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公爵夫人による着せ替えごっこ
しおりを挟むケーキや紅茶を嗜みながらウィンストン公爵との馴れ初めやネッドくんの成長話などを聞いて楽しい時間は過ぎていく。
エレノア様とウィンストン公爵は最初こそ政略結婚だったが、次第に2人は思いを交わし、お互いを心から愛する素敵な夫婦となった。始まりはどうであれ、過程の中で愛する努力や気持ちを通じ合わせる努力をすればエレノア様たちのように俺も幸せな結婚が出来るのだろうかと期待してしまう。
ちらりと隣のアルウィンに視線を向けて、すぐに俺の視線に気付いた彼は俺にだけ分かるように優しく微笑んでくれる。その表情があまりにもかっこよくて、物語の中の王子様のようで、目の前に本物の王子様がいるというのに俺の鼓動はアルウィンに反応してうるさかった。
三段のスタンドに乗っていたケーキや惣菜、お菓子が綺麗になくなり、3杯目の紅茶を飲み終わったところで忘れかけていたエレノア様の要望を叶えるために、俺とエレノア様は一度別室に移動となった。
すぐ隣の部屋は衣装部屋と言っても過言ではないほどの衣装がハンガーラックに並べられていて、そのどれもがどこからどう見ても女物で顔が引きつる。
俺が着替えさせられる服はどこにあるのかと部屋中を見渡しても女物、女物、女物。やはり俺の嫌な予感は当たり、俺は女装をさせられるようだ。しかし黙って言われた通りに着るのは癪なので、ギリギリまで粘ってみることにした。
「ミトちゃんは何色がお好き?黒髪ですからどんな色も似合うでしょうけどこれなんかはどうかしら?」
「あの、全部女性のお召し物のような気がするんですが…男物はどちらに?」
「あら、ミトちゃんはとっても可愛いらしい童顔なんですもの。男物より女物のドレスが絶対に似合いますわ。縦型のラインよりもふんわりしたドレスがより似合いそうですわね」
「ですが髪の毛は短いですし、女性の、しかもエレノア様のお召し物をお借りするわけには…」
「あら、これらは全部私の趣味で集めたドレスたちで私が普段着るドレスとは別ですわ。ですから遠慮なく着たいものを着て下さいな」
「そ、うですか…凄いですね…」
軽く小さな洋服店が開けるレベルの量はあるが、これらがすべてエレノア様は着用せず、趣味で集めたとは驚きだ。さすがは公爵家、お金の使い道も貴族である。
「つけ髪もありますのよ。ミトちゃん用に黒いつけ髪も用意しましたし、髪の毛もドレスに合うように整えられますから安心してちょうだいね」
「…はい」
エレノア様の穏やかだけど優しい圧におされ、あんなに美味しいアフタヌーンティーをご馳走になった後では断りづらいこともあり、俺は白旗をあげた。
どんなドレスを着たところで笑い者になるだろうが、これもエレノア様を喜ばせるためなら仕方ないと腹を括る。やるならとことんやってやろうと気合いを入れた。
「この色なんかはライナスの色みたいでとっても素敵じゃない?」
「…いえ、そのドレスは遠慮します。出来ればワインレッドとかボルドーのような色味のドレスはありますか?」
「あら、ミトちゃんは明るい色より暗めの色がお好きなのね。それならこっちのドレスはどうかしら」
「あ、色味は素敵ですね。でもこんなに腰の部分が細くて俺着れるかな…」
「全く問題ありませんわ。一旦着てみて下さいな」
エレノア様に手渡されたドレスは紫色に近い赤で、アルウィンのワインレッドよりは紫味が強く黒のフリルが縦型に縫われている。逆にこれくらいの色がアルウィン色を着たいと思ったことがバレないかもしれないと思い、サイズが合うか分からないが着替えてみることにした。
こんなドレスを1人で着替えるなんて出来るのか分からなかったが、何とか後は背中の紐を縛ってもらうところまでは着られた。心配していた腰のサイズもジャストサイズで、俺ってこんなにウエスト細いのかと男として若干プライドは傷付いたが。
試着室のようなカーテンで仕切られた空間から外に出てエレノア様に御披露目すると、手を叩いてキャッキャと喜ぶ彼女に背中の紐をきつく縛って結んでもらう。
女性はこの下にコルセットやバニエなどを着るのですよとエレノア様に説明されたが、その用語が一体どんなものか分からず首を傾げながら、女性って大変なんだなというありふれた感想しか出て来なかった。
ドレスが着れたらわざわざ俺のために用意したという黒髪のくるくると巻かれたつけ髪を耳の下につけられる。そうすると俺の髪の長さが胸あたりまであるように見え、ドレスも相まって女性に見えなくもなかった。
それでも鏡の中の自分に違和感しかなかったが、仕上げと言わんばかりにエレノア様が俺の顔になにやら化粧らしきものを施していく。
一体何をされているのかさっぱり分からず身を固まらせていることしか出来なかったが、完成したと見せられた鏡にうつった自分はどこからどう見ても貴族の女性のようだった。
「とっても素敵ですわ!」
「え…これ本当に俺ですか?」
「ミトちゃんに決まっておりますでしょう。どこに出しても恥ずかしくない可愛らしい淑女の出来上がりですわ!さぁ、早くみなさんに御披露目致しましょう。きっと腰を抜かして驚きますわよ」
「な、なんか恥ずかしくなってきました…」
「恥じらうミトちゃんもなんて可愛らしいのかしら!もう最高ですわ!自信を持って下さいな。あなたはとっても可愛いのですから」
「は、はぁ…」
なんだろう、アルウィンに可愛いと言われると心の底から嬉しいと思うのに今は嬉しいよりも困惑の方が大きい。この格好を見たアルウィンはどう思うのだろうと考えると、隣の部屋に向かう足が重かった。
エレノア様に半ば引きずられるようにして扉の前に着き、先にエレノア様が中に入る。俺は呼ばれるまで廊下で待機するように言われ、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
何とか踏ん張っていると中からエレノア様の声で名前を呼ばれ、転ばないようにドレスの裾を軽く持ち上げながらアフタヌーンティーの部屋へと入り、扉を閉めた。
アルウィンの反応を見るのが怖くて俯きながら少しずつ前に進む。誰かが小さく息をのむ音が聞こえてきて、変に思われていないだろうかと進む足が震えた。
「ミトちゃん、どこからどう見ても可愛らしい女性でしょう?口紅とチークをつけただけのお顔ですのよ」
「みゅと?おんなの子になっちゃったの?」
「ふふ、ネッド、ミトちゃんは女の子の姿にもなれるのよ」
「しゅごーい!」
ネッドくんが興奮した声が聞こえるが、一向にアルウィンとライナス王子の声が聞こえてこない。俺は2人の反応を確認するために恐る恐る顔を上げた。
するとそこには、顔を真っ赤にして固まるライナス王子と、目を大きく見開き、驚いた様子のアルウィンが俺の方を凝視していた。
「あら、ライナスもアルウィン殿もミトちゃんの変貌に驚いて声も出ないかしら?」
「…!あ、姉上!さすが姉上の技術です!あのちんちくりんがどう見ても女性に見えます!」
「素直じゃないわね。可愛いの一言も言えなくては男として恥よ」
「か、可愛いなどとまでは…!た、確かにその、可憐…かもしれませんが、姉上の美貌を前にしては比べるほどのものではありません!」
「ライナス、一言余計よ。相変わらずその癖は直らないのね」
俺が王子に対してよく思っていることをエレノア様が言ってくれてバツが悪そうな顔をする王子にスカッとした気分になる。呆れたような顔をするエレノア様に心の中で感謝をし、まだ一言も発さないアルウィンをおずおずと見上げた。
「あ、アルウィンは…どう思う?」
「……とても、似合っていらっしゃいますが…いつものミト様の方が私は好きです」
「っ!」
真っ直ぐとそう言ったアルウィンの言葉に心臓がトランポリンに向かって落ちたように大きく跳ねる。女装した俺よりもいつもの俺の方が可愛いと言われているみたいで、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなった。
「ま、まぁ!確かに一理あるな!ちんちくりんにはそのドレスは分不相応だろう。元の服装に着替え直して来い!」
「あら、何を言っているの?ミトちゃんにはまだまだ着てもらいたいドレスがたくさんあるのよ。私が満足するまでいろいろ着てもらいますわ!」
ライナス王子の一言は救世主のようだと思ったのも束の間、俺は意識が遠くなった。エレノア様はここからが本番だと言わんばかりにまた俺を衣装部屋に引っ張り、その後俺は数えるのも億劫になるほど着替えさせられた。
次第に俺の女装姿に見慣れてきた王子は興味なさそうに、アルウィンは心配げに俺を見るようになっていた。途中から背中の紐を縛られるたびに食べたケーキが逆流しそうになりながらも、次から次へと着替えていく。服を着替えるのってこんなにも疲れるものなんだなと、前の世界のモデルという仕事をしていた人すべてにリスペクトの念を抱いた。
こうしてずっと興奮していたエレノア様の気がすむまで、彼女の着せ替え人形ごっこは続いた。ネッドくんはいつの間にかお昼寝の時間だったらしく、いなくなっていた。
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