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謎の人物は氷のように冷たい
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ミトとボードンが退出した室内で、アルウィンとライナスはヒョウとライオンが睨み合うようにしてお互いに強い視線を注いでいた。一触即発の雰囲気の中、先に口を開いたのはアルウィンだった。
「ミトは突然異世界から連れてこられて、異世界での暮らしを余儀なくされました。彼は誰よりもこの国で幸せになるべきです。ミトの幸せを、奪わないで頂けませんか」
「…僕があいつを幸せには出来ないと?」
「ミトは私を愛してくれています。その気持ちを捨てさせ、無理やり殿下を愛するよう仕向けても、それは真実の愛ではない。本当の幸せではない。偽りの幸福の中にミトを縛り付けるおつもりですか」
「なぜお前だったのだ…!なぜ、あいつはお前を…!僕だってあいつのために頑張っているのに!なぜ僕ではなくお前なんだ!」
怒りに任せて掴んだグラスを壁に投げつけたライナス。壁にぶつかり粉々に割れたガラスが破片となって床にはらはらと溢れ落ちる。
「それは私にも分かりません。ですが、本当にミトを大切に思っているならば、ミトの幸せを願うはず。殿下はミトへの気持ちを利用して、自分の欲を満たしたいだけなのでは」
「そうだったとして何が悪いのだ!僕はこの国の第一王子だぞ!欲しいものは何でも手に入れてきた!欲しいと思った人間はあいつが初めてなのだからあいつも僕のものになるのは必然だ!」
「ミトをものとして考えているならミトがあなたを愛することは一生ないです。殿下、ミトを想う気持ちは私も同じなので報われなかったときのことを思うと痛いほどによく分かります。ですが1人を愛せたなら、また別の人間も愛せるはず。殿下には殿下を愛してくれる方が現れるはずです」
「僕は…僕を…」
ライナスはぐしゃりと美しいプラチナブロンドを握りつぶし、イスに力なく座り込む。アルウィンの言葉は真っ直ぐで正しいと分かっているからこそ、ライナスは余計に苦しく、虚しかった。
しかしライナスはいつだって努力してきた男だ。先の見えない、答えの見つからない研究に没頭し、どれだけの時間をかけてでも成果を出してきた男だ。諦めるということを知らない。
「…たとえお前とあいつが愛し合っているのだとしても、その愛が壊れないとは限らない。そもそも僕はまだあいつに僕の気持ちを伝えていないからな!僕にもまだ勝算はある」
「想う時間が伸びれば伸びるほど、苦しむのは殿下です」
「お前に僕の苦しみを心配してもらう義理などない!ひとまずボードン先生の元にいるということは触れ合う時間はないだろうからな、それで一旦停戦にしてやる。僕は誰に何と言われようとあいつを妃にすることを諦めない。たとえあいつが僕を愛していなかったとしても…身体さえ手に入ればそれで良い!」
「……」
ライナスの自分勝手な言葉にアルウィンは呆れ果て、口をきつく結んだ。ミトの心も身体も自分が守るのだと再び固く決意をし、アルウィンは一礼をして部屋を立ち去った。
残されたライナスは、自分で言った言葉なのに胸を突き刺されたような痛みを感じ、テーブルの上に突っ伏して項垂れた。訳も分からない悲しみに包まれていた。
その様子を、蝙蝠が見ていた。
***
おじいちゃん先生に連れられて着いた場所は、大図書館のある南塔。大図書館の隣にある部屋の扉が開かれ、俺は恐る恐る足を踏み入れた。
隣に大きな図書館があると言うのに室内にも木製の本棚がたくさんあり、四方を本に囲まれている部屋。簡易的なベッドとソファ、机がポツンとあるだけで無駄なものは省かれていた。
「ここが先生のお部屋なんですか?」
「そうじゃ。ミト殿の寝るベッドはこの先にある」
「え?この先?」
言葉の意味がよく分からず首を傾げていると、右側の本棚にある本を1つ取り出す素振りを見せたかと思えば、また元に戻したおじいちゃん先生。しかしそれと同時にガチャリと音が響き、本棚が扉のように開いて奥から隠し階段が現れた。
「すごい…」
「この部屋は万が一王宮に敵国が攻め込んで来た時に王族の方々を避難させる部屋じゃ。扉を閉めてしまえばいくつもある中から正解の本を引かない限り開かない。王族の方が何日も過ごせるよう、中はそれなりに優雅な造りになっておる」
「こんな場所があるなんて…さすがですね」
下へと続く隠し階段を下りていくたびに両脇のランプに明かりが灯っていく。階段を下りきるとまた本棚に見える扉があり、今度は1つの本を抜いて逆さまに入れると扉は開いた。
「わぁ…豪華だ…」
「ほっほっ、ここでなら1人でゆっくり休めるじゃろう。朝食は上で食べることになるから本当に寝るためだけの部屋じゃがな」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「ここには誰も入っては来れん。だから安心して眠りなさい。わしは国王にミト殿をしばらく預かることを報告してくるからの。明日、朝食が運ばれてきた後に起こしに来るまで好きに過ごしなさい」
「分かりました」
おじいちゃん先生が本棚の扉から出ていき、扉があった場所には本棚がおさまる。一見扉のない不思議な部屋が出来上がった。
室内は数人用に作られているからか、俺1人が過ごすにしてはとても広い。大きなベッドも4つあり、ソファやテーブルもゆったりと使えそうな大きさだ。
俺は右角のスペースを使わせてもらうことにして、ここに来る途中で自分の部屋から取った着替えなどが入った荷物を広げる。ある程度片付けて落ち着くと、寝巻きに着替えてふかふかのベッドの上に身を投げた。
しんと静まり返った室内に1人取り残されると、ふいに寂しさに襲われる。先程のアルウィンとライナス王子の会話が耳にリフレインし、これからのことを考えた。
今はリジーさんとライナス王子を落ち着かせるためにも一時的にアルウィンと離れるという選択肢を取った。と言っても昼間はこれまで通り護衛として俺のそばにいるから共に過ごす時間が減るのは夜と朝だけだ。
何だかんだ言ってライナス王子なら俺たちのことを受け入れてくれると甘く考えていた俺がバカだったなとため息を溢す。彼は、本気で俺と結婚したいのだとようやく気がついたのだ。
俺が初めて王子の心を開いたから、王子は俺に依存に近い感情を抱いている。恋愛感情ではなく、初めて出来たお気に入りの玩具を誰にも取られまいと必死になっているように見えた。
俺とアルウィンがどんなに想い合っていたとしても、国王と王子を納得させることが出来なければ俺たちはこの国で一緒になれない。このままでは無理やり王子との婚約を進めさせられてしまう気配までしていた。
でも今俺たち3人の仲が険悪になるのは敵に塩を送ることになる。俺たちの結束が弱まれば弱まるほど、敵に隙を見せ、俺の命を簡単に奪いにくるかもしれない。
結界についてもまだ何も解明されていないし、聖魔法持ちの子を早く、と望む人々の気持ちもよく分かる。
アルウィンと恋人になる前は、国のために王子と結婚はしたくないが子をなすのは最悪仕方ないと思っていた。だがアルウィンに抱かれ、愛する人に愛される幸せを知ってしまったからには、あの行為を別の誰かとするなんて考えられない。たとえ国のためでもアルウィンを裏切るような事はしたくない。
でも俺が早く聖魔法を使えるようになるか、聖魔法持ちの子を生まなければいつまでたっても人々の不安は掻き立てられ、不安定な情勢が続くだろう。
やはりアルウィンといるためには何がなんでも早く聖魔法を使えるようにならなければいけない。転移魔法まで使えるようになったが、どうすれば属性魔法を持てるようになるまで魔力を芽生えさせられるかが分からない。
だが、浄化魔法と転移魔法を使えるようになったきっかけは、蝙蝠を見たことだ。もしまた蝙蝠を見れたら、さらに魔力量が芽生え、属性魔法が分かるようにまでなるかもしれない。
でもいつだって神出鬼没な蝙蝠をどうすればまた見ることが出来るだろうか。そもそもあの蝙蝠は何で俺にしか見えていないのかも不思議だ。俺の魔力と蝙蝠が何の因果関係にあるのかも分からない中、本当に蝙蝠によって魔力が芽生えているならこのまま同じことを繰り返しても大丈夫なのだろうか。
「分からないことばかりだ…」
この世界には考えても分からないことが多すぎて、迷宮入りの事件を一生追いかけ回しているみたいだ。
それでも俺の願いは1つ。アルウィンと共にこの国で幸せになること。そのために、努力して自分の手で幸せを掴みとる。
夢の中でなら、アルウィンと愛し合うのも許されるよね、と彼と夢で会うことを願って、俺は瞼を閉じた。
***
―――キィ、キィ。
この鳴き声を聞いて、久しぶりにこの夢を見ることに気付く。最近はずっとアルウィンと共に寝ていたからか、何の夢も見ることはなかった。
蝙蝠の鳴き声だと今なら分かるが、この夢も俺の魔力と何か関係があるのだろうかと思案する。この夢を見ているときにこんなにも思考がはっきりしているのは、今回が初めてだった。
いつもぼやけていた視界や背景が、わりとしっかり輪郭を見せる。オッドアイの人物はどこだろうと辺りを見渡して、どこにも姿が見えないことに不安を煽られた。
これまでだったら身体は動かせなかったのに、ふと後ろを振り返ってみようとして身体が動くことに気付く。そのまま反対側を向くと、その先は真っ暗でぎくりと身を強張らせた。
思わず後ろに足をよろめかせたとき、背後に人の気配がしたと同時に後ろから誰かに抱き締められ大きく心臓が跳ねた。
声を出そうとしたが声はこれまでと同じく出せず、顔だけを後ろに向ける。さらり、黒い長髪が俺の肩を滑り落ちたのを見て、今俺を抱き締めているのがオッドアイの人物だと分かった。
視線を上にあげると赤と青の宝石のような瞳が俺を一心に見つめている。俺を抱き締める腕はどんどん力を増し、次第にぎりぎりと骨が軋み始め、痛みに顔を歪めた。
そして抱き締められているからこそ分かったのが、彼の体温が氷のように冷たいということ。人とは思えないほど触れあっている箇所すべてが冷たく、どんどん俺の身体から熱を奪っていく。
次第にその冷たさに指先が悴み、全身が震えてくると、彼の手が俺の目元を覆い、首を横に引っ張られる。伸びた首筋に冷たい感触が触れ、その後強い痛覚に襲われ、俺は声にならない悲鳴をあげた。
「……、~…」
彼の声は聞こえないはずなのに、耳元で彼が何かを言った気配を吐息で感じ取る。吐息まで冷たいんだなと思ったのも束の間、冷たさと痛みに苛まれ、意識を保つことが出来なくなってきた。
ゆっくりと落ちていく瞼。最後にうっすらと見えた、白い肌と色のない唇。意識を失う直前、唇に氷を押し付けられたような冷たさを感じた。
―――キィ、キィ。
***
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