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美容室ミラン
しおりを挟む美容室ミランの駐車場に車を止めて外に出る。
着いてから気付いたが、名刺に電話番号が載っていたのに予約も電話もしていなかった。
春日井さんはいつでも来てと言ってくれたが、本当に突然やって来て突然カットしてもらえるのだろうか。
子供の時は近所にあったおじさんがやってる床屋で髪の毛を切って貰っていたが、いつの間にかその役目は礼於になっていて、特に自分の髪型に無頓着な俺は好きなようにやらせていた。
だからオシャレで本格的な美容室に入るのは初めてだ。今更少し緊張しながら店に近付くと大きな窓と鏡がたくさんあり、中は丸見えだった。
そのおかげですぐに春日井さんの姿を見つけ、また彼も俺に気付くと驚きながらも柔和な笑みを浮かべて店のドアを開けてくれた。
「白犂くん!まさか昨日の今日で来てくれたなんて嬉しい。いらっしゃいませ、どうぞ入って?」
「あ、ありがとうございます」
「制服姿だね、学校帰りなんだ。…そちらの方は?」
「突然お邪魔して申し訳ありません。玖波白犂の高校で数学教師をしています、橘と申します」
「学校の先生でしたか。どうぞそんな固くしないで下さい。こちらで座ってお待ち下さいね。コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」
「俺は紅茶で」
「コーヒーでお願いします」
さすが社会人同士、丁寧なやり取りを俺の目の前で披露した。
はっ!これは鬼畜眼鏡教師×天然癒し系美形カップルの出会いになるのでは!?俺は今から恋のキューピッドになります!
……って、春日井さんには彼女いたんだった。いや、妄想の中は俺の思い通りの世界になる。この2人で壮真と腐トークに花を咲かせよう。
案内された赤い革製のソファに腰を下ろし、不躾にも店内をじろじろと眺めてしまう。
大きな窓、というか壁がすべて窓になっている店の正面に、鏡と椅子がそれぞれ6つあり、その後方にシャワー台が8つ。そして窓側とは反対側にも鏡と椅子が6つあった。
シャワー台が鏡に挟まれているような形だが、その間にはぼやけた仕切りがあり、向かい合ってる鏡と鏡がぶつかり合うことはない設計になっている。
キラキラとした明るい証明に何やら店内はいい匂いで包まれていて、髪の毛をくるくる巻く色とりどりのちくわさんやヘアーアイロンらしきものが所々にあった。
今は17時半を過ぎた頃だが、店内にいるのはお客さん7名と春日井さん以外にスタッフらしき人が4名いる。
俺たちが珍しいのか、鏡越しに向けられる視線が痛かった。
「すごい美容室の名刺もらったな、お前」
「うぅ…まさかこんな大きくてキラキラした美容室だとは思いませんでした。しかも名刺を渡してくれたあの人、春日井さんって言うんですけどどうやらオーナーさんみたいです。経営してるって言ってたから」
「本当に高校生のお前を無料でカットしてくれるのか?万が一の時は俺が払ってやろう」
「橘先生がいてくれて本当によかった…」
別に人見知りでもないし他人の視線をあまり気にしない俺だが、居心地の悪さは気になるもので。場違い感と未知の世界に足を踏み入れた感が半端なかった。
橘先生が一緒じゃなかったら、即回れ右で帰っていたところだ。
こそこそと話をしているとコーヒーと紅茶を載せたトレイを持った春日井さんが戻ってくる。目の前の丸テーブルに置いてもらい、お礼を言った。
「一応確認だけど、白犂くんの髪の毛をカットするために来たんだよね?」
「あ、はい。昨日言って頂いた言葉が本当なら…ぜひ、お願いしたくて来ました」
「もちろん本当だよ。丁度僕の手が空いてる時でよかった。だけど、どうして先生もご一緒に?」
「今日の頭髪検査で俺が注意されて…春日井さんの美容室にすぐに行くって言ったんですけど初めての美容室で緊張するし不安だったから、暇そうな橘先生も一緒に着いてきてもらったんです」
「おい、誰が暇だって?」
「嘘ですご厚意でついてきてもらいました」
「ふふっ、仲がいいんですね」
俺と橘先生のやり取りにふわりと花が咲くように笑った春日井さん。
あぁ、めちゃくちゃ癒される…この店内に漂ういい香りはこの人から出てるんじゃないだろうかと本気で思うレベルで癒される。
出された紅茶も何かお花っぽい匂いと味がして心を温めてくれた。
「もしよろしければ、橘先生もカットして行かれますか?もし必要なければシャンプーやトリートメントだけでも違いますよ。お代は白犂くん価格で無料です」
「せっかくのお誘いですが私は大丈夫です。ありがとうございます」
「えー橘先生もやってもらえばいいじゃないですか!絶対気持ちいいですよ!春日井さんの指!」
「バカかお前。俺まで美容室に行きましたと分かるような髪になって明日学校に行ってみろ。絶対神林は気付くぞ」
「…確かに。さすがです命拾いしました」
危ない危ない、少しでもこの2人の絡みを見たい欲求で軽く言ったが、奴にバレる危険性が高まることは避けるべきだ。
ここは橘先生には大人しく待っててもらおう。
いや、ここまで付き合ってもらったしこれ以上迷惑をかけるのも忍びない。家はここから徒歩で帰れるし橘先生のお仕事も終わらさなければ。
「先生、もうここまで来れたので後は1人で大丈夫ですよ。家もこっから近いし、俺がカットしてる間待ってるだけもつまらないでしょう」
「それは別に構わないが…確かに家が近いなら神林が探し出してここに来る可能性もあるな」
「あ、それが一番厄介ですね」
「本当は最後まで付き添ってやりたいが、仕方ないな。この先は鞄をスタッフに預けてしまったから携帯の電源を入れることも連絡も出来なかったことにして、終わったら急いで帰れよ」
「はい。橘先生、本当にありがとうございました」
「何かあればさっき教えたメアドに連絡しなさい。今日、帰ってから神林にバレたかバレなかったかも報告しろ」
「了解です!気を付けて帰って下さいね」
鞄を持って立ち上がった橘先生にもう一度お礼を言う。
俺のカット代を財布から取り出そうとする橘先生を春日井さんがやんわりと、しかし引かずに止めた。
橘先生が車に乗るまでお見送りをした後、俺はシャンプー台へと案内された。
「よろしくお願いします」
「はい、お願いされます。とりあえず、眼鏡は預かっておくから外してもらえる?」
「あ、はい」
眼鏡を外して春日井さんの手に乗せる。ばさりと目の上を覆う前髪に、これは確かに指導対象になるわと内心苦笑した。
シャンプー台に座り、背もたれがゆっくり倒されていく。顔にかかっている前髪を春日井さんの手で後ろに撫で付けられて、一瞬、彼の動きが止まった気がした。
「どうしました?」
「えっ、あ、いや何でもないよ。それじゃ、顔にガーゼ乗せるね」
パチリと目を開けて横に立つ春日井さんに聞けば、少し目を泳がせながらも手の動きを再開した。顔にガーゼとか死んだ人みたいだなと笑いそうになるのを堪えるのに必死だ。
シャワーの温度は熱くないか、痒いところはないか、強さはどうかなど聞かれながらシャンプーをされる。すごい、プロの手ってこんなに気持ち良いんだ。
きっとこの人は特別に上手いんだろうなと比べる相手もいないのに漠然と思った。
思わず眠りかけた意識をシャワーの音が止んだことで引き戻される。
背もたれを起こされ、柔らかく肌触りのいいタオルで髪の毛を拭かれた後、大きな鏡の前にある椅子に案内された。
「どうぞ。ちょっと眠りそうだった?」
「はい…すっごく気持ちよくて…これを経験できなかった橘先生が哀れですね」
「ありがとう。ちゃんと白犂くんの顔を見てビックリしたよ」
「あぁ、平凡そのものって感じですよね」
「え?全然違うよ。とても可愛くてビックリしちゃった。アイドルみたい」
「ははは、お世辞でも嬉しいです」
「本当だよ?まぁでも、男の子が男に可愛いって言われても嬉しくないか…」
「自分の顔に興味ないんで嬉しいとも嬉しくないとも思わないですよ」
俺がそう言うと春日井さんは困ったように笑って、俺を白いてるてる坊主状態に仕上げた。鏡に映る自分の姿が面白くて、笑みが自然と溢れる。
「それじゃあ、切っていくね。どれくらいがいいとか、こんな髪型がいいとか希望ある?」
「全くないので春日井さんにお任せします」
「本当?今までの白犂くんとは全然違う白犂くんにしてもいい?」
「髪型が変わっても中身は変わらないので問題ないです。よろしくお願いします」
「楽しみにしててね」
そう言ってマイナスイオンを垂れ流しながら微笑んだ春日井さんの持つハサミが髪の毛に差し込まれる。
シャキシャキと小刻みに紡がれる音、ハラハラと落ちていく切られた黒髪、慣れた手つきで迷いなく切っていく鏡の中にいる春日井さんの姿をじっと見ながら、それを受け入れていた。
途切れることのない他愛もない話をしていたが、その中でも俺がとても驚いたのは春日井さんの年齢だ。
てっきり20代前半くらいで若いのにオーナーなんてすごいなぁと思っていたのだが。
「えぇ!?春日井さん、30歳なんですか!?」
「うん、そうだよ。白犂くんとは一回り以上も違って恥ずかしいな…」
「いやいや、こんな若くて癒し系の30歳なんていないですよ…天然記念物に推薦したいくらいです」
「ふふふ、白犂くんって面白いね。ギャップがすごいや」
「春日井さんの年齢のギャップの方がすごいですよ!」
このお店をオープンした経緯、今までの下積み時代、美容師という仕事のやりがいなど、色んな話を聞かせてくれた春日井さん。
話をしていたのは20分ほどだったが、いつの間にかカットは終わっていたらしい。バサリと音をたてて、てるてる坊主から人間へと戻った。
そして鏡の中に映る自分を見つめる。
前髪は眉の少し上くらいで揃えられ、全体的に重い印象だった両サイドも軽くなっていた。
髪型1つでこんなにも印象が変わるんだなぁと驚きつつ、目に前髪がかかってこないことが少し落ち着かない。
「これでどうかな?めちゃくちゃ可愛く出来たなって自分では大満足かも」
「春日井さんが言うなら間違いないですね!ありがとうございました。スッキリしました」
「とてもよく似合ってる。…今まで隠していたのがもったいないくらい。素材が良すぎるね」
「美容師の腕がいいと誰でも似合う髪型にしてくれるんですね。本当にすごい」
首についた髪をタオルで取ってもらい、最後に毛先に何か液体をつけられた。
何をつけられたか分からないけどいい匂いもするし、きっと悪いものではないから追求はしない。
すべての工程が終わり、俺は椅子から立ち上がった。
まだいるお客さんやスタッフさんからの視線が集まっているような気がしたが、春日井さんにしてもらえた俺への羨望の眼差しだろう。
「春日井さん、本当にこんなよくしてもらったのにタダでいいんですか…?」
「もちろんだよ。白犂くんはスーパーの救世主だからね」
「スーパーの救世主…」
「よかったらまた来てよ。個人的にメールもしたいから良かったらLIME交換しない?」
「…えと、LIMEは事情があってやってなくて。メアドでもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃ、前貰った名刺にメアド書いてほしいです」
「律儀に持ってきてくれたんだ。はい、このメアドだから間違えないように送ってきてね」
「はい!本当にありがとうございました」
「もう暗くなってきたから気を付けて帰ってね」
外に出てお見送りをしてくれた春日井さんに向かって俺は大きく頭を下げた後、背を向けて自宅を目指した。
鞄を持ち直し、店内ではつけなかった眼鏡をつける。鞄の奥で眠っていたスマホを取り出し、恐る恐る電源をつけた。
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