【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

u

文字の大きさ
88 / 110

執着の檻③

しおりを挟む


    俺が5日間の眠りから目覚めると必ずすぐにやって来るディラードが、そうではない時期があった。
    ついに俺に飽きてくれたのかと期待したが、どうやら部下の1人がとんでもないことをやらかしたらしい。珍しくぼやいたディラードの腕に抱かれながら、俺は外に出れる取っ掛かりになるかもしれないと、話をするようねだった。

    魔王として魔界をおさめているディラードは、前世でいう国際警察のような存在、世界の番人に特別空間へと呼び出され聴取を受けていたらしい。
    どうやらとある魔界人が獣人界から妊娠している女虎を誘拐するというご法度を犯したのだと言う。
    魔界には蝙蝠がとても便利な生物として扱われている。蝙蝠の目で見たものは、その蝙蝠と契約した人間の持つ鏡に映し出され、遠くにいても見たいものを見れる。
    本来、蝙蝠は魔界だけに存在出来る生物だが、蝙蝠の思念体を作り出せば他界にも飛ばせる。そしてそれは魔界人にしか目にすることは出来ず、他界人にはバレないという大きなメリットがあった。

    それを利用して魔界は他界の情報を入手し、様々なことに利用してきた。
    常に暗闇の世界である魔界は、明るい世界を知らない。青空を知らない。夕日を知らない。それを利用し、他界の様子を鏡に映すことでその違いを楽しむという娯楽があり、大きなビジネスの1つにもなっていた。
    獣人や妖怪という特殊な界層の暮らしや習性を知ることで万が一世界戦争に発展したときの防衛対策にもなると言われ、蝙蝠は重要な存在だった。

    しかしもちろん誰でも蝙蝠の思念体を作り出せるわけではない。かなりの魔力量、そして忍耐力が必要であり特殊な訓練と試験を受かった者にしか、蝙蝠の思念体を作り出し動かすことは出来なかった。
    自分の聴覚や視覚を遠い場所へと置きにいくようなものだから魔力のバランス感覚や集中力、精神力がなければ失明したり難聴になるほど危険な技でもあった。
    魔界でその資格を持っている者は限られた人数だったという。しかしその中の1人は、それを易々とこなしてみせた。気軽に他界を覗き見ることが出来た彼は、獣人界で妊娠している女虎に一目惚れをしてしまう。
    彼は蝙蝠を通して鏡の中に映る彼女を見ているうちに、どうしても触れたくなってしまったというのだ。

    魔界から獣人界は妖精界と妖界の先にあるため、かなりの距離がある。そして蝙蝠の思念体では彼女に接触することなど不可能。下界に下りてしまえば上界に上がれないというのが常識だったが、1つ抜け穴があった。
    世界の番人に寿命5000年分を払えば、下界に下りても上界に上がってこれるのだ。しかし魔界より下の層は寿命が5000年未満のため、事実上不可能ということになる。
    しかし、ごく稀に魔界人には寿命5500年や6000年の者が生まれた。そして彼らは例に漏れず魔力量がかなり多かった。俺は寿命1万年というかなり特殊な存在であると、この話を聞かされたときに初めて知ったのだ。

    蝙蝠の思念体をいとも簡単に操っていた彼は、女虎に一目惚れをした時点で498歳であり、彼の寿命は5500年だった。つまり、世界の番人に寿命5000年を払えば寿命は2年分残る。
    魔界人からしたら2年なんて瞬きをしてる間に過ぎてしまうような刹那的な時間だが、それでも彼は女虎と魔界で2年過ごせて死ねるのなら本望だと思い、下界へと下りたのだった。
    しかし彼は失念していた。たとえ自分は寿命を払って魔界へ戻れたとしても、女虎は不可能だということに。

    獣人界へと下りた彼は、瞬く間に女虎を誘拐し、空へと飛び立つ。獣人は空を飛ぶことは出来ず、手も足も出なかったそうだ。
    そのまま彼女を抱え、世界の番人に寿命を払い上界へ戻ろうとしたが、もちろん女虎の存在により足止めとなった。
    獣人を誘拐した魔界人はもちろん世界犯罪であることを自覚していたため、女虎の存在を隠して上界に上がるつもりだった。しかしどんなに隠そうとしても番人にはお見通しであり、説明を求める。
    しかし魔界人はひたすら寿命は払ったんだから早く上界へ帰せと言い張り、それを通さない番人とのやり取りをしていたとき、すでに臨月であり出産予定日が近かった女虎が産気付いた。

    特別空間は体への負荷が大きく、世界の番人以外は長時間留まることが出来ない。そのせいもあってか、女虎は急激に苦しみ始める。それに焦った魔界人は番人に泣きながら懇願し、番人も苦しむ女虎を前に絆されてしまう。
    そして世界の番人は渋々了承し、魔界人は獣人を伴って魔界へと戻ってきてすぐ、女虎は雄の子虎を生んだ。しかし女虎は魔界の瘴気に母体が耐えられず、出産と同時にそのまま息を引き取った。

    魔界に獣人が来たことなどこれまでになかったため誰も知らなかったことだが、魔界の瘴気は魔界より下の層の者には毒となるらしい。こんなはずじゃ、と泣き暮れた魔界人と、残された子虎。
    誘拐した魔界人の父親のような存在が事態を把握し、顔面蒼白となりながら子虎を抱え、一連の出来事を魔王に報告しにきた。同時に魔界人と女虎を通した世界の番人とは別の世界の番人から特別空間への召集がかかり、後処理に追われていたということだった。

『誘拐した魔界人はどうなったの?』
『下界の者を無理やり誘拐し、魔界で死なせた。これは世界犯罪となるから即処刑された。通してしまった番人も世界の番人という称号を剥奪された。我は魔王として魔界から世界犯罪者を出してしまったことの責任を取り、寿命2000年をおさめてきた。今回のことで我と我の側近以外は蝙蝠の思念体を扱うことを禁じることとなった。全く、余計な手間をかけさせられたものだ』
『へぇ、大変だったんだね。子虎はどうなったの?まさか殺してないよね?』
『…殺そうとは思っている』
『なんで!?やめてよ!』
『今回死んだ女虎のおかげで分かったことが多くある。どのみち獣人は魔界の瘴気に耐えられず、ほっておいてもいずれ死ぬ』

    そう言われたとき、俺はピンときた。もう生きる気力を失くしていた俺にとって、初めて生きる希望を持てた瞬間でもあった。

『ねぇ!じゃあ死ぬまで俺にその虎ちょうだい。俺がお世話するから。そしたら俺は虎が生きているかぎり死のうとしないし、自傷行為も逃げようともしない』
『…本当か?いや、しかし…』
『うん!お願い、ディラード。ディラードがいない間、暇で暇ですぐに死ぬことばかり考えちゃうんだ。でも虎がいたら面倒見ないといけないから自然とそんなことを考えている暇はなくなる。ね、いいでしょ?』

    甘えるようにディラードの首に抱きつき上目遣いで懇願すれば、思案顔だったディラードは小さく頷く。その時に俺は1000年ぶりに、自然と笑顔になった。

『ありがとう!ディラード!』
『っ…』

    久しぶりに俺の笑顔を見たからか、ディラードはオッドアイを見開き、しばらく硬直していた。俺は忘れかけていた"嬉しい""楽しみ"という正の感情を思い出し、早く子虎に会いたかった。
    俺がここまで楽しみに出来たのも、前世の記憶があったからだった。俺は動物動画を見漁るくらい、動物全般が大好きだった。獣人と言っても人の形になれるようになるまでは虎の姿らしいし、この世界で動物に触れ合える日が来るとは夢にも思わず、歓喜で踊り出したくなるほどだった。

『やっと笑ったな…ヌエの笑顔はやはり何よりも愛くるしい』
『子虎と会わせてくれたらもっと笑うよ!ねぇ、早く連れてきて!』
『分かった。だが1つ約束しろ。虎が怪我をして血を流すようなことは絶対にするな。万が一血を流してもそれに絶対に触れぬように。これを守れるのならすぐに連れて来てやろう』
『はーい!』

    冷酷無慈悲なディラードが虎の怪我を心配するなんて、案外ディラードも優しいとこあるなとそのときは呑気に考えていた。
    そしてディラードは、あどけない子虎を脇に抱えて戻ってきた。俺はすぐに子虎を受け取り、そのふわふわの毛並みと温もりに触れ、生命の尊さを思い出したのだ。

『かわいい…あったかい…』
『ヌエ、そいつは魔界で生まれた初めての獣人だ。生まれたときから瘴気に触れていればもしかしたら耐性がつき長生き出来るかもしれんが、あまり期待するな。暇潰しの道具だとでも思っておれ。我はまだやらねばならぬことがあるから行くが、困ったことがあればすぐに我の名を呼ぶのだぞ』
『分かってる。行ってらっしゃい』
『ッ…!い、行ってくる』

    こんなに穏やかな気持ちでディラードを送り出せたのは前世の記憶を思い出してから初めてのことだった。いつもならディラードがいなくなれば孤独の檻が完成するのに、この時は孤独ではなかった。俺以外の、温かい生命が存在していた。

『お前、可愛いな~!名前どうしよう…何がいい?ん?』
『ぐるるる、ぐぅ』
『ふふ、ここ撫でられて気持ちいいの?いっぱい撫でてあげる。ん~名前名前…そうだ!前世で好きだったアニメの主人公に色味が似てるから、彼の名前を貰ってドーアにしよう!ドーア、今日からこれが君の名前だよ』
『ぐる、ぐぅう』
『あはは!くすぐったい!』

    初対面だと言うのに、ドーアは名付けた瞬間から俺の頬をざらついた舌で舐めまわし、すぐに俺に懐いた様子だった。
    それから俺たちは、ずっと檻の中で一緒だった。ドーアといることで明るさと生きる気力を取り戻した俺を、ディラードは複雑な思いを抱えながらもホッとしているようだった。

『見て見てドーア。ディラードにおねだりして飛びっきり高級な肉を調達してもらったんだ!旨そうだろ?ほら、たくさん食べて大きくなるんだぞ』
『がるぅ!』

    子虎と言えど、獣人の子供はそれなりの大きさごあり、よく食べた。普段はディラードが大量に魔物の肉を持ってきてくれるが、腹持ちが悪いのかあっという間に無くなってしまう。
    ディラードに抱かれている時や俺が数日間眠りにつくときはドーアに麻酔のような魔法をかける。ドーアに俺がディラードに組み敷かれている光景は絶対に見せたくなかったからだ。

    瘴気の影響ですぐに死ぬだろうと言ったディラードの言葉に反して、ドーアはすくすくと成長していき、あっという間に成虎となった。しかしどんなに成長しても人型になることも、言葉を話すことも出来なかった。
    魔界で生まれたことにより瘴気への耐性はついたが、その弊害としてなのか、本来の獣人としての姿を失ったドーア。本来ならば獣人界で番を持ち、狩りをし、自由に伸び伸びと生きているはずだったドーア。
    言葉を交わすことは出来なかったが、ドーアは俺の言葉をしっかり理解していたし、知能は獣人と大差ないだろうと思われた。だから俺は前世の話をたくさん聞かせたのだ。檻の中の景色しか知らない、ドーアのために。

『日本って国にはね、春夏秋冬…暖かい、暑い、涼しい、寒いに分かれる季節があったんだ。季節ごとによって空の色も植物の色も街の雰囲気も変わる。旬な食べ物も変わるんだ』
『海っていう大きな水溜まりがあって、その中には魚が泳いでる。ほら、たまにドーアが食べるやつ。まぁドーアは魚より肉派か。俺は日本の魚が大好きだったなぁ』
『学校っていう場所でいろんなことを学ぶんだ。言葉、計算、歴史、科学…俺は全部嫌いだったけどね!あ、でも頑張れば成果が出る体育は好きだった』
『俺の前世の名前はね、鵺野心翔って言うんだ。ミトって呼ばれてた。ディラードはヌエって呼ぶし誰が名付け親なのか分からないけど、前世の名字に入ってる文字が名前になるなんて変な話だよね。でもヌエよりミトの方が、俺の名前って感じがしてしっくりくる』

    ドーアのふかふかなお腹の毛に頭を預けながら、取り留めのない話をする時間は癒しだった。言葉は話せずともドーアが鳴き声や甘えた仕草で反応を返してくれるのが嬉しくて、ディラードがいない間はとにかくたくさんドーアに話しかけた。
    ディラードしかいなかった今世の俺の世界に突如現れたドーアは、俺にとって生き甲斐となり、何よりも大切な存在となった。

    どんどんドーアに依存していく俺を、もちろんディラードは良しとしなかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

よく効くお薬

高菜あやめ
BL
昼はフリーのプログラマー、夜は商社ビルの清掃員として働く千野。ある日、ひどい偏頭痛で倒れかけたところを、偶然その商社に勤める津和に助けられる。以来エリート社員の津和は、なぜか何かと世話を焼いてきて……偏頭痛男子が、エリート商社マンの不意打ちの優しさに癒される、頭痛よりもずっと厄介であたたかい癒し系恋物語。【マイペース美形商社マン × 偏頭痛持ちの清掃員】 ◾️スピンオフ①:社交的イケメン営業 × 胃弱で塩対応なSE(千野の先輩・太田) ◾️スピンオフ②:元モデル実業家 × 低血圧な営業マン(営業担当・片瀬とその幼馴染)

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ真に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

付き合っているのに喧嘩ばかり。俺から別れを言わなければならないとさよならを告げたが実は想い合ってた話。

雨宮里玖
BL
サラリーマン×サラリーマン 《あらすじ》 恋人になってもうすぐ三年。でも二人の関係は既に破綻している。最近は喧嘩ばかりで恋人らしいこともしていない。お互いのためにもこの関係を終わらせなければならないと陸斗は大河に別れを告げる——。 如月大河(26)営業部。陸斗の恋人。 小林陸斗(26)総務部。大河の恋人。 春希(26)大河の大学友人。 新井(27)大河と陸斗の同僚。イケメン。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

処理中です...