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王子の影の片鱗
しおりを挟む王宮内で攻撃を受けた次の日。午前中の授業はおじいちゃん先生の都合でなくなり、アルウィンと共に魔法の種類の復習をしていく。
この世界は基礎魔法だけでもたくさんあり、さらに階級ごとに覚えるとなると頭がこんがらがる。しかし何が初級で何が上級なのかを覚えておくだけで、上級基礎魔法を使える人は魔力が多く属性魔法の威力も強いからすぐに警戒が出来るのだ。
たとえば浄化魔法は初級、浮遊魔法や探知魔法は中級、転移魔法、認識齟齬魔法などは上級となる。だから王都観光で見た浮遊魔法使い軍団は平均以上の魔力持ちだということが分かるのだ。
知識は誰にも奪われない武器。矛にも盾にもなる。俺はおじいちゃん先生からよく言われる言葉を胸に今日も頑張って勉強した。
1つ覚える度に偉いぞ、とアルウィンに頭を撫でられたときは複雑な気持ちだったが。あのお願いをしたのはアルウィンに婚約者がいると知らなかったからだ。知ってたらあんなこと言わなかったのに。
それでも「やめて」と言えないのはやっぱりアルウィンに触れられると嬉しいからだ。俺はもう、この気持ちをはっきりと自覚している。
アルウィンが、好きだ。
たぶん、一目惚れだった。性愛対象が男だったことは自覚していたが、誰かを恋愛対象として好きになったことはなかったから一目惚れしたことに気付かなかったけれど。今思い返せば、俺は間違いなく、アルウィンに一目惚れをした。
初めての恋だった。けれど初恋の人には、婚約者がいた。
だから俺は、この想いを大切に自分の中だけに保管しておく。絶対に表に出さないようにする。俺の想いを絶対にアルウィンに悟られないようにする。
悟ってしまったら、優しい彼は申し訳なさそうに謝るだろうから。それでもなお、自分の職務を全うするために俺を守るだろうから。
もし、俺と婚約者が同時に危機に陥ったとして、どちらかしか助けられないとしたら。
彼はきっと、俺を選ぶ。それは、俺を守ることが国のためだから。俺を守ることが彼の任務だから。俺を守ることが、義務だから。
だから、どんなに真剣に、愛を囁くような声色で「絶対に守る」と言われようと、決して勘違いしたりしてはいけない。
「そろそろ昼食の時間だ。今日はテラスで食べるか」
「うん、シェフに外で食べられるものをってお願いしたよ。何が出てくるか楽しみ」
午前中の勉強を終え、これから王子と共に魔力訓練をやる中庭のテラス席に向かう。するとすでにそこには先約がいた。
「遅いぞ、この僕を待たせるなんていい度胸だな!」
「あれ、ライナス王子。今日いつもの時間より早くない?」
「昨日お前が王宮内で攻撃を受けたと知らされたから早めに来てやったんだ。ふん、感謝しろ」
今日も今日とて暴君王子のご登場だ。やはりこの王子の言動を見ていると、彼が俺の命をあんな不意打ちのようなやり方で狙うとは思えない。一瞬でも疑ってしまったことに多少の罪悪感はあるので、少しくらい優しくしてあげよう。
「俺の心配をして早く来ちゃったってこと?えー王子も優しいところあったんだ。ありがとな」
「なっ…!?そ、そんなわけあるか!お前が殺されようもんなら僕が今まで魔力訓練してやったことが無駄になるから死なれたくないだけだ!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる。王子、ご飯はもう食べたの?」
「…まだだが」
「昼食を食べずに報告を聞いてすぐに飛んできてくれたってこと?ライナス王子って案外心配性?」
「戯れ言を言うな!減らず口たたく暇があるなら僕の分の昼食も用意させんか!」
「しょうがないなぁ。アルウィン、急遽もう1人分作ってもらうよう、シェフにお願いしてくれる?」
「…すぐに用意させます」
「ありがとう」
ライナス王子に向かって頭を下げたアルウィンは厨房のある方へと向かっていった。
基本的にアルウィンは緊急事態時以外、転移魔法は使わず歩きだ。上級魔法であればあるほど魔力が必要で、有事の時用に少しでも魔力を溜めておくため、無駄遣いはしないのだ。
アルウィンを見送って王子とテラス席に2人きりになると沈黙が訪れる。近くに王子の侍女や侍従が控えているとはいえ、この席には今、俺たちだけだ。
王子はさっきっからそっぽを向いて俺と目を合わせようとしない。ちょっとからかいすぎただろうかと思いつつ、反省は全くしていない。多少の意趣返しくらいは許されるだろう。
「もしかしてさっき俺が言ったこと、すべて図星で照れてたりする?」
「んなっ、これ以上僕をからかうなら不敬罪で投獄させるぞ!」
「うそうそ、ごめんって。王子から気にかけてもらえるなんて思ってなかったから嬉しかったんだよ」
「別に気にかけてなんかないけどな!う、嬉しかったのか?」
「うん。一瞬でも疑った自分が恥ずかしい」
「…は?疑った?」
「あ、やべ。何でもない何でもない!王子の優しさを疑ったってこと」
「僕は別に優しくなんてしてない。優しくする必要がないからな」
アクアマリンの瞳に影が落ちるのを、俺は見逃さなかった。初めて彼の魔力を流されたとき、とても繊細で驚いたことを思い出す。性格も繊細なのかと一瞬思い、すぐに打ち消したことも。
王子とは魔力訓練ばかりであまり王子自身のことを聞いていないなと今さら気付き、俺は何気なく聞いてみた。
「もしかして、誰かに優しくして裏切られたことでもあった?」
「っ…!な、なぜそれを…」
「あ、やっぱりそうなんだ。誰かから聞いたとかじゃなくてさっきの口ぶりから何となくそう思っただけ。確かに裏切られたら人に優しくするのが怖くなるよなぁ」
「…お前も裏切られたことがあるのか」
「え?全然ない」
「ないのかよ!」
「でも一度大切な人に裏切られたら人を信じられなくなるってよく聞くしさ。人を信じたくないからわざと横暴にふるまって自分の心に近付けないようにする気持ちは何となく理解できるよ」
「別に…僕はそこまで臆病じゃない。人と関わるのが面倒なだけだ」
そう口では言うものの、物寂しい雰囲気を彼の声色から感じ取る。そしてふと、思った。
もしかして、彼が閨にいろんな女を呼んだり快楽に逃げるのは、誰にも近付けさせない寂しい心を、身体だけでも満たそうとしているのかもしれないと。
俺に見せつけたのはどういう意図だったのか、ただの嫌がらせなのかはちょっとよく分からないけれど。
王子の暗い影の片鱗が少しだけ見えた。
「人を信じるのってさ、理屈じゃないと思うんだよね」
「…何だ急に」
「信じたいと思って信じるんじゃなくてさ。信じる信じないを考える間もなく、気付いたら信じていたみたいな。裏切られたときに初めて、自分がその人を信じていたんだと分かるみたいな」
「意味がわからん。もっと分かりやすく説明出来んのかお前は!」
「うーん、伝わらないかぁ。とにかくさ、無理やり人を信じようとしなくていいんだよ。気付いたら信じてるもんだから」
「僕はこの先誰かを信じることなどない。信じられるのは己のみ。己の努力と知力のみだ」
「お、やっぱりライナス王子も自分の努力を信じる派だよね。俺も努力は正しい方向にし続ければ必ず結果がついてくると思ってるから、それを信じて今も頑張ってる」
「ふん、覚えは悪いがお前の努力は僕も毎日見ているからな。認めてやらんこともない」
「ふふ、ありがと」
腕を組んで口を尖らせながらも珍しく褒めてくれた王子の言葉に思わず笑みが溢れる。図体はでかいのに人形のような顔の頬が少し赤く染まって見えるのは、たぶん気のせいではない。
「お待たせ致しました」
するとそこへ、アルウィンが料理のトレーを持ったシェフを連れて戻ってきた。シェフはいそいそとテラステーブルの上にお皿を並べていく。日本で言うサンドイッチのようなものとサラダ、スープが綺麗に並ぶとお腹がぐぅと鳴って腹を抑えた。
「美味しそう!」
「ふん、僕の宮殿で出されるものと比べたら随分質素だが良いだろう」
「いただきまーす」
一言多い王子だなと思いつつ早速食べようとして、アルウィンが席に着かず立ったまま控えていることに気付く。
「あれ、アルウィンは食べないの?」
「ミト様、王族の方と騎士が共に食事をするのは不敬に当たるとお教えしたはずですよ」
「あー…そうだった」
「お前は本当に物覚えの悪いやつだな!」
「うるさい。王子がいるからアルウィン食べれないじゃん。さっさと食べて帰りなよ」
「貴様…!調子にのるなよ!」
「はいはい、ライナス第一王子に謝罪致しまーす」
額に青筋を作る王子に適当に謝って俺はサンドイッチの美味しさを味わう。王子からもっと口を小さく上品に食べろだとか、スープを溢すなだとか細かいお小言を頂戴しながら昼食を終えた。
アルウィンには昼食をとってから剣の稽古なり護衛なりしてくれと言い、昼食後は今日も訓練をしてあっという間に時間が過ぎていった。
今日も特に魔力が出てくる気配は感じられなかったものの、初めて王子と個人的な話が出来たからか充実感を感じながら部屋へ戻ろうと廊下を歩く。
「…今日はあまり疲れてなさそうだな」
「え、そんなことはないよ。でも良い疲労感って感じかな。今日の王子がちょっと素直で人間らしい一面が見れたからかも」
「そうか……随分、ライナス王子と打ち解けたな。最初はあんなに嫌悪していたのに」
「まぁね。俺が気持ち悪いって思ってたことが王子にもそれなりの理由があってのことなのかもしれないって思ったらちょっと気の毒に思えて」
「王子に同情したのか?」
「同情というか…王子にも可愛いところあるんだなって思ったんだよ」
なんだろう、アルウィンの言葉からほんの少し刺のようなものを感じる。王子がいたせいでゆっくり昼食の時間が取れなかったからかな、と思いながら歩いていると。
「ひっ!」
またしても、昨日と同じ雷魔法の攻撃が飛んできた。咄嗟にアルウィンが剣ではね飛ばしてくれて何事もなくすんだが、昨日のは俺の目で追えなかったのに今日の攻撃は俺にもはっきりと見えた。稲妻のような光が俺に向かって飛んでくるのが。
昨日と同じくすぐにアルウィンの転移魔法によって部屋へと戻る。俺は光により目の裏がちかちかとして痛むのを、眉間を押して緩和させようとした。
「ミト、どこか痛むのか」
「ううん、光に目が眩んだだけ。それにしても…また来たね。ありがとう、守ってくれて。瞬発力すごすぎない?」
「騎士として当然の能力だ。しかし本格的にどうにかしなければミトが安心してここで暮らせないな…尻尾を掴めれば良いんだが、攻撃を跳ね返したときにはすでに気配が消えていた」
「たぶん…アルウィンと同じく上級の転移魔法が使えてるってことだよね。魔力が多いなら攻撃力もかなり高い」
言葉にして、ゾッとした。本気で命を狙われているのだと、身の危険をまざまざと感じる。このままでは命がいくつあっても足りない。
「そういうことだ。すぐにまた国王か宰相に報告して対策を練らなければいけない。今日も待てるか?」
「うん、もちろん。俺のせいでいつもごめんね」
「謝るな。すぐ戻る」
ぼつん、1人取り残された部屋に不安と恐怖が押し寄せてくる。この部屋は安全だと言われているが、本当に安全かどうかなんて異世界人の俺にははかれない。でも、アルウィンが大丈夫だと言うなら大丈夫だと思ってしまう。
これが昼に王子にうまく説明できなかった、無条件で信じてしまうってやつだ。
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