悪党になろうー殺され続けた者の開き直り人生ー

四つ目

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第10話、悪事の認識

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 労働派遣組合・・・派遣、ねぇ。どうにも中抜き感のある言葉に見えてしまう。
 中々に大きな建物だ。この時点でこの組合が儲かっているのは想像に難くない。
 建物がでかいって事は、それだけ利用されている事でも有り、維持費があるって事だ。

「ま、どんな所なのかは、大体想像がつくな。もぐもぐ」
『もぐもぐ』

 建物を暫く眺めている間に、結構な人間が出入りをしていた。
 そこには武装している者が居て、狩ったらしき獣を抱えている者も居る。
 森にでも行って薬草の類を大量に採って来たらしき者も見えた。

 勿論普通の格好の人間も居るし、商人らしき者の出入りも伺える。

「受ける人間が定着しない様な仕事の仲介組織、といった所か」
『もぐもぐ』

 先程魔核は魔道具店に売りに行くのが常識と知ったが、その魔核にも質があるはずだ。
 低い質の物は大量に集まるかもしれないが、高い質の物が欲しい時はどうするか。
 頼める伝手があれば良い。常に頼んでいる者が居るならそれで良い。

 だが頼める伝手も無ければ、普段頼んでいた人間がミスって死ねばどうする。
 その場合はこういう組織が役に立つ。頼む側は勿論、受ける側も足元を見られない。
 質が高いはずの魔核を持って行ったのに、他では売れないだろうと安値で買い取るとかな。

 何よりこの手の仲介組織の利点は、依頼人と請負人のトラブルの対処だ。

 個人同士の取引というのは、どうしたって信用のある相手以外とは慎重になる。
 怪しいから先払いじゃないと受けない。信用して先払いしたのに逃げられた。
 そんな事態を防ぐ意味では、こういった互助組織は有用になる。

「魔獣の居る世界だから余計にだな。固定で雇えれば一番良いが・・・ああも命が軽くてはな」
『もぐもぐ』

 猪の魔獣の件を思い返せば、この世界の人間の命の軽さなど簡単に想像できる。
 個人で人を集めて無理をさせた所で、下手をすれば準備金だけ消費して全滅だ。
 博打にならない人材を集められるなら良いが、そんな人間を固定で雇うのにどれだけ要るか。

 どちらもが足元を見られないで済む組織として、こういった組織は存続を許されている。
 逆を言えば、それを守れない様な組織になれば一瞬で瓦解する、って事でもあるが。
 その点を勘違いして暴走して追い詰められ・・・罪を擦り付けられて処刑された事も有った。

「嫌な事を思い出した・・・忘れよう。俺にはもう関係ない話だ」
『もぐもぐ?』

 何にせよ、この手の組織は自分の立場さえ弁えていれば、強い立場に在る組織だ。
 まあ、組合がどこまで『幅』を利かせているかによるだろうがな。

「ちょっと入ってみるか」
『もぐもぐ』

 パンを食べ終わったので丁度良いと、組合の中へと入ってみた。
 中は思っていたより綺麗で掃除が行き届いている。
 職員らしき人間も多く、儲かっている事が一目瞭然だ。

 酒場も併設されてるっぽいな。昼間から酔っ払いが出来上がっている。

『うおー! 建物の中なのに人が沢山居るぞー! 僕も負けぬ!』
「あ」

 ついさっきまで大人しくパンの欠片を食ってたのに、唐突に叫んで増え始めた。
 ただでさえ人が多い空間の中、精霊が増えて飛び回るから煩いが過ぎる。

『はい、受付です!』『受付さん依頼ちょーだい!』『お前にやる依頼なんかねえ!』『何だとこのやろー!』『あ、ここ食べ物ある』『おーいしー!』『でっかい剣だー!』『くちゃい』『ムレムレ鎧だー! げほっげほっ』『たすけてー! 匂いで死ぬー!』『あ、お金落ちてる』

 ・・・何でアイツらは自分同士で喧嘩してるんだ。
 ただ精霊達がそれだけ好き勝手していても、誰も気が付いた様子が無い。
 荒事に慣れてる人間も居る場なら、一人ぐらい気が付くかと思ったんだが。

「・・・放置で良いか」

 とりあえず精霊は捨て置き、改めて室内を確認する。
 受付は女性が多いが、アレは意図的に美人を置いているんだろうな。
 いかつい男性職員も奥に居て、目を光らせているのが伺える。

 掲示板の類は大きな物が一つ。ただそこには依頼の類は無い。
 街人や職員の連絡事項、利用者への注意、迷子のペットの似顔絵等だ。

「・・・成程。依頼の奪い合いでは無く、職員が適切な仕事を投げる形か」

 受付に耳を傾けると、受けられる仕事の相談をしている事が解った。
 確かにこの形であれば、依頼が何時までも残る事も、無理をする馬鹿も出ない。

「何でだよ!?」
「そうだ、ふざけんな!」
「俺達が悪いってのか!?」

 ただそれでも、文句を言う人間はどうしたって出て来る。
 何に不満があったのか知らないが、受付に噛みつく男が三人。
 大声が響いた事で、周囲の目も皆連中に向いている。

「その通りです。貴方達の違反による罰則ですから」

 だが受付の女性は怒鳴る男に怯む様子も無く、平然とそう答えた。
 何をやらかしたのか知らないが、罰則に納得がいかないって抗議か。

「報酬を二日待たされた上に罰則金払え、なんて普通に考えたらおかしいだろ!」
「貴方が護衛対象を見捨てなければ良かっただけでしょう」
「てめえはあの場に居なかったらんな事が言えるんだよ! あんな物仕方ねえだろ!!」
「ですが、その場で貴方だけが危険だった訳では無いでしょう。他の方はきちんと護衛を全うされています。貴方は見捨てて逃げた。確認に時間を頂いた事は申し訳なく思いますが、貴方が仕事を一時放棄した事に変わりはありません。元々危険前提の仕事のはずですよ」
「この、クソアマ・・・!」

 男達の方は大分頭に血が上ってる様子で、それでも女は態度を変えずに告げる。
 この手の連中に慣れているのか、男の一人が武器に手をかけ始めても動揺する様子が無い。

「むしろ組合としては優しい処分だと思いますよ。依頼主が生きているからこそ、罰金程度で済ませてあげる訳ですから。これでもし依頼主が死んでいれば、もっと重い処分になりました」
「っけんなぁ!」

 男の一人が剣を抜き、受付のカウンターに叩きつけた。

 周囲の女性職員から「ひっ」と小さく悲鳴が上がる。
 ただ他の男達は、流石にその行動を止めに入った。
 受付の奥の方から、いかつい男が動いたのが見える。

「お、おい、それはやり過ぎだって!」
「武器は不味いって!」
「るせぇ! この女、組合職員のエリート様だからって、俺達を見下してやがる! だからこんなふざけた処分なんて事を平然と言いやがるんだ! ふざけんじゃねえぞ!!」

 凄い理屈だな。絶対違うと思う。
 生きる為に逃げた。その点について悪いと認められないならするべきではないだろう。
 俺は悪党だから逃げる時は逃げるし、悪党だという認識で行動する。

 けれどこの男にそれが無い。悪事をした自覚の無い馬鹿だ。
 この男は、今まではそれで良かったんだろう。上手く行っていたんだろう。
 けれど自分を悪党と思っていない馬鹿だったから、何時かはこうなる運命だったんだ。

 だが馬鹿は馬鹿だから、理屈と理性が通じない。常識が通じない。
 そして割を食うのは何時だって、そんな連中でも真面目に対応する人間だ。
 まさしく、アイツらの相手をしている、受付嬢の様な――――――。

「ぶぎょ!?」

 男が無様な声を上げて吹き飛んで行った。跳ねて飛んで壁にぶつかって止まった。
 意識は無い様だ。おそらく死んでは居ないだろう。加減したしな。

「「「「「「え?」」」」」

 周囲から困惑の視線が俺に刺さる。突然男を殴り飛ばした俺へ。
 だって、何か腹が立ったし。これは仕方ない。見苦しかったんだ。
 すっきりした。うん、今のは俺の気分の為に好き勝手に殴り飛ばした。

 自分の気分の為に人を殴れる爽快さよ。やはり悪党は良いな。
 目立ってはしまったが、やりたい事を我慢するよりは余程良いい。

「あっ、こ、こいつ・・・!」
「まさか、あの時の・・・!」
「ん? 何だ、俺を知っているのか」

 止めようとしていた男達は、俺を見せ怯える様に後ずさり始めた。
 だが俺には見覚えが無い。あの時とは、どの時の事だ。
 いや、確か二日前、逃げ出したと言っていたな・・・猪の件か?

 成程、依頼人を捨てて門の中に逃げ込み、その結果罰金という訳か。

「出遅れた俺の代わりに、うちの者を助けてくれて感謝する」

 余りに馬鹿馬鹿しい連中だなと思っていると、受付から声をかけられた。
 奥の方に居たガタイのいい男が、子供が見たら泣きそうな笑顔を見せて。
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