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Funky Monkey Bloody

ヘンリー・ガルサム

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 アルヴィラとの対面から数日が経った。
 俺の呪いを解く為に3人目の資格者を探したり、排斥派に関する情報を探らねばならんのだが、特に行動を起こすわけでもなく、ダラダラと無駄な時間を過ごす日々。

「ふぁ…ああぁあぁ」

 やることと言ったら男娼しごとくらいしか無い俺は、娼婦相手に頑張った翌日の昼ごろに、相変わらずだらしない格好で宿の一階に降りてきた。

「おーす、おはようさん」

「おはよう」

「おはようございます」

「ん」

 適当に挨拶をすれば、吸血種ノスフェラトゥ三人娘が挨拶を返す。
 三人の近くの席に着いて食事を注文し、頬杖を付いてもう一度欠伸を噛み殺した。

「ビット・フェン、一体何時までこうしているつもりだ?」

「こうしているって、何が?」

 言いたいことは分かっているが敢えてとぼける。

「排斥派の情報を探るでもなく、貴様の目的を果たすでもなく、何時まで時間を無駄にするつもりだ、と訊いている。というか貴様、分かっててとぼけただろう」

「はっはっはっ。流石キーシャ、雇用主ボスの心情を読み取るとは、良い補佐役だぶるぁッ!」

 おちゃらけてキーシャの頭を撫でてやると、バチコーン!と額に強烈なデコピンを返された。
 痛い!ってか熱い!!

「いてぇな!何すんだコラぁ!」

「あまりフザケていると、次は股ぐらを潰す」

「すいませんでしたぁ!」

 冷徹な据わった目で睨まれて股ぐらが縮こまる。
 俺は間髪をいれず土下座した。
 あの目はヤる。確実に商売道具を潰される。

「…で、貴様の答えを聞こうか」

「あー…弁解とか言い訳とかじゃあ無いけど、一応裏で動いてはいるんだよ。一応な」

「裏で?」

 アルカ嬢は首を傾げて俺を見た。
 ま、そろそろネタばらししても良いかな。

「教会に行ったあの日から、ギンの私兵を動かしてもらってる。特に隠密行動や情報収集に特化した連中をな」

「ギンさんの私兵、ですか?」

 オウム返ししたジャコに頷く。
 確かにあいつは卓越した魔術師ではあるが、それだけでガルサの娼館街をのし上がった訳ではない。
 あいつが手塩にかけた弟子は、何も娼婦達だけじゃねぇって事だ。
 娼館街の全てを支配するあいつには、魔法、体術、情報収集力、様々な状況に対応出来るように自身の手駒として私兵を囲っていた。
 そいつらを使って水面下で動き、敵になりそうな連中の弱みを根こそぎ握って、ガルサの裏の世界を完全に掌握したのだ。
 ………そのノウハウを教えたのは俺なんだけど、その辺りはどうでもいいや。

「ガルサの外で排斥派に関する情報を色々集めさせてるから、それなりの時間は掛かっても、手がかり位は掴めると思う」

「…本当に?」

 反対方向に首を傾げている嬢へ苦笑しながら三度頷いた。
 それに俺の場合は元々表立って動くよりも、搦め手の方が性に合っているというのもあるのだが。

「それに、手が足りねぇなら、『表』からも動いてもらうかも知れねぇし。……………気乗りはしねぇけど」

「気乗りはしない……?あの、ビットさんは善意で協力してくれているんだし、無理はしないでね?」

 俺が渋い顔をしたのを見て、アルカ嬢は心配そうにそう言ってくれる。
 どうやら俺の表情から危険なことをしようとしていると勘違いしているらしい。
 先日蛇共と殺り合った一件から、嬢は俺が火中の栗を拾うことに対して、過敏な反応をしがちに見える。

「心配しなくても、荒っぽいやり方じゃねぇから大丈夫。第一俺ぁ死なねぇって知ってるだろ?」

「それはそうだけど…」

 歯切れの悪そうな表情で嬢は目を細める。
 心配いらねぇってのに。
 俺と嬢の間にどんよりとした微妙な空気が流れる。
 ……いかん、間が持たん。

「さーて、メシ食ったらギンに情報収集の経過でも聞きに行こうかね」

 俺はこの状況を打破するために無理矢理話を軌道修正することにした。

「あ、私達はもう食べたから。先に上で用意してるわね」

「はいよー。女の用意はなげぇからな。気長にメシを堪能させてもらうわ」

 嬢達の背中を見送りながら、俺は昼食が来るのを待つ。
 今日のメシはなんだろなー。






 今日のランチはチーズを乗せたハンバーグでした。満足。
 俺がメシを食い終えて適当な上着を羽織った頃に嬢達の用意も終わっていた。
 ………外出の用意に30分以上掛けるって、女は本当に用意が長い。

「……うーし、そんじゃあ行こうか……ね?」

 玄関をあけて外に出るが、半ば程開けて外の光景が目に入った瞬間、全ての動作が停止した。

「ビット・フェン?…………む」

 後ろからキーシャが顔を出し、俺の視線の先を見て表情を変える。
 眼前には、一台の馬車が止まっていた。
 だが、その馬車を引いているのは馬ではなく、全長3メートルほどの獣脚類ラプターによく似た、ライドディノと呼ばれる竜の魔物が2頭。

「……………あー…もうそんな時期か」

 馬車に飾られた、弓矢を掴む一羽の鷲の家紋を見て全てを把握した。
 ………どうやら、『表』の方からちょっかいをかけてきやがったらしい。
 俺が出てきた瞬間、馬車から数人の騎士が降りてきて俺を両脇から抱え上げる。

「キーシャ、後は任せた」

「お、おい!」

 こいつらが何者か、俺の記憶から理解しているキーシャへそう言葉をかけ、無抵抗のまま馬車の中に引きずり込まれた。





 ライドディノに引かれ、ビットさんを攫った馬車が街道を駆けて行く。
 あまりにも迅速なその行動に、私もジャコも呆気に取られて止めに入る暇も無かった。

「………行くか」

 私達が呆けていると、一番に我を取り戻したキーシャがそう言った。

「キーシャ、行くってどこに?」

「ギン・ヴィレの所だ」

 ビットさんに貰ったキャスケットをかぶり直しながら、キーシャは私にそう返す。
 自分の雇い主が攫われたというのに、少々薄情過ぎはしないか。
 目だけでそう訴えると、キーシャは不満そうに溜息をつく。

「今の馬車を追いかけてビット・フェンを助け出すのは造作も無い。アレがただの人攫いならな」

 機嫌の悪さを隠そうともせずに、キーシャがそう言った。

「……どういう意味ですか?」

「なんの用意もなく喧嘩を売るには、少々面倒な相手という意味だ、特にこのガルサではな。化け提灯ジャック・オ・ランタン

 喧嘩を売るには面倒な相手?
 キーシャがそんな言い回しをするのは珍しいわね。
 私の疑問を余所に、「やれやれ、本当に面倒な男だ」と言ってキーシャは歩き始める。
 淀みなく娼館街へ向かうその背中を、私とジャコは慌てて追いかけた。





「…………………………………………あの、アホ」

 ギンさんの屋敷にたどり着き、ギンさんへ事の次第を報告すると、ギンさんは持っていた煙管をへし折らんばかりに拳を握り、わなわなと震わせていた。
 ………怖い。

「とっとと行くよ、お嬢ちゃん達もついて来なね!」

 腹わたが煮えくり返っているギンさんはそう言って立ち上がり、上着を羽織って部屋を出て行った。

「ええっと…なんでギンさんはあんなに怒っているのかしら?」

「………弓矢を持つ鷲の家紋」

 私の疑問へキーシャは静かに口を開いた。

「あ、あの馬車に飾られていた家紋の事ね。……それがなんなの?」

「ビット・フェンは幾度と無く、あの家紋を持つ貴族に攫われている」

 「私が見た奴の記憶の中では、ほぼ毎年のようにな」と勿体ぶった口調でキーシャが言葉を続ける。

「あの家紋は、このガルサを治める領主…………ガルサム家のものだ。早く行かないとはぐれるぞ?」

「領主って…あ!待ってよ、キーシャ!」

 そう締めくくってキーシャはギンさんを追いかけ、私達もそれに続いて街へ出る。
 領主に何度も攫われるって、ビットさん一体何したの!?





 前方を歩くギンさんは憤怒を隠すこと無く、不機嫌そうに煙管を飲んで煙を吐き出す。
 ………いつものギンさんらしくないわね。
 ビットさん曰く、彼に恋慕しているギンさんが、キーシャに攫われた時や、蛇王ナーガ達に襲われた時には特に怒りはしなかったのにもかかわらず、何故ビットさんが領主に攫われただけであんなにも怒っているのかしら。

「ビット・フェンは基本的に危険に遭っても『実害は無い』からな。一時的な行方不明なら然程問題ではない」

 キーシャの話に私とジャコは頷く。
 アルヴィラ様にお会いした時…いいえ、その前から薄々は感づいていた。
 ビットさんが千年を超えるほど永く生きてきた、これは真実。
 でも、彼が吸血種ノスフェラトゥ並の回復力を持っている、というのは私達の大きな勘違いだった。
 彼は吸血種並の回復力を持つ人間なのではなく、『死なない人間』なのだ。
 キーシャに首を切り落とされても、蛇王にお腹を切り裂かれても、頭が吹き飛びそうなほどの高熱を発しても彼は死なない。それがビット・フェンというヒトの性質。
 彼がやたら自分を大事にしないのは、自分が幾ら傷ついてもすぐに治ってしまうからだと、私達は気付いてしまった。

「……だが、領主に攫われた場合は話が違う」

 私達はビットさんの正体に付いて考えながらキーシャの言葉に耳を傾ける。

「領主であるガルサムは、ビット・フェンに並々ならぬ執着を持っているからだ」

「…執着?」

「奴の性格は褒められたものではないが、外見は女と見紛うほど良い。領主はその見目のいいビット・フェンをかなり気に入っているらしい」

 ………確かに。
 ビットさん、顔立ちは物凄く綺麗で、たまに嫉妬するぐらい色っぽく見える時がある。……永く生きてきた所為か、やたらおちゃらける事が多いけど。
 でも正直なところ、真面目な顔をしている時は、不意打ち気味にどきりとさせられる事が多い。
 蛇王達への対策を思いついた時も、蛇姫ラミアにトドメを刺した時も。
 あの、寒気を覚えるほどの冷たい相貌かおは、私も強烈に引き込まれた。

「領主はビット・フェンを、自分だけの『美術品』扱いして愛でる、ある種の好事家だ。そして、そこがギン・ヴィレの怒る理由さ」

 呆れたように溜息をつくキーシャ。
 どういうこと?

「奴が娼婦専門の男娼をやっているのは知っているな?」

「え、ええ、まあ…」

 初めて聞いた時は驚いたけど。

「奴が長期間仕事をしないとなれば、娼婦達のモチベーションに支障が出る。だが領主はビット・フェンを延々と愛で続ける。結果どうなる?」

 …………あ。

「……商売上がったり?」

「そういうことだ。あの女がただ単にがめついというだけじゃなく、ビット・フェンを好いているというのも、一応の理由なのだろうがな」

「…………」

 当たり前の様に彼のことを分かっているキーシャ。
 なぜだか胸がチクリとした。

「こら、何ぼさっとしてんだい!早く来ないと置いてくよ!」

「え、あ、待って!」

 前を行くギンさんに急かされて私達は、領主の屋敷への道を急いだ。





「………で、今回はこの格好、と」

 俺は着せられた服を見て辟易とする。
 周囲は鳥カゴを思わせる檻。ちょっとやそっとじゃ出られない。

「ああ、いい!いいわぁ!やっぱりあなたは最高の美術品よ!」

「毎回毎回、飽きねぇなぁ、お前」

 俺を攫うように指示した張本人へじろりと視線を送ると、そいつは俺の視線を浴びて身体を掻き抱き、ぞわぞわと悦に浸る。
 相変わらずキショイな、こいつ。

「…………そろそろ、ギンが来る頃かね」

 誰に言うでもなくぽつりと呟く。
 直後、外で轟音が響いた。





 ドゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!!と爆発音が響く。
 領主館に到着した直後、ギンさんが念動力サイコキネシスで正門を吹っ飛ばしたのだ。
 そのままギンさんは領主館の内部へ侵入していく。

「ぎ、ギンさぁーん!?いきなり何やってるのぉぉぉ!?」

 慌ててギンさんを追いかけながら私は叫んだ。

「心配いらん。毎回『こう』だ」

 追いかけながら次第を傍観するキーシャは淡々とそう言い放つ。
 いくらなんでも冷静すぎない!?

「ヘェェェンリィィィィィィ!!!どぉぉこだぁぁぁい!!!」

 念動力であちこちへ破壊活動をしながらギンさんは叫ぶ。
 ヘンリー?

「ヘンリー・ガルサム。領主の名前だ」

 私の顔を見て察してくれたのか、キーシャが解答を教えてくれた。
 ………それにしても。

「……領主ってヒトは、つくづく変人が多いわね」

「…………」

 私の呟いた言葉に、私の素性を知っているキーシャは一度意味深な目で私を見てから、更に先を走った。

「そろそろ着く頃だ、急げよ」

「あっ!置いてかないで!」





 しばらく走っていた私達は、ひとつの扉の前で立ち止まる。
 廊下を走っていた時にざっと見た扉とは明らかに違う、凝った彫刻を表面にあしらった部屋の扉。
 領主であるヘンリー・ガルサムなる人物にとって重要な部屋らしい事は見て分かった。

「やっぱりここかぁい…」

 幽鬼のように髪を揺らしながら、ギンさんは手に魔力を集中させ、青く燃える火の玉を生み出す。
 ………怖い。

「一体何べん営業妨害すりゃぁ気が済むんだい、ヘェェェンリィィィィィィ!!!!」

 叫びながらギンさんは火の玉を全力投球、一撃で扉が粉々に吹っ飛んだ。
 ギンさんはドタドタと荒々しく、私達はそれに続いてバタバタと慌ただしく部屋の内部へ踏み込む。

「あ」

「…え?」

 部屋の中央には鳥カゴを思わせる檻があり、その中央には、1人の『女の人』が囚われており、今の爆発に動揺すること無くちょこんと座り込んでいた。
 白と黒の入り混じった灰色の長髪をしたそのヒトは、白と黒に彩られたゴシックロリィタ調のドレスに身を包み、首輪と手首に掛けられた革手錠を細長い鎖で繋がれている。
 体型はかなりスレンダーだけど、背は高めですらりとした印象。
 顔立ちはかなり綺麗で、口紅ルージュの引かれた唇は女の私から見てもかなり色っぽい。
 ………って、もしかしてこのヒト…。

「………ビットさん!?」

「おう、お疲れさん」

 どこからどう見ても女の人にしか見えなかったビットさんは、手錠に繋がれた両手を私達に軽く振った。





「いやー、助かったわー」

 革手錠から解放された両手首を擦りつつ、ぐっと伸びをする。
 いてて、手首擦りむいてら。
 首輪も一応ちゃんと外れたけど…痕が残っちゃいねぇだろうな。
 まあ残ってた所で不死人おれの場合はすぐに消えちまうけど。
 既に俺は囚われていた檻から自由の身となっている。
 ここにみんなが来た時、脱出はキーシャ辺りに錠をブッ壊してもらおうかと思っていたのだが、意外な人物が活躍した。

「いやしかし、助かったぜジャコ。ありがとさん」

「いえ、どういたしまして」

 ジャコは手に持った血晶の鍵を弄びつつ、ぺこりとお辞儀する。
 まさか血晶魔法ブラッドアーツの応用で鍵を複製するとは、器用だねぇ。

「指が通る円形の鍵穴だったので出来た芸当です。通らなければ通らなかったで別の手段を取れましたけど」

「はー…泥棒向きだな」

「人聞きの悪い事を言わないで下さいっ!」

 軽口を叩いたら怒られた。
 ………この過剰な反応、前科持ちか。

「ワリワリ、助けてもらっといて冗談が過ぎたわ」

 ジャコのカボチャ頭の裏側が少し垣間見えたが、それを誤魔化しつつ頭を下げる。

「…………」

 その間も、アルカ嬢は信じられないモノを見たという目を俺に向け続けていた。

「…なあ、嬢よ。そんなに見られるといい気分しないんだが」

「……あっ。ごめんなさい。………だって、今の格好を見たら別人だと思うじゃない?」

「…思ってても言わねーでくれよ」

 俺は穿いているスカートの端を摘みながらやれやれと嘆息した。
 普段の髪よりも幾らか長いヅラは綺麗にまとめられ、あの野郎の趣味丸出しなドレスは俺の体付きにピッタリと合わせてある。
 ホント、線が細くて女顔って損だわ。モテるってのを加味しても旨味が薄い。

「全く、モテる男は辛いねぇ」

「刺されろ」

「うっせぇ」

 呆れたキーシャに言い返すと、血晶のナイフが飛んできてスコンッと額に浅く刺さった。
 その場で転げまわって悶絶する。本気で刺す奴が居るか!

「で、ビットさん」

「いだだだ……あー?」

 ひとしきり転げまわった後、うずくまっていた俺に嬢が声をかけてきた。
 ちょんちょんと俺の肩を突付いてから、ある一点を指差す。

「痛い!痛いわお姉様!乙女に顔はやめて!」

「やかましい!いい年したオッサンの何処が乙女だってんだい!」

 ………筋肉モリモリな身体にフリルだらけの服を着て、カイゼル髭を生やした四十路前のオッサンが、ギンにマウント取られてボコられていた。
 ………キッツい絵面だわぁ。

「あの人がもしかして…」

「あー、キーシャから聞いてたのね。そ、あのオネェ200%のオッサンがこのガルサの領主にして、貴族であるガルサム家の当主、ヘンリー・ガルサムその人。俺のストーカー」

「ひどいわビットお姉様!今はヘレンって呼んで!」

 部屋の隅にあった俺の服から煙草を取り出しながら説明すると、ヘンリーはギンに殴られながら、キッツい裏声そんな事を言い出す。

「だーれがお姉様だ、このオ便所蟋蟀カマドウマ

「ぶぇっほ!?ぶごっほ!け、けむたぶぇっほぉ!!!」

 煙草に火を点けてヘンリーの顔面に煙を吹きかけてやると、地声のバリトンボイスで咳込んだ。
 あ、煙草に口紅付いた。だから化粧は嫌なんだ…。

「ギン、もう気は済んだだろ。いい加減離してやれよ」

「………ふん」

「うぐ……お、おね゛えざばに…たばごは似合わないわ…!」

「似合う似合わねーじゃねー、好きでやってんだ。つーか俺は男だって何べん言えばわかんだよオマエは」

 漸くギンから解放されたヘンリーと向かい合うようにしゃがみこんで鼻をつまみ上げると、ヘンリーは「ふがっ」と間抜けた声を上げた。

「……ま、この際丁度いいかな」

「ぶえっ」

 指を離すとヘンリーが潰れたカエルみたいな声を出して床とキスする。
 ここから商談に入りますよっと。

「ヘンリー、この三人は吸血種ノスフェラトゥで、ちょっとした事情持ちだ。ちと調べてもらいたい事がある」

「いたたた…あら、お姉様程じゃないけど、よく見れば綺麗どころばっかりじゃない。いいわぁ、ドレスコードしてあげたいわぁ」

 俺が話を振ると、ヘンリーは興味深げに嬢たちをまじまじと見る。
 三人は居心地悪そうな、微妙な表情をして視線を受けていた。

「あら、この服あたくしがお姉様に着せたのじゃない!流石お姉様、ナイスなコーディネートよ!」

「………やはりこの服、貴様のだったか」

「話聞けよ、オイ」

 キーシャの着ている服が、以前俺に着せたものを改造したものだと気付いて、テンションが天井知らずなヘンリーの後頭部をチョップ。
 まだ本題にも入っちゃ居ねぇのに脱線させんな。

「あらま、ごめんなさいねぇお姉…ぐぇっふん!…お兄様」

「…お兄様て、まあいいけどさ。話を戻すぞ」

 俺はヘンリーに嬢たち穏健派の事を話し、排斥派の情報を探りたい旨を伝えた。
 ヘンリーは腕を組んで左手を頬に当て、くねくねと身体をくねらせながら考え込む。

「そうねぇ…街同士のツテはあるから、協力出来ないこともないけど…」

 ヘンリーはじっとアルカの事を見る。

「先に、そこのお嬢さんの事を『ちゃんと』聞かせてほしいわね。ねぇ、『アルカ・ドランシェット・キュリエ公女様』?」

「っ…!」

 ヘンリーの口にした言葉に、アルカ嬢の顔が強張る。
 やっぱり知ってやがったか。

「アナタは覚えていないでしょうけど、あたくし達、20年前に一度会ってるのよ。先代だったうちの父が、キュリエ公爵のパーティに招待された際の付き添いでね」

「…そ、そうだったんですか」

 20年前って……ああ、あん時は『まだ』性癖が覚醒してなかった頃だな。
 当時は文武両道を鼻にかけない好青年だったってのに、どうしてこうなった。

「お兄様は敢えて触れないようにしてたみたいだけど、あたくしは個人に協力する時は、その人の人となりはしっかり知っておきたいタチなのよ」

「……そう、ですか。わかりました」

 ヘンリーからそう言われ、アルカ嬢は冷や汗を垂らしながらも頷いた。

「まずは何故『十二公爵家』のアナタがお家の力を頼らずにこんな事をしているのかしら?」

 十二公爵家。
 それは、現在の世界が一度大規模な天変地異に見舞われた時、平穏を取り戻すために尽力した12人の子孫。
 その家系の人間は総じて優秀な能力を持って生まれ、現在でも様々な国の重鎮として活躍しているらしい。
 そしてアルカ嬢はその十二公爵家に名を連ねるひとりだったと言うわけだ。
 割とデリケートな問題だと直感して触れないようにしてたけど、ヘンリーの目は誤魔化せなかったか。

「………母を、頼りたくありませんでしたから」

 嬢の返答にヘンリーは「成る程ねぇ」とひとり納得している。
 ……どういうこっちゃ?

「なんだ。嬢の母親になんか問題あんのか?」

「ありあり、大有りよ。現キュリエ公爵といえば、相当な過激派って事で貴族界じゃ知らない人は居ないくらい。女だてらに当主を継いだワケじゃないわねぇ」

 グネグネと身体を揺らしながらヘンリーは嘆息した。キショイ。

「娘がこんな所でこんな事をしてるなんて知ったら、キュリエ公爵がなんと言うのやら…」

「恐らく、お館様なら是が非でもアルカ様を連れ戻そうとされるかと。そして丁度いい貴族の嫡男を宛てがって家に縛りつけるのがいい所ですね」

「……ええ、その通りです」

 ジャコが自分の考えを述べると嬢は肯定を示す。
 ああ、箔付けの為に手前の娘を使うってか。貴族の中じゃよくあるこったな。
 それに跡継ぎ問題もあるだろうし。

「あら、そう言えばアナタ、弟と妹が居たんじゃなかった?そのどちらかを当主にすれば…」

「ん?嬢、弟妹きょうだいが居んのか?」

 俺の質問に嬢は「弟と妹がひとりずつ」と頷く。

「妹はまだちゃんとした貴族教育も出来ないほど幼いですから。弟は…」

 嬢は一度言葉を区切り、言い難そうに言葉を続けた。

「…弟は、私に協力してくれています。……穏健派を率いている、私の補佐として」





「…穏健派を率いている事や、十二公爵家の人間だって事、漸く話す気になってくれたと思えば、嬢の弟も一枚噛んでたとはな」

「……私が穏健派のリーダーだって、気付いてたの?」

 テーブルを挟んだ向こうのソファに座っている嬢が目を見開き、普段通りの格好に着替えた俺は「薄々な」と肩を竦める。
 本腰入れて話す事になった俺達は、客人に何時までも自分の趣味を見せつけるのは失礼だと言うヘンリーの気遣いで、俺が監禁されていた部屋からヘンリーの執務室に場所を移していた。
 そういう気遣いが出来るんなら、手前の趣味に俺を巻き込むんじゃねぇよ。

「因みに私は何も言っていないぞ」

「キーシャ?」

「お前が嫌がるだろうからな」

 アルカ嬢の隣に座っていたキーシャは、使用人が淹れた紅茶を飲みながら何でもない様に言う。
 恐らくキーシャ自身も今の穏健派の状態では、嬢の立ち位置が爆弾でしかないと理解していたのだろう。
 良い判断だ。俺が同じ立場だったとしてもそうしていた。

「さて。そんじゃあ改めて穏健派リーダー様のご高説を聞こうか」

「言い方を考えな」「茶化すんじゃない」

「へぶっ!ってぎゃぁぁぁ右目がぁぁぁ!!」

 右手にいたギンに頭を叩かれ、倒れこんだ先にキーシャが投げた血晶ナイフが右目に刺さる。
 なんでお前らそんな無駄に的確なコンビネーション発揮してんの!?

「………えーと、話していいのかしら?」

「あ、うん。よろしく」

「お兄様、どうぞお使いになって」

 ズボッと右目からナイフを抜き、ヘンリーから受け取ったハンカチで右目を押さえながら嬢へ話を促す。
 あー、眼球が再生する痛みはキッツいわー。

「えっと…どこから話せばいいのかしら…」

「……まずは、穏健派を立ち上げた切っ掛けから話して欲しい」

 話の皮切りを選り悩んでいる様子なので助け舟を出してやる。
 しばらくして取っ掛かりを見つけたのか、嬢はポツポツと話し始めた。

「…穏健派を立ち上げた切っ掛けは…色々あるけど、やっぱり常人種ヒューマンから排他や、奴隷にされていた吸血種を見たことが大きいわね」

 そこから少しずつアルカ嬢は話を続けていく。

 自分の周りに居た吸血種の殆どは奴隷、或いはスラムで暮らす孤児ばかりだったこと。
 自分や弟は貴族だからというだけで恵まれた環境に置かれ、他の人間は吸血種というだけで過酷な扱いを強いられているのか、という疑問を抱いたこと。
 上流貴族の社会に於いては、吸血種とはヒトの生き血を啜る怪物扱いされていること。
 それ故に、吸血種である自分や弟が、その正体を隠さねばならなかったこと。
 嬢の母親が、それを政治に利用しようとしていること。

 様々な軋轢やしがらみに揉まれた結果、アルカ嬢は吸血種の社会的地位に対しての反発心が爆発したらしい。
 結果、ジャコと弟と共に家出同然でキュリエ家を出奔し、スラムで出会った吸血種達と穏健派を立ち上げて様々な活動を始めたそうだ。

「…………すげーな、オイ。なんの計画性も無しに組織を立ち上げたのかよ」

「と、当時は右も左も分からない17歳だったのっ。今にして思えば無謀だったって反省してるんだから」

 話を聞いてみれば、スラムの仲間の中に吸血種だったことがバレて国を追われた、元文官の男が居たとのこと。
 組織の参謀となった彼の尽力で、穏健派は綱渡りながらもこの6年間で組織の輪が広がっていったそうだ。
 ……そいつ、相当な苦労人だな。
 恐らく現在まで、その参謀は胃の痛みと常日頃から戦い続けていたのだろう。涙なしでは語れない。

「本当に彼…サーミャさんには苦労を掛けたわね…」

「サーミャさん、夜な夜な資金繰りや補給路の確保に泣いていました」

「サーミャ?」

「サーミャ・ピティア。『赤翼鳥サムパーティ』と呼ばれている古の吸血種エンシェントノスフェラトゥだ」

 俺が参謀と思われる名前をオウム返しすると、キーシャが補足を入れてくる。
 流石、元はアルカ嬢を半年も追い続けた傭兵だ、穏健派の情報はある程度自分で調べていたらしい。

「補足説明はありがたいがその情報、排斥派あっちに行っちゃ居ねぇだろうな…」

「アルカとジャクリーン以外の情報はな。元々はアルカを暗殺した後、残党を狩る為の情報として連中へ売り渡すつもりでいた」

 俺の質問に淡々と答えるキーシャ。
 わー、商売上手。
 結果として、嬢とジャコ以外の情報は向こうに行っていないので問題は無いのだが。

「……しかし、弟が居たのは私も初耳だぞ?」

「……あー…その、ね」

 キーシャが何気なく放った一言に、アルカ嬢は歯切れの悪い返事を返す。

「ああ、そう言えば世間には『彼』の事は知られてなかったわね」

 言葉を濁した嬢を見て、ヘンリーは得心がいったらしい。

「なんだ。なんか知ってんのかヘンリー?」

「ヘレンって呼んで。…貴族界じゃ暗黙の了解なんだけど、アルカちゃんの弟って、実は父親たね違いなのよ。表舞台には全く顔を出さないから、知らないのも当然ね」

「……ああ、うん。成る程ねぇ」

 そりゃ世間に知られちゃ拙い。
 この世で最も尊たっとい十二公爵家の当主が、複数の男と関係を持つ尻軽女なんて知れたら、庶民の持つ印象が一気にひっくり返る。
 下手すりゃクーデターが起きても何らおかしく無い。
 ………が、十二公爵家の中でも頭一つ抜けて強大な権力者であるキュリエ家の当主様だ、正面から叩き潰すのは容易だろう。

「……随分奔放な母親だなぁ」

「………ええ、本当に」

 俺が感想を漏らすと、嬢は大きくため息を吐いた。
 サーミャなにがしに負けず劣らず、嬢も結構苦労しているようだ。
 ………っと、アルカ嬢の事情はこれだけ聞けば十分だろう。

「で、ヘンリーよ。どうだ、協力してやる気になったか?」

「……そうねぇ」

 腕を組んで頬に手を当て、ヘンリーは熟考している。
 そして紅茶の入ったカップを一度傾け、嚥下してから答えを出した。

「…いいわ。あたくしも吸血種の風当たりに関しては思うところがあったし、協力してあげる」

「!ほ、本当ですか!?」

 提案を快諾したヘンリーに対してアルカ嬢が目を見開いて喜びを露わにする。

「あたくしも色々準備しなきゃだから、明日にでも排斥派に関して知っていることを纏めておいて頂戴」

「はい!ありがとうございます!ヘレンさん!」

「あら!ヘレンさんだなんて可愛いわぁ!任せて頂戴!」

 手を取りあってキャッキャしているオネェヘンリー美少女アルカ嬢
 微笑ましい絵面………なのか?
 ……と、兎も角、これで下地は整った。
 しばらくは情報収集の結果待ちの時間だな。
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