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奇襲と暗殺者の正体
しおりを挟む俺もアルウィンも驚いて勢いをつけて振り返ると、そこには瑠璃色の髪の毛を少し乱したリジーさんが息を荒くしてそこに立っていた。彼女の後ろから次々と爆発の煙から避難する紳士淑女が外に出てくる。
まん丸な目をさらに丸めて愕然とした表情のリジーさんがつかつかとヒールを鳴らしてこちらに近寄ってくる。その表情は、快活な笑顔が似合う彼女らしくない、ひどく歪んだものだった。
「リジー、怪我は…」
「今のどういうことよ!何度も婚約解消を申し出ているですって!?聞いてないわよ!」
「やはりお父上から聞かされていなかったのか…俺はもう何度もリジーと結婚する意思はないと伝えているんだ。騎士としていつ死ぬかも分からないし今の仕事もいつ終わるか分からない。ずっとリジーを未婚のまま待たせてしまう。それに俺もお前も恋愛感情などないだろう?」
「…あぁ、そう、そういうことなのね。よく分かったわ!周りは20歳前後で次々と嫁いでいくのに私だけずっと独身のまま!周りにバカにされても素晴らしい騎士の婚約者を待ち続けているのだと言い張っていた私がバカだったわ!私は…私はアルウィンと結婚したかったから他の婚約はすべて断っていたのに!」
瑠璃色の瞳にみるみる大きな雫が溜まっていく様子に、俺は自分のことのように胸が痛くなった。彼女と同じ人を好きだからこそ、アルウィンと結婚したいと思う彼女の気持ちがひしひしと伝わってきて俺の気持ちと共鳴する。
「すまない、リジー。もっと早く直接君と話すべきだった。のらりくらり躱し続けていればそのうち別の誰かと結婚すると思っていた俺の落ち度だ。申し訳ない」
「申し訳ないと思うなら今すぐ私を娶りなさいよ!こんな歳になるまであなたを待っていた私はいい笑い者じゃない!」
「…リジーと結婚したとしても俺は君を幸せには出来ない。リジーを愛してはいないから」
「っ!でもアルウィンは他に女の影すらないでしょ!一生独身のままいるつもり!?あなたのその優秀な遺伝子を残さないつもり!?国が許すわけないわ!別に私のことを愛していなくてもいい。結婚してあなたの子を残すのが私の役目だと思ってきたんだから!あなたに愛されたいとは別に思ってない!」
「リジー、君は君自身を心から愛してくれる人に愛されて幸せになるべき女性だ。そんな悲しいことは言わないでくれ。リジーなら今からでも引く手数多だろう」
「そう…そこまでして私と結婚したくないのね」
明るくて良い人そうなリジーさんの印象がどんどん崩れていく。醜く歪んだ表情は今にもアルウィンを視線だけで刺し殺してしまいそうなほど鋭かった。
女性として婚期が遅れ続けるのは思っている以上にこの世界では大きなことなのかもしれない。日本人の俺の感覚だと26歳なんてまだまだこれからだと思うが、エレノア様が20歳で嫁いだことも鑑みるとまだ未婚のリジーさんは周囲からいろいろ言われてきたのかもしれない。それを1人、アルウィンのためを思って耐えてきたのかもしれない。
「すまないが、修羅場はよそでやってくれ。今はそれどころではないのが分からないのか?」
そんなところに空気の読めないライナス王子の一声が入る。しかし彼の言葉も一理あり、侯爵家の邸宅から出てきた人々で外は混乱をきたしていた。
「申し訳ありません、殿下。殿下は至急安全な王宮に戻られた方がよいかと」
「もちろんそうするさ。父上に報告もせねばならんしな。怪我人は?爆発の原因の特定はまだなのか?他に爆発物がある可能性は?」
「た、ただいま侯爵家の者が調べております!爆発物は他にはないとの報告は届きました!」
護衛の騎士が1人、敬礼をしながら声を張り上げる。遠くで侯爵家当主の怒号が飛び交っている。黒い煙の隙間から赤い炎が見え、これからさらに燃え広がっていくことが予想できた。
「水魔法を使える方はおりませんか!」
「あ、私使えます!」
「マクラウド様!どうかお力添えを!」
「もちろんです!」
侯爵家の使用人が水魔法を使える人間がいないか探し回っている中、リジーさんはすぐに手をあげて消火活動に協力するためアルウィンに背中を向けた。
「…また今度、婚約解消の手続きをしましょう」
足を踏み出す前にそう一言だけ言い残して彼女は煙の方向に向かって走っていく。きっと内心はぐちゃぐちゃでそれどころじゃないはずなのに、気持ちを入れ換えて人のために自分に出来ることをしようとしている彼女の背中を、俺は尊敬の眼差しで見つめた。
「あれだけの人数がいれば僕の氷魔法は必要なさそうだ。おい、お前たちも王宮に帰るぞ。ここにこのちんちくりんを置いといたら危険だ」
「かしこまりました。転移で帰られますか」
「無論だ。護衛の何人かはまだここに残り、侯爵家当主が落ち着いたら報告をさせに王宮へ連れてこい」
「かしこまりました!」
ライナス王子から指示を受けた護衛の数人が返事をし、それを確認した王子は先に戻ると言い残して転移魔法を発動させた。俺もアルウィンに抱えられながら転移独特の浮遊に身構えていた、そのとき。
「!?」
どこからか、数本の矢が飛んできて咄嗟に避けたアルウィンの足元に刺さった。周りにいた王子の護衛何人かに矢が刺さり、その場に崩れ落ちる。
「奇襲だ!戦闘に備えよ!」
アルウィンの鶴の一声で少し遠くにいた貴族の護衛や騎士たちがそれぞれ剣を構える。魔力を練り、魔法の発動準備をする者たちもいた。
ライナス王子はもうこの場にいないが、王子を狙った奇襲なのか、それとも……異世界人である俺を狙ったものなのか分からず、俺はアルウィンを不安な面持ちで見上げた。
「ミト、安心しろ。気配は人間だ。妖怪や獣人ではない。人間が相手なら俺は絶対に負けない。すぐにミトを安全な場所に転移させたいんだが俺がいなくなると残された者たちの危険度がぐんと高まる。それくらいの魔力を感じている。すまないが少しだけ辛抱していてくれ。必ず守るから」
「…うん、俺は大丈夫。アルウィン、気をつけて」
「あぁ」
俺が狙いかもしれないと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのは妖怪の姿だった。しかし気配が人間だとアルウィンが言うのならそうなのだろう。俺にはさっぱり分からないが、人間相手ならアルウィンは後れをとらない。
矢が放たれてきた方向から黒装束に身を包んだ10人くらいの人間が現れる。全員弓と矢を持っていることに俺は違和感を覚えた。
こちらの騎士はみんな剣を構えているのに矢ではあちらの方が分が悪いはずだ。それなのに誰1人剣を構えず、魔法を使うような素振りもない。しかしアルウィンは危険な魔力を感じると言っていた。
矢が刺さって崩れ落ちた護衛数人を見ると、刺さった箇所は腕や足など致命傷にはならない箇所のはずなのに、全員意識がなさそうだった。それは、つまり。
「あの矢!たぶん強い毒か魔法かなにかがかかっている気がする!」
「ミトの言う通りだ!矢の先に強い魔力を感じる!気を付けろ!」
俺の言葉にアルウィンが危機感を募らせ、こちら側の人間に周知する。数では圧倒的にこちらが有利だが、どんな効能のものが矢に付与されているか見ただけでは分からない。油断は出来ないとピリピリとした緊張感がはしる。
そして黒装束の集団は再び矢を構える。俺が狙われているのかと思ったが、彼らの矢の矛先はバラバラだった。放たれた矢を剣で切り落としていきながらじわじわと彼らに近付いていくアルウィン。俺は少し後ろに下がり、別の騎士たちに囲まれながら息をのんで見守っていた。
再び矢が放たれようとしている。次は1本ではなく何本も矢を弓にかけているのが分かった。そして放たれると同時に、その矢は意思を持ったかのようにバラバラに動き、驚いた騎士たち何人かに刺さっていく。アルウィンは難なく切り落としていたがドサドサッと人の倒れる音が確実に増えていった。
俺は矢が刺さり倒れた騎士たちの様子を注意深く観察する。顔色はよく出血しているような様子もない。どうやら眠らされているだけのようだった。
一体何が目的なのかと黒装束の集団を睨み付ける。そのうちの1人と、俺は目が合ったような気がした。目だけを出し鼻も口も黒い布で覆っているが、どこかで見覚えがある特徴的な狐目。ひょろりとした細身の体型。浮かんだ名前に信じられない思いで目を見開き、吐息のような声を溢した。
「マルセル…」
あの特徴的な目は間違いなくマルセルだ。今はまだ自宅謹慎の期間中のはずだ。反省して戻ってきたら友達になろうって言ったじゃないか。それなのに、なぜ。どうしてそんな格好で、こんなことをしているのか。
「お前たちは何者だ!目的は何だ!」
アルウィンが黒装束集団に問いかける。俺はマルセルがいることをアルウィンに伝えたかったが、彼の名前をここで出すべきなのか戸惑ってしまい、声にならなかった。
「そこの異世界人を渡してもらえるならば、あなたたちを傷付ける気はありませェん!」
返ってきたマルセル独特の話し方に、やはり狙いは俺なのかと唇を噛む。マルセルはまだ俺のことを許せなくて殺したいんだろうか。友達になれると思っていたのに、まだ彼の嫉妬の炎は消えていなかったのだろうか。悲壮な感慨が、胸に潮のごとく湧きあふれる。
しかし前回は個人で俺を狙ったのに対し、今回は集団で攻撃をしてきていることが引っ掛かった。マルセルのために協力してくれているだけだとしたら、あまりにも物々しい雰囲気に違和感がある。
「貴様ら…その紋様…ビンスカースの人間だな?なるほど、ペンドリックに間諜として潜り込んでいたのが今になって結集したか!」
「さすがは名誉騎士殿、ご名答。我々はビンスカース国の誇り高き戦士であァる!」
え、そうなの?黒装束に模様なんて見つからないが、確かにうっすらと灰色の部分が黒マスクの右下にある気がする。一瞬で見破ったアルウィンの凄さに舌をまいた。
確かビンスカース国はペンドリック王国の東側に位置する小さな国で、その領土はペンドリック王国の8分の1だと習った。元はもっと広い領土を持っていたが、先の戦争でペンドリックに負けたことで今の国の規模となったらしい。
マルセルは子爵令息のはずだがビンスカースの人間だったのか。子爵家に養子として迎えられたならそれも可能だが、彼が他国の人間だったことに俺は衝撃を受けていた。
「そこの異世界人に聖魔法を使われることも、聖魔法を使える子を産み落とされることも、我がビンスカースは阻止させて頂きまァす!聖魔法がなければペンドリックは約10年で結界が壊れるのだからこの好機を逃してたまるものですかァ!」
なるほど、事の全貌が見えてきた。つまり、ビンスカースはペンドリックに取られた領土を取り戻したいのだ。しかしペンドリックはずっと聖魔法による結界で守られており、侵攻が出来ない。俺が聖魔法持ちの子を生むことも、俺自身が使えるようになろうとしていることもビンスカースの人間には不都合なのだ。
他国にはペンドリックの聖魔法結界があと僅かしかもたないことはもちろん発表などされていない。それを知るのは国の王族と政治を動かしている宰相を筆頭にした官僚、そして選ばれし高位貴族のみだと聞いている。
しかしマルセルは子爵令息として王宮に来る機会が多かったはずだ。王宮に入り込んだ時に何かしらの手を使って結界の情報を掴んだのかもしれない。スパイは彼だけではなく黒装束集団全員っぽいからあの中に国の中枢まで上り詰めた人間がいてもおかしくはない。
え、俺、他国にまで命を狙われる身だってこと?じゃあマルセルの個人攻撃はスパイとしての攻撃だったってこと?マルセルが失敗したからこうして集団で襲ってきているってこと?マルセルの王子への恋愛感情うんぬんの話は嘘だったってこと?……最悪じゃん。
俺は友達になれると思って減刑を頼んだのに、敵に塩を送っていたらしい。ちょろい自分の愚かさに嫌気がさして思わず叫び出したくなった。
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