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混ぜるな危険の3人が揃う
しおりを挟む俺とドロモアのやり取りを少し離れたソファの前に立って見ていた王子がこめかみをひくひくと動かしている。怒り大爆発3秒前といった様子の王子に俺は肝を冷やし、ドロモアを撫でる手を止めて王子に愛想笑いを向けた。
「お、王子!落ち着いて、ね?ドロモアは敵ではないし、いい奴だからさ」
「一度でもお前の命を狙ったやつではないか!」
「それは…獣人の間にも何か理由があるっぽいんだけど、もうそれは解消されたみたいだよ。だから獣人が今後俺を殺そうとすることはないって報告に来てくれたんだ」
「…ふん、どうだか」
俺の言葉を聞いて一旦ピークの怒りは過ぎたのか、ソファにふんぞり返って座り直した王子に苦笑を溢す。ドロモアを見上げるとやはり無表情で俺を見下ろしているが、全然帰る気はなさそうだった。
「ドロモア、ウィルマは元気?」
「ん。着いてこようとした。叱った」
「そっか、ウィルマにも会いたいけどここまで来るのは危ないからね…もう獣人が俺を狙わないなら、獣人村に行ってみたいなぁ」
「な、なにをバカなことを言っておるのだ!お前は本当にバカなのか!?」
「えー?だってドロモアがいるし、俺は殺されないなら獣人村でいろんな獣人と交流を深めるのもいいと思ってさ」
「ミト、他の獣人、近付くな」
「え?なんで?」
「気に入られる」
「そうなの?気に入られるなら良いことじゃん!」
「…嫌だ。俺が」
「ふふ、ドロモアも可愛いところあるんだ」
表情は変わらないのにしっかりと不貞腐れたように見えるのが不思議だ。図体は大きいのに、俺の小指をちょこんと握るドロモア。なかなか懐かなかった猫が突然デレてきた時のような胸キュンを感じた。
ドロモアの頬を撫でようと手を伸ばしたとき、氷のつららが王子の方から飛んできて、ドロモアが咄嗟に手で受け止めるとつららは粉々になって床へと落ちた。
「な、なにしてるの王子!」
「こいつ、敵か」
「違う違う!たぶん腹の虫が悪いだけだと思う」
「…さっきっからお前らは何なんだ!目障りなことばかりしおって!おい、そこの獣人はとっとと自分達の村へ帰れ!」
俺たちのもとまでズカズカと大股で近付いてきた王子は、俺の肩をぐいっと王子の方へと引き寄せ、ドロモアを睨み付けるようにして言葉を吐き出す。
これが獣人ではなく人間相手なら、問答無用で牢獄にぶちこんでいただろうが、相手は並外れた身体能力を持つ獣人だと王子もよく分かっているのだろう。獣人を敵に回すとただではすまないと理解しつつ、大きな攻撃を仕掛けられないのが悔しいのか、王子の歯軋りをする音がはっきりと聞こえた。
その時だった。室内に転移魔法の気配がして、ワインレッドの髪が視界にうつる。目が合ったと思えば、アルウィンは殺意を滲ませている目で俺たち3人を捉えた。
「ミトに攻撃をしたのは…どちらだ」
底の深い谷底から響くような低い声でアルウィンが問う。俺はドロモアに頬を舐められた時にアルウィンが帰ってくるかもしれないと一瞬思ったから、わりと遅かったなと呑気に考えていた。
「ふん、こいつに攻撃したのではない。この獣人にこいつが手を伸ばしたから氷柱を飛ばしただけだ」
「…殿下、ミトの肩から手を離して頂きたい」
「なぜだ?こいつは将来僕の妃となる存在。僕が触れて何が悪い?」
「妃…?番…ミト、ダメ」
「なぜまた獣人がここにいる?ミト、侵入を許したのか」
「えっ…あー、いや…頑張って帰そうとしたんだけど俺が最近外に出てこないから心配して来てくれたみたいで…」
「ならばもう用はすんだだろう。獣人よ、獣人村に帰れ。ミトは俺が守っているから大丈夫だ」
「…ミトは、俺の主」
「殿下もなぜ俺のいない隙にこの部屋に?ミトと何を話されていたんですか」
「そんなのお前には関係ない。これは僕とこいつだけの問題だからな!おい、決してこの騎士に何も話すなよ」
「…う、うん」
どんどんと室内の空気が圧迫されていくように雰囲気が悪くなっていく。険悪な顔でアルウィンが俺の肩を掴む王子の手を凝視していることに気付き、俺は王子の手をさりげなく外した。王子はピクリとこめかみをひくつかせたが、何も言わなかった。
混ぜたら危険な3人が同じ場に居合わせてしまった。やはり彼らは馬が合わないようで、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気だ。この空気を変えれるのは俺しかいないと思い、なるべく明るい声を意識して声を出した。
「み、みんな仲良くしよう!ドロモアが俺を獣人には狙われないように話をつけてくれたんだ。その報告に来てくれただけで、俺たちは全員仲間とは言えなくても敵ではないんだし、冷静になっていろいろ話し合えば…」
「ふん、こんな奴らと話し合うなど反吐が出る。今日のところは僕も調査の続きがあるから引くが、また僕と2人きりの時間を作るようにな!」
「あ、はい…」
「ミト、俺帰る。ウィルマ、向かってる気配ある」
「え!それは大変だ、ウィルマが王宮に侵入する前に連れ戻してあげて」
「ん」
そうして運良くと言っていいのか、王子とドロモアが退散したことで室内の圧迫されていた空気は幾分かマシになった。ホッと息をついたところで、俺の目の前には厳しい表情をしたアルウィンが。
恐る恐る見上げると、彼はこれまでにないほど怒りを携えているように見えて、バンッと俺の後ろの壁に両手をついて俺を腕と腕の間に閉じ込めた。
「あ、アルウィン…ごめん、俺…」
「何を話した?何をされた?何を隠している?」
「え、いや」
「本当はもっと早く帰って来たかったが子供たちに離してもらえなくてな、1人寂しくさせたから拗ねていたのか?」
「そ、そんなことはないけど…」
「ミト、王子とは何を話していたんだ?」
「えーっと…毒を盛った黒幕の調査がどのくらい進んでいるとか、体調はどうだとかそんなこと…」
「嘘をつくな。ミト、俺には話せないのか?」
「…アルウィンも、俺に隠していることがあるでしょう?」
「何だと?」
頭の中で警鐘が鳴っている。やめておけ、ともう1人の自分が慌てているのに、何で俺だけ責められているんだと不貞腐れる俺が前に出てこようとする。
「アルウィンは何をそんなに怒っているの?俺はアルウィンが最近、どこかに行って帰ってきても問い詰めたり無理に聞き出そうとしたりてないよ。アルウィンを信じているから、必要なことなんだろうと思って何も聞かないようにしていた。アルウィンは俺のことを疑っているの?」
「…そういうことではない。ミトの全てを知りたいんだ。どこで誰とどんな話をしたのか、俺の知らないミトがいると思うと苛ついて仕方がない」
「でも俺もアルウィンの知らないことはたくさんあるよ。全てを知ろうだなんてそんなのはずっと一緒にいないかぎり無理だよ。俺たちは他の人たちより随分一緒にいるし、それで十分じゃない?」
「ミトは俺がどこで誰と何をしていても気にならないのか?どうでもいいのか?」
何で恋人でもないのにこんな痴話喧嘩みたいな会話を俺たちはしているんだろうと、冷めた思考で考える。アルウィンは恋をしたことがないと言っていた。だからこの言動も俺に恋をしているからではない。
四六時中そばにいて護衛をする対象に愛着がわき、飼い主がペットに抱くような、子供が初めてのオモチャに抱くような、そんな独占欲を抱えているだけだ。
「どうでもいいんじゃなくて、アルウィンにも俺に知られたくないことがあるだろうし、アルウィンの意思を尊重したいだけだよ。知りたくないことまで知るくらいなら…俺はアルウィンのすべてを知りたいとは思わない」
「……俺だけなのか、この思いは」
「アルウィン、一旦冷静になろう?俺たちはお互いに大人だ。大人同士がお互いのすべてを知り尽くすなんて24時間ずっと一緒にいれるなら可能かもしれないけど、俺たちはそこまでじゃないでしょう?知らないことがあるのも当たり前なんだよ」
「だが、話して教えてくれたら知ることが出来るだろう。俺は今日孤児院であったことをすべて話すつもりだった。ミトも俺のいない間にあったことをすべて話してくれないか」
「うーん…話せる範囲でなら話すけど…」
アルウィンがこんなにも聞き分けが悪いとは思っておらず、驚きと困惑で立ち尽くす。喧嘩をしたいわけじゃない。アルウィンを怒らせたいわけじゃない。
しかし王子は宰相を疑うならアルウィンも疑わざるを得ないと言っていた。俺はアルウィンを少しも疑っていないが、王子との話を彼に話すのは難しい。俺が王子の捜査妨害をする可能性にもなるからだ。
逡巡していると、壁に手をついていた両手のうち左手を俺の頬に持っていく。ひやり、冷たい指先が頬に触れた途端、アルウィンはさらに表情を険しくさせた。
そう言えば前回ドロモアに頬を舐められたとき、アルウィンが激昂した様子を思い出す。あの後は消毒だと言って彼に触れられたのだ。また正直に言ったら、俺に触れてくれるだろうかと悪魔の思考が顔を出した。
「…頬が、湿ってるのはなぜだ」
「それはまたドロモアに頬を舐められたんだ。俺への挨拶なんだと思う」
「挨拶、だと…?」
ビリビリとアルウィンの纏う空気が緊張感と怒気を含んでいく。俺は好きな人にまた触れてもらえるチャンスだという期待と、何で正直に言ってしまったんだという後悔の狭間で揺れていた。
アルウィンの指が俺の頬を強く擦るように撫でていく。何かを落とすような、消すような動きの指に、これはお気に入りのオモチャに勝手に触られた子供がするのと同じことだと必死に言い聞かせる。勘違いを起こすなと必死に念じる。
「……ダメだ、我慢ならない」
そう、溢された声のあと。俺は、アルウィンに深いキスをされていた。
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