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アルウィンの婚約者
しおりを挟むそれから数日後、神殿に行く許可がおり、俺とアルウィンは神殿に向かっていた。馬車に揺られながら王都観光の時と同じく俺が目で見たものを聞いて、アルウィンがその都度説明をしてくれる。
転移魔法は楽で簡単かもしれないが、アルウィンとこうして移動している時間はデートをしているみたいで、道のりを長いとは少しも思わなかった。
神殿に到着すると、そこは遺跡によくあるような聖なる雰囲気を感じさせる、岩で出来た重々しい雰囲気の建物だった。神様を奉っているから教会のようなものを想像していたが、煌びやかさはほとんどなく、歴史を感じさせる趣深い印象だった。
大神官に案内されるがまま、石造りの円柱が何本も列なる通路を進んでいくと階段が見えてくる。結構な段数に顔が引きつったが、アルウィンも大神官も涼しい顔で進んでいくから泣き言は言っていられない。
息切れを起こしてアルウィンに心配されながらも何とか上りきると、そこには石壁のようなずっしりとした扉が待っていた。
この扉を開くことが出来るか出来ないかが、祈りの間に入れるか入れないかに繋がるらしい。
「ミト様、この扉の先が祈りの間となっております。普通、どんなことをしてもこの扉は開きません。叩いても燃やそうとしても魔法攻撃もききません。開くことが出来る者がそっと手を翳すと、自然と開くのです」
「ルーサーさんがやったらもちろん開きますよね?」
「それはもちろんでございます。しかし私が開けたところであなたが開けなければ先には進めません。覚悟はございますか?」
「…はい。やります」
俺は一歩前に出て、倒れたら一瞬で圧縮されそうなほど厚い石壁の前に立つ。そっと石壁に手を翳すと、固くてゴツゴツとした感触が手のひらに伝わったきた。
しばらくその体勢のまま息をのんでじっと待ってみるが、扉が開くような気配は全くない。大神官が身体を揺らしてローブの擦れる音をたてたことで、俺は止めていた息を大きく吐き出した。
「だめ、みたいですね…」
「…申し訳ありません、ミト様。あなた様なら必ず開くと思ったのですが…期待だけさせてしまいました」
「いえ、俺は自分を純粋な魂の持ち主だとはこれっぽっちも思っていなかったのである意味予想通りというか何というか…まぁ、残念ではありますけど」
「これでまた努力する理由が出来たのだからミトの性格を考えたら逆に良かったかもな」
「だよね、俺もそう思う。はぁ~!またライナス王子と魔力訓練頑張らなきゃか~!」
またあの王子と訓練しないといけないのは心底嫌だし、絶対に抱かれたくないから早く聖魔法を使えるようになりたい。だがやはり、俺は神頼みよりも自分の努力で不可能を可能にしてみたい。
「約600年前の異世界人も祈りの間には入れなかったと聞いております。ミト様ならばと思いましたが、異世界人ならではの理由があるのかもしれません」
「ってことは祈りの間に入れずとも治癒魔法が使えた異世界人がいたってこと!なら俺が聖魔法を使えるようになる可能性もあるってことですよね!」
「ええ、その通りでございます。せっかくここまでいらっしゃったのですから、神殿内を一通り見られてみますか?」
「見てみたいです。凄く歴史がつまってそうな建物ですもん。興味あります」
「ご案内致します」
そうして俺たちは大神官に石壁に掘られた彫刻の意味や歴史などを教えられながら神殿内をぐるりと案内され、日が落ちる前に近くにあるという市場に寄るため、神殿を後にした。
「あ、もしかしてあれが市場?」
「そうだ。俺の地元の近くでもある」
「え、そうなの!?」
「あぁ。子供の頃、一番買い物に来た市場が今から行くところだ。だから俺の知り合いと会うかもしれない」
「それならそうと早く言ってよー!アルウィンの知り合いがいるなら認識齟齬魔法いらなくない?いる?」
「いるに決まっているだろう。俺が異世界人であるミトの護衛をしていることは王宮に務める者と大神官、事情を知らせなければいけない者以外知らない。知られていたら俺のそばにいるお前が異世界人だとすぐにバレて騒ぎになるしな。見た目は違くとも中身は伝わるものだ。ミトはそのままでいればいい」
「分かった!アルウィンが子供の頃に行ってた場所に来れたなんて嬉しいなぁ」
さらにワクワクが増した俺は、到着してすぐに馬車から降り、日本でいう商店街のような風貌の市場を前に目を輝かせた。何せ俺は日本の商店街で揚げたてコロッケや試食のフルーツを食べるのが大好きだったのだ。
見たことのない形をした野菜らしきものを並べている八百屋や、カラフルで大きな海鮮類を売っている魚屋、甘い匂いを立ち込めさせている果物屋などが並ぶ光景を目にするとお腹がすいてきた。
「アルウィン、凄い!小さな市場って言ってたけど十分活気があるね!」
「あぁ、昔から変わらないな。食べたいものがあれば何でも言ってくれ。風変わりな食材もあるが、ここは新鮮なものばかりで美味しいぞ」
「うわ~どれから食べよう!」
あっちもこっちも目移りしながら俺はどんどん食べたいものを選んでいく。お店のおじさんやおばさん、何人かはアルウィンを覚えていたのか、声をかけられていた。
アルウィンの手も俺の手もいっぱいになったところで端々に置かれているベンチに座って第一弾を味わうことにする。日本と同じようなものもあれば、見たこともないものもある。しかしどれも口に入れてしまえばとても美味しくてアルウィンに感想を言う口も止まらない。
「すご!これ、中身は紫色だったんだ!え~甘くておいし…っごほ、」
「あまり詰め込みすぎるからだぞ。ほら、ゆっくり噛んで飲み込め。水もあるぞ」
「ん、ありがと!」
「…フッ、口の回りにタレがついてる」
「んうぇ?」
冷める前に食べないとと詰め込んでむせる俺の背中を大きな手で擦られながら、口元についているであろうタレをアルウィンの親指が拭う。その汚れてしまった親指はどうするんだろうと思っていたら、親指は彼の口元に吸い寄せられ、そのままペロリと舐めた。彼の赤い舌が見えて、心臓が跳ねた。
「甘いな」
そういう彼のシルバーの瞳が甘く見える。ワインレッドの切り揃えられた髪が小さく揺れる。頬の傷跡が形を変える。それらすべてが、俺の鼓動を早める。
恥ずかしくて、むず痒くて、鼓動の強さに胸が苦しくて。俺は、赤くなっているであろう顔を食べ物を詰め込むことによって誤魔化した。
アルウィンはいつも通り何も変わらない様子で、俺だけが恥ずかしいことが恥ずかしくて。その歯痒さを覆うように口数が勝手に増える。意味のない、他愛もない話をしながら、口が止まったら手に持つ食べ物を食べる。そんなことを繰り返していると。
「…アルウィン?アルウィンじゃない!」
溌剌とした女性の声が聞こえ、俺とアルウィンは同時に視線を上げる。そこには、外側に毛先を跳ねさせたボブくらいの長さの美しい瑠璃色の髪を持つ女性が笑顔でアルウィンを真っ直ぐ見つめていた。
「リジー…?」
「まさか婚約者の顔を忘れたわけではないわよね?」
―――え?婚、約者?
ドクン、心臓が大きくバウンドする。
瑠璃色の彼女は大きな丸目をいたずらっ子のように細めてアルウィンに詰め寄る。からかっているのがよく分かる、親しい人に出来る仕草。
「忘れるわけないだろう。リジー、久しぶりだな」
「ええ、久しぶり!まさかこんなところで会うなんて!王宮に行ったっきり全然地元に帰ってこないんだもの。たまには顔を見せに帰ってきなさいよ」
「悪い。仕事が忙しいんだ」
「今日ここにいるのも仕事で来たってことなの?」
「あー…そうだな」
"仕事"
その単語は、間違っていないはずなのに、適切なはずなのに、胸がぎしりと痛む。喉が乾く。
「そちらの方は?紹介してちょうだいよ」
「あぁ…彼はミト。俺の…仕事仲間だ。ミト、彼女は俺の幼馴染みであり婚約者のリジーだ」
……アルウィン、婚約者がいたんだ。
「リジー・マクラウドよ!ミト、よろしくね!一応父はマクラウド男爵なの。アルウィンとは親が決めた婚約者同士よ」
「え、と…ミトです。アルウィンにはいつもお世話になってます」
親が決めた婚約者同士ということは、彼の親が殺される前からの付き合いだということ。それほど長い間、婚約しているということ。
「仕事仲間っていうけどどう見ても子供じゃない!アルウィン、こんないたいけな子を連れて王都からここまで来たっていうの?」
「ミトは幼く見えるが成人している。お前が老けているだけだ」
「なんですって!可憐な女性に向かって禁句発言したわね!ミト、こいつはいつも生意気な口ばかりでしょう?苛められてない?」
「…いえ、全然」
鏡の中でまた鏡を見るような、奥へ奥へ引っぱられてる重苦しい憂鬱な気持ちを必死に笑顔の下に隠す。生意気な口調の彼も、冗談交じりの表情の彼も、初めて見た。
アルウィンが気を許しているのが嫌でも分かる。親しい雰囲気を滲ませた2人の会話を、俺は疎外感を感じながら眺めていた。
「リジー、買い物に来たんじゃないのか。早く帰らないと食材がダメになるぞ。その魚は冷やさないとだろう」
「あ!そうだった!アルウィン、しばらくこっちにいるの?」
「いや、今日これから王都に帰る」
「えー!せっかく久しぶりに2人でゆっくり出来ると思ったのに。話したいことたくさんあるんだから!」
「すまない。また帰れる時間が出来たら手紙を出す」
「約束よ!それじゃあアルウィン、ミト、またね!気をつけて王都まで帰るのよ!」
「ありがとうございます」
「リジーも気をつけてな」
颯爽と現れて颯爽と去っていった瑠璃色の後ろ姿をぼんやりと見つめる。今までの和やかな気持ちが急にぐらぐらしてくる。穴の中に落ちていくように気分が沈んでいく。
「…ミト?どうした、疲れたか?」
「え?あ、ううん!リジーさん、綺麗な人だね。アルウィンにあんな美人な婚約者がいるなんて知らなかった」
「綺麗か?子供の頃から見慣れた顔だから何とも思わんな。婚約者というより姉のような感覚だ」
「へぇ……まだ結婚しないの?」
「まぁ、年齢的には早くしろとせっつかれてはいるが今はミトの護衛もあるし、騎士というのはいつ死ぬか分からない身だ。他にいいやつが現れるならそっちを選ぶ方がリジーのためだろう」
慈愛の眼差しを浮かべるアルウィンを見て、彼女を大切に思っていることがよく分かった。心臓がすり減るように、ぎりぎりと胸が痛む。さっき食べたものが、塊となって心臓を圧迫しているような心地だった。
「…ごめん、何だか食べすぎて胸焼けしてきた」
「大丈夫か?馬車に揺られたら余計に気持ち悪くなるかもしれない。御者にそのまま帰らせて俺たちは転移魔法で帰るか」
「うん、そうしてもらえると助かる。ごめんね」
「謝ることなどない。はしゃぎすきたんだな。ミトは本当に孤児院の子供たちのようだ」
「…はは、リジーさんにも子供だと思われていたしね」
本心をすべて笑顔の下に隠す。本音をすべて腹の中にのみこむ。
キリキリ、胃まで痛くなってきた俺を、アルウィンは軽々と持ち上げる。今回はお姫様抱っこだなんて喜べる心境じゃなかった。
部屋に戻ってからもあれこれと心配そうな言葉をかけてくれるアルウィンを、俺は早く1人になりたくて適当な言葉を並べて追い出した。
初めて感じる苦しさから、黒ずんだ重い液体のようなよどみを心に感じる苦しさから、俺はいつまでたっても抜け出せないでいた。
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