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Funky Monkey Bloody

金髪青年と鳥執事

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「………ぶふぁぁお…」

 吐き出された紫煙で作られたカーテンの向こうには、母親に連れられる子供や散歩に精を出すジィさん、昼間っから酒を呑む冒険者連中やベンチでイチャコラするアベック等など様々な人間模様が垣間見える。
 そんなある昼下がりの公園にて、俺は腰の痛みと戦いながらベンチで日向ぼっこなう。
 なんでこんな事をしているのかというと、最近仕事やら根回しやらでかまってやれなかった所為か、レイラちゃんがへそを曲げてしまったからだ。……あれ、なんかデジャヴ?

「さーて、昼飯はどうすっかねー」

 以前と違って幾らかは持ち出せたので食事にはありつける。
 宿のメシに多少味は落ちるが、それでも食えるだけまだマシだ。
 不死人イモータルになった俺にとって空腹は敵である。
 魔力枯渇するとマジで動けなくなるからな。

「適当な屋台で済ますかそれとも……あん?」

 ダラダラとベンチに仰け反って座り、少なめの手持ちでどれだけ腹を満たせるか考えていると、逆さまの視界に以前初めてアルカ嬢を見た時の様な違和感を感じ取る。
 視界の向こうにの群衆の中に、1人の青年が居た。
 短く刈り上げた金髪、額には横向きに結んだ赤いバンダナ。
 袖のないシャツから出た両腕は指先まで白いバンテージが巻かれていて、穿いているズボンの上から脚絆とブーツ。
 両耳には多数のリングピアス、下唇の右側にも同じものが3つ連なっていた。
 顔立ちは結構端正で、金の瞳が特徴的な目元に細く描かれた赤い隈取が目を引いた。
 ……なんだ、あの装飾過多全部のせ。あんな格好してたら身ぐるみ引剥がされてもおかしくねぇぞ。
 やたら派手な青年の姿を見てそう思う。
 青年はキョロキョロと辺りを見回し、何かを探しているようだ。
 俺はその青年がどうにも気になった。
 格好の派手さもそうだが、あの金の瞳と髪。
 …………まさか?

「……あ、どっか行った」

 俺が立てた予想など素知らぬ青年は再び群衆の中に埋もれてします。
 …ま、いいか。

「ホントにそうならいつか顔合わせんだろ」

 どうせ時間はあるんだし。
 俺はベンチから立ち上がり、腹を満たすために足を動かした。





「………ぶっっふぁぁぁぁぉ」

 一時間後、俺は公園に戻って紫煙をくゆらしていた。
 屋台でホットドッグを10本ほど食ったが、やっぱジェイクが作ったモンには劣る。
 若干の不満を感じながら、俺は食休みにダラダラ過ごす。

「……あん?」

 すると、群衆の中から出てきたある人物がまたも目を引いた。
 ツンツンに逆立った赤毛、右目にモノクル。
 年の頃はだいたい30に差し掛かった位か?さっきの金髪青年にはやや劣るが、なかなかいい男だ。
 他に気になるところといえば、執事服の袖と白手袋の隙間からは赤いフワフワしたものがはみ出していた。
 あれは…。

「………羽毛…か?」

 羽毛…鳥?
 そこまで考えて、先程の金髪青年との繋がりを考えた。

「………あれ、デジャヴ?」

 以前にもこんな事があったような…。
 あ、またどっか行った。
 ………ま、いいか。

「…帰るか」

 ベンチから立ち上がり、ぐっと伸びをする。
 俺は今日見かけた二人と再び出会うのを予感しながら、宿への帰路を歩き出した。






 不思議な二人を見かけ、宿に戻ってきた俺。
 帰りがてらに見繕った髪留めをレイラちゃんに渡し、俺はさっさと二階へ上がる。
 俺の部屋の手前、嬢達が泊まっている部屋の前に立ち、三度ノック。

「どうぞー」

 許可がおりたので中に入ると、アルカ嬢、ジャコ、キーシャの三人がトランプ片手に睨み合っていた。

「………何やってんだ?」

「ポーカーよ。今良い所なの」

 真剣な顔をした嬢が、二人から目を逸らさずにそう答える。
 ……なんだ、なんか賭けてんのか?

「勝った一人が次の食事のどれか一品を総取りするルールだ」

 キーシャがカードを二枚捨てながら答える。
 そら平和なことで。

「…………総取りするのはいいが、脂っこいモノや糖分の高いものを選んだら太るぞ」

「!」「!」「!」

 俺がボソッと呟いた一言に、嬢は肩を、キーシャは耳を、ジャコは瞳の光をビクッと揺らした。

「今夜は確か、こないだ嬢達が仕留めたブレードバッファローのステーキと、俺の作ったケーキだったっけか。女の子だから、ケーキ狙いか?」

「…………」

 おお、目がめっちゃ泳いでる。図星かよ。
 因みにブレードバッファローは鋭利な刃状のツノを持つ猛牛の魔物。肉が美味。
 ついでに今日はキーシャとの契約内容に含まれる週イチデザートの日である。

「ま、食前食後に運動すりゃ然程問題は無いだろうよ。はっはっはっ」

「………………」

 空いていた椅子に掛けてケタケタ笑うと、三人揃ってじとりと睨んできた。
 おーおー、怖い怖い。デリカシー無かったねっと。

「で、貴様はなんの用だ。ツーペア」

「んー?いや何、外出歩いてたら気になる事があったもんでよ」

「気になること、ですか?…ワンペアです…」

「ああ、見覚えのねえ人間が二人ほど…」

「フルハウス!私の勝ちっ!」

 先程見かけた二人の事を話そうとしたらオープンしたアルカ嬢に遮られた。
 あ、ケーキ総取りの権利はアルカ嬢に行ったのね。作る量が増えるわけじゃねぇなら別にいいけど。

「ちっ…」

「うぅ…ケーキ…」

「ふふん」

 キーシャとジャコが不満気に目を細め、嬢は得意気に胸を張る。
 ………おーい。

「もう話していいか?」

「あ、ごめんなさい!」

 火の点いていない煙草を咥えながらそう言うと嬢は慌てて続きを促した。
 苦笑しながら煙草に火を点けて俺は一度途切れた話を再開する。

「今日公園でだらけてたら、見覚えねぇ人間を二人ほど見かけた。そいつらの特徴がどうにも気になってな」

「特徴?吸血種ノスフェラトゥだったとか?」

 嬢が首を傾げたので、俺は「多分な」と頷いて話を続ける。

「一人はやたら派手な格好した金髪金眼の男、もう一人はモノクル付けた赤毛の執事。派手男はバンダナと複数のピアス付けてて、執事の方は服の隙間から羽毛みたいのがはみ出してた」

「…!」

 俺が二人の特徴を話すと、嬢とジャコの表情が変わった。

「…その二人、穏健派の人間だな」

「あ、やっぱり?」

 キーシャが思い出したようにそう言った。
 どうやら俺の予想はBINGO当たりだった様だ。

「一人は先日話した参謀のサーミャ・ピティア。もう一人は……」

「弟です」

 キーシャの言葉を遮って嬢が口を開く。

「もう一人は異父弟おとうとのトゥゼン・ウィノーヴ。多分間違いないわ」

「……やっぱりそうだったか」

 顔立ちの雰囲気もどことなく似てたからそうだろうと思ってた。

「そのトゥゼンとか言うのと早めに合流した方がいいか?」

「ええ、そうね。サーミャさんにも、ギンさん達に動いてもらってることを話しておきたいし」

 だったら決まりだ。

「仲間だってんなら話は早い、嬢の弟とサーミャなにがしを見てから結構時間が経ってる。さっさと探しに行こうか」

「ええ、分かったわ」

「かしこまりました」

「承知した」

 俺達は同時に椅子から立ち上がり、バタバタと宿を出た。




 二時間後。

「………居ねぇなぁ」

「……仕方ないわよ。ガルサは広いから」

 俺と嬢はぐったりと街中のベンチに座り込んでいた。
 ジャコとキーシャは俺達と別れて別の場所を捜索中だ。
 嬢の言った通り、ガルサは広い上に、街並みを歩く人間もかなり多いので人探しをするのは結構な重労働だったりする。
 あんだけ派手な格好した奴ならすぐに見つかると思ってたが、流石に皮算用が過ぎたか。

「ちくしょうめ、カネ叩いてゲルドに冒険者連中を動かしてもらうか…?」

「それは確実だけど…無駄遣いも良くないと思う。それに、ビットさんにはキーシャをこっちに引き入れて貰ったんだし…」

 ああ、その時に大枚叩いたからな…。
 正直、人探しで冒険者を動かせる金額を用意できるかどうかはかなり微妙だ。

「………ゴチャゴチャ考えてもしかたねー、足動かすか」

「そうね」

 そうして俺達は立ち上がり、再び人垣に足を踏み入れた。

「わ」

 …が、石畳の隙間に引っ掛けたのかアルカ嬢が前につんのめった。

「おっと…」

 前を歩いていた俺は慌てて振り返り、嬢の身体を受け止める。
 筋力はねえけど、勢いは乗ってなかったので一緒に倒れる事は無かった。一安心。

「…ふぅ。大丈夫か?」

「…………あ、ええ。大、丈夫…」

 俺の胸から顔を見上げる嬢は、俺の顔を見た瞬間に表情が強張る。
 ん?

「どうした?」

「…え、あ、その…」

 みるみるうちに顔が紅く染まり、しどろもどろになりながら言葉を出そうと頑張っている。
 …………ああ。

「端から見りゃ抱き合ってるように見えるわな」

「っ!」

「だあっ!?」

 そう言った瞬間、ボッと顔から火が出そうな程真っ赤になった嬢に突き飛ばされた。
 突き飛ばされたと言っても然程強く無かったので倒れはしなかった。

「ご、ごごご、ごめんなさい!」

「あー、うん。気にすんな」

 どもりながらも謝罪してきた嬢に軽く手を挙げて気にしていない事を示す。

「第一、俺らもっと恥ずかしいことしてんじゃん?」

「……え」

 俺の言葉に嬢が赤い顔のまま固まる。
 言っている意味が分かっていないらしい。

「あんたが俺の血飲んだ時」

「――――ッッッ!?」

 俺がヒントを出してやると、嬢は目を見開いて両手で口を覆う。
 キーシャと戦った時にしたあつぅぅいキスを思い出したようだ。

「はっはっはっ。ま、あん時ゃあ不測の事態ってやつだったんだし、犬に噛まれたとでも思ってなよ」

「あ、う…」

 ケタケタ笑ってフォローすると、嬢は二の句が継げなくなったようだ。
 まだまだ初心うぶなお嬢さんだな。
 そんな風に思っている時だった。

「…………アルカ?」

「っ!」

 俺達の横から声が掛かったのは。
 俺と顔を真赤にした嬢は咄嗟に声のした方を振り返る。

「やっぱりアルカじゃん!久しぶりだな!」

 声の主は、赤い隈取が描かれた金の目を嬉しそうに細め、アルカ嬢へと手を振って駆け寄ってきた。

「…トゥゼン!やっぱりトゥゼンだったのね!」

「…やっぱり?」

 嬢より頭一つ背の高い青年…トゥゼン・ウィノーヴは、嬢が何故自分がガルサに居ることを知っていたのかという疑問に首を傾げる。

「彼からトゥゼンとサーミャさんを見かけたって聞いて探してたのよ」

「……彼?」

 嬢に釣られてトゥゼンは俺に視線を移す。

「誰だよこのヒト?」

「この街に住んでるビット・フェンさん。色々と協力してくれてるの」

「よう、はじめまして。アルカ嬢の協力者ですよっと」

「…………あんた、男?」

 信じられないモノを見たと言いたげにトゥゼンは俺をまじまじと見ている。
 正真正銘男だよ。なんならズボンの内側触ってみるかコラ。

「それにしてもトゥゼン…あなたがなんでここに?」

「あ、そうだ!アルカを狙ってる奴の正体が掴めたんだよ!」

 嬢に問われてトゥゼンは目的を思い出したのか、慌てた様子で嬢に詰め寄った。

「私を狙ってる…?それって」

「相手はプロの傭兵だ、早く逃げないと…」

「アルカ」「アルカ様!」

 話を続けようとしたトゥゼンを遮るように、再び声が掛かる。
 振り返れば、ジャコとキーシャが赤いツンツン髪の執事を連れてこちらに向かってきていた。
 お、どうやら向こうも目的を果たせたらしいな。

「…!ジャコ、サーミャ!そいつから離れろ!」

 三人の姿を見とめたトゥゼンは表情を強張らせてそう叫ぶ。
 ただ事ではないその様子に、キーシャ達は慌てて足を止めた。
 …………おい、さっき言った嬢を狙ってる奴って…。

「トゥゼン?一体どうし…」

「ジャコとサーミャを人質にしたつもりだろうが、アルカはやらせねぇぞ、化け猫ケット・シー!」

 トゥゼンは険しい顔のまま身構えてそう言った。
 ………やっぱり。
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