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実家まで追いかけてきた男
しおりを挟む学園内での生活はどうなのか、困ったことはないのか、ずっと好成績を取っているが無理をしていないか、変な男に付きまとわれていないか――次々と尽きない質問を投げかけられるも、そのどれもに曖昧で適当な返事をしながらやり過ごした、帰省してから2日目。
これから半年後に生まれる姪っ子の名前をずっと考えていたが良い名前が思い付かず、手持ち無沙汰になった俺は気を紛らわすために店の手伝いを始めた3日目。
妊娠しているのだから兄嫁の仕事分は全部俺がやるよと息巻いて、兄嫁をお姫様扱いしていることが気にくわないのか、不機嫌を隠しもしない兄たちを宥めた4日目。
思わぬ訪問者がやってきたのは、やはり兄たちの執拗な溺愛ぶりにうんざりしてきて今からでも学園に帰ろうかなと思い始めた、5日目のことだった。
今夜から大雪予報だという対策のため、鎧戸をすべて閉めて隙間に布や藁を詰める作業や、暖炉の灰を多めに残して火を絶やさない準備をする。さらに湿気や寒さに弱い商品を上階へ移すなどを終えた頃。
「ロランちゃん、みーっけた」
夕焼け色の男が、突如、俺の実家に姿を現した。
男はにひるな笑みを唇に刻み、実家の前に悠然と立っていた。
その声に、俺の足はぴたりと止まる。外から拾い集めた薪を抱え、室内へ運ぼうとしていた最中だった。
驚きに指の力が抜け、腕の中の薪がばらばらと地面へ転がり落ちる。乾いた音が雪気を含んだ空気に散り、胸の奥では心臓が不規則に跳ね始めていた。
逃げ場を失ったような静けさの中、男の笑みだけが、やけに鮮やかに目に焼きついていた。
「おいおい、危ねーだろ?きちんと持たねーと。足に薪、当たってねぇか?」
「…なっ、ななな、なんで…」
「くくくっ…久しぶりだなぁ?オレが学園に戻ってすぐ会いに行ったら、前日に学園を出たなんて言われて驚いたぜ。あんたが年末年始を学園で過ごさねーならつまんねぇから、オレもロランちゃんの実家で年越しするわ」
「は、はぁ?」
男は、まるで挨拶でもするかのように、さも当然の顔で爆弾のような言葉を放った。
その一言が理解に追いつく前に、思考は止まり、俺はただ口を開け閉めすることしかできない。声にならない息が、ぱくり、ぱくりとこぼれ落ち、そのたびに白い吐息となって冬の空気に滲んでいく。
凍てついた空気の中で、衝撃だけが遅れて胸の奥に突き刺さってくる。それなのに、このあたたかさは何なのか。
「どど、どうして…ここっ、!」
「何であんたの実家の場所が分かったかって?調べたに決まってんだろ。ちーと、時間かかっちまったけど、大雪になる前に来れて良かったわ。っつーことで、邪魔すんぜ」
「えっ!ちょ!ヒューゴ!」
「おっ、きちんと覚えてんじゃん。もっかい呼べ」
「…っ!」
「ロランちゃん?呼んでくんねーの?」
真冬の夕空の下ではさすがに寒かったのか、彼は毛皮のマントを揺らして、当然のように家へ押し入ろうとする。慌ててそれを止めようと、俺は思わず名前を呼んだ。
その瞬間、彼は弾かれたように振り向き、呼ばれたことが心の底から嬉しいとでも言いたげな表情を浮かべる。そして一気に距離を詰め、悪戯めいた笑みを湛えたまま、俺の顔を覗き込んできた。
なぜか胸の奥で、心臓がやけに騒がしい。音が外に漏れてしまうのではないかと思うほど、落ち着きを失って脈打っていた。
「…おい、俺の可愛いちびランランに何している?近寄るな、この子に指一本でも触れたらその毛皮を剥いで鼻の穴に突っ込むぞ」
奇妙な動揺に絡め取られ、身動きもできずにいた俺を現実へ引き戻したのは、長兄の声だった。低く、腹の底から響くその声音には、否応なく背筋を正させる威圧がある。
体がぐいっと後ろへ引かれ、気づけば俺は長兄の腕の中に収まっている。背後から伝わる確かな体温と、守るように回された腕の力に、ようやく自分が立っていた場所と状況を思い出した。
「ちびランラン?え?ちびランランつった?」
「………言うな」
「ちびランランは俺の末弟だが、この子に何の用だ。ちびランランの知り合いか?」
「えぇ?うそ、まじ?え、ロランちゃん、兄貴にちびランランって呼ばれてんの?…ッかはは!!やばすぎ!!おもしろすぎんだろ!!」
「~~っ!うるさい!ばかヒューゴ!なんで実家まで来るんだよ!やっぱりただの俺のストーカーじゃないの!?」
「あひゃひゃひゃっ!死ぬ!笑いすぎて…ッ死ぬ!!」
「ちびランラン、こいつ、煙突の中に突っ込もうか?」
「…ヴィスにぃ、俺のために殺人者にだけはならないでね」
「にぃ!?兄貴のこと、にぃ付け!?か~っ!かっわいいなぁ、ロランちゃん!」
「やっぱり俺のためにヤってくれる?」
「任せろ」
恥ずかしさでヒューゴへの殺意が増していく中、涙を滲ませるほど顔をくしゃくしゃにして笑った彼は、近付く長兄に危機感を覚えたのか、ヒィヒィ言いながら折っていた背を何とか正して叫んだ。
「悪かったって!バカにしたつもりはねぇし、悪気はなかったんだって!知れば知るほどロランちゃんがおもしろくて楽しくなっちまうだけなんだって!」
「…俺はヒューゴを知れば知るほど意味分からなくなっていくんだけど。こんなとこまで何しに来たの?」
「だから言っただろ?学園にいないあんたを追っかけてきたんだって。こんな寒空の下じゃ話せるもんも話せねーよ。説明すっから、部屋に入れてくれ」
「おい、何なんだこの厚かましいヤツは。貴族にも盗賊にも見えるぞ。こんな危なそうなヤツと知り合いなのか?ちびランラン」
「ぶはっ!」
「ヴィスにぃ、しばらく俺のこと呼ぶの禁止ね。呼んだらしばらくヴィスにぃのこと嫌いになるから」
「………え」
死刑宣告でもされたかのような絶望感を張り付けた長兄をその場に置いて、とりあえず落とした薪を拾い直してヒューゴへと背を向ける。
確かにこれから大雪が降るほどの寒い外では、落ち着いて話も出来ない。彼がこんなところまで来てしまったのなら追い返すわけにもいかないし、聞きたいことはたくさんある。まだ少しの苛立ちと羞恥を抱えたまま、足を進めた。
俺の意図が伝わったのか、彼も俺の後を着いてこようとして、さりげなく俺の腕の中から薪を掠め取る。苛立ちと羞恥の中に、ほんの少しの嬉しさが滲んでしまっていることを隠すように、俺は彼から顔を背けた。
「ロラたん!なんか騒がしかったけど大丈……だれ?どこの男?ロラたんのなに?」
薪を拾ってくるよう頼んだのは、次兄だ。2階に上がって次兄のいる俺の部屋に入ると、パァッと咲いた笑顔の花が一瞬にして枯れた。まだ面倒なのが残っていると分かったのか、ヒューゴがおもしろがる気配を感じてため息を吐く。
「あとでヴィスにぃも一緒に説明するけど、変な人ではない……いや、変な人だけど、悪い人ではない……たぶん」
「たぶん?ロランちゃんにとって、オレってやっぱ悪いヤツかー。まぁ、そうだよなー。手料理食わせて熱出したあんたを看病して泣いてたら慰めてやったけど、悪いヤツかー」
「ロロ、ロランちゃん!?手料理!?熱!?看病!?泣いてたぁぁ!?!?ロラたん!?どういうことかな!?お兄ちゃんに説明してごらん!?!?!?」
「…ラスにぃ、お願いだから落ち着いて。怖い怖い」
「ぶはははっ!すんげぇ!あんた、とんでもねぇ兄貴を2人も持ってたんだな!」
カオス。誰か全員、黙らしてくれ。
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