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手作りクッキーが捨てられてた話

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 手作りが食べられない不器用執着攻めに自己肯定感低い健気受けが家庭科で作ったクッキーを渡しに行くけどそのクッキーがゴミ箱に捨てられているのを見てしまったすれ違い話。

 受けは逸る気持ちを抑えながら、ラッピングされた小袋を大事に胸に抱え、攻めのクラスへと向かった。
 受けと攻めは高校で出会った。1年の時に同じクラスになり、ひょんなことから仲良くなった。受けはいわゆる陰キャで攻めはカーストトップの陽キャだったが、同じ図書委員会に入ったことで急接近。顔を合わせれば挨拶だけでなく他愛もない話を交わし、放課後遊びに行くくらいには仲良くなった。
 優しく穏やかな攻めに受けが恋をするのは必然だった。元々女性に恐怖心を抱き、男性に安心感を覚える受けの恋愛対象は男性だったのだろう。それでも受けは攻めと友達として共に過ごせれば十分だと高望みはしなかったし、夢見ることもしなかった。
 攻めはイケメンで性格も良いから当然のようにモテたが、特定の彼女を作っている様子はなかった。2人らまだ一度も恋バナをしたことはなかったが、攻めにいつ彼女が出来ても祝福出来るよう、笑顔で「おめでとう」と言う練習を欠かさなかった受け。しかしそんな練習の成果を発揮する場面は、2年になってクラスが離れても訪れなかった。
 どうしてこんなにかっこいい攻めに彼女がいないのか不思議でたまらず、受けはある日の放課後、一緒に帰りながら何気なく攻めに聞いてみることにした。

「あ、そういえばAくんとBさんが付き合い始めたんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「なんか2年に上がってから次々とカップル成立している気がする」
「そう?全然気にしてなかった」
「せ、攻めは彼女つくらないの?」
「…俺はいらないかな。受けと過ごす放課後の時間が好きだし」
「ぼ、僕も!でも攻めはかっこいいんだから告白もたくさんされるでしょ?」
「まぁ、それなりにね」
「どうやって断ってるの?」
「んー?内緒」
「え!?そ、そっか」

 攻めに内緒と言われたことに地味にショックを受けたが、受けは取り繕った笑みを向けて何とか話題を変えた。
 しかしどうやら攻めは受けとの時間を失いたくないから彼女などいらないらしい。それが本心なのか社交辞令なのか分からないが、嬉しさが込み上げる。攻めの言葉を信じたいなと思った。

 とある日、受けのクラスは家庭科の授業でクッキーを作った。高校生にもなってクッキーなんてと思ったが、案外簡単に作れたことに楽しさを見いだす受け。もっと上手になったら攻めに食べてもらいたいなと思っていたが、せっかくだし初めて作ったクッキーだけど攻めに渡したくなった。
 綺麗に小袋に包み、攻めのクラスまで勇気を振り絞って向かう。入り口からそっと中を覗くと、攻めは女の子たちに囲まれてとても楽しそうにしている。その姿に胸が軋むものの、もう何度も見慣れている光景だ。本当は直接渡したかったが、彼らの邪魔をしてはいけない。それにずっとクッキーを手に持って歩くのも恥ずかしい。だから受けは近くにいた攻めのクラスメイトに攻めに渡してほしいと半ば無理やり押し付け、逃げるようにして自分のクラスへと戻った。
 昼休み中に食べて放課後感想を聞かせてくれないかな、と思いつつ待ち遠しかった放課後になると一目散に教室を抜け出し、攻めのクラスへと向かう。普段は攻めが受けを迎えに来てくれるが、待っているのは落ち着かず自然と足が攻めの方へと向いていた。
 ドキドキと弾む鼓動を抑えながら攻めのクラスをひょっこり覗く。攻めは廊下側に背を向けていて、男子生徒と話し込んでいた。しばらく待っていようかなと思ったところで、ふと目についた黒板横のゴミ箱。その中に、受けが作ったクッキーの小袋が無造作に捨てられていた。
 ガツン、と頭を鈍器で殴られたようなショックを受け、軽く眩暈までしてくる。すると受けに気付いて声をかけてきたのは、攻めに渡しといてと頼んだはずの男子生徒だった。

「あぁ、攻めは人の手作りがダメなんだよ。前も他の女子に手作りのチョコ貰ってゴミ箱に捨ててたから」
「え…?」
「でもせっかく作ってくれたのに捨てるなんてひでぇよな。なぁ、これ俺が貰っても良い?」
「あ…ど、どうぞ」
「ありがと。俺Cっていうんだ。前から受けと話してみたかった。よろしくな」
「よ、よろしく」

 ゴミ箱の中から躊躇ない手付きで小袋を拾ったCは軽薄そうな笑みを浮かべながら、早速袋を開けてクッキーを食べた。

「ん、うまい!よく作んの?」
「いや…今日、初めてで…」
「初めてなのにすげーじゃん!なぁ、今度…」
「ご、ごめん!僕もう行かないと」
「ちょ、おい!」

 初めて作ったクッキーを褒めてもらえたのにゴミ箱に捨てられていた光景が脳裏に焼き付いて離れず、胸に太い棘が刺さったように痛かった。涙が出てしまう前に離れなければ、と踵を返し、まだ何か言いたそうだったCを残して走り出す。涙が溢れる直前、空き教室へと体を滑り込ませた瞬間、糸が切れたように涙が頬に散らばった。
 攻めが手作りを捨てるほど嫌いだとは知らなかった。そんなことも知らず、受けは初めて作った拙いクッキーを食べてもらおうとしたのだ。でもまさかゴミ箱に捨てられるとは思ってもみなかった。でもそれほどあの優しい攻めが手作りに嫌悪しているということだ。
 もしかしたら男が男に渡したのも気持ち悪いと思われて嫌われたかもしれない。もしかしたら受けの下心に気付いて友達をやめたいと思ってるかもしれない。次々とネガティブな思考が沸いてきて、受けは1人空き教室の隅っこで蹲った。

 どれくらいそうしていただろうか。ほんの数分だった気もするし永遠のような気もした。スマホは教室の鞄の中だし、早く鞄を持って帰らないと。もう攻めは受けに愛想を尽かして帰っているだろう。もう二度と攻めと一緒に帰ったり、放課後遊んだり出来ないんだなと思うと悲壮感が漂う。いつまでもここでこうしていられないと思い、立ち上がったとき。

「受け…!やっと見つけた!」

 扉を勢いよく開けて現れたのは、汗をかき息を乱した攻めだった。攻めに合わせる顔の準備をしていなかった受けは咄嗟に俯き顔を隠す。すると攻めは大股で受けの元へと来ると受けの頬を両手で掴んで顔を上げさせた。

「受け、ずっと電話してたのに何で出ないの?どうしてここにいたの?誰といたの?何してたの?」

 肩で息をしているのにノンブレスで質問攻めをされる。攻めから強い怒りを感じ、やはり起こらせてしまったんだと受けは恐怖で震えた。

「ご、ごめん…っ、僕、攻めが捨てるほど嫌いなことを知らなくて…気持ち悪かったよね?もう僕といたくないだろうし、攻めに近付かないから…」
「はぁ?急に何言ってんの?意味分かんないこと言わないでくれる?」

 さらに怒りの炎を増した攻めの様子を見て、受けはさっき止まったばかりの涙がまた滲むのを感じた。

「ごめっ…ごめんなさい!僕、本当にただ攻めに食べてもらいたかっただけで…」
「食べる?何を?」
「え?く、クッキーを…」
「クッキー?何の話?」

 心底不思議そうな顔をする攻めに受けはまさかと思いながらも確認のため説明をした。

「家庭科の授業で初めて作ったクッキーなんだけど…攻めに食べてほしくてクラスの人に渡したんだ」
「はぁ?貰ってないけど?どこのどいつに渡した?」
「えっと…Cくん。でもさっき攻めのクラスに行ったときゴミ箱に僕のクッキーが捨てられてて…」
「はぁ!?」

 突如大声で叫んだ攻めの態度を見て確信する。自分の愚かな勘違いを。

「せ、攻めが人からの手作りは嫌いだから捨てたんだと言われて悲しくて…」
「なわけない!あり得ない!今そのクッキーはどこ!?」
「Cくんが自分が貰ってもいいかって言ってさっき食べてた」
「…ふざけんなよ。なんだそれ」

 真っ黒な目で暗い声を出しながら吐くように悪態をついた攻め。こんな攻めの表情を見たことがなかった受けは、普段の優しい攻めとは間反対の様子に背筋を凍らせた。

「許したの?受けが初めて作ったクッキーを別の男が食べるのを?」
「ご、ごめん…」
「俺が受けの作ったものを捨てたと信じたの?」
「…ごめんなさい。よくよく考えたら攻めはそんなことする人じゃなかった」
「確かに人の手作りは苦手だよ。絶対に受け取らない」
「え…」
「でもそれは受け以外の話!受けのものなら何でも嬉しいよ。受けの初めてのクッキーを奪った挙げ句、俺たちの仲を壊そうとしたクズはどうしてやろうか…」

 目を真っ黒にしながら暗く淀んだ声で低く吐き出した攻めの尋常じゃない様子に背筋が震える。いつも優しく穏やかな攻めからは結び付かないような、どろりとした何かを感じた。攻めを怒らせてしまったことに顔面蒼白となった受けはとにかく謝ることで許しを請おうとする。

「ほ、本当にごめんなさい…」
「何が悪いか本当に分かってる?俺が何に怒ってるか本当に分かってる?」
「それは…」
「受けの初めては全部俺のものにしなくちゃ気がすまないってのに…初めてを奪われやがって」
「…え?」
「Cを殴ってクッキー吐き出させないと気が済まないや」
「な、にを…」

 あまりに恐ろしいことを言う攻めに、受けは目の前の攻めが別人のような錯覚を起こした。
 これは本当に僕の知っている攻めなの?攻めはこんな怖いことを言う人じゃなかったのに……。

「Cはずっと受けと話す機会をうかがってた。俺がずっと牽制して来たっていうのにほんの隙間に入り込みやがったな」
「せ、攻め…?」
「受け、俺は確かに手作りは嫌いだけど受けの手作りなら喜んで食べる。だからまた作って俺にくれるよね?もちろん受けの作ったものは俺以外の誰にもあげたらダメだよ。受けが作ったものが他人の胃の中に入るなんて…許せないから。分かった?」
「う、うん…」
「あとCとは二度と話さないで。目を合わすのもダメ。話しかけられても無視してすぐに俺を呼んで」
「どうしてそこまで…」
「受けには俺だけがいればいいでしょ?俺以外の存在が必要?」
「…でも、攻めに彼女とかいつか出来たら僕は1人ぼっちになっちゃう」
「そんな未来は来ないから大丈夫」

 にこりと薄ら笑いを浮かべる攻めの圧におされ、受けは混乱する頭をよそに、攻めの言葉を呑み込んだ。

「これから俺の家でクッキー作り直してくれる?受けの手作り食べたい」
「え!?も、もちろん!食べてくれるなら嬉しい」
「受けの作るものは全部俺のだからね?俺以外に二度とあげないで」

 どうしてそんなことを言うのか不思議だったが、受けは攻めに自分の手作りクッキーを食べてもらえることに歓喜してどうでもよくなった。

「いつか受けのことも食べさせてね」

 そう言った攻めのどろりとした声は受けの耳に届かなかった。終

補足
 このあとCは何かしらの事情で転校したことを知る受け。攻めは受けへのヤンデレ染みた執着を隠しながら着実に外堀を埋めていたが、受けの初めてを1つ別の男に奪われたことによって化けの皮が剥がれる。しかし受けは鈍感なのであの時の攻めは怖かったなで終わる。告白して付き合うまでが長い。
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