【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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愛する人に殺されたい

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    辺りの音をすべて持ち去られたように静かになった室内で、俺はアルウィンの隣に座り直した。長く続く沈黙が当然ひき起こす一種の圧迫を感じて狼狽え、なんとかして2人の間の気まずさを引き裂くような、心の切なさを表わす適当の言葉を案じ求めている。
    アルウィンも俺と同じような気持ちになっていないかと横顔を盗み見ると、じっと一点を睨むようにして見つめているだけで、話のきっかけを探しているのは俺だけなのだなと落胆した。
    彼はもう、俺にかかっている魅了が解けて正気に戻っているのかもしれない。俺を詰る言葉を探して、どう伝えようか思案しているのかもしれないと考えると鳩尾を掴まれたような恐怖に震えた。

「…アルウィン、もう俺と話したくないかもしれないけど話をさせてほしい」
「……」
「ずっと両親の仇を打ちたくて探し続けていた元凶がすぐ隣にいるんだ。顔も見たくないと思う。今すぐ殺したくて仕方ないと思う。話し終えたらどんな言葉も、どんな仕打ちも受け入れる。だから最後まで聞いてくれたら嬉しい」
「……」

    石のような沈黙を押し通すアルウィンに、反応を返してもらえず残念な気持ちになるが腹に力を入れて言葉を紡ぎだした。

「レティシアは、俺に頬に傷痕のある男に一目惚れをするよう暗示をかけたと言っていた。確かに俺はアルウィンに一目惚れしたと思う。でも一目惚れしたのはその凛とした容姿で、アルウィンの性格を知れば知るほど内面に惹かれた。だからたとえ始まりが暗示だったとしても、今の俺は暗示に関係なくアルウィンを愛していると自信を持って言える」

    俺が他の男を愛せば憤慨したディラードが底辺界までやって来ると思っていたレティシア。俺はまずその考えはひどく浅はかだと思っている。確かにディラードは俺へ強い執着心を持っているが、それは魔王として君臨しているからこそだ。
    彼が底辺界に落ちてくるには魔王としての地位を捨てなければならない。魔王ではなくなったディラードは、果たして俺を必要とするだろうか。
    ディラードの次に寿命が長く、魔力量が多い俺を女王とすることで自分の力を誇示したかっただけのはず。彼は、俺を愛していたのではなく、自分の地位と力を示すために手元に置きたがり執着したのだ。
    だから魔王でなくなってしまっては俺に執着する理由がない。つまり、底辺界に落ちてくるには魔王でなくなる必要があるが、その時にはもう俺への興味は失っているだろう。これが俺のディラードを分析した結果だった。

「でもアルウィンは違うと思う。アルウィンは誰にも興味がなく、人を愛したことがないとリジーさんも言っていた。そんなアルウィンが男の俺を好きになるなんておかしい。俺もアルウィンはどうして、リジーさんすら好きにならなかったのに俺を好きになってくれたんだろうと思っていた。でも魅了魔法が効いていたなら納得いく。全部アルウィンの意思ではなく、魅了のせいだ」

    アルウィンから与えてもらった数々の愛の言葉は俺の宝物だ。たとえその言葉に付随する気持ちがアルウィンの意思ではなかったとしても、アルウィンの声で言われた言葉には変わりない。
    たとえ紛い物だったとしても、その言葉たちが俺を包んでくれているかぎり、煌びやかで温かい思い出があるかぎり、俺は自分を見失わずにすむ。

「だから、これまでの俺たちの関係を気にすることなく、復讐を果たしてほしい。元凶である俺を……殺してほしい」

    これからディラードはまた俺を取り戻しに思念体としてやって来るだろう。本体がやって来る可能性は極めて低いが、魔王の地位を捨ててでもやって来る可能性はどんなに低くても0ではない。
    俺が生きているかぎりディラードは執着心に囚われ、この底辺界で女神レティシアと闘い始める。その結果、被害を被るのはこの国と国民たちだ。
    もし女神レティシアがディラードの前に倒れ、俺を魔界へ連れ戻そうとする前に、間違いなくアルウィンを攻撃する。プライドが高い魔王は自分の物に手を出したと思っているアルウィンを必ず標的にする。

    けれど、俺が死んでしまえば、ディラードもわざわざ膨大な魔力を使って思念体を送ることもしなくなるはずだ。もしかしたら興味さえ失うかもしれない。
    魔界から底辺界に自分の思念体を送るなどそう簡単に出来ることじゃない。かなりの魔力と労力が必要であり、バスタードの助けがなければ不可能そうに見えた。そんな大変なことを俺がいなくなった世界でわざわざやるとは思えない。

    だから俺は、死ぬべきだ。そして俺を誰よりも殺したいと思っているのは、両親の死の元凶を知ったアルウィンだろう。
    俺もどうせ死ぬのなら、愛する人に殺されたい。たとえ、俺を愛してくれた幻想の眼差しが憎悪の眼差しに変貌したとしても、それが本来の形であり正しいことなのだから受け入れられる。何の不満も後悔もない。

「復讐を果たすときだよ、アルウィン。俺がアルウィンの両親を殺したんだ。俺がすべての元凶なんだ。だから、何も悩まず、何も考えず、一思いに殺してほしい。きっと今頃、魔界人なのに異世界人だと偽った俺は大罪人として処刑するべきだと言う声があがっていると思う。国王も騙されたと思っていると思う。だから俺を殺しても誰もアルウィンを責めない。むしろ魔王と女神の闘いを終わらせた英雄になるんだ」

    魔王と女神は、俺を称えるパーティーのために王宮に集っていた多くの人間の前で俺の正体や俺が争いの元凶だと明かした。
    俺のせいでこんなことになったのだと気付いた人たちはたくさんいるだろう。裏切られた、騙されたと糾弾の嵐を巻き起こすだろう。いずれ多くの国民に知られ、俺は極悪人扱いされるだろう。

「魔界ではずっと、死にたがっていた。死に方を、死に場所を探していた。死にたくても死ねない苦痛に苛まれていた。でもここでなら……俺は死ねる。死ぬなら、アルウィンに殺してほしい。殺し方は好きなようにしてほしい」

    俺の、最後の願いだ。

    願いを言えるような立場でないことは分かっている。こんなことを言わなくても殺したいはずだと思う。それでもアルウィンは優しい人だから、たとえ紛い物だったとしてもずっと守ってきた相手を殺すことに躊躇してしまうかもしれない。俺はその躊躇を取り除きたい。

「ずっと両親の仇を守り続けていたという怒りや、思ってもいないことを魅了で言わされていたことへのおぞましさを思いっきりぶつけて。躊躇ったり迷う必要なんてない」

    俺を殺したあと、彼が慈悲深さから自分を責めたりすることがありませんように。少しでも後悔することなく、復讐を果たしたと晴れやかな気持ちで生きられますように。

「今まで本当にありがとう。ここでの日々は、全部楽しかった。楽しむ価値もない存在なのにごめんね。本当に…ごめんなさい。俺の命でアルウィンの両親の命を弁償出来たらどんなに良かったか…こんなことしか言えなくてごめん」

    そろそろライナス王子が呼びに来るかもしれない。俺がいなければ対策は無駄に終わるのだから、彼らの仕事も減るというもの。

「アルウィンは俺と出会いたくなんてなかったと思うけど、俺はアルウィンと出会えて良かった。ありがとう、そしてごめんなさい」

    さぁ、お別れの時間だ。

「俺を……殺して」

    目を瞑って、膝の上で手を組み、最後の言葉を吐き出した。あとはもう、彼のタイミングに任せようと思った。
    しばらくそのまま襲い来る痛みを待っていると、アルウィンが身動ぎした気配を感じた。心は死を目前にしているというのにひどく凪いでいた。

    頭の中では、エンドロールが流れていた。何の曲かも分からない、安っぽいカントリーミュージックみたいな音楽。どうせならアルウィンの子守唄が良かったなと思いつつ、微睡みの中で聞いた彼の子守唄がどんなものだったか、うろ覚えで流れてくるはずもなかった。

    彼が、俺の目の前に立った気がする。目蓋の裏が少し陰る。そして首に、彼の指が触れるのを感じて、あぁいよいよだ、と思った。そして。

「言いたいことはそれだけか?ん?」

    首を掴まれ、そのまま座っていたソファに腰をねじ曲げるようにして押し倒された。すごい強さで押されたからか、一瞬首が締まり気道が塞がれるもすぐにその指は放れていった。

「今の言葉たちはすべて本気か?本気で言ったのか?冗談ではなく、真剣に?」

    彼の目が光った。煌めくようなものではなく、濁っていて、整った顔立ちには違和感があるほどに、粘り気のある火が、シルバーの瞳に浮かんだ。

「本気で、俺にお前を殺せと?」

    言葉の調子が、槍の穂先のような鋭さで胸許を深く突き刺して来る。隠れていた凶暴なものが表に出て来たように形相が一変したアルウィンを見上げながら、俺は歯をかちかちと言わせながら必死に頷いて見せた。

「……ふざけるなよ」

    喉から無理やり絞り出したような低い声で吐き出した彼は、ごっそりと顔から表情筋が逃げたように真顔となり、俺を見下ろした。
    なぜ彼をこんなにまでも怒らせてしまったのか分からない俺は、喉元に凍った針でも刺されるように、ぞくぞくと身ぶるいをすることしか出来なかった。

「俺が今、一番何に怒っているか分かるか?」

    淡々としていて冷ややかな声なのに、やけに熱さを感じる吐息。それが怒りを含んでいるからだと気付くも、彼の問いの答えは回らない思考で導き出すことは不可能だった。
    唇を引き結んで小さく横に首を振ると、アルウィンの鼻先がぐんと近付く。精巧な顔が迫力をもって目の前に押し寄せる。震えすぎて腹筋が痛くなってきた。

「分からないなら教えてやる。ミトのせいで両親が死んだなんて少しも思っていない。たとえ元凶だったとしても、ミトの意思の関係のないところで起こったことだ。それをなぜミトのせいだと思い込むのか、全く分からない。そんなことよりも、俺は」

    そこで彼の表情筋が帰ってきた。耐えられない悲しみと突き上げてくる怒りを抱えたような表情で、彼は言った。

「俺の気持ちは紛い物だと思われたことが何よりも悔しい。腹ただしい。俺の、ミトへの思いは…何一つ伝わっていなかったのか?」

    怒りと悲しみののった秤は平等だったはずなのに、悲しみの重量が大きくなったように見えた。それほど彼の言葉には悲壮感が漂っていた。

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