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騎士との間に初めて出来た壁
しおりを挟む大きく目を見開きながら、唇に触れている感触に集中してしまう。開いた唇の隙間から舌が入ってきて、その生々しさに見開いていた目をギュッときつく瞑った。
どうしてキスされているんだろうと冷静な俺が見下ろしている。しかしキスを受け入れている俺はそれどころではなかった。
上顎を舌で擽られるように触れられ、腰が震える。アルウィンからもたらされる熱に翻弄され、息をするのがやっとだ。どうして、なんで、と思いつつもずっとこの熱に溺れていたいとも思う。
好きな人からキスをされているという事実。一度目は、勘違いしないように、思い上がらないように彼の欲求不満だと結論付け、考えることから逃げた。しかし、今回はそうもいかないほどの、情熱的なキスをされている。
「んぅ、はっ…」
唇と唇の隙間からどちらとも分からない熱い吐息が逃げていく。荒くなっていく息、上がっていく体温、震えて立てなくなりそうな足腰。そのどれもが、夢のようだった。
いよいよ俺は足に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちそうになる。それをアルウィンの逞しい腕が支え、俺を軽々と持ち上げた。そのまま窓際からベッドへと運ばれる。どさり、背中に柔らかな感触がして一度唇が離れる。うっすらと目を開けると、獰猛な獣のように興奮した様子のアルウィンがいた。
「アルウィン…」
「…ミト」
お互いが、お互いの名前だけを呼ぶ。他に言葉はなかった。
止めないといけない、こんなことをしてはいけない、そう頭では分かっているのに身体がアルウィンを求めてやまない。もっと奥に触れてほしくて、アルウィンの首に手を回して引き寄せると、さらに深く舌が入り込んできた。
ぴちゃ、くちゅ、と濡れた音が静かな室内に響く。波形のように室内に音が広がっていく。
心臓がずっとうるさい。耳の横でドラムを叩かれているようにうるさい。俺の心臓の音だけなのか、アルウィンの心臓の音も重なっているからなのかは分からない。体温は、2つが混じって同じ温度になっていてもおかしくはなかった。
下唇をちゅうっと吸われて、隙間が出来る。銀色の糸が切れて、休憩のゴングが鳴ったようにお互いの視線を交わした。
「ミト、俺は…」
アルウィンが何かを言いかけた時、コンコン、と1つ、だけど大きなノックの音が俺たちの空気を切り裂いた。
まるでその音によって熱に溺れていた思考が引き上げられたように、俺はアルウィンの下から抜け出して扉の方に急いで向かう。後ろでアルウィンの戸惑う気配を感じたが、俺は火照った身体を誤魔化すように、扉に向かって声をかけた。
「はい、どちら様ですか?」
「ミト殿、ボードンじゃ。この扉を開けてもらえるかのう」
「も、もちろんです!」
外からおじいちゃん先生の声が聞こえてきて、珍しい訪問者に慌てて扉を開く。よぼよぼのおじいちゃん先生は杖をつきながら、室内に入ってきた。
「お取り込み中だったかのう?」
「い、いえ…でも珍しいですね。最近は授業もなくて寂しかったです」
「わしも今回の毒殺未遂事件においていろいろ動いておったからの、ミト殿には退屈な思いをさせてしまった。アルウィン殿、ごきげんよう」
「…ボードン様、お元気そうで。何用でございますか。緊急の用件でしょうか?」
「いや、近くに来とったんでな。ミト殿の体調がどうかも気になって顔を見に来たんじゃ」
いくつもの皺を目尻に寄せ、開いているのか開いていないのか分からないたるみで覆われた目が俺に向く。俺はおじいちゃん先生をソファに座るよう促し、外の使用人に紅茶とお茶菓子の準備をお願いしてから俺もソファに座った。
「俺はもう元気ですよ。まだほんの少しだけ毒が身体の奥に残っているとかで外出許可は出ていませんが」
「ほう?それはおかしな話じゃのう。ミト殿を解毒した治癒師から話を聞けば完全に解毒はされたから心配ないと言っておったが」
「え?」
「…ボードン様、本当にミトの様子を見に来られただけですか。他に目的があるのでは?」
「ほっほっほっ、お主は相変わらずミト殿に対して並々ならぬ執着を抱いておるのう。それを早くどうにかせねば、いずれ身を滅ぼすことになりかねないぞ」
執着…?なるほど、アルウィンは俺に対して執着しているのかと納得する。それがどんな種類の感情からくる執着なのかは分からないが、俺と同じ恋愛感情ではないことは確かだろう。
おじいちゃん先生が治癒師から解毒されきっていると聞いた話も気になるが、2人の会話は進んでいってしまう。
「ご忠告痛み入ります。ですが私はミトの専属護衛騎士です。ミトの周りすべてを疑ってかからなければ護衛は務まりません」
「ほっほっ、本当に疑うべきは他にあるかもしれんのにのう。あまりこれ以上肩入れしないのがお主のためじゃよ」
「…それは、どういう意味でしょうか」
「星に手は届かないということじゃ」
意味深なことを言うおじいちゃん先生に、俺は頭の上でいくつもハテナマークを作る。アルウィンは分かっているのか分かっていないのか、推し量れない表情でじっとおじいちゃん先生を見返していた。
「ミト殿、明日からわしも通常通りの生活に戻るつもりじゃ。また午前中、授業を始めるから寝坊などせんようにな」
「は、はい!ありがとうございます!」
「それでは若人たちよ、ご機嫌よう」
おじいちゃん先生はお茶菓子が到着した頃、入れ違いで部屋を出ていった。ほんの少しの滞在時間でも不思議な存在感を示していったおじいちゃん先生。俺は、ずっとポカンと口をだらしなく開きっぱなしだった。
「な、何かよく分からなかったけど明日から前の日常に戻ってもいいってこと?」
「…すまない、ミト。実は医師によるまだ完全に解毒されきっていないというのは俺が吐かせた嘘なんだ」
「え、何でそんな嘘を…」
「まだどうしてもミトをこの部屋から一歩も出したくなかった。しばらく王子は忙しいから魔力訓練も出来ないし、暇な時間が出来たらミトはどこかに行こうとすると思った。だからこの部屋に留めておくためにまだ回復しきっていないことにしたんだ」
これはいわゆる、俺を軟禁したかったってことだろうか。まさかアルウィンに嘘を吐かれているとは思わず、軽くショックを受ける。俺にあんな勢いで詰めてきたのに、アルウィンは俺に簡単に嘘が吐けるのだなと悲しくなった。
「ミト、すまない。これもミトのことが心配でしたことなんだ。嘘を吐いたことは悪いと思っているが、まだ黒幕が捕まっていない以上、外は危険なんだと理解してほしい」
「それは分かってるけど…アルウィンは、黒幕の正体に身に覚えは本当にないの?」
「……ない」
―――あぁ、アルウィン。また、俺に嘘を吐くんだね。
「…そうだよね。ごめん、変なことを聞いて」
「ミト、さっきの…キスのことなんだが」
「分かってるよ、欲求不満なんでしょう?あまり深くは考えていないから気にしないで」
「……」
俺は、初めてアルウィンに大きな壁を作った。でもそれは、アルウィンが先に壁を作ったからだ。
今まではアルウィンが俺に嘘をつく可能性を少しも考えないくらいに、アルウィンのことを全面信用していた。しかし、今日、アルウィンが俺に嘘を吐いていたことを知った。
そして注意深く彼の表情を見ていれば、何となく彼が嘘を吐いているかどうかが分かるようになっていた。それだけ俺たちは一緒にいたし、同じ時間を共に過ごしてきた。
アルウィンは、俺を毒殺しようとした黒幕の正体を知っている。なのに必死に調査している王子に報告もせず、黒幕を野放しにしている。
もしかしたら今は時期を窺っているのかもしれない。策を練っているのかもしれない。黒幕を捕まえるために、何かをしようと動いているのかもしれない。けれどそれは、俺に知らされることはない。
きっとすべて、自分の力でどうにかしようとしているのだ。アルウィンは、俺を守ることに固執してきた。俺が誰かに守られるのを嫌い、自分で俺を守ることに意味があるようだった。それだけ、誰かに頼らず1人でこなそうとする気質の持ち主なのだ。
そんな彼の意思を尊重したいが、寂しいものは寂しい。俺もアルウィンに頼られたいし、相談してほしい。一緒に策を考えたいし、一緒に犯人に立ち向かいたい。しかしそれを、彼は嘘で覆って許してはくれない。
今はアルウィンの顔を見ていられなくて、彼に背中を向けたまま無駄になってしまったお茶菓子を無言で棚に閉まっていく。見えない壁が、俺とアルウィンの間にはあった。
ギリ、静かな室内に歯軋りのような音が響いて肩が跳ねる。しかし聞こえていないふりをして、俺は無闇に棚の上を掃除し始めた。何かしていなければ落ち着かなかった。
「…少し、出てくる。決して外に出ないように。すぐ戻る」
「行ってらっしゃい」
俺を1人にしたくないと何度も言っているのに、何度も俺を1人この部屋に置いていく。それを恨むようなことはしないけど、寂しいものは寂しいし、所詮言葉なんて一時のもので持続性はない。
再び俺1人となった寂しい部屋の中、俺は気分を買えようとカーテンを開けた。窓の外に、蝙蝠がいた。
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