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腹の虫は誰よりも素直
しおりを挟む閑話休題。
現在、家の2階にある客間で円卓を囲む5人。紅一点の兄嫁はこれから何かが起こりそうな予感に胸を踊らせ、2人のバカ兄はヒューゴを睨み付け、睨まれている本人はにやにやとこの状況を楽しんでいる。
そして俺は、そんな光景を死んだ魚のような目をしながら眺めていた。
「ロランが仲良くしている後輩にこんな危険な香りがするイケてる男がいるなんてびっくりだわ!ロランが恋しくて追いかけてきたの?」
「まぁ、そうだな。オレはファレル男爵家三男、ヒューゴ・ファレル。貴族だからと言って敬語は必要ねぇ。オレも使わねーから。ロランちゃんとはイイ仲なんでよろしく、オニイサン?」
「…!?ロラたん!貴族の友達を作るのは大賛成だけど悪い男に引っ掛かるのはダメだよ!明らかに遊び人の男友達なんて、災いのもとなんだからポイッしてきなさい!男爵家とは関係もないから問題なし!」
「モララスに賛成だ。教えてもいない実家の場所を探しだして追いかけてくるだけでもいかに常識がなくてやばい男か分かる。ちびランランはまだ人を見る目が養われていないからな。学園で勉強は学べても、そこは俺たちが教えなければ分からなくて当然だ」
長兄の言う通りではあるが、ヒューゴに常識は当てはまらない。俺を追いかけてきたのだって、きっと衝動的に動いて特に何も考えずにやって来てしまったのだろう。
さすがは商人家としてさまざまな人間とやり取りをしている兄たちは、ヒューゴの危うさを即座に見抜き、厳戒態勢に入っている。いや、ただの兄バカとも言う。
「ヴィスにぃ、ラスにぃ…とりあえずその殺気をしまってくれる?客間が殺人現場になったら縁起悪いし」
「おいおい、オレが負けるとでも思ってんのか?ヤられる前にヤるから心配すんな」
「俺の兄たちに手出したら許さないよ?」
「ロラたん…!」
「ちびランラン…!」
「あんたも兄貴大好きじゃねぇか…さすがは兄弟ってところか」
「ヒューゴくん、諦めなさい。この三兄弟の絆は強くて固いから丸め込むなら3人まとめてがいいわよ」
「へぇ、なるほどな」
俺たちのことをよく分かっている兄嫁の指摘に、ヒューゴはニヤリと口角を上げて頷く。見慣れたはずの笑みだが、2週間くらい見ていなかったせいか、ひどく懐かしい気持ちになった。
彼こそ突然実家に帰っていたようだし、俺とは違って深刻な問題などがあったんじゃないだろうか。本気で年末年始はここに居座るつもりなのか。フィリオン様の言っていた、ヒューゴが人心掌握術を使っているのは事実なのか。
聞きたいことは山ほどあるのに、どれから聞けばいいのかも分からなければ、兄たちの前では落ち着いて何も聞けやしない。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、兄たちを刺激しないように話を進めるにはどうしたらいいのだろうかと必死に頭の中で考えていると――ぐぅ。俺の腹の虫が、空気を読まずに空腹を訴えた。
「…っ、お腹…空いちゃった」
「かっかわいい…!ロラたんお腹空いちゃったんだね!?そうだよね!今日はたくさんお仕事したもんね!」
「ロザリー、すぐに仕込み終わってるスープを温めてくれるか」
「ええ、もちろん。ヒューゴくんも食べるわよね?」
「…あー、オレはいい。今日の分はもう食ったから」
「あらそう?遠慮しなくてもいいのよ」
「いや、してねぇ」
彼にしては珍しく、どこか気まずそうにそれを断った。その様子に、不思議そうに首を傾げながら兄嫁は台所へと向かうため、客間を出ていく。
そうだ――彼は、人の手料理を口にできないのだった。思い至った瞬間、芋づる式にその理由までが脳裏に引き戻される。
彼自身の口から理由を聞いたわけではない。フィリオン様から告げられ、知ってしまった過去。軽く扱えない重さを帯びている過去。そして彼は、そのことをまだ俺には知られていないと思っている。
だから俺は、何も気づいていないふりをした。表情も声色も平静を装い、胸の奥に生じたざらつきを、そっと押し込める。何でもないフリをしながら、さも今思い至ったような顔で俺は悪態をついた。
「そういえばヒューゴ、人の手料理が食べれないならどうやって俺の実家に居座るつもりだったの?というか、本当にこのまま帰らないつもり?」
「窓の外見てみろよ。もう吹雪は始まってんだぜ?オレを猛吹雪のなか追い出して殺す気か?」
「そんなことはしないけど…」
「考えてもみろ、ロランちゃん。オレをこの家に置いてくれりゃ、毎日オレの手料理が食えんだぜ?それくらいの礼はしてやる。有るもので何でも作れるしな」
それは、ひどく魅力的な話だった。彼の作る料理の味を思い出した途端、舌が勝手に記憶をなぞり、涎を誘われる。喉の奥がきゅっと鳴り、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
空腹以上に、あの温もりと香りが恋しくなっている自分に気づき、胸の内で小さく息を吐いた。
「君は貴族なのに料理が出来るの?ロラたんを看病したとか言っていたけど、それも君が?」
「あぁ。部屋の鍵を失くして寒い廊下で寝たから熱出して倒れててな。粥つくって食わせたし最低限の看病をしてやった。その日の夕方にはケロリと治ってたけど」
「なんと!それでは、ちびランランの命の恩人ではないか!」
「それ本当の話?ロラたん洗脳して騙してたりしない?どう見ても料理なんてしなさそうだし人が道端での垂れ死んでても笑いながら通りすぎていきそうな見た目してるのに?」
「モララス、やめなさい。ちびランランの命の恩人に無礼だぞ」
「信じられないかもしれないけどこれがまた全部事実なんだよ。ヒューゴはこれでも来年には医学科に進むし、人は見た目によらないの権化って感じ。ちなみに料理の腕は確か。悔しいけどすんごい美味しい。口は悪いしガラも悪いけど料理は上手いんだ」
「…くくくっ、やっぱあんたを追っかけてきて良かったわ。すんげーおもしれぇ」
好き勝手言っている自覚はあるが、それさえもヒューゴはおもしろがってくれることくらい、もう分かっている。
とりあえず、自己紹介やら何やらがすんで明日からヒューゴに料理当番を任せてみようという話がまとまった食卓上で腹ごしらえをしたあと、俺の部屋で彼と2人で話をすることになった。
兄たちは俺とヒューゴを2人きりにすることに抵抗があるのか、話の内容が気になって気になって仕方がないのか。扉の外で耳をそばだてようとしていたのを追い払い、誰もいないことを確認して俺と彼は部屋の中央で向かい合って座った。
一応貴族のヒューゴが平民の質素な部屋にいるのは似合わず、また図体も大きい彼がいることで狭い部屋は余計に狭くなったような錯覚を起こす。
しかしこれでようやく聞きたいことを聞けるという安堵感と、何から聞けばいいのだろうかという緊張感の狭間で揺られていた。
「で、どーしてそんな気まずそうな顔してんの?聞きたいことあんなら聞けよ」
「……えーっと、実家に帰ってたって聞いたけど…男爵家は大丈夫だったの?」
「あぁ、一応な。まさかロランちゃんと話したあの日の夜に無理やり男爵家から迎えに来た馬車に乗せられて実家に帰らされるとは思わなかったぜ」
「え!?そうだったの!?それほどのことがあったってことは…大丈夫だった?」
「おう。まぁ…あんたには関係ねーことだから気にすんな」
彼は気さくにそう言った。けれど、その言葉の奥には、はっきりとした壁があった。
俺を心配させないためなのか、巻き込まないためなのか、それとも――知る必要がないからか。理由はいくつも思い浮かぶのに、どれ一つとして確かな手応えはない。
確かに、家の事情を関係のない俺が踏み込んで尋ねるのは筋違いだ。ただでさえ彼の家庭は複雑で、触れれば簡単に傷ついてしまいそうな気配があるし、どこに地雷が隠れているか分からない。
だから俺は、それ以上の詮索を諦めた。踏み込まないことを選んだその判断が、正しいのかどうかは分からないまま、胸の奥に小さな引っかかりだけを残して。
「てかオレこそビビったぞ。帰ったらあんたがいなくて」
「あー…俺はヴィスにぃが倒れただなんて大袈裟な手紙を貰ってさ。気付いたら学園を飛び出してきちゃった」
「あんたもよっぽど兄貴たちのこと好きなんだな。……まぁ、学園にいなくて良かったかもな」
「え?なんで?」
机に肘をつき、頬を預けたまま彼はだらりと力を抜いた姿勢でいるが、ひと呼吸置くように視線を遠くへと流すと、その先に何を見るでもなく、しばし黙した。やがて、何かを決めたように小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「――侯爵令息が、アイツの婚約者候補を階段から突き落としたらしいぜ」
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