【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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執着の檻②

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    ディラードと結婚してしまってから、500年の間は何度も何度も檻からの脱走を試みた。しかし魔力を封じる檻の中で出来ることは少なく、力技は早々に諦め、ディラードに媚を売ったり彼の機嫌を取って甘えたりしながら、何とか外に出してもらえるように画策した。
    しかしどんなに甘えた声でねだっても、どんなに機嫌が良くても、俺が檻の外に出ることだけは許されなかった。

    魔界人は膨大な寿命を持つが、睡眠時間は人間と比べ物にならないほど長い。最短でも3日、平均で5日間の睡眠を取るのが普通だった。だから時間の流れは前世の記憶を持っていてもわりと早く感じられ、1年はあっという間だった。
    しかしそれでもずっと景色の変わらない檻の中にディラード以外の誰かと会うことも話すこともなく、娯楽もない生活は苦痛で仕方なかった。

    ふらりと現れては檻の中のベッドに俺を無理やり組みしき、何時間も快楽と嘔吐の海に落とし、気が済んだら洗脳をかけるような言葉を吐いて去っていくディラード。
    何度か彼を殺そうと仕掛けたこともあったが、魔力を封じられている俺には大したことも出来ず、赤子の手を捻るようにあしらわれて終わりだった。
    その度に俺は悔しくて枕を涙で濡らす毎日。前世の記憶があったおかげで漫画やアニメの内容を思い出して楽しむ余地はあったが、前世を思い出せば出すほど自由を渇望してしまうジレンマに苛まれた。

『ヌエ、なぜ笑わぬ?もう何百年もお前の笑顔を見ていない。お前の笑顔が恋しい』
『外に出してくれたらとびっきり笑える』
『それは無理だと何度も言っておるだろう。我の愛がなぜ伝わらぬ?我にはヌエだけだと言うのに』
『何人も他に妻がいるくせによく言うよ』
『あれは魔王としての力を誇示するためのお飾りでしかないと分かっておるだろう。顔も名前も覚えておらんし区別もつかぬ。良いように利用するため、義務で抱いておるだけだ』
『ほんと最低だよあんた。何で俺にそんな執着するの?他の妻の方がよっぽど綺麗な人たちばかりなのに』
『綺麗なものなど見飽きた。ヌエには誰にもない唯一無二の魅力があるのだ。この身体もデブラの実のように甘く中毒性がある。こんなにも我を虜にするのはヌエだけだ』
『結局は身体目当てってことね』

    俺は結婚してから500年後にはすっかり表情も感情も失っていた。ディラードの言葉に淡々と嫌味ったらしい言葉しか返せない。逃げる気も失い始めていた。

『身体だけなわけがない。ヌエのすべてを愛しておる』
『笑いもしない、感情も見せない、操り人形みたいな俺を抱いてて楽しい?こんな俺のどこに愛される魅力があるわけ?俺の身体が手放せないだけでしょ』
『そう言うな。ひねくれたヌエも愛おしい』
『ねぇ、俺が死んだらどうする?』
『何をバカなことを…魔界人は自分の意思では死ねぬ。我が死ねと思わねば、死なぬのだ。ヌエは寿命が尽きるまで死なせぬ』
『…あー、そうだったっけ。それでこの前、誰か殺してたよね』
『あの外道はヌエを一目見ようとこの部屋に侵入しようとしたからな。当然の報いだ』
『……死んだら、どこに行くんだろう』
『魔界人は死んでもまた黒樹から生まれ変わるのみだ。記憶はなく姿形も変わるがな』

    死んだら俺はヌエではなくなり、ヌエに執着しているディラードから解放されるということか。
    そう思った瞬間、もうこの地獄から抜け出すには死ぬしかないと思った。こんな何の楽しみもない、苦しみしかない人生を生きていたってしょうもない。生きているだけ無駄のように思える。
    だから俺は、この時からどうやって死ぬかばかり考え始めた。

    魔界に住む生物はすべて、魔王に命を握られているようなものだ。魔王が死ねと言えばその場で灰になり、その生を終える。生まれ変わりを許可された者のみが黒樹へと魂が吸い込まれ、数千年後に新たな生を受ける。
    つまりディラードにどうやって「死ね」と言わせるかが課題だった。
    俺に執着している彼がそんな言葉を引き出せるはずがないように思えたが、彼をとびきり怒らせれば勢いで言ってくれやしないだろうかと思い付いた俺は、早速実行に移した。

『ディラード、俺ずっと黙っていたことがある』
『なんだ?我に隠し事とはいけない。吐け』
『結婚式の日、なんで俺が突然変貌したか、分かる?』
『我に他の妻がいたことを知ったからではないのか?』
『それもあるけど、根本は違う。俺、前世の記憶を思い出したんだ』
『………なんだと?』
『こことは全く違う世界の記憶がある。三角ではなく丸い世界。俺はそこで深く愛する恋人がいた』

    前世の記憶を持っていることを話し、その中で嘘の話をでっち上げて俺は他の男も知っているんだぞと言うことを知らしめる。そして彼を怒らせ、殺してもらえるよう仕向けることにしたのだ。

『すごくかっこいい人で、優しくて頼もしくて、エッチもめちゃくちゃ上手だった。悪いけどディラードのエッチなんて足元にも及ばないよ。俺は彼としか結婚したくなかったことを思い出したからディラードとの結婚を強く拒んだん…ッ!?』

    言い終わらぬうちに首をガッと強く掴まれ、ベッドに叩きつけられるようにして押し倒された。片手でギリギリと首を絞められ、ディラードの長い爪が皮膚に鋭く食い込む。肉塊を鼻先で見るように切迫した息苦しさを感じながらも、俺は成功の予感に嬉しさから震えた。
    赤と青のオッドアイが黒く淀んでいるように錯覚してしまうような、地の底を這っている暗い声でディラードは言った。

『それ以上下らぬことを宣えばお前の声を奪う』
『…っ、ひゅ、…ぅ、ころせ、ば…いぃ…ッ』
『その相手の男やらを殺してやりたい。こことは違う丸い世界など想像もつかないが、想像もつかないことを思い付いたということは事実なのであろう。ならば我がすることは決まっておる』

    このまま、殺してくれ。そう切実に願ったが、彼が次に放った言葉に落胆した。

『前世の記憶を忘れるまで、お前を抱き潰す。お前の記憶の中に我以外の男がいるなど、我慢出来ぬ』

    俺はそのとき、策略の失敗を悟った。

    その日の行為は、これまでとは比べ物にならないほど激しく重く、殺人のようなセックスだった。もういっそ殺してくれと何度懇願したか分からない。それほどまでに長時間、暴力的な快楽と止まらない抽挿に揺さぶられた。

『ヌエ…お前の中に入っているのは我だ。お前の味を知るのは我しかおらぬ。ヌエの世界は、我で出来ておるのだ』
『っ…な、わけ…ない!』
『前世など忘れろ。すべて忘れるのだ。お前の世界には、我しかいらぬ。我の世界にヌエしかおらぬように』
『…ぅ、も、やめ…』
『お前は我のものだ。我しか知らぬのだ』

    暗く淡々とした声でお経のように何度も何度も繰り返された言葉を何時間も何日も耳にしながら、俺はディラードの地雷に触れたことを後悔していた。
    だがこの方向性を貫き続ければ、いつか嫉妬で爆発したディラードに「死ね」と言われるのではないかという手応えも確かに感じた。それまで俺の身体と正気が保つのかは分からないが。

『俺はあの人が好き。ディラードは嫌い』
『…そんなに今日もいたぶられたいのか?良いだろう、分からせてやる』

『あの人と見た美しい風景が忘れられない。ここにはそんなものなさそうだけど』
『一応あるがお前が見ることはない。その手には乗らんが、いつまでそいつを忘れぬつもりだ?そろそろ我の寛大な心も我慢の限界というもの』

『あの人はディラードみたいに痛いことも苦しいこともしなかったのに…優しくて温かい感情だけを与えてくれた』
『そろそろ本気でお前の声を奪うか。お前が快楽に溺れて鳴く声を失うのは惜しいがな』

    俺とディラードの駆け引きは長らく続いたが、どんなにディラードを嫉妬させて挑発してみても、彼から「死ね」という言葉は引きだせなかった。
    彼が俺の望む言葉を言うか、俺の心身が限界を迎えるか、どちらが先になってもおかしくないシーソーゲームのような状況が続いた。しかし先に根をあげたのは、俺の方だった。

『もう…前世のことは話さないから声を奪うのだけはやめて。お願い』
『ようやく分かったか?我を散々挑発した責任はどう取るつもりだ?』
『ねぇ…もうさ、俺、死にたいよ』
『…戯れ事を言うでない』

    前世の存在しない恋人の話をするたびに抱き潰され、何時間も何日も眠らせてもらえずセックスするだけの日々に嫌気が差してしまった俺は、直球で自分の願望を伝え、泣き落とす作戦に切り替えた。

『死にたい。こんな人生、嫌だ。虚しいだけだ』

    作戦の一環で泣こうと思っていたが、言葉にしたら自然と涙が滲んであっという間に大粒の涙へと変わっていった。現にこの心臓はもう、休みたがっている。
    俺が行為中ではないときに本気で泣いたことがなかったからか、ディラードは明らかに動揺をして見せた。

『な、なにがそんなに嫌なのだ。我はこんなにもヌエを愛しておるというのに。我はヌエと生きていたいのだ』
『そんなの嘘だよ…本当に愛しているなら俺の意思を無視して監禁したり凌辱したりしない。俺は…ディラードの玩具じゃないんだよ…ディラードの欲を満たすだけの人生なんて、生きてる価値ないよ』
『ヌ、ヌエ…そんなに泣くでない…あぁ、目を擦るな。美しい赤目が傷付いてしまう』
『ずっと俺の心を傷付けているのはディラードだ。もう二度とディラードは俺の笑顔を見れない。泣き顔しか見れないよ』
『そんなこと…ど、どうすれば泣き止む?』
『簡単だよ。俺を外に出して』
『…それは出来ぬ。外にはヌエを誘惑するものがたくさんあるのだ』
『じゃあ死にたい。俺を殺して』
『そんなことを言うでない』

    俺たちはそんな会話を、何度となくした。同じ場所をぐるぐると回るように、全く同じ会話を飽きずに何度も何度もした。しかしそれでもディラードの強い意思は揺らがなかった。

    だから俺は、死ねないと分かりつつも、自傷行為をするようになった。腕を爪で深く引っ掻いたり、自分で自分の首を絞めたり、舌を思いっきり噛んだりした。
    魔界人とは言えど、血は流れる。俺は死ねずともひどい痛みを伴う傷を負い、何度か意識が朦朧とする時もあった。
    爪を伸ばし鋭く磨いたあとに傷付けた手首から大量の血が溢れ、檻の中が血の海になり倒れているところをディラードに発見された時の彼の表情は滑稽だった。ぼやける視界の中、動揺と焦りを浮かべた彼を心底ざまぁみろと思った。

    しかしどんなに自分で自分を傷付けても、死ぬことは出来ない。ディラードがすぐに治してしまうから。傷をつけて5日間眠りから目覚めるとけろっとしている。それでも俺はディラードへの反発心を示すため、自傷行為を続けた。

    そんなことを繰り返しているうちにあっという間に俺は1500歳となっていた。そしてそれからしばらくした時、ドロモアの前世であるドーアとの出会いが訪れたのだ。

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