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届かぬ声と届く声
しおりを挟む流れ星が落ちる速さでミトはディラードへと突っ込んでいく。速すぎて残像すら残らない。大鎌を一振するだけで風の大津波が標的に向かって押し寄せる。あまりの速さに人間の目では追えず、ディラードはミトからの攻撃をよけれなかった。
「ヌエ!我はお前を殺したくない!やめろ!」
これまでずっと余裕綽々としていたディラードが焦りのこもった声で投げかける。しかしミトの耳には何も届いていないようだった。白目を覆いつくした真っ黒な目がひたすらディラードの姿を追いかける。
大鎌の刃先に銀色の光がたまり、それをいくつも作り出してはディラードへと振り投げていく。ディラードが避けた光は後ろの宮殿や庭を無惨に破壊し、地面はそのたびに唸りをあげて揺れる。
防御魔法をすり抜け、当たったら一溜りもない威力だと察したライナスは、国王を王宮の奥に避難させ、動ける騎士や魔導師たちに撤退命令を出す。アルウィンはドロモアの手で治癒師と共に安全な場所へと運ばれていた。
理性も正気も失ったミトは、殺戮ロボットのごとく攻撃をひたすらに繰り返した。膨大な魔力を持っているはずのディラードですら防御に必死で攻撃をし返す隙間もないほどの強さだった。
「ふふふ…ふはははは!なんて素晴らしい眺めなのでしょう!」
女神レティシアは背中をそらせながら歓喜の笑い声をあげた。まさに世界の終焉のような光景はレティシアの長年つもり積もった復讐心を満たしていく。
雷撃音、破壊音、破裂音、衝突音、雨風が叩きつける音、人々の興奮した声。さまざまな音が入り乱れ、すべての音がレティシアにとってはBGMとかしていた。
自分が舞台の真ん中に立って眩いばかりのスポットライトを浴びている。すべて自分が用意した舞台。シナリオも、音楽も、役者も、観客も、すべて女神レティシアの手によって組まれた舞台。
あとは、最後に自分の思い描く結末を見届ければ、この舞台は幕を落とす。グランドフィナーレ、そしてスタンディングオベーションに包まれる。拍手を送るのは、女神レティシアただ1人だが。
1人優雅な笑みを浮かべて舞台を観劇していた女神レティシアは、そっと背後に忍び寄る人物の気配に気付かなかった。
「ッ…!?」
突如、彼女は胸に焼けた鉄の棒を突き刺されたような激痛が走り、恐る恐る視線を落とす。自分の心臓を鋭く太い、杖に見せかけた剣が突き刺さっていた。
「わしに殺されるのもよい結末じゃろう。お主は所詮脇役。舞台からも世界からもここで退場する哀れな脇役じゃ」
耳元で、しゃがれた声が忌々しそうに呟いた。そして杖のフリをしていた鋭い剣を勢いよく引き抜くと、血飛沫が花火のようにあがった。暗黒の空に、真っ赤な花火が咲きほこった。
レティシアは震える右手で胸を抑え、ゆっくりと背後にいるバスタードを振り返る。バスタードがもう一度剣を突き刺すのと同時に、レティシアは最後の力を振り絞り、残っているすべての神力を左手に瞬時に溜め、バスタードの腹に撃ち込む。2人は、ほぼ同時に口から血を吐き出し、真っ逆さまに暗黒の空を背景に地面へと落ちた。どちらも、即死であった。相討ちだったため、魔界人が異層界人を殺したことは世界の番人に通知されなかった。
魔界人は魔界にいれば瘴気によって守られているため、傷を負っても治る。しかしこの底辺界では、魔力や寿命の差はそれぞれあれど、絶命の条件は同じだった。心臓が止まったときに死ぬ。それだけであった。
***
女神レティシアとバスタードが人知れず相討ちで命を散らした中、アルウィンは5人の治癒師から同時に治癒魔法を受けていた。ドロモアはそんな彼らのそばに盾としていながら、主のミトとディラードの闘いを見守っていた。
しかし今のミトは本来のミトではなく、完全に死神としての意識にのまれている。ミトがディラードに負けることはなさそうだが、勝っても本来の姿に戻れるのか、ドロモアは珍しく大きな不安を抱えていた。
女神レティシアが語った話が事実であるならば、ミトはすでに死んでおり、この世界に存在出来ない。ディラードを倒したら冥界へと戻るのだろうか、元のミトはもう還ってこないのだろうか、他に何か方法はないのだろうか。ドロモアは口を強く引き結びながら必死に考えていた。
すると治癒師の1人が「アルウィン様!?」と希望を滲ませた声で叫ぶ。血みどろのアルウィンを目にしたとき、ドロモアはもう助からないと思ったが、どうやらアルウィンに反応があったらしい。治癒師が何度もアルウィンの名を呼び、汗を滴らせながら治癒魔法をかけ続けていた。
外傷はほとんど消え、あとは内側の損傷をどれだけ回復出来るかがアルウィンの命の境界線だった。しかしそんな大事なところで、治癒師の1人が魔力切れを起こした。すぐに別の治癒師が応援を呼ぼうとしたが、建物の倒壊や風に煽られて降ってきた瓦礫や煉瓦によって負傷した人が多く、圧倒的に治癒師不足であった。
次第にアルウィンの命の糸が途切れかかっていることが目に見えてでも分かった。治癒師たちの焦ったような声や、動ける騎士たちの応援を呼ぶ声が交差する。
ドロモアはそんな悲惨な現場を冷静な眼差しで見つめ、ふと思い付いたかのように動き出す。戸惑う治癒師たちを押し退け、ドロモアは自分の手に鋭い爪をたてて勢いよく引っ掻く。大きな裂傷痕が腕にでき、じわじわと赤黒い血が滲み出てきた。
ガッと乱雑な手付きでアルウィンの口を開いたドロモアは、その口の中に自分の血を落としていく。ポタポタと血を滴らせると、アルウィンの喉がごくりと小さく動いた。すると、みるみるうちにアルウィンの青白かった顔色に血色が戻っていく。そして、ワインレッドの騎士はゆっくりと眼を開けた。
「気付いたか。起きろ」
「……ミト、は」
「見ろ。今の状況」
「俺は一体…」
ドロモアは、獣人の血が魔界人には毒になることを思い出した。それであるならば魔界人以外にはどうなのだろうと考え、妙薬になるかもしれないと思ったのだ。もちろん毒の可能性もあったし一か八かの賭けであったが、獣人の本能はやれと告げていた。事実、アルウィンはドロモアの血で驚異的な回復を見せた。
周りの治癒師や応援を呼んでいた騎士たちが感動的な声でアルウィンの名を呼ぶが、ドロモアはアルウィンの無事を確かめると無表情で立ち上がり、視線をミトのいる方へと向ける。
その視線につられるように同じ方向を見上げたアルウィンは、絶句して言葉を失った。ディラードとレティシアが闘っているのかと思ったが、相手は世界で一番愛する人の変わり果てた姿だったのだ。
何が起こったのかは、周りにいた騎士が見たまま聞いたままを端的に説明した。アルウィンは、死神の姿となったミトに衝撃を受け、まだ魔力が戻りきらない身体をよろめかせながら立ち上がった。
「ミト……なんてことを」
「お前、生きてる。姿見せたら、戻るかも」
「た、確かに!アルウィン様が死にそうになっていたからミト様がああなってしまったのですし、アルウィン様が回復したお姿を見れば正気を取り戻すかもしれません!」
ドロモアの拙い言葉を別の騎士が補強し、その言葉にアルウィンは真剣な面持ちで強く頷いた。アルウィンの決意に漲る眼差しを見たドロモアは、まだ魔力が戻りきらないアルウィンに乗れと言わんばかりに獣化して尻尾でペタペタと地面を叩く。
突然目の前に迫力のある虎が現れて周りにいた騎士や治癒師たちの顔が引きつるなか、アルウィンはそっとドロモアの背中に乗り上げた。
「しっかり、掴まれ」
「あぁ。ミトの元まで頼む」
まだ浮遊魔法や転移魔法を使えるほどの魔力が回復していないアルウィンはドロモアの背中に乗ってミトの元へと向かう。馬に乗ったことはあるがそれとは比べ物にならない速さに驚きつつも、アルウィンは振り落とされないように虎の胴体にしがみついていた。
ミトとディラードの火花が散っている真下まで来ると、ドロモアは近くの西塔の屋根まで駆け上がる。垂直に走っているのに落ちないのは尋常じゃない速さだからだと気づいたアルウィンは、獣人の身体能力の高さを心強く感じていた。
「ヌエ!我のことが分からぬのか!?…くそっ、なんて力だ…ッ」
風にのってディラードの呟きが聞こえてくる。より間近で死神と化したミトの姿を見て、アルウィンはショックを受けた。この状態からどうやって元に戻せばいいのか、そもそも元に戻れるのか、何も分からなかった。自分に出来ることはなにかと考え、ただ声をかけることしか思いつかなかった。
「ミト!俺は生きている!大丈夫だ!」
自分の生存を知らせるために大声を張って語りかけると、ディラードに淀みなく攻撃を放っていたミトの動きが微かに鈍くなる。ピクリと頭が揺れたようにも見え、アルウィンはさらに言葉を続けた。
「お願いだ、俺のところへ帰ってきてくれ。元のミトに戻ってくれ!」
真っ黒な目がアルウィンへと向いた。感情が抜け落ちたような表情だが、これまでディラードの声には一切反応しなかったのに、アルウィンの声には鈍くだが確実に反応していた。
少なくなったものの大鎌から振り落とされる攻撃は続いている。しかし少しの余裕が出来たことで、ディラードは悔しそうな表情を浮かべながらミトから距離を取った。彼の左腕は、肩から下がなくなっていた。
「どうやら女神レティシアもバスタードも死んだようだ。ここに来るまでに亡骸を見た。魔王も左腕を失って魔力もかなり消耗しているように見える。ミトは十分やった。俺の仇を取ろうとしてくれたんだよな。ありがとう。この通り、俺は奇跡的に助かった。ミトに忠実なこの虎が助けてくれたんだ」
「ミト、生きる。こいつも、生きる。もう、大丈夫」
騎士と虎の声が聞こえているのか、徐々にミトは大鎌を持つ手を下げていく。再現なく放たれていた銀色の球が数を減らしていく。威力が弱くなっていく。
「ミトは死神なんかじゃない。ミトに死神なんて似合わない。ミトは俺の生きる理由だ。俺の心臓だ。俺の魂だ。だからもう、こんな闘いは終わりにしよう。愛している、ミト。死神ではなく、人として俺と生きていこう」
すべて真心を込めた言葉だが、アルウィンはこれでミトの姿が元に戻る自信はなかった。それでもどうにか届いてくれ、奇跡よ起こってくれという切実な願いをこめて言葉を紡ぐ。シルバーの瞳を真っ暗な眼から少したりとも逸らさなかった。
すると不思議なことに、白目がない真っ暗な眼から、雫が零れ落ちる。表情は氷漬けされたように動かないのに、ミトは涙を流していた。ミトの心が泣いているのだと、アルウィンは察した。
アルウィンは、ゆっくりとミトに向かって手を伸ばす。戻ってこい、そう願いながら手を伸ばす。そしてミトの右手が大鎌から離れ、ゆっくりと近付いてくる。あと少し、あともう少し、あと……。
「我のものにならないなら…お前ら共々殺す!死ね!!!ヌエ!!!」
ディラードの迫真の黒魔法が、もう少しで触れそうだったミトとアルウィンの間を引き裂いた。
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