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忘れてはいけない
しおりを挟む再び王宮内で俺が攻撃されたことは、国王や宰相も重く受け止めていてさらに深く調査をするとのことだった。ライナス第一王子も次の日の訓練で珍しく顎に手を当てて難しい顔をしていた。
俺が考えたところで王宮内部のことは何にも分からないし、基本的に王宮で働く人と交流もないから命を狙われるような理由も思い当たらない。しかし。
「まぁ、妖怪の襲撃があった日に集められた会議ではお前にさっさと子を生ませて殺したらどうだっていう意見も出てたしな。また妖怪がお前を殺しに来て他の死傷者が出るくらいなら役目を果たさせて妖怪が満足する通りにしようって。僕がお前を抱かなきゃいけないじゃないかって即却下したが」
「……はい?」
ライナス王子から落とされた爆弾発言に俺は枕を蹴飛ばされたときのような衝撃を感じる。あまりに物騒な発言に聞き間違いかと思ってしまうほどだ。
しかしポーカーフェイスの中に焦りを滲ませた表情のアルウィンが何か言いたげに王子を見ていて、あの日アルウィンが言った「ミトは知らなくて大丈夫だ」とはそういうことだったのかと納得もした。
「なんだ、騎士から聞いてなかったのか。お子さまの貴様には怖かったか?王宮なんてだいたい殺伐としていて妬み僻み裏切り、気に入らないやつは貶めるなんて序の口だぞ」
「殿下、あまりミト様を怖がらせるのは…」
「アルウィン、大丈夫だよ。つまり妖怪に狙われた俺を早く殺さないとまたいつ妖怪が来て王宮を襲撃されるか分からないから俺は狙われたってこと?」
「お前にしては察しがいいな。妖怪に対してひどい恐怖心を持つ人間は少なくない。今まで安全に暮らしていたのに、あの日初めて妖怪の姿を目にしたことで怖くなったんだろ。恐怖の芽はつまなければとでも思ったんじゃないか。僕にはさっぱり理解出来ないが」
「さすが王子、逞しいね。妖怪が怖い人の気持ちは俺も理解できるから申し訳ないとしか言いようがないけど…」
「しかしあれから常に妖怪村近くの監視塔が彼らの動きを見張っていますが、何の動きもないと報告が上がっています」
それも俺的には気にかかる。いまだに妖怪が言っていた"大変なこと"の内容が分からないし、また命を狙いに来る口ぶりだったがずっと大人しくしているのも逆に不気味さがある。もう直接妖怪たちに"大変なこと"が何なのか聞きに行きたいくらいだ。
「妖怪村から出てこないに越したことはない。僕は妖怪になど屈しないし負けるつもりもないが。魔法学校では6年連続最優秀魔法賞を取っているからな!」
「へぇ、すごいね。王子の年齢に近い人で王子と同じ雷魔法と上級魔法を使える人間に心当たりはないの?」
「何人かいるな。だが思い浮かぶやつらは全員妖怪などに怯えるような臆病者ではないぞ」
「一応その思い浮かんだ人の名前、教えておいてくれない?」
「すでに父上たちには書類にまとめて報告してあるが仕方ない、お前にも教えてやろう。コービル準男爵家のネッド、ヘンダーソン子爵家のマルセル、バーナード伯爵家のヘンリー、マクタビッシュ侯爵家のティモシー。この4人は雷魔法と基礎上級魔法を使え、王宮内に頻繁に出入りする者たちだ」
おぉう…すんごい勢いで横文字が右耳から左耳に流れていく。伯爵だの公爵だのも一応授業で教えられたがあまり俺には関係ないと思って覚える気がなかったからどれがどのくらいの階級なのか、さっぱり分からない。日本人には馴染みがないのでね、許してくれ。
「…ごめん、全然覚えられそうにないや」
「貴様!せっかく僕が丁寧に教えてやったものを!」
「だって名前長すぎだし横文字なんて覚えられないよ~…しかも見た目も分からないと誰が誰かなんて分からないし警戒のしようがないから聞くだけ無駄だったかも」
「本っっ当に癪に触るやつだな、お前ってやつは!」
「だからごめんって。そんなにすらすらと言える王子はやっぱりすごいんだよ」
「そうやって僕の機嫌を取ろうったって騙されないぞ!こんなことくらい王宮内の全員が言えて当たり前だ!」
「ちっ、そろそろバレてきたか…」
俺のぼやきにまたキャンキャン騒ぎ始めた王子をアルウィンが宥め、俺たちはいつも通りの午後を過ごし、まだ根に持って愚痴を溢しながら帰る王子を見送った。
今日は一段と元気な王子様だったなと思いながら、剣を鞘におさめながら近寄ってきたアルウィンを見上げる。額に小さな汗粒が光っていて、それを拭う仕草がなんだか艶かしくて咄嗟に目を逸らした。
「…おつかれ、アルウィン」
「あぁ」
目を合わさず労いの言葉をかけると一言だけ短く落ちてくる。そのまま彼から何か言われるかと待ってみたが少しの沈黙がおり、どうしたんだろうと視線を上げて彼を見る。すると目力の強いシルバーの瞳で、じっと俺を見下ろすアルウィンと視線がぶつかった。
あまりに強い視線を受けて、内心どぎまぎと狼狽える。好きな人に熱心に見つめられている事実に体温が自然と上がり、隠れたくなった。
「ど、どうしたの?そんなに見られると…恥ずかしい」
「……ライナス王子に対して、くだけすぎじゃないか?」
「え?あ、失礼だってこと?でも今さら変えるのもなぁ。王子もなんだかんだ許してくれてるし、もうさすがに不敬罪だなんだの言われないと思う。もし言われたらそれから直すよ」
確かに最近、王子への扱いが雑になっている自覚はある。あの情事を見せつけられてから尊敬の念を持つなんて無理だと思ったし、敬う言葉を王子に使うのがバカらしくなったからだ。
友達とまではいかないし別にそんなに親しいわけでもないが、砕けた話し方や態度で接するようになってから王子も心なしか会話を楽しんでいるのを感じていた。
しかし騎士であり礼儀がしっかりしているアルウィンからしたら引っ掛かるのも当たり前だ。王子が本当に嫌そうな素振りを見せたら改善しようかなと考えていることを伝えると。
「王子といるのは、楽しいか」
「楽しいっていうよりあのツンデレを見るのはおもしろいよ。言葉は乱暴で上から目線でも素直じゃないだけで何だかんだ優しいし」
「……そうか」
短く頷くと、アルウィンの手が頭に伸びてきてそのままいつもの仕草をされる。エライエライと親が子を褒めるときのような、お座りが出来た犬を褒める飼い主のような、そんな、なでなで。
でも……何でそんな顔でなでなでするの?
「ねぇ、それ無理にやらなくて大丈夫だからね」
「無理?」
「うん。ほら、俺の我が儘をずっと実行し続けてくれてるけどさ…アルウィンがやりたくないと思ったら無理してやらなくていいんだからね」
「そんなこと思うわけがない。何でそう思った?」
「いやだって…今のアルウィン、何だか怖い顔してる」
今まで彼は俺の要求や我が儘を嫌だと突っぱねたことはない。何でも飲み込んで実行してきてくれた。でもそれが彼の意思を無視していたんじゃないかと、今の彼の表情を見て思ったのだ。
アルウィンは眉間にシワをよせて、口を一文字に結び、思い詰めたような顔をしている。俺がそんな顔をさせてしまっている理由なら、やめさせたかった。
「すまない、全くそんなことはないんだ。誤解させてしまったのなら謝る」
「本当に?もうアルウィンのハグやなでなでが無くても頑張れるから大丈夫だよ」
「…なぜだ」
「えー…と、ほら、アルウィンがいてくれるだけで十分ってこと!」
本当はアルウィンからのハグやなでなでがあった方が何倍も頑張れると思う。けれど、婚約者がいるアルウィンに触れられると表に出してはいけない恋心が痛むのだ。触れられるのは嬉しいけれど、諦めなければいけない恋を諦められなくなる一方だから苦しいのだ。
触れられたいけど、触れられたくない。相反する矛盾の感情に挟まれて身動きが取れない俺に変わって、アルウィンから止めてくれたら触れられたいと思う自分も諦められる気がする。
「ミト、俺はミトを抱き締めるのも、ミトの頭を撫でるのも好きだ。だからこれからもすることを許してほしい」
……あぁ、やめてくれ。そんな目で、そんなこと、言わないでくれ。勘違いしそうになるから。
「…うん、アルウィンが嫌じゃないならいいんだ」
「嫌なわけがない。俺にとって癒される大切な時間だ」
俺は癒されるよりも、ドキドキしっぱなしなのに。アルウィンは俺に触れても、一切動悸は変わらないんだろう。子供に触れるような、ペットに触れるような心地なんだろう。
「さぁ、そろそろ戻ろう」
「うん。今日の夕食は何かな~」
笑顔で苦しい想いに蓋をする。必死に平静を装う。忘れてはいけない。常に、忘れてはいけない。彼の、婚約者の存在を。
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