あの人と。

Haru.

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After Story

side.リディア

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 ルリ様のお披露目が終了してひと月ほどが経ちました。お披露目直後は殺到していた書簡も近頃では随分と落ち着きを見せ、ユキ様も大分余裕をもって対応していらっしゃいます。

 この間ルリ様が他国へと赴くことはございませんでした。ルリ様は現在、まずはこの国をよくご覧になりたいそうで、毎日意気揚々とお出かけになっています。突然リゼンブル領へと単身で現れた、との報告がリゼンブル家よりあげられた時は流石に驚きました。

 なぜなら現れた、という日もルリ様は通常通り夕食前にお戻りになったのですから。つまりルリ様は辺境にあるリゼンブル領へと駆け、そしてまたこちらへ駆けて戻ってきたということですから。並みの体力ではございませんし、その速さも想像がつきません。飛竜ですら片道半日近くもかかりますのに……まぁ神獣ですから、と言って仕舞えばそれまでなのですが。


 そんなこんなで特にこれといった特別なこともなく、のんびりと毎日をユキ様のお世話をしつつ過ごしている今日この頃、朝起きるとふと違和感を覚えた私はある予感をもって治癒師の元へ赴きました。そして検査結果が書かれた紙を眺めつつさてどうするかと今後のことを考えます。

 ああ、本日はダグラスが休日なので呼ばれた時のみ向かえばあとは自由なのです。なので考え事をするにはちょうどいいのですが……ふむ……

「……とりあえず、先に報告すべきはアルバスですよね」

 あんなのでも一応伴侶ですからね。

 報告へ行こうとそのままアルバスの部屋へ向かい、ノックをするも返事がありません。とりあえず開けてみればもぬけの殻。あいつ、仕事を放り出して訓練にでも行きましたね。

 呆れつつ訓練場へ行けば案の定熊のような図体の男が楽しそうに剣を振るっていました。団員たちにとってはいい迷惑でしょうね。

 とりあえず、呼ばないことには話は進みません。あいつは放っておいたらいつまででもああしているでしょうから御構い無しに呼びます。

「アルバス!」

「んあ? リディア? どうした、なんかあったか?」

 すぐさまこっちへ向かってきたアルバスにまずはタオルを渡し、汗を拭ったのを確認してから先ほどの紙を渡します。先にタオルを渡して汗を拭かせたのは優しさではありません。紙を汗で濡らされては嫌だからです。

 ……というより、紙を見て固まったまま動かないんですが。さっさと何か反応してくれませんかねぇ。

「何か言ったらどうです?」

「い、いや……ま、まじか……?」

「本当ですよ。書いてあるでしょう。なんならもう一度診て貰ってきましょうか?」

「いや……っしゃあ!! やべぇ、超嬉しい」

 ぐっと抱きしめられ、汗が付くと引き剥がせば不満そうに、ですがそれ以上に嬉しそうにぐしゃぐしゃと頭を撫でられました。

「ありがとな、リディア」

「……べつに」

 そのあと、かなり上機嫌になったアルバスに引っ張られ、そのままユキ様の元へも報告へ行くことに。お2人のイチャイチャしているところは見たくないのですが、と思いましたが運良くいたしていなかったようで。ただただのんびりとされているところでした。

「アルバスさんとリディア? どうしたのです?」

「俺たちに子が出来た!」

「え!? は!? おめでとうございます!?」

 突然告げたアルバスに混乱しつつお祝いの言葉を下さったユキ様にとりあえずお茶を入れて差し上げますと、それを飲みつつ一息ついたユキ様。まだ少し混乱していらっしゃるご様子ですが、だいぶ落ち着いたようです。

「え、と……とりあえず座ってください」

「おう!」

 アルバスと勧められたカウチに座り、アルバスにもお茶を出し、私には果実水を。カフェインを治癒師から禁止されてしまいましたので。

「ユキ様、先ほどのアルバスが言った通り、子供が出来ました。本日治癒師の元で検査を受けた結果がこちらです」

「……ほんとだぁ……おめでとう、リディア! そっかぁ、リディアお母さんになるんだね」

「ありがとうございます」

 母親、ですか……まだ実感が湧きませんが、たしかにそうですよね。母親としての自覚というものはゆっくりと芽生えていくものなのでしょうか?

「あっ、悪阻とかは? 産休と育休も考えなくちゃ!」

「そうだよなぁ。俺としてはじっとしててもらいてぇんだが、リディアはどうだ?」

「現在悪阻はありませんが今後はどうかわかりません。ユキ様のお世話を続けたく思いますが……子のことを考えるなら休むべきなのかとも考えてしまいます」

 この世界では産み月まで働くことも少なくありません。特に私のように誰かの専属としてお世話を任されている者はそう長く休むわけにはいかない、というのが共通認識ですから。

「うーん、僕としても休んでて貰いたいけどなぁ……でもずっと動かないっていうのも体力が落ちすぎてだめなのかな……」

「それに俺は1人にするのも心配でな。もし1人の時に何かあったらと思うとなぁ……俺の執務室に連れていくってのも考えたんだが、それだと俺はこいつを一歩も動かさねぇ気がする。そうなるとそれこそ体力が落ちちまうよなぁ」

 こいつ、そんなことを考えていたんです……? 流石にそれは阻止したいところです。一歩も動くことを許されないなど考えられません。何が何でも阻止します。

「うーん……今までみたいなお世話はいいから、僕の側にいる? 普通にのんびり座ってていいしさ。アルバスさん、僕のところにいたら何かあった時騎士さんに治癒師さんを呼んで来てもらうことも出来ると思うのです」

「確かになぁ。リディアはユキの世話をしたいみてぇだし、普段はゆっくり座ってて、ユキが茶でも飲みたいって言ったらそん時だけ出す、くらいなら負担にならねぇか?」

 それなら確かに負担にはならないでしょうが……本当にそれでいいのでしょうか。ユキ様のお世話が私の仕事ですのに、ほとんど座ったまま過ごすとは……

「僕も流石にお腹に子供がいるリディアが動き回ってたらハラハラして見てられないよ。遠慮なくゆっくりして?」

「わかり、ました……ありがとうございます、ユキ様」

「ううん、いいんだよ。あ、もちろん体調が良くない時とか、産み月が近くなってきたら完全にお世話はストップね! するとしても一緒にお話しするだけだよ!」

 やはり私はユキ様にお仕え出来て良かったです。こんなにも従者を気遣ってくれる主人などなかなかおりません。

「ありがとうございます。では、私の代わりに基本的なお世話をする者を手配しておきます」

「お風呂も着替えも自分でできるから、ご飯を持ってきてくれたらそれくらいでいいと思うよ。あ、ベッドシーツの交換も、かな? 僕の体の大きさじゃあのベッドのシーツ交換はだいぶ大変だから」

「かしこまりました。ではそのように手配しておきます」

 お食事の用意に、シーツの交換くらいなら手配も容易でしょう。信用できる者を今日中に手配しておきましょう。

「ありがとね。んー……他にやらなくちゃダメなこと……あ、ロイとかヴォイド爺に報告とか?」

「陛下へは俺が行ってこよう。流石にリディアをあっちこっち歩き回らせたくねぇからな。お前はユキの世話役の手配をして、爺さんに報告したら部屋ででも休んどけ」

 流石に陛下への報告くらいなら大丈夫だとは思うのですが……なんだかもう私を休ませるつもりでしかないようですし、大人しくしておきましょうか。私が大丈夫と思っていても、何かある可能性もございますしね。なにしろ初めてのことでまだまだ分からないことだらけなのですから。

「ありがとうございます、ではそのようにいたしましょう。もう私だけの身体ではないのですものね」

「ま、一番大事なのはお前の身体だがな。元気に生まれてきてくれたらそりゃ嬉しいが、まずお前が元気であることが大前提だ」

 ……まったく、こいつは恥ずかしげもなく……ですがそんなアルバスの言葉に喜んでいる私も大概なのでしょうね。
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