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執着の檻④
しおりを挟むドーアが魔界に来てから約200年の月日が経った。俺は1700歳となり、その年数分を檻の中で過ごしていることになる。
何度も逃げようとしたり死のうとしていた俺が、ドーアが来てから全くその気配を見せないことにディラードは安堵している一方で、虎とは言えどドーアに対して強い嫉妬心と嫌悪感を抱くようになっていた。
『んっ…ディラード、もう今日はやめて…!ドーアが目覚めちゃう…っ』
『我に抱かれながら他の男の名を出すな』
『男っていうか虎なんだけど…ドーアにまで嫉妬するのいい加減やめなってば』
『お前が表情を見せるようになり、変な行動も大人しくなったから今まで目を瞑ってきたがそろそろ我も限界だ。我といるときはあの虎のことは忘れろ』
『んな無茶な…』
『いっそあいつの前でお前を犯し、ヌエは我のものだと牽制してみるか』
『やだ!それだけはやめて!ドーアにこんなところ見られたくない!』
『お前に拒否権などない。麻酔を解いてやる』
『いや…!お願いやめて!』
こんなはしたない姿をドーアに見られるなんてあり得ないと思っていた俺は、久しぶりにディラードの腕の中で暴れた。しかしディラードの力に敵うはずもなく、ドーアは眠りから目を覚ましてしまう。
『やっ…ディラード!終わりにして!』
『おい虎。そこでよく見ておけ。ヌエは我のものだというところを』
『いやぁ…!離して!』
『ぐるるっ!がう!ぐぁあ!』
『ほう、邪魔をするつもりか。虎など腕試しにもならん。唸りながらそこで見ておれ』
『あっ、やだ、やめてぇ…ッ』
激しく抵抗をする俺の姿を見たドーアは、ディラードに向かって迷わず噛み付こうとした。しかしすぐにディラードの魔法で動きを封じられ、唸り声をあげることしか出来なくなる。
そのまま俺は、意識のあるドーアの目の前でディラードに激しく犯された。全身に噛み痕や鬱血痕をつけられ、ディラードの執着に翻弄される。ドーアは憎悪のこもったつぶらな瞳でディラードを睨み付け、牙を剥き出しにしながらずっと唸り声をあげていた。
ようやくディラードの熱から解放されたとき、俺はドーアと目を合わせられなかった。檻の隅で縮まる俺の背中にピタリとくっつき、心配そうに項を舐めるドーア。俺の体を労るためなのか、尻尾がさわさわと全身を擦るように動いていた。
『ドーアにだけは見られたくなかったのに…ごめんね、あんな汚いものを見せちゃって』
『ぐぅ…』
『俺のせいでドーアもずっとこの檻の中で過ごす羽目になって…ディラードがいなければドーアの食料は手に入らないと分かっているけど、久しぶりにあいつを本気で殺したくなった』
『がるる…うぅ…』
『うん、ドーアもあいつのこと嫌いだよね。ドーアが来るまではね、何度もこの檻から脱出しようと試みたんだ。でもどう足掻いても無理で…そのうち俺は生きる気力を失って死ぬことばかり考えるようになってた』
『がぅぅ』
『ドーアと出会えたから俺はまた生きる力を取り戻したんだよ。だけど…やっぱり俺はここから出たい。あんなクズ野郎の思うがままにされたくない。ドーアも外に出て思いっきり走り回りたいだろ?』
『がうがう!』
ディラードに抱かれている姿をドーアに見られないことだけが俺の心の平穏を保っていたのに、それをぶち壊された。一度失った、ディラードから逃げたいという欲が再び芽生えた瞬間だった。
『でもドーアは獣人で外に出ても魔界では生きていけない。だからここから逃げ出したら、ドーアは獣人界に行くんだ。下の界に下りることは何の代償もなく出来るんだから大丈夫。本来生きるべき場所に帰るんだよ』
『…う?』
『俺は獣人界で生きていくのは難しそうだからお別れになっちゃうけど…ドーアの幸せのためだ。ドーアをこんなところに縛り付けてちゃいけないってようやく気付いた』
『がうぅ!』
『お別れはやだ?でもそしたらずっとここにいるしかないんだよ?お前はそれでもいいの?また俺がディラードに凌辱されているところを見るんだよ?そんなの嫌だろ?』
『がるる…』
200年の時をずっと一緒にいたのだから、言葉がなくともドーアの感情や意思は伝わってくる。ドーアは俺と離れ離れになるのは嫌だと強く思っているようだった。それでもディラードの名を出すと迷うような素振りを見せる。俺と一緒にいたいけどディラードからは逃げたい。そんな気持ちが伝わってきた。
『まぁそもそもここから逃げ出せないと未来の話は意味がないんだけどね。どうやったら脱出出来ると思う?俺の魔力は封じられてるしこの檻は頑丈だ。この檻から逃げ出せたとしても魔王城の造りが分からないから出口の場所すら見つけられないかもしれない。はぁ…せめて転移魔法が使えれば…』
檻から逃げ出すことは何度も試してダメだった。檻から逃げ出せたとしても魔王城から逃げ出せる自信なんて全くない。それでも自由を渇望する俺は、どうすればと頭を悩ませ続けた。
悩む俺を慰めるように、ドーアは何度も俺の頬を舐める。ベロリペロリと大きな舌で舐められ、小さかったときのドーアを思い出して大きくなったなと感慨深くなる。
ふかふかで温かいドーアの体を抱き締めながら、頭をドーアの首に押し付ける。ドーアの尻尾が俺の腰に絡み付き、ハグしてくれているようだった。
その頃、魔界でも大きな動きがあったようでディラードは忙しそうにしていた。どうやら神界から大罪を犯して魔界に落とされた神がいるという。それが女神レティシアだった。
ディラードが言うには、女神レティシアは水の神として全界層の水を守るべく存在していたという。しかし彼女は魅了魔法を覚えるとさまざまな神へ誘惑を繰り返し、誰の子かも分からない息子に水の神としての役目を押し付け、遊び呆けたらしい。
神界で多くの男神を惑わせ、神界の天帝ですら手篭めにしようとした。そのことに気付いた女帝の逆鱗に触れ、神界から追放されたのである。
神界から落とされ、天界は聖なる魂しか受け付けないため拒否され、彼女は魔界へと辿り着いた。寿命5000年を払えばまた神界に上がれるが、彼女の寿命は残り4000年分しかなかった。神界の平均寿命は1万5000年であり、すでに1万1000年も生きていた女神レティシアは神界に二度と戻れなくなったのである。
魔界にやって来た元神の存在に、魔界は騒がしくなった。魔界からも追放するべきだという声が多い一方、ディラードは女神レティシアを利用することにした。
魅了魔法という魔界にはない魔法を持つレティシアを使って、最近魔王の座を狙う反逆者たちを手玉にとることにしたのだ。そして利用するだけした挙げ句、ディラードはさっさと魔界からも追放した。
神界から落とされ、行き場のなくしたレティシアが手を差しのべてくれた魔王にどんな思いで尽くしたのか、魔王にどんな思いを抱いていたのかは分からない。もしディラードにも魅了を使ったのに効かず、初めての存在に恋心を抱いていたなら利用され捨てられた彼女の憎悪は計り知れない。
女神レティシアの話をディラードから聞かされていた俺は、彼女に同情したし一度くらい会ってみたかったと溢した。しかし俺もディラードも気付かないうちに、レティシアは俺が監禁されている檻の近くまで来ていたらしい。
いつの間にか、俺にしか気付きようがない場所に小さな鏡が仕込まれていた。
檻の中にはベッドとご飯を食べる時にしか使わない机と椅子のみがある。椅子に座ったとき、俺は小さな違和感を感じて椅子をひっくり返した。椅子を手前に引くために椅子の横側を掴んだとき、右手につるりとした感触があったのだ。
いつどうやって仕掛けたのか分からないが、椅子の裏側にいつの間にか丸い小さな鏡がついていた。俺はもしかしたら逃げ出すのに使えるかもしれないと、ドーアと2人だけの秘密にしてディラードには一切報告しなかった。
しかし特に何ごともなく日々は過ぎ、どうやったら逃げ出せるかばかりをドーアと考えていた頃。鏡が突然光り、その鏡に水色の髪色をしたきれいな女性が映った。
そして驚くことに鏡の中の彼女は俺に話しかけてきたのだ。そこで初めて彼女が女神レティシアであることを知った。
『私が魔界にいたころ、ディラードがあなたを囲っている話を耳にしました。私は自由を愛する神として自由を奪われているあなたが気の毒でならず、助けの手を差し伸べようと鏡を仕込んだのです』
そんな話を突然聞かされても信じられるはずがなかった。しかしもし事実なのであれば、これ以上の渡りに船の話はないだろうとも思った。
『俺をここから出してくれるんですか?でもどうやって?何度も試みてすべて失敗に終わったんです。それに俺を助けてあなたに何の得があるんですか?』
『私にも得はたくさんあります。私は魔王への恨みを晴らしたい。それだけではありません。あなたは、たまに虎に向かって前世という不思議な話とやらをしていたでしょう?その話が大変興味深く、あなた自身に親しみを感じたのです。こちらから話しかけるには神力が足らず、やっと十分な神力がたまり、繋がることが出来ました』
信じきれない俺の迷いを悟ったのか、レティシアは温和な笑みを浮かべながら、俺がドーアにしかしていなかった前世の話を出してきた。鏡を仕込まれていた時からずっと聞かれていたのかと、さらに不信感は強くなる。
『…俺を逃がすってどうやって?そんな方法、本当にあるんですか?』
『1つだけ方法があります。ですが様々な条件が揃わなければ成功しない方法です。私はただディラードに良いように使われ捨てられた恨みを果たすため、ディラードからあなたを奪いたいのです。あなたは自由を求めているんでしょう?やりますか、やりませんか?』
『…ディラードへの恨みを持っているのは俺も同じです。やります。方法を教えて下さい』
女神レティシアのことを信じきるには不確定要素が多く不安もあったが、中からは逃げ出せないと十分わかっている今、外からのアプローチがあれば違うのかもしれないと思った。俺はもう万策尽きていた。藁にもすがる思いで、レティシアの船に乗ることにしたのだ。
ディラードの執着の檻から逃げ出す方法を聞いた。確かにこの耳で聞いた。それなのになぜか、今の俺はその内容が全く思い出せなかった。
『では私が合図を出したとき、言う通りに』
『はい』
女神レティシアが教えてくれた内容通りにすれば俺はついにディラードから逃れられると期待と希望を胸に強く抱いたことをはっきりと覚えている。
そして女神レティシアからの合図を待ち続けて約200年。初めて作戦を実行した日は、俺が約1900歳の時だった。長らく月日があいたのは、レティシアの言う"様々な条件が揃う"までに時間がかかったからだと分かっていた。その条件が何なのか、今ではさっぱり思い出せないが。
しかし、満を持して臨んだ作戦は、失敗に終わった。乗った船は泥舟だった。最悪な結末を残して。
『…ドー、ア?…ドーア!?ドーア、どうしたの!?』
作戦を実行したはずの俺が次に目覚めたとき、そこは変わらず檻の中だった。そして目の前にあったのは、ズタズタに切り裂かれ、無惨な姿へと変わり果てた、ドーアの姿だった。
『何をしようとしたのか知らんが我から逃げ出そうとしたな?こいつがいるから逃げ出さないと約束したのにお前はそれを破った。だからもうこの虎は必要がない。だから殺したまでだ』
『な、な、…嘘、うそだ…そんな、ドーア…やだ、やだよドーア…!ぐっ、かはっ…』
『突然大きな声を出すな。体にさわる。今のお前はかなり危険な状態だ。我が異変に気付かなければ大変なことになっていたのだぞ。この虎がこうなったのも我との約束を破ったお前が悪い。自業自得だ』
俺は、慟哭した。ずたぼろになったドーアの亡骸にしがみつき、声が枯れるほどに泣いた。このまま俺も死にたいと強く思った。逃げ出すことに失敗した挙げ句、一番大切なものを失った。あまりにも大きすぎる代償に深い後悔に苛まれ、絶望の中を漂っていた。
生きるに値しない世界で、生きるに値しない人間が生き延びている。生きるべき世界から拐われ、生きるべき尊い命が奪われる。悪夢としか言いようがなかった。
『これに懲りたら二度と逃げ出そうとしないことだな』
ディラードの冷ややかな声が、木霊のように耳の奥で鳴り響いていた。
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