三日以内にご連絡をいたします。いい報告ができると思いますよ」
微笑みながら約束をしてくれた。
「最後に加野様の担当を紹介しておきます」
源田が声をかけると、一人のスーツ姿の男がやって来て、目の前にドカッと座った。
「よろしくお願いします」男は低い声で挨拶をした。
「彼が施設に訪問して、息子さんを連れ出して来ます」
「えっ、そうですか!?」加野はその男の風貌に驚いていた。いかにも強引に連れ出して来るような雰囲気をまとっていたからだ。
それでも勇気を出して訊いてみた。
「あのう、お名刺はいただけませんでしょうか」
「名刺ですか。普通はお渡ししてないのですがねえ。まあ、かまわないですよ」
男はスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出して、加野の目の前に差し出した。
“脱出本舗 主任 法華 智行”
「主任の法華さんですか。何だか、ありがたいお名前ですね。どうぞ、息子のことをよろしくお願いいたします」加野は名刺を両手で受け取って、頭を下げた。
「ご心配なく。息子さんは三日以内にちゃんとお連れいたしますよ」
法華はやさしく話し掛けたが、目は笑ってなかった。
長年裏社会にいるため、目の奥が笑うことはなかった。
黄金色に塗装された教団本部の一階にある神々教の道場では、三十人ほどの作務衣姿の男女が等間隔に胡坐をかいて座っていた。背筋を伸ばし、一心に前を見つめている。
道場の隅では、一人の年配の男性が、座っている人々に目をくれることもなく、フローリングワイパーを滑らせて、静かに床の掃除をしていた。
室内には香が焚かれ、隣接する別の道場からは経を読み上げる声が聞こえてくる。エアコンが前と後ろに二台設置されているが、窓は一つもない。
しかし、他所の宗教団体と違って、神々教の道場には崇拝する人物=教祖様の真影は飾られてなかった。その代わりか、正面の小さな祭壇には黄金色に輝く観音像が安置されていた。
それは高さ約五十センチで“陽の観音像”と呼ばれていた。
砂猫組の事務所にある“陰の観音像”と対を成すものであった。
彼らが見つめる先では、同じく作務衣を着た男性が立って、話をしている。マイクを使っていないが、道場の後ろまで聞こえるくらいによく通る声をしている。
皆は紺色の作務衣を着ているが、この男の作務衣だけは濃い紅色をしていた。幹部クラスはこの色の作務衣を着用している。
男は穴田という名前で神々教の指導員の一人であった。
「ここには今まで坐禅をしたことのない方々に集まっていただいております。皆さんには今、一時間の坐禅を組んでいただきましたが、終わってみて、いかがでしたでしょうか?」
異常なほどに痩せた穴田は前に座っている男女の集団を見渡す。
よく磨かれたフローリングの上に裸足で座っている老若男女。
一人の若い男性が指名された。
「そこのあなた。座ったままで結構ですから、正直な感想を教えてください」穴田が鋭い視線を向ける。
「あっ、はい」若い男性が緊張した声で答える。「坐禅を組むのは初めてでした。一時間は長いと思ったのですが、終わってみれば短いと感じました」
「そうですか」穴田は無表情で答える。「他に何かを感じましたか?」
「最初は足が痛かったです。時間が経つにつれてだんだん慣れて来ました」
「そうですか。痛かったですか。他に足が痛いなあと感じた方はいらっしゃいますか? 挙手をお願いします」穴田は細い目で見渡す。
三十人ほどの男女のうち、二十人ほどが手を挙げた。
穴田はその中の一人の中年女性を指差す。
「そこのあなた。足の痛みの他に何か感じたことはありますか?」
「坐禅を始めてすぐですけど、痛みじゃないですけど、目をつぶっていたのですが、気のせいなのか分かりませんが、白い光が見えた気がします。この光は何なのだろうと考えているうちに、時間が来ました。私の見間違いならすいません」女性は緊張しているのか、しどろもどろになりながら話す。
「同じように白い光が見えた方はいますか?」穴田が信者に訊く。
今度はほとんどの男女が手を挙げた。
「どうやら、あなたの見間違いではないようですね」先ほどの女性に目を向ける。「では、今の女性と同じように、この白い光は何だろうと思っているうちに時間が来てしまった方はいらっしゃいますか?」
さっき手を挙げた人たちのほとんどがもう一度挙手をした。
それを見た穴田はまた無表情のまま話し出す。
「その光の正体は何なのか。それは各個人で変わってくるのです。その人の悩みであったり、苦しみであったり、逆に喜びであったり、夢や希望であったりします。そういった思いが形として顕現したものが白い光です」ここで穴田の細い目は一段と鋭くなる。「しかし、そんなことに囚われていてはいけません。座禅中は頭の中を空っぽにしなければなりません。一時間は長いという思い。足が痛いという思い。白い光は何だろうという思い。すべて、思いに囚われてます。何も思わない。思わないということも思わない。何も感じない。感じないということも感じない。それが大切なのです」
作務衣姿の男女は各々が頷いた。思い当たる節があったからだろう。
「皆さんが初めての坐禅を無事に乗り越えたことを教祖様にはちゃんと報告しておきます。各自、このまま十六時まで修行を続けてください」
幹部の穴田はそう言うと静かに道場を出て行った。
♪♪♪♪♪
信者が道場の中で歌って、踊り出す。
作務衣は軽くて動きやすい。ダンスに持って来いだ。
何人かは手に木魚を持っている。
♪家を捨てて出家した~
親を捨てて出家した~
恋人を捨てて出家した~
友を捨てて出家した~
ペットを捨てて出家した~
車もパソコンも貴金属も置いてきた~
ポクポク、ポクポク(木魚の音)
♪だから、もう後へは戻れない~
雑念を打ち消すために慣れない坐禅~
妄想を追い払うために難しいお経~
欲望に打ち勝つための苦しい断食~
神に近づくために今日も修行~
明日もあさっても一年後もずっと修行~
修行は続くよ、永遠に~
ポクポク、ポクポク(木魚の音)
♪♪♪♪♪
穴田幹部から教祖様へ、初めての坐禅を乗り越えたことを報告しておくと聞いて、道内は一時ざわめいた。みんなが憧れている教祖様だったからだ。
ふたたび坐禅を始める者。教祖の書籍を読む者。教祖のテープをヘッドホンで聴く者。
歌と踊りが終わったところで、静かな道場の中ではそれぞれの修行が再開された。
「加野さん、修行は進んでますかな?」
最前列で座禅を組んでいた加野が顔を上げると、年配の男性がフローリングワイパーを片手に立っていた。なぜか、フローリングワイパーは二本持っている。
「これは八丈島さん、いつもお掃除をありがとうございます」座ったまま頭を下げる。
いつも教団内のあちこちで清掃をして回っている老人だが、着ている作務衣は濃い紅色だった。つまり、八丈島も神々教の幹部なのである。幹部にもかかわらず、あえて清掃といった雑用を行っている。
これは下坐行と呼ばれ、傲慢な心を取り除き、己を磨くといった修行なのだが、八丈島が幹部という地位にいながらも、こうした雑用を率先垂範している。また性格が穏やかであり、気軽に話しかけやすいということで、クールで不愛想な穴田幹部と違い、信者からは絶対的な信頼を得ていた。
「加野さん」八丈島がフローリングワイパーを一本、目の前に差し出した。「教祖様から玄関の清掃の許可が下りました」
道場にいるすべての信者の目が加野の背中に向いた。それは羨望の眼差しであった。
玄関は教団施設の顔と言える。
玄関を覗いて、入信するかどうかを決める人もいる。
また、すでに信者となっている者からすると、玄関は外部の気が最初に通る神聖な場所であり、玄関から入った気が浄化され、五階建ての神々教の本部施設を上に向かって昇って行くための重要な出発点でもある。そして、施設の最上階には教祖が住んでいた。
それゆえに、玄関の清掃は限られた信者にしかやらせてもらえない。
それは加野の修行が進み、教祖が認めたということを意味する。たかが掃除であったが、信者にとって玄関の清掃担当は大変名誉なことであった。
加野は驚いて、立ち上がり、震える手で八丈島からフローリングワイパーを受け取った。
なぜフローリングワイパーを二本持っていたのかが分かった。
一本は僕のためだったのだ。
ふと、祭壇に立つ、陽の観音像に目が行った。
あの陽の観音像はレプリカだと聞いている。レプリカの陽の観音像は教会本部の各階に設置されていて、信者は誰でも祈りを捧げることができる。
しかし、本物の陽の観音像は教祖様のすぐそばに置かれていて、一般信者は崇拝どころか、見ることも叶わない。最上階に上がることができるのは幹部信者だけだからだ。
加野は不安げに八丈島へ目を向けた。
八丈島は緊張しないようにと言いたげに、やさしい眼差しを加野に送り返した。
「山賀さん、修行は進んでますかな?」
「ああ、これは八丈島さん、お疲れさまです」
老舗の高級旅館のような神々教の玄関の受付には山賀弥生が座っていた。半年前に入信したばかりの若い女性だ。幹部から声を掛けられたので、あわてて立ち上がろうとする。
「いや、そのままでいいですよ」八丈島が柔和な笑みを浮かべる。
「お声をかけていただきまして、ありがとうございます」深々と頭を下げる。「少しずつ受付業務にも慣れてきました」
「ほう、そいつはいいですな。受付も立派な修行ですよ。簡単なお仕事と思わんで、しっかり励んでください」
「はい、それはもう、簡単とは思ったこともないです」
いつも八丈島の下坐行を間近に見ているため、一日中受付に座ることも苦ではない。
「ひっきりなしに来客があって、気も抜けず、緊張する日々が続いております」
「山賀さん、これからも頼みましたよ。さて、今からここを加野さんが掃除をします」
「えっ、教祖様の許可が下りたということでしょうか?」
「そういうことです」
「加野さん、おめでとうございます!」
山賀は八丈島の陰に隠れるように立っている加野に目をやる。
加野はフローリングワイパーを手に、緊張した面持ちで立っていた。彼は同じ頃に神々教へ入信した、いわば同期のような存在のため、親しみを感じている。教祖様から玄関の掃除という大役を授かったと聞いて、自分もうれしくなった。
「ありがとうございます」加野も山賀に向けて、うれしそうに答える。
「――ということで、三十分ばかり玄関を空けて、加野さん一人にしていただきたいのですよ。玄関の清掃は静かに行う一人修行ですからな」
「はい、承知しております。その間、私は道場で修行をしていればいいですね」
「そういうことです――では、加野さん。掃除が終わりしだい、私に声をかけてください。掃除の出来栄えを教祖様に報告しなければなりませんので」
「はい、がんばって磨き上げます!」
「それでは加野さん」八丈島は腕時計を見る。「あと五分で十四時になります。十四時ちょうどになりましたら、清掃を始めてください。時間は三十分しかありませんから、手際よくやるのですよ」
「はい、分かりました」
加野も自分の腕時計を見て、時間を確認した。
玄関には大きな絵画が掛けてあり、あちこちに高そうな壺が置いてある。清掃時間はわずか三十分しかないが、これらを傷付けないよう慎重に取り組まなければならない。
八丈島は受付の山賀を連れて玄関から出て行った。
ドアを閉めると外から、御用のある方は右の臨時出入口へお越しくださいと書かれたプレートを取っ手に下げた。中から加野がサッとカーテンを閉め、一般人が中を覗けないようにして、玄関清掃の修行が始まった。
ちょうど十分後、鍵がかかっていたはずの玄関のドアが開いて、三人の全身黒尽くめの男が入って来た。驚いて手を止める加野。
「加野三紀彦さんですか?」一人の男が訊いてきた。目が鋭い。
「はい、そうですが、あなたたちは?」怯えた目で訊く。
「ちょっとお付き合いいただきたいのですが」
「只今教祖様に言われて玄関の掃除をしてますので、御用がございましたら……」
「我々はその教祖様よりも大事な人から頼まれて、ここにやって来たのですよ」
「そんな人は……」
「いますよ。あなたのすぐ身近にね」
加野はフローリングワイパー一本を残したまま、教団本部の玄関から忽然と姿を消した。
ここのところの砂猫親分は上機嫌だった。
地元住民に喜んでもらうと高いお金をかけて整備した砂猫公園が大反響で、カラフルな古城滑り台を始めとする高級遊具は今も行列が絶えないからだ。公園内に管理人の桃賀以外ほとんど人影が見当たらず、閑散としていた日々が懐かしく思えるくらいだ。
父祖伝来の公園が新たに蘇り、あの世の諸先輩方も大いに喜ばれていることだろう。
そして、親分はついに公園デビューを果たした。
公園の賑わいが落ち着いたら、行きましょうと振津に言われていたのだが、一向に落ち着きを取り戻さず、いつも多くの人で溢れている。有り難い話だが、これでは埒が明かない。今行かないと、永遠に公園デビューできないのではないかと子分どもに提案した。
結局、親分は振津と二人だけで、夜遅くに行くことになった。
夜といっても公園の周りには多数のフランス製高級街灯が点灯していて、親分が希望した通り、クリスマスのイルミネーションのようになっている。夜中の一時に自動で消灯するが、それまでに写真を撮ろうとする若者で公園の中も周辺も溢れていた。
ここに、派手な全身白尽くめファッション五人組が現れると、夜間とはいえ、目立ってしまう。だから黒っぽい地味な服装をして、小柄な振津だけを連れて来た。
「プリッツよ。夜間でこれだけ混んでるのだから、昼間は相当な賑わいなんだろうな」
親分はカナダ製の高級ブランコに乗って、のんびりと揺られている。
「そりゃもう大変で、桃賀さんも忙しそうです」
隣で振津もブランコを漕いでいる。
「そうだろうな。山の日と海の日が一緒に来たようなもんだろ。落ち着いたら、桃賀さんのところにも陣中見舞いに行くとするか」
二人はすっかり変わってしまった公園を感慨深げに眺めている。
「子供たちが大声を上げながら公園で遊ぶ光景なんか、近頃はすっかり見なくなったな」
「はい。家に閉じこもって、ゲームなんかをやってるようですから」
「昭和の時代は街のあちこちから子供たちの遊ぶ声が聞こえておったがな。そう考えてみると、この公園の果たす役割は大きいな」
「砂猫組が代々、命がけで守ってきた土地ですから、有効に活用できて、歴代の組長も喜んでおられることでしょう」
「そうだな。この公園を踏みにじる奴は許さんぞ――プリッツよ。先輩の極道者が命がけで守ってきた土地なら、わしらも命がけでここを守っていこうや」
「へい!」
地味な服装のオッサン二人が喧騒の中でブランコをゆっくりと漕いでいる。
二人の正体を知らない若者たちが周りでフランス製高級街灯の写真を撮っている。
公園には両者の温度差を吹き飛ばすくらい心地いい夜風が流れていた。
そして今、さらにうれしいニュースが事務所に飛び込んで来た。
「親分! 親分! 大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「おう、どうしたボギー!」昼寝をしていた親分が、墓魏のデカい声で目を覚ました。
「砂猫公園がイチゴ幼稚園のお散歩コースに採用されました!」
「なんだと!」砂猫親分はあわてて高級ティッシュで口元のヨダレを拭うと、「ようやった、ボギー!」立ち上がって、墓魏に駆け寄ると、ヒシっと抱きしめた。
抱きしめながら、丸めたティッシュを英国製のゴミ箱に投げるが、いつものように入らない。後でいつものように墓魏が入れることになるだろう。
イチゴ幼稚園はこの街で一番のエリート幼稚園である。
入園するには保護者面談も含めて、数々の試練を乗り越える必要があった。ゆえに、砂猫公園が園児たちのお散歩コースに選ばれるとは大変名誉なことであった。
「確か、ボギーがイチゴ幼稚園へ直接交渉に行ってくれたんだな」
親分は墓魏の両肩に手を乗せて、目を見合わせながら尋ねる。
心なしか、親分の目はうるんでいる。
「へい。ワシはこの通り、おっかないツラですから、先生方に何と思われるか心配だったので、マスクをして、帽子を被って行ったのですが、このご時世ですから、マスクをしていても怪しまれず、快く承諾していただきました」
「先生方に怖がられなかったのは、お前の演技力の賜物というわけだな」
「へい。言葉遣いだけに気を付けていればよかったです」
「そうか。中学時代、演劇部に所属していただけのことあるな」
「へい。文化祭の演目は桃太郎でした」
「おお、主役の桃太郎の役か!」
「いいえ、キビ団子を売る屋台のオヤジの役です。一週間で先輩をブン殴って退部しましたけど」
「一週間も行けば上等じゃねえか――なあ、みんな」
周りに集まっていた茂湯、振津、法華の三人はウンウンと頷く。三人とも学生時代は帰宅部だったため、たとえ一週間でも何らかのクラブに所属していたというだけで、墓魏に尊敬の眼差しを向けている。
「墓魏は我々砂猫組四天王の中で最も忍耐力がありますから、一週間も続いたのでしょう」
茂湯が褒めてあげる。
「そんなことはねえよ」墓魏は照れくさそうにしながらも、さらに重大な発表をした。
「親分。実は他にも喜ばしいことがあります」
「おお、なんだ。どうしたボギー」
「昨日、イチゴ幼稚園の先生たちが園児を連れて砂猫公園の下見に行ったそうですが、そのときに撮った写真が、“月刊すてきな幼稚園”の表紙に掲載されることが決まりました」
「何だとー!」嬉しさに興奮した砂猫親分の声が裏返った。「ボギー、お前はなんて素敵な組員なんだ。反社歴五十三年のわしが今まで出会った組員のベスト三に入るぞ!」
“月刊すてきな幼稚園”と言えば、創刊六十年を誇る、日本を代表する教育系雑誌である。国民の誰もが知っていると言っても過言ではない。全国のエリート幼稚園児はこの雑誌とともに成長したと言えよう。購買者は若いセレブのお母さん方である。ゆえに、表紙に取り上げられるのは、大変名誉なことなのである。知名度においては、表紙のモデルが毎回レモンを持っているあの雑誌に引けを取らない。
「こりゃ、ひな祭りと子供の日が一緒に来たようなものだな」
砂猫親分がこう言って、はしゃぐのも無理はなかった。地域の皆様に愛される砂猫組にまた一歩近づいたからである。砂猫公園の知名度が全国区となるからである。草葉の陰で先輩ヤクザの皆様も大喜びと言うものだ。
「考えてみれば、最近のわしらは肩身の狭い思いをしてるからな」親分はチンパンジー顔で語り出す。「組の名刺を出して挨拶をしただけで、脅迫だと言われて、逮捕されるんだぞ。あまりにも理不尽じゃないか。自己紹介をして捕まるのなら、転校生はどうなるんだ――なあ、墓魏よ」
「へい。わしも転校生だけにはなりたくありません」
「そうだろ。わしも転校生にはなりたくないぞ。しかし、そんな世知辛い世の中だが、やっとわしらにも追い風が吹いて来た。みんなに愛される公園を完成させることで、時代がわしらに追い付くというもんだ」
これからますます公園に来る人が増えるだろう。全国各地から押し寄せるのではないか。
ニヤニヤが止まらない親分は法華と目が合った。
「そう言えば、ホッケの方はどうなんだ?」親分は法華を見る。
「先日、一人の男の脱出に成功しました。何も問題はない簡単な仕事でした」法華は当然のように話す。
「おおそうか。そちらもうまくいってるわけだな。公園にかなりの金を注ぎ込んだから、現金で百万円が入ってくるのはデカいな」思い通りに事が運び、親分の顔はニヤついている。
脱出本舗の主任としての法華のシノギは順調である。
神々教に入信して、家に帰らなくなった信者を一人連れ戻して百万円である。中には友人同士で入信している連中もいて、まとめて脱出させることで、四百万円、五百万円と大金が入って来ることもある。
いったん連れ戻したが、再び信者として戻って行くケースもある。また依頼されたら、また連れ戻すだけである。こうしたリピーターを何人か抱えている。法華はお得意さんと呼んでいるが、依頼者の前では決して口にしない。
連れ戻された本人はどう思っているのか分からないが、これだけの大金がかかっても、依頼主である家族からは感謝されている。
地域の方に喜んでもらえるし、金も入って来る。一石二鳥である。
砂猫親分も鼻高々である。
親分の法華にかける思いは熱い。組の資金源と言ってもいいからだ。
「これからも頼むぞ、ホッケ。我が組の未来はお前にかかってると言っても過言じゃないぞ」
「はい。奴らが壊滅するまでやり抜きますよ。この街のダニを退治してやりますよ」
法華がニヤリと笑った。
自分たちも街のダニだという自覚はない。
しかし、好事魔多し。
翌日、振津によって事務所へ悪いニュースがもたらされた。
「いなくなった!? どういうことだ、プリッツ!」砂猫親分の怒鳴り声が事務所に響く。
「わしの舎弟なんですが」振津がうなだれて言う。「三人ともいなくなりました」
「三人揃ってか。男同士で駆け落ちか? まさかな。心当たりはないというのか。こりゃ、十三日の金曜日と仏滅が一緒に来たようなものだな」
小さな砂猫組にとって、組員三人の離脱は大きい。新たな組員の補充は大変だからだ。まさか、ハローワークに頼むわけにはいかないし、求人広告も出せないし、電信柱に求人募集のチラシを貼り付けるわけにもいかないし、チンドン屋に頼むわけにもいかない。ネットに正組員募集などと書き込めば、警察のサイバーパトロール隊に摘発されてしまう。
仕方なく、口コミで探し出すしかないのだが、小さな組に属する少ない組員の人脈などはたかが知れている。
「うーん」砂猫親分は天井を仰ぐ。「もしかしたら、奴らにやられたかもしれんな」
奴らとは、法華が信者を次々と脱出させて、壊滅させようとしているカルト教団神々教である。
「意趣返しをして来やがったかもしれん」
法華が脱出本舗を使って教団の信者を家族の元へ取り返すように、神々教団は砂猫組の組員をやめさせて、その一部の人間を教団の信者として取り込んでいるのである。
この狭い地域で、この大きな二つの組織は長年に渡って、トラブルを繰り返して来た。
しかし、三人揃って組員を奪われたのは初めてだった。
まだ若い組員であり、これからの将来も嘱望されていたのだが、共同生活をさせていたマンションに振津が行ってみると、もぬけの殻だったという。
「よし。神々教団に反撃しようや」砂猫親分が静かにつぶやいた。
砂猫組四天王はマズいと思った。
――親分がマジで怒ってる。
いつも天然で、とぼけてる親分だが、このように闘志を胸に秘めたときは怖い。
親分がマジで怒ると必ず死人が出るからだ。
どうか、親分の機嫌が直りますようにと、子分たちは思った。
一晩明ければ、すっかり忘れてくれてないかと期待した。
御年も七十歳となり、しだいに物忘れが顕著になってきた。その老齢化に期待したのだ。
しかし翌日、忘れるどころか、昨日の記憶をはっきりと呼び覚ますがごとく、さらに親分の神経を逆撫でする出来事が起きた。
「親分、大変です!」墓魏がデカい体で事務所に駆け込んで来た。
「おお、ボギーか。お前はいつも大変だな。今日はどうした?」
昼寝を邪魔されても、最近の親分の機嫌はよく、怒ることはない。
三人の組員がいなくなったことも忘れているかもしれないと子分たちは安堵した。
親分はティッシュで口元を拭いながら、墓魏の話を待った。
しかし、墓魏は最悪のニュースを持って来ていた。
「神々教団の連中が教団の隣の空き地に公園を作りました」
「何だと! うちの砂猫公園に対抗して作ったというのか!」
「へい。おそらく、そうじゃないかと思います。神々公園と名付けてます」
「なに! やりやがったな!」
砂猫親分は怒りに任せて、丸めたティッシュを英国製のゴミ箱に向けて投げつけた。それは奇跡的に入り、LEDでゴミ箱全体が赤く点滅した。
こんな時にくだらない機能が稼働しやがってと、砂猫四天王はゴミ箱を睨みつけた。
そして、もはや誰も親分を止められないと四天王は思った。
何といっても砂猫公園は先々代から所持している土地に作られた神聖な公園である。そんな公園に対抗するということは、歴代の組長や組員に盾突くようなものである。
「神々教団は我が砂猫公園を蹂躙しようと目論んでおるのか!」
親分がチンパンジー顔を真っ赤にして怒るのも無理はない。
これから何が始まるのか分からない。
組の存亡を賭けた戦いが始まるのかもしれない。
しかし、せめて神仏にはお祈りをしておこう。
四人の幹部組員は神棚に向かって、小さな声でお願い事を言う。
親分は高齢になり、最近は耳が遠い。多少ブツブツと唱えても聞こえないはずだ。
「天照大神様、陰の観音像様、どうかわしらにご加護をお与えください。神々教団をコテンパンにやっつけてください。願わくば、教祖をぶっ殺してください。しかし教団を完全になくしてしまうと、脱出本舗の仕事がなくなりますので、ちょっくら手加減を加えてやってくださいまし」
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
今回も親分が転ばないように上半身だけのダンスである。
しっかり地に足を付けている。
全員両手に小さな提灯を持っている。
音楽は流れないが、アカペラでも踊れる。
♪俺たちゃ、道を極めし極道者~
日々歩むは任侠道~
降りかかる火の粉は振り払う~
振り払わなきゃ、燃えちまう~
たとえ相手が誰であろうと~
神であろうと仏であろうと~
ぐっちゃぐっちゃのコテンパン~
分子のレベルに粉砕し~
宇宙の果てまで吹き飛ばす~
ひゅんひゅん、ひゅんひゅん(提灯を振り回す音)
♪ここで逃げては男がすたる~
背中を見せるのは小心者~
目を逸らすのも小心者~
真正面からぶつかって行く~
正々堂々と立ち向かう~
当たって砕けろが俺たちの信条なのさ~
背負ってる看板はデカいのさ~
看板にケチ付ける奴は許さない~
宇宙の果てまで吹き飛ばす~
ガガーリンもびっくりだ~
ひゅんひゅん、ひゅんひゅん(提灯を振り回す音)
♪♪♪♪♪
砂猫公園の中央には大きくて派手な滑り台が鎮座していたが、その隣にできたのはジャングルジムである。
こちらも滑り台に負けないくらい大きい。安全上、高さはそんなにないが横幅が長い。もちろん見栄を張った高級品だ。ジャングルの本場であるアマゾンの会社から買ったものだ。もちろん配送もアマゾンがやってくれた。こんなに大きいのにすぐに届くとはさすがアマゾンだ。
ジャングルジムの端から端まで地面に足を付けないように移動して行くという遊びを、子供たちがさっそく考え出して、競争している。子供たちはすぐに新しい遊びを思い付く。それは昭和の子供たちだけでなく、令和の子供たちも同じだった。
このジャングルジムには奇妙な仕掛けがあった。側面にたった一つだけ、車のハンドルが取り付けてあるのだ。何の変哲もない丸くて黒い本物のハンドルだ。
「これを回したらどうなるの?」小さな男の子がお父さんに訊いている。
「うん? ちょっと待ってよ。何だこれは?」お父さんは恐る恐るハンドルに触れてみる。
「普通のハンドルだな。回すとどこかが動くのか?」ジャングルジムを見渡しながら、ゆっくり右方向へ回してみる。「何も起きないな。じゃあ、逆か?」次は左に回してみる。
やはりジャングルジムには何の変化もない。
クラクションを押してみるが音はしない。配線らしきものは見えない。
お父さんは顔を近づけて、ハンドルとジャングルジムの接合部を見ている。
「ジャングルジムのポールに穴を開けて、ハンドルを挿しただけのようだなあ。動かしても、何も引っかからないしなあ。何だろうねえ」息子に語りかける。
しばらく、ガチャガチャと動かしていたが、
「このハンドルは、ただここに取り付けてある飾りだ」と結論付けた。
「ええっ、何のために?」
「うーん。お父さんは分からないなあ」首を捻る。「でも危険じゃないようだから、回してもいいよ」
「爆発しない?」
「それは大丈夫だ」
「よーし!」
男の子は両手でハンドルを持つと、ブーンブーンと車の運転ゴッコを始めた。プップーとクラクションも口で鳴らす。キーッというブレーキ音も口で真似てみる。
いつもお父さんが運転している本物の車のハンドルは触っちゃいけないと言われている。でも、これは触り放題だ。お父さんの言うとおり、何も怖いことは起きない。
いつの間にか、後ろに行列ができていた。みんなもハンドルを回したいのだ。
お父さんに促された男の子は名残惜しそうな顔をしながら、他の子供と交代し、ジャングルジムから離れて、巨大シーソーへ向かって歩き出した。
一週間後、そのハンドルは忽然と消えていた。
ハンドルが取り付けてあった箇所にはハンダ付けがしてあり、穴がすっかり塞がれていた。
いったい何のためのハンドルだったのか、誰にも分からなかった。
飛鳥井教会では毎週土曜日にバザーが行われていた。
敷地内にテントを張り、近所の特養老人ホームに入居している人たちが手作りした品物を並べて、委託販売をしている。
ほとんどは五百円以内で買える小物入れや財布やエコバッグなどの実用品である。このホームの高齢者は男女問わず、手先が器用な人が揃っていて、利益は教会と主催者と製作者で三等分している。
今日も教会は朝からたくさんの人で賑わっていた。多くは近所の人たちだが、中には遠方からわざわざ車でやって来る人もいる。何度かテレビでも取り上げられたことがあるため、たくさんの人に知られている。
バザーは三人の中年女性スタッフで運営されているが、ひときわ大きな声で接客をしているのはリーダー格の恵子さんである。みんなからは恵子おばちゃんと呼ばれている。年齢は五十代前半。ピンクのエプロンをして、小太りの体をフル稼働させながら、テント内を走り回っている。
夕方からはしだいに学生の姿も目立つようになって来た。近所の高校の部活帰りの生徒たちだ。
制服姿の女子高生が商品を手に取って、カバンから取り出したスマホと見比べている。
「どうですか。素敵なスマホケースでしょう」
「あっ、恵子おばちゃん、こんにちは」
常連客のため、お互いは顔見知りである。
「今使ってるのは百均で買ったものですけど、イマイチで」スマホケースを見せる。「クラスに同じ物を持ってる人もいるし、これはどうかなと思って」
「それはオリジナルだから、友達と重なることはないよ」
「そうですよね」
それは一つずつ手作りされたもので、同じ物はない。同じ柄にならないように作られているからである。ただ値段が安いというだけでは売れない。そもそもバザーで売ってる物は安いからだ。値段以外にも付加価値を付けないと買ってくれない。世界に一つしかない物を作れば、買ってくれるというわけだ。
「サイズを合わせてみてね」恵子おばちゃんが優しく言う。
機種によって大きさも変えてある。
結局、女子高生は布製の手帳型スマホケースを一つ買ってくれた。今使ってるケースも捨てずに使うらしい。
「その日の気分によって変えます」うれしそうに言う。
「いいねえ。もったいない精神だねえ」恵子おばちゃんもうれしそうだった。「そうやって物を大切にしてるんだから、あんたはいいお嫁さんになるよ」
♪♪♪♪♪
バザーを主催する三人の女性スタッフと客が教会の前で歌って、踊り出す。
年齢層は高校生からおばちゃんまでバラバラだが息は合っている。
さっきの女子高生も加わっている。
手には教会でも使われている小さなステンドグラスを持っている。
道行く人が立ち止まって、怪訝そうに見ているが気にしない。
こちらには神のご加護がある。
♪はい、いらっしゃいませ~
ここは何でも揃う教会バザーだよ~
テレビでも紹介されたよ~
おじいちゃん、おばあちゃんが心を込めて作ったよ~
小さな物から大きな物まで~
かわいい物ばかり~
便利な物ばかり~
ここでしか手に入らないオリジナル商品ばかりだよ~
アーメン~
キラキラ、キラキラ(ステンドグラスを反射させる)
♪全部手作りだから温かい~
品質がよくて、とても安い~
丈夫で長持ち、コスパもバッチリ~
採算度外視のバザーだよ~
このステンドグラスも売ってるよ~
この世のものとは思えないほど美しい~
あの世の天使も持ってるよ~
会ったことないけど、きっと持ってるよ~
アーメン~
アーメン~
キラキラ、キラキラ(ステンドグラスを反射させる)
♪♪♪♪♪
スマホケースを買って帰る女子高生を目で追っていた男がいた。砂猫組の茂湯組員だ。三つ揃えのスーツ姿はこの場で浮いている。それでなくても、百八十センチを越える長身である。目立ってしょうがない。うつむいて、ほぼ妖怪のような顔面を隠している。
「よお、恵子おばちゃん。相変わらず繁盛してるな」
低い声で、商品の補充をしている恵子おばちゃんに話しかけた。さっきの女子高生が帰るタイミングを待っていたのだ。すぐに帰ると思ったら、歌と踊りが始まって、さらに待つことになってしまった。
「あら~、茂湯さん、お久しぶり。おかげさんで今日も大繁盛よ」
「あんな女子高生も買って行くのか?」
「そうよ。ほら、見て」
恵子おばちゃんは並べている商品を指差す。とてもカラフルな色のものが多い。
「作ってる人が高齢者だからか、茶色とか灰色の物が多かったんだけど、学校帰りに寄ってくれる子供たちのために、派手な色の物も作ってもらってるのよ」
赤いポーチや黄色い小物入れが並んでいる。
「ちょっと派手過ぎるかなと思ったのだけど、それがけっこう評判でね。もう、売れまくってるわよ。茂湯さんもいかが? この紫色の化粧品入れなんかいいわよお」
「いや、俺に化粧する習慣はないし、紫色は嫌いだ」
茂湯はさりげなく、左右を見渡す。
他の二人の女性スタッフは接客で忙しそうだ。
お客さんも掘り出し物を見つけるのに忙しそうだ。
「また恵子おばちゃんに仕事を頼みたいんだが」悪相を近づける。
「いいわよ。告解部屋で待っててくれる?」笑顔が返って来る。
「ああ、分かった」
恵子おばちゃんは二人のスタッフに声をかけた。
「打ち合わせがあるから、ちょっと席を外すわね」
茂湯は先に教会の中へ入って行った。
神々教団の玄関先にロケット弾一発が着弾した。
神聖な場所とされる玄関は半壊し、受付に座っていた山賀弥生が飛んで来たガラスの破片で腕を負傷した。また、教団の近くを歩いていた三人の一般人も飛んで来たコンクリートの破片で軽傷を負い、そばに止めてあった配達中のトラックのフロントガラスにヒビが入った。
ロケット弾は百メートルほど離れた道路に違法駐車されていた車の後部トランクが開いて、自動的に発射されたものだった。
地元の警察は暴力団砂猫組とカルト教団神々教が、以前から小競り合いを繰り返していることを把握していた。しかし……。
暴力団がこんな手の込んだことをするのか?
暴力団だったらトラックで突っ込むだろう。
その前に、タイマーを設置して自動でロケット弾を飛ばせるくらい頭のいい奴が砂猫組にいるわけないだろう。
あの組では高卒の組員がインテリ扱いされてるんだぞ。
一週間だけ演劇部にいた奴が尊敬されるんだぞ。
だったら、過激派の犯行だろう。あいつらは高学歴で頭もいい。
いや、犯行声明が出ていない。奴らなら自分たちの仕事を誇示するだろう。
そもそも教団を標的にする動機は何だ?
カルト教団は何かとトラブルが多いからな。
だが、ここまで派手にやるとは相当の怨みがあってのことだろう。
警察内部でも様々な意見が飛び交っていた。
教団入口では警官と信者がもめていた。
警察が玄関に黄色いバリケードテープを張って、現場検証をしようとしているのを、数人の作務衣姿の信者が阻止しているのだ。
「神聖なる玄関に一歩たりとも入ることは許されません」
中年男性の信者が両手を広げて、通せん坊をしている。その後ろでは、穴だらけの床や崩れ落ちた壁や、割れた窓ガラスの破片などを、ホウキとチリトリで片付ける数人の信者の姿がある。
すでに黄金色の教団本部を数台の警察車両が取り囲み、パトランプを点滅させ、警察官が玄関先に集合していた。
その中から頭一つ高い捜査員が信者の前に歩み出て、警察手帳を示した。この事件現場で陣頭指揮を執る佐々川である。
「私たちは見ての通り、警察です。現場に入らせてください。令状はこの通りです」
捜査令状を広げて信者の目の前に突き出す。
「いいえ、たとえ警察でも無理です」
信者は令状が目に入らないかのように顔を背け、通せん坊の格好のまま、両手を下さない。
隣にもう一人の捜査員がやって来た。こちらも長身で、名前を和木と言う。
コンビを組む二人は先輩後輩の間柄だった。
コンビの場合、どちらかが強気でどちらかが温厚で、どちらかが大きく、どちらかが小さいデコボココンビというパターンが多いが、このコンビはいずれも強面で、背が高く、揃いも揃って強引である。
頑なに通せん坊をして警察をけん制している中年信者に和木が訊いた。
「警察を施設に入れないというのは、あなたの意向ですか?」
「いいえ。教祖様の意向です」当然のように答える。
「では、教祖様に会わせていただけますか」
「会ってどうするのですか?」
「私が説得します」
「それは無理です。われわれ一般信者でさえ、教祖様と話はおろか、ほとんど会うこともできないのですから」
佐々川と和木は黄金色に塗られた五階建ての神々教の本部施設を仰ぎ見る。太陽の光を浴びてギラギラと輝いている。
教祖は最上段に住んでいるらしいが、ブラインドが下りたままで中は見えない。気の早いマスコミがヘリコプターを飛ばしているが、上からでも覗けないだろう。
信者と警官の睨み合いが続く。周りを取り囲む野次馬たちも帰ろうとしない。
「いい加減、中に入れてもらわないと現場検証ができませんよ」焦れてきた佐々川が語気を強めて言う。「あんたは犯人を捕まえたくないのか?」呼び名があなたからあんたに代わっている。
和木も横から追い打ちをかける。「それとも、教祖様の超能力で見つけるかね」
皮肉である。
宗教団体の教祖だからといって超能力があるとは限らない。しかも、神々教の教祖には超能力が備わっているのかどうかも分からない。他の教団と違って、教祖の情報が表に出てこないからである。自分の力を見せつけようとしない特異な教祖なのである。ただ、数年で教団をここまで大きくしたのだから、人々を引きつける何かを持っているのだろう。
中年男性信者のそばに応援する信者が集まり出した。さすがに通せん坊をしていた両手は疲れてきたようだ。捜査員の周りにもしだいに警察関係者が集まって来た。
十人の信者と二人の捜査員の押し問答が続く。
「邪魔するようなら、あんたを公務執行妨害で逮捕するからな」佐々川が言い放つが、信者は顔色一つ変えない。
「聞いてるのか、あんた」と和木も先頭に立つ中年信者を睨みつける。
お互い無言の時間が過ぎる。
信者たちは揃って紺色の作務衣を着ていたが、ここに濃い紅色の作務衣を着た一人の老人がやって来た。手にホウキとチリトリを持っている。
佐々川が老人を目に留める。
「掃除のじいさん、ちょっと今は取り込み中なんだわ。あっちへ行っててくれるかい」
だが、信者たちは老人のために道を空けた。
それを見た佐々川は戸惑いながら尋ねる。
「あなたはこの教団の偉い人ですか?」
信者が道を空け、一人だけ違う色の作務衣を着ていたので、偉い立場の信者なのかと思ったが、偉い人にしては、手に掃除用具を持っていたからだ。
この教団では上の人間が雑用をするのか?
老人は集まる信者の間を通り、ゆっくりと前に出て来た。
「私は偉くありませんが、神々教の幹部をしております、八丈島と申します」
佐々川と和木に頭を深々と下げる。二人は小柄な老人を見下ろす。
「ほう、幹部の八丈島さんですか」佐々川は掃除の老人が幹部と聞いて驚く。
「我々は現場検証をしたいのだが、この通り、みんなが通してくれんのだよ。幹部のあんたの方で何とかしてくれんか」和木はぶっきらぼうに言い放つ。
「はい、どうぞお入りください」八丈島はホウキを持った手で玄関を指し示した。
「えっ、いいのか?」和木の方が戸惑う。
周りにいた信者もざわつく。
八丈島は胸元をさぐり、折り畳んだ紙を取り出し、頭上にかかげて、大きな声で叫んだ。
「教祖様からの直状である!」
たちまちすべての信者がガバッとひざまずいた。
「――何だ!?」警官たちは戸惑って、立ち尽くす。
八丈島は直状をゆっくり広げて、読み始める。
「警察に教団正面玄関の立ち入りを許可する――以上!」
「ははーっ!」信者たちは頭を床に擦り付けたまま、かしこまる。
佐々川はなんだこの三文芝居はと思ったが、口に出さず、
「和木、教祖様からの有り難い許可が出たようだから入ろうや」
「はあ、そうですか」和木は戸惑いながら、鑑識を手招きして、先に入れてやる。
直状をうやうやしく畳んでいる八丈島にお礼を言っておく。
信者はのそのそと立ち上がり、捜査員のために玄関への道を開けてくれた。
「佐々川さん。何ですか、この寸劇は」和木は佐々川の耳元で訊く。
「あんな紙切れが水戸黄門の印籠のような効果を出すということは、教祖様がとんでもなく偉いということだろう」佐々川は呆れ顔で言う。「一度ご尊顔を拝したいものだな」
教祖の姿はいまだマスコミによって写真に撮られたことはなく、どういう人物なのかもはっきりしていない。年齢、性別、出身地など何も分からなかった。
当然、警察のデータベースにも該当はなかった。
♪♪♪♪♪
佐々川と和木と警官たちが教団前で歌って、踊り出す。
しっかり整列していて、全員手に拳銃を持っている。
日頃から体を鍛えている警官だけあって、息は切れず、ダンスも一糸乱れない。
恐ろしく統制の取れた集団である。さすが警察組織である。
♪俺たちは法の番人さ~
命がけの仕事だというのに~
安い給料で働いてるぜ~
悪を挫き、正義を守る~
善良な市民に手を出すな~
その手に手錠をはめてやるぜ~
縄で縛ったうえに~
市中引き回してやるぜ~
ウ~ウ~、ウ~ウ~(パトカーのサイレンの音)
♪俺たちはしがない地方の公務員~
だけど、舐めてると投げ飛ばしてやるぜ~
警棒でぶん殴るぜ~
刺股で挟んでやるぜ~
拳銃が火を噴くぜ~
牢屋にぶち込んでやるぜ~
二度と娑婆に出られないようにしてやるぜ~
ウ~ウ~、ウ~ウ~(パトカーのサイレンの音)
♪♪♪♪♪
今回、鑑識は二手に分かれていた。
半分の鑑識員はロケット弾が撃ち込まれた神々教団の玄関に入って行く。
もう半分の鑑識員は約百メートル離れた、ロケットの発射地点にいた。
ロケット弾を自動発射した車は無人の状態で道路に放置されたままだった。教団から離れているため、信者に邪魔されることもなく、鑑識の調べが続けられている。
車は白のセダンで後ろのトランクは開いたままになっている。ここから教団に向けて、一発のロケット弾が自動発射されたようだが、トランク内に危険物は見当たらない。
ナンバーを照合したところ、三日前盗難に遭った車だと分かった。
鑑識員が車の中を覗いたとき、驚きのあまり声も出なかった。
車内に山のような空き缶とペットボトルとタバコの吸い殻が残されていたからだ。
それらはビニール袋に入っておらず、そのままシートの上やマットの上に散らばっている。缶はへこんでいたり、潰されていたりするものもあり、吸い殻は短いものや長いものもあったが、シートへの引火は起きてなかった。
車をゴミ箱代わりにしたような光景である。おそらく、捜査を混乱させるために、わざと置かれたものだろう。これらを一つずつ調べていると膨大な時間を要する。
いったいどうすればいいのか。
鑑識員全員が呆然と車の周りで立ち尽くした。
♪♪♪♪♪
鑑識員が犯行現場で歌って、踊り出す。
帽子をかぶり、マスクをしている。
手には白い手袋をはめて、足はビニールのカバーで覆われている。
女性の鑑識も混ざっている。
♪俺たちは裏方の鑑識さ~
日の当たらない部署だけど~
犯人の手掛かりを探す重要な部署なのさ~
粘着シートで証拠を集め~
地面に這いつくばって足跡探し~
ポンポンはたいて指紋を探し~
髪の毛一本見逃さず~
皮膚片一片見落とさず~
カシャカシャ、カシャカシャ(カメラのシャッター音)
♪証拠品は口ほどにモノを言う~
逃げても無駄だぞ、犯人よ~
DNAが黙っちゃいない~
ルミノール反応もばっちりさ~
地獄の底まで追いかける~
閻魔様も真っ青さ~
諦めてさっさと自首をしろ~
カシャカシャ、カシャカシャ(カメラのシャッター音)
♪♪♪♪♪
「これはどう見ても、嫌がらせだな」外から車内にカメラのレンズを向ける鑑識員が呆れて言う。「よし、開けるぞ」
ベテラン鑑識員が車のドアを開けた。ドアには鍵がかかってなかった。
鍵を掛け忘れたのか、わざと掛けていかなかったのか。おそらく後者だ。
ロケット弾はタイマーでセットされてトランクから飛び出した。すでに犯人は遠くまで逃げてしまっているだろう。だから時間を稼ぐ必要はない。そして車内には何も証拠を残していない。
クソッ、余裕をかましやがって。
鑑識員は毒づいたが、すぐに顔をしかめた。車内にいろいろなニオイが充満していたからだ。柑橘系のジュースやお茶、コーラ、ビール、タバコの吸い殻などのニオイだ。
缶やペットボトルから流れ出た汁がシートのあちこちに染みを作っている。それにタバコの灰とニコチンが混ざり合い、異様なニオイに変化している。
「主任。これ全部、犯人が自分で飲んだのですかねえ」
若い鑑識員が後部座席に上半身を突っ込みながら、空き缶の山を指差す。飲み物の種類は柑橘系のジュースやコーヒー飲料や日本茶やスポーツドリンクなど様々だ。
「おそらくどこからかかき集めてきたのだろう」主任鑑識員も覗き込みながら答える。「吸い殻を見てみな。銘柄がバラバラだろう。飲み物はいろいろな種類のものを飲むが、タバコの銘柄はだいたい決めているものだ。つまり、複数の人間の吸い殻だ」
「そう言えば、吸い殻の中には細いタバコもありますね」
「ああ、これは女性がよく吸う銘柄だな」
最近の若い鑑識員はタバコを吸わない者が多く、銘柄にも疎い。
「口紅が付いてるものもありますよ」
「そうだろ。だからと言って、女が犯人というわけじゃない。見え透いた罠だな」
「主任」運転席付近を調べていた鑑識員が後部座席に声をかける。「ハンドルに付いてる指紋ですが、何十種類もあります。大きさからして子供の指紋です」
「子供だと?」ベテラン鑑識員は運転席に身を乗り出す。
「はい。今のところ、ハンドルから大人の指紋は一つも検出できません」
「どういうことだ?」
「何人もの子供たちが遊びで握っていたということでしょうか?」
「どういう遊びなんだ」
「車ゴッコでしょうかねえ」
鑑識員は主任と話をしながらも手は止めない。
「あっ、違うものが出ました。おそらく手袋をして握ったものです」
「大きさはどうだ?」
「これは大人の手ですね」
「普段はたくさんの子供が車ゴッコでハンドルにベタベタと指紋を付けて、犯行時は大人が手袋をして、ここまで運転して来たということか」
「奇妙な話ですが、そう考えると辻褄は合います」
主任鑑識員もおかしな話だと思いながら、他にも証拠品がないか、空き缶とペットボトルの山をガラガラとかき分ける。
結局、ゴミ以外に目ぼしい物は出て来ず、犯行車両はレッカー車で運ばれて行った。
小さくなるレッカー車を見送りながら、主任が若手に訊いた。
「あれだけたくさんの空き缶とか吸い殻が簡単に手に入る場所と言えばどこだ?」
「公園ですかね」若い鑑識員は手袋を外しながら答えた。
鑑識からの情報を受けて、佐々川と和木はさっそく動いた。
「おい、シケモク!」
砂猫公園の新しいベンチに寝転んでウトウトとしていた師家木が、大きな声で名前を呼ばれて、ガバッと起き上がった。
「ああ、これは佐々川のダンナ。おやおや、和木のダンナもお揃いですか」
「当たり前だ。捜査員は二人一組で行動することになってるんだ」
「本日はお日柄もよろしいようで」
「曇ってるだろ」
立ち上がった師家木は長身の二人に挟まれる。
「何ですか。俺は何もやっちゃいねえよ。それとも何かい。この公園は入場料がいるとでも言うのかい。そんなことは入口に書いてなかったし、管理人さんにも止められな……」
佐々川は一方的にしゃべる師家木を無視して、目の前に折り畳んだ千円札と一緒に新しいタバコを一箱差し出した。
「こりゃどうも。何でも話しますよ、ダンナ。俺は正直だけが取り柄ですから」
もらった千円札とタバコを大事そうにジャンパーの内ポケットへ入れながら、師家木はニヤける。
「最近、おかしなことはなかったか?」和木が訊く。
「おかしなことと言いますと、最近は円安が続いて、日経平均も下がって……」
「ふざけてるとタバコと千円は返してもらうぞ」和木が頭上から睨みつける。
「いや冗談です、和木のダンナ。冗談を言いながらも、考えていたところです。灰色の脳細胞をフル稼働してます。ウーン」師家木は腕を組んで、しばらく曇り空を見上げる。
「――何か思い出したか?」
「いえ、まったく」
「お前、ここで即死したいか。無縁仏になりたいか」
「待て、和木」佐々川が殴りかかりそうになってる和木を止める。
「おい、シケモク」佐々川が尋ねる。「商売の方はどうだ?」
「商売ですか……」師家木は二人を見上げる。「あっ、そうだ! そう言えば奇妙なことがありやした」
「どうした?」
「俺のメシの種がすっかりなくなってました」
「つまり、ペットボトルと空き缶だな」
「はい。ゴミ箱にたくさん入ってるはずが、一つもないんです。ここのところ、砂猫公園は大盛況でして、たくさん人が来てるんで、ゴミは溜まってるはずなんです」
「管理人さんが片付けたんじゃないのか」
「俺もそう思って訊いたのですが、ここは俺のシマということにしてくれたので、触っちゃいないはずですし、管理人さんは俺がきれいに片付けたと思ってたみたいです」
「灰皿の吸い殻はどうなんだ?」和木が訊く。
「へえ、それが吸い殻もきれいさっぱりないんです。ペットボトルは売れば金になりますが、吸い殻を買い取ってくれるところはありませんし、神隠しにしてはおかしいなと思いましてね」
「神様はゴミを隠さんだろ」
佐々川と和木は師家木の頭上で顔を見合わせた。
――決まりだな。
犯人は砂猫公園からペットボトルや吸い殻を集めて、捜査を攪乱するために、犯行車両の中にぶちまけやがったんだ。
手段が分かればいい。
後は犯人を見つけ出すだけだ。その犯人は砂猫公園の関係者、つまり砂猫組に違いない。
佐々川は師家木に訊いた。
「ところで桃賀老人は元気か?」公園の隅の管理人室を見る。
「へえ、かくしゃくとされていて、今日も元気に管理人を務めておられます。さっきもハトにエサをやっておられました」
「桃賀老人に尋ねても無駄か?」佐々川は和木に訊く。
「知ってても話さないでしょうね」和木はあきらめ顔で答えた。「あのじいさんは口が堅いですからね」
「ああ、現役の頃からそうだったな」
♪♪♪♪♪
佐々川と和木と師家木が砂猫公園で、歌って、踊り出す。
警官の二人は日頃の鍛錬のため、体にキレがあるが、
師家木は日頃の不摂生がたたり、なんともドン臭い。
♪街の公園がきれいになった~
何もなかった公園に遊具が増えた~
街に活気が溢れ、みんながここにやって来る~
地元の子供たちは大喜びさ~
付き添いのお母さんも大喜びさ~
付き添いのお父さんも大喜びさ~
連れて来たワンちゃんも大喜びさ~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
三人を見ていた子供たちが次々とダンスに加わっていく。
♪公園は街の宝物さ~
天然芝が新鮮だよ~
滑り台もジャングルジムもカッコいいよ~
夜になるとイルミネーションが輝くよ~
モモンガさんのお陰でゴミ一つ落ちてないよ~
近所の皆さんの憩いの場だよ~
いつまでも続けよ、この平和~
守ってやるぞ、この平和~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪♪♪♪♪
新しく敷かれた天然芝に慣れたのだろう。一時はいなくなっていたハトも公園に戻って来た。桃賀がエサをあげるハトの数も増えてきた。ハトは桃賀がこの公園の管理人であり、いつもエサをくれる人だと覚えている。
ハトの大群に囲まれた桃賀はうれしそうだった。
「親分、大変です!」墓魏がデカい声を発しながら事務所に駆け込んで来た。
「ボギーか。お前は最近ずっと大変だな。今日はなんだ?」
ちょうど昼寝から目覚めた親分はティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、振津が拾いに行く。
今日の親分の機嫌はいい。
神々教団の玄関先をロケット弾でぶっ飛ばしてやったからだ。警察からは何も言って来ないところを見ると、捜査は難航しているのだろう。何といっても証拠は何一つ残していない。
親分がニヤケるのも当然である。
さすがプロの仕事は違うな。大金をはたいて頼んだだけのことはある。完全犯罪の一丁上がりだな。浮かれている親分と違って、三人の子分――振津、法華、茂湯は冷静に墓魏の報告を待つ。
しかし、いい内容のニュースではなかった。
「神々教団の神々公園内に屋台村が出現しました!」
「何だと!」親分の顔が豹変する。チンパンジー顔なのに豹だ。
「全国各地の名店の味が楽しめるようになってます」
「うまそうじゃないか!」
「はい。私も顔を隠して、モツ煮を食べてみたのですが……」
「どうだった?」
「そりゃもう、ホッペが落ちそうで、星五つです!」
「神々公園の人の入りはどうなんだ?」
「残念ながら、大盛況です」
「住民は遊具ではなく、食い物に釣られたというわけか。他にどういう店があったんだ?」
「唐揚げ、ホルモン焼き、手羽先、肉じゃがなどです」
親分は天井を見上げ、イタリア製の無駄にデカいシャンデリアの下で、しばし沈思黙考する。
「よし、分かった!」親分は何かを決心して、ポンと手を叩いた。「あいつらはうちと違って金もあるし、信者もたくさんいるから、屋台村も作れるだろう。だが、わしらはそういうわけにはいかん。自由に使える資金は限られている――そこでだ。料理を提供する車があるだろ。何とかカーというやつだ」
「キッチンカーですか?」振津が言う。
「おお、そうだ。さすがプリッツ。高卒のインテリは物知りだな。そのキッチンカーを公園内にズラッと並べて、屋台村に対抗しようや」
神々教団は砂猫組の神聖なる公園に盾突いて来た。
しかし、負けるわけにはいかない。公園の土地を取得するために散って行った同志のためにも、死に物狂いで立ち向かっていかなければいけない。
「それはいい考えですね」法華が賛同する。「屋台を設営する手間もかかりませんからね」
「目には目を。歯には歯を。屋台村にはキッチンカーをだ――ハンムラビ法典にそう書いてあるだろ」
四人の子分は互いに顔を見回すが、誰もハンムラビ法典なんか読んだことはない。普段読む活字は競馬新聞だけだ。
「そこでだ。さっきボギーから店の料理の種類を聞いたわな。地味で茶色の食い物ばっかりだっただろう。あれはオッサン用の屋台だ」
親分は自分自身や目の前に立つ四人が全員オッサンであることを棚に上げて話す。
「うちは若者をターゲットにしようや」
「どんな料理がいいですかね?」茂湯が不安げに訊く。
「心配するな、モユユ。とりあえずフランス料理とかイタリア料理とか、横文字のカラフルな色の料理を並べておけばいいだろ」
「それで若者が来ますかねえ」墓魏も不安そうだ。
「今は世間でチーズが流行ってるだろ。料理にチーズをかけて、アボカドを添えて、上からパクチーを散らして、抹茶の粉末を振りかけて、パチパチ弾ける花火を何本か突き刺しておけば、若いネエチャンが来て、写真をバシャバシャ撮るぞ」
チンパンジー顔の親分がドヤ顔で話す。
四人の子分は流行りの食べ物なんか分からないので黙って聞いている。
「どうだ、映えるだろ。ヤバいだろ。エモいだろ。きっとバズるぞ。屋台村じゃこんな料理を作るのはむずいだろ。超ウケるぞ。みんなでタピろうぜ! メッチャすごいぜ!」
親分は最近覚えた若者言葉をがんばって使ってくるが、子分は何を言われているのか、さっぱり分からない。外国人の演説を聞いているようだ。
バエル? なんでハエが飛んでるんだ? 不衛生じゃないのか?
タピろうって、誰だ? どこかの偉い親分さんか?
ヤクザの親分は“メッチャ”なんて言葉を使ってほしくない。
「それと甘味処の販売車も呼ぼうや」親分はさらに提案してくる。
「スイーツのキッチンカーですか」振津が言う。
「おお、それだ。さすがプリッツ。これも若いネエチャンにウケそうだろ。そもそも若いネエチャンは一人じゃ来ない。女友だちとツルんで来るんだ。あるいは男友達を誘って来るんだ。それに、スイーツだとたくさんの子供がお母さんと一緒に来てくれるぞ。わんさか来れば、客数は神々公園を上回るだろうよ。スイーツは旬な食材を使って作ってもらおうや。消費者は季節限定という言葉に弱いんだ」
四人はそんないい加減なことで大丈夫なのかと思いながらも、親分に従う。この業界では親分の意見は絶対だからだ。
カラスがピンク色だと言われれば、そうですねと同調しなければならない。親分はカラスとフラミンゴの区別も付かないのですかと言い返してはいけない。そう言えば、私も夕方、ピンク色のカラスが群れを成して飛んでるのを見ましたと答えなければならない。
「神々公園の屋台村なんかクソ喰らえだ。そうだろ、みんな!」
「へい!」「へい!」「へい!」「へい!」
「じゃあ、プリッツ。お前が中心になって動いてくれ」
「へい!」
いろいろなものを調達してくるのは振津の担当だった。
「よしっ、我が砂猫公園のさらなるリニューアルの始まりだぞ! おおー!」
親分が吠え、天井に向けて右手を突き上げた。
四人の子分も目一杯、右手を突き上げた。
イタリア製高級シャンデリアが五人の気合でブワンと揺れた。
“へぇ~、これが屋台村かあ。砂猫公園にたいこうして神々公園を作ったと思ったら、たちまち屋台が出現してビックリした。こうして上から見てみると壮大だなあ。数えてみると十店舗ある。ちょうちんがたくさんぶら下がっているから、夜になるときれいなんだろうなあ。どの店もお客さんが入ってるなあ。ぼくも何か食べてみたいけど、神々教団の売り上げにこうけんするわけにはいかないから止めておこう。あっ、店に入れない人が並びはじめたぞ。初日から行列ができるほど人気の屋台村か。でも、悔しいなあ。砂猫公園も神々公園に負けないように、何か作ってくれないかなあ。そうすると、ぼくの好きなこの街がもっと活気にあふれるんだけどなあ――周人”
それからわずか三日後。
砂猫公園に三十台ものキッチンカーが集結した。日曜日ということもあって、かつてない賑わいである。遊具を目当てに来ていたのは、ほとんどが子供たちとその家族だった。しかし、今日はたくさんの大人のカップルや年配者で溢れ返っている。
このあたりをなわばりにしている廃品回収業の師家木に宣伝を頼んでおいたのが功を奏したようだ。
二日前、師家木が公園の新しいベンチで昼寝をしていたのを見つけたのは茂湯だった。
「おい、シケモク!」
師家木はあわてて起き上がる。
「これは茂湯のダンナ、ご無沙汰してます」
立ち上がって茂湯と向き合う。
長身の茂湯が見下ろす形になる。
最近はよく見下ろされるなあと思いながらも、
「本日は結構なお日柄で」
「曇ってるだろ」
「雲の上は晴れてますぜ」
「貴様、俺にそんな屁理屈を言っていいのか?」
「すんません、茂湯のダンナ! ――いやあ、このベンチは寝心地がいいですねえ。ついつい寝てしまいますよ」
「そりゃあ、うちの親分が選んだ最高級のベンチだからな」
師家木は砂猫公園が砂猫組によって運営されていることを知っている。蛇の道は蛇だ。
「タダでこんないいベンチに座らせてもらって、俺は幸せ者です」
師家木はここぞとばかりに媚びを売って来る。茂湯が何らかの仕事を持って来たことが分かっているからである。砂猫組の組員は師家木をパシリなどに使っている。もし、警察に捕まっても正組員ではないため、言い逃れができるので、大変重宝しているのである。
「――で、茂湯さん。手に持った拡声器は何ですか?」
「実はな、ここにキッチンカーを並べて、地元のみなさんに喜んでもらおうと思ってるんだ」
「おぉ、神々教団の屋台村に対抗するというわけですね!」
「よく知ってるな。さすがシケモクは情報通だ――そこでだ。お前に頼みがある」拡声器を目の前に突きつける。「これを使って、近隣のみなさんに宣伝をしてもらいたい」
「拡声器でキッチンカーのことを叫びながら、近所を練り歩くというわけですかい? なんだか、恥ずかしいなあ」
「二日間、お願いしたい。二日で三万円出す」
「やります! 日給一万七千円ですね」
「日給一万五千円だろ。チョロまかすな」
「すいません。茂湯さんは誤魔化せませんね。さすがDHAたっぷりの青魚が大好きなだけあって、地頭がいいですね」
「なんでそんな個人情報を知ってるんだ?」
「街中のウワサですぜ。茂湯のダンナは回転寿司に行ってもサバしか喰わないと、みんな言ってます」
「まあ、その通りだからいいだろ。じゃあ、これで取引成立だな――ところで、何か情報はないのか?」
「そういえば、佐々川と和木のダンナが来て、公園のゴミ箱のペットボトルについて訊かれました。ペットボトルも吸い殻もすっかりなくなって、俺の商売上がったりだったんですよ」
「何と答えたんだ?」
「神隠しじゃないかって」
「神様はゴミを隠さんだろ。また何か俺の琴線に触れるような情報があったら教えてくれ」
「きんせん……ですか? 金になる情報ということで?」
「ああ、琴線でも金銭でもいい。神々教団の情報でもいいから仕入れておいてくれ。礼は弾むぞ」
「分かりやした!」
♪♪♪♪♪
茂湯と師家木が砂猫公園で、歌って、踊り出す。
二人とも日頃の不摂生が祟って、動きが悪い。
だが、動悸や息切れに負けず、がんばって踊る。
ここで踊らなきゃ、いつ踊るんだ。
いざという時には救心がある。
♪公園にキッチンカーがやって来る~
いろんな料理を売ってるよ~
フランス、イタリア、スペイン、スイス~
世界の料理が食べられるよ~
おしゃれな料理で驚くよ~
カラフルな料理で感動するよ~
もちろん、みんなおいしいよ~
救心、救心~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪キッチンカーのオープンは二日後だよ~
みんな、首を長くして待っててね~
みんな、お腹をすかせて待っててね~
小銭を持って集合してね~
お金がないならお母さんにもらってね~
若いネエチャンは彼氏におごってもらってね~
お孫さんはじいちゃん、ばあちゃんにおねだりしてね~
キッチンカーをハシゴするのも面白いよ~
キッチンカーは三十台~
胃袋空けて来るんだよ~
救心、救心~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪♪♪♪♪
三十台のキッチンカーすべてに行列ができていた。家に持って帰って食べる近所の人もいれば、そのまま公園内で食べている人もいる。
新しく設置された五十基のベンチが役に立った。
キッチンカーに置いてあるベンチだけでは到底足らなかったからだ。ほとんどのベンチは食べる人で埋まっている。キッチンカーを呼ぶことは想定外だった。ベンチは偶然にも、役に立ったということである。
しかし、砂猫親分の言い分は違っていた。
「どうだ。わしが言ったとおり、高級ベンチをズラッと並べておいてよかっただろう。公園内で食事をする人も出て来ると予想しておったんだ。先見の明があるというのはこのことだろうな。わしは七十歳になっても、自分の才能に驚くことがあるぞ――おい、お前ら」目の前に立つ四人の子分を見る。「わしの元で仕事ができてよかっただろう」
「へい。そりゃ、もうサイコーで」と言わざるを得ない。
三十台のキッチンカーを調達したのは振津だった。自分の子分たちに、各所で営業をしているおしゃれなキッチンカーを見つけて、連れてくるようにと命令したのである。
一か月間、砂猫公園の敷地をタダで貸す。客はこちらで集める。宣伝もこちらでやる。売り上げが目標に行かなければ、その分は補償する。リベートはいらないという破格の条件を提示すると、ほとんどのキッチンカーは応じてくれた。
それでも渋る店主に対しては、普通より少し怖い顔面を有効利用して、軽く睨みつけたのは言うまでもない。もちろん砂猫組の名前は出さず、株式会社サンドキャットの名前で契約を交わした。
砂猫公園の宣伝にはなっても、砂猫組に利益は入らない。神々教団の神々公園の屋台村に打撃を与えるためだけにやることだ。一か月もすると屋台村に閑古鳥が鳴き出すだろうと踏んで、一か月契約にしてあった。
砂猫公園に対抗して作られた神々公園に対する嫌がらせでしかない。
採算なんてどうでもいい。意地と意地のぶつかり合いだ。
神聖なる砂猫公園に盾突くとこうなるということを見せつけてやるためだ。
“すごーい。やってくれたね、砂猫公園にズラリと並んだキッチンカー軍団。ぼくの願いが通じたみたいだ。ぼくの街がだんだん豪華になっていく。神々公園の屋台村もすごかったけど、ここのキッチンカーもすごいや。上から数えてみたら三十台もある。何の食べ物を売ってるのか、上からだと見えにくいけど、全部に行列ができている。これは屋台村以上だね。屋台村の料理は神々教団の息がかかってるから食べられなかったけど、ここのキッチンカーなら大丈夫だ。お小遣いを持って、食べに来るぞー! ――周人”
♪♪♪♪♪
三十台のキッチンカーの従業員が歌って、踊り出す。
手にはスプーンやフォークや包丁やピーラーなどを持っている。
一台からはだいたい二名ずつが参加しているので、約六十人だ。
砂猫公園始まって以来の大人数のダンスである。
地響きが近所に伝わるほど、大規模なダンスである。
♪パスタにキッシュにラタトゥイユ~
ラザニアにパエリアにローストビーフ~
ピザにタコスにケバブもあるよ~
いろんな国の料理が揃っているよ~
キミが好きな料理はあるかい~
食べたことない料理がいっぱいあるはずさ~
遠慮なく食べておくれよ~
コンキン、カンキン(スプーンやフォークを叩く音)
♪ハンバーガーにポテトにシェイク~
カレーにオムライスに卵かけご飯~
コーヒーに紅茶に日本茶もあるよ~
ここに来るとフルコースが味わえるよ~
自分へのご褒美に寄っておくれよ~
明日のことなど考えないで~
お腹が破裂するまで食べるんだよ~
コンキン、カンキン(スプーンやフォークを叩く音)
やがて、お客さんも加わって踊り出す。
ダンス集団はさらに膨れ上がる。
♪テレビでしか見たことがない料理がいっぱいあるよ~
知らない料理で溢れてるよ~
おいしそうな香りはたまらないね~
でも、まだまだ食べれるよ~
晩御飯のことなんか知らないよ~
だって、こっちの方がおいしいんだもん~
お母さん、ごめんなさーい~
♪♪♪♪♪
黄金色に塗られた神々教の教団本部の最上階の五階は教祖の住居兼修行スペースになっている。一つ下の四階には幹部が集まる部屋がある。幹部たちは各々そこで修行をしたり、事務作業を行ったり、他の信者に指示を与えたりしている。
今、幹部室にいるのは穴田に加えて、広報担当幹部の何和、外国人幹部のメイソン、女性幹部の百合垣の四人だった。同じく幹部の八丈島は教団内を掃除しながら、信者の修行を見守って、指導するという仕事を続けている。
四人全員が幹部服である濃い紅色の作務衣を着ていた。
そこへ紺色の作務衣を着た一般信者が入って来た。いくつかの敵対する勢力の情報を収集する仕事をしている若い男だ。
「失礼します。穴田さん」
パソコンに向かっていた穴田が振り向く。
「ああ栗林君か。どうしましたか?」
「ここのところ神々公園の屋台村の売上が落ちていたので調べてみましたら、砂猫公園に
三十台ほどのキッチンカーが集結して、たくさんの人が行列を作ってました。おそらく、人が向こうに流れているものと思われます」
穴田の細い目がいっそう細くなる。
砂猫公園がきれいになって、たくさんの人が訪れていると聞いて、神々教団も隣に放置していた土地を開拓して公園を作り、人を集めるために屋台村を完成させた。
すべては、日頃から敵対視している砂猫組に対抗するためである。
教団施設の顔と言うべき玄関に一発のロケット弾が撃ち込まれた。神聖な玄関が破壊されたことは、神への冒涜であり、教祖への侮辱であり、決して許される行為ではない。
おそらく砂猫組がやったと思われた。
確かな証拠はないが、以前から神々教団は組員を引き抜いて、反社から足を洗わせ、教団の信者にすることを繰り返していたから、その報復だろうと考えた。
先日も三人の組員をまとめて信者に転身させることに成功した。その情報はただちに砂猫組にもたらされたことだろう。
教団は、世の中から不逞の輩をなくそうと、組を抜けさせ、入信させているのだが、向こうはそう思っていないだろう。
奴らが教団を目のカタキにするのも無理はない。
反社に属する人たちは減ってきている。暴力団新法により様々な行為が規制され、さらに景気が低迷していりことで、以前のような羽振りの良い生活はできなくなっているのが現状だ。そこへきて、組員の引き抜きとなれば、ロケット弾くらい飛ばしたくなるだろう。
しかし、高性能のロケット弾を作り上げて、寸分の狂いなく、教団本部の玄関に撃ち込むといった大胆で繊細な犯罪を、あの弱小で頭が悪そうな砂猫組がやってのけるだろうか。
神々教団の誰もが感じていることである。
そして、さらなる疑問点もある。
砂猫組は三十台のキッチンカーを一堂に集結させるだけの資金源を持っているのか?
そもそも、ただの空き地だった公園を整備する資金はどこから出てきたのか?
闇の業界の仕組みはよく分からないし、資金の流れとなると、さぐりを入れることも難しい。
しかし、教団に対するテロ行為は絶対にやつらの仕業であると、幹部の穴田は思っている。警察にも意見を述べ、捜査対象にしてもらえるように頼んだのだが、何分、証拠がない。
自動でロケット弾を飛ばして、命中させるという大掛かりな事件を起こしておきながら、証拠を何一つ残していないのである。
ロケット弾が発射された車の中には大量の遺留品が残されていたらしいが、捜査を攪乱させるために、わざと置いてあったと聞いた。それらの遺留品からはまだ何も手掛かりは出てないという。ついカッとなって、行き当たりばったりに行ったものではなく、周到に準備された犯行だと言えよう。
「穴田さん」百合垣が口を開く。細身でショートヘアの女性幹部である。「砂猫組は私たちの繁盛している屋台村を見て、キッチンカーを揃えたのではないでしょうか。屋台村の建設と違って、キッチンカーならすぐに集められますから」
「おそらくそうでしょうね」穴田は無表情で答える。
「ふーん、三十台のキッチンカーですか」広報幹部の何和が虚空を見上げる。イスからはみ出しそうなほど体が大きい。「うちの屋台は十店舗ですから、相手の数は三倍ですな。うちの地味なメニューと違って、キッチンカーはおしゃれなメニューが揃ってるでしょうから、子供が中心に集まる公園に開店するとしたら、量質ともに不利ですな。まあ、キッチンカーがおしゃれとは限らんから、後で私がちょっくら見に行って、味見をして来ましょうかねえ。私は昨日の昼から断食修行でしたからお腹がペコペコでして、キッチンカー十台分くらいは味見して周れますよ。そこまで食べたくはありませんが、敵を知ることは大事ですからな。一台千円として、十台分で一万円をあらかじめ経理部からいただいておきましょうかね。ハッハッハ」
他の三人の幹部が呆れた顔で何和を見る。三人とも何和を嫌っている。
何和は厳しい修行を体験してきたわけでもないし、神仏への信仰心が他の信者より深いわけでもないし、献金を誰よりも多くしてきたわけでもなく、口八丁手八丁だけで幹部までのし上がってきた中年男だからである。
そして、何よりも何和には品がない。今も唾をビュンビュン飛ばしながら大声で話している。
しかし、なぜか教祖の覚えめでたく、長年、幹部の座にいる。よって、あからさまに何和を批判することはできない。
「穴田さん」外国人幹部のメイソンも話に加わってくる。こちらは何和と正反対の細身で金髪のイケメン男性である。「このまま放っておくわけにはいきません。何らかの形で対抗いたしましょう」
「そうですね。私もそれを考えていました――栗林君」穴田は細い目で睨みつける。「三十台のキッチンカーの中でもっとも売り上げが多そうな店は分かりますか?」
穴田は最高幹部にもかかわらず、一般信者に対しても常に言葉遣いが丁寧なだけに、返って不気味だ。傍から見ると、何を考えているのか分からないところも不気味だ。
睨みつけるにしても、決して何かの文句を言うわけではない。深刻な問題が生じたとき、自然に目付きが鋭くなるのである。
しかし、睨みつけられた栗林は冷静に答える。
「はい、調べはついております。公園内に入り込み、長時間行列を観察して判明いたしました。最も繁盛してそうなのはクレープを販売しているスイーツ・タイプという店のキッチンカーです」
「どこから来ている車ですか?」
「もともとオーナーを始めとした数人で大きなクレープ屋を経営していて、二人の従業員がキッチンカーを使って販売をしているようです」
そう言って、栗林は持参したタブレットで地図を表示させながら、穴田にクレープ屋スイーツ・タイプの詳しい場所を教えた。
「ここからそんなに遠いところではありませんね。他に人気のあるキッチンカーといえばどこですか?」
栗林は再びタブレットを操作して、行列が絶えなかった二つの店を新たに教えた。
「なるほど。よく短時間でそこまで調べましたね」穴田の目が少しだけ大きくなる。「教祖様に栗林君のステージアップを進言しておきましょう」
「えっ!? ありがとうございます!」栗林は穴田に深々と頭を下げた。
自分で教祖にステージアップを進言するわけにはいかない。すべては幹部が推薦する。
しかし、進言どころか、栗林は一度も教祖に会ったことがなかった。
ふと、栗林は天井を見上げた。
この一階上に教祖様がいらっしゃると思うと、緊張で心臓がバクバクしてきた。
タブレット端末がずり落ちないよう、手に力を込めた。
♪♪♪♪♪
幹部信者の四人と一般信者の栗林が歌って、踊り出す。
中年男性の穴田と何和、熟年女性の百合垣、青年のメイソン、若い男性の栗林。
老若男女が揃い踏みである。
それぞれが火を灯した線香を持っている。
さすがに信者同志は統制が取れていて、ダンスは一糸乱れない。
一階上の教祖に迷惑がかからないよう、静かに踊る。
♪我々みんなは修行の途中~
悟りを得るまで~
見性成仏できるまで~
修行はいつまでも続くよ~
質素な服装、質素な食事、質素な住宅~
欲望に負けてなるものか~
不摂生を仏が見ておるぞ~
不養生にはバチが当たるぞ~
ナムナム、ナムナム(お経の声)
♪教祖様に近づけるように~
教祖様に認めてもらえるように~
死ぬまで続くよ、厳しい修行が~
嫌でも続くよ、長い修行は~
乗り越えるんだ、苦しい修行を~
挫けずにがんばって行こう~
力を合わせて、いつまでも~
力を信じて、どこまでも~
ナムナム、ナムナム(お経の声)
ゴホゴホ、ゴホゴホ(線香の煙が充満している部屋でダンスをしたため、激しくむせる声)
♪♪♪♪♪
今週も飛鳥井教会のバザーは大盛況である。
新作であるカードケースの売れ行きがいいし、虹色のリップポーチも完売した。手作りしてくれている特養老人ホームへの追加注文も慌ただしくなっている。
しかしまだ、次から次へとお客さんはやって来る。三人の女性スタッフも忙しそうだ。
今週は男性の来店が多い。かわいい小物に加えて、男性用に渋い色の財布などを増やしたからだ。男性用の化粧品入れもある。最近はお化粧をする男性も増えてきた。そんなおしゃれな男性を狙って、販売してみたところ好調だ。口コミで学校帰りの男子高校生もやって来るようになった。安くてお買い得な商品に男女の区別はない。
「鏡付きポーチはいかがですかー!」スタッフのリーダー、恵子おばちゃんの大きな声が聞こえてくる。「手作りですよー。どこにも売ってない、ここだけでしか手に入らない、オリジナルの商品ばかりですよー。限定ですよー」
他の二人のスタッフも声を張り上げる。
「ものすごーく、安いですよー!」「早い者勝ちですよー!」
人はオリジナルや限定や安いや早い者勝ちという言葉に弱い。それら消費者の心をくすぐる魔法の言葉を大声で叫び、活気あふれる雰囲気を作り出し、売り上げを上げていく。
やがて夕方になり、人もまばらになって来た。
小物入れを大量に買って行ってくれた町工場の社長を見送っていると、後ろから声を掛けられた。
「恵子おばちゃん」
細い体をした男がこちらを見ていた。
「あらら、穴田さん、お久しぶりじゃない」
「ご無沙汰しております」律儀に頭を下げてくる。
恵子は穴田の前に行くと陳列されている商品を手に取った。
「この十字架なんかいかが?」
「私は仏教系の宗教団体の者ですよ」
「もしかして、そういう理由であまり顔を出してくれないのかしら?」
恵子は十字架を並べ直しながら、意地悪そうに、穴田の細い目を見る。
「いや、そういうわけではないのだが」とまどう穴田。
「どこの宗教も愛と平和を説いているのだからね。お宅もそうでしょ。ラブアンドピースよ。今や宗教の垣根を越えて、みんなで分かり合う時代よ。だから、宗派は気にしないで、バザーに寄ってくださいな」
「いや、まいったね、恵子おばちゃんには」
穴田は珍しく、照れたような表情になる。
そばで聞いていた二人のスタッフも笑顔を向けてくる。
世間話しているうちに、またバザー会場は混み始めた。
穴田は周りに人がいなくなったのを確認して、小さな声で話し掛けた。
「恵子おばちゃんに仕事を頼みたいのだが」
恵子おばちゃんはニコリと笑い、教会を指差した。
「先に行って、告解部屋で待っててくださいな」
「分かりました」穴田の細い目がさらに細くなった。
クレープ専門店スイーツ・タイプは今日も早朝からドタバタしていた。店の準備と同時にキッチンカーへ食材を運び込んで行く。店長も自ら先頭を切って、走り回っている。
店は好調だったのだが、ある日バイトリーダーがキッチンカーをやってみたいと言ってきた。資金的な余裕はあったため、ためしにやらせてみたら、わざわざ店に行かなくても、向こうから来てくれて有り難いと、こちらも好調であった。
そんなとき、一人の男がキッチンカーにやって来た。株式会社サンドキャットという名刺を差し出し、砂猫公園のスペースを貸すから、一か月限定で出店しないかという提案をしてきた。保証金はかからないし、リベートやロイヤリティといった類のものは不要。それどころか、売り上げは補償してくれるという。
たまたまその日キッチンカーにいた店長は怪しんだ。
何といっても、男の人相が悪い。小柄だが顔は恐ろしい。
言葉遣いは丁寧だが、接客業やサービス業に従事している人間には見えない。どう見ても反社だ。これは裏があるに違いない。
そこで、近くで営業をしていたキッチンカーのオーナーに訊いてみると、そこにも男は来たらしい。提示された条件は同じだった。
結局、甘い話に誘われて、そのオーナーと二人で契約会場に行ってみることにした。ただし、少しでも怪しいと思ったら、さっさと帰って来ようと示し合わせた。
二人で行く方が、物事は冷静に判断できるだろうという魂胆だった。
以前から顔見知りの二人は会場である砂猫公園に行ってみた。
契約会場といっても、砂猫公園のプレハブの管理人室である。
しかし、そこにはすでに二十人ほどの行列ができていた。順番に管理人室で契約を交わしているという。話してみると、みんな怪しいと思いながらも、様子を見に来たらしい。しかし、先に契約をした人たちに訊いてみると、何も問題はなく、ただこの公園の宣伝のためにキッチンカーを集めたいだけと説明されたという。
順番が来て二人で管理人室に入ってみると、温厚そうな老人が一人で座っていた。あの人相の悪い男がいるのではと思っていたので意外だった。老人はこの公園の管理人であり、桃賀と名乗った。
どうか一か月間だけ砂猫公園のために働いていただきたい。
桃賀はそう言って、頭を下げてきた。
二人で契約書を隅から隅まで読んだ。誤魔化している所はないし、あやふやな所もない。
ちゃんとした書式の契約書だった。二人はそのまま契約書にサインをした。
その後、予定のキッチンカー三十台はすべてが契約を終えた。
♪♪♪♪♪
クレープ専門店スイーツ・タイプの店の関係者が歌って、踊り出す。
手にはヘラ、トング、トンボ、アイスクリームスプーン、ボウルなどの調理器具を持っている。
♪みんなはどんなクレープが好きかな~
イチゴ、バナナ、チョコレート、リンゴ~、生クリーム~
甘くておいしいよ~
サーモン、生ハム、アボカド~
お腹がいっぱいになるよ~
クレープ好きなあなたも~
クレープを食べたことがない君も~
寄ってらっしやい、見てらっしゃい~
カシャンカシャン、カシャンカシャン(調理器具の音)
♪スイーツは人を幸せにする~
私たちはクレープで世界の人たちを幸せにする~
みんな仲良く、たくさんの友達誘って来てね~
いくつ食べても大丈夫~
でも食べ過ぎてはいけないよ~
自分のお腹と相談して食べてね~
一か月間、営業しているよ~
カシャンカシャン、カシャンカシャン(調理器具の音)
♪♪♪♪♪
バイトリーダーが砂猫公園に向けて、クレープ専門店スイーツ・タイプのキッチンカーを走らせている。バイトといっても学生ではなく、車の免許もちゃんと持っている。
公園での営業は今日で一週間目だ。初日から目標以上の売り上げを計上している。
だが、昨日は失敗をした。予想を超えるお客さんが来店されて、餡子がなくなったのだ。人気の餡バタークレープが作れなくなり、販売機会を逸してしまった。店長から怒られることはなかったが、責任を感じて、しばらく落ち込んだ。
その反省を活かして、今日は自家製餡バターを早朝から大量に作って、積み込んで来た。
今日もしっかり頼んだぞという、店長の激励を背に本店を後にして来た。
「昨日の失敗を取り返すぞ!」バイトリーダーが助手席に座るバイトに言う。
「やりましょう! 昨日の二倍、餡バタークレープを売りましょう!」バイトから力強い言葉が返ってくる。
「店長を喜ばせてあげよう!」
「そうしましょう!」
二人は高校の先輩と後輩の仲だった。
「今日は天気もいいからたくさんお客さんが来るぞ」
「ちょっと暑いですから、飲み物もいっぱい売れますよね」
「ああ、そう思って飲み物も大量に積み込んで来たからな」
「さすがバイトリーダーですね」
「それはそうと、昨日のあの子、来るかなあ」
「あのサラサラロン毛の子ですか!? 先輩はお目が高いですねえ」
「お前はどうなんだ?」
「僕はその子と一緒にいたショートカットの子を狙ってます」
「お前は調子良すぎるだろ!」
ここで二人の会話は途切れた。
キッチンカーが横転したからだ。
「親分、大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「またボギーか。お前は連日大変そうだな。今日はなんだ?」
うたた寝から目を覚ました親分はのんびりとティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、茂湯が拾いに行く。
「公園に向かってたキッチンカーが事故に遭いました!」
「何だと!」また大きな声が響く。
「信号を無視したタンクローリーがキッチンカーの横っ腹に突っ込んで来たようです」
「事故の程度はどうなんだ!?」
「車は横転したそうです。二人が乗っていましたが、二人とも奇跡的に軽いケガで済んで、命に別状はないそうです。ただキッチンカーはグチャグチャに壊れたそうです」
「そうか――ともあれ人が無事でよかった」
「どの店のキッチンカーか分かるか?」振津が墓魏に訊いた。
最終的にキッチンカーの選別をしたのが振津だったからだ。
「クレープを売ってる、スイーツ・タイプという店だそうだ」
「稼ぎ頭の店じゃないか!」振津が驚く。
「そうなのか?」親分が訊く。
「へい。三十台の中で一番売り上げが多いキッチンカーです」
スイーツ・タイプは振津が直接交渉に行ったところだ。
「まさか奴らの仕業じゃないだろうな」親分が墓魏の顔を見る。
「きっとそうだと思います。実は他にも狙われたキッチンカーがあります」
「どういうことだ?」
「今朝、車に突っ込まれたキッチンカーは全部で三台あります。一番ヒドいのは、スイーツ・タイプの横転事故ですが、他の二台に乗っていた連中も突然ぶつけられたようです。彼らもなんとか軽症で済んだようです」
墓魏は三台のキッチンカーの店名を告げた。
「親分、その三店はいずれも売上が上位の店です」振津が説明する。
「同じ時間に、同じ公園で営業をしているキッチンカー三台に車が追突をした――偶然なわけあるまい。うーん」親分は天井を見上げる。
イタリア製の無駄にデカいシャンデリアがぶら下がっている。
「ボギーよ。その情報は桃賀さんから聞いたのだな?」
「へい、そうです」
キッチンカーを出店してもらっている店には、連絡先として公園の管理人室の電話番号を教えてある。暴力団のフロント企業である株式会社サンドキャットを教えるわけにはいかない。何かあったら、この事務所に直接電話がかかって来るからだ。ぶっきらぼうで品のない電話の応対を聞いただけで、怪しい会社だとバレてしまう。
「桃賀さんからの情報なら間違いはないな。おそらく突っ込んだ車は盗難車で、運転手は車内に何も証拠を残すことなく、とっくに行方をくらましているだろう」
「しかし、親分」法華が言う。「タンクローリーまで盗み出すとはとんでもない連中ですね」
「ああ、神々教ならそこまでやるだろうよ。おそらく教祖が指示してるのだろう。信者にとって教祖は神をも凌駕する絶対的存在だからな。ママチャリでも大型クレーン車でも躊躇なく盗むだろう」
親分は神棚に安置されている陰の観音像を見た。
それは神々教が所持している陽の観音像と対を成すものであった。
砂猫組長の二代前の組長の時代のことである。
近所にある以暮寺が大型台風の被害に遭って、五重塔が倒壊した。再建には多大な資金を必要としたが、寺にはその余裕はなかった。やむなく浄財を募ったところ、神々教団から莫大な寄付が寄せられ、それは新聞やテレビで大きく報道された。
黙っていなかったのは、この頃からお互いを敵視していた砂猫組である。神々教団の二倍の寄付をして、あらゆるマスコミに、義理と人情の砂猫組ここにありと、自らを売り込んだのである。
それを見た神々教団はさらに倍の寄付をし、さらに砂猫組が寄付をして……。
気が付いてみると、両方の寄付金で五重塔が三つも建立できるくらいに資金が集まっていた。しかし、以暮寺としては五重塔を三つも並べて建てるわけにはいかない。塔の数が多ければ、ご利益も多いというものではない。かといって、縦に積み上げるわけにもいかない。十五重塔になってしまうからである。奇妙なオブジェである。
結局元の通り、五重塔を一基だけ再建することとなった。
余ったお金は、あちこち老朽化している箇所を新しくするための資金ということで、双方には納得してもらった。寄付金が余ったからお返しするという発想はなかった。もらえるものはもらっておく。
しかし以暮寺はお礼として、砂猫組に高さ二十センチの“陰の観音像”を、神々教には高さ五十センチの“陽の観音像”を贈った。
神々教の方が大きいのは、最終的に神々教の寄付金が少し多かったからである。
現在ではふるさと納税のように、なされた寄付に対して返礼を贈る習慣が根付いているが、このとき贈られた以暮寺の観音像がその原型となっているのかもしれない。諸説あり。
午前二時。
「草木も眠る丑三つ時だな」
金髪で黒いマスクの男は、隣にしゃがむ銀髪で赤いマスクの男の耳元に小さくつぶやいた。
「アニキ、何ですかそれは? ウシがどうかしましたか? ウシが三頭いたのですか?」
ああ、この男がバカなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
黒マスク男はマイナスドライバーを使って、三角割りで窓ガラスを割ると、手を突っ込んで鍵を開け、窓をゆっくりとスライドさせた。
窓の下に二人で座り込み、耳をすませながら、しばらく待つ。
建物の中で明かりはつかない。物音もしない。警報もならない。
パトカーのサイレンの音も聞こえて来ない。
しかし、遠くからバイオリンらしい音色が聞こえてくる。
なぜこんな場所でバイオリンなのかは分からない。
まあ、警察とは関係ないからいいだろう。
「どうやら大丈夫なようだな」
驚くことにこの建物にセキュリティ対策はされてなかった。
だが古い建物だから、そうじゃないかと予想して、忍び込もうとしていたのだ。
「表に貼ってあった警備会社のステッカーは何でしょうかねえ」赤マスク男は首をかしげる。
「契約が切れても貼ってるのか、偽造したステッカーだろう。構うもんか――入るぞ」黒マスク男は窓枠に足をかけた。
「待ってください、アニキ」赤マスク男が呼び止める。「三頭のウシがどうかしたのですか?」
「お前はバカか。そんな話は忘れて、早く俺に付いて来い」
「はい。さっそく!」
黒マスク男は室内にうまく降り立ったが、赤マスク男はズッコケた。
黒マスク男はペンライトで転がる赤マスク男を照らす。闇の中で銀髪が光る。
ああ、この男がデブなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
「行くぞ」
小さなペンライト一本の光を頼りに、金髪と銀髪のコンビは建物内を忍び足で進む。どこも真っ暗で、誰にも出くわさない。何の物音もしない。
「みんな爆睡中ですかねえ。当直の人はいないんですかねえ。これじゃ不用心ですよねえ。泥棒に入られたらどうするんですかねえ」
「うるさい!」
ああ、この男がおしゃべりなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
二人はやがて大きな部屋にたどり着いた。
「情報によるとこの部屋なんだが」黒マスク男が祭壇をペンライトで照らす。「おっ、あれを見ろ」
そこに観音像が立っていた。
「陽の観音像だぜ! ウワサには聞いていたがホントにあるんだな」
「アニキ、やりましたね」
「おお、観音さんがピカピカに光ってる」黒マスク男が手を伸ばそうとすると、
「アニキ、待ってください。この像を持ち上げると、デカい岩が転がってきたり、槍が飛んできたりしませんか?」
「お前はバカか。映画の見すぎだろ」強気で言ったものの、静まり返った宗教施設は不気味だ。何らかの仕掛けが施されていても不思議ではない。黒マスク男も慎重になる。「一応、ゆっくり持ち上げてみるから、お前は周りを見ておいてくれ」
高さ五十センチの陽の観音像を静かに抱え上げる。
「おい、どうだ?」黒マスク男が心配そうに訊く。
「岩石は転がって来ません」赤マスク男はキョロキョロしながら答える。
「天井はどうだ?」
「落ちてきません」
「床はどうだ?」
「抜けません」
二人で周りを見渡す。何も起きない。
「よしっ、行くぞ!」「はい!」
二人は部屋を脱出するために駆け出した。
さっきの窓から外へ出たところで、黒マスク男は電話をかけた。
「こっちはうまくいったぞ。そっちはどうだ? なに、逃走中? 警報器が発報した? 警備会社のステッカーが貼ってないのに警報器が鳴ったというのか? そりゃ、罠だな。まんまと引っかかってしまったか――まあいい。後で合流しようや」
黒マスク男は電話を切ると、
「向こうは失敗したようだ」赤マスク男に言ったが、返事はない。「おい、どこ行った?」
足元からうめき声がした。
赤マスク男は外へ出るとき、窓枠に足を取られて、地面に転がっていた。
「痛ェ~。アニキ、これは三頭のウシのタタリですかねえ」
ああ、この男がドン臭いことを忘れていた。
「ウシの悪口を言うとインド人に怒られるぞ」
♪♪♪♪♪
黒マスク金髪男と赤マスク銀髪男が歌って、踊り出す。
手にはドライバーとペンチを持っている。
シンと静まった住宅街。ネコの子一匹歩いてない。
ご近所に通報されないように小さな声で、小さな振り付けで踊る。
♪深夜にうごめく怪しい二人~
そうさ、俺たちゃ泥棒さ~
お宝求めて昨日は西~ 今日は東~
明日は北~ あさって南~
日本中をあちこち旅する俺さ~
マイルはたくさん貯まっているぜ~
若いのだから、まともに働けよ~
そんな説教は聞き流す~
コンコン、コンコン(ドライバーでペンチを小さく叩く音)
♪いつかはデカいステーキを~
いつかはデカい高級車を~
いつかはデカい豪邸を~
夢はデカい泥棒さ~
夢がなければやってられない~
夢が俺たちの原動力さ~
今日も夢見て、泥棒稼業~
でも現実はアパート暮らし~
コンビニ弁当おいしいなあ~
コンコン、コンコン(ドライバーでペンチを小さく叩く音)
♪♪♪♪♪
「親分、大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「おお、またボギーか。お前には落ち着く日がないのか。今日はどうした?」
砂猫親分はティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、茂湯が拾いに行く。
「事務所の前に遺体が二つ転がってます!」
「今日は本当に大変じゃないか!」
いつも緩慢な動作の親分がすくっと立ち上がった。
親分を先頭に四人の子分が事務所を出て、エレベーターに駆け込む。
今は朝の四時。なかなか寝付けない親分に、四人の子分が付き合っていたら、この時間になっていたのだ。いつもは全員で就寝中のはずだったが、親分の高齢から来る不眠症が功を奏したようだ。たまたまタバコを買いに外へ出た墓魏が遺体を見つけたらしい。
まだ薄暗い玄関前に放置されていた遺体は黒マスクをした金髪男と、赤マスクをした銀髪男だった。見た感じは二人ともチンピラ風である。
遺体安置所で見かけるように、二体は仰向けの状態できちっと並べられている。その場所はちょうど防犯カメラの死角になっていた。
二体とも見たところ外傷はない。しかし背中に傷があるのかもしれない。
胸が上下してないことから、死んでいるものと思われた。
「誰だ、こいつらは?」親分が四人の子分を見渡した。
四人とも首を横に振った。
四人の幹部組員はそれぞれに子分を抱えている。しかし、見覚えのない顔ということだろう。
振津が親分に言った。
「高齢化が進んでいるうちの組にこんな若い奴らはいませんよ」
「そうか」親分は再び遺体を見下ろす。「とりあえず、マスクを外して、よく顔を見てみようや」
茂湯が長身をかがめて、遺体のマスクを剥ぎ取ろうとする。
「モユユ、待て。指紋が付いてしまうだろ。誰かモユユにハンカチを貸してやれ」
墓魏と振津は顔を見合わす。ハンカチなんか持ってるわけない。小学生の頃、学校に行くときは母親からハンカチとティッシュを持たされていたが、そのとき以来持ってない。
「ホッケよ。この中でハンカチを持ってるとしたら、ダンディなお前しかいない」
「もちろん持ってます」法華はそう言って、胸ポケットからシルクの赤いハンカチをシュルルと取り出して、茂湯に手渡す。マジックのように、ハンカチがステッキに変わるのかと親分は期待したが、ハンカチのままだった。マジックができる子分なんかいない。
茂湯はハンカチを手にして、二体の遺体のマスクを剥ぎ取った。
黒マスクと赤マスクが外されて、素顔が明らかになった。
かがみ込んでいる四人の子分はもう一度首を横に振った。
「親分、やはり知らない連中ですよ」茂湯が至近距離で遺体の顔を覗き込む。
「だったら、なんでここに放置するんだ?」親分が訊く。
訳の分からない四人は黙り込む。
「もしかしたら」墓魏が思い出した。「夜中の二時過ぎに警報器が鳴りましたが、あれと何か関係してるのではないですか?」
「ああ、モユユが見に行ってくれたが、誰もいなかったんだな」親分は茂湯を見る。
「事務所の周りを確かめに行きましたが、こんな遺体はありませんでした。ですので、誤報だと思ったのですが」
「どうも分からんな。だが、こいつらがうちの組の人間じゃないということは確かだろ。だったら、遺体をどこかへ運ぼうや。暴力団の事務所前に転がしておけば、いかにもわしらが殺したみたいじゃないか」
あいにくと早朝のため、通りに人影は見えない。
「今から車で遠くに運ぶのは大変だ。途中で警察にでも見つかったら、ややこしいことになるからな」親分は辺りを見渡す。「みんなで三軒隣くらいまで引きずって、放置して来い」
振津が親分に勇気を持って忠告する。
「しかし、親分。三軒隣は腰の曲がったヨボヨボのおばあちゃんが一人でやってるボロボロの駄菓子屋ですけど」
「構わん。警察は、こいつら二人が駄菓子屋へ泥棒に入ったら、おばあちゃんに見つかって、返り討ちにされたというストーリーを描くだろうよ」
四人の子分は心に中でつぶやく。
(ボロボロの駄菓子屋へ泥棒に入るかよ)(どんだけ弱いチンピラなんだよ)(スーパーおばあちゃんかよ)(警察はそこまでバカじゃないだろ)
だが、親分の指示は絶対である。
四人は協力して、二体の遺体を駄菓子屋の前までズルズルと引きずって放置したあと、逃げるように事務所へ戻って来て、各自布団の中に潜り込んだ。
そして、すぐに夜が明けた。
親分と四人の幹部組員は事務所内で朝のコーヒーを飲んでいた。見栄を張って、世界中から厳選して集めた高級なコーヒー豆を使用しているのだが、誰もコーヒーの味なんか分からない。そもそもコーヒー豆からコーヒーを作るのが面倒でたまらない。缶コーヒーでいいじゃないかと子分は思っているのだが、体裁を気にする親分が許さず、毎朝子分の誰かがコーヒー豆を挽いている。
「親分」振津がよく味の分からないコーヒーを飲み終えて言った。「遺体放置の件をずっと考えていたのですが」
「おお、プリッツ。寝ないで考えてくれたのか」親分はチンパンジー顔をクシャッと歪めて褒めてくれる。「さすが高卒のインテリは勉強熱心だな」
振津は、親分の高齢による不眠症に付き合って起きていたとは言えず、話を続ける。
「あの殺された二人のチンピラは神々教に何かをやらかしたのではないでしょうか」
「ほう。たとえば何だ?」
「信者をぶん殴るとか、大声で誹謗中傷するとか」
「教団本部にロケット弾を撃ち込むとか」
「それはうちの仕業ですよ――あるいは教団へ泥棒に入って見つかったとか」
「あの教団にはいろいろとお宝が眠ってそうだからな。信者の献金とか寄付とか、たくさんあるだろう。陽の観音像もあるからな。まさかそれを盗み出したというのか?」
「いやあ、そこまでは分かりませんが」
「陽の観音像は常に教祖のそばに置かれていると聞いてます」法華が教える。
「教祖がそこまで大事にしている観音像を盗んだのなら、命の保証もないだろうな」
「本当に陽の観音像を盗んだのか分かりませんが」再び、振津が話し出す。「あのチンピラがやらかした何らかの犯行を、神々教は我々砂猫組のせいだと勘違いしたのだと思います。キッチンカー襲撃の仕返しをされたと思ったのかもしれません。だから、二人を殺った後、見せしめと警告の意味で、うちの事務所前に転がしたのではないでしょうか」
「ふむ。プリッツの言うことだから、きっとそうだろう」
親分はすぐに結論付けた。
「だが、向こうの勘違いだとしても、嫌がらせをされて黙ってるわけにはいかない。わしら砂猫組のメンツがかかっとる。宗教団体と言えども、素人だ。任侠が素人に舐められるわけにはいかない。すぐに反撃をしようや」
四人の幹部は黙って親分の意見に従うことにした。
やがて、朝八時になった。
事務所の呼び鈴が押された。
モニターで確認すると、玄関前に警察官が勢ぞろいしていた。
♪♪♪♪♪
警察官が歌って、踊り出す。
手には手錠と警笛と警棒を持っている。
すでに朝八時なので、多少大きな声で歌っても大丈夫だ。
警察官は朝っぱらから元気だ。
普段からの鍛錬により、体にキレもある。
♪俺たちはおまわり、正義の使者さ~
強盗、詐欺師、痴漢に盗撮犯~
放火魔、のぞき、あおり運転に飲酒運転~
逃げてもトコトン追いかける~
悪党どもよ、覚悟せよ~
改心してまともになれ~
警官になって平和を守れ~
カシャカシャ、カシャカシャ(手錠を揺する音)
♪この世に悪がはびこる限り~
俺たちおまわり、休めない~
暴力団よ、覚悟せよ~
黙ってお縄につきやがれ~
寝不足だけどがんばるぞ~
たまには俺たち、休ませろ~
ハワイ旅行くらい連れて行け~
ピーピー、ピーピー(警笛を吹く音)
♪♪♪♪♪
墓魏が窓から見下ろしていた。
「親分、警官の奴らが朝からのんきに踊ってますぜ」
「よしっ、こっちも負けるな!」チンパンジー顔が吠える。「朝だけど踊るぞ!」
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
足腰が弱ってる親分のため、いつものように上半身だけのダンスだ。
手には木刀を持っている。
高級コーヒーを飲んだから、頭は冴えている。
味は分からなかったが、水分の補給になった。
♪何をこしゃくなおまわりどもよ~
任侠に生きるわしらを~
やれるものならやってみな~
ぶら下げてる手錠は飾りなのか~
捕まえられるものなら、捕まえてみろ~
そんな根性がお前らにあるのか~
あんまり本気を出してもらっても困るけどな~
ビュンビュンビュンビュン(木刀を振り回す音)
♪滑り台作って地元に貢献~
ベンチも芝生も喜ばれ~
キッチンカーも大繁盛~
これが今どきのヤクザだぜ~
世間に蛇蝎のごとく嫌われるヤクザじゃないぜ~
みなさんに慕われるヤクザだぜ~
みんなが憧れるヤクザだぜ~
シン・ヤクザだぜ~
ビュンビュンビュンビュン(木刀を振り回す音)
♪♪♪♪♪
三人の泥棒のうちの一人があわてて街を出ようとしていた。
駅のホームの柱の陰に隠れるようにして立ち、スマホを見るフリをして顔を隠し、今か今かと電車を待っている。
夜中、二人の泥棒仲間と合流しようと神々教団の敷地に入ったところで、その二人が惨殺されるところに出くわした。
何が起きたのか分からないまま、二人を見捨てて、逃げ出した。
どうせネットで応募した闇の仕事だ。黒マスク金髪男と赤マスク銀髪男の素性も知らない。どうなっても構うものか。金はもらえないけど、自分の命が先決だ。生きていれば、またいつかどこかで金儲けができる。死んだら何もできないじゃないか。
神々教団と暴力団事務所の二か所へ盗みに入る計画で、自分は暴力団事務所を任された。当初は二人で行く予定だったが、もう一人がビビッて逃走してしまい、俺一人になってしまったのだ。一人だと心細いが、報酬を独り占めできるので、決行することにした。
暴力団事務所の玄関先には防犯カメラがあるが裏口にはない。警備会社も入ってないから、簡単に忍び込めると聞いていたが、窓に手を掛けた瞬間、警報が鳴り響き、建物の中から人相の悪い男が飛び出して来た。
いったん植木の茂みに身を隠した後、必死になって逃げ出した。何も盗んではいないが、あの凶暴な顔からして、捕まったら殺されると思ったからだ。
こっちは失敗したと連絡をした後、同時刻に神々教団へ盗みに入っていた二人の元へ駆けつけてみると、なぜか暗闇にバイオリンを持った若い女が立っていた。
俺は訳が分からず、とっさに身を隠した。
敵か味方か分からなかったが、とりあえず隠れることにしたのだ。
女があまりにも不気味だったので、自分の本能がそうさせたのだ。
身を隠すのは今晩二回目だった。
黒マスク金髪男は陽の観音像を抱えて、教団から出ようとしていた。後ろからは赤マスク銀髪男が足を引きずりながら付いて来る。部屋に入るときと、窓から外に出るときの二度に渡って、足の同じ箇所を捻挫したのだ。
ダブル捻挫って、何だよ。
こんなドン臭い奴は初めて見た。
「おい、早くしろ。もうすぐ奴と合流するからな」黒マスクが急かす。
「アニキ、待ってください。足が痛くて、痛くて……」赤マスクが泣きそうになる。
「しょうがねえなあ。そもそも俺はお前のアニキじゃないからな。俺は二十二歳だけど、お前はいくつなんだ?」
「二十六です」
「年上じゃねえか! 年上ならもっとちゃんと働けよ――さっさと帰るぞ、年上!」
教団の敷地内。
暗がりの中に、赤いドレスを着た髪の長い女が立っていた。
「わっ、お化けですよ、アニキ!」赤マスクはビビる。
「だから、俺はアニキじゃないって」黒マスクは冷静だ。「それに、お化けが着るのは白い死に装束だ。バイオリンを弾くときに着るような赤いドレスなんか着るわけないだろ――やあ、どうも。こんばんは、お嬢さん」
「こんばんは」澄んだ声が返って来た。
赤いドレスから覗く足は二本。足があるということは、やはりお化けじゃないようだ。
「神々教団のお方ですか?」黒マスクが訊く。「俺たち、道に迷ってここに入り込んでしまって。こいつなんか人生に迷っていて」赤マスクを指差して、不法侵入を誤魔化す。
しかし……。
「いいえ、教団の者ではありません」ふたたび済んだ声。
「えっ? ではここで、こんな夜中に何をされてるのですか?」敬語で尋ねる。黒マスクも女が怖いのだ。
「お仕事をしております」手にしていたバイオリンを掲げる。
「やっぱりバイオリニストですか」予想が当たってうれしい。「そういえば、さっきからバイオリンの素敵な音色が聞こえてましたよ」何か変だなと思うが、納得したフリをする。隙を見て、逃げるためだ。「夜中は静かで音が通りますからね。観客がいないのが残念ですけどね」
「あなたは胸に何を抱えているのですか?」逆に訊かれる。
「ああ、これですか」黒マスクはあわてて胸元を隠す。
「それはさっき盗み出した観音像……。痛ェ!」赤マスクが口を滑らしそうになり、黒マスクは足を蹴っ飛ばす。
「胸に抱いているのは俺の熱い情熱だよ、お嬢さん」黒マスクはダンディを気取って、誤魔化す。「男にはパッションが付き物さ。ヤケドするんじゃねえぞ。というわけで、俺たちはこの辺で失礼いたします――おい、行くぞ、年上赤マスク!」
黒マスクは女バイオリニストの前をさっと通り過ぎる。
「ああ、待ってください、年下のアニキ!」
赤マスクも通り過ぎようとしたとき、背中に衝撃を感じた。
いきなり全身の力が抜けて、声も出せずに倒れ込む。
赤マスクが最期に見たのは、前を歩く黒マスクのアニキがバイオリンの弓で背中を突かれて、倒れ込む光景だった。
ああ、俺もあれで背中を突かれたのか。
どうりで痛いわけだ。
二人を続けざまに突き刺すとはすごい早業だ。
しかも、全然見えなかった。
そうか、赤いドレスなら返り血を浴びても目立たないな。
どうでもいいことに気付いたが、そのまま意識は薄れていった。
二人の遺体は砂猫組事務所の前に並べて放置された。
神々公園に水飲み場ができたという情報を持って来たのは、いつものように墓魏だった。
砂猫組四天王の中で最も子分の数が多いため、いろいろな情報が集まって来るのだ。
たちまち親分から指示が飛んだ。
「砂猫公園に、奴らの水飲み場に対抗するものを作れ!」
襲撃された三台のキッチンカーの代わりは補充されて、三十台のキッチンカーは通常に営業している。相変わらず、人は途切れず、あちこちで行列ができている。
警察は襲撃犯を追っているが、キッチンカーに衝突した車はすべて盗難車であり、運転手は何も証拠を残さず逃げてしまい、捜査は難航しているようだ。
「神々公園がリニューアルしたというから何だと思ったら、水飲み場ができただけとは、あまりにもショボいな」子分から報告を受けた墓魏が恐ろしい顔で笑う。
「だが、公園には水飲み場が不可欠だからな。盲点と言えば盲点だ」振津は少し悔しがる。
「親分が対抗しろと言うから、水つながりで、デカいプールでも作るか?」茂湯が提案する。
「公園にプールとは派手だな。あれから遊具も増えている。しだいに公園がテーマパーク化しつつあるな」法華も話し合いに加わる。
しかしその後、プールの案はしだいに加速していく。
「流れるプールがいいんじゃないか」「波が発生するやつがいいぞ。サーフィンもできるだろ」「冬でも入れるように温水プールがいいだろ」「だったら、もっと熱くして温泉にすればどうだ」「おお、露店温泉プールか」「海水プールというのもあるぞ」「海水プールならイルカが飼えるだろ」「いや、どうせならシャチにしようや」「アザラシはかわいくていいぞ」「シャチが喰っちまうだろ」「シャチよりデカいクジラを飼えばいいだろ」「水族館でイワシの大群を見たけど、あれはいいぞ」「マグロも入れようや。後で喰えるぞ」「俺はエイがいい。エイヒレで一杯飲みたいからな」「魚のことはよくわからんから、さかなクンに訊こうや」「お前はさかなクンと面識あるのかよ」「さかなクンが黒い交際をしてるとは思えんがな」
「待て、お前ら」親分が昼寝から目を覚ました。
ティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように大きく外れる。しかし、ゴミ箱横で待機していた茂湯がうまくキャッチして投げ入れた。
何度も同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。傾向には対策が必要だ。
LEDライトでゴミ箱全体が赤く光った。もはや無駄な機能には誰も感動しない。
「ごちゃごちゃ言っとるようだが、わしに任せろ」
「親分はさかなクンと面識があるのですか?」
「そういう意味じゃねえ。水飲み場というのは蛇口を捻ると水がピューと出てくるやつだろ。それをデカくすればいい。つまり噴水だ。噴水を作ろうや。公園には噴水も付き物だろ」
「おお!」四人の子分は、親分が珍しくまともなことを言ったので、ものすごく感動した。
「いいか、一番高い噴水を買うんだぞ。あちこちから水が噴き出して、色とりどりの光を放つやつだ。水飲み場の何倍もいいやつだぞ」
「へい!」
「イタリア製がいいんじゃないか。噴水と言えばイタリアだろ。ローマにトレビの泉というやつがあるだろ。あんな感じのやつを作ろうや――プリッツ、一番高い噴水はいくらするか、今すぐネットでチャチャッと調べてくれ」
「へい!」振津はポケットからスマホを取り出す。「一番高いのは二千五百万円ほどです」
「二万五千円の間違いじゃないのか?」
「いえ、確かに二千五百万円です。公園の噴水は二万五千円で作れないと思いますが」
「だったら間を取って二十五万円だ。近所の工務店にお願いして、二十五万円でトレビの泉っぽい噴水をドカーンと作ってもらえ」
「へい、分かりやした!」
先輩ヤクザが死守してきた土地である。
血と汗が地中深くまで染み込んでいる土地である。
その上に作った聖なる公園に歯向かう奴は許さない。
たとえ、しょぼい水飲み場でも、叩きつぶしてやる。
たとえ、相手が巨大な教団でも立ち向かってやる。
あんなカルト集団に舐められたら、業界の恥になる。
「今こそ、砂猫組の恐ろしさを見せてやれ!」
親分の檄が飛ぶ。
「これは公園同士の競争ではない。戦争だ!」
事務所内は情熱と活気で溢れていた。
そして、砂猫公園の中央にトレビの泉風の噴水が完成した。
本家と同じく幅が約二十メートルもある巨大な噴水には、さっそくたくさんの人が群がって、写真を撮りまくっている。
親分の希望通り、噴水のあちこちから水が噴き出し、昼間だというのに、色とりどりにライトアップされている。また本家をマネして、後ろ向きにコインを投げ込む人も後を絶たない。
完成した噴水を二人の男がベンチに座って、見守っている。
砂猫親分と法華である。最近の砂猫公園には遠方から足を運ぶ人たちも多く、大いに賑わっているため、二人が並んでいても目立たない。二人ともいつものスーツ姿ではなく、地味なスラックスに、地味なシャツを着ている。法華は髪を七三に分け、黒メガネをかけた銀行員のような風体なので、特に怪しまれることはない。
「後ろ向きに硬貨を投げ入れてる若いねえちゃんが、みんなオードリー・ヘップバーンに見えてくるな」親分はうれしそうだ。
「こんな立派な噴水を、工務店がよく二十五万円で作ってくれましたね」法華が感心する。
「ああ、ボギーが交渉してくれたからな」
墓魏は四人の幹部の中で最も凶悪な面構えをしている。かと言って、言葉で脅すことはしないし、組の名刺を渡すこともしない。ただ黙って相手の目を見ているだけで、勝手に何事も快く承諾してくれるのである。組にとっては便利な顔面である。コスパ最高である。
「噴水の中に沈んでる硬貨は全部工務店にあげるという契約だ。百年もすれば元が取れるだろ」親分はいい加減なことを言う。法華は頷くしかない。
「あの野郎、また五円玉を投げてやがる――おい、そこの若い男。ケチらないで五百円玉を投げ込まんかい!」
「親分!」法華が止める。「五円玉はご縁がありますようにという意味がありますから」
「ローマにはあんなセコい奴はおらんだろ」
「ローマに五円玉はありませんよ」
目の前に人が立った。
「おお、これは桃賀さん」親分が立ち上がろうとする。法華も腰を浮かす。
「いや、構わんよ」砂猫公園の管理人桃賀は、二人にそのまま座るように言って、親分の隣に腰かける。「親分のお陰でこうして公園が賑わっておるし、毎日が忙しいよ」
「神々教がうちに対抗して公園を作りましたので、負けないようにがんばっております」
親分は自慢げに話す。
「神々教は長年の宿敵だからしっかり頼むよ」桃賀はニコニコしながら言う。
「へい!」「へい!」親分と法華は中腰になって返事をする。
「それにしても、大きな噴水だね」桃賀は噴水を見て、目を細める。「何だか大きな工事をやっておったと思ったら、噴水だったとはな」
「神々公園が水飲み場を作りましたので、こちらは巨大噴水で勝負しました」
「噴水は誰のアイデアかね?」
「もちろんうちの親分です!」法華が胸を張る。
「いやあ、ホッケよ。デカい声で言わんでいいよ」親分が珍しく照れる。
「キッチンカーといい、噴水といい、地元の皆さんは喜んでおるよ。よくやってくれたね」
「へい、ありがとうございます」二人は座ったまま、頭を下げる。
「では、わしは仕事が残っておるでね、この辺で失礼するよ」
「桃賀総長、また来ますので」砂猫親分が言う。
「組長よ。わしはすでに八十を越えて、今は一日の大半をこうして公園の世話で過ごしておる。任侠の世界からは半分引退したようなものだ。ゆえに総長ではなく、桃賀さん、もしくは管理人さんでよい」
「へい、分かりやした!」
「組長よ」桃賀は辺りを見渡す。たくさんの笑顔が見える。「平和はいいものだな」
「御意にござります」親分と法華は頭を下げて、管理人室に戻って行く桃賀を見送った。
かつて桃賀は砂猫組の組長であったが、今はさらに総長へと出世していた。
事務所に飾られている歴代組長の凶悪な面の写真の中で、唯一温厚そうな顔をしていたのは組長時代の桃賀の写真であった。
大掛かりになってきた砂猫公園を維持するために、総長である桃賀は管理人として、毎日せっせと働いていた。
砂猫公園は今日も活況を呈している。それはこれからも続くと思われた。
朝からイチゴ幼稚園の園児たちがお散歩に来てくれている。オープン当初からある古城を模した大きな滑り台は相変わらず人気だし、横幅が長いジャングルジムも賑わっているし、シーソー、ブランコといった定番の遊具も子供たちで溢れている。あちこちに置かれた花壇は満開だし、ベテラン庭師によって、動物の形に剪定された樹木も好評だ。五十基のベンチには若いカップルや年配の夫婦で占められていて、天然芝にペットの犬と一緒に寝転んでいる人や、シートを敷いてお弁当を食べたり、お茶を飲んでる人も多い。また、ズラリと並んだ三十台ものキッチンカーも、いまだに行列が途切れない。他のキッチンカーに負けじとばかり、新作の料理を次々に発売し、新たな客層を取り込むという相乗効果も出ていたからだ。
「平和か。確かにそうだな」砂猫親分がしんみりと口にする。「よしっ、一句できたぞ」
法華は信じられないという顔で親分を見る。
「春の日は 春めく公園で桜餅喰って 春の夢」自慢げに法華を見る。「どうだ、ホッケ」
「素晴らしいです。季語が四つも入ってます」
「大盤振る舞いだろ」
“砂猫公園に大きな噴水ができた。これはすごいや。お金を投げ込んでる人がいっぱいいる。なぜだろう。何かのおまじないかなあ。ぼくも後でお小遣いを投げ入れよう。なんかいいことがあるかもしれない。わっ、光った。そうか、この噴水は光るんだ。ライトアップというやつだ。そんな仕掛けがしてあるとはすごいなあ。お金がかかってるなあ。神々公園の水飲み場とは違うなあ。こうして見下ろしてみると、みんな写真を撮ってるなあ。こんな大きな噴水はテレビでしか見たことがないから、みんな撮るだろうなあ。でも、上から写真を撮っているのはぼくだけさ。ぼくはいつもこの街を上から見ているのさ――周人”
♪♪♪♪♪
総長、組長、法華が歌って、踊り出す。
三人とも手には軍手をはめている。桃賀がいつも仕事で使っているものだ。
薄暗い夕暮れ時に白い軍手が映える。
軍手をしたおじいさんが二人と中年男が一人。
変な組み合わせだが仕方がない。
総長が踊ると言うのだから、組長も幹部も逆らえない。
上意下達が徹底された業界である。
♪わしらが作った公園が地元の皆様に大人気~
金はかかったけど、地元に還元したと思えば何ともない~
市民のやすらぎ、癒しの場~
みんなタダだから寄っといで~
ワンちゃん、ネコちゃん、ペットもいいよ~
たくさんの遊具が揃っているよ~
おいしいものが待っているよ~
神々公園がナンボのもんじゃ~
うちのマネして公園作るな~
ヒラヒラ、ヒラヒラ(白い軍手が揺れる)
♪さんざん悪いことをしてきたわしだけど~
年を取って来て、慈悲の心が芽生えたか~
草むしりに、ゴミ拾い、芝の手入れに、お花の水やり~
人々に喜んでもらえることが~
こんなに楽しいとは思わなんだ~
もっと早く改心してればよかったなあ~
だけど、今からでも遅くはない~
これからもみなさんのお役に立つぞ~
そのうち勲章でもくれるだろ~
ヒラヒラ、ヒラヒラ(白い軍手が揺れる)
♪♪♪♪♪
砂猫組総長の桃賀武蔵がゆっくり管理人室へ向かって歩いて行く。
砂猫組組長の砂猫森之助は先ほどの総長の言葉を頭の中で反芻する。
“神々教は長年の宿敵だからしっかり頼むよ”
あれはわしらに対する期待の言葉だったに違いない。
わしらに発破をかけて下さったに違いない。
わしと総長の目の黒いうちに、奴らを叩きつぶしてやる。
教団をバラバラに解体して、再起不能に陥らせてやる。
教祖を路頭に迷わせてやる。
組長はそう心に誓った。
そして、隣に座っているホッケもそう誓ったに違いないと思った。
夕方になっても、トレビの泉風の噴水周辺はまだまだ人が絶えない。
神々公園の水飲み場は閑古鳥が鳴いていることだろう。
砂猫公園に対抗して公園を作ったのが、そもそもの間違いだ。
ざまあみろだ。
親分は一人でニヤニヤと笑っている。
それを見た法華も顔には出さないが、心でニヤついている。
二人はこの公園ができたことで、あの世で砂猫組OBのみなさんも喜んで下さっていると信じていた。
「告解部屋で待っててくださいね」
神々教の外国人幹部のメイソンは恵子おばちゃんにそう言われ、飛鳥井教会の荘厳な建物に向かって歩き出した。金髪のうえ、かなりの長身のためよく目立つが、教会に外国人がいても不思議ではない。そもそも外国から来た宗教である。むしろ外国人の方がよく似合う。
「クレイジーだ」メイソンは歩きながらつぶやく。
振り返るとバザー会場が見えた。
教会の敷地内で、毎週土曜日に特養老人ホームに入居している人たちが手作りした品物を安く売っていて、今週もたくさんの人で賑わっている。家族連れもいるし、部活帰りの学生の姿もチラホラ見える。
コロコロした体型の恵子おばちゃんは、お客さんを相手に大きな口を開けて笑っている。
「あんなどこにでもいるようなおばちゃんが殺し屋を斡旋しているなんて。しかも教会でなんて……」
メイソンはまた吐き捨てるように言った。
「クレイジーだ」
教会に入ると扉が二つ付いた小さな独立した部屋が見えてきた。告解部屋である。片方の扉から恵子おばちゃんが入り、もう片方の扉からは依頼人が入る。部屋の中は仕切られていて、仕切り板には格子の嵌まった小さな窓が付いていた。
長身のメイソンにとっては窮屈な空間だった。
小さな告解部屋を見渡す。
ここで神様に罪を許してもらうのか。
「つまりワタシは迷える子羊というわけか」
いつもはここに幹部の穴田が来る。今日は教祖様に呼ばれたため、来れないらしい。代わりにメイソンが指名された。初めて入る告解部屋に興味津々だった。
十五分ほど待たされたあと、もう片方の空間に恵子おばちゃんがやって来て、どっこらしょと言って座った。バザーのときに付けていたピンクのエプロンははずしている。
「メイソンさん、お待ちどうさん。なかなか客足が途切れなくて、ごめんなさいね」
メイソンが来るということは穴田からの連絡で分かっていたらしい。
「先日紹介した音大生はどうだった?」恵子おばちゃんはニコニコしながら訊いてくる。
「はい。ちゃんと仕事をこなしてくれました」
音大生は、教会の敷地内に入り込んだ二人の泥棒を、バイオリンを使って惨殺していた。
「あの子はなかなか腕がよくてね。今まで失敗したことはないんよ」
つまり音大生は何人もの人を殺していることになる。
クレイジーだ。
神々教の天敵である砂猫組の攻撃に備えて、穴田が恵子おばちゃんから女子音大生を斡旋してもらった。今どき警備会社を入れていないので、警備員代わりとして依頼したのである。
ここのところ、神々教と砂猫組の対立は激しさを増していた。
神々教は信者を脱会させられたのに対抗して、組員を連れ去ったのはいいが、その報復として、砂猫組から玄関先へロケット弾を撃ち込まれた。
また、お互いの力を誇示するかのように、管理する公園の整備を進めていた。遊具を新設すれば、相手も遊具を。屋台村を展開すれば、向こうはキッチンカーを並べてきた。
第三者からすると非常に幼稚な争いだが、当事者はいたって真剣であり、現に死者も出ていた。
そんな状況下で、音大生に依頼されたのは夜間、教団の庭先でバイオリンの練習をしながら敵に備えるという仕事だった。
そこへまんまと二人の泥棒が入って来て、観音像を持ち出そうとした。
二人は音もなく殺された。武器はバイオリンだった。バイオリンなのに音もないとは皮肉だ。
遺体は見せしめとして、砂猫組の事務所の前に放置しておいた。組員だと思ったからだ。しかし、その後の警察の捜査から、二人は組とは関係のないただのコソ泥だと分かった。警察が以前からマークしていた金髪と銀髪の二人組の泥棒だったらしい。
だが、構うことはない。世の悪党を二匹退治できたのだから、平和な世の中に一歩近づいたということだ――それは神々教の総意であった。
音大生はいい仕事をしてくれた。何一つ証拠を残さなかったのだ。一流の殺し屋だった。よって、今日まで教団に警察からは問い合わせの一つもない。逆に砂猫組には家宅捜索が入ったようだ。
ざまあみろだ。
メイソンは笑いそうになるが、ここが告解部屋であることを思い出し、口をつぐむ。
砂猫組はわれわれの水飲み場に対抗して、巨大な噴水を造り上げた。
報告を受けた教祖様のご機嫌がよろしくない。
ご機嫌をよくするには砂猫組に犠牲者が必要だった。
一人の男性がエレベーターに乗って、小さなビルの三階に到着した。
ジーンズ姿の若い男性は“脱出本舗”と書かれた半透明のドアを見つけると、緊張した面持ちで、中へ入って行った。そこはビルの薄汚れた外観と相反し、青を基調とした落ち着いた色に統一された、とてもきれいな内装の事務所だった。
紺色のスーツを着た女性事務員に勧められるまま応接間に座った。
すぐにその女性事務員がお茶を乗せたお盆を持って戻って来た。器用にも脇に資料を閉じたバインダーを挟んでいる。お茶くみと応対を一人でこなすということは、他に人がいないのかもしれない。
「山賀様、お待ちしておりました。私は脱出本舗の源田と申します。システムはお電話でお話しした通りなのですが、何かご不明な点はございますか?」
初めての顧客に対するいつものセリフである。
今回の相談者である山賀は結婚二年目で、同い年の妻と一歳になる娘の三人家族だった。妻の山賀弥生が半年ほど前に神々教へ入信し、家に帰って来なくなったという。
信者を取り戻す料金は一律百万円であり、失敗した時には倍の二百万円にして返却するというシステムには了承してもらっていた。
「私どもは全力で対処したします。近いうちに必ず奥様を連れ戻してみせます」
「よろしくお願いします」夫は緊張した面持ちで、頭を下げる。百万円という大金をはたいているのだから仕方あるまい。
「しかし、気がかりなことが一点ございます」源田は顔を曇らせる――という演技をする。「家に戻られた奥様がまた出て行ってしまわれないかと心配しております。と言いますのは、連れ戻すまでが私どもの仕事でして、その後のことはそちらで対応していただかなくてはなりません。また出て行かれたら、また連れ戻せばいいのですが、何度も同じことを繰り返すわけにはいきません。経済的にも精神的にも負担になると思うからです。おせっかいでしょうが、私どもはその点を不安に感じております」
山賀はウンウンと頷いて見せた。
「そこまで気を使っていただいて、ありがとうございます。これを見てください」源田にスマホの画面を見せる。「娘と犬です」
そこには娘が微笑む顔とチワワが写っていた。
「妻は僕と一歳になる娘と買い始めたチワワを置いて家を出ました。この娘と犬の力を借りて説得するしかありません。元々は真面目で一生懸命に育児をする妻でした。そして、犬をとてもかわいがっていたのです。それが、どこをどう間違ってしまったのか分かりませんが、昔の妻に戻ってもらうことはできると信じてます」
「承知いたしました」源田は安心した表情を浮かべる。「信じることは大切なことです」
「しかし、僕が教団に行っても門前払いでして、妻は受付業務を担当しているみたいで、玄関からもその姿が見えるのですが、話もさせてくれません。娘と犬の写真を見せて、話しさえすれば、目を覚まして元の妻に戻ってくれると思ってます」
山賀が契約書に署名捺印をして、源田がクーリングオフの説明をしたところで、髪を七三に分けて、黒メガネをかけた男がやって来た。格好はまともだが、顔がいかついので、真面目なのか怖い人なのかよく分からない男だった。
「私が山賀さんの担当をさせていただきます」
男は低い声でそう言うと、目の前に名刺を差し出した。
“脱出本舗 主任 法華 智行”
「主任の法華が施設内から奥様を連れ出します」源田が笑顔で言った。「決して乱暴なことは致しませんので、ご安心くださいませ。今までそういったトラブルは一度も起きておりませんので」
法華の顔面を含んだ全身からは常に暴力が感じられる。だが、源田はすかさずそれを否定した。顧客が危険を感じて、契約を取りやめられたら困るからだ。犯罪に加担すると思われてはいけない。何事も笑顔でさらっと言えば、ちゃんと信用してくれる。
山賀は安心してくれたようで、何度も頭を下げながら帰って行った。
法華はニヤリと笑って、源田に告げた。
「脱出には犬をうまく利用しましょう。チワワは小さい犬ですが、大きな力になってくれるでしょう」
♪♪♪♪♪
源田と法華が歌って、踊り出す。
中年コンビなのでダンスはあまりうまくない。
しかも二人で踊るので誤魔化しようがない。
間違えたらすぐにバレてしまう。
ぎこちないながらも、シンクロさせていく。
手にはパソコンのキーボードの隙間を掃除するハタキを持っている。
♪カルト教団に囚われた信者を脱出させる脱出本舗~
教祖の報復も気にせずに~
神さまも仏さまも恐れずに~
バチもタタリも怖がらず~
脱出させるよ、太陽の下に~
必ず帰すよ、家族の元に~
ちょっと強引だけど仕方がない~
話せば分かる奴らじゃない~
常識が通じる連中じゃない~
パサパサ、パサパサ(キーボード用のハタキの音)
♪料金は少し高めだけれど~
こっちも命がけの商売さ~
一つ間違えりゃ、犯罪者~
うまく行けば、聖人さ~
依頼者のみなさん、信用してね~
依頼者のみなさん、待っててね~
きっと吉報を届けるよ~
平和な家庭に戻れるよ~
楽しい人生に戻れるよ~
パサパサ、パサパサ(キーボード用のハタキの音)
♪♪♪♪♪
砂猫親分は事務所で一枚の図面に見入っていた。
「ほう、これがドッグランというやつか」
そこには設計図と一緒に完成予想図も描かれていた。
柵で囲まれた広大な区域内を数匹の犬が走り回っている。ハードルやトンネルやシーソーといった犬用の遊具も設置されている大規模なドッグランだ。
「リードを外して自由に走らせるわけだな。いいじゃないか」親分はご満悦である。「普段全力で走れない大型犬も大喜びだろう。フリスビーを投げて走らせているシーンをテレビでよく見るぞ。あれをやってもらおうや――よく思いついたな。さすがホッケだ」
公園内にドッグランを新設しましょうと提案してきたのは法華だった。ドッグランは法華の脱出本舗の主任としてのシノギにも関わってくるという。
親分はすぐに承諾した。
地元の犬好きの皆さんに喜んでもらえるし、シノギの百万円も入ってくる。それに神々公園にドッグランはない。公園戦争において、砂猫公園がまた一歩リードできる。
つまり、一石三鳥ということだ。
「犬なのに一石三鳥はいいじゃないか――大きさは二百坪か」親分は大きさに感心する。
「二百坪といっても砂猫公園のほんの一部にしか過ぎません。ドッグランには天然芝をそのまま利用します」法華が説明する。
「いいじゃないか。神々公園は安物の人工芝らしいな。ざまみろだな」
「ドッグランの一部には新たに砂を入れて、犬用の砂場を作ります。砂場に穴を掘ったり、寝転んだりして、遊んでくれるでしょう」
「おお、犬は穴掘りが好きだからな。昔話にも、ここ掘れワンワンが出てくるぞ。よしっ、最高級の砂にしようや――鳥取砂丘の砂はどうだ?」
「あそこは砂丘ですが、砂が高級かどうかは分かりません」
「そうか。あの辺りはうちの先祖が住んでおったのだがな。だったら、甲子園の砂はどうだ?」
「わしらは高校球児ではありませんので」
「ああ、そうだったな。グランドに砂の採掘後のデカい穴が開いたら、野球をするのに邪魔だからな――とにかく、犬が好きそうな砂を選んでくれ」
「それと、一般的にドッグランの入場料は一時間千円くらいですが、いかがいたしましょうか?」
「そんなもん無料にしろ。砂猫公園が太っ腹なところを見せつけるんだ。せこい神々公園がドッグランに対抗するにはキャットランでも作るしかないだろ。猫はそんなに運動しないから迷惑だろうな。もっとも、奴らにもプライドがある。砂猫公園には猫の文字が入っておる。神々公園に猫の施設なんか意地でも作らんだろう。やはり、しょぼい人工芝ドッグランだろうな。わっはっは」
砂猫親分はもう一度完成予想図に目をやって、満足そうに頷いた。
「山賀さん」
呼ばれて顔を上げると、幹部の八丈島が立っていた。いつものように清掃員の格好をして、
フローリングワイパーを手にしている。
来客者の情報をパソコンに入力中だったが、あわてて立ち上がった。相手は教団幹部だ。
「実はね、山賀さん。神々公園にドッグランを作ることになったのだよ」
「ドッグランですか!? 私は犬が大好きなんです」
「ほう、そうですか。そいつは都合がいい。急で申し訳ないんだが、ドッグランに敷く砂を買いに行ってほしいのだよ。犬が好きなら、どんな砂がいいのか分かるのではないかな」
「それはどうか分かりませんが、私の修行の一環として、お受けいたしたく思います」
「それはありがたい。軽トラを用意しておいたから、明日の午前中に行ってくれるかな。先方には伝えてある」
八丈島はそう言って、山賀に建材店の名前と場所を教えた。
そこへ若い男性がやって来た。
「入信五年目の犬井君だ。山賀さんの先輩になる。明日は彼と一緒に行動してください」
「犬井です。よろしくお願いします」自己紹介をしてくる。
「山賀です。よろしくお願いします」あわてて自己紹介を返す。
神々教は全国に支部を持つ巨大な宗教団体だ。新人の山賀が知らない信者はたくさんいる。犬井と名乗った男も本部では見かけたことはない。どこか近隣の支部から派遣されてきたのだろう。
「名前が犬井だから、彼が指名されたわけではないよ」八丈島は笑いながら話す。「彼も修行の一環として、今回呼ばれたのだよ。前職はトラックドライバーだから運転は大丈夫だ。ドッグラン用の砂を買って帰るだけの簡単な仕事だが、教祖様が非常に期待をされている」
「えぇっ!?」二人は同時に驚きの声を上げた。「教祖様が!?」
山賀と犬井の背筋が伸びる。
「犬井君。明日はしっかり頼むよ。安全第一でな。助手席に美人が乗ってるからといって、よそ見運転はしないようにな」
「はい、分かりました!」
犬井は元気に返事をしたが、美人と言われた山賀は恥ずかしそうにうつむいた。
その後、八丈島は明日本部を出発する時間、走るルートなどを細かく指示してきた。建材店で砂を積み込んだ後、本部には昼の十二時に帰還する予定だった。
十五分後、八丈島は教団の中庭にいた。庭といってもかなり広いスペースがあり、ここだと誰にも電話の声は聞かれないし、人が近づいて来てもすぐに分かる。
電話の相手に、明日砂を運ぶ軽トラのナンバーや走るルートを教えている。
「教団を朝の十時に出発予定です。運転は犬井という若い男。助手席に山賀さん……」
そして、相手からの質問にいくつか答える。
「では、法華さん。明日もよろしくお願いします」
八丈島はご丁寧にも、スマホを耳に当てたまま頭を下げた。
昭和生まれの人間がよくやる仕草だった。
翌日、昼の十二時に教団本部へ砂を積んで帰って来る予定だった軽トラックは戻って来なかった。建材店へ行く途中で、大型トラックに運転席側から追突されて動けなくなったからだ。
軽トラックを運転していた犬井は右腕と右足を骨折して重傷。助手席にいた山賀は行方が知れず、ぶつかって来た大型トラックの運転手もトラックを置いたまま行方をくらましていた。
事故が発生した場所は畑に囲まれた信号のない丁字路だった。あたりには商店も民家もなく、普段から人通りも少ないため、防犯カメラも設置されておらず、目撃者もいなかった。
道路にはブレーキ痕がなく、大型トラックが軽トラックにノーブレーキで突っ込んだと思われた。
その後、大型トラックは盗難車だと判明したが、車内に犯人の手掛かりになる遺留品は何も残されてなかった。警察は入院した犬井の回復を待って、詳しい事情を聴く方針である。
飛鳥井教会でバザーを主催している恵子おばちゃんは牡蠣小屋にいた。
牡蠣を始めとする新鮮な魚介類が用意してあり、それを買ってテーブルに持って行き、炭火を使って、自分で焼いて食べるというシステムだ。
三百席ほどあるが、どの席もお客さんで埋まって、たいへん賑わっている。中には、煙や炎が豪快に上がっている席もある。
恵子おばちゃんは毎月この牡蠣小屋にやって来て、新鮮な食材を堪能している。決して高級な食事ではないが、いつもがんばって働いている自分へのご褒美だ。
教会でのバザーの仕事は楽しい。大きな声を張り上げて、お客さんに笑顔を振りまくのは性に合っている。たいした儲けはないが、地元の人たちに喜んでもらえればいいと思っている。
一方、裏の稼業は人一倍神経を使う。
相手がたとえ悪であろうと差別することなく、何らかの役に立とうと長年この仲介業をしているのだが、慣れることはない。常に過重なストレスが付きまとう。
闇に生きていた亡き夫からこの仕事を引き継いだ。夫の代で終わるはずだったのだが、あと一代でいいから続けてほしいという要望がいろいろな筋から寄せられた。
夫の遺志を継ぐ形で、そして私の代で終わらせるという条件で、闇の仲介業は続けている。
実行するのは自分ではなく、あくまでも仲介なのだが、時として良心の呵責が生じる。仲介後の成り行きを聞くと、居ても立っても居られなくなることもある。
良かれと思ってやっていることだが、不安にさいなまれることもある。
眠れなくなる夜もある。
そんなときには食べるに限る。
食べて、食べて、食べまくって、嫌なことは忘れる。下戸だから酒は飲まず、食べるに徹する。
目の前には牡蠣だけでなく、ホタテやサザエやイカやタコまでもが並べてある。
そこへ顔見知りの女性店員が通りかかった。
「おや、恵子おばちゃん、今日も派手に喰ってるね!」
大きなお世話だと思いながらも、伊勢エビを突っついていた箸を止めて、笑顔を返す。
「地味に喰ってたら、不味いでしょ!」文句を言ってやる。
「そりゃそうだ」店員はデカい口で笑う。
恵子おばちゃんの言葉に反応したかのように、いきなり派手な炎が上がる。
危ない、危ないと言って顔を遠ざける。
「美しい顔をヤケドしないようにね」店員がからかう。
「大丈夫。こう見えても反射神経はいいからね――ところで、海女小屋は混んでる?」恵子おばちゃんが声を潜めて尋ねる。
「もちろんよ。恵子おばちゃんのために空けてあるよ」
「そうかい。いつもありがとね。後で寄ってみるかね」
「ああ、それがいいよ。アコヤさんが今や遅しと待ってるでしょ」
漁場に近い場所には漁を終えた海女さんが休憩をするための木造の小屋がある。小屋の中央に囲炉裏があり、壁にはウェットスーツが吊り下げてある。海女さんの衣装は磯着と呼ばれる白木綿の衣装だったが、今はウェットスーツに変わってきている。体温低下やケガの防止のためである。
恵子おばちゃんは勝手知ったようで、こんにちは~と声をかけると、海女小屋の中にズカズカと入って行った。
中では白いエプロンをした中年女性が待っていた。彼女はアコヤさんと呼ばれていた。以前、真珠専門の海女をしていたからだ。今は真珠も養殖となり、海女さんが潜る必要もなくなったため、ここで牡蠣やアワビを獲っている。アコヤという呼び名だけがそのまま使われていた。
二人は簡単に挨拶を済ませると、さっそく裏ビジネスの話に移った。
部屋の隅にある年季の入った木製の机に向き合う。
「これが今回のターゲットね」恵子おばちゃんが数枚の写真を並べた。
「どれどれ。あら、ずいぶんと人相が悪いね」アコヤさんはエプロンの裾で手を拭きながら笑う。「でも体は小さそうだね。私と変わらないでしょうに」
アコヤさんは中年の域に達しているが、長年海女をやって来たお陰で余計な脂肪分は付いてなく、体付きはスリムで美しい。
「小さくても、現役のヤクザ者だからね。―—アコヤさん、大丈夫?」
「もちろんよぉ。何年この仕事をやってると思ってんの。相手が誰でも仕事はきちんとこなすよ――で、程度はどのくらい?」
「クライアントからは死なない程度と言われてるけど、加減は大丈夫?」
「それは保証できないねえ。相手が大人しくしていれば軽傷で済むけど、暴れたり、歯向かってきたりしたら、こちらも自分の身を守らなきゃならないから、どうなるかはやってみないと分からないねえ」
「まあ、死んだら死んだで、街からダニが一匹いなくなったわけだから、喜ばれるでしょう」
「そうだよね。そう考えないと、いくら報酬が多いからといっても、やってられないからねえ」
「じゃあ、アコヤさん。取引成立ということで乾杯しましょう!」恵子おばちゃんは高らかに笑う。「成功を祈って、乾杯!」
「成功するに決まってるでしょ――はい、乾杯!」アコヤさんも不敵に笑った。
♪♪♪♪♪
恵子おばちゃんとアコヤさんは海女小屋の中で歌って、踊り出す。
古い木造の小屋のため、恵子おばちゃんの体重で床が抜けないように気を付ける。
波の音に負けないように大きな声を出す。
二人とも手に大きな伊勢エビの殻を持っている。
♪ここは海女小屋、海の小屋~
ちょっと古いけど~
潮風にも耐えてきたよ~
新鮮な海の幸が上がってくるよ~
海女さんが命がけで獲って来たよ~
魚に貝に海藻類に甲殻類~
おいしいものが溢れてる~
カチカチ、カチカチ(伊勢エビの殻を合わす音)
♪海女さんだから女だよ~
獲ってくるのは美女ばかり~
美女が獲ったから美味しいよ~
間違って海女さんを食べないでね~
中にはおばちゃん海女がいるからね~
おばちゃん好きなら寄っといで~
カチカチ、カチカチ(伊勢エビの殻を合わす音)
♪♪♪♪♪
後編につづく。
右京之介
公園の真ん中に西洋の古い城を模したカラフルで大きな滑り台が完成した。
城の壁面は白色で統一されていて、てっぺんには四つのトンガリ屋根がそびえ立ち、屋根のふもとからは東西南北の四方向に向かって、十メートルほどの滑り台が伸びている。
それぞれの屋根と滑り台は赤色、青色、黄色、緑色の四色に色分けされていて、全体を見渡すと、おとぎの国に出てくるお城のようだった。
今日は日曜日。
公園には、朝からこの滑り台を目当てに子供たちが押しかけて、行列を作っていた。小さな子供は保護者同伴で来ていたため、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの姿も目立つ。散歩に連れて来られた犬もいつもと違う雰囲気に興奮して、大はしゃぎをしている。
ここは公園という名が付いていたが、柵で囲まれただけの空き地で、樹木は植えられておらず、公園に付き物のベンチさえなく、遊具も何一つ設置されてなかった。
だから、朝から行列ができるのも無理はない。遮蔽物がないため、子供たちはかくれんぼもできず、いつも走り回るだけの単純な遊びしかできなかったのに、今日は滑り台で遊べる。
しかも、絵本でしか見たことないような巨大なお城の滑り台だ。こんな滑り台は他の公園にはない。だから誰も滑ったことはなかった。
空き地といっても広大で、東京ドームがすっぽり入ると、東京ドームをテレビでしか見たことがない人たちがウワサをするくらい大きい。実際に東京ドームは入りそうもないが、野球の試合が余裕でできるくらいの大きさはある。一般にある高校のグラウンドよりすこし大きいくらいだ。
そんな遊具もない広いだけの公園が住宅街の中にポツンと存在し、住人たちの憩いの場となっていた。ただの空き地だったのだが、この辺りは住宅が密集している地域で、たくさんの子供たちが走り回れるような大きな場所は他になかったからだ。
奇妙なことに、この公園の持ち主が誰なのかは分からなかった。
しかし、入口には自由にお入りくださいと書かれた看板が以前から取り付けてあり、近隣住民は子供を遊ばせたり、犬を散歩させたり、老人がくつろいだりしていた。
ところがある日突然工事が始まり、なぜか公園の中央に巨大な滑り台だけが完成していた。
柵に取り付けてあった工事のスケジュール表から、今日が滑り台の完成日だと子供たちは気づいていた。当日はどうか晴れますようにという願いも叶い、公園は大賑わいになっている。
こんな空き地と変わらないような公園にも管理人がいた。
西の隅に小さなプレハブの管理人室があり、一人の老人が昼間だけやって来ていた。見た目からすると八十歳くらいだが、子供たちの間では二百歳を越えた妖怪と言われている。しかし、本人が年齢を教えてくれないのだから、本当のことは分からない。
老人はいつも灰色の作業着を着て、灰色の帽子をかぶっている。胸には“桃賀”という手書きの名札を付けていた。
管理人といっても公園内には何もないため、仕事といえば、雑草を引っこ抜くか、ときどき落ちているゴミを拾うか、陽が暮れても帰らない子供を追い立てるくらいしかないのだが、どこから派遣されているのか、いくらくらい給料をもらっているのか、知る者はいなかった。管理人の個人的な事情を尋ねるような物好きな人はいなかったし、気難しそうで、どことなく気軽に話し掛けられるような雰囲気がなかったからだ。
しかし、この滑り台ができたことで人も増えるから、いつもヒマそうな管理人さんも少しは忙しくなるのではと、みんなは思っていた。
“いつもはあまり人がいない公園だけど、今はすごくたくさんの人であふれている。大きなすべり台ができたからだ。朝早くから行列ができていてびっくりした。ぼくも後からすべりに行こうと思っている。その前にこのすべり台を上からゆっくり観察しよう。お城から伸びているすべり台は四本もある。まるで何かの生き物が公園にやって来たように見える。八本あればタコで、十本あればイカなんだけど。でもこれがすごい。原っぱのような場所に突然現れたのだから。四本のすべり台には全部行列ができている。一番長い行列は赤色のすべり台だ。逆に一番短いのは緑色だ。すべり台は四本あるけど、色が違うだけで長さも角度も同じだ。だったら順番がすぐに回って来る緑色のすべり台に並べばいいのだけど、どの色の行列が少ないのかは、こうやって上から見下ろさないと分からないのだろうなあ――周人”
巨大な滑り台から滑り降りて来た子供たちは顔を真っ赤にさせて、はしゃぎ回っている。大きな歓声が公園内に響く。今まで滑ったことがない高さと長さであり、スピードもかなり出るので、興奮を隠し切れないようだ。
それは付き添っているお父さんも同じだった。
もう一回滑りたいと言う子供に笑顔で答える表情を見ても分かる。
しかも遊園地と違って、何度滑ってもタダだし、閉園時間はないので時計を気にする必要もない。訪れている人たちはほとんどが近くに住んでいるため、日が暮れるまで遊べる。
飽きることなく滑り続けるリピーターのお陰で、滑り台の行列は途切れない。遊具はこれしかないので並ばざるを得ないのだ。怖くて滑れない幼い子供たちも、お城の滑り台の周りに集まっていて、滑っている人たちを羨ましそうに見上げていた。
♪♪♪♪♪
子供たちが滑り台を囲んで、歌って、踊り出す。
滑っている子供たちも両手をあげて踊り出す。
ほとんど小学生だがダンスはうまい。
周りでは保護者が手拍子を始める。
♪大きな公園はボクらの遊び場さ~
いつもは走るだけの公園だったけど~
今日は滑り台ができたのさ~
今は滑り台しかないけれど~
ボクらはこれだけで十分さ~
ボクらは滑る~ 風を切って~
滑り台は長い~ 滑り台は高い~
だから、ちょっぴり怖いんだ~
だけど勇気が背中をドーンと押してくれる~
パチパチ、パチパチ(手拍子の音)
♪そーれ、いよいよ出発だ~
スピード満点~ スリル満点~ 迫力満点~
テストで満点を取ったことないけど~
下にいるお母さんはハラハラドキドキ~
ほら、うまく着地できたよ~
見てくれた? お母さん~
お母さんは拍手で返事をくれる~
お母さんの拍手も満点さ~
ボクの小さな弟も尊敬の目で見てくれている~
弟も小さな手で拍手をくれた~
弟の小さな拍手も満点だよ~
パチパチ、パチパチ(手拍子の音)
♪♪♪♪♪
この大きな公園の入口の看板には“砂猫公園”という名前が記されていた。
砂場もなければ、野良猫も見当たらない公園になぜこんな名前が付いているのか、近所の人たちは不思議に思っていた。
子供たちが管理人の桃賀さんに訊いても、なぜだろうねえと笑うだけだった。どうやら名前の由来を知っているらしいが教えてくれない。みんなでケチンボ管理人と呼んで怒らせようとしたが、乗って来ない。いつもどこ吹く風で子供たちの声は聞き流す。やがて、そんな大人の対応に飽きて、子供たちはまたねーと言って走り出す。何度も繰り返されている光景だった。
「砂猫親分、公園はたいへんな賑わいですわ!」
子分が大きな声で呼びかけるが、ジャンパー姿の親分は高級本革ソファーに足を広げて座ったまま、上を向いて、口を開け、のんびりと昼寝をしていた。
雑居ビルの最上階にある事務所の中は応接セットを始めとして、高級な調度品が並んでいる。もちろん来客に威厳を見せつけて、見栄を張るためである。
しかし、親分をはじめとして、高級品の良さが分かる者など一人もいない。ただ値段が高い物を揃えているだけである。値段が高ければいい物だと思っている。
そのため、事務所内には色や形や産地がバラバラな高級家具があれこれ並んでいて、コーディネイトもヘッタクレもなく、統一感のない高級リサイクルショップのような雰囲気になっていた。
天井近くには巨大な神棚が設置されている。反社の事務所に神棚は付き物である。そこにはなぜか観音像が安置されている。神様も仏様も一緒くたである。しかし、その黄金色に輝く観音像だけは、事務所内で異彩を放っている。高さは約二十センチあり、“陰の観音像”と呼ばれていた。
「砂猫親分!」子分はもう一度大きな声で呼んでみる。
「おお、帰ったか、ボギー」目を覚ました親分は目をショボショボさせながら、目の前に立つ子分を見上げた。
事務所には交代制で常に四人の幹部組員が詰めている。組長付きのボディガードも兼ねているため、四人は全員いかつい風貌をしている。そのうち最も凶悪な面構えをしているのが墓魏(ぼぎ)だ。
その名の通り、スリムでダンディな組員――なわけない。大柄でセンスの欠片もない組員だ。スキンヘッドで顔は強烈に怖い。組長付きに選抜された理由はこの顔の造りである。それ以外の理由はない。
たまたま、“ぼぎ”という変わった苗字だっただけで、れっきとした日本人である。親分はカッコよくボギーと呼んでくれているが、名は体を表さないこともある。
「砂猫親分、やっとお目覚めですか」墓魏はご機嫌を取る。
「いいや、ずっと起きとったぞ」砂猫親分は寝顔を見られて恥ずかしいのか、見え透いたウソをつく。「ボギーの帰りを今か今かと待っておったぞ」
本物の猫が駅長をしている駅があるが、本物の猫が暴力団の親分をしているわけではない。砂猫親分はれっきとした人間である。さっきからちゃんと人間の言葉でしゃべっている。
苗字が“砂猫”というのである。フルネームは砂猫森之助という。
かつて、先祖が鳥取砂丘のそばに住んでいて、たくさんの猫を飼っていたことから、このような苗字になったらしい。放し飼いにしてある猫たちはよく砂丘の上に寝転がっていたという。だから、砂猫がいる家と呼ばれていたのである。アラブ首長国連邦などに生息し、「砂漠の天使」と呼ばれているかわいいスナネコとは何の関係もない。
珍しい苗字のため、印鑑に既製品はなく、いつも特注品だ。そのため、新しい印鑑を作るたびに特注料金を取られて、砂猫親分の機嫌は悪くなる。
親分は今年で七十歳である。めでたく古希を迎える。反社歴は五十三年だ。反社という言葉がない時代から反社に属しているベテランヤクザだ。だが、懲役の経験はなく、手の指はかろうじて、九本残っている。
つまり、要領よく立ち回ることでこの世界を生き延びて来たということだ。
ちなみに、砂猫親分は太ったチンパンジーのような風貌をしており、どう見てもスナネコには似ていない。名は体を表さないこともある。
親分は普段ジャンパーを着ている。もちろん安物ではない。ユニクロで一番高いジャンパーである。
親分は高級ふわふわティッシュペーパーを一枚引き抜くと、ヨダレで汚れた口元を拭いた。ティッシュペーパーも見栄を張って、近所のスーパーで一番高い物を買って来てある。ふわふわティッシュを買ったわけではなく、買ってみたらふわふわだったのである。
また、ティッシュペーパーを引き抜くときは一枚ずつだが、客の前では三枚連続して引き抜くよう、組員に指示している。太っ腹なところを見せるためである。見栄の一種である。それを見た客人がすごいと感じるかどうかは分からない。
「それでボギー、公園はどうだったんだ?」ヨダレの付いたティッシュを丸めてゴミ箱に投げるが大きく外れる。いつものことだ。
墓魏は仕方なく、丸まったふわふわティッシュを拾いに行きながら、返事をする。
「たくさんの人が押しかけてましたわ」
「ほうほう。みんな喜んでおったか?」
「そりゃもう、砂猫親分のお陰です。滑り台には子供たちの長い行列ができて、全然途切れません。盆と正月が一緒に来たように大騒ぎしてますわ」
墓魏は丸まったティッシュを拾い、これも見栄で買った英国製の高級ゴミ箱に投げ入れた。
ゴミを投げ入れるたびに、ゴミ箱全体がLEDで赤く光るという無駄な機能が付いている。ホームセンターで一番高いゴミ箱を買ってみたら、こうなっていたのだ。若い女性や子供にはウケるだろうが、このヤクザ事務所に若い女性や子供が来ることはない。保険勧誘のおばちゃんでさえ寄り付かない。
「そうだろう、そうだろう。わしが置いた滑り台だから、人も押しかけるだろうよ」
砂猫親分はチンパンジーのような顔をクシャクシャにして、満足げに微笑む。元々シワだらけの顔にシワが増える。増えたシワは普段どこに隠れているのか分からない。
親分の頭上にはイタリア製の無駄にデカいシャンデリアがぶら下がっていた。家具屋で見つけた一番高くて大きいシャンデリアだった。しかし、天井には蛍光灯を取り付けることができても、イタリア製のデカいシャンデリアをぶら下げるだけの耐久性がなかったため、強度を上げるための改装工事に、シャンデリア代の二倍の費用がかかってしまっていた。
しかし、見栄を張るためには、これくらいのことをやってのけるのがヤクザのプライドというものであった。決して弱みを見せてはいけない。弱みを見せると足元を救われるからである。
2007年頃から暴力団は反社会的勢力と呼ばれて、銀行に口座は作れないし、ゴルフもできないし、レンタカーも借りられなくなった。
小さすぎて指定暴力団にもされていない砂猫組だったが、肩身の狭い思いをしている。
暴力団と呼ばれているが、そもそも自分たちで“暴力団”とは名乗っていない。“砂猫組”と名乗っている。警察やマスコミが勝手に暴力団と呼んでいるだけだ。
暴力を振りかざす団体、だから暴力団。
こんな安直なネーミングは警察のお偉いさんが考えたのだろうが、恥ずかしくて使えないのが本音だ。
確かに昔は暴力にモノを言わせて、好き勝手やっていた。だが、今はそういう時代ではない。経済ヤクザの時代である。どれだけ金を持ってるかで組織の価値が決まる。金があれば組としては組員も集まる。金が稼げれば、末端の組員であっても引き立ててくれるし、上層部も目を向けてくれる。
では、その金をどうやって作るのか?
いつまでも暴力を盾にして、非合法で儲けている場合ではない。真っ当な会社を経営して、合法的に資金を集めなければならない。多少は強引なこともするが、警察の取り締まりも厳しく、昔ほど暴れることはできない。
しかし、世間の目は冷やかだ。暴力団ではないと言っても、暴力団のイメージは拭えない。
そこで、少しでも砂猫組の好感度を上げようと考え出されたのが、組の縄張りに放置してある砂猫公園の活用だった。
この土地は先々代の組長が苦労して抗争に勝利し、取得したものだ。
その際、何本もの日本刀が折れ曲がり、何発もの弾丸が飛び交い、何トンものダイナマイトが炸裂し、何リットルもの血が流れ、何人もの命が失われたといういわく付きの土地であった。
そのため組では安易にこの土地を触ることは避けて来た。たくさんの犠牲の上に存在している、ある意味神聖な土地だからである。土地を開拓することなく、何も建物を建てることもなく、ましてや売却することなく、空き地として砂猫組が長年に渡って、管理してきたのである。
しかし、時代は待ってくれない。
日に日に暴力団への風当たりが強くなって来ている。
暴力団員の数も全国的に減ってきている。
任侠に憧れてくれる若者も少なくなった。
小学生が将来なりたい職業ベスト10に暴力団員は入っていない。おそらく圏外と推測される。これでは将来が危ぶまれる。
反社の砂猫組も砂漠のスナネコのように絶滅の危機に瀕している。
そこで……。
その空き地を砂猫公園として開放していたのだが、このたび遊具を設置し、本格的な公園として、近隣住民の皆さんにもっと喜んでもらおうと考えたのである。
ご近所の皆さんは砂猫組の存在を知らないし、この土地を先々代が非合法な手段により、組が取得したことも知らない。黙っていたら、一般人には業界のことなど分からないだろう。
砂猫組にとっては単なる土地ではない。今は亡き組員たちの思いが詰まった土地である。活用に当たっては、他の公園には負けない立派な仕掛けを施したのである。
つまり、遊具である滑り台はフランス製のカラフルな最高級品を取り寄せたのである。
フランスの古城をイメージして作られたらしいが、砂猫組の組員でフランスの城を見た者は一人もいなかったため、白と黒の日本の城と違って、外国の城は白の他に、赤、青、黄、緑の四色が使われ、やけに派手だな、さすが芸術の国フランスだなと言い合っている。
「砂猫親分!」横で聞いていた振津組員が呼びかけた。「砂猫公園のことですが、わしに新しいアイデアがありまして」
小柄だがガタイのいい組員である。墓魏ほどではないが、顔面はほぼ凶器だ。
「おう、プリッツか。遠慮せずに言ってみろ」
振津は親分からプリッツと呼ばれている。外国人ではない。バリバリの日本人だが、お菓子好きの親分がそのように命名した。
振津は思い付いたアイデアを話し始める。
「滑り台が設置されて公園らしくなりましたが、住民の方々にもっと喜んでもらうには、公園に付き物のベンチがないと思います」
「おお、ベンチな。そりゃ、必要だわな。さすがプリッツ。高卒だから頭がいいな。ベンチはわしのような足腰が弱って来た年寄りには必需品だ。さっそく注文を出そうや。一番高いやつを五十個くらい揃えればいいだろ。公園の敷地に沿って、ズラッと並べようや。できるだけカラフルなものを頼んでくれ――他に公園を盛り上げるアイデアはないか?」
砂猫親分は四人の幹部組員を見渡す。
「へい。わしにも考えがあります」茂湯組員が手を挙げる。「公園に芝生を敷いたらどうでしょうか?」
組長付きの四人の中で最も背が高く、百八十センチを越える。顔も凶暴で、ほぼ妖怪だ。
「おお、モユユか」親分は茂湯(もゆ)のことをこう呼んでいる。アイドルのまゆゆとかめるるにあやかったのだろうが、なぜアイドルにあやかる必要があったのか定かでない。ヤクザの呼び名としてふさわしくないが、親分の意見には逆らえない。「モユユもいいことを言うなあ。さすが青魚が大好きなだけあって頭がいい。DHAの効果は抜群だな。芝生があったらピクニックもできるし、寝転べるし、子供が転んでもケガをしないだろう。よしっ、さっそく採用だ。公園全面を芝生にしろ。人工芝じゃないぞ、天然芝だぞ。もちろん、最高級の天然芝を買うんだ。芝生の管理も必要だろう。仕事にあぶれてる人を雇って、街の雇用にも貢献しようや――他にはどうだ?」
「はい!」法華組員が手を挙げる。「やはり公園には樹木がないと寂しいと思います。植樹をすべきではないでしょうか」
この男だけは組員に見えない。顔はいかついが髪を七三に分け、黒メガネをかけていて、ちょっとヤンチャな銀行員に見える。言葉遣いも丁寧だ。
仕事柄、こういう格好が必要なのである。
「おお、ホッケか」親分は法華(ほっけ)をこう呼ぶ。読み方のままである。「お前のアイデアもいいな。さすが、おふくろさんが保育士さんだけあって優秀だ。周りをぐるっとデカい木で囲んで、緑豊かな公園にしようや。夏になるとセミとかクワガタも来るだろう。昆虫の皆さんにも喜んでもらえるぞ。今のうちにクワガタとカブトムシの幼虫を仕入れておくか。もちろん、丸々と太った一番高い幼虫を買うんだぞ。幼虫は大事に取り扱えよ」
「芝生の管理と合わせて、木の管理人も雇えばどうでしょう」法華がさらに提案する。
「おお、そうだな。木の剪定は必要だ。伸び放題はみっともないからな。秋になると落葉拾いも大変になるな。どこからか腕のいい庭師を連れて来ることにしよう」
「それと、やはり公園に花が必要ではないでしょうか。花壇を作ればいいと思います」
「なるほど、その通りだ。ホッケは重ね重ねいいことを言うなあ。さあ、これだけ街に貢献すれば誰も文句を言うまい――それにしても、わしは優秀な組員に囲まれてうれしいぞ」
砂猫親分は頼もしそうに、チンパンジー顔で四人の子分を見渡した。
四人はジャンパー姿の親分と違って、ピシッとスーツで決めていた。洋服の青山で最も高いスーツであった。
砂猫親分は事務所内の壁を見上げた。そこには歴代の組長の写真が飾られている。いずれそこには自分の写真が並べられることになる。しかし、それはまだ先のことだ。それまでに組をもっと大きくして、地域に貢献しようと企んでいる。
「こうやって眺めると、歴代の校長先生の写真が飾られている校長室みたいだな――なあ、みんな」
親分は満足そうに頷くが、校長室と暴力団事務所を比較することに無理があることには気付かない。
歴代組長の凶暴な顔が事務所内を睥睨しているが、一人だけ温厚そうな顔の組長がいた。そんな穏やかな顔で、どうやって組長にまでのし上がったのか分からないが、力ずくでないことは確かだろう。頭が切れたのか、潤沢な資金を有していたのか、コネでもあったのか。
砂猫親分は三つとも備えてないが、まったく気にしていない。
交代で事務所に詰めている四人の幹部組員は自分たちの公園をよくするために、全員でアイデアを出し合った。
ボギーこと墓魏、プリッツこと振津、モユユこと茂湯、ホッケこと法華。
彼らこそが、泣く子がさらに号泣する砂猫組四天王であった。
「砂猫親分」法華が申し訳なさそうに発言する。「アイデアではないのですが……」
「おお、ホッケ、何だ。言いたいことはどんどん言えばいいぞ」親分は心が広い。
「砂猫組のイメージアップをするために公園の整備を始めたはずですが、街の人たちは、わしらが裏で動いてることを知らないと思います。公園の名前こそ砂猫公園と名付けてますが、この事務所には砂猫組の看板も出してませんし、これではせっかくの努力が水の泡のように思えます。何らかの手段を用いて、砂猫組をアピールすべきではないでしょうか」
雑居ビルの最上階にあるこの事務所は組の看板を掲げていない。最近は反社への風当たりが強く、住民の間から暴力団追放運動でも起こされたら困るからだ。
このビルを追い出されたら、行く当てがない。どこかを新たに物件を借りるのは大変だ。だから事務所はフロント企業の社名である株式会社サンドキャットという看板を出している。もし近所の人に訊かれたら、猫のトイレ用の砂の製造販売をしていると答えるように、親分は子分たちに言い付けている。
しかし、看板を真に受けて、ときどき事務所へ猫のトイレ砂や砂粘土で作った猫の置物を探しに来る住民がいる。そんなときはすかさず、顔の造りがマシで言葉遣いも丁寧な法華が応対をして、ここでは商品の企画をするだけで、販売は行ってないと説明し、入口で足止めした上、事務所内を見渡せないようにしている。
事務所内にはデカい神棚が設置されて、場違いな高級家具が並び、ネコのトイレ砂や置物とは関係のない提灯がたくさんぶら下がっているからである。どこから見ても暴力団事務所である。
「ホッケよ。いや、誰でもいい。陰徳という言葉を知っておるか?」
親分は四人を見渡すが、組員はお互いに顔を見合わせる。どうやら誰も知らないらしい。
「人間は徳分を積むことが大切なんだ。徳分を積むにはな……」砂猫親分の講釈が始まる。
四人はソファーに深く座る親分の前に横一列で立ち、親分の言葉を待つ。
「人が喜ぶことすればいい――分かるか?」
「へい!」四人は元気に返事をする。
「人が喜ぶことを、人が見ている前でやれば陽徳と言い、人知れずやれば陰徳と言うんだ。そして、陽徳よりも陰徳の方が、価値があるというわけだ」
「へい、分かりやした!」四人はきれいにハモる。
「つまり、親分。人知れず公園の整備をしているわしらは陰徳を積んでるということですね」
振津が挙手をして発言する。
「おお、さすがプリッツ! 高卒のインテリだから、理解が早いな。なぜ、こっそり動いているかというと、陽徳よりも陰徳の方がたくさん天に徳分を積めるからだ。まあ、大事なことは、人間は生きてる間にどれだけ徳分を積めるかだな」
四人全員は、だったらなぜヤクザなんかをやって、世間に迷惑をかけているのかという疑問を無理に飲み込む。それを言ってしまうと親分も自分も否定することになるからだ。
「さすが、親分、いいこと言いますね」「わしらも徳分を積まさせていただきます」と口裏を合わせて、口々におべんちゃらを言う。
いったいどの口が言ってるのかという、自分自身に対する疑問も口にしない。
「親分の下で働くことができて光栄です!」茂湯が叫ぶ。
親分は、まあそうでもないがなと言って、照れくさそうに、傷だらけの顔の前で、小指のない右手をヒラヒラと振る。残り四本の指にはすべてダイヤの指輪が嵌めてある。
「これからも子供たちにも愛される地域密着型の経済ヤクザで行こうや」
「へい!」子分の大きな返事に、頭上でイタリア製の重厚な高級シャンデリアが揺れた。天井の強度を高めてあるため、落ちてくることはない。
そのシャンデリアを見上げた親分が言った。
「そういえば、公園の周辺は暗かったな。街灯を設置しようや」
「親分、それはナイスアイデアです!」茂湯が持ち上げる。
「じゃあ、モユユ。お前が電力会社と交渉して、できるだけたくさんの街灯を立ててもらえ。なるべくデカくて明るいのを頼むぞ。公園内も飾りつけをして、クリスマスのイルミネーションみたいに輝く公園に変えてくれ。夜中にやってくるカップルも喜ぶだろう」
「へい、分かりやした!」
「最近何かと物騒だからな。暗い場所では悪い奴らが跋扈する。あたりを明るく変えて、悪者が出没しない健全な街にしようや」悪者自らがそんなことを言う。
「へい!」悪者どもが返事をする。
「何事も率先して行う。人生にはこれが大事なんだぞ」
「へい!」元気に返事をする。
四人の子分は自分を棚に上げる親分の説教にすっかり慣れていた。
その後、砂猫公園のさらなる改造は着実に行われている。
それを近所の子供たちがワクワクしながら見つめていた。
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
全員、手にドスを持っている。
御年七十歳の親分のために、ほとんど下半身は動かさない。足腰が衰えているため、転んではいけないからである。体力を消耗しないように、手だけを使ったパラパラのようなダンスである。しかし、さすが組織の人間。しっかり統制は取れている。
♪俺たちゃ、しょせん嫌われ者~
だけどゴキブリなんかじゃない~
カラスでもないし、ゲジゲジでもない~
生まれたときはかわいかった~
みんなと同じ人間だ~
小指はないけど義理がある~
学歴はないけど人情はある~
信用はないけど前科はある~
常識はないけど任侠はある~
ビュンビュン、ビュンビュン(ドスを振り回す音)
♪立派な公園を作ったぞ~
罪滅ぼしのために地域へ貢献~
しっかり遊べよ、子供たち~
すくすく育てよ、子供たち~
俺たちみたいになるんじゃねえぞ~
俺たちゃ、しょせんしがない反社~
俺たちゃ、しょせんしがないヤクザ~
誰が呼んだかアウトロー~
横文字にすりゃ良いってもんじゃねえぞ~
ビュンビュン、ビュンビュン(ドスを振り回す音)
♪♪♪♪♪
ある日、墓魏が事務所に入って行くと、砂猫親分が茂湯と法華によって、羽交い絞めにされていた。振津は床に転がっている。
「みんな、親分に何をしてるんだ!?」
「墓魏か、いいところに来てくれた」法華は親分の背中に喰らい付いている。「親分が公園デビューをしたいと言って利かないんだ」
「公園デビューだって!?」墓魏の声が裏返る。
「おお、そうだ」親分はすがるような目で墓魏を見る。「きれいになった公園に、わしも行ってみたいんじゃ」
「だからみんなお揃いの上下白のスーツ姿なんですか」
「そうだ。晴れのデビューだからな。近所の誰に見られているか分からん。粗末な格好じゃいかんだろう。だから、みんな白のスーツで揃えて、靴もピカピカの白いエナメル靴にしたんじゃ。もちろん何の武器も持っとらん。この通り、丸腰だぞ」
紺のスーツ姿の墓魏は白い四人を見て、唖然とする。
三人は訳も分からず、無理矢理こんな格好をさせられたのだろう。
「だがな、こいつらが反対しよるんじゃ」
後ろから押さえる法華と茂湯とを顎で示す。
小柄な振津は親分が暴れた拍子に突き飛ばされたようだ。
「親分、公園に行くのはまた後日ということにしてください」墓魏が諭す。「この格好では合わないと思います」
「ボギー、なんでだ!?」墓魏を睨みつける。味方をしてくれると思ったのに、裏切られたからだ。「うちの組の公園だぞ!」
床に転がっていた高卒インテリの振津が立ち上がって、親分を論理的に説得する。
「親分、全身真っ白な服装で凶暴な面をした五人組なんて、極道かチンドン屋のどちらかですよ。鳴り物を持ってないから、極道の方だとすぐにバレますよ。すると、この公園は良からぬ人たちが出入りしているとウワサを立てられて、子供たちを始めとして、誰も寄り付かなくなりますよ。せっかく人々が集まって、平和なひとときを過ごしているのに、今までの苦労が水の泡になります」
「――そうか」親分の体から力が抜ける。インテリに説得されたら勝ち目はない。「世の中は世知辛いのう」
羽交い絞めをしていた茂湯と法華は大人しくなった親分から離れる。
振津は白いズボンの汚れを掃いながら、さらに説得を続ける。
「親分、しばらく公園は賑わうと思います。その間はやめておきましょう。しかし、いずれ落ち着くと思います。落ち着いて、人もまばらになったら、地味な格好をして、みんなで早朝か夜間にでも行きましょう。その日が来るまで待っていてください」
振津が新たな提案をすることで、親分の公園デビューは延期となった。決して公園に行ってはいけないというのではなく、延期ということで親分も納得してくれたのだ。
うちの親分のわがままにも困ったものだと、胸をなで下ろす砂猫組四天王であった。
砂猫公園に派手な滑り台が設置されたと思ったら、またすぐに閉鎖された。
そうとも知らず、連日たくさんの子供たちが押し寄せていた。しかし、公園はぐるりと防音壁に囲まれていて、中がどうなっているのかが分からない。何かの工事をやっているようだが、中に入れないので管理人にも会えない。
毎日公園に通っても、なかなか進展がなく、がっかりしていた子供たちだったが、一週間後の日曜日に、親分の指示の下でリニューアルされた砂猫公園が再度お披露目された。
管理人の桃賀が入口で出迎える。いつもの灰色の作業着と灰色の帽子というスタイルだ。この日ばかりは桃賀老人のことを、二百歳を越えた妖怪と呼ぶ子供はいない。
公園は青々とした天然芝が敷き詰められていて、見た瞬間、言葉を失うほどの感動をしていたからだ。今まで雑草がチョロチョロ生えていただけの場所が青々として、草の香りを漂わせている。子供も付き添いの大人も、一面の天然芝なんてテレビでしか見たことがなかった。
そして、子供たちはこれが砂猫組のお陰だとは気づいていない。目の前にニコニコして立っている管理人さんが自分たちのためにやってくれたものと思っている。気難しそうだった管理人さんも公園が整備されてから、とても愛想が良くなった。
「モモンガさん、ボクたちのためにありがとう」子供たちは口々にお礼を言い、
「モモンガさん、子供たちのためにありがとうございます」大人たちもお礼を述べている。
桃賀は口々にお礼を言われてうれしそうだ。たとえ誰も本名を呼んでくれなくても。
あるとき、子供の一人がニックネームのつもりで、モモンガさんと呼び始めた。今では、子供はまだしも、大人までもモモンガさんと呼んでいる。桃賀と書いてモモンガと読むと本気で思っているからだ。桃賀自身も面倒なのか、モモンガと呼ばれても訂正をしないし、胸に付けている名札にはフリガナが書かれてなかった。
だから、砂猫公園の管理人さんはモモンガさんなのである。
派手な滑り台があるだけで殺風景だった公園は天然芝が敷かれ、新たにジャングルジム、シーソー、ブランコといった遊具が増え、たくさんの木が植えられ、五十基ものベンチが周りを取り囲むようにズラリと設置されていた。
しかも、すべてが高そうな物だった。
遊具のデザインはおしゃれで、原色がふんだんに使われていて、どう見ても外国製だし、ベンチは背もたれと金属製の肘置きが付いた高級品だ。
また、大きな樹木にはたくさんのLED電球が巻き付けられていて、枝葉はベテラン庭師によって、キリンやゾウといった動物の形に剪定されている。それらは夕方になると動物が光って浮き上がるという仕掛けになっている。
子供たちはまるでクリスマスみたいだと大はしゃぎしていて、早く日が暮れないかなあと空を見上げる子もいた。砂猫親分の思惑通りである。
小さな子供たちは芝生に寝転がり、遊具で遊び、お母さんたちは写真を撮りまくっている。
中には、家からお弁当とシートを持参して、さっそくピクニックを始めた気の早い家族もいる。
そんな家族のためにゴミ箱が十個も設置されていた。ゴミを投げ入れるたびにゴミ箱全体がLEDで赤く光るという無駄な機能が付いた英国製のゴミ箱である。砂猫組の事務所にあるゴミ箱の屋外用である。
ゴミ箱が赤く光ると知った子供たちが、空になったペットボトルや空き缶を次々と投げ入れて、はしゃいでいる。中には赤く光った瞬間を狙って、スマホを向けている人もいた。
管理人のモモンガさんこと桃賀老人は背中を少し丸めながら、腕を後ろに組んで、公園内をゆっくり歩いている。ときどきかけられる感謝の言葉には丁寧に頭を下げて対応をしていた。
「モモンガさん、これは快適ですよ」
新しいベンチに座っている老婦人に声をかけられた。
隣に夫らしき男性がニコニコして座っている。散歩の途中で公園に寄ったのか、あるいは公園内を散歩コースに変えたのか。見慣れない夫婦だが、こちらの名前というか、ニックネームを知ってくれている。
「真っ平なベンチじゃなくて、お尻と背中に合わせて、うまく曲がってるのですねえ」
夫人はベンチを手でコンコンと叩きながら感心している。
「座り心地がいいでしょう。外国から特別に取り寄せたものでしてね」
桃賀は同い年くらいの夫婦に笑顔で答える。
「お高かったのでしょう?」夫人が申し訳なさそうに訊く。
「いやいや私がお金を出したんじゃないです。値段は分りませんが、世の中には大変なお金持ちがいるものですな」
「あら、モモンガさんの公園じゃないのですの?」
「いやいや、私はただの雇われ管理人です。それにお金があったら、この年になるまで働いてませんよ。あなたたちみたいにのんびりと寛いでますよ」
「そうですか。私たちはてっきりモモンガさんが財産を投げ打って、この公園をお作りなさったと思ってました。立派な篤志家だと、夫と話していたところですのよ」
「――だといいんですがねえ」
桃賀が照れくさそうに答えて、三人で笑い出す。
そのとき、上空に一羽のハトが飛んで来た。
桃賀がときどきパンくずをあげている顔見知りのハトだ。
見慣れない天然芝に戸惑っているのか、なかなか下りて来ようとしないで、桃賀の頭の上をずっと旋回している。
「おーい、ハトよ、ハトよ。下りて来ても大丈夫だぞー」上空に声をかけていたとき、
「桃賀さん」後ろから、ちゃんとした本名で呼ばれた。
振り向くと、ジャンパー姿のみすぼらしい中年の男が立っていた。
「おや、シケモクさんじゃないですか」老夫婦から離れて、男に近寄って行く。
師家木と呼ばれた男が桃賀に頭を下げる。
「桃賀さん、ご無沙汰してます。公園がきれいになって、何よりです。これもすべて桃賀さんのご人徳の致すところとお見受けいたします。実は本日参りましたのは、お願いがありまして――この公園もあたしのシマにしてくれませんかねえ」
「いいんじゃないですか」
「いいですか!」
簡単に承諾を得られたので、逆に驚いている様子だ。
「はい、いいですよ。私の仕事の手間も省けますから」
「それはそれは、ありがとうございます」師家木は小さな体を折り曲げて、桃賀に礼を言う。「あのう、砂猫親分の方には……」
「私から言っておきましょう」
「いいですか! いや、桃賀さん、重ね重ね申し訳ないです」
師家木はペコペコと何度も頭を下げながら公園を出て行った。
手にはシケモクが入った小さなビニール袋と、空き缶が入った大きなビニール袋をぶら下げていた。
ハトは無事に舞い降りて、天然芝の感触を確かめていた。
一人の老女がエレベーターに乗って、小さなビルの三階に到着した。
腰の曲がった小柄な老女はあたりを見渡し、“脱出本舗”と書かれた半透明のドアを見つけると、気合を入れるように花柄の杖を握り直し、フッと息を吐き出して、ゆっくりと押して、中を覗き込んだ。
ドアに取り付けてあった来客を知らせるベルがガランと大きな音を立てたため、老女は驚いて身をすくめたが、紺のスーツ姿の女性事務員が近づいて、優しい声をかけてくれた。
「こんにちは、お客様。こちらへどうぞ」衝立の奥の席に案内してくれる。「只今お茶をお持ちいたしますので、おかけになって、しばらくお待ちくださいませ」
老女はイスに座ると、壁に張ってあるポスターを見ながら、事務員が来るのを待つことにする。
ポスターには若い男女が並んで微笑むイラストが描かれていて、その下には、“明るい明日へ”という文章が書かれていた。これでは何のポスターか分からない。微妙な問題であるため、わざと分からないように作ってあるのかと老女は思った。
戻って来た女性はテーブルに湯呑を置くと、さっそくファイルから資料を取り出した。
「二時にご予約をいただいていた加野様ですね」
「はい、そうです。加野です」老女は消え入りそうな声で答える。
「加野様、お待ちしておりました。私は脱出本舗の源田と申します。よろしくお願いいたします。仕組みはお電話でお話しした通りなのですが、何かご不明な点はございますか?」
「不明と言いますか、もう一度確認をしておきたいのですが……」
そう言って、加野が咳き込む。
「どうぞお茶をお召し上がりください」源田が微笑む。「ゆっくりで結構ですよ。分からないことをそのままにしておくのはいけませんからね。ちゃんと納得していただいてから、契約をさせていただきますので」
「はい、すいません」お茶を一口飲んだ加野が続ける。「電話で料金は百万円と聞きましたが、追加料金などはありますか?」
「それはございません。税込みでちょうど百万円となっております。一円たりとも増えることはありませんし、そのことは後ほどお渡しする契約書にもちゃんと明記されております」
「では、もし……、何と言いますか、うまくいかなければ、どうなるのでしょうか?」
「代金はお返しいたします」
「半分くらいとかですか?」
「いいえ、逆です。倍にしてお返しいたします」
「倍ですか!?」
「はい。加野様の場合、百万円ですから、二百万円にしてお返しいたします。このことも契約書には書かれております」
「なぜ、そんな倍にして返すようなことをなさるのですか?」半信半疑で訊く。
「私たちは真剣に、覚悟を持って、業務を遂行しております。安易に儲かるようなシステムですと、真剣さも薄れて、手を抜く社員も出てくるかもしれないからです。今のところ、そのような社員はおりませんが、こういうシステムにしておきますと、お客様も安心していただけるのではないでしょうか」
「分かりました。どうか、息子をよろしくお願いします」小さな頭を下げる。
「はい。必ずお連れしてみせます」源田は自信たっぷりに答える。
「あのう、具体的にはどのようにして、まさか手荒な真似は……」
「それは大丈夫ですよ。向こうには我々の同志が潜入しております。分かりやすく言いますと、スパイです。その者の手引きによって、密かに連れ戻すのです」
「そういうことですか」加野は驚くとともに、納得したようだった。
「他にご質問がございませんでしたら、ご契約とさせていただきたいのですが」
「はい、お願いします」加野は白髪の頭を下げると、ハンドバッグの中から印鑑を取り出した。
「では、契約書を持って参ります」
源田は席を立ち、事務所の奥へと向かった。
加野の一人息子が消息を絶ったのは、今から半年前のことだった。あちこちを探してみたが見つからず、警察に捜索願を出そうとしていたところ、本人から電話がかかって来た。
ある組織にいて、元気に暮らしているという。
しかし、決して無理に連れて来られたわけではなく、組織には自分の意志で入ったため、心配はいらない、また連絡するからと言って、電話は一方的に切られた。
組織とやらの名前と場所を聞いたので出向いてみたが、門前払いを喰らい、埒が明かず、困り果てて、慣れないスマホを使って、いろいろと調べているうちに、捕らわれた家族をあらゆる組織から奪還させるという会社に行き着いた。
“脱出本舗”という怪しげな社名だったが、電話で問い合わせをしたところ、応対もよく、料金体系もはっきりしていたので、依頼することに決めた。
加野は源田が持って来た契約書にサインをして、現金でちょうど百万円を支払った。
料金の百万円は年金を積み立てていたもので、銀行から下ろして来たばかりのお金だった。
契約の際には、もう一度詳しく、契約内容やクーリングオフのことを説明され、領収書もちゃんと二百円の収入印紙を貼って、割り印を押し、その場で渡してくれた。
「では、加野様。今日から三日以内にご連絡をいたします。いい報告ができると思いますよ」
微笑みながら約束をしてくれた。
「最後に加野様の担当を紹介しておきます」
源田が声をかけると、一人のスーツ姿の男がやって来て、目の前にドカッと座った。
「よろしくお願いします」男は低い声で挨拶をした。
「彼が施設に訪問して、息子さんを連れ出して来ます」
「えっ、そうですか!?」加野はその男の風貌に驚いていた。いかにも強引に連れ出して来るような雰囲気をまとっていたからだ。
それでも勇気を出して訊いてみた。
「あのう、お名刺はいただけませんでしょうか」
「名刺ですか。普通はお渡ししてないのですがねえ。まあ、かまわないですよ」
男はスーツの胸ポケットから名刺入れを取り出して、加野の目の前に差し出した。
“脱出本舗 主任 法華 智行”
「主任の法華さんですか。何だか、ありがたいお名前ですね。どうぞ、息子のことをよろしくお願いいたします」加野は名刺を両手で受け取って、頭を下げた。
「ご心配なく。息子さんは三日以内にちゃんとお連れいたしますよ」
法華はやさしく話し掛けたが、目は笑ってなかった。
長年裏社会にいるため、目の奥が笑うことはなかった。
黄金色に塗装された教団本部の一階にある神々教の道場では、三十人ほどの作務衣姿の男女が等間隔に胡坐をかいて座っていた。背筋を伸ばし、一心に前を見つめている。
道場の隅では、一人の年配の男性が、座っている人々に目をくれることもなく、フローリングワイパーを滑らせて、静かに床の掃除をしていた。
室内には香が焚かれ、隣接する別の道場からは経を読み上げる声が聞こえてくる。エアコンが前と後ろに二台設置されているが、窓は一つもない。
しかし、他所の宗教団体と違って、神々教の道場には崇拝する人物=教祖様の真影は飾られてなかった。その代わりか、正面の小さな祭壇には黄金色に輝く観音像が安置されていた。
それは高さ約五十センチで“陽の観音像”と呼ばれていた。
砂猫組の事務所にある“陰の観音像”と対を成すものであった。
彼らが見つめる先では、同じく作務衣を着た男性が立って、話をしている。マイクを使っていないが、道場の後ろまで聞こえるくらいによく通る声をしている。
皆は紺色の作務衣を着ているが、この男の作務衣だけは濃い紅色をしていた。幹部クラスはこの色の作務衣を着用している。
男は穴田という名前で神々教の指導員の一人であった。
「ここには今まで坐禅をしたことのない方々に集まっていただいております。皆さんには今、一時間の坐禅を組んでいただきましたが、終わってみて、いかがでしたでしょうか?」
異常なほどに痩せた穴田は前に座っている男女の集団を見渡す。
よく磨かれたフローリングの上に裸足で座っている老若男女。
一人の若い男性が指名された。
「そこのあなた。座ったままで結構ですから、正直な感想を教えてください」穴田が鋭い視線を向ける。
「あっ、はい」若い男性が緊張した声で答える。「坐禅を組むのは初めてでした。一時間は長いと思ったのですが、終わってみれば短いと感じました」
「そうですか」穴田は無表情で答える。「他に何かを感じましたか?」
「最初は足が痛かったです。時間が経つにつれてだんだん慣れて来ました」
「そうですか。痛かったですか。他に足が痛いなあと感じた方はいらっしゃいますか? 挙手をお願いします」穴田は細い目で見渡す。
三十人ほどの男女のうち、二十人ほどが手を挙げた。
穴田はその中の一人の中年女性を指差す。
「そこのあなた。足の痛みの他に何か感じたことはありますか?」
「坐禅を始めてすぐですけど、痛みじゃないですけど、目をつぶっていたのですが、気のせいなのか分かりませんが、白い光が見えた気がします。この光は何なのだろうと考えているうちに、時間が来ました。私の見間違いならすいません」女性は緊張しているのか、しどろもどろになりながら話す。
「同じように白い光が見えた方はいますか?」穴田が信者に訊く。
今度はほとんどの男女が手を挙げた。
「どうやら、あなたの見間違いではないようですね」先ほどの女性に目を向ける。「では、今の女性と同じように、この白い光は何だろうと思っているうちに時間が来てしまった方はいらっしゃいますか?」
さっき手を挙げた人たちのほとんどがもう一度挙手をした。
それを見た穴田はまた無表情のまま話し出す。
「その光の正体は何なのか。それは各個人で変わってくるのです。その人の悩みであったり、苦しみであったり、逆に喜びであったり、夢や希望であったりします。そういった思いが形として顕現したものが白い光です」ここで穴田の細い目は一段と鋭くなる。「しかし、そんなことに囚われていてはいけません。座禅中は頭の中を空っぽにしなければなりません。一時間は長いという思い。足が痛いという思い。白い光は何だろうという思い。すべて、思いに囚われてます。何も思わない。思わないということも思わない。何も感じない。感じないということも感じない。それが大切なのです」
作務衣姿の男女は各々が頷いた。思い当たる節があったからだろう。
「皆さんが初めての坐禅を無事に乗り越えたことを教祖様にはちゃんと報告しておきます。各自、このまま十六時まで修行を続けてください」
幹部の穴田はそう言うと静かに道場を出て行った。
♪♪♪♪♪
信者が道場の中で歌って、踊り出す。
作務衣は軽くて動きやすい。ダンスに持って来いだ。
何人かは手に木魚を持っている。
♪家を捨てて出家した~
親を捨てて出家した~
恋人を捨てて出家した~
友を捨てて出家した~
ペットを捨てて出家した~
車もパソコンも貴金属も置いてきた~
ポクポク、ポクポク(木魚の音)
♪だから、もう後へは戻れない~
雑念を打ち消すために慣れない坐禅~
妄想を追い払うために難しいお経~
欲望に打ち勝つための苦しい断食~
神に近づくために今日も修行~
明日もあさっても一年後もずっと修行~
修行は続くよ、永遠に~
ポクポク、ポクポク(木魚の音)
♪♪♪♪♪
穴田幹部から教祖様へ、初めての坐禅を乗り越えたことを報告しておくと聞いて、道内は一時ざわめいた。みんなが憧れている教祖様だったからだ。
ふたたび坐禅を始める者。教祖の書籍を読む者。教祖のテープをヘッドホンで聴く者。
歌と踊りが終わったところで、静かな道場の中ではそれぞれの修行が再開された。
「加野さん、修行は進んでますかな?」
最前列で座禅を組んでいた加野が顔を上げると、年配の男性がフローリングワイパーを片手に立っていた。なぜか、フローリングワイパーは二本持っている。
「これは八丈島さん、いつもお掃除をありがとうございます」座ったまま頭を下げる。
いつも教団内のあちこちで清掃をして回っている老人だが、着ている作務衣は濃い紅色だった。つまり、八丈島も神々教の幹部なのである。幹部にもかかわらず、あえて清掃といった雑用を行っている。
これは下坐行と呼ばれ、傲慢な心を取り除き、己を磨くといった修行なのだが、八丈島が幹部という地位にいながらも、こうした雑用を率先垂範している。また性格が穏やかであり、気軽に話しかけやすいということで、クールで不愛想な穴田幹部と違い、信者からは絶対的な信頼を得ていた。
「加野さん」八丈島がフローリングワイパーを一本、目の前に差し出した。「教祖様から玄関の清掃の許可が下りました」
道場にいるすべての信者の目が加野の背中に向いた。それは羨望の眼差しであった。
玄関は教団施設の顔と言える。
玄関を覗いて、入信するかどうかを決める人もいる。
また、すでに信者となっている者からすると、玄関は外部の気が最初に通る神聖な場所であり、玄関から入った気が浄化され、五階建ての神々教の本部施設を上に向かって昇って行くための重要な出発点でもある。そして、施設の最上階には教祖が住んでいた。
それゆえに、玄関の清掃は限られた信者にしかやらせてもらえない。
それは加野の修行が進み、教祖が認めたということを意味する。たかが掃除であったが、信者にとって玄関の清掃担当は大変名誉なことであった。
加野は驚いて、立ち上がり、震える手で八丈島からフローリングワイパーを受け取った。
なぜフローリングワイパーを二本持っていたのかが分かった。
一本は僕のためだったのだ。
ふと、祭壇に立つ、陽の観音像に目が行った。
あの陽の観音像はレプリカだと聞いている。レプリカの陽の観音像は教会本部の各階に設置されていて、信者は誰でも祈りを捧げることができる。
しかし、本物の陽の観音像は教祖様のすぐそばに置かれていて、一般信者は崇拝どころか、見ることも叶わない。最上階に上がることができるのは幹部信者だけだからだ。
加野は不安げに八丈島へ目を向けた。
八丈島は緊張しないようにと言いたげに、やさしい眼差しを加野に送り返した。
「山賀さん、修行は進んでますかな?」
「ああ、これは八丈島さん、お疲れさまです」
老舗の高級旅館のような神々教の玄関の受付には山賀弥生が座っていた。半年前に入信したばかりの若い女性だ。幹部から声を掛けられたので、あわてて立ち上がろうとする。
「いや、そのままでいいですよ」八丈島が柔和な笑みを浮かべる。
「お声をかけていただきまして、ありがとうございます」深々と頭を下げる。「少しずつ受付業務にも慣れてきました」
「ほう、そいつはいいですな。受付も立派な修行ですよ。簡単なお仕事と思わんで、しっかり励んでください」
「はい、それはもう、簡単とは思ったこともないです」
いつも八丈島の下坐行を間近に見ているため、一日中受付に座ることも苦ではない。
「ひっきりなしに来客があって、気も抜けず、緊張する日々が続いております」
「山賀さん、これからも頼みましたよ。さて、今からここを加野さんが掃除をします」
「えっ、教祖様の許可が下りたということでしょうか?」
「そういうことです」
「加野さん、おめでとうございます!」
山賀は八丈島の陰に隠れるように立っている加野に目をやる。
加野はフローリングワイパーを手に、緊張した面持ちで立っていた。彼は同じ頃に神々教へ入信した、いわば同期のような存在のため、親しみを感じている。教祖様から玄関の掃除という大役を授かったと聞いて、自分もうれしくなった。
「ありがとうございます」加野も山賀に向けて、うれしそうに答える。
「――ということで、三十分ばかり玄関を空けて、加野さん一人にしていただきたいのですよ。玄関の清掃は静かに行う一人修行ですからな」
「はい、承知しております。その間、私は道場で修行をしていればいいですね」
「そういうことです――では、加野さん。掃除が終わりしだい、私に声をかけてください。掃除の出来栄えを教祖様に報告しなければなりませんので」
「はい、がんばって磨き上げます!」
「それでは加野さん」八丈島は腕時計を見る。「あと五分で十四時になります。十四時ちょうどになりましたら、清掃を始めてください。時間は三十分しかありませんから、手際よくやるのですよ」
「はい、分かりました」
加野も自分の腕時計を見て、時間を確認した。
玄関には大きな絵画が掛けてあり、あちこちに高そうな壺が置いてある。清掃時間はわずか三十分しかないが、これらを傷付けないよう慎重に取り組まなければならない。
八丈島は受付の山賀を連れて玄関から出て行った。
ドアを閉めると外から、御用のある方は右の臨時出入口へお越しくださいと書かれたプレートを取っ手に下げた。中から加野がサッとカーテンを閉め、一般人が中を覗けないようにして、玄関清掃の修行が始まった。
ちょうど十分後、鍵がかかっていたはずの玄関のドアが開いて、三人の全身黒尽くめの男が入って来た。驚いて手を止める加野。
「加野三紀彦さんですか?」一人の男が訊いてきた。目が鋭い。
「はい、そうですが、あなたたちは?」怯えた目で訊く。
「ちょっとお付き合いいただきたいのですが」
「只今教祖様に言われて玄関の掃除をしてますので、御用がございましたら……」
「我々はその教祖様よりも大事な人から頼まれて、ここにやって来たのですよ」
「そんな人は……」
「いますよ。あなたのすぐ身近にね」
加野はフローリングワイパー一本を残したまま、教団本部の玄関から忽然と姿を消した。
ここのところの砂猫親分は上機嫌だった。
地元住民に喜んでもらうと高いお金をかけて整備した砂猫公園が大反響で、カラフルな古城滑り台を始めとする高級遊具は今も行列が絶えないからだ。公園内に管理人の桃賀以外ほとんど人影が見当たらず、閑散としていた日々が懐かしく思えるくらいだ。
父祖伝来の公園が新たに蘇り、あの世の諸先輩方も大いに喜ばれていることだろう。
そして、親分はついに公園デビューを果たした。
公園の賑わいが落ち着いたら、行きましょうと振津に言われていたのだが、一向に落ち着きを取り戻さず、いつも多くの人で溢れている。有り難い話だが、これでは埒が明かない。今行かないと、永遠に公園デビューできないのではないかと子分どもに提案した。
結局、親分は振津と二人だけで、夜遅くに行くことになった。
夜といっても公園の周りには多数のフランス製高級街灯が点灯していて、親分が希望した通り、クリスマスのイルミネーションのようになっている。夜中の一時に自動で消灯するが、それまでに写真を撮ろうとする若者で公園の中も周辺も溢れていた。
ここに、派手な全身白尽くめファッション五人組が現れると、夜間とはいえ、目立ってしまう。だから黒っぽい地味な服装をして、小柄な振津だけを連れて来た。
「プリッツよ。夜間でこれだけ混んでるのだから、昼間は相当な賑わいなんだろうな」
親分はカナダ製の高級ブランコに乗って、のんびりと揺られている。
「そりゃもう大変で、桃賀さんも忙しそうです」
隣で振津もブランコを漕いでいる。
「そうだろうな。山の日と海の日が一緒に来たようなもんだろ。落ち着いたら、桃賀さんのところにも陣中見舞いに行くとするか」
二人はすっかり変わってしまった公園を感慨深げに眺めている。
「子供たちが大声を上げながら公園で遊ぶ光景なんか、近頃はすっかり見なくなったな」
「はい。家に閉じこもって、ゲームなんかをやってるようですから」
「昭和の時代は街のあちこちから子供たちの遊ぶ声が聞こえておったがな。そう考えてみると、この公園の果たす役割は大きいな」
「砂猫組が代々、命がけで守ってきた土地ですから、有効に活用できて、歴代の組長も喜んでおられることでしょう」
「そうだな。この公園を踏みにじる奴は許さんぞ――プリッツよ。先輩の極道者が命がけで守ってきた土地なら、わしらも命がけでここを守っていこうや」
「へい!」
地味な服装のオッサン二人が喧騒の中でブランコをゆっくりと漕いでいる。
二人の正体を知らない若者たちが周りでフランス製高級街灯の写真を撮っている。
公園には両者の温度差を吹き飛ばすくらい心地いい夜風が流れていた。
そして今、さらにうれしいニュースが事務所に飛び込んで来た。
「親分! 親分! 大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「おう、どうしたボギー!」昼寝をしていた親分が、墓魏のデカい声で目を覚ました。
「砂猫公園がイチゴ幼稚園のお散歩コースに採用されました!」
「なんだと!」砂猫親分はあわてて高級ティッシュで口元のヨダレを拭うと、「ようやった、ボギー!」立ち上がって、墓魏に駆け寄ると、ヒシっと抱きしめた。
抱きしめながら、丸めたティッシュを英国製のゴミ箱に投げるが、いつものように入らない。後でいつものように墓魏が入れることになるだろう。
イチゴ幼稚園はこの街で一番のエリート幼稚園である。
入園するには保護者面談も含めて、数々の試練を乗り越える必要があった。ゆえに、砂猫公園が園児たちのお散歩コースに選ばれるとは大変名誉なことであった。
「確か、ボギーがイチゴ幼稚園へ直接交渉に行ってくれたんだな」
親分は墓魏の両肩に手を乗せて、目を見合わせながら尋ねる。
心なしか、親分の目はうるんでいる。
「へい。ワシはこの通り、おっかないツラですから、先生方に何と思われるか心配だったので、マスクをして、帽子を被って行ったのですが、このご時世ですから、マスクをしていても怪しまれず、快く承諾していただきました」
「先生方に怖がられなかったのは、お前の演技力の賜物というわけだな」
「へい。言葉遣いだけに気を付けていればよかったです」
「そうか。中学時代、演劇部に所属していただけのことあるな」
「へい。文化祭の演目は桃太郎でした」
「おお、主役の桃太郎の役か!」
「いいえ、キビ団子を売る屋台のオヤジの役です。一週間で先輩をブン殴って退部しましたけど」
「一週間も行けば上等じゃねえか――なあ、みんな」
周りに集まっていた茂湯、振津、法華の三人はウンウンと頷く。三人とも学生時代は帰宅部だったため、たとえ一週間でも何らかのクラブに所属していたというだけで、墓魏に尊敬の眼差しを向けている。
「墓魏は我々砂猫組四天王の中で最も忍耐力がありますから、一週間も続いたのでしょう」
茂湯が褒めてあげる。
「そんなことはねえよ」墓魏は照れくさそうにしながらも、さらに重大な発表をした。
「親分。実は他にも喜ばしいことがあります」
「おお、なんだ。どうしたボギー」
「昨日、イチゴ幼稚園の先生たちが園児を連れて砂猫公園の下見に行ったそうですが、そのときに撮った写真が、“月刊すてきな幼稚園”の表紙に掲載されることが決まりました」
「何だとー!」嬉しさに興奮した砂猫親分の声が裏返った。「ボギー、お前はなんて素敵な組員なんだ。反社歴五十三年のわしが今まで出会った組員のベスト三に入るぞ!」
“月刊すてきな幼稚園”と言えば、創刊六十年を誇る、日本を代表する教育系雑誌である。国民の誰もが知っていると言っても過言ではない。全国のエリート幼稚園児はこの雑誌とともに成長したと言えよう。購買者は若いセレブのお母さん方である。ゆえに、表紙に取り上げられるのは、大変名誉なことなのである。知名度においては、表紙のモデルが毎回レモンを持っているあの雑誌に引けを取らない。
「こりゃ、ひな祭りと子供の日が一緒に来たようなものだな」
砂猫親分がこう言って、はしゃぐのも無理はなかった。地域の皆様に愛される砂猫組にまた一歩近づいたからである。砂猫公園の知名度が全国区となるからである。草葉の陰で先輩ヤクザの皆様も大喜びと言うものだ。
「考えてみれば、最近のわしらは肩身の狭い思いをしてるからな」親分はチンパンジー顔で語り出す。「組の名刺を出して挨拶をしただけで、脅迫だと言われて、逮捕されるんだぞ。あまりにも理不尽じゃないか。自己紹介をして捕まるのなら、転校生はどうなるんだ――なあ、墓魏よ」
「へい。わしも転校生だけにはなりたくありません」
「そうだろ。わしも転校生にはなりたくないぞ。しかし、そんな世知辛い世の中だが、やっとわしらにも追い風が吹いて来た。みんなに愛される公園を完成させることで、時代がわしらに追い付くというもんだ」
これからますます公園に来る人が増えるだろう。全国各地から押し寄せるのではないか。
ニヤニヤが止まらない親分は法華と目が合った。
「そう言えば、ホッケの方はどうなんだ?」親分は法華を見る。
「先日、一人の男の脱出に成功しました。何も問題はない簡単な仕事でした」法華は当然のように話す。
「おおそうか。そちらもうまくいってるわけだな。公園にかなりの金を注ぎ込んだから、現金で百万円が入ってくるのはデカいな」思い通りに事が運び、親分の顔はニヤついている。
脱出本舗の主任としての法華のシノギは順調である。
神々教に入信して、家に帰らなくなった信者を一人連れ戻して百万円である。中には友人同士で入信している連中もいて、まとめて脱出させることで、四百万円、五百万円と大金が入って来ることもある。
いったん連れ戻したが、再び信者として戻って行くケースもある。また依頼されたら、また連れ戻すだけである。こうしたリピーターを何人か抱えている。法華はお得意さんと呼んでいるが、依頼者の前では決して口にしない。
連れ戻された本人はどう思っているのか分からないが、これだけの大金がかかっても、依頼主である家族からは感謝されている。
地域の方に喜んでもらえるし、金も入って来る。一石二鳥である。
砂猫親分も鼻高々である。
親分の法華にかける思いは熱い。組の資金源と言ってもいいからだ。
「これからも頼むぞ、ホッケ。我が組の未来はお前にかかってると言っても過言じゃないぞ」
「はい。奴らが壊滅するまでやり抜きますよ。この街のダニを退治してやりますよ」
法華がニヤリと笑った。
自分たちも街のダニだという自覚はない。
しかし、好事魔多し。
翌日、振津によって事務所へ悪いニュースがもたらされた。
「いなくなった!? どういうことだ、プリッツ!」砂猫親分の怒鳴り声が事務所に響く。
「わしの舎弟なんですが」振津がうなだれて言う。「三人ともいなくなりました」
「三人揃ってか。男同士で駆け落ちか? まさかな。心当たりはないというのか。こりゃ、十三日の金曜日と仏滅が一緒に来たようなものだな」
小さな砂猫組にとって、組員三人の離脱は大きい。新たな組員の補充は大変だからだ。まさか、ハローワークに頼むわけにはいかないし、求人広告も出せないし、電信柱に求人募集のチラシを貼り付けるわけにもいかないし、チンドン屋に頼むわけにもいかない。ネットに正組員募集などと書き込めば、警察のサイバーパトロール隊に摘発されてしまう。
仕方なく、口コミで探し出すしかないのだが、小さな組に属する少ない組員の人脈などはたかが知れている。
「うーん」砂猫親分は天井を仰ぐ。「もしかしたら、奴らにやられたかもしれんな」
奴らとは、法華が信者を次々と脱出させて、壊滅させようとしているカルト教団神々教である。
「意趣返しをして来やがったかもしれん」
法華が脱出本舗を使って教団の信者を家族の元へ取り返すように、神々教団は砂猫組の組員をやめさせて、その一部の人間を教団の信者として取り込んでいるのである。
この狭い地域で、この大きな二つの組織は長年に渡って、トラブルを繰り返して来た。
しかし、三人揃って組員を奪われたのは初めてだった。
まだ若い組員であり、これからの将来も嘱望されていたのだが、共同生活をさせていたマンションに振津が行ってみると、もぬけの殻だったという。
「よし。神々教団に反撃しようや」砂猫親分が静かにつぶやいた。
砂猫組四天王はマズいと思った。
――親分がマジで怒ってる。
いつも天然で、とぼけてる親分だが、このように闘志を胸に秘めたときは怖い。
親分がマジで怒ると必ず死人が出るからだ。
どうか、親分の機嫌が直りますようにと、子分たちは思った。
一晩明ければ、すっかり忘れてくれてないかと期待した。
御年も七十歳となり、しだいに物忘れが顕著になってきた。その老齢化に期待したのだ。
しかし翌日、忘れるどころか、昨日の記憶をはっきりと呼び覚ますがごとく、さらに親分の神経を逆撫でする出来事が起きた。
「親分、大変です!」墓魏がデカい体で事務所に駆け込んで来た。
「おお、ボギーか。お前はいつも大変だな。今日はどうした?」
昼寝を邪魔されても、最近の親分の機嫌はよく、怒ることはない。
三人の組員がいなくなったことも忘れているかもしれないと子分たちは安堵した。
親分はティッシュで口元を拭いながら、墓魏の話を待った。
しかし、墓魏は最悪のニュースを持って来ていた。
「神々教団の連中が教団の隣の空き地に公園を作りました」
「何だと! うちの砂猫公園に対抗して作ったというのか!」
「へい。おそらく、そうじゃないかと思います。神々公園と名付けてます」
「なに! やりやがったな!」
砂猫親分は怒りに任せて、丸めたティッシュを英国製のゴミ箱に向けて投げつけた。それは奇跡的に入り、LEDでゴミ箱全体が赤く点滅した。
こんな時にくだらない機能が稼働しやがってと、砂猫四天王はゴミ箱を睨みつけた。
そして、もはや誰も親分を止められないと四天王は思った。
何といっても砂猫公園は先々代から所持している土地に作られた神聖な公園である。そんな公園に対抗するということは、歴代の組長や組員に盾突くようなものである。
「神々教団は我が砂猫公園を蹂躙しようと目論んでおるのか!」
親分がチンパンジー顔を真っ赤にして怒るのも無理はない。
これから何が始まるのか分からない。
組の存亡を賭けた戦いが始まるのかもしれない。
しかし、せめて神仏にはお祈りをしておこう。
四人の幹部組員は神棚に向かって、小さな声でお願い事を言う。
親分は高齢になり、最近は耳が遠い。多少ブツブツと唱えても聞こえないはずだ。
「天照大神様、陰の観音像様、どうかわしらにご加護をお与えください。神々教団をコテンパンにやっつけてください。願わくば、教祖をぶっ殺してください。しかし教団を完全になくしてしまうと、脱出本舗の仕事がなくなりますので、ちょっくら手加減を加えてやってくださいまし」
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
今回も親分が転ばないように上半身だけのダンスである。
しっかり地に足を付けている。
全員両手に小さな提灯を持っている。
音楽は流れないが、アカペラでも踊れる。
♪俺たちゃ、道を極めし極道者~
日々歩むは任侠道~
降りかかる火の粉は振り払う~
振り払わなきゃ、燃えちまう~
たとえ相手が誰であろうと~
神であろうと仏であろうと~
ぐっちゃぐっちゃのコテンパン~
分子のレベルに粉砕し~
宇宙の果てまで吹き飛ばす~
ひゅんひゅん、ひゅんひゅん(提灯を振り回す音)
♪ここで逃げては男がすたる~
背中を見せるのは小心者~
目を逸らすのも小心者~
真正面からぶつかって行く~
正々堂々と立ち向かう~
当たって砕けろが俺たちの信条なのさ~
背負ってる看板はデカいのさ~
看板にケチ付ける奴は許さない~
宇宙の果てまで吹き飛ばす~
ガガーリンもびっくりだ~
ひゅんひゅん、ひゅんひゅん(提灯を振り回す音)
♪♪♪♪♪
砂猫公園の中央には大きくて派手な滑り台が鎮座していたが、その隣にできたのはジャングルジムである。
こちらも滑り台に負けないくらい大きい。安全上、高さはそんなにないが横幅が長い。もちろん見栄を張った高級品だ。ジャングルの本場であるアマゾンの会社から買ったものだ。もちろん配送もアマゾンがやってくれた。こんなに大きいのにすぐに届くとはさすがアマゾンだ。
ジャングルジムの端から端まで地面に足を付けないように移動して行くという遊びを、子供たちがさっそく考え出して、競争している。子供たちはすぐに新しい遊びを思い付く。それは昭和の子供たちだけでなく、令和の子供たちも同じだった。
このジャングルジムには奇妙な仕掛けがあった。側面にたった一つだけ、車のハンドルが取り付けてあるのだ。何の変哲もない丸くて黒い本物のハンドルだ。
「これを回したらどうなるの?」小さな男の子がお父さんに訊いている。
「うん? ちょっと待ってよ。何だこれは?」お父さんは恐る恐るハンドルに触れてみる。
「普通のハンドルだな。回すとどこかが動くのか?」ジャングルジムを見渡しながら、ゆっくり右方向へ回してみる。「何も起きないな。じゃあ、逆か?」次は左に回してみる。
やはりジャングルジムには何の変化もない。
クラクションを押してみるが音はしない。配線らしきものは見えない。
お父さんは顔を近づけて、ハンドルとジャングルジムの接合部を見ている。
「ジャングルジムのポールに穴を開けて、ハンドルを挿しただけのようだなあ。動かしても、何も引っかからないしなあ。何だろうねえ」息子に語りかける。
しばらく、ガチャガチャと動かしていたが、
「このハンドルは、ただここに取り付けてある飾りだ」と結論付けた。
「ええっ、何のために?」
「うーん。お父さんは分からないなあ」首を捻る。「でも危険じゃないようだから、回してもいいよ」
「爆発しない?」
「それは大丈夫だ」
「よーし!」
男の子は両手でハンドルを持つと、ブーンブーンと車の運転ゴッコを始めた。プップーとクラクションも口で鳴らす。キーッというブレーキ音も口で真似てみる。
いつもお父さんが運転している本物の車のハンドルは触っちゃいけないと言われている。でも、これは触り放題だ。お父さんの言うとおり、何も怖いことは起きない。
いつの間にか、後ろに行列ができていた。みんなもハンドルを回したいのだ。
お父さんに促された男の子は名残惜しそうな顔をしながら、他の子供と交代し、ジャングルジムから離れて、巨大シーソーへ向かって歩き出した。
一週間後、そのハンドルは忽然と消えていた。
ハンドルが取り付けてあった箇所にはハンダ付けがしてあり、穴がすっかり塞がれていた。
いったい何のためのハンドルだったのか、誰にも分からなかった。
飛鳥井教会では毎週土曜日にバザーが行われていた。
敷地内にテントを張り、近所の特養老人ホームに入居している人たちが手作りした品物を並べて、委託販売をしている。
ほとんどは五百円以内で買える小物入れや財布やエコバッグなどの実用品である。このホームの高齢者は男女問わず、手先が器用な人が揃っていて、利益は教会と主催者と製作者で三等分している。
今日も教会は朝からたくさんの人で賑わっていた。多くは近所の人たちだが、中には遠方からわざわざ車でやって来る人もいる。何度かテレビでも取り上げられたことがあるため、たくさんの人に知られている。
バザーは三人の中年女性スタッフで運営されているが、ひときわ大きな声で接客をしているのはリーダー格の恵子さんである。みんなからは恵子おばちゃんと呼ばれている。年齢は五十代前半。ピンクのエプロンをして、小太りの体をフル稼働させながら、テント内を走り回っている。
夕方からはしだいに学生の姿も目立つようになって来た。近所の高校の部活帰りの生徒たちだ。
制服姿の女子高生が商品を手に取って、カバンから取り出したスマホと見比べている。
「どうですか。素敵なスマホケースでしょう」
「あっ、恵子おばちゃん、こんにちは」
常連客のため、お互いは顔見知りである。
「今使ってるのは百均で買ったものですけど、イマイチで」スマホケースを見せる。「クラスに同じ物を持ってる人もいるし、これはどうかなと思って」
「それはオリジナルだから、友達と重なることはないよ」
「そうですよね」
それは一つずつ手作りされたもので、同じ物はない。同じ柄にならないように作られているからである。ただ値段が安いというだけでは売れない。そもそもバザーで売ってる物は安いからだ。値段以外にも付加価値を付けないと買ってくれない。世界に一つしかない物を作れば、買ってくれるというわけだ。
「サイズを合わせてみてね」恵子おばちゃんが優しく言う。
機種によって大きさも変えてある。
結局、女子高生は布製の手帳型スマホケースを一つ買ってくれた。今使ってるケースも捨てずに使うらしい。
「その日の気分によって変えます」うれしそうに言う。
「いいねえ。もったいない精神だねえ」恵子おばちゃんもうれしそうだった。「そうやって物を大切にしてるんだから、あんたはいいお嫁さんになるよ」
♪♪♪♪♪
バザーを主催する三人の女性スタッフと客が教会の前で歌って、踊り出す。
年齢層は高校生からおばちゃんまでバラバラだが息は合っている。
さっきの女子高生も加わっている。
手には教会でも使われている小さなステンドグラスを持っている。
道行く人が立ち止まって、怪訝そうに見ているが気にしない。
こちらには神のご加護がある。
♪はい、いらっしゃいませ~
ここは何でも揃う教会バザーだよ~
テレビでも紹介されたよ~
おじいちゃん、おばあちゃんが心を込めて作ったよ~
小さな物から大きな物まで~
かわいい物ばかり~
便利な物ばかり~
ここでしか手に入らないオリジナル商品ばかりだよ~
アーメン~
キラキラ、キラキラ(ステンドグラスを反射させる)
♪全部手作りだから温かい~
品質がよくて、とても安い~
丈夫で長持ち、コスパもバッチリ~
採算度外視のバザーだよ~
このステンドグラスも売ってるよ~
この世のものとは思えないほど美しい~
あの世の天使も持ってるよ~
会ったことないけど、きっと持ってるよ~
アーメン~
アーメン~
キラキラ、キラキラ(ステンドグラスを反射させる)
♪♪♪♪♪
スマホケースを買って帰る女子高生を目で追っていた男がいた。砂猫組の茂湯組員だ。三つ揃えのスーツ姿はこの場で浮いている。それでなくても、百八十センチを越える長身である。目立ってしょうがない。うつむいて、ほぼ妖怪のような顔面を隠している。
「よお、恵子おばちゃん。相変わらず繁盛してるな」
低い声で、商品の補充をしている恵子おばちゃんに話しかけた。さっきの女子高生が帰るタイミングを待っていたのだ。すぐに帰ると思ったら、歌と踊りが始まって、さらに待つことになってしまった。
「あら~、茂湯さん、お久しぶり。おかげさんで今日も大繁盛よ」
「あんな女子高生も買って行くのか?」
「そうよ。ほら、見て」
恵子おばちゃんは並べている商品を指差す。とてもカラフルな色のものが多い。
「作ってる人が高齢者だからか、茶色とか灰色の物が多かったんだけど、学校帰りに寄ってくれる子供たちのために、派手な色の物も作ってもらってるのよ」
赤いポーチや黄色い小物入れが並んでいる。
「ちょっと派手過ぎるかなと思ったのだけど、それがけっこう評判でね。もう、売れまくってるわよ。茂湯さんもいかが? この紫色の化粧品入れなんかいいわよお」
「いや、俺に化粧する習慣はないし、紫色は嫌いだ」
茂湯はさりげなく、左右を見渡す。
他の二人の女性スタッフは接客で忙しそうだ。
お客さんも掘り出し物を見つけるのに忙しそうだ。
「また恵子おばちゃんに仕事を頼みたいんだが」悪相を近づける。
「いいわよ。告解部屋で待っててくれる?」笑顔が返って来る。
「ああ、分かった」
恵子おばちゃんは二人のスタッフに声をかけた。
「打ち合わせがあるから、ちょっと席を外すわね」
茂湯は先に教会の中へ入って行った。
神々教団の玄関先にロケット弾一発が着弾した。
神聖な場所とされる玄関は半壊し、受付に座っていた山賀弥生が飛んで来たガラスの破片で腕を負傷した。また、教団の近くを歩いていた三人の一般人も飛んで来たコンクリートの破片で軽傷を負い、そばに止めてあった配達中のトラックのフロントガラスにヒビが入った。
ロケット弾は百メートルほど離れた道路に違法駐車されていた車の後部トランクが開いて、自動的に発射されたものだった。
地元の警察は暴力団砂猫組とカルト教団神々教が、以前から小競り合いを繰り返していることを把握していた。しかし……。
暴力団がこんな手の込んだことをするのか?
暴力団だったらトラックで突っ込むだろう。
その前に、タイマーを設置して自動でロケット弾を飛ばせるくらい頭のいい奴が砂猫組にいるわけないだろう。
あの組では高卒の組員がインテリ扱いされてるんだぞ。
一週間だけ演劇部にいた奴が尊敬されるんだぞ。
だったら、過激派の犯行だろう。あいつらは高学歴で頭もいい。
いや、犯行声明が出ていない。奴らなら自分たちの仕事を誇示するだろう。
そもそも教団を標的にする動機は何だ?
カルト教団は何かとトラブルが多いからな。
だが、ここまで派手にやるとは相当の怨みがあってのことだろう。
警察内部でも様々な意見が飛び交っていた。
教団入口では警官と信者がもめていた。
警察が玄関に黄色いバリケードテープを張って、現場検証をしようとしているのを、数人の作務衣姿の信者が阻止しているのだ。
「神聖なる玄関に一歩たりとも入ることは許されません」
中年男性の信者が両手を広げて、通せん坊をしている。その後ろでは、穴だらけの床や崩れ落ちた壁や、割れた窓ガラスの破片などを、ホウキとチリトリで片付ける数人の信者の姿がある。
すでに黄金色の教団本部を数台の警察車両が取り囲み、パトランプを点滅させ、警察官が玄関先に集合していた。
その中から頭一つ高い捜査員が信者の前に歩み出て、警察手帳を示した。この事件現場で陣頭指揮を執る佐々川である。
「私たちは見ての通り、警察です。現場に入らせてください。令状はこの通りです」
捜査令状を広げて信者の目の前に突き出す。
「いいえ、たとえ警察でも無理です」
信者は令状が目に入らないかのように顔を背け、通せん坊の格好のまま、両手を下さない。
隣にもう一人の捜査員がやって来た。こちらも長身で、名前を和木と言う。
コンビを組む二人は先輩後輩の間柄だった。
コンビの場合、どちらかが強気でどちらかが温厚で、どちらかが大きく、どちらかが小さいデコボココンビというパターンが多いが、このコンビはいずれも強面で、背が高く、揃いも揃って強引である。
頑なに通せん坊をして警察をけん制している中年信者に和木が訊いた。
「警察を施設に入れないというのは、あなたの意向ですか?」
「いいえ。教祖様の意向です」当然のように答える。
「では、教祖様に会わせていただけますか」
「会ってどうするのですか?」
「私が説得します」
「それは無理です。われわれ一般信者でさえ、教祖様と話はおろか、ほとんど会うこともできないのですから」
佐々川と和木は黄金色に塗られた五階建ての神々教の本部施設を仰ぎ見る。太陽の光を浴びてギラギラと輝いている。
教祖は最上段に住んでいるらしいが、ブラインドが下りたままで中は見えない。気の早いマスコミがヘリコプターを飛ばしているが、上からでも覗けないだろう。
信者と警官の睨み合いが続く。周りを取り囲む野次馬たちも帰ろうとしない。
「いい加減、中に入れてもらわないと現場検証ができませんよ」焦れてきた佐々川が語気を強めて言う。「あんたは犯人を捕まえたくないのか?」呼び名があなたからあんたに代わっている。
和木も横から追い打ちをかける。「それとも、教祖様の超能力で見つけるかね」
皮肉である。
宗教団体の教祖だからといって超能力があるとは限らない。しかも、神々教の教祖には超能力が備わっているのかどうかも分からない。他の教団と違って、教祖の情報が表に出てこないからである。自分の力を見せつけようとしない特異な教祖なのである。ただ、数年で教団をここまで大きくしたのだから、人々を引きつける何かを持っているのだろう。
中年男性信者のそばに応援する信者が集まり出した。さすがに通せん坊をしていた両手は疲れてきたようだ。捜査員の周りにもしだいに警察関係者が集まって来た。
十人の信者と二人の捜査員の押し問答が続く。
「邪魔するようなら、あんたを公務執行妨害で逮捕するからな」佐々川が言い放つが、信者は顔色一つ変えない。
「聞いてるのか、あんた」と和木も先頭に立つ中年信者を睨みつける。
お互い無言の時間が過ぎる。
信者たちは揃って紺色の作務衣を着ていたが、ここに濃い紅色の作務衣を着た一人の老人がやって来た。手にホウキとチリトリを持っている。
佐々川が老人を目に留める。
「掃除のじいさん、ちょっと今は取り込み中なんだわ。あっちへ行っててくれるかい」
だが、信者たちは老人のために道を空けた。
それを見た佐々川は戸惑いながら尋ねる。
「あなたはこの教団の偉い人ですか?」
信者が道を空け、一人だけ違う色の作務衣を着ていたので、偉い立場の信者なのかと思ったが、偉い人にしては、手に掃除用具を持っていたからだ。
この教団では上の人間が雑用をするのか?
老人は集まる信者の間を通り、ゆっくりと前に出て来た。
「私は偉くありませんが、神々教の幹部をしております、八丈島と申します」
佐々川と和木に頭を深々と下げる。二人は小柄な老人を見下ろす。
「ほう、幹部の八丈島さんですか」佐々川は掃除の老人が幹部と聞いて驚く。
「我々は現場検証をしたいのだが、この通り、みんなが通してくれんのだよ。幹部のあんたの方で何とかしてくれんか」和木はぶっきらぼうに言い放つ。
「はい、どうぞお入りください」八丈島はホウキを持った手で玄関を指し示した。
「えっ、いいのか?」和木の方が戸惑う。
周りにいた信者もざわつく。
八丈島は胸元をさぐり、折り畳んだ紙を取り出し、頭上にかかげて、大きな声で叫んだ。
「教祖様からの直状である!」
たちまちすべての信者がガバッとひざまずいた。
「――何だ!?」警官たちは戸惑って、立ち尽くす。
八丈島は直状をゆっくり広げて、読み始める。
「警察に教団正面玄関の立ち入りを許可する――以上!」
「ははーっ!」信者たちは頭を床に擦り付けたまま、かしこまる。
佐々川はなんだこの三文芝居はと思ったが、口に出さず、
「和木、教祖様からの有り難い許可が出たようだから入ろうや」
「はあ、そうですか」和木は戸惑いながら、鑑識を手招きして、先に入れてやる。
直状をうやうやしく畳んでいる八丈島にお礼を言っておく。
信者はのそのそと立ち上がり、捜査員のために玄関への道を開けてくれた。
「佐々川さん。何ですか、この寸劇は」和木は佐々川の耳元で訊く。
「あんな紙切れが水戸黄門の印籠のような効果を出すということは、教祖様がとんでもなく偉いということだろう」佐々川は呆れ顔で言う。「一度ご尊顔を拝したいものだな」
教祖の姿はいまだマスコミによって写真に撮られたことはなく、どういう人物なのかもはっきりしていない。年齢、性別、出身地など何も分からなかった。
当然、警察のデータベースにも該当はなかった。
♪♪♪♪♪
佐々川と和木と警官たちが教団前で歌って、踊り出す。
しっかり整列していて、全員手に拳銃を持っている。
日頃から体を鍛えている警官だけあって、息は切れず、ダンスも一糸乱れない。
恐ろしく統制の取れた集団である。さすが警察組織である。
♪俺たちは法の番人さ~
命がけの仕事だというのに~
安い給料で働いてるぜ~
悪を挫き、正義を守る~
善良な市民に手を出すな~
その手に手錠をはめてやるぜ~
縄で縛ったうえに~
市中引き回してやるぜ~
ウ~ウ~、ウ~ウ~(パトカーのサイレンの音)
♪俺たちはしがない地方の公務員~
だけど、舐めてると投げ飛ばしてやるぜ~
警棒でぶん殴るぜ~
刺股で挟んでやるぜ~
拳銃が火を噴くぜ~
牢屋にぶち込んでやるぜ~
二度と娑婆に出られないようにしてやるぜ~
ウ~ウ~、ウ~ウ~(パトカーのサイレンの音)
♪♪♪♪♪
今回、鑑識は二手に分かれていた。
半分の鑑識員はロケット弾が撃ち込まれた神々教団の玄関に入って行く。
もう半分の鑑識員は約百メートル離れた、ロケットの発射地点にいた。
ロケット弾を自動発射した車は無人の状態で道路に放置されたままだった。教団から離れているため、信者に邪魔されることもなく、鑑識の調べが続けられている。
車は白のセダンで後ろのトランクは開いたままになっている。ここから教団に向けて、一発のロケット弾が自動発射されたようだが、トランク内に危険物は見当たらない。
ナンバーを照合したところ、三日前盗難に遭った車だと分かった。
鑑識員が車の中を覗いたとき、驚きのあまり声も出なかった。
車内に山のような空き缶とペットボトルとタバコの吸い殻が残されていたからだ。
それらはビニール袋に入っておらず、そのままシートの上やマットの上に散らばっている。缶はへこんでいたり、潰されていたりするものもあり、吸い殻は短いものや長いものもあったが、シートへの引火は起きてなかった。
車をゴミ箱代わりにしたような光景である。おそらく、捜査を混乱させるために、わざと置かれたものだろう。これらを一つずつ調べていると膨大な時間を要する。
いったいどうすればいいのか。
鑑識員全員が呆然と車の周りで立ち尽くした。
♪♪♪♪♪
鑑識員が犯行現場で歌って、踊り出す。
帽子をかぶり、マスクをしている。
手には白い手袋をはめて、足はビニールのカバーで覆われている。
女性の鑑識も混ざっている。
♪俺たちは裏方の鑑識さ~
日の当たらない部署だけど~
犯人の手掛かりを探す重要な部署なのさ~
粘着シートで証拠を集め~
地面に這いつくばって足跡探し~
ポンポンはたいて指紋を探し~
髪の毛一本見逃さず~
皮膚片一片見落とさず~
カシャカシャ、カシャカシャ(カメラのシャッター音)
♪証拠品は口ほどにモノを言う~
逃げても無駄だぞ、犯人よ~
DNAが黙っちゃいない~
ルミノール反応もばっちりさ~
地獄の底まで追いかける~
閻魔様も真っ青さ~
諦めてさっさと自首をしろ~
カシャカシャ、カシャカシャ(カメラのシャッター音)
♪♪♪♪♪
「これはどう見ても、嫌がらせだな」外から車内にカメラのレンズを向ける鑑識員が呆れて言う。「よし、開けるぞ」
ベテラン鑑識員が車のドアを開けた。ドアには鍵がかかってなかった。
鍵を掛け忘れたのか、わざと掛けていかなかったのか。おそらく後者だ。
ロケット弾はタイマーでセットされてトランクから飛び出した。すでに犯人は遠くまで逃げてしまっているだろう。だから時間を稼ぐ必要はない。そして車内には何も証拠を残していない。
クソッ、余裕をかましやがって。
鑑識員は毒づいたが、すぐに顔をしかめた。車内にいろいろなニオイが充満していたからだ。柑橘系のジュースやお茶、コーラ、ビール、タバコの吸い殻などのニオイだ。
缶やペットボトルから流れ出た汁がシートのあちこちに染みを作っている。それにタバコの灰とニコチンが混ざり合い、異様なニオイに変化している。
「主任。これ全部、犯人が自分で飲んだのですかねえ」
若い鑑識員が後部座席に上半身を突っ込みながら、空き缶の山を指差す。飲み物の種類は柑橘系のジュースやコーヒー飲料や日本茶やスポーツドリンクなど様々だ。
「おそらくどこからかかき集めてきたのだろう」主任鑑識員も覗き込みながら答える。「吸い殻を見てみな。銘柄がバラバラだろう。飲み物はいろいろな種類のものを飲むが、タバコの銘柄はだいたい決めているものだ。つまり、複数の人間の吸い殻だ」
「そう言えば、吸い殻の中には細いタバコもありますね」
「ああ、これは女性がよく吸う銘柄だな」
最近の若い鑑識員はタバコを吸わない者が多く、銘柄にも疎い。
「口紅が付いてるものもありますよ」
「そうだろ。だからと言って、女が犯人というわけじゃない。見え透いた罠だな」
「主任」運転席付近を調べていた鑑識員が後部座席に声をかける。「ハンドルに付いてる指紋ですが、何十種類もあります。大きさからして子供の指紋です」
「子供だと?」ベテラン鑑識員は運転席に身を乗り出す。
「はい。今のところ、ハンドルから大人の指紋は一つも検出できません」
「どういうことだ?」
「何人もの子供たちが遊びで握っていたということでしょうか?」
「どういう遊びなんだ」
「車ゴッコでしょうかねえ」
鑑識員は主任と話をしながらも手は止めない。
「あっ、違うものが出ました。おそらく手袋をして握ったものです」
「大きさはどうだ?」
「これは大人の手ですね」
「普段はたくさんの子供が車ゴッコでハンドルにベタベタと指紋を付けて、犯行時は大人が手袋をして、ここまで運転して来たということか」
「奇妙な話ですが、そう考えると辻褄は合います」
主任鑑識員もおかしな話だと思いながら、他にも証拠品がないか、空き缶とペットボトルの山をガラガラとかき分ける。
結局、ゴミ以外に目ぼしい物は出て来ず、犯行車両はレッカー車で運ばれて行った。
小さくなるレッカー車を見送りながら、主任が若手に訊いた。
「あれだけたくさんの空き缶とか吸い殻が簡単に手に入る場所と言えばどこだ?」
「公園ですかね」若い鑑識員は手袋を外しながら答えた。
鑑識からの情報を受けて、佐々川と和木はさっそく動いた。
「おい、シケモク!」
砂猫公園の新しいベンチに寝転んでウトウトとしていた師家木が、大きな声で名前を呼ばれて、ガバッと起き上がった。
「ああ、これは佐々川のダンナ。おやおや、和木のダンナもお揃いですか」
「当たり前だ。捜査員は二人一組で行動することになってるんだ」
「本日はお日柄もよろしいようで」
「曇ってるだろ」
立ち上がった師家木は長身の二人に挟まれる。
「何ですか。俺は何もやっちゃいねえよ。それとも何かい。この公園は入場料がいるとでも言うのかい。そんなことは入口に書いてなかったし、管理人さんにも止められな……」
佐々川は一方的にしゃべる師家木を無視して、目の前に折り畳んだ千円札と一緒に新しいタバコを一箱差し出した。
「こりゃどうも。何でも話しますよ、ダンナ。俺は正直だけが取り柄ですから」
もらった千円札とタバコを大事そうにジャンパーの内ポケットへ入れながら、師家木はニヤける。
「最近、おかしなことはなかったか?」和木が訊く。
「おかしなことと言いますと、最近は円安が続いて、日経平均も下がって……」
「ふざけてるとタバコと千円は返してもらうぞ」和木が頭上から睨みつける。
「いや冗談です、和木のダンナ。冗談を言いながらも、考えていたところです。灰色の脳細胞をフル稼働してます。ウーン」師家木は腕を組んで、しばらく曇り空を見上げる。
「――何か思い出したか?」
「いえ、まったく」
「お前、ここで即死したいか。無縁仏になりたいか」
「待て、和木」佐々川が殴りかかりそうになってる和木を止める。
「おい、シケモク」佐々川が尋ねる。「商売の方はどうだ?」
「商売ですか……」師家木は二人を見上げる。「あっ、そうだ! そう言えば奇妙なことがありやした」
「どうした?」
「俺のメシの種がすっかりなくなってました」
「つまり、ペットボトルと空き缶だな」
「はい。ゴミ箱にたくさん入ってるはずが、一つもないんです。ここのところ、砂猫公園は大盛況でして、たくさん人が来てるんで、ゴミは溜まってるはずなんです」
「管理人さんが片付けたんじゃないのか」
「俺もそう思って訊いたのですが、ここは俺のシマということにしてくれたので、触っちゃいないはずですし、管理人さんは俺がきれいに片付けたと思ってたみたいです」
「灰皿の吸い殻はどうなんだ?」和木が訊く。
「へえ、それが吸い殻もきれいさっぱりないんです。ペットボトルは売れば金になりますが、吸い殻を買い取ってくれるところはありませんし、神隠しにしてはおかしいなと思いましてね」
「神様はゴミを隠さんだろ」
佐々川と和木は師家木の頭上で顔を見合わせた。
――決まりだな。
犯人は砂猫公園からペットボトルや吸い殻を集めて、捜査を攪乱するために、犯行車両の中にぶちまけやがったんだ。
手段が分かればいい。
後は犯人を見つけ出すだけだ。その犯人は砂猫公園の関係者、つまり砂猫組に違いない。
佐々川は師家木に訊いた。
「ところで桃賀老人は元気か?」公園の隅の管理人室を見る。
「へえ、かくしゃくとされていて、今日も元気に管理人を務めておられます。さっきもハトにエサをやっておられました」
「桃賀老人に尋ねても無駄か?」佐々川は和木に訊く。
「知ってても話さないでしょうね」和木はあきらめ顔で答えた。「あのじいさんは口が堅いですからね」
「ああ、現役の頃からそうだったな」
♪♪♪♪♪
佐々川と和木と師家木が砂猫公園で、歌って、踊り出す。
警官の二人は日頃の鍛錬のため、体にキレがあるが、
師家木は日頃の不摂生がたたり、なんともドン臭い。
♪街の公園がきれいになった~
何もなかった公園に遊具が増えた~
街に活気が溢れ、みんながここにやって来る~
地元の子供たちは大喜びさ~
付き添いのお母さんも大喜びさ~
付き添いのお父さんも大喜びさ~
連れて来たワンちゃんも大喜びさ~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
三人を見ていた子供たちが次々とダンスに加わっていく。
♪公園は街の宝物さ~
天然芝が新鮮だよ~
滑り台もジャングルジムもカッコいいよ~
夜になるとイルミネーションが輝くよ~
モモンガさんのお陰でゴミ一つ落ちてないよ~
近所の皆さんの憩いの場だよ~
いつまでも続けよ、この平和~
守ってやるぞ、この平和~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪♪♪♪♪
新しく敷かれた天然芝に慣れたのだろう。一時はいなくなっていたハトも公園に戻って来た。桃賀がエサをあげるハトの数も増えてきた。ハトは桃賀がこの公園の管理人であり、いつもエサをくれる人だと覚えている。
ハトの大群に囲まれた桃賀はうれしそうだった。
「親分、大変です!」墓魏がデカい声を発しながら事務所に駆け込んで来た。
「ボギーか。お前は最近ずっと大変だな。今日はなんだ?」
ちょうど昼寝から目覚めた親分はティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、振津が拾いに行く。
今日の親分の機嫌はいい。
神々教団の玄関先をロケット弾でぶっ飛ばしてやったからだ。警察からは何も言って来ないところを見ると、捜査は難航しているのだろう。何といっても証拠は何一つ残していない。
親分がニヤケるのも当然である。
さすがプロの仕事は違うな。大金をはたいて頼んだだけのことはある。完全犯罪の一丁上がりだな。浮かれている親分と違って、三人の子分――振津、法華、茂湯は冷静に墓魏の報告を待つ。
しかし、いい内容のニュースではなかった。
「神々教団の神々公園内に屋台村が出現しました!」
「何だと!」親分の顔が豹変する。チンパンジー顔なのに豹だ。
「全国各地の名店の味が楽しめるようになってます」
「うまそうじゃないか!」
「はい。私も顔を隠して、モツ煮を食べてみたのですが……」
「どうだった?」
「そりゃもう、ホッペが落ちそうで、星五つです!」
「神々公園の人の入りはどうなんだ?」
「残念ながら、大盛況です」
「住民は遊具ではなく、食い物に釣られたというわけか。他にどういう店があったんだ?」
「唐揚げ、ホルモン焼き、手羽先、肉じゃがなどです」
親分は天井を見上げ、イタリア製の無駄にデカいシャンデリアの下で、しばし沈思黙考する。
「よし、分かった!」親分は何かを決心して、ポンと手を叩いた。「あいつらはうちと違って金もあるし、信者もたくさんいるから、屋台村も作れるだろう。だが、わしらはそういうわけにはいかん。自由に使える資金は限られている――そこでだ。料理を提供する車があるだろ。何とかカーというやつだ」
「キッチンカーですか?」振津が言う。
「おお、そうだ。さすがプリッツ。高卒のインテリは物知りだな。そのキッチンカーを公園内にズラッと並べて、屋台村に対抗しようや」
神々教団は砂猫組の神聖なる公園に盾突いて来た。
しかし、負けるわけにはいかない。公園の土地を取得するために散って行った同志のためにも、死に物狂いで立ち向かっていかなければいけない。
「それはいい考えですね」法華が賛同する。「屋台を設営する手間もかかりませんからね」
「目には目を。歯には歯を。屋台村にはキッチンカーをだ――ハンムラビ法典にそう書いてあるだろ」
四人の子分は互いに顔を見回すが、誰もハンムラビ法典なんか読んだことはない。普段読む活字は競馬新聞だけだ。
「そこでだ。さっきボギーから店の料理の種類を聞いたわな。地味で茶色の食い物ばっかりだっただろう。あれはオッサン用の屋台だ」
親分は自分自身や目の前に立つ四人が全員オッサンであることを棚に上げて話す。
「うちは若者をターゲットにしようや」
「どんな料理がいいですかね?」茂湯が不安げに訊く。
「心配するな、モユユ。とりあえずフランス料理とかイタリア料理とか、横文字のカラフルな色の料理を並べておけばいいだろ」
「それで若者が来ますかねえ」墓魏も不安そうだ。
「今は世間でチーズが流行ってるだろ。料理にチーズをかけて、アボカドを添えて、上からパクチーを散らして、抹茶の粉末を振りかけて、パチパチ弾ける花火を何本か突き刺しておけば、若いネエチャンが来て、写真をバシャバシャ撮るぞ」
チンパンジー顔の親分がドヤ顔で話す。
四人の子分は流行りの食べ物なんか分からないので黙って聞いている。
「どうだ、映えるだろ。ヤバいだろ。エモいだろ。きっとバズるぞ。屋台村じゃこんな料理を作るのはむずいだろ。超ウケるぞ。みんなでタピろうぜ! メッチャすごいぜ!」
親分は最近覚えた若者言葉をがんばって使ってくるが、子分は何を言われているのか、さっぱり分からない。外国人の演説を聞いているようだ。
バエル? なんでハエが飛んでるんだ? 不衛生じゃないのか?
タピろうって、誰だ? どこかの偉い親分さんか?
ヤクザの親分は“メッチャ”なんて言葉を使ってほしくない。
「それと甘味処の販売車も呼ぼうや」親分はさらに提案してくる。
「スイーツのキッチンカーですか」振津が言う。
「おお、それだ。さすがプリッツ。これも若いネエチャンにウケそうだろ。そもそも若いネエチャンは一人じゃ来ない。女友だちとツルんで来るんだ。あるいは男友達を誘って来るんだ。それに、スイーツだとたくさんの子供がお母さんと一緒に来てくれるぞ。わんさか来れば、客数は神々公園を上回るだろうよ。スイーツは旬な食材を使って作ってもらおうや。消費者は季節限定という言葉に弱いんだ」
四人はそんないい加減なことで大丈夫なのかと思いながらも、親分に従う。この業界では親分の意見は絶対だからだ。
カラスがピンク色だと言われれば、そうですねと同調しなければならない。親分はカラスとフラミンゴの区別も付かないのですかと言い返してはいけない。そう言えば、私も夕方、ピンク色のカラスが群れを成して飛んでるのを見ましたと答えなければならない。
「神々公園の屋台村なんかクソ喰らえだ。そうだろ、みんな!」
「へい!」「へい!」「へい!」「へい!」
「じゃあ、プリッツ。お前が中心になって動いてくれ」
「へい!」
いろいろなものを調達してくるのは振津の担当だった。
「よしっ、我が砂猫公園のさらなるリニューアルの始まりだぞ! おおー!」
親分が吠え、天井に向けて右手を突き上げた。
四人の子分も目一杯、右手を突き上げた。
イタリア製高級シャンデリアが五人の気合でブワンと揺れた。
“へぇ~、これが屋台村かあ。砂猫公園にたいこうして神々公園を作ったと思ったら、たちまち屋台が出現してビックリした。こうして上から見てみると壮大だなあ。数えてみると十店舗ある。ちょうちんがたくさんぶら下がっているから、夜になるときれいなんだろうなあ。どの店もお客さんが入ってるなあ。ぼくも何か食べてみたいけど、神々教団の売り上げにこうけんするわけにはいかないから止めておこう。あっ、店に入れない人が並びはじめたぞ。初日から行列ができるほど人気の屋台村か。でも、悔しいなあ。砂猫公園も神々公園に負けないように、何か作ってくれないかなあ。そうすると、ぼくの好きなこの街がもっと活気にあふれるんだけどなあ――周人”
それからわずか三日後。
砂猫公園に三十台ものキッチンカーが集結した。日曜日ということもあって、かつてない賑わいである。遊具を目当てに来ていたのは、ほとんどが子供たちとその家族だった。しかし、今日はたくさんの大人のカップルや年配者で溢れ返っている。
このあたりをなわばりにしている廃品回収業の師家木に宣伝を頼んでおいたのが功を奏したようだ。
二日前、師家木が公園の新しいベンチで昼寝をしていたのを見つけたのは茂湯だった。
「おい、シケモク!」
師家木はあわてて起き上がる。
「これは茂湯のダンナ、ご無沙汰してます」
立ち上がって茂湯と向き合う。
長身の茂湯が見下ろす形になる。
最近はよく見下ろされるなあと思いながらも、
「本日は結構なお日柄で」
「曇ってるだろ」
「雲の上は晴れてますぜ」
「貴様、俺にそんな屁理屈を言っていいのか?」
「すんません、茂湯のダンナ! ――いやあ、このベンチは寝心地がいいですねえ。ついつい寝てしまいますよ」
「そりゃあ、うちの親分が選んだ最高級のベンチだからな」
師家木は砂猫公園が砂猫組によって運営されていることを知っている。蛇の道は蛇だ。
「タダでこんないいベンチに座らせてもらって、俺は幸せ者です」
師家木はここぞとばかりに媚びを売って来る。茂湯が何らかの仕事を持って来たことが分かっているからである。砂猫組の組員は師家木をパシリなどに使っている。もし、警察に捕まっても正組員ではないため、言い逃れができるので、大変重宝しているのである。
「――で、茂湯さん。手に持った拡声器は何ですか?」
「実はな、ここにキッチンカーを並べて、地元のみなさんに喜んでもらおうと思ってるんだ」
「おぉ、神々教団の屋台村に対抗するというわけですね!」
「よく知ってるな。さすがシケモクは情報通だ――そこでだ。お前に頼みがある」拡声器を目の前に突きつける。「これを使って、近隣のみなさんに宣伝をしてもらいたい」
「拡声器でキッチンカーのことを叫びながら、近所を練り歩くというわけですかい? なんだか、恥ずかしいなあ」
「二日間、お願いしたい。二日で三万円出す」
「やります! 日給一万七千円ですね」
「日給一万五千円だろ。チョロまかすな」
「すいません。茂湯さんは誤魔化せませんね。さすがDHAたっぷりの青魚が大好きなだけあって、地頭がいいですね」
「なんでそんな個人情報を知ってるんだ?」
「街中のウワサですぜ。茂湯のダンナは回転寿司に行ってもサバしか喰わないと、みんな言ってます」
「まあ、その通りだからいいだろ。じゃあ、これで取引成立だな――ところで、何か情報はないのか?」
「そういえば、佐々川と和木のダンナが来て、公園のゴミ箱のペットボトルについて訊かれました。ペットボトルも吸い殻もすっかりなくなって、俺の商売上がったりだったんですよ」
「何と答えたんだ?」
「神隠しじゃないかって」
「神様はゴミを隠さんだろ。また何か俺の琴線に触れるような情報があったら教えてくれ」
「きんせん……ですか? 金になる情報ということで?」
「ああ、琴線でも金銭でもいい。神々教団の情報でもいいから仕入れておいてくれ。礼は弾むぞ」
「分かりやした!」
♪♪♪♪♪
茂湯と師家木が砂猫公園で、歌って、踊り出す。
二人とも日頃の不摂生が祟って、動きが悪い。
だが、動悸や息切れに負けず、がんばって踊る。
ここで踊らなきゃ、いつ踊るんだ。
いざという時には救心がある。
♪公園にキッチンカーがやって来る~
いろんな料理を売ってるよ~
フランス、イタリア、スペイン、スイス~
世界の料理が食べられるよ~
おしゃれな料理で驚くよ~
カラフルな料理で感動するよ~
もちろん、みんなおいしいよ~
救心、救心~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪キッチンカーのオープンは二日後だよ~
みんな、首を長くして待っててね~
みんな、お腹をすかせて待っててね~
小銭を持って集合してね~
お金がないならお母さんにもらってね~
若いネエチャンは彼氏におごってもらってね~
お孫さんはじいちゃん、ばあちゃんにおねだりしてね~
キッチンカーをハシゴするのも面白いよ~
キッチンカーは三十台~
胃袋空けて来るんだよ~
救心、救心~
パチパチ、パチパチ(周りで見ている人たちの手拍子の音)
♪♪♪♪♪
三十台のキッチンカーすべてに行列ができていた。家に持って帰って食べる近所の人もいれば、そのまま公園内で食べている人もいる。
新しく設置された五十基のベンチが役に立った。
キッチンカーに置いてあるベンチだけでは到底足らなかったからだ。ほとんどのベンチは食べる人で埋まっている。キッチンカーを呼ぶことは想定外だった。ベンチは偶然にも、役に立ったということである。
しかし、砂猫親分の言い分は違っていた。
「どうだ。わしが言ったとおり、高級ベンチをズラッと並べておいてよかっただろう。公園内で食事をする人も出て来ると予想しておったんだ。先見の明があるというのはこのことだろうな。わしは七十歳になっても、自分の才能に驚くことがあるぞ――おい、お前ら」目の前に立つ四人の子分を見る。「わしの元で仕事ができてよかっただろう」
「へい。そりゃ、もうサイコーで」と言わざるを得ない。
三十台のキッチンカーを調達したのは振津だった。自分の子分たちに、各所で営業をしているおしゃれなキッチンカーを見つけて、連れてくるようにと命令したのである。
一か月間、砂猫公園の敷地をタダで貸す。客はこちらで集める。宣伝もこちらでやる。売り上げが目標に行かなければ、その分は補償する。リベートはいらないという破格の条件を提示すると、ほとんどのキッチンカーは応じてくれた。
それでも渋る店主に対しては、普通より少し怖い顔面を有効利用して、軽く睨みつけたのは言うまでもない。もちろん砂猫組の名前は出さず、株式会社サンドキャットの名前で契約を交わした。
砂猫公園の宣伝にはなっても、砂猫組に利益は入らない。神々教団の神々公園の屋台村に打撃を与えるためだけにやることだ。一か月もすると屋台村に閑古鳥が鳴き出すだろうと踏んで、一か月契約にしてあった。
砂猫公園に対抗して作られた神々公園に対する嫌がらせでしかない。
採算なんてどうでもいい。意地と意地のぶつかり合いだ。
神聖なる砂猫公園に盾突くとこうなるということを見せつけてやるためだ。
“すごーい。やってくれたね、砂猫公園にズラリと並んだキッチンカー軍団。ぼくの願いが通じたみたいだ。ぼくの街がだんだん豪華になっていく。神々公園の屋台村もすごかったけど、ここのキッチンカーもすごいや。上から数えてみたら三十台もある。何の食べ物を売ってるのか、上からだと見えにくいけど、全部に行列ができている。これは屋台村以上だね。屋台村の料理は神々教団の息がかかってるから食べられなかったけど、ここのキッチンカーなら大丈夫だ。お小遣いを持って、食べに来るぞー! ――周人”
♪♪♪♪♪
三十台のキッチンカーの従業員が歌って、踊り出す。
手にはスプーンやフォークや包丁やピーラーなどを持っている。
一台からはだいたい二名ずつが参加しているので、約六十人だ。
砂猫公園始まって以来の大人数のダンスである。
地響きが近所に伝わるほど、大規模なダンスである。
♪パスタにキッシュにラタトゥイユ~
ラザニアにパエリアにローストビーフ~
ピザにタコスにケバブもあるよ~
いろんな国の料理が揃っているよ~
キミが好きな料理はあるかい~
食べたことない料理がいっぱいあるはずさ~
遠慮なく食べておくれよ~
コンキン、カンキン(スプーンやフォークを叩く音)
♪ハンバーガーにポテトにシェイク~
カレーにオムライスに卵かけご飯~
コーヒーに紅茶に日本茶もあるよ~
ここに来るとフルコースが味わえるよ~
自分へのご褒美に寄っておくれよ~
明日のことなど考えないで~
お腹が破裂するまで食べるんだよ~
コンキン、カンキン(スプーンやフォークを叩く音)
やがて、お客さんも加わって踊り出す。
ダンス集団はさらに膨れ上がる。
♪テレビでしか見たことがない料理がいっぱいあるよ~
知らない料理で溢れてるよ~
おいしそうな香りはたまらないね~
でも、まだまだ食べれるよ~
晩御飯のことなんか知らないよ~
だって、こっちの方がおいしいんだもん~
お母さん、ごめんなさーい~
♪♪♪♪♪
黄金色に塗られた神々教の教団本部の最上階の五階は教祖の住居兼修行スペースになっている。一つ下の四階には幹部が集まる部屋がある。幹部たちは各々そこで修行をしたり、事務作業を行ったり、他の信者に指示を与えたりしている。
今、幹部室にいるのは穴田に加えて、広報担当幹部の何和、外国人幹部のメイソン、女性幹部の百合垣の四人だった。同じく幹部の八丈島は教団内を掃除しながら、信者の修行を見守って、指導するという仕事を続けている。
四人全員が幹部服である濃い紅色の作務衣を着ていた。
そこへ紺色の作務衣を着た一般信者が入って来た。いくつかの敵対する勢力の情報を収集する仕事をしている若い男だ。
「失礼します。穴田さん」
パソコンに向かっていた穴田が振り向く。
「ああ栗林君か。どうしましたか?」
「ここのところ神々公園の屋台村の売上が落ちていたので調べてみましたら、砂猫公園に
三十台ほどのキッチンカーが集結して、たくさんの人が行列を作ってました。おそらく、人が向こうに流れているものと思われます」
穴田の細い目がいっそう細くなる。
砂猫公園がきれいになって、たくさんの人が訪れていると聞いて、神々教団も隣に放置していた土地を開拓して公園を作り、人を集めるために屋台村を完成させた。
すべては、日頃から敵対視している砂猫組に対抗するためである。
教団施設の顔と言うべき玄関に一発のロケット弾が撃ち込まれた。神聖な玄関が破壊されたことは、神への冒涜であり、教祖への侮辱であり、決して許される行為ではない。
おそらく砂猫組がやったと思われた。
確かな証拠はないが、以前から神々教団は組員を引き抜いて、反社から足を洗わせ、教団の信者にすることを繰り返していたから、その報復だろうと考えた。
先日も三人の組員をまとめて信者に転身させることに成功した。その情報はただちに砂猫組にもたらされたことだろう。
教団は、世の中から不逞の輩をなくそうと、組を抜けさせ、入信させているのだが、向こうはそう思っていないだろう。
奴らが教団を目のカタキにするのも無理はない。
反社に属する人たちは減ってきている。暴力団新法により様々な行為が規制され、さらに景気が低迷していりことで、以前のような羽振りの良い生活はできなくなっているのが現状だ。そこへきて、組員の引き抜きとなれば、ロケット弾くらい飛ばしたくなるだろう。
しかし、高性能のロケット弾を作り上げて、寸分の狂いなく、教団本部の玄関に撃ち込むといった大胆で繊細な犯罪を、あの弱小で頭が悪そうな砂猫組がやってのけるだろうか。
神々教団の誰もが感じていることである。
そして、さらなる疑問点もある。
砂猫組は三十台のキッチンカーを一堂に集結させるだけの資金源を持っているのか?
そもそも、ただの空き地だった公園を整備する資金はどこから出てきたのか?
闇の業界の仕組みはよく分からないし、資金の流れとなると、さぐりを入れることも難しい。
しかし、教団に対するテロ行為は絶対にやつらの仕業であると、幹部の穴田は思っている。警察にも意見を述べ、捜査対象にしてもらえるように頼んだのだが、何分、証拠がない。
自動でロケット弾を飛ばして、命中させるという大掛かりな事件を起こしておきながら、証拠を何一つ残していないのである。
ロケット弾が発射された車の中には大量の遺留品が残されていたらしいが、捜査を攪乱させるために、わざと置いてあったと聞いた。それらの遺留品からはまだ何も手掛かりは出てないという。ついカッとなって、行き当たりばったりに行ったものではなく、周到に準備された犯行だと言えよう。
「穴田さん」百合垣が口を開く。細身でショートヘアの女性幹部である。「砂猫組は私たちの繁盛している屋台村を見て、キッチンカーを揃えたのではないでしょうか。屋台村の建設と違って、キッチンカーならすぐに集められますから」
「おそらくそうでしょうね」穴田は無表情で答える。
「ふーん、三十台のキッチンカーですか」広報幹部の何和が虚空を見上げる。イスからはみ出しそうなほど体が大きい。「うちの屋台は十店舗ですから、相手の数は三倍ですな。うちの地味なメニューと違って、キッチンカーはおしゃれなメニューが揃ってるでしょうから、子供が中心に集まる公園に開店するとしたら、量質ともに不利ですな。まあ、キッチンカーがおしゃれとは限らんから、後で私がちょっくら見に行って、味見をして来ましょうかねえ。私は昨日の昼から断食修行でしたからお腹がペコペコでして、キッチンカー十台分くらいは味見して周れますよ。そこまで食べたくはありませんが、敵を知ることは大事ですからな。一台千円として、十台分で一万円をあらかじめ経理部からいただいておきましょうかね。ハッハッハ」
他の三人の幹部が呆れた顔で何和を見る。三人とも何和を嫌っている。
何和は厳しい修行を体験してきたわけでもないし、神仏への信仰心が他の信者より深いわけでもないし、献金を誰よりも多くしてきたわけでもなく、口八丁手八丁だけで幹部までのし上がってきた中年男だからである。
そして、何よりも何和には品がない。今も唾をビュンビュン飛ばしながら大声で話している。
しかし、なぜか教祖の覚えめでたく、長年、幹部の座にいる。よって、あからさまに何和を批判することはできない。
「穴田さん」外国人幹部のメイソンも話に加わってくる。こちらは何和と正反対の細身で金髪のイケメン男性である。「このまま放っておくわけにはいきません。何らかの形で対抗いたしましょう」
「そうですね。私もそれを考えていました――栗林君」穴田は細い目で睨みつける。「三十台のキッチンカーの中でもっとも売り上げが多そうな店は分かりますか?」
穴田は最高幹部にもかかわらず、一般信者に対しても常に言葉遣いが丁寧なだけに、返って不気味だ。傍から見ると、何を考えているのか分からないところも不気味だ。
睨みつけるにしても、決して何かの文句を言うわけではない。深刻な問題が生じたとき、自然に目付きが鋭くなるのである。
しかし、睨みつけられた栗林は冷静に答える。
「はい、調べはついております。公園内に入り込み、長時間行列を観察して判明いたしました。最も繁盛してそうなのはクレープを販売しているスイーツ・タイプという店のキッチンカーです」
「どこから来ている車ですか?」
「もともとオーナーを始めとした数人で大きなクレープ屋を経営していて、二人の従業員がキッチンカーを使って販売をしているようです」
そう言って、栗林は持参したタブレットで地図を表示させながら、穴田にクレープ屋スイーツ・タイプの詳しい場所を教えた。
「ここからそんなに遠いところではありませんね。他に人気のあるキッチンカーといえばどこですか?」
栗林は再びタブレットを操作して、行列が絶えなかった二つの店を新たに教えた。
「なるほど。よく短時間でそこまで調べましたね」穴田の目が少しだけ大きくなる。「教祖様に栗林君のステージアップを進言しておきましょう」
「えっ!? ありがとうございます!」栗林は穴田に深々と頭を下げた。
自分で教祖にステージアップを進言するわけにはいかない。すべては幹部が推薦する。
しかし、進言どころか、栗林は一度も教祖に会ったことがなかった。
ふと、栗林は天井を見上げた。
この一階上に教祖様がいらっしゃると思うと、緊張で心臓がバクバクしてきた。
タブレット端末がずり落ちないよう、手に力を込めた。
♪♪♪♪♪
幹部信者の四人と一般信者の栗林が歌って、踊り出す。
中年男性の穴田と何和、熟年女性の百合垣、青年のメイソン、若い男性の栗林。
老若男女が揃い踏みである。
それぞれが火を灯した線香を持っている。
さすがに信者同志は統制が取れていて、ダンスは一糸乱れない。
一階上の教祖に迷惑がかからないよう、静かに踊る。
♪我々みんなは修行の途中~
悟りを得るまで~
見性成仏できるまで~
修行はいつまでも続くよ~
質素な服装、質素な食事、質素な住宅~
欲望に負けてなるものか~
不摂生を仏が見ておるぞ~
不養生にはバチが当たるぞ~
ナムナム、ナムナム(お経の声)
♪教祖様に近づけるように~
教祖様に認めてもらえるように~
死ぬまで続くよ、厳しい修行が~
嫌でも続くよ、長い修行は~
乗り越えるんだ、苦しい修行を~
挫けずにがんばって行こう~
力を合わせて、いつまでも~
力を信じて、どこまでも~
ナムナム、ナムナム(お経の声)
ゴホゴホ、ゴホゴホ(線香の煙が充満している部屋でダンスをしたため、激しくむせる声)
♪♪♪♪♪
今週も飛鳥井教会のバザーは大盛況である。
新作であるカードケースの売れ行きがいいし、虹色のリップポーチも完売した。手作りしてくれている特養老人ホームへの追加注文も慌ただしくなっている。
しかしまだ、次から次へとお客さんはやって来る。三人の女性スタッフも忙しそうだ。
今週は男性の来店が多い。かわいい小物に加えて、男性用に渋い色の財布などを増やしたからだ。男性用の化粧品入れもある。最近はお化粧をする男性も増えてきた。そんなおしゃれな男性を狙って、販売してみたところ好調だ。口コミで学校帰りの男子高校生もやって来るようになった。安くてお買い得な商品に男女の区別はない。
「鏡付きポーチはいかがですかー!」スタッフのリーダー、恵子おばちゃんの大きな声が聞こえてくる。「手作りですよー。どこにも売ってない、ここだけでしか手に入らない、オリジナルの商品ばかりですよー。限定ですよー」
他の二人のスタッフも声を張り上げる。
「ものすごーく、安いですよー!」「早い者勝ちですよー!」
人はオリジナルや限定や安いや早い者勝ちという言葉に弱い。それら消費者の心をくすぐる魔法の言葉を大声で叫び、活気あふれる雰囲気を作り出し、売り上げを上げていく。
やがて夕方になり、人もまばらになって来た。
小物入れを大量に買って行ってくれた町工場の社長を見送っていると、後ろから声を掛けられた。
「恵子おばちゃん」
細い体をした男がこちらを見ていた。
「あらら、穴田さん、お久しぶりじゃない」
「ご無沙汰しております」律儀に頭を下げてくる。
恵子は穴田の前に行くと陳列されている商品を手に取った。
「この十字架なんかいかが?」
「私は仏教系の宗教団体の者ですよ」
「もしかして、そういう理由であまり顔を出してくれないのかしら?」
恵子は十字架を並べ直しながら、意地悪そうに、穴田の細い目を見る。
「いや、そういうわけではないのだが」とまどう穴田。
「どこの宗教も愛と平和を説いているのだからね。お宅もそうでしょ。ラブアンドピースよ。今や宗教の垣根を越えて、みんなで分かり合う時代よ。だから、宗派は気にしないで、バザーに寄ってくださいな」
「いや、まいったね、恵子おばちゃんには」
穴田は珍しく、照れたような表情になる。
そばで聞いていた二人のスタッフも笑顔を向けてくる。
世間話しているうちに、またバザー会場は混み始めた。
穴田は周りに人がいなくなったのを確認して、小さな声で話し掛けた。
「恵子おばちゃんに仕事を頼みたいのだが」
恵子おばちゃんはニコリと笑い、教会を指差した。
「先に行って、告解部屋で待っててくださいな」
「分かりました」穴田の細い目がさらに細くなった。
クレープ専門店スイーツ・タイプは今日も早朝からドタバタしていた。店の準備と同時にキッチンカーへ食材を運び込んで行く。店長も自ら先頭を切って、走り回っている。
店は好調だったのだが、ある日バイトリーダーがキッチンカーをやってみたいと言ってきた。資金的な余裕はあったため、ためしにやらせてみたら、わざわざ店に行かなくても、向こうから来てくれて有り難いと、こちらも好調であった。
そんなとき、一人の男がキッチンカーにやって来た。株式会社サンドキャットという名刺を差し出し、砂猫公園のスペースを貸すから、一か月限定で出店しないかという提案をしてきた。保証金はかからないし、リベートやロイヤリティといった類のものは不要。それどころか、売り上げは補償してくれるという。
たまたまその日キッチンカーにいた店長は怪しんだ。
何といっても、男の人相が悪い。小柄だが顔は恐ろしい。
言葉遣いは丁寧だが、接客業やサービス業に従事している人間には見えない。どう見ても反社だ。これは裏があるに違いない。
そこで、近くで営業をしていたキッチンカーのオーナーに訊いてみると、そこにも男は来たらしい。提示された条件は同じだった。
結局、甘い話に誘われて、そのオーナーと二人で契約会場に行ってみることにした。ただし、少しでも怪しいと思ったら、さっさと帰って来ようと示し合わせた。
二人で行く方が、物事は冷静に判断できるだろうという魂胆だった。
以前から顔見知りの二人は会場である砂猫公園に行ってみた。
契約会場といっても、砂猫公園のプレハブの管理人室である。
しかし、そこにはすでに二十人ほどの行列ができていた。順番に管理人室で契約を交わしているという。話してみると、みんな怪しいと思いながらも、様子を見に来たらしい。しかし、先に契約をした人たちに訊いてみると、何も問題はなく、ただこの公園の宣伝のためにキッチンカーを集めたいだけと説明されたという。
順番が来て二人で管理人室に入ってみると、温厚そうな老人が一人で座っていた。あの人相の悪い男がいるのではと思っていたので意外だった。老人はこの公園の管理人であり、桃賀と名乗った。
どうか一か月間だけ砂猫公園のために働いていただきたい。
桃賀はそう言って、頭を下げてきた。
二人で契約書を隅から隅まで読んだ。誤魔化している所はないし、あやふやな所もない。
ちゃんとした書式の契約書だった。二人はそのまま契約書にサインをした。
その後、予定のキッチンカー三十台はすべてが契約を終えた。
♪♪♪♪♪
クレープ専門店スイーツ・タイプの店の関係者が歌って、踊り出す。
手にはヘラ、トング、トンボ、アイスクリームスプーン、ボウルなどの調理器具を持っている。
♪みんなはどんなクレープが好きかな~
イチゴ、バナナ、チョコレート、リンゴ~、生クリーム~
甘くておいしいよ~
サーモン、生ハム、アボカド~
お腹がいっぱいになるよ~
クレープ好きなあなたも~
クレープを食べたことがない君も~
寄ってらっしやい、見てらっしゃい~
カシャンカシャン、カシャンカシャン(調理器具の音)
♪スイーツは人を幸せにする~
私たちはクレープで世界の人たちを幸せにする~
みんな仲良く、たくさんの友達誘って来てね~
いくつ食べても大丈夫~
でも食べ過ぎてはいけないよ~
自分のお腹と相談して食べてね~
一か月間、営業しているよ~
カシャンカシャン、カシャンカシャン(調理器具の音)
♪♪♪♪♪
バイトリーダーが砂猫公園に向けて、クレープ専門店スイーツ・タイプのキッチンカーを走らせている。バイトといっても学生ではなく、車の免許もちゃんと持っている。
公園での営業は今日で一週間目だ。初日から目標以上の売り上げを計上している。
だが、昨日は失敗をした。予想を超えるお客さんが来店されて、餡子がなくなったのだ。人気の餡バタークレープが作れなくなり、販売機会を逸してしまった。店長から怒られることはなかったが、責任を感じて、しばらく落ち込んだ。
その反省を活かして、今日は自家製餡バターを早朝から大量に作って、積み込んで来た。
今日もしっかり頼んだぞという、店長の激励を背に本店を後にして来た。
「昨日の失敗を取り返すぞ!」バイトリーダーが助手席に座るバイトに言う。
「やりましょう! 昨日の二倍、餡バタークレープを売りましょう!」バイトから力強い言葉が返ってくる。
「店長を喜ばせてあげよう!」
「そうしましょう!」
二人は高校の先輩と後輩の仲だった。
「今日は天気もいいからたくさんお客さんが来るぞ」
「ちょっと暑いですから、飲み物もいっぱい売れますよね」
「ああ、そう思って飲み物も大量に積み込んで来たからな」
「さすがバイトリーダーですね」
「それはそうと、昨日のあの子、来るかなあ」
「あのサラサラロン毛の子ですか!? 先輩はお目が高いですねえ」
「お前はどうなんだ?」
「僕はその子と一緒にいたショートカットの子を狙ってます」
「お前は調子良すぎるだろ!」
ここで二人の会話は途切れた。
キッチンカーが横転したからだ。
「親分、大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「またボギーか。お前は連日大変そうだな。今日はなんだ?」
うたた寝から目を覚ました親分はのんびりとティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、茂湯が拾いに行く。
「公園に向かってたキッチンカーが事故に遭いました!」
「何だと!」また大きな声が響く。
「信号を無視したタンクローリーがキッチンカーの横っ腹に突っ込んで来たようです」
「事故の程度はどうなんだ!?」
「車は横転したそうです。二人が乗っていましたが、二人とも奇跡的に軽いケガで済んで、命に別状はないそうです。ただキッチンカーはグチャグチャに壊れたそうです」
「そうか――ともあれ人が無事でよかった」
「どの店のキッチンカーか分かるか?」振津が墓魏に訊いた。
最終的にキッチンカーの選別をしたのが振津だったからだ。
「クレープを売ってる、スイーツ・タイプという店だそうだ」
「稼ぎ頭の店じゃないか!」振津が驚く。
「そうなのか?」親分が訊く。
「へい。三十台の中で一番売り上げが多いキッチンカーです」
スイーツ・タイプは振津が直接交渉に行ったところだ。
「まさか奴らの仕業じゃないだろうな」親分が墓魏の顔を見る。
「きっとそうだと思います。実は他にも狙われたキッチンカーがあります」
「どういうことだ?」
「今朝、車に突っ込まれたキッチンカーは全部で三台あります。一番ヒドいのは、スイーツ・タイプの横転事故ですが、他の二台に乗っていた連中も突然ぶつけられたようです。彼らもなんとか軽症で済んだようです」
墓魏は三台のキッチンカーの店名を告げた。
「親分、その三店はいずれも売上が上位の店です」振津が説明する。
「同じ時間に、同じ公園で営業をしているキッチンカー三台に車が追突をした――偶然なわけあるまい。うーん」親分は天井を見上げる。
イタリア製の無駄にデカいシャンデリアがぶら下がっている。
「ボギーよ。その情報は桃賀さんから聞いたのだな?」
「へい、そうです」
キッチンカーを出店してもらっている店には、連絡先として公園の管理人室の電話番号を教えてある。暴力団のフロント企業である株式会社サンドキャットを教えるわけにはいかない。何かあったら、この事務所に直接電話がかかって来るからだ。ぶっきらぼうで品のない電話の応対を聞いただけで、怪しい会社だとバレてしまう。
「桃賀さんからの情報なら間違いはないな。おそらく突っ込んだ車は盗難車で、運転手は車内に何も証拠を残すことなく、とっくに行方をくらましているだろう」
「しかし、親分」法華が言う。「タンクローリーまで盗み出すとはとんでもない連中ですね」
「ああ、神々教ならそこまでやるだろうよ。おそらく教祖が指示してるのだろう。信者にとって教祖は神をも凌駕する絶対的存在だからな。ママチャリでも大型クレーン車でも躊躇なく盗むだろう」
親分は神棚に安置されている陰の観音像を見た。
それは神々教が所持している陽の観音像と対を成すものであった。
砂猫組長の二代前の組長の時代のことである。
近所にある以暮寺が大型台風の被害に遭って、五重塔が倒壊した。再建には多大な資金を必要としたが、寺にはその余裕はなかった。やむなく浄財を募ったところ、神々教団から莫大な寄付が寄せられ、それは新聞やテレビで大きく報道された。
黙っていなかったのは、この頃からお互いを敵視していた砂猫組である。神々教団の二倍の寄付をして、あらゆるマスコミに、義理と人情の砂猫組ここにありと、自らを売り込んだのである。
それを見た神々教団はさらに倍の寄付をし、さらに砂猫組が寄付をして……。
気が付いてみると、両方の寄付金で五重塔が三つも建立できるくらいに資金が集まっていた。しかし、以暮寺としては五重塔を三つも並べて建てるわけにはいかない。塔の数が多ければ、ご利益も多いというものではない。かといって、縦に積み上げるわけにもいかない。十五重塔になってしまうからである。奇妙なオブジェである。
結局元の通り、五重塔を一基だけ再建することとなった。
余ったお金は、あちこち老朽化している箇所を新しくするための資金ということで、双方には納得してもらった。寄付金が余ったからお返しするという発想はなかった。もらえるものはもらっておく。
しかし以暮寺はお礼として、砂猫組に高さ二十センチの“陰の観音像”を、神々教には高さ五十センチの“陽の観音像”を贈った。
神々教の方が大きいのは、最終的に神々教の寄付金が少し多かったからである。
現在ではふるさと納税のように、なされた寄付に対して返礼を贈る習慣が根付いているが、このとき贈られた以暮寺の観音像がその原型となっているのかもしれない。諸説あり。
午前二時。
「草木も眠る丑三つ時だな」
金髪で黒いマスクの男は、隣にしゃがむ銀髪で赤いマスクの男の耳元に小さくつぶやいた。
「アニキ、何ですかそれは? ウシがどうかしましたか? ウシが三頭いたのですか?」
ああ、この男がバカなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
黒マスク男はマイナスドライバーを使って、三角割りで窓ガラスを割ると、手を突っ込んで鍵を開け、窓をゆっくりとスライドさせた。
窓の下に二人で座り込み、耳をすませながら、しばらく待つ。
建物の中で明かりはつかない。物音もしない。警報もならない。
パトカーのサイレンの音も聞こえて来ない。
しかし、遠くからバイオリンらしい音色が聞こえてくる。
なぜこんな場所でバイオリンなのかは分からない。
まあ、警察とは関係ないからいいだろう。
「どうやら大丈夫なようだな」
驚くことにこの建物にセキュリティ対策はされてなかった。
だが古い建物だから、そうじゃないかと予想して、忍び込もうとしていたのだ。
「表に貼ってあった警備会社のステッカーは何でしょうかねえ」赤マスク男は首をかしげる。
「契約が切れても貼ってるのか、偽造したステッカーだろう。構うもんか――入るぞ」黒マスク男は窓枠に足をかけた。
「待ってください、アニキ」赤マスク男が呼び止める。「三頭のウシがどうかしたのですか?」
「お前はバカか。そんな話は忘れて、早く俺に付いて来い」
「はい。さっそく!」
黒マスク男は室内にうまく降り立ったが、赤マスク男はズッコケた。
黒マスク男はペンライトで転がる赤マスク男を照らす。闇の中で銀髪が光る。
ああ、この男がデブなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
「行くぞ」
小さなペンライト一本の光を頼りに、金髪と銀髪のコンビは建物内を忍び足で進む。どこも真っ暗で、誰にも出くわさない。何の物音もしない。
「みんな爆睡中ですかねえ。当直の人はいないんですかねえ。これじゃ不用心ですよねえ。泥棒に入られたらどうするんですかねえ」
「うるさい!」
ああ、この男がおしゃべりなことを忘れていた。
気にしないで仕事をしよう。
二人はやがて大きな部屋にたどり着いた。
「情報によるとこの部屋なんだが」黒マスク男が祭壇をペンライトで照らす。「おっ、あれを見ろ」
そこに観音像が立っていた。
「陽の観音像だぜ! ウワサには聞いていたがホントにあるんだな」
「アニキ、やりましたね」
「おお、観音さんがピカピカに光ってる」黒マスク男が手を伸ばそうとすると、
「アニキ、待ってください。この像を持ち上げると、デカい岩が転がってきたり、槍が飛んできたりしませんか?」
「お前はバカか。映画の見すぎだろ」強気で言ったものの、静まり返った宗教施設は不気味だ。何らかの仕掛けが施されていても不思議ではない。黒マスク男も慎重になる。「一応、ゆっくり持ち上げてみるから、お前は周りを見ておいてくれ」
高さ五十センチの陽の観音像を静かに抱え上げる。
「おい、どうだ?」黒マスク男が心配そうに訊く。
「岩石は転がって来ません」赤マスク男はキョロキョロしながら答える。
「天井はどうだ?」
「落ちてきません」
「床はどうだ?」
「抜けません」
二人で周りを見渡す。何も起きない。
「よしっ、行くぞ!」「はい!」
二人は部屋を脱出するために駆け出した。
さっきの窓から外へ出たところで、黒マスク男は電話をかけた。
「こっちはうまくいったぞ。そっちはどうだ? なに、逃走中? 警報器が発報した? 警備会社のステッカーが貼ってないのに警報器が鳴ったというのか? そりゃ、罠だな。まんまと引っかかってしまったか――まあいい。後で合流しようや」
黒マスク男は電話を切ると、
「向こうは失敗したようだ」赤マスク男に言ったが、返事はない。「おい、どこ行った?」
足元からうめき声がした。
赤マスク男は外へ出るとき、窓枠に足を取られて、地面に転がっていた。
「痛ェ~。アニキ、これは三頭のウシのタタリですかねえ」
ああ、この男がドン臭いことを忘れていた。
「ウシの悪口を言うとインド人に怒られるぞ」
♪♪♪♪♪
黒マスク金髪男と赤マスク銀髪男が歌って、踊り出す。
手にはドライバーとペンチを持っている。
シンと静まった住宅街。ネコの子一匹歩いてない。
ご近所に通報されないように小さな声で、小さな振り付けで踊る。
♪深夜にうごめく怪しい二人~
そうさ、俺たちゃ泥棒さ~
お宝求めて昨日は西~ 今日は東~
明日は北~ あさって南~
日本中をあちこち旅する俺さ~
マイルはたくさん貯まっているぜ~
若いのだから、まともに働けよ~
そんな説教は聞き流す~
コンコン、コンコン(ドライバーでペンチを小さく叩く音)
♪いつかはデカいステーキを~
いつかはデカい高級車を~
いつかはデカい豪邸を~
夢はデカい泥棒さ~
夢がなければやってられない~
夢が俺たちの原動力さ~
今日も夢見て、泥棒稼業~
でも現実はアパート暮らし~
コンビニ弁当おいしいなあ~
コンコン、コンコン(ドライバーでペンチを小さく叩く音)
♪♪♪♪♪
「親分、大変です!」墓魏が事務所に駆け込んで来た。
「おお、またボギーか。お前には落ち着く日がないのか。今日はどうした?」
砂猫親分はティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように入らず、茂湯が拾いに行く。
「事務所の前に遺体が二つ転がってます!」
「今日は本当に大変じゃないか!」
いつも緩慢な動作の親分がすくっと立ち上がった。
親分を先頭に四人の子分が事務所を出て、エレベーターに駆け込む。
今は朝の四時。なかなか寝付けない親分に、四人の子分が付き合っていたら、この時間になっていたのだ。いつもは全員で就寝中のはずだったが、親分の高齢から来る不眠症が功を奏したようだ。たまたまタバコを買いに外へ出た墓魏が遺体を見つけたらしい。
まだ薄暗い玄関前に放置されていた遺体は黒マスクをした金髪男と、赤マスクをした銀髪男だった。見た感じは二人ともチンピラ風である。
遺体安置所で見かけるように、二体は仰向けの状態できちっと並べられている。その場所はちょうど防犯カメラの死角になっていた。
二体とも見たところ外傷はない。しかし背中に傷があるのかもしれない。
胸が上下してないことから、死んでいるものと思われた。
「誰だ、こいつらは?」親分が四人の子分を見渡した。
四人とも首を横に振った。
四人の幹部組員はそれぞれに子分を抱えている。しかし、見覚えのない顔ということだろう。
振津が親分に言った。
「高齢化が進んでいるうちの組にこんな若い奴らはいませんよ」
「そうか」親分は再び遺体を見下ろす。「とりあえず、マスクを外して、よく顔を見てみようや」
茂湯が長身をかがめて、遺体のマスクを剥ぎ取ろうとする。
「モユユ、待て。指紋が付いてしまうだろ。誰かモユユにハンカチを貸してやれ」
墓魏と振津は顔を見合わす。ハンカチなんか持ってるわけない。小学生の頃、学校に行くときは母親からハンカチとティッシュを持たされていたが、そのとき以来持ってない。
「ホッケよ。この中でハンカチを持ってるとしたら、ダンディなお前しかいない」
「もちろん持ってます」法華はそう言って、胸ポケットからシルクの赤いハンカチをシュルルと取り出して、茂湯に手渡す。マジックのように、ハンカチがステッキに変わるのかと親分は期待したが、ハンカチのままだった。マジックができる子分なんかいない。
茂湯はハンカチを手にして、二体の遺体のマスクを剥ぎ取った。
黒マスクと赤マスクが外されて、素顔が明らかになった。
かがみ込んでいる四人の子分はもう一度首を横に振った。
「親分、やはり知らない連中ですよ」茂湯が至近距離で遺体の顔を覗き込む。
「だったら、なんでここに放置するんだ?」親分が訊く。
訳の分からない四人は黙り込む。
「もしかしたら」墓魏が思い出した。「夜中の二時過ぎに警報器が鳴りましたが、あれと何か関係してるのではないですか?」
「ああ、モユユが見に行ってくれたが、誰もいなかったんだな」親分は茂湯を見る。
「事務所の周りを確かめに行きましたが、こんな遺体はありませんでした。ですので、誤報だと思ったのですが」
「どうも分からんな。だが、こいつらがうちの組の人間じゃないということは確かだろ。だったら、遺体をどこかへ運ぼうや。暴力団の事務所前に転がしておけば、いかにもわしらが殺したみたいじゃないか」
あいにくと早朝のため、通りに人影は見えない。
「今から車で遠くに運ぶのは大変だ。途中で警察にでも見つかったら、ややこしいことになるからな」親分は辺りを見渡す。「みんなで三軒隣くらいまで引きずって、放置して来い」
振津が親分に勇気を持って忠告する。
「しかし、親分。三軒隣は腰の曲がったヨボヨボのおばあちゃんが一人でやってるボロボロの駄菓子屋ですけど」
「構わん。警察は、こいつら二人が駄菓子屋へ泥棒に入ったら、おばあちゃんに見つかって、返り討ちにされたというストーリーを描くだろうよ」
四人の子分は心に中でつぶやく。
(ボロボロの駄菓子屋へ泥棒に入るかよ)(どんだけ弱いチンピラなんだよ)(スーパーおばあちゃんかよ)(警察はそこまでバカじゃないだろ)
だが、親分の指示は絶対である。
四人は協力して、二体の遺体を駄菓子屋の前までズルズルと引きずって放置したあと、逃げるように事務所へ戻って来て、各自布団の中に潜り込んだ。
そして、すぐに夜が明けた。
親分と四人の幹部組員は事務所内で朝のコーヒーを飲んでいた。見栄を張って、世界中から厳選して集めた高級なコーヒー豆を使用しているのだが、誰もコーヒーの味なんか分からない。そもそもコーヒー豆からコーヒーを作るのが面倒でたまらない。缶コーヒーでいいじゃないかと子分は思っているのだが、体裁を気にする親分が許さず、毎朝子分の誰かがコーヒー豆を挽いている。
「親分」振津がよく味の分からないコーヒーを飲み終えて言った。「遺体放置の件をずっと考えていたのですが」
「おお、プリッツ。寝ないで考えてくれたのか」親分はチンパンジー顔をクシャッと歪めて褒めてくれる。「さすが高卒のインテリは勉強熱心だな」
振津は、親分の高齢による不眠症に付き合って起きていたとは言えず、話を続ける。
「あの殺された二人のチンピラは神々教に何かをやらかしたのではないでしょうか」
「ほう。たとえば何だ?」
「信者をぶん殴るとか、大声で誹謗中傷するとか」
「教団本部にロケット弾を撃ち込むとか」
「それはうちの仕業ですよ――あるいは教団へ泥棒に入って見つかったとか」
「あの教団にはいろいろとお宝が眠ってそうだからな。信者の献金とか寄付とか、たくさんあるだろう。陽の観音像もあるからな。まさかそれを盗み出したというのか?」
「いやあ、そこまでは分かりませんが」
「陽の観音像は常に教祖のそばに置かれていると聞いてます」法華が教える。
「教祖がそこまで大事にしている観音像を盗んだのなら、命の保証もないだろうな」
「本当に陽の観音像を盗んだのか分かりませんが」再び、振津が話し出す。「あのチンピラがやらかした何らかの犯行を、神々教は我々砂猫組のせいだと勘違いしたのだと思います。キッチンカー襲撃の仕返しをされたと思ったのかもしれません。だから、二人を殺った後、見せしめと警告の意味で、うちの事務所前に転がしたのではないでしょうか」
「ふむ。プリッツの言うことだから、きっとそうだろう」
親分はすぐに結論付けた。
「だが、向こうの勘違いだとしても、嫌がらせをされて黙ってるわけにはいかない。わしら砂猫組のメンツがかかっとる。宗教団体と言えども、素人だ。任侠が素人に舐められるわけにはいかない。すぐに反撃をしようや」
四人の幹部は黙って親分の意見に従うことにした。
やがて、朝八時になった。
事務所の呼び鈴が押された。
モニターで確認すると、玄関前に警察官が勢ぞろいしていた。
♪♪♪♪♪
警察官が歌って、踊り出す。
手には手錠と警笛と警棒を持っている。
すでに朝八時なので、多少大きな声で歌っても大丈夫だ。
警察官は朝っぱらから元気だ。
普段からの鍛錬により、体にキレもある。
♪俺たちはおまわり、正義の使者さ~
強盗、詐欺師、痴漢に盗撮犯~
放火魔、のぞき、あおり運転に飲酒運転~
逃げてもトコトン追いかける~
悪党どもよ、覚悟せよ~
改心してまともになれ~
警官になって平和を守れ~
カシャカシャ、カシャカシャ(手錠を揺する音)
♪この世に悪がはびこる限り~
俺たちおまわり、休めない~
暴力団よ、覚悟せよ~
黙ってお縄につきやがれ~
寝不足だけどがんばるぞ~
たまには俺たち、休ませろ~
ハワイ旅行くらい連れて行け~
ピーピー、ピーピー(警笛を吹く音)
♪♪♪♪♪
墓魏が窓から見下ろしていた。
「親分、警官の奴らが朝からのんきに踊ってますぜ」
「よしっ、こっちも負けるな!」チンパンジー顔が吠える。「朝だけど踊るぞ!」
♪♪♪♪♪
砂猫親分と四人の子分が事務所の中で歌って、踊り出す。
足腰が弱ってる親分のため、いつものように上半身だけのダンスだ。
手には木刀を持っている。
高級コーヒーを飲んだから、頭は冴えている。
味は分からなかったが、水分の補給になった。
♪何をこしゃくなおまわりどもよ~
任侠に生きるわしらを~
やれるものならやってみな~
ぶら下げてる手錠は飾りなのか~
捕まえられるものなら、捕まえてみろ~
そんな根性がお前らにあるのか~
あんまり本気を出してもらっても困るけどな~
ビュンビュンビュンビュン(木刀を振り回す音)
♪滑り台作って地元に貢献~
ベンチも芝生も喜ばれ~
キッチンカーも大繁盛~
これが今どきのヤクザだぜ~
世間に蛇蝎のごとく嫌われるヤクザじゃないぜ~
みなさんに慕われるヤクザだぜ~
みんなが憧れるヤクザだぜ~
シン・ヤクザだぜ~
ビュンビュンビュンビュン(木刀を振り回す音)
♪♪♪♪♪
三人の泥棒のうちの一人があわてて街を出ようとしていた。
駅のホームの柱の陰に隠れるようにして立ち、スマホを見るフリをして顔を隠し、今か今かと電車を待っている。
夜中、二人の泥棒仲間と合流しようと神々教団の敷地に入ったところで、その二人が惨殺されるところに出くわした。
何が起きたのか分からないまま、二人を見捨てて、逃げ出した。
どうせネットで応募した闇の仕事だ。黒マスク金髪男と赤マスク銀髪男の素性も知らない。どうなっても構うものか。金はもらえないけど、自分の命が先決だ。生きていれば、またいつかどこかで金儲けができる。死んだら何もできないじゃないか。
神々教団と暴力団事務所の二か所へ盗みに入る計画で、自分は暴力団事務所を任された。当初は二人で行く予定だったが、もう一人がビビッて逃走してしまい、俺一人になってしまったのだ。一人だと心細いが、報酬を独り占めできるので、決行することにした。
暴力団事務所の玄関先には防犯カメラがあるが裏口にはない。警備会社も入ってないから、簡単に忍び込めると聞いていたが、窓に手を掛けた瞬間、警報が鳴り響き、建物の中から人相の悪い男が飛び出して来た。
いったん植木の茂みに身を隠した後、必死になって逃げ出した。何も盗んではいないが、あの凶暴な顔からして、捕まったら殺されると思ったからだ。
こっちは失敗したと連絡をした後、同時刻に神々教団へ盗みに入っていた二人の元へ駆けつけてみると、なぜか暗闇にバイオリンを持った若い女が立っていた。
俺は訳が分からず、とっさに身を隠した。
敵か味方か分からなかったが、とりあえず隠れることにしたのだ。
女があまりにも不気味だったので、自分の本能がそうさせたのだ。
身を隠すのは今晩二回目だった。
黒マスク金髪男は陽の観音像を抱えて、教団から出ようとしていた。後ろからは赤マスク銀髪男が足を引きずりながら付いて来る。部屋に入るときと、窓から外に出るときの二度に渡って、足の同じ箇所を捻挫したのだ。
ダブル捻挫って、何だよ。
こんなドン臭い奴は初めて見た。
「おい、早くしろ。もうすぐ奴と合流するからな」黒マスクが急かす。
「アニキ、待ってください。足が痛くて、痛くて……」赤マスクが泣きそうになる。
「しょうがねえなあ。そもそも俺はお前のアニキじゃないからな。俺は二十二歳だけど、お前はいくつなんだ?」
「二十六です」
「年上じゃねえか! 年上ならもっとちゃんと働けよ――さっさと帰るぞ、年上!」
教団の敷地内。
暗がりの中に、赤いドレスを着た髪の長い女が立っていた。
「わっ、お化けですよ、アニキ!」赤マスクはビビる。
「だから、俺はアニキじゃないって」黒マスクは冷静だ。「それに、お化けが着るのは白い死に装束だ。バイオリンを弾くときに着るような赤いドレスなんか着るわけないだろ――やあ、どうも。こんばんは、お嬢さん」
「こんばんは」澄んだ声が返って来た。
赤いドレスから覗く足は二本。足があるということは、やはりお化けじゃないようだ。
「神々教団のお方ですか?」黒マスクが訊く。「俺たち、道に迷ってここに入り込んでしまって。こいつなんか人生に迷っていて」赤マスクを指差して、不法侵入を誤魔化す。
しかし……。
「いいえ、教団の者ではありません」ふたたび済んだ声。
「えっ? ではここで、こんな夜中に何をされてるのですか?」敬語で尋ねる。黒マスクも女が怖いのだ。
「お仕事をしております」手にしていたバイオリンを掲げる。
「やっぱりバイオリニストですか」予想が当たってうれしい。「そういえば、さっきからバイオリンの素敵な音色が聞こえてましたよ」何か変だなと思うが、納得したフリをする。隙を見て、逃げるためだ。「夜中は静かで音が通りますからね。観客がいないのが残念ですけどね」
「あなたは胸に何を抱えているのですか?」逆に訊かれる。
「ああ、これですか」黒マスクはあわてて胸元を隠す。
「それはさっき盗み出した観音像……。痛ェ!」赤マスクが口を滑らしそうになり、黒マスクは足を蹴っ飛ばす。
「胸に抱いているのは俺の熱い情熱だよ、お嬢さん」黒マスクはダンディを気取って、誤魔化す。「男にはパッションが付き物さ。ヤケドするんじゃねえぞ。というわけで、俺たちはこの辺で失礼いたします――おい、行くぞ、年上赤マスク!」
黒マスクは女バイオリニストの前をさっと通り過ぎる。
「ああ、待ってください、年下のアニキ!」
赤マスクも通り過ぎようとしたとき、背中に衝撃を感じた。
いきなり全身の力が抜けて、声も出せずに倒れ込む。
赤マスクが最期に見たのは、前を歩く黒マスクのアニキがバイオリンの弓で背中を突かれて、倒れ込む光景だった。
ああ、俺もあれで背中を突かれたのか。
どうりで痛いわけだ。
二人を続けざまに突き刺すとはすごい早業だ。
しかも、全然見えなかった。
そうか、赤いドレスなら返り血を浴びても目立たないな。
どうでもいいことに気付いたが、そのまま意識は薄れていった。
二人の遺体は砂猫組事務所の前に並べて放置された。
神々公園に水飲み場ができたという情報を持って来たのは、いつものように墓魏だった。
砂猫組四天王の中で最も子分の数が多いため、いろいろな情報が集まって来るのだ。
たちまち親分から指示が飛んだ。
「砂猫公園に、奴らの水飲み場に対抗するものを作れ!」
襲撃された三台のキッチンカーの代わりは補充されて、三十台のキッチンカーは通常に営業している。相変わらず、人は途切れず、あちこちで行列ができている。
警察は襲撃犯を追っているが、キッチンカーに衝突した車はすべて盗難車であり、運転手は何も証拠を残さず逃げてしまい、捜査は難航しているようだ。
「神々公園がリニューアルしたというから何だと思ったら、水飲み場ができただけとは、あまりにもショボいな」子分から報告を受けた墓魏が恐ろしい顔で笑う。
「だが、公園には水飲み場が不可欠だからな。盲点と言えば盲点だ」振津は少し悔しがる。
「親分が対抗しろと言うから、水つながりで、デカいプールでも作るか?」茂湯が提案する。
「公園にプールとは派手だな。あれから遊具も増えている。しだいに公園がテーマパーク化しつつあるな」法華も話し合いに加わる。
しかしその後、プールの案はしだいに加速していく。
「流れるプールがいいんじゃないか」「波が発生するやつがいいぞ。サーフィンもできるだろ」「冬でも入れるように温水プールがいいだろ」「だったら、もっと熱くして温泉にすればどうだ」「おお、露店温泉プールか」「海水プールというのもあるぞ」「海水プールならイルカが飼えるだろ」「いや、どうせならシャチにしようや」「アザラシはかわいくていいぞ」「シャチが喰っちまうだろ」「シャチよりデカいクジラを飼えばいいだろ」「水族館でイワシの大群を見たけど、あれはいいぞ」「マグロも入れようや。後で喰えるぞ」「俺はエイがいい。エイヒレで一杯飲みたいからな」「魚のことはよくわからんから、さかなクンに訊こうや」「お前はさかなクンと面識あるのかよ」「さかなクンが黒い交際をしてるとは思えんがな」
「待て、お前ら」親分が昼寝から目を覚ました。
ティッシュで口元を拭って、英国製のゴミ箱に向けて投げつけたが、いつものように大きく外れる。しかし、ゴミ箱横で待機していた茂湯がうまくキャッチして投げ入れた。
何度も同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。傾向には対策が必要だ。
LEDライトでゴミ箱全体が赤く光った。もはや無駄な機能には誰も感動しない。
「ごちゃごちゃ言っとるようだが、わしに任せろ」
「親分はさかなクンと面識があるのですか?」
「そういう意味じゃねえ。水飲み場というのは蛇口を捻ると水がピューと出てくるやつだろ。それをデカくすればいい。つまり噴水だ。噴水を作ろうや。公園には噴水も付き物だろ」
「おお!」四人の子分は、親分が珍しくまともなことを言ったので、ものすごく感動した。
「いいか、一番高い噴水を買うんだぞ。あちこちから水が噴き出して、色とりどりの光を放つやつだ。水飲み場の何倍もいいやつだぞ」
「へい!」
「イタリア製がいいんじゃないか。噴水と言えばイタリアだろ。ローマにトレビの泉というやつがあるだろ。あんな感じのやつを作ろうや――プリッツ、一番高い噴水はいくらするか、今すぐネットでチャチャッと調べてくれ」
「へい!」振津はポケットからスマホを取り出す。「一番高いのは二千五百万円ほどです」
「二万五千円の間違いじゃないのか?」
「いえ、確かに二千五百万円です。公園の噴水は二万五千円で作れないと思いますが」
「だったら間を取って二十五万円だ。近所の工務店にお願いして、二十五万円でトレビの泉っぽい噴水をドカーンと作ってもらえ」
「へい、分かりやした!」
先輩ヤクザが死守してきた土地である。
血と汗が地中深くまで染み込んでいる土地である。
その上に作った聖なる公園に歯向かう奴は許さない。
たとえ、しょぼい水飲み場でも、叩きつぶしてやる。
たとえ、相手が巨大な教団でも立ち向かってやる。
あんなカルト集団に舐められたら、業界の恥になる。
「今こそ、砂猫組の恐ろしさを見せてやれ!」
親分の檄が飛ぶ。
「これは公園同士の競争ではない。戦争だ!」
事務所内は情熱と活気で溢れていた。
そして、砂猫公園の中央にトレビの泉風の噴水が完成した。
本家と同じく幅が約二十メートルもある巨大な噴水には、さっそくたくさんの人が群がって、写真を撮りまくっている。
親分の希望通り、噴水のあちこちから水が噴き出し、昼間だというのに、色とりどりにライトアップされている。また本家をマネして、後ろ向きにコインを投げ込む人も後を絶たない。
完成した噴水を二人の男がベンチに座って、見守っている。
砂猫親分と法華である。最近の砂猫公園には遠方から足を運ぶ人たちも多く、大いに賑わっているため、二人が並んでいても目立たない。二人ともいつものスーツ姿ではなく、地味なスラックスに、地味なシャツを着ている。法華は髪を七三に分け、黒メガネをかけた銀行員のような風体なので、特に怪しまれることはない。
「後ろ向きに硬貨を投げ入れてる若いねえちゃんが、みんなオードリー・ヘップバーンに見えてくるな」親分はうれしそうだ。
「こんな立派な噴水を、工務店がよく二十五万円で作ってくれましたね」法華が感心する。
「ああ、ボギーが交渉してくれたからな」
墓魏は四人の幹部の中で最も凶悪な面構えをしている。かと言って、言葉で脅すことはしないし、組の名刺を渡すこともしない。ただ黙って相手の目を見ているだけで、勝手に何事も快く承諾してくれるのである。組にとっては便利な顔面である。コスパ最高である。
「噴水の中に沈んでる硬貨は全部工務店にあげるという契約だ。百年もすれば元が取れるだろ」親分はいい加減なことを言う。法華は頷くしかない。
「あの野郎、また五円玉を投げてやがる――おい、そこの若い男。ケチらないで五百円玉を投げ込まんかい!」
「親分!」法華が止める。「五円玉はご縁がありますようにという意味がありますから」
「ローマにはあんなセコい奴はおらんだろ」
「ローマに五円玉はありませんよ」
目の前に人が立った。
「おお、これは桃賀さん」親分が立ち上がろうとする。法華も腰を浮かす。
「いや、構わんよ」砂猫公園の管理人桃賀は、二人にそのまま座るように言って、親分の隣に腰かける。「親分のお陰でこうして公園が賑わっておるし、毎日が忙しいよ」
「神々教がうちに対抗して公園を作りましたので、負けないようにがんばっております」
親分は自慢げに話す。
「神々教は長年の宿敵だからしっかり頼むよ」桃賀はニコニコしながら言う。
「へい!」「へい!」親分と法華は中腰になって返事をする。
「それにしても、大きな噴水だね」桃賀は噴水を見て、目を細める。「何だか大きな工事をやっておったと思ったら、噴水だったとはな」
「神々公園が水飲み場を作りましたので、こちらは巨大噴水で勝負しました」
「噴水は誰のアイデアかね?」
「もちろんうちの親分です!」法華が胸を張る。
「いやあ、ホッケよ。デカい声で言わんでいいよ」親分が珍しく照れる。
「キッチンカーといい、噴水といい、地元の皆さんは喜んでおるよ。よくやってくれたね」
「へい、ありがとうございます」二人は座ったまま、頭を下げる。
「では、わしは仕事が残っておるでね、この辺で失礼するよ」
「桃賀総長、また来ますので」砂猫親分が言う。
「組長よ。わしはすでに八十を越えて、今は一日の大半をこうして公園の世話で過ごしておる。任侠の世界からは半分引退したようなものだ。ゆえに総長ではなく、桃賀さん、もしくは管理人さんでよい」
「へい、分かりやした!」
「組長よ」桃賀は辺りを見渡す。たくさんの笑顔が見える。「平和はいいものだな」
「御意にござります」親分と法華は頭を下げて、管理人室に戻って行く桃賀を見送った。
かつて桃賀は砂猫組の組長であったが、今はさらに総長へと出世していた。
事務所に飾られている歴代組長の凶悪な面の写真の中で、唯一温厚そうな顔をしていたのは組長時代の桃賀の写真であった。
大掛かりになってきた砂猫公園を維持するために、総長である桃賀は管理人として、毎日せっせと働いていた。
砂猫公園は今日も活況を呈している。それはこれからも続くと思われた。
朝からイチゴ幼稚園の園児たちがお散歩に来てくれている。オープン当初からある古城を模した大きな滑り台は相変わらず人気だし、横幅が長いジャングルジムも賑わっているし、シーソー、ブランコといった定番の遊具も子供たちで溢れている。あちこちに置かれた花壇は満開だし、ベテラン庭師によって、動物の形に剪定された樹木も好評だ。五十基のベンチには若いカップルや年配の夫婦で占められていて、天然芝にペットの犬と一緒に寝転んでいる人や、シートを敷いてお弁当を食べたり、お茶を飲んでる人も多い。また、ズラリと並んだ三十台ものキッチンカーも、いまだに行列が途切れない。他のキッチンカーに負けじとばかり、新作の料理を次々に発売し、新たな客層を取り込むという相乗効果も出ていたからだ。
「平和か。確かにそうだな」砂猫親分がしんみりと口にする。「よしっ、一句できたぞ」
法華は信じられないという顔で親分を見る。
「春の日は 春めく公園で桜餅喰って 春の夢」自慢げに法華を見る。「どうだ、ホッケ」
「素晴らしいです。季語が四つも入ってます」
「大盤振る舞いだろ」
“砂猫公園に大きな噴水ができた。これはすごいや。お金を投げ込んでる人がいっぱいいる。なぜだろう。何かのおまじないかなあ。ぼくも後でお小遣いを投げ入れよう。なんかいいことがあるかもしれない。わっ、光った。そうか、この噴水は光るんだ。ライトアップというやつだ。そんな仕掛けがしてあるとはすごいなあ。お金がかかってるなあ。神々公園の水飲み場とは違うなあ。こうして見下ろしてみると、みんな写真を撮ってるなあ。こんな大きな噴水はテレビでしか見たことがないから、みんな撮るだろうなあ。でも、上から写真を撮っているのはぼくだけさ。ぼくはいつもこの街を上から見ているのさ――周人”
♪♪♪♪♪
総長、組長、法華が歌って、踊り出す。
三人とも手には軍手をはめている。桃賀がいつも仕事で使っているものだ。
薄暗い夕暮れ時に白い軍手が映える。
軍手をしたおじいさんが二人と中年男が一人。
変な組み合わせだが仕方がない。
総長が踊ると言うのだから、組長も幹部も逆らえない。
上意下達が徹底された業界である。
♪わしらが作った公園が地元の皆様に大人気~
金はかかったけど、地元に還元したと思えば何ともない~
市民のやすらぎ、癒しの場~
みんなタダだから寄っといで~
ワンちゃん、ネコちゃん、ペットもいいよ~
たくさんの遊具が揃っているよ~
おいしいものが待っているよ~
神々公園がナンボのもんじゃ~
うちのマネして公園作るな~
ヒラヒラ、ヒラヒラ(白い軍手が揺れる)
♪さんざん悪いことをしてきたわしだけど~
年を取って来て、慈悲の心が芽生えたか~
草むしりに、ゴミ拾い、芝の手入れに、お花の水やり~
人々に喜んでもらえることが~
こんなに楽しいとは思わなんだ~
もっと早く改心してればよかったなあ~
だけど、今からでも遅くはない~
これからもみなさんのお役に立つぞ~
そのうち勲章でもくれるだろ~
ヒラヒラ、ヒラヒラ(白い軍手が揺れる)
♪♪♪♪♪
砂猫組総長の桃賀武蔵がゆっくり管理人室へ向かって歩いて行く。
砂猫組組長の砂猫森之助は先ほどの総長の言葉を頭の中で反芻する。
“神々教は長年の宿敵だからしっかり頼むよ”
あれはわしらに対する期待の言葉だったに違いない。
わしらに発破をかけて下さったに違いない。
わしと総長の目の黒いうちに、奴らを叩きつぶしてやる。
教団をバラバラに解体して、再起不能に陥らせてやる。
教祖を路頭に迷わせてやる。
組長はそう心に誓った。
そして、隣に座っているホッケもそう誓ったに違いないと思った。
夕方になっても、トレビの泉風の噴水周辺はまだまだ人が絶えない。
神々公園の水飲み場は閑古鳥が鳴いていることだろう。
砂猫公園に対抗して公園を作ったのが、そもそもの間違いだ。
ざまあみろだ。
親分は一人でニヤニヤと笑っている。
それを見た法華も顔には出さないが、心でニヤついている。
二人はこの公園ができたことで、あの世で砂猫組OBのみなさんも喜んで下さっていると信じていた。
「告解部屋で待っててくださいね」
神々教の外国人幹部のメイソンは恵子おばちゃんにそう言われ、飛鳥井教会の荘厳な建物に向かって歩き出した。金髪のうえ、かなりの長身のためよく目立つが、教会に外国人がいても不思議ではない。そもそも外国から来た宗教である。むしろ外国人の方がよく似合う。
「クレイジーだ」メイソンは歩きながらつぶやく。
振り返るとバザー会場が見えた。
教会の敷地内で、毎週土曜日に特養老人ホームに入居している人たちが手作りした品物を安く売っていて、今週もたくさんの人で賑わっている。家族連れもいるし、部活帰りの学生の姿もチラホラ見える。
コロコロした体型の恵子おばちゃんは、お客さんを相手に大きな口を開けて笑っている。
「あんなどこにでもいるようなおばちゃんが殺し屋を斡旋しているなんて。しかも教会でなんて……」
メイソンはまた吐き捨てるように言った。
「クレイジーだ」
教会に入ると扉が二つ付いた小さな独立した部屋が見えてきた。告解部屋である。片方の扉から恵子おばちゃんが入り、もう片方の扉からは依頼人が入る。部屋の中は仕切られていて、仕切り板には格子の嵌まった小さな窓が付いていた。
長身のメイソンにとっては窮屈な空間だった。
小さな告解部屋を見渡す。
ここで神様に罪を許してもらうのか。
「つまりワタシは迷える子羊というわけか」
いつもはここに幹部の穴田が来る。今日は教祖様に呼ばれたため、来れないらしい。代わりにメイソンが指名された。初めて入る告解部屋に興味津々だった。
十五分ほど待たされたあと、もう片方の空間に恵子おばちゃんがやって来て、どっこらしょと言って座った。バザーのときに付けていたピンクのエプロンははずしている。
「メイソンさん、お待ちどうさん。なかなか客足が途切れなくて、ごめんなさいね」
メイソンが来るということは穴田からの連絡で分かっていたらしい。
「先日紹介した音大生はどうだった?」恵子おばちゃんはニコニコしながら訊いてくる。
「はい。ちゃんと仕事をこなしてくれました」
音大生は、教会の敷地内に入り込んだ二人の泥棒を、バイオリンを使って惨殺していた。
「あの子はなかなか腕がよくてね。今まで失敗したことはないんよ」
つまり音大生は何人もの人を殺していることになる。
クレイジーだ。
神々教の天敵である砂猫組の攻撃に備えて、穴田が恵子おばちゃんから女子音大生を斡旋してもらった。今どき警備会社を入れていないので、警備員代わりとして依頼したのである。
ここのところ、神々教と砂猫組の対立は激しさを増していた。
神々教は信者を脱会させられたのに対抗して、組員を連れ去ったのはいいが、その報復として、砂猫組から玄関先へロケット弾を撃ち込まれた。
また、お互いの力を誇示するかのように、管理する公園の整備を進めていた。遊具を新設すれば、相手も遊具を。屋台村を展開すれば、向こうはキッチンカーを並べてきた。
第三者からすると非常に幼稚な争いだが、当事者はいたって真剣であり、現に死者も出ていた。
そんな状況下で、音大生に依頼されたのは夜間、教団の庭先でバイオリンの練習をしながら敵に備えるという仕事だった。
そこへまんまと二人の泥棒が入って来て、観音像を持ち出そうとした。
二人は音もなく殺された。武器はバイオリンだった。バイオリンなのに音もないとは皮肉だ。
遺体は見せしめとして、砂猫組の事務所の前に放置しておいた。組員だと思ったからだ。しかし、その後の警察の捜査から、二人は組とは関係のないただのコソ泥だと分かった。警察が以前からマークしていた金髪と銀髪の二人組の泥棒だったらしい。
だが、構うことはない。世の悪党を二匹退治できたのだから、平和な世の中に一歩近づいたということだ――それは神々教の総意であった。
音大生はいい仕事をしてくれた。何一つ証拠を残さなかったのだ。一流の殺し屋だった。よって、今日まで教団に警察からは問い合わせの一つもない。逆に砂猫組には家宅捜索が入ったようだ。
ざまあみろだ。
メイソンは笑いそうになるが、ここが告解部屋であることを思い出し、口をつぐむ。
砂猫組はわれわれの水飲み場に対抗して、巨大な噴水を造り上げた。
報告を受けた教祖様のご機嫌がよろしくない。
ご機嫌をよくするには砂猫組に犠牲者が必要だった。
一人の男性がエレベーターに乗って、小さなビルの三階に到着した。
ジーンズ姿の若い男性は“脱出本舗”と書かれた半透明のドアを見つけると、緊張した面持ちで、中へ入って行った。そこはビルの薄汚れた外観と相反し、青を基調とした落ち着いた色に統一された、とてもきれいな内装の事務所だった。
紺色のスーツを着た女性事務員に勧められるまま応接間に座った。
すぐにその女性事務員がお茶を乗せたお盆を持って戻って来た。器用にも脇に資料を閉じたバインダーを挟んでいる。お茶くみと応対を一人でこなすということは、他に人がいないのかもしれない。
「山賀様、お待ちしておりました。私は脱出本舗の源田と申します。システムはお電話でお話しした通りなのですが、何かご不明な点はございますか?」
初めての顧客に対するいつものセリフである。
今回の相談者である山賀は結婚二年目で、同い年の妻と一歳になる娘の三人家族だった。妻の山賀弥生が半年ほど前に神々教へ入信し、家に帰って来なくなったという。
信者を取り戻す料金は一律百万円であり、失敗した時には倍の二百万円にして返却するというシステムには了承してもらっていた。
「私どもは全力で対処したします。近いうちに必ず奥様を連れ戻してみせます」
「よろしくお願いします」夫は緊張した面持ちで、頭を下げる。百万円という大金をはたいているのだから仕方あるまい。
「しかし、気がかりなことが一点ございます」源田は顔を曇らせる――という演技をする。「家に戻られた奥様がまた出て行ってしまわれないかと心配しております。と言いますのは、連れ戻すまでが私どもの仕事でして、その後のことはそちらで対応していただかなくてはなりません。また出て行かれたら、また連れ戻せばいいのですが、何度も同じことを繰り返すわけにはいきません。経済的にも精神的にも負担になると思うからです。おせっかいでしょうが、私どもはその点を不安に感じております」
山賀はウンウンと頷いて見せた。
「そこまで気を使っていただいて、ありがとうございます。これを見てください」源田にスマホの画面を見せる。「娘と犬です」
そこには娘が微笑む顔とチワワが写っていた。
「妻は僕と一歳になる娘と買い始めたチワワを置いて家を出ました。この娘と犬の力を借りて説得するしかありません。元々は真面目で一生懸命に育児をする妻でした。そして、犬をとてもかわいがっていたのです。それが、どこをどう間違ってしまったのか分かりませんが、昔の妻に戻ってもらうことはできると信じてます」
「承知いたしました」源田は安心した表情を浮かべる。「信じることは大切なことです」
「しかし、僕が教団に行っても門前払いでして、妻は受付業務を担当しているみたいで、玄関からもその姿が見えるのですが、話もさせてくれません。娘と犬の写真を見せて、話しさえすれば、目を覚まして元の妻に戻ってくれると思ってます」
山賀が契約書に署名捺印をして、源田がクーリングオフの説明をしたところで、髪を七三に分けて、黒メガネをかけた男がやって来た。格好はまともだが、顔がいかついので、真面目なのか怖い人なのかよく分からない男だった。
「私が山賀さんの担当をさせていただきます」
男は低い声でそう言うと、目の前に名刺を差し出した。
“脱出本舗 主任 法華 智行”
「主任の法華が施設内から奥様を連れ出します」源田が笑顔で言った。「決して乱暴なことは致しませんので、ご安心くださいませ。今までそういったトラブルは一度も起きておりませんので」
法華の顔面を含んだ全身からは常に暴力が感じられる。だが、源田はすかさずそれを否定した。顧客が危険を感じて、契約を取りやめられたら困るからだ。犯罪に加担すると思われてはいけない。何事も笑顔でさらっと言えば、ちゃんと信用してくれる。
山賀は安心してくれたようで、何度も頭を下げながら帰って行った。
法華はニヤリと笑って、源田に告げた。
「脱出には犬をうまく利用しましょう。チワワは小さい犬ですが、大きな力になってくれるでしょう」
♪♪♪♪♪
源田と法華が歌って、踊り出す。
中年コンビなのでダンスはあまりうまくない。
しかも二人で踊るので誤魔化しようがない。
間違えたらすぐにバレてしまう。
ぎこちないながらも、シンクロさせていく。
手にはパソコンのキーボードの隙間を掃除するハタキを持っている。
♪カルト教団に囚われた信者を脱出させる脱出本舗~
教祖の報復も気にせずに~
神さまも仏さまも恐れずに~
バチもタタリも怖がらず~
脱出させるよ、太陽の下に~
必ず帰すよ、家族の元に~
ちょっと強引だけど仕方がない~
話せば分かる奴らじゃない~
常識が通じる連中じゃない~
パサパサ、パサパサ(キーボード用のハタキの音)
♪料金は少し高めだけれど~
こっちも命がけの商売さ~
一つ間違えりゃ、犯罪者~
うまく行けば、聖人さ~
依頼者のみなさん、信用してね~
依頼者のみなさん、待っててね~
きっと吉報を届けるよ~
平和な家庭に戻れるよ~
楽しい人生に戻れるよ~
パサパサ、パサパサ(キーボード用のハタキの音)
♪♪♪♪♪
砂猫親分は事務所で一枚の図面に見入っていた。
「ほう、これがドッグランというやつか」
そこには設計図と一緒に完成予想図も描かれていた。
柵で囲まれた広大な区域内を数匹の犬が走り回っている。ハードルやトンネルやシーソーといった犬用の遊具も設置されている大規模なドッグランだ。
「リードを外して自由に走らせるわけだな。いいじゃないか」親分はご満悦である。「普段全力で走れない大型犬も大喜びだろう。フリスビーを投げて走らせているシーンをテレビでよく見るぞ。あれをやってもらおうや――よく思いついたな。さすがホッケだ」
公園内にドッグランを新設しましょうと提案してきたのは法華だった。ドッグランは法華の脱出本舗の主任としてのシノギにも関わってくるという。
親分はすぐに承諾した。
地元の犬好きの皆さんに喜んでもらえるし、シノギの百万円も入ってくる。それに神々公園にドッグランはない。公園戦争において、砂猫公園がまた一歩リードできる。
つまり、一石三鳥ということだ。
「犬なのに一石三鳥はいいじゃないか――大きさは二百坪か」親分は大きさに感心する。
「二百坪といっても砂猫公園のほんの一部にしか過ぎません。ドッグランには天然芝をそのまま利用します」法華が説明する。
「いいじゃないか。神々公園は安物の人工芝らしいな。ざまみろだな」
「ドッグランの一部には新たに砂を入れて、犬用の砂場を作ります。砂場に穴を掘ったり、寝転んだりして、遊んでくれるでしょう」
「おお、犬は穴掘りが好きだからな。昔話にも、ここ掘れワンワンが出てくるぞ。よしっ、最高級の砂にしようや――鳥取砂丘の砂はどうだ?」
「あそこは砂丘ですが、砂が高級かどうかは分かりません」
「そうか。あの辺りはうちの先祖が住んでおったのだがな。だったら、甲子園の砂はどうだ?」
「わしらは高校球児ではありませんので」
「ああ、そうだったな。グランドに砂の採掘後のデカい穴が開いたら、野球をするのに邪魔だからな――とにかく、犬が好きそうな砂を選んでくれ」
「それと、一般的にドッグランの入場料は一時間千円くらいですが、いかがいたしましょうか?」
「そんなもん無料にしろ。砂猫公園が太っ腹なところを見せつけるんだ。せこい神々公園がドッグランに対抗するにはキャットランでも作るしかないだろ。猫はそんなに運動しないから迷惑だろうな。もっとも、奴らにもプライドがある。砂猫公園には猫の文字が入っておる。神々公園に猫の施設なんか意地でも作らんだろう。やはり、しょぼい人工芝ドッグランだろうな。わっはっは」
砂猫親分はもう一度完成予想図に目をやって、満足そうに頷いた。
「山賀さん」
呼ばれて顔を上げると、幹部の八丈島が立っていた。いつものように清掃員の格好をして、
フローリングワイパーを手にしている。
来客者の情報をパソコンに入力中だったが、あわてて立ち上がった。相手は教団幹部だ。
「実はね、山賀さん。神々公園にドッグランを作ることになったのだよ」
「ドッグランですか!? 私は犬が大好きなんです」
「ほう、そうですか。そいつは都合がいい。急で申し訳ないんだが、ドッグランに敷く砂を買いに行ってほしいのだよ。犬が好きなら、どんな砂がいいのか分かるのではないかな」
「それはどうか分かりませんが、私の修行の一環として、お受けいたしたく思います」
「それはありがたい。軽トラを用意しておいたから、明日の午前中に行ってくれるかな。先方には伝えてある」
八丈島はそう言って、山賀に建材店の名前と場所を教えた。
そこへ若い男性がやって来た。
「入信五年目の犬井君だ。山賀さんの先輩になる。明日は彼と一緒に行動してください」
「犬井です。よろしくお願いします」自己紹介をしてくる。
「山賀です。よろしくお願いします」あわてて自己紹介を返す。
神々教は全国に支部を持つ巨大な宗教団体だ。新人の山賀が知らない信者はたくさんいる。犬井と名乗った男も本部では見かけたことはない。どこか近隣の支部から派遣されてきたのだろう。
「名前が犬井だから、彼が指名されたわけではないよ」八丈島は笑いながら話す。「彼も修行の一環として、今回呼ばれたのだよ。前職はトラックドライバーだから運転は大丈夫だ。ドッグラン用の砂を買って帰るだけの簡単な仕事だが、教祖様が非常に期待をされている」
「えぇっ!?」二人は同時に驚きの声を上げた。「教祖様が!?」
山賀と犬井の背筋が伸びる。
「犬井君。明日はしっかり頼むよ。安全第一でな。助手席に美人が乗ってるからといって、よそ見運転はしないようにな」
「はい、分かりました!」
犬井は元気に返事をしたが、美人と言われた山賀は恥ずかしそうにうつむいた。
その後、八丈島は明日本部を出発する時間、走るルートなどを細かく指示してきた。建材店で砂を積み込んだ後、本部には昼の十二時に帰還する予定だった。
十五分後、八丈島は教団の中庭にいた。庭といってもかなり広いスペースがあり、ここだと誰にも電話の声は聞かれないし、人が近づいて来てもすぐに分かる。
電話の相手に、明日砂を運ぶ軽トラのナンバーや走るルートを教えている。
「教団を朝の十時に出発予定です。運転は犬井という若い男。助手席に山賀さん……」
そして、相手からの質問にいくつか答える。
「では、法華さん。明日もよろしくお願いします」
八丈島はご丁寧にも、スマホを耳に当てたまま頭を下げた。
昭和生まれの人間がよくやる仕草だった。
翌日、昼の十二時に教団本部へ砂を積んで帰って来る予定だった軽トラックは戻って来なかった。建材店へ行く途中で、大型トラックに運転席側から追突されて動けなくなったからだ。
軽トラックを運転していた犬井は右腕と右足を骨折して重傷。助手席にいた山賀は行方が知れず、ぶつかって来た大型トラックの運転手もトラックを置いたまま行方をくらましていた。
事故が発生した場所は畑に囲まれた信号のない丁字路だった。あたりには商店も民家もなく、普段から人通りも少ないため、防犯カメラも設置されておらず、目撃者もいなかった。
道路にはブレーキ痕がなく、大型トラックが軽トラックにノーブレーキで突っ込んだと思われた。
その後、大型トラックは盗難車だと判明したが、車内に犯人の手掛かりになる遺留品は何も残されてなかった。警察は入院した犬井の回復を待って、詳しい事情を聴く方針である。
飛鳥井教会でバザーを主催している恵子おばちゃんは牡蠣小屋にいた。
牡蠣を始めとする新鮮な魚介類が用意してあり、それを買ってテーブルに持って行き、炭火を使って、自分で焼いて食べるというシステムだ。
三百席ほどあるが、どの席もお客さんで埋まって、たいへん賑わっている。中には、煙や炎が豪快に上がっている席もある。
恵子おばちゃんは毎月この牡蠣小屋にやって来て、新鮮な食材を堪能している。決して高級な食事ではないが、いつもがんばって働いている自分へのご褒美だ。
教会でのバザーの仕事は楽しい。大きな声を張り上げて、お客さんに笑顔を振りまくのは性に合っている。たいした儲けはないが、地元の人たちに喜んでもらえればいいと思っている。
一方、裏の稼業は人一倍神経を使う。
相手がたとえ悪であろうと差別することなく、何らかの役に立とうと長年この仲介業をしているのだが、慣れることはない。常に過重なストレスが付きまとう。
闇に生きていた亡き夫からこの仕事を引き継いだ。夫の代で終わるはずだったのだが、あと一代でいいから続けてほしいという要望がいろいろな筋から寄せられた。
夫の遺志を継ぐ形で、そして私の代で終わらせるという条件で、闇の仲介業は続けている。
実行するのは自分ではなく、あくまでも仲介なのだが、時として良心の呵責が生じる。仲介後の成り行きを聞くと、居ても立っても居られなくなることもある。
良かれと思ってやっていることだが、不安にさいなまれることもある。
眠れなくなる夜もある。
そんなときには食べるに限る。
食べて、食べて、食べまくって、嫌なことは忘れる。下戸だから酒は飲まず、食べるに徹する。
目の前には牡蠣だけでなく、ホタテやサザエやイカやタコまでもが並べてある。
そこへ顔見知りの女性店員が通りかかった。
「おや、恵子おばちゃん、今日も派手に喰ってるね!」
大きなお世話だと思いながらも、伊勢エビを突っついていた箸を止めて、笑顔を返す。
「地味に喰ってたら、不味いでしょ!」文句を言ってやる。
「そりゃそうだ」店員はデカい口で笑う。
恵子おばちゃんの言葉に反応したかのように、いきなり派手な炎が上がる。
危ない、危ないと言って顔を遠ざける。
「美しい顔をヤケドしないようにね」店員がからかう。
「大丈夫。こう見えても反射神経はいいからね――ところで、海女小屋は混んでる?」恵子おばちゃんが声を潜めて尋ねる。
「もちろんよ。恵子おばちゃんのために空けてあるよ」
「そうかい。いつもありがとね。後で寄ってみるかね」
「ああ、それがいいよ。アコヤさんが今や遅しと待ってるでしょ」
漁場に近い場所には漁を終えた海女さんが休憩をするための木造の小屋がある。小屋の中央に囲炉裏があり、壁にはウェットスーツが吊り下げてある。海女さんの衣装は磯着と呼ばれる白木綿の衣装だったが、今はウェットスーツに変わってきている。体温低下やケガの防止のためである。
恵子おばちゃんは勝手知ったようで、こんにちは~と声をかけると、海女小屋の中にズカズカと入って行った。
中では白いエプロンをした中年女性が待っていた。彼女はアコヤさんと呼ばれていた。以前、真珠専門の海女をしていたからだ。今は真珠も養殖となり、海女さんが潜る必要もなくなったため、ここで牡蠣やアワビを獲っている。アコヤという呼び名だけがそのまま使われていた。
二人は簡単に挨拶を済ませると、さっそく裏ビジネスの話に移った。
部屋の隅にある年季の入った木製の机に向き合う。
「これが今回のターゲットね」恵子おばちゃんが数枚の写真を並べた。
「どれどれ。あら、ずいぶんと人相が悪いね」アコヤさんはエプロンの裾で手を拭きながら笑う。「でも体は小さそうだね。私と変わらないでしょうに」
アコヤさんは中年の域に達しているが、長年海女をやって来たお陰で余計な脂肪分は付いてなく、体付きはスリムで美しい。
「小さくても、現役のヤクザ者だからね。―—アコヤさん、大丈夫?」
「もちろんよぉ。何年この仕事をやってると思ってんの。相手が誰でも仕事はきちんとこなすよ――で、程度はどのくらい?」
「クライアントからは死なない程度と言われてるけど、加減は大丈夫?」
「それは保証できないねえ。相手が大人しくしていれば軽傷で済むけど、暴れたり、歯向かってきたりしたら、こちらも自分の身を守らなきゃならないから、どうなるかはやってみないと分からないねえ」
「まあ、死んだら死んだで、街からダニが一匹いなくなったわけだから、喜ばれるでしょう」
「そうだよね。そう考えないと、いくら報酬が多いからといっても、やってられないからねえ」
「じゃあ、アコヤさん。取引成立ということで乾杯しましょう!」恵子おばちゃんは高らかに笑う。「成功を祈って、乾杯!」
「成功するに決まってるでしょ――はい、乾杯!」アコヤさんも不敵に笑った。
♪♪♪♪♪
恵子おばちゃんとアコヤさんは海女小屋の中で歌って、踊り出す。
古い木造の小屋のため、恵子おばちゃんの体重で床が抜けないように気を付ける。
波の音に負けないように大きな声を出す。
二人とも手に大きな伊勢エビの殻を持っている。
♪ここは海女小屋、海の小屋~
ちょっと古いけど~
潮風にも耐えてきたよ~
新鮮な海の幸が上がってくるよ~
海女さんが命がけで獲って来たよ~
魚に貝に海藻類に甲殻類~
おいしいものが溢れてる~
カチカチ、カチカチ(伊勢エビの殻を合わす音)
♪海女さんだから女だよ~
獲ってくるのは美女ばかり~
美女が獲ったから美味しいよ~
間違って海女さんを食べないでね~
中にはおばちゃん海女がいるからね~
おばちゃん好きなら寄っといで~
カチカチ、カチカチ(伊勢エビの殻を合わす音)
♪♪♪♪♪
後編につづく。
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