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2つの平行線は交わらない
しおりを挟む切実な響きを持つ声に耳を貫かれ、痛みを感じる。それでも俺は惑わされてはいけない、彼を正気に戻さなければいけないと自分に言い聞かせた。
「まだ魅了が解けてないんだね…女神レティシアを見つけ出して解く方法を聞かないといつまで経ってもアルウィンは俺を殺せないのかな」
「…ミト、いい加減にしてくれ。俺にも限界というものがある。お前は今、ずっと、俺に愛する人を自分の手で殺せと言っているんだぞ?それがどれほど残酷なことか、分からないのか?」
「まだ魅了にかかっているからそう思うんだよ。解ければ俺を"愛する人"だなんて認識しなくなる。殺したいと憎むはずだよ」
「ミトも言ってたじゃないか。始まりは暗示だったかもしれないが今の自分の気持ちは本物だと。それは俺も同じだと思わないのか?」
「思わない。アルウィンは魅了にかけられているだけ。正気に戻れば…」
「だから違うと言っているだろう!!」
ビリビリと、空気が揺れた。雷のように怒鳴り付けたアルウィンの声が鼓膜を貫き、耳から血が流れたような錯覚を起こす。初めて真っ正面から怒りを叩きつけられ、頬を言葉で殴られた気分だった。
「俺はミトを愛している…!たとえミトのせいで両親が死んだのだとしても、俺と出会うためにミトが生き延びるためだったのだと思えば両親に感謝したいくらいだ!それくらい、俺はミトを愛しているんだ!」
その言葉が衝撃となって脳天に突き刺さり、頭の電源が落ちて意識を失うかと思った。それほどの衝撃を受けたあと、次に襲ってきたのはひどく大きな罪悪感だった。
こんなことを言わせてしまうなんて。両親との思い出を大切そうに話してくれた彼の姿を思い出し、身が裂かれるような痛みを感じる。こんな思ってもみないことを言わせてしまうほど、魅了の効果は強いのか。なんて恐ろしい魔法なのだと、震え上がった。
「ミトが異世界人だろうが魔界人だろうが、どうでもいい。確かに魔王の妻であることは衝撃を受けたし、魔王の非道な行いに腸が煮え繰り返るほど怒りを覚えている。だがそれとは別に、たとえミトが何者であろうと、ミトの過去に何があろうと、俺がミトを愛していることは紛れもない事実だ」
「…うん、ありがとう。その言葉だけで十分だよ」
魅了が解けていない状態のアルウィンに何を言っても話は平行線だと思い、俺は乾いた笑みを浮かべた。すると彼の不機嫌そうにすぼめた唇の端が、警告するようにぐっと下がった。
「何も分かっていないのに分かったふりをするな」
「一生分の愛をもらったよ。それがたとえ幻想からくるものだとしても、一瞬でも夢のような時間を過ごせて幸せだった」
「勝手に終わりにしようとするな!なぜ伝わらない?なぜ伝わらないんだ…!俺の気持ちが、なぜ…!」
烈火のごとく怒りと悔しさをあらわにするアルウィンに、これ以上何て言葉をかけたらいいのか分からなくなる。魅了が解けていない彼に何を言われたところで、それはすべて俺の上を素通りしていく。自分の心を守るために。
彼の強い視線から逃れるように、夜のとばりがおりたばかりの窓の外に視線をやった。
外では、月の光が静かに庭に降り注いでいた。遠くにある噴水の周りを、精巧に植え込まれた生垣が取り囲み、きれいに並んだ花壇の中で花々が平和そうに眠っていた。
巨大な蝶が一匹、噴水の水に映った月に惹かれたように、水しぶきの上をひらひらと飛んでいる。庭は昼間の騒動など置いてけぼりにして、静寂と明かりに洗われたように平穏そのものだった。
外の平穏とは裏腹に、俺たちの間に流れる空気は複雑だった。殺伐としているようにも、悲しみに覆われているようにも、怒りに染まっているようにも感じられた。
窓からワインレッドの彼へと視線を戻し、潤んで煌めくシルバーの瞳を見つめる。今にも彼の涙が俺の頬に零れ落ちてきそうだった。頬の傷痕に震える指先をそっとかざし、乾いた唇を開いた。
「俺はアルウィンの両親を殺した元凶だ。たとえアルウィンの思いが真実だったとして、どんな顔をしてアルウィンの隣にいればいい?この傷痕を見るたび、アルウィンの顔を見るたび、俺は俺の罪を思い出す。そしてその罪に苦しみ、いたたまれなくなる。そんな俺とこれからも本当に一緒にいたいと思う?いれると思う?」
「それはっ…。ミトは罪なんて犯していない。ミトが罪を背負う必要なんてない」
「アルウィンはそう思ったとしても、俺はそうは思えない。俺という存在がいたから人間の魂が必要になり、ディラードたちは残虐な行為に踏み切った。俺がいなければ失うはずのなかった命がたくさんあるんだよ」
アルウィンは一生懸命、俺への反論の言葉や俺を納得、説得させる言葉を探しているようだった。シルバーの瞳が小刻みに左右に揺れ、彼の焦燥が見てとれる。恐怖すら浮かんでいるように見えて、それは何に対しての恐怖なのだろうと不思議に思った。
「それでも、ミトが殺したわけじゃない。ミトが手を下したわけじゃないだろう」
「じゃあ黒魔法をかけられて操られ、直接手を下した人間が悪いの?違うでしょ?彼らもまた、被害者だ」
「それならミトだって被害者だろう!ミトの知らぬところで、ミトの意思とは関係なく行われた行為なんだぞ?それでミトが自分自身を責めるなどおかしな話だ」
「だとしても俺がディラードの執着に捕まってしまったから起こった悲劇だ。ディラードから早く逃げられていれば…いや、逆にディラードから逃げ出そうとしていなければ、ドーアが死ぬことも、ドーアが死んだことにより急激に俺の体が衰えることもなかった。俺が寝たきりになっていなければ関係のない人間は巻き込まれずにすんだんだ。俺が選んだ選択肢はことごとく最悪だった。最悪のカードを引き続けるくらいなら、何のカードも引かずにじっとしているべきだったのに」
何度、後悔してもしたりない。何度、自責の念にかられても終わりがない。自分という存在が許せない。許せるはずもない。
「お願いだ、ミト。これ以上自分を責めないでくれ。俺はミトの存在に何度も救われた。何度も心癒された。何度も幸せをもらった。ミトの存在は誰かを苦しめるものなんかじゃない。むしろ幸せや愛を運んできてくれた存在なんだ」
「…魅了魔法ってすごいね。ここまで言わせられるんだもの」
「だから魅了などではなく本心だと言っているだろう!」
「魅了にかかっているからそう思うだけだよ」
「…っ、くそが…!」
刺々しい言葉を吐いたアルウィンと、これまでにないほど頭の中が整理され心が凪いでいる俺。相反する2人の感情は交ざることなく、平行線を伸ばし続けている。
これ以上会話を続けたところで、いたちごっこになるのは目に見えていた。今日殺されるのは無理そうだと判断した俺は、アルウィンとソファの間から床へと抜け落ちた。
「今日の話はここまでにしよう。目が覚めて俺を殺したくなったらいつでも言って」
わざと抑揚のない淡々とした声色で言いながらアルウィンに背を向け、ライナス王子はそろそろ呼びに来るかなと思いながら気持ちを切り替えようとすると。
「…言葉で言って分からないなら、身体に教えてやる」
暗い洞窟の奥から響いてくるような、うつろな声が頭上に降りかかると共に俺は身体を持ち上げられ、隣のアルウィンの部屋のベッドに勢いよく投げ捨てられた。
「なにす…」
「俺の愛を身体で受け止めろ」
言葉を言葉で遮られたあと、雨のように荒々しいキスで口を塞がれた。怒りが最高潮に達したのか、ぶつけるような、押し付けるようなキスが闇雲に降り注ぐ。
今まではともかく、彼は魅了にかかり俺を好きだと思い込んでいるだけだと知っている今は、こんな行為は虚しいだけだと分かっていた。彼に対して初めて、手足を思いっきりばたつかせて激しく抵抗した。
「やっ…!ん、…!」
「抵抗するな、ミト。俺の愛を受け止めてくれ」
俺の両腕を片手でまとめあげ、頭の上で強く固定される。俺の足を彼の身体の間に入れ、腰を太ももでがしっと挟まれると思うように身動きが取れなくなった。
首筋にアルウィンの唇が触れ、あっという間に強く吸われる。じゅ、じゅうと音を立てて何度も首筋に痕を残されているのが分かる。俺は頭を無造作に横に振り抵抗の意思を見せるが、何の効力も発揮していなかった。
「アルウィン!やめて!やだ!」
「好きだ、ミト。好きなんだ…言葉では言い表せないほど、好きなんだ」
「お願い…っ、ダメだから、やめて!」
俺は、血の気が引いていた。愛する人に触れられているとは思えないほどに。でもそうなるのは必然だった。だって、どこでディラードに見られているか分からない。ディラードの影に、俺は怯えていた。
ディラードは「常にお前の行動を蝙蝠によって監視していることを忘れるな」と言っていた。俺が魔王の妻だと知ったのに俺に触れている今、アルウィンはディラードにとって何としてでも殺さなければいけない対象になっている。
部屋の中をぐるりと見回して蝙蝠の姿を探すが、俺の見える範囲にはいない。でもだからといって安心は出来ない。早くアルウィンを止めなければいけない。ディラードに見られる前に。
「アルウィン…!本当にやめて!」
「ミト、好きだ。愛している…」
「アルウィン!」
悲鳴のような声でアルウィンの名前を叫んでいたが、突然俺の上にいたはずのアルウィンの姿がなくなり、拘束されていた腕が解放され一気に溜まっていた血が流れ始めた。
どさ、という音がして咄嗟に音のほうへ視線を向けると、アルウィンがドロモアに床へと身体を押し付けられていた。
「ぐっ…」
「ミト、嫌がってる。やめろ。許さない」
抑揚のない低い声が落ちると共に、ドロモアの尻尾が床をバシッと叩いた。ディラードに襲われる俺を、ドーアはこうして助けたかったのだと言わんばかりに。
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