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ウィルマの突撃訪問
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―――キィ、キィ。
夢を見た。ぼやけた視界と定まらない思考、浮遊した身体から、これは夢の中なのだと分かった。
遠くに、棒のようなものがうっすらと見える。しかしその棒が、こちらに近付いてきたことで、それは人なのかもしれないと思った。
近付いてきたと思ったら、ある一定の場所でピタリと止まったまま、もう動かない。まだ俺からは遠い。遠いが、棒ではなく人であることは認識した。しかし顔も見えなければ、男か女かも分からない。
だけど、その人が笑っていることだけは、何となく分かった。
顔は見えないのに、美しい笑みだと思った。
―――キィ、キィ。
***
夢は目覚めるとともに、ぼんやりと薄暮の中に溶ける山の景色のように曖昧になる。半開きの瞼を何度か瞬きをすることで視界がクリアになる。
久しぶりに重だるい目覚めだった。何か夢を見ていたような気もするし、泥のように眠っていた気もする。あまり良い睡眠でなかったことは、確かだった。
今日は週に1度の休みの日。授業も魔力訓練もない、休みの日。ここ最近の休みはいつも大図書館に通いつめて"大変なこと"について少しでも触れている文書がないか、魔力のない人間が魔力を得るためのヒントになり得る本がないか、探していた。
でも今日はそんな気分になれなくてベッドに沈んだまま動けない。ずっとベッドの上でごろごろしていたい。何も考えず頭を空っぽにして1日中寝ていたい。
どんよりと頭の中が曇っている。もしかして風邪でもひいたかなとボーッと天井を見つめていると、隣の部屋に続く扉の開閉音が聞こえてきた。目線だけをゆっくりとそちらに向ける。
「…ミト」
「……アルウィン、おはよう」
「ミト、どうした。具合でも悪いのか」
「うん…何だか疲れてるみたい」
「いろいろあったし召喚されてからずっと頑張っていたから疲れが出たんだろう。熱は…ないな」
少しひんやりとしているアルウィンの大きくてごつごつした手のひらが俺の額に触れる。その瞬間、頭の中の靄が一斉に晴れていくようにみるみる元気がわいてきた。
「アルウィン、ごめんなんだけどもうすっごい元気。勘違いだったみたい!」
「ん…?無理しているんじゃないのか?嘘はつくなよ」
「ううん!全然!お腹すいたから朝食用意してもらおう!」
「…そうか、元気ならいいんだ」
怪訝そうな顔をしながらも安心したように頷いたアルウィンがベルを鳴らす。その音を聞き付けた使用人が扉をノックし、中に入ってきた。
「おはようございます。ミト様、アルウィン様」
「朝食の用意を頼む」
「今すぐに。それとご報告でございます。10歳くらいのウィルマと名乗る子供がミト様にお会いしたいと王宮の正門前でお返事を待っているようでございます」
「ウィルマ!?」
俺はベッドから飛び降り、思わず大きな声が出てしまう。獣人であるウィルマが王宮にやってくるなんて大丈夫だろうか、何かあったのかと不安が頭をもたげる。
使用人がいる手前、まさか獣人がやって来たなんて言えるわけもなく、アルウィンと目配せしあう。ウィルマとドロモアのことを俺から聞き知っていたアルウィンは、俺と同じように小さく目を見張っていた。
「ミト、どうする」
「…会ったらダメ?王宮内には入れないで俺が外に行くから」
「どっちもどっちだが…会わせるわけには…」
「お願い!きっと約束したのに全然来ないから焦れて会いに来たんだと思う」
「だが子供とはいえウィルマは…」
「大丈夫!本当にいい子だから!アルウィンも会えば分かるしどんな子か把握しといたほうが後々いいかもしれないでしょ?」
「…わかった。しかしいくら東塔が端にあると言っても王宮の敷地内に彼を入れるのはいろいろ問題がある。会うなら近くの公園広場くらいが適切だろう。もちろん認識齟齬魔法はつける」
「うん!そこで会おう!」
アルウィンから許可を得られたことに気分が上がる。使用人にこれから行くから待っていてもらうこと、朝食は公園で食べれるように包んでほしいことを伝え、俺は急いで着替え始めた。
「…っ、ミト、いきなり服を脱ぐな」
「はえ?……あっ!ご、ごめん」
好きな人の前で裸になりかけたことに今さら気付いて赤面する。いつも俺が起きて着替えを終えたくらいにアルウィンは部屋に入ってくるのだ。
今日はあまり目覚めが良くなく、いつもより起きるのが遅い俺をアルウィンは心配して入ってきたから寝巻き姿を見られるのも初めてだったことにやっと気が付いた。
日本では腰にタオルを巻いただけの素っ裸で寝るのが習慣だったが、アルウィンと出会ってから毎日隣に彼がいていつ入ってくるか分からないのに裸で寝るのは危険だと判断して以降きちんと用意された寝巻きを着ている。やっとその感覚にも慣れてきたところだ。
「後ろを向いているから早く着替えてくれ」
「う、うん」
俺はアルウィンが好きだから恥ずかしいけど、アルウィンは男の裸を見ることなんて今までもあったろうになぜか挙動不審のように見える。俺への配慮なのか、俺がこの世界の子供っぽい体型だからなのか。ひとまず着替え終えてホッと息をついた。
「待たせてごめん。ウィルマが獣人だってバレてないか心配だから早く行こう」
「バレていたら騒がしくなるはずだから今のところ大丈夫だと思うぞ。おそらく、フードか何か被って獣耳を隠しているんだろう」
「確かに、初めて会ったときも俺は気付かなかったし大丈夫か。でもまた1人で抜け出して来てたりして…」
認識齟齬魔法をかけてもらった後、そんなことをアルウィンと話しながら急いで王宮の正門前に向かうと。
「ミト!会いたかった!」
パァッと向日葵の花が咲いたような満面の笑顔を浮かべたウィルマが、俺の懐に飛び込んで来て俺はそれをぐらつきながらも何とか受け止めた。
「ウィルマ!驚いたよ、まさかこんなところまで来るなんて。どうして俺がここにいるって分かったんだ?」
「そんなの匂いを辿れば簡単だよ!ミトの匂いがする方に向かってきたんだ」
「しー!ウィルマ、ちょっと声小さくしてな」
匂いを辿って来たなんて普通の人間ではあり得ない。恐ろしく鼻の利く獣人だからこそ出来ることで、ウィルマが獣人だとバレないようにするためにも今の会話は危険だった。
「ミト、とりあえず馬車に乗ろう。ここで話すのは危ない」
「うん、そうだね。ウィルマ、行こう」
「はーい!」
差し出されたウィルマの手を取ってすぐに用意してもらった馬車の中に乗り込む。移動速度が速い獣人のウィルマはもちろん馬車に乗るのは初めてで、興奮した様子だった。
「えー!すごーい!座ったまま勝手に移動してくれるの!?」
「そうだよ。あまりはしゃぐと馬がびっくりしちゃうから静かにな」
「わかった!このお兄さんはだあれ?」
「彼はアルウィンだよ。俺の護衛騎士なんだ」
「アルウィン!兄ちゃんと同じくらいすっごくかっこいいねぇ」
「…アルウィンだ。よろしく」
ウィルマは人見知りしないのか人懐っこそうな笑みをアルウィンに向ける。対してアルウィンは、どうしたらいいのか分からないとでも言いたげな様子でぶっきらぼうに答えた。
子供の相手は慣れているはずなのに表情も声も固いのは、ウィルマが獣人だからだろう。子供とはいえ初めて獣人を目の前にして若干緊張している様子が伝わってきた。
「でも本当に驚いたよ。また1人で獣人村を抜け出してきたのか?ドロモアは?」
「兄ちゃんも近くにいるよ!あ、近くって言っても人間からは見えないところだから安心してね」
種族にもよるが獣人の目の良さ、耳の良さは人間とは比べ物にもならない。優れた視覚と聴覚、嗅覚を使って、ドロモアは俺たちの動きを把握しているという。
「ミトが全然遊びに来てくれないから僕から来たんだよ!何で来てくれないの!」
「ごめんね、実はいろいろ事情があって獣人村に俺が行くのは難しそうなんだ。だからウィルマから会いに来てくれて嬉しい」
「僕たちの村に来れないの…?遊べないってこと?」
「約束したのにごめんな…でもウィルマが獣人だとバレなければ今から行くところで遊べるしたくさん話せる。獣人村を出ることは許可取ってから来たのか?」
「うん、兄ちゃんが上手く言いくるめてくれた!だから今日は夜になるまで遊べるよ!」
「それならたくさん遊ばないとな!」
馬車に揺られて数分で王宮から一番近い公園広場に着いた。ウィルマは初めて見る大きな銅像に目を丸くしている。俺も馬車の中からは見えていたが、こうして目の前に来てまじまじと見るのは初めてだから思わず凝視した。約600年前に召喚された、異世界人の銅像を。
「…ねぇ、これって異世界人?」
さっきまでずっと明るい声色だったのに、銅像を指差しながら突然声が低くなったウィルマに驚いて銅像から彼に視線を移す。瞬きのない、真っ直ぐな目で銅像を睨み付けるウィルマの横顔に、嫌な予感がした。
ちらりとアルウィンを見上げると彼も真剣な表情でウィルマの一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりの目付きでウィルマを見ていた。俺が何と言っていいのか迷っている間に、アルウィンが口を開く。
「そうだ。この銅像は約600年前にこの世界に召喚された異世界人だ。何か気になるか?」
「…これは、本物がここで固まっているの?」
「違う。これは銅像と言って、異世界人の姿を粘土で型造りして色をつけたものだ。本物は人間なのだからとっくの昔に亡くなっている」
「死んでる…?何で銅像をここに置いているの?」
「約600年前の異世界人はその当時なかった治癒魔法が使え、多くの人間の傷や怪我を癒し、命を救った英雄とされているからだ」
「……英雄?こいつが?」
アルウィンがウィルマの質問に答えていけば答えるほど、その場の空気が張り詰めていく。どんどん圧迫されていく。この空気感は、一体なんなんだ。
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