【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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プロローグ

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    灰色の幕が降ろされたかのように、冷たく濃い霧に覆い尽くされた世界。ある地点を境に世界がただ存在するのをやめてしまったかのように延々と霧が立ち込め、空気は冷えきっている。
    ここは、死者の魂が集まる世界、冥界。下へと螺旋状に伸びている長い長い黒石の階段に、ふわふわと並ぶ様々な色や形の魂。
    今世はこうだった、あんなことがあった、来世はこう生きたい、あれがしたいこれがしたい、人間界はこうで、獣人界はああで……冷たい空気とは裏腹に、あちらこちらで魂同士の熱い会話が繰り広げられている。

    気が遠くなりそうなほど長い階段に一番多く並ぶのは今世、人間界で死んだ魂たち。次に獣人界、妖界と続く。妖精界を生きた魂は話せず、魔界からは1人もいない。極々僅かに、天界と神界で生を終えた魂が次の生まれ変わりを待ち望んでいた。
    
    そんな長い階段の最後尾、冥界の一番高いところへ新たな魂がやってくる。その魂は他の魂よりも明らかに輝きと雰囲気が違った。そして数秒の差でその魂の後ろに新たな魂が並ぶ。炎のように燃えている、人間界で生を終えた魂だった。

    炎のような魂は、真っ白でつるりとした目の前の魂に釘付けとなる。肉体に魂が宿っている時は冥界の記憶が全くないのに、冥界に戻ってきた瞬間、何度もここへ来ていることを思い出した炎のような魂は、これまでこんなにも美しい魂を見たことがなかった。右往左往と落ち着かない真っ白な魂に、思わず声をかけた。

「君、どこから来たんだ?」
「え…?あの、ここはどこ?なんで俺たちはここにいるの?」
「ここは冥界だ。死んだらみんな、ここへと集まり新たに生まれ変わるため、並んで待っているんだ。君は今世、どこで生きていたんだ?」
「冥界…?なにそれ……えっと、地球の日本って国で生きていたよ」
「ちきゅう…?そんな界はこの世界にないぞ。まさか君…異世界から紛れ込んできてしまった魂か?」
「あなたが何を言っているのか全然分からない」

    炎のような魂は、前回ここへ来たときに噂で聞いた"異世界の魂"を思い出す。数万年に一度の確率でピラミッド型世界とは別の丸い世界で死んだ魂が迷い込んで来ることがあるらしいというものだった。
    本当にそんな世界があるのかと思っていたが、真っ白な魂はあまりに綺麗な曲線を描く球体で、その輝きと透明感は灰色の世界で明らかに浮いていた。

    困惑している真っ白な魂に、炎のような魂はピラミッド型の世界と冥界について丁寧に説明をする。真剣に聞いていた真っ白な魂は、理解できない箇所がいくつかあったものの、わくわくとしていた。

「つまり俺は地球ではない世界に生まれ変われるってこと?すごい!楽しみ!出来れば獣人界に行きたいなぁ。よくラノベに獣人が出てくるから想像出来るし、もふもふに囲まれたい」
「いや、たぶん君は……天界に行くんじゃないか?それくらいの輝きと透明感がある魂だ」
「そう?まぁ、平和な世界ならどこでもいいかも。あなたは今世、どこでどんな人生を送ったの?」
「人間界で農民として生きるつまらない人生だった。畑を耕して農作物を作ることで今世を終えてしまったな」
「農作物作ってたの!?凄いなぁ。畑仕事って実は繊細で重労働だって聞くし、それを一生やってたなんて考えられない。気力と忍耐力があるんだね」
「…そんなことを言われたのは初めてだ」

    山もなく谷もない、あまりに平凡で平坦な人生を送って終わった今世のことを、真っ白な魂は純粋に正直に褒めてくれる。炎のような魂は静かに衝撃を受けると共に、ほっこりと温かい気持ちになった。

「君がいた丸い世界のことを知りたい。聞かせてくれないか」
「いいよ!地球はね―――」

    こうして2つの魂は冥界で出会い、生まれ変わりの順番がやって来るまでひたすら話した。真っ白な魂が語る丸い世界の話は、炎のような魂にとって永遠と聞いていられると思うほどにおもしろく、新鮮だった。
    長い時間の中でお互いのことを話していくうちに、2つの魂は強く惹かれ合う。生まれ変わったら冥界の記憶は失ってしまうことをひどく悲しみ、生まれ変わらずにずっとここにいたいと思うほどには、2つの魂はお互いに夢中だった。

「君のように純粋でまっさらな魂は初めてだ。同じ場所に同じ時に生まれ変われたらいいんだが…」
「俺もあなたと離れたくないなぁ。行ける界って自分では選べないの?」
「それぞれの魂に最適な場所へと導かれるから選べないんだ。俺は何度も冥界に来て生まれ変わっているが、人間界にしか行ったことがない。人間界が合う魂なんだろう」
「俺も地球で人間だったわけだし、人間界に行くんじゃないかな」
「……そうであったらどんなにいいだろうか」

    炎のような魂には、そうはならないことがよく分かっていた。真っ白な魂は、明らかに天界より上に行くべき魂だ。神界は責任感と公平な決断力が長けていて慈愛溢れる魂が行き、天界は純粋で清らかな魂が行く場所だと冥界では知られている。
    この冥界に魔界で生きた魂が来ないのは、魔界は悪の魂が集う界であり、死んでも魂は魔界から出られないからだと言われている。
    今は審査に通る魂であっても、理不尽な人生を送り負の感情ばかりに支配されたり、今世で悪さを覚えてしまうと悪に染まってしまった魂として次回は死神に喰われる。噂では、死神の胃袋は魔界にある黒樹に繋がっていて、悪に染まり死神に喰われた魂はすべて魔界に集められているらしい。

    そんな話を聞かされた真っ白な魂は、不安そうな声でそわそわと揺れる。自分の魂が悪に染まらないか懸念している姿は可愛らしく、炎のような魂はすっかり目の前の魂の虜であった。

「君なら大丈夫。きっとずっと、美しいままだ」
「だといいんだけど……あんなに長いと思っていた階段も終わりが見えてきちゃった。あそこにいるのが死神?」
「あぁ、そうだ。あの模様が描かれた円に魂が乗ると円が光る。光った色でどこの界に生まれ変わるか分かるんだ」
「あ、緑色に光った!」
「緑は妖精界だ。遊び心のある、無邪気な魂が行くとされている」
「そうなんだ。うぅ~…もう少しで順番が来ちゃう…あなたとお別れするのはやだよ…」

    正直に健気な気持ちを吐露する真っ白な魂に、炎のような魂はないはずの心臓が大きく高鳴る。ずっとここにいたい、ずっとこの魂のそばにいたい、そう思うのに順番は待ってくれない。
    まさか冥界で恋をすることになるとは、炎のような魂は思ってもいなかった。姿形のない、魂だけの存在に強く惹かれている。離れたくないが、間違いなく真っ白な魂とは別の界へと飛ばされる。またこの冥界で順番が並び、再会する確率はかなり低い。想いを伝えるには、今しかなかった。今を逃したら、いつになるか分からなかった。

「おかしなことを言ってると思うかもしれないが、君が好きだ。君の魂の一部になりたいと思うほどに、好きになってしまった」
「ほ、本当?俺もあなたが好き!同じところへ行けたらいいのに…今回は別の界になっても、いつか同じ世界で会えるかな」
「…あぁ、きっと会える。君がどこにいても、俺が必ず君を見つける。どんなに時間がかかっても、君を迎えに行くよ」
「ここでの記憶は失くなっちゃうのに?男か女か、どんな顔でどんな姿になるかも分からないのに?」
「君がどんな姿であっても、美しい魂は一目で分かるはずだ。たとえ何も覚えていなかったとしても、俺は君と出会えば必ずまた、君に恋をする。冥界で出会えたのなら、下の世界でもいつかきっと、出会える」
「…うん!俺もそう信じてる!記憶は失っても、魂が覚えてるよね。それならきっと、大丈夫だよね」
「あぁ、きっと」

    冥界で恋に落ちた、2つの魂。顔も肉体もない、魂のみの会話で心惹かれ合った彼らのお別れの刻が、やって来る。

「じゃあ、俺は先に行くね。あなたとここでたくさん話して、楽しい時間を過ごせて幸せだった」
「俺もだ。君がどんな種族のどんな人物に生まれ変わっても、必ず君を見つける。そしてまた、一から恋を始めよう」
「うん!約束だよ!ありがとう、大好き」
「俺は愛している。俺の愛が君に追いつくのを、待っていてくれ」

    そうして、真っ白な魂は複雑な模様が描かれた円の上に乗る。すると円は真っ白に発光し、美しく清らかな魂はスッと円の中に吸い込まれて消えた。
    やはり天界だったか、と思いながら炎のような魂は先程まで真っ白な魂がいた円の上に進む。そこで思い付いたように、隣にいる死神へと話しかけた。

「死神、俺は先ほどの真っ白な魂を愛してしまった。同じ界に行かせてくれと言いたいところだが無理なのは分かっている。その代わり、ここでの記憶を残してくれないか」
「……」
「1人くらい、冥界の記憶を持つ人間がいてもいいだろう?」
「……」

    死神は意思を持たない。だから何も話さない。ダメ元で頼んでみたが回答は得られず、炎のような魂が乗った円は赤色に爛々と光る。次も人間界か、と思いながら、炎のような魂は吸い込まれて消えた。

    再び人間界へと生まれ変わった魂は、5歳のときに冥界での記憶を思い出す。賭けに勝った、と歓喜に震え、それから何度も人間としての生を終えて生まれ変わりながら、真っ白な魂が天界人の寿命を終えて出会える日を待ち続けた。真っ白な魂を、探し求め続けた。

    そうして、愛しい魂を求めて何十回と生まれ変わったとある世で、とある女からとある話を聞く。不思議な世界の記憶を持つ男の話を。それは、冥界で恋をした魂から聞いた話と、全く同じものだった。


    "見つけた"


    すべてが、急速に、動き出した。
    ―――そう、急速に、動き出したのだ。



    彼らの愛と執着の物語は、ここから始まった―――。



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