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ピンピンしてる長兄と妊娠した兄嫁
しおりを挟む暖炉の炎の灯りだけが室内を照らす中、俺は長兄の無事を知って安心したからか、急激に眠気が襲ってくる。馬車の中でも少し寝たが、揺れがある中では熟睡など出来ないし、いつもならとっくに眠っている時間だ。
早口で興奮したように何かを捲し立てている幸せそうな次兄を半眼で眺めながら、うつらうつらと船を漕いでいたが。
ドタッ、ドタドタドタッという階段を凄まじい勢いでかけ降りる音に眠気が吹っ飛んだ。
「ちっ…!起きてきやがった!」
幸せそうな表情から一転、凶悪犯のような顔つきに変わった次兄が恨めしそうに睨み付ける扉がバシンッと冷たい音を立てて開かれる。
そこから顔を出したのは、寝癖で髪の毛が爆発した、倒れたはずの長兄だった。
「ちびランラン!帰ってきてたのか!なぜ起こさない!」
「デイヴィスの嗅覚なら勝手に起きてくると思ったからに決まってるでしょ」
「ヴィスにぃ、ただいま。倒れたって手紙をもらってすぐに帰ってきたんだ」
「俺のために帰ってきたのか!?こんな深夜に!?あぁ、なんて愛くるしいことをするんだ!」
信じられないだろうが、声だけを聞けば満面の笑みを思い浮かべるだろうこの言葉を、長兄はすべて真顔で言っている。この男、表情筋が死んでいるのだ。
無駄のない体つき。筋骨隆々というより、長年の仕事で自然と鍛えられた実務的な身体と長身。肩幅はしっかりしているが、立ち姿に落ち着きがある。
髪は濃い茶色くらいで、今は爆発しているものの普段は短く整えられ無造作に後ろへ流している。顎には薄く無精髭が残りやすく、剃り跡がうっすら青い。
瞳は淡い茶色で、鋭さよりも観察力を感じさせる眼差しを持つ。人を見るときは真正面から、しかし相手を試すような圧はない。長く瞬きをせずに相手の言葉を待つタイプだ。
顔立ちは整いすぎてはいないが、鼻筋は通っており、口元は引き締まっている。声に感情は乗るが表情には乗らないので、よく何を考えているか分からないと言われている。ちなみに俺のことを考えていることがほとんどらしい。
兄嫁の求婚の言葉は「ちびランランの次に好きだ。ちびランランの良い義姉になってほしい」である。最低にもほどがある。
しかし末弟を「ちびランラン」などと呼ぶだけでなく、嫁より末弟が一番だと宣う男に求婚されたのは初めてだと爆笑した嫁は求婚を受け入れた。この男にてこの嫁あり、という言葉がぴったりな、ちょっと頭のおかしな夫婦である。
「こら、ちびランラン、そんな汚い毛布はベッしなさい!こっちにおいで、俺が温めてあげよう。再会の抱擁をしようではないか」
「ヴィスにぃ、倒れたのは本当なんでしょう?体は大丈夫なの?頭打ってもっと頭おかしくなってない?これ以上おかしくなられたらさすがのロザリーさんも愛想つかすよ?」
「そんなに俺の心配をしてくれるなんて…!あぁ、ちびランランのいない家で必死に仕事を頑張ってきてよかった…」
「一応まだ本調子じゃないんだからさっさと休んだら?ロラたんは僕が寝かし付けるから」
「モララスこそ遅くまで経理の仕事をしてただろう。ちびランランのことは俺に任せて早く休め」
「いや、僕が」
「いや、俺が」
いつもの闘いが始まったため、俺は勝手に次兄のベッドを占領して毛布にくるまったまま瞼を閉じる。
長時間の馬車移動で疲れた体と負荷のかかった心を休めるため、俺はあっという間に眠りの底へ落ちていった。
ふたりの兄たちが、俺の寝顔を覗き込んでお互いの背中を無言で叩きあっていたことなど、知らぬまま。
***
ちゅんちゅん、と鳥の鳴き声にも似た音が耳元で弾け、沈んでいた意識がゆっくりと浮かび上がった。朝にしては、妙に暗い――そんな違和感を抱いたまま、重たい瞼を押し上げる。
次の瞬間、視界いっぱいに3人分の男女の顔が飛び込んできた。息を呑む暇もなく、驚きに体が跳ねる。反射的に身を引き、背中を壁に擦りつける勢いで後ずさった。
一瞬自分のいる場所に頭が混乱したが、冷たい壁の感触に現実を突きつけられる。朝には相応しくない、爽やかさも清涼感もないげんなりとした表情で彼らの視線を受け入れた。
「…おはよう」
「うわ!まじでロランじゃないの!おはよう、相変わらず動物の赤ちゃんみたいな顔で寝るのね。ロランが突然帰ってきたなんてほざくから、ついにデイヴィスとモララスの気が狂ってロランそっくりの人形を作ったのかと思ったわ!」
「ロザリー、人形なんかでちびランランの可愛さを表現できるわけがないだろう?あったらあったで嬉しいが」
「あはっ、ロラたん寝癖ついてる!可愛い!僕のベッドで僕の毛布にくるまって寝てたロラたん世界一可愛い!ちゅーしてもいい!?」
「…起きるからどいて?」
「あ、はい」
寝起きにこの3人の相手はあまりにもキツい。朝から疲労を溜めたくない俺は、のっそりと体を起こし、うーんと唸りながら天井に向かって背筋を伸ばす。それを「おぉ~」という謎の声を重ねる3人に見守られ、俺は湿った視線を投げかけた。
「で、ヴィスにぃは本当に大丈夫なんだね?俺を心配させないための嘘じゃないよね?」
「ぐふっ…お、俺のことをそんなに…!」
「ほんとほんと、超絶ほんとだからもうデイヴィスの心配なんてしないでもらえる?僕、明日倒れてみようかな?どうやったら倒れられる?」
「私がタライでも3階から落としてやるわよ」
「ロザリーさん、これ以上ラスにぃも頭がおかしくなったら困るからやらないでね」
「ロランがいないあいだ、私がこのバカふたりにとんだけ苦労してると思ってるの!それくらい許しなさいよ!」
「…すみません、許します」
兄の嫁には逆らうべからず。どこの家でも同じ家訓が掲げられているんじゃないかと本気で信じている。
ロザリーさんは肩までの黒髪に暗めの肌をした、南国出身の異国人である。彫りの深い顔立ちは絵に描いたような南国美人でよく笑う人だが、怒らせるととんでもなく怖い。
俺を溺愛しすぎている兄たちの奇行にはもう慣れたものだろうが、俺がいなくなったことでその症状は重度となり、実家に帰ってくるたびに愚痴を聞かされている。
退学してさっさと実家に帰ってこい、一生商人家で暮らせ――などと脅してくることさえあるのだから、相当手を焼いているらしい。これもまた、俺が実家にあまり帰りたがらない理由のひとつである。
「でも本当にびっくりしたんだよ。もう二度とこんな大袈裟な手紙を出さないで。家族に何か深刻なことがあったらと思うだけですんごい不安なんだから」
「ちびランラン、すまない…実際に気絶したのは事実なんだ。……3秒だけだが」
「モララスがこの出来事を使ってロランを帰らせようって張り切っちゃってね…止められなくてごめんね、ロラン。余計な心配をかけちゃったわ」
「うぅ…ロラたんに怒られてる…幸せ…」
俺に構われるなら何でも嬉しい変態は置いといて、長兄の顔色をもう一度確かめる。肌のハリもツヤも健康体そのもので顔色も良いところを見るに、嘘はつかれてなさそうだとようやく信じられた。
最近、いつの間にか嘘に包囲されていたと分かったせいか、何にでも疑心暗鬼に捉える癖がついてしまったかもしれない。
「でもロラン、あなたに帰ってきてほしかったのは、とある報告を直接したかったからでもあるのよ」
「とある報告?」
「そう!私、妊娠したの!結婚5年目にしてやっとよ!」
「えぇ!?わっ、おめでとう!!」
「ありがとう」
まさかの嬉しい報告が降ってきて、途端に元気が漲ってくる。新たに家族が増える嬉しさを素直に感じると共に、やっとだという思いが沸き起こる。
長兄の子が生まれるということは、兄たちの溺愛が俺から子供に移る、もしくは分散されるということ。兄たちの重度の溺愛から逃れられるということ。
「ちびランランに似た子が生まれますようにと毎日願いながらお腹に話しかけてるぞ」
「あんたたちの子がロラたんに似るわけないだろ!可愛い気の欠片もないのに。僕はロラたん一筋だから心配しないでね。世話はしてやるけど」
「男の子?女の子?名前はもう決めてるの?いつ生まれる予定?」
「女の子よ。今は妊娠4ヶ月だからあと半年後ね。名前はまだ決めてないの。デイヴィスがロランに決めてもらおうって聞かなくて」
「プーコとかペーコとかそんなんで良くない?ロラたんの貴重な時間を赤ん坊なんかに奪われてたまるか!」
「強火やめてくれる?えー、どうしよっかなぁ」
俺に姪っ子が出来るなんて。女の子の赤ちゃんを抱っこする自分の姿を想像しただけで頬がだらしなく弛む。
この報告を聞けただけで、実家に帰ってきて良かったと思ってしまうのだから、我ながら単純なものだ。
「ぐはっ…!ロ、ロラたんかわいいかわいいかわいい」
「…ロラン二世なんて名前はどうだ?」
「2人ともまずは鼻血を吹きなさい。汚いわよ」
強烈な個性を持つ家族のもとに帰ってきた。一瞬、もう無事なことが分かったし学園に帰ろうかなどと考えていたがその思考は弾け飛ぶ。
姪っ子の名前を決めるまでは実家で過ごしながら、兄嫁のお腹の命を感じたいなと思った。年明け、学園が通常通り始まるまでに決まるかどうかは、怪しいところだが。
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