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毒を盛られ死にそうになる
しおりを挟む公爵家に向かう前から若干疲れていた身体は、公爵家を後にする頃にはげっそりと感じるほど疲労困憊だった。何とか笑顔でエレノア様たちに別れの挨拶をして来た時と同様馬車に乗り込む。
いろんなお話が聞けて楽しかったしネッドくんはとても可愛いかったが、エレノア様の着せ替えごっこに付き合わされたのはかなりしんどかったため、もうしばらくは公爵家に近寄らないようにしようと決意した。
ケーキを食べすぎたのか、ドレスを着替えすぎたのか、馬車に揺られてからしばらくして俺は強い吐き気と目眩に襲われた。
「ミト、顔色が酷い。これは…」
「様子がおかしいってものじゃないな。馬車を止めろ!我々は至急王宮に転移する!」
王子の一声で一瞬浮遊感があり、自分の部屋に転移で戻ってきたことを空気感で察した。急速に具合が悪くなり、目を開けることが出来ない。呼吸が上手く出来ない。
「ひゅっ…ひ、ぃ」
「ミト、ミト!殿下、至急治癒篩を呼んで参ります。しばらくの間ミトを頼みます」
「分かった。この症状は…毒物だ。毒を盛られた可能性が高い。毒に詳しい治癒篩を連れてこい」
「っ…御意」
アルウィンと王子の言葉が上手く聞き取れない。何かに寄りかかっているが、それが壁なのか床なのか、はたまた人なのかも分からない。酸素が脳に行き渡っている感覚がなく、次第に意識が遠くなる。
「くそっ…しっかりしろ!もうすぐ楽になるからそれまで頑張るんだ!努力家なお前なら出来るだろう!」
「は、ひゅ…ッ」
「大丈夫だ、大丈夫だからな…!もう少しの辛抱だ!」
誰かが耳元で何かを叫んでいる声がどんどん遠くなっていく。視界に入る光の量が暗闇にのまれていく。俺はこのまま死ぬのかなとぼんやり思いながら、死ぬ前にアルウィンに気持ちを伝えればよかったと後悔した。
そうして俺は、朦朧とする意識に抗えず、自分の肉体と精神の輪郭が薄くなっていくような感じがした。意識も視界も、闇一色に染まった。
***
意識がふっと覚醒した。何度か瞬きを繰り返し、呼吸が楽になっていることに気付く。右の手が温かい何かに包まれているような気がしてそちらに視線を向けると、俺の手を握りながらベッドに頭を預けて眠るアルウィンの姿があった。
ピクリと手を動かすとアルウィンが鞭を叩かれた馬のような早さでガバリと身を起こす。俺と目が合うと、安堵に滲んだ表情を見せた。
「ミト…!よかった…!気分はどうだ?痛むところやおかしなところはあるか?」
「ううん、ないよ。アルウィン…俺、一体どうしちゃったの?」
「…遅効性の毒を盛られたんだ。丸2日も昏睡状態でかなり危険だった。俺がそばにいながらこんなことになって…本当にすまない」
「毒…?どこで毒が?まさか公爵家のアフタヌーンティー?でもみんなも食べて俺だけなんだよね?」
「あぁ。ミトの飲み物にだけ毒が盛られていたことは分かっている。今現在、公爵家にてライナス殿下が直接調査を行っている。エレノア様は顔を真っ青にしてミトの身を案じておられた」
「紅茶に毒が…やけに紅茶が苦いなとは思ってたんだよね。でもみんな同じものを飲んでいるしそういうものなのかと思ってた」
「本来は致死量の毒が盛られていたようだが、ケーキをたくさん食べたことによって少し中和されたおかげで助かったんだ。一歩間違えれば……恐ろしいことに」
とても苦しんでいて、またその苦しみがすべてひとつ残らず、皺や歪みになって顔に出ているのが分かるほど苦痛な表情を浮かべるアルウィン。俺の頬に手を伸ばし、優しく壊れ物を扱うように触れる指先は、目で見てハッキリと分かるほどに震えていた。
「すまない…本当に…ミトの護衛騎士なのに俺は…」
「自分を責めないで、アルウィン。悪いのはアルウィンじゃなくて毒を盛ったやつなんだから。もう犯人は分かっているの?」
「…毒を盛った犯人は公爵家に最近使用人として雇われたメイドだった。しかし間違いなく誰かの指示により、脅しに近い形で毒を盛ったのだろうと事情聴取をした殿下がおっしゃっていた」
「俺、ビンスカースの人間とはまた別の人間に命を狙われたってことなんだね…指示をしたって人は分かった?」
「それを聞く前に、メイドが牢屋の中で予め歯に仕込んでいた毒で自殺してしまった。すまない、大きな手がかりになる人物でありミトを苦しめた実行犯をみすみす楽にさせてしまった」
「そっか。そのメイドさんも大切な人の命を盾に脅されて致し方なくやったんだろうに死ぬなんて…」
俺のせいだ。俺が命を狙われるような存在だから、全く関係のない女性が駒として利用され犠牲となってしまった。俺がいるせいで、アルウィンは自分を責めている。
妖怪や獣人、他国の人間に狙われるばかりでなく、また新たなどこの誰とも分からない人間が本気で俺を殺そうとしている。その事実が胸に重くのしかかり、俺はこの世界で存在しているだけで罪になるんじゃないかとさえ思えてしまう。
「エレノア様たちが気を病んでいないか心配だな。公爵家は今回のことに関与していないだろうし」
「ミトは本当に自分のことより人のことを気にするんだな…もちろん公爵家に非はないと認められた。メイドの戸籍や名前は別人のものを使われていたようで、公爵家も騙された形になる。用意周到に仕組まれた計画的犯行のようだ」
「あんなに幸せそうな公爵家が疑いの的にならないなら本当によかった。実行犯が死んでしまったなら黒幕に繋がる手掛かりはほとんどなさそうだよね…」
「……あぁ、そうだな」
少しの間が気になったが、アルウィンから天井に視線を移して、俺は意識が途切れる前に思ったことを実行するか迷っていた。こんなにも命を狙われている俺なのだから、一体いつまでラッキーくじを引いて助かり続けるか分からない。
次こそは本当に死ぬかもしれないと思ったら、やり残したことがないように、後悔がないように人生を終えたい。もちろん簡単に死ぬつもりはないが俺には抵抗出来る武器が何もない。万が一の時のために、アルウィンに気持ちを伝えたいと強く思うようになっていた。
アルウィンの指が先程から俺の頬をゆるく撫で続けていることも、その思いに拍車をかける。最近俺に対してめっきり甘すぎなほど甘くなった今の彼になら、気持ちを伝えても大丈夫なんじゃないだろうかと思えてくる。
しかしふと、瑠璃色の彼女を思い出してそんな考えを打ち消す。まだアルウィンはリジーさんと婚約している身だ。婚約解消について今度話そうと言っていたのを聞いてはいるが、あれからアルウィンとリジーさんが会っている様子はないし、きっと話は進んでいないだろう。
そう思うと俺の気持ちを伝えてもアルウィンを困らせてしまうかもしれないし、伝えるのが遅ければ遅いほどその間は何が何でも生き延びようとする活力になりそうな気がした。
「アルウィン…目の下に隈が出来てる。もしかしてずっと寝ていないの?」
「…治癒師に解毒はしっかりされたと聞いたが、ミトが目を覚ますまでは不安で仕方なくて眠るどころではなかった。このまま二度と目を覚まさなかったらどうしようかと…こんなにも恐ろしいと思ったのは両親が目の前で殺されたとき以来、それ以上だ。幼かったあの時よりも今回の方がハッキリと強い恐怖を感じていた」
「心配かけちゃってごめんね。ずっとそばにいてくれてありがとう。目が覚めてアルウィンがそばにいてくれたから安心したんだよ」
「俺にはそれしか出来ることがなかった。ただ願うことしか出来なかった。こんなにも神にすがって懇願したのは初めてだ」
「ふふ、懇願してくれたんだ。嬉しい」
アルウィンが睡眠もとらず、俺の心配をしてずっとそばにいながら神に願い続けていた事実は胸をキュンとさせるほど嬉しかった。そうまでするほどアルウィンにとって俺の存在が大きくなっているのだと思うと、顔がだらしなく弛みそうになる。
目の下に隈をつくっても男前さを微塵も失っていないアルウィンのシルバーの瞳がきらりと煌めく。それは涙が滲んでいたのかもしれないし、ただ光に反射しただけなのかもしれない。
俺は彼の美しく不思議な色彩をした瞳をずっと見ていたくて、じっと見つめてしまう。アルウィンも何も言わず、俺を見つめ返してくれていた。
そんな俺たち2人だけの世界に突如扉が大きく開く音が聞こえ、アルウィンと共にそちらに視線を移すと眉間に皺を寄せ、口をへの字にしているライナス王子が登場した。
「目覚めてるではないか!なぜ僕に報告をしに来ないのだ!」
「申し訳ありません、殿下。ついさきほどミトが目覚め、気分や調子の悪いところはないか尋ねておりました」
「ふん、僕が必死に調査しているというのに護衛騎士だからと言ってこいつの側にへばりつきおって!おい、体調は大丈夫なのか」
「う、うん。王子も心配や迷惑かけちゃったみたいでごめんね。公爵家に調査してくれているって聞いたよ。忙しいのにありがとう」
「べ、別に心配などはしておらん!公爵家で毒殺未遂があったのだから第一王子の僕が調べるのは当然のことだしな!」
相変わらず素直ではないが、いつも完璧な美貌を輝かせている王子も少しやつれているように見えて、きっと俺のために頑張ってくれただろうことが分かり微笑ましくなる。
「まだ黒幕の正体は突き止められておらんから、お前はまた狙われる可能性が高いことを忘れるな!しばらくは王宮から出るなよ!侯爵家や公爵家…お前が外に出るたびに僕に無駄な仕事が増えてたまったものじゃないからな!」
「うん、しばらく大人しくしておくよ。本当にごめんね」
「ふん!2日も眠りこけていたとはいえ、まだ万全な状態ではないだろうから安静にしておくように!優秀なこの僕が黒幕をさっさと突き止めてやるからな!」
「ライナス王子、ありがとう」
アクアマリンの瞳を真っ直ぐ見て感謝の気持ちを伝えると、恥ずかしかったのか、頬を赤く染めた王子は大袈裟にくるりと踵を返して部屋から出ていった。
きっと俺が目覚めるのを王子も待ちわびていてくれたのだと思う。彼の言葉は裏を返せば、安全な場所にいて早く体調が良くなりますようにとも聞こえた。彼なりの心配と気遣いを感じられて俺は胸が温かくなった。
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