その血は呪いか祝福か 不死人は己を憂う

陽仁狼界

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Funky Monkey Bloody

トゥゼン・ウィノーヴ

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「…………」

 トゥゼンの放った恫喝に、キーシャはふぅーっとため息を吐いた。

「んだテメェ!さっさと二人から離れやがれ!」

 対するトゥゼンはその態度でますます怒りを露わにする。

「お、落ち着いて、確かにキーシャは私達を狙ってたけど…」

「狙ってた?現時点でサーミャもジャコも人質に取られてるだろ!早く逃げろ!」

 アルカ嬢がなんとかトゥゼンを宥めようとしているがまるで聞いちゃいねぇ。
 どうやらトゥゼンは一度頭に血がのぼると冷静な判断をまともに下せない性分のようだ。落ち着きが無いともいう。
 さて、この誤解をどうやって解きほぐすか…。

「……トゥゼン様」

「ジャコっ…止せ!」

 俺がこの状況を打破する手段を模索していると、ジャコがキーシャから離れ、トゥゼンへ一歩近づいた。
 彼女をキーシャの人質だと勘違いしているトゥゼンは慌てて制止の声をかけるが、ジャコはそれを意にも介さず一歩、また一歩と歩を進める。
 そしてトゥゼンの目の前でその歩みを止めた。

「………ジャコ?」

「私が人質だったなら、たった今この女に斬られていたところです」

「!」

 ジャコの言い分にトゥゼンはハッとしてキーシャを見る。

「今の私は一応穏健派だ。斬る理由はない」

「……は?」

 トゥゼンはその言葉に訳がわからないという表情で、アルカ嬢とキーシャを見比べた。
 嬢は混乱しているトゥゼンに肯定の意を示して首を縦に振っている。

「ちょ…っと待てよ。排斥派の刺客だった化け猫ケット・シーが、穏健派??……どういうことだよ?」

「あなたが短慮すぎるということです。お猿様」

 ゴチン、と鈍い音。

「んがっ!?」

 後頭部をジャコ謹製血晶小槌でドつかれたトゥゼンは、そのままバタンとうつ伏せになって気絶した。

「あー…と、何がどういう状況?」

 ジャコに諭されて冷静になったトゥゼンを一撃で昏倒させたジャコ。
 あまりにも手慣れた動作の意味が分からない。

「えっと…割といつもの事なのよ。こういうこと」

「相変わらずのお猿様です」

 プリプリと頬を膨らませるジャコと、申し訳無さそうな嬢。

「……ここからは私が説明致します」

 そんな中、今の今まで沈黙を貫いてきた執事が口を開いた。

「あんたは?」

「穏健派参謀、サーミャ・ピティアと申します。アルカ様とジャクリーンがお世話になりました、ビット・フェン殿」

 恭しく一礼する執事、サーミャ・ピティア。
 どうやらキーシャ達は合流前に俺のことを伝えておいたらしい。

「気にすんなよ。袖振り合うも多生の縁ってやつだ。キーシャ共々、仲間としてよろしく」

「こちらこそ、ご尽力感謝いたします。……トゥゼン様はあの通り、少々短気、短慮、単細胞の三拍子が揃っておりまして、しばしば早とちりしてしまうことがあるのです。なので、そういった場合の対処は先程のジャクリーンの様に気絶させるのが一番手っ取り早いと言いましょうか」

「うーわ。この坊っちゃん一応あんたやジャコの主君に当たるだろ。そんなボロクソでいいのか?」

「言って聞かぬなら躾ける必要はありましょう?」

 サーミャ某は平然とそう言い放った。
 ……怖っ。

「大丈夫よ。この子頑丈さだけは折り紙つきだから」

「そういう問題かっ!?」

 アルカ嬢、実の弟に対して辛辣すぎやしませんかね!?

「オツムもお猿様なので、多分起きたら忘れています」

「ジャコ、お前それ一番ひどいぞ…」

 前々思っちゃいたが、ジャコって実は俺らの中で一番腹黒いんじゃなかろうか。
 なんつーか、穏健派って身内に遠慮がない。
 言い換えれば上下のない、完全な横社会と言うべきか。
 恐らく穏健派の中では、従者と主人というアルカ嬢とジャコが特別なのだろう。

「………なんか、どっと疲れた」

 深々と溜息を吐き、うつ伏せて気絶するトゥゼンを見下ろす。
 早とちりだったとはいえ、嬢を追い詰めたのがキーシャだと嗅ぎつけたこいつとサーミャ。
 この二人、嬢達と違って結構な癖者だなぁ。

「キーシャ、取り敢えず宿まで運んでやれ」

「承知した。………元はといえば排斥派に雇われていた私が悪いようなものだ、深く考えすぎるなよ」

 自らより大柄なトゥゼンを軽々と背負い、キーシャはそんな事を言ってくる。
 ……すまんな。





 俺達はトゥゼンとサーミャを連れて宿に戻ってきた。
 気絶しているトゥゼンを俺の部屋に寝かせる合間にレイラちゃんに客が増えたことを伝えると、彼女は収入の追加にスキップを踏んでいた。
 現金な娘である。俺が女連れこむと怒るくせに。

「うちは健全、安全がモットーなのよ、不健全人間」

「ひでぇ」

 容赦のない物言いに思わず苦笑した。
 起きてすぐに暴れられちゃ面倒なのでキーシャ、それと情報交換の為に嬢とサーミャ某にも部屋を出てもらい、俺とジャコで簡単な手当てだけ済ませておく。

「………うぅ…はっ!?」

 冷やした濡れタオルを殴られた後頭部に当ててしばらく寝かせていると、程なくしてトゥゼンは目を覚ました。

「お、おれ…は?」

「すげーな、ジャコ。割と強めにイッたはずなのにピンピンしてるぞ」

「オツム空っぽですからね」

 俺がトゥゼンの頑丈さに感嘆すると、ジャコは遠慮ない物言いで肩をすくめる。
 どうやら早とちりして誰彼構わず噛みつくのが日常茶飯事、というのは紛れも無い真実だったらしい。

「ジャコ…と、ビット、だっけ?」

「おう、改めてよろしく」

 まだ寝ぼけているのか、トゥゼンは半開きの瞼で俺を見たので、手を挙げて返事をしてやる。

「トゥゼン坊っちゃん、取り敢えず謝っとく。すまん」

「……あ?」

 そして俺が頭を下げると、トゥゼンは寝ぼけた頭を掻いて首を傾げた。

「…なんであんたに謝られなきゃいけないんだ?」

「お前の誤解の原因は、キーシャを味方に引き込んだ俺だからな。だから謝らにゃならん」

「キーシャ…化け猫ケット・シー!!」

 気絶する直前の出来事を思い出したのか、トゥゼンはガバッとベッドから飛び降りる。

「あの女はどこだ!」

「落ち着いてくださいお猿様」

「ぶはっ!!!」

 直後、再びジャコが血晶の小槌で側頭部を殴りつけた。
 うっわぁ…いい音。

「いてて…」

「今の話を聞いていましたか?化け猫は確かに敵でしたが、今は私達の味方だと言ったじゃないですか」

「うぐ…」

 ジャコから淡々と事実を告げられ、トゥゼンは押し黙る。

「け、けどよぉ…もしかしたら排斥派のスパイかも…」

「そりゃねぇな」

 反論しようとしたトゥゼンへ、俺が否定の言葉を投げかけた。
 するとトゥゼンは疑わしげに俺に目を向ける。

「………なんでそう思うんだ?」

「お前さんは知らんだろうが、キーシャは既に排斥派の部隊長を手に掛けてる。本当にスパイならそんな真似出来ねーだろうよ」

 だからこそキーシャは信頼できる。
 素直じゃねぇし、俺の金払いが良かったからとかなんとか言ってたが、あいつは損得勘定じゃなく、俺が話を持ちかけたからこっち側に付いてくれたと思っていた。
 俺の人生を追体験したあいつだからこそ、な。

「論より証拠。あいつがあんたらの仲間だって証拠を見せてやるよ」

「あっ、おい…」

「話は後です。行きますよお猿様」

 ゴチャゴチャ話すよりもこっちの方が手っ取り早い。
 俺とジャコは未だに疑っているトゥゼンを連れて部屋を出た。





 俺達はトゥゼンを宿の裏庭に連れて来た。
 そこそこ広いその場所には、嬢とキーシャが対峙、そして赤いツンツン髪のモノクル執事、サーミャ某が端の方に控えている。

「アルカ…化け猫と何を…」

 状況が飲み込めていないトゥゼンを余所に、嬢は自らの手を傷つけ、ソード・スレイヴを作り出す。
 そしてキーシャも靴を脱いで足の甲を傷つけると、脛まで覆われた血晶のブーツを創りだした。
 …あれ、長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティじゃねぇの?

「……では、そちらから来い」

「じゃあ、お言葉に甘えて!」

 キーシャが人差し指を曲げて迎撃宣言、アルカ嬢はその誘いに乗って突っ込んだ。

「はっ!」

「っ!」

 両手に構えたソード・スレイヴを交差させて振り下ろす。
 しかし、その一撃はキーシャが上げた右足に防がれた。
 そのままつま先を振り上げて弾き飛ばし、バク転から前に飛び出したキーシャは嬢の脇腹へ拳を叩き付ける。

「かはっ…!?」

「野郎っ…!」

「トゥゼン様」

 思わず間に入ろうとした坊っちゃんをジャコが制する。
 おいおい、いい所で茶々入れるんじゃないよ。
 嬢が脇腹の痛みに態勢を崩した隙を見逃さず、キーシャは嬢の鎧の隙間に手を突っ込み、そのまま仰向けに引き倒した。
 倒れた嬢の喉元にキーシャが爪を押し付ける。

「うっ…!」

「一本。…教科書通りの剣術の上、少々力任せすぎだ。幾ら吸血種ノスフェラトゥと言えど、お前は禄に血を飲まない上に若いのだから、どうしても腕力では排斥派の者共を下回る。お前の強みは、蛇王ナーガ達の蛇腹剣ガリアンソードの様に、相手の血晶武器を模倣する学習能力だ。だからソード・スレイヴのバリエーションと、己の疾さで相手を制せ」

 キーシャは喉元から手を引き、冷静に今の試合・・の改善点を指摘する。

「ありがとうございました…うぐぐ…」

 嬢はその言葉に頷きながら、脇腹の痛みとあっさり負けてしまった悔しさに顔をしかめていた。

「最初に戦った時は勝てたのに…」

「当然だ。あの時は私がビット・フェンの行動に動揺したのと、お前の戦術がただ血晶剣を振り回すだけだったものから、ソード・スレイヴを使った奇襲戦法に変化した結果だからな。一度見られてしまえば対策は取られやすい」

 血晶のブーツを塵に還し、靴を履きながらキーシャは俺を睨む。
 ああ、こっちに気付いてたのね。
 確かに、あの時のキーシャは俺の記憶見たり、俺が首なしで走ったり、嬢がソード・スレイヴ発現させたりでめちゃくちゃ焦ってたからな。あんだけ引っ掻き回されりゃあ勝てるもんも勝てまいよ。
 ……って、半分以上俺の所為だったわ。
 俺はヘラヘラしながら嬢たちへひらひら手を振り、トゥゼンに話しかける。

「ああやって、キーシャは嬢に戦いの手解きをしてやったり、冒険者の先生になってやったりしてる。わざわざ敵に塩送るスパイが居ると思うか?」

「………」

 トゥゼン坊っちゃんは渋い顔で押し黙っていた。
 ………頭じゃ分かっていても、納得は出来ない、か。
 どうしたもんかと考えていると、キーシャがこっちに歩み寄ってきた。

「ビット・フェン、少し話したいことがある」

「あ?何よ?」

 俺が問い返すと、キーシャはキャスケットをかぶり直してつばの下からじっと俺を見る。
 何、秘密の話?やれやれ、モテル男は辛いねぇ。

「潰すぞ」

「ごめんなさい」

 手をグッパグッパしながら脅されて即座に謝る。
 冗談が通じないニャア。

「全く…おい、トゥゼン・ウィノーヴ」

「……ああ?」

 キーシャに声を掛けられた坊っちゃんは目を向けられて不満気に睨み返す。
 しばらくトゥゼンの顔を見つめたキーシャは一度ため息を吐き、口を開いた。

「貴様が私を疑うのは仕方がない。だが、後ろから斬るような真似はしないと誓おう、お互いにな」

「…………………ちっ…裏切るなら、容赦はしねぇぞ」

「安心しろ。雇用主ビット・フェンの支払った金額に見合った仕事はするさ」

 そう言ってキーシャは宿の中に戻っていき、トゥゼンは苛ついた様子で小石を蹴飛ばした。
 ………こりゃしばらくこじれたまんまだな…。





 出てきてすぐだが、俺はキーシャに連れられて自分の部屋に戻ってきた。

「…で、なんの用だ?」

「先程の試合は見ていただろう?」

 キーシャは椅子に座って靴を脱ぎ、綺麗な足先を俺の目に晒す。
 ……うむ、相変わらずいい脚だ。

「ああ…あれがどうした?」

蛇王ナーガとの戦いから、長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティが使えない」

「……使えない?」

 俺はキーシャの言葉に首を傾げた。
 話を聞くと、何度長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティを創ろうとしても、その度に先程の様な中途半端な形にしかならないらしい。
 一体どういうことだ?

「……少し、試しておきたい事がある」

 ?
 キーシャにしては珍しく、少し遠慮がちにそう言ってきた。
 試しておきたい事ってなんぞ?

「手を出せ」

「は?なんで?」

「いいから、出せっ」

 無理矢理手首を掴まれる。
 って痛い痛い痛い!吸血種の握力だと俺の手首もげる!!

「………はむ」

「いででで…あ?」

 俺の手首を掴んで顔の前まで持ってきたキーシャは、そのまま俺の指先を口に突っ込んだ。

「痛ッ…!」

 直後に俺の指先にチクリとした痛みが走る。
 僅かに魔力が抜ける感覚。

「ぷはっ…」

「……なんだよ。血が飲みてぇならハナからそう言えよ…」

「うるさい。………言っておくが、女の吸血種に取って吸血行為はあまりヒトに見られて心地良いものではないんだ。覚えておけ」

 あ、そう。
 呆れる俺を余所に、キーシャは自らの太腿に爪を立てて傷つける。
 四条の傷から溢れる血が脚全体にまとわり付き、以前に見た血晶のブーツを形作った。

「なんだよ、作れてんじゃねぇの」

「……やはり、な」

 キーシャは俺の言葉を聞いちゃいねぇのか、出来上がった長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティをすぐに塵に還し、一人で勝手に納得している。

「おい、ヒトを実験に巻き込んどいて一人で結論出してんなよ。……一体どういうことだ?」

長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティは、貴様の内に宿るアルヴィラの魔力でなければ創り出せない、ということだ。貴様やアルヴィラの言葉を借りるなら、資格者としての証の様なものなのだろう」

 考えを纏めているのか、キーシャはこめかみ辺りを人差し指で叩きながらそう言った。

「今にして思えば、長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティは異質すぎる。アレは『私の特性と相性が良すぎた』。そして『洗練されすぎていた』」

 まるで武器ではなく、初めから身体の一部だったかのように。
 キーシャの特性はネコ科動物の様なその脚力。
 指摘されれば確かに、その脚力を活かし切るような形状、特徴を持つ長靴を履いた猫ル・シャット・ブーティは明らかに嬢やジャコが用いる血晶武器とは一線を画する。
 ………うん?

「………ちょっと待て。だったら嬢のソード・スレイヴはどうなる?あの娘は俺の血を飲まなくても普通に使えてるぞ?」

「そこは私も気になっていた」

 靴を履きながらキーシャも同意の言葉を返した。

「……思ったのだが、アルカのソード・スレイヴは、私の長靴を履いた猫とは違い、ただの血晶武器・・・・・・・なのではないか?」

「………」

 俺が目を細め、キーシャは言葉を続ける。

「アルカは元々血を飲んだことが無い。吸血種が血を飲まなければ、保持できる魔力にも限界がある。………恐らく、アルカは貴様の血で自らの魔力を補填しただけなのだろう」

 空だったグラスに水を満たす様に。
 マイナスの状態からパフォーマンス能力を100%発揮できるようになっただけ。
 ……なる程な。
 確かにキーシャの言い分には納得だ。

「貴様のことだ、この事をアルカに言うつもりはあるまい?」

「……よくおわかりで」

 俺は苦笑しながら肩を竦める。
 どうやらキーシャは俺の考えを見透かしていたようだ。
 これはあくまでも仮説・・に過ぎない。
 前例となる資格者が嬢とキーシャしかいない現時点では、今の仮説を立証しようもない。
 俺の魔力を取り込んで保持し続けているアルカ嬢に更に魔力を上乗せするとなると、一体どうなるか分かったもんじゃねぇ。
 リスクとメリットを天秤に掛けて、リスクの方が重いのは確実だ。

「役に立ったか?」

「おう、ありがとよ、キーシャ」

 なんにせよ、まだ見ぬ三人目の資格者を探さなければ、この仮説の立証は難しい。
 ……なんとかして手がかりを見つけねぇと。
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