1 / 8
1
しおりを挟む
「千晃となんてありえない」
「俺も咲とはないな」
小学校に入学してから、六年間同じクラス、出席番号も隣同士。おまけに家は同じマンションのフロア違いだったこともあり、登下校も一緒。そのまま中高も同じところに進み、親同士も顔見知り。
別に意識しているわけではなかったのだけれど、あまりにも一緒にいることが多く、周りから「付き合ってるんでしょ?」「夫婦みたいだな」と冷やかされる度にそう返すのは最早お決まりで。ネタのようになってしまっているそのやりとりもあってか、本当に付き合うことはなかったけれど、仲がいいとも気が合うとも思っていたし、信頼もしていた。私にとって唯一無二の…男友達。それが及川千晃だった。
そんな千晃と、久しぶりに集まることになった高校の同窓会で、一緒に幹事をすることになった。
さすがに大学は違うところに進学したから、最近は時々顔を合わせるくらいだったけれど、幹事になってからは準備から当日までなんだかんだで毎日連絡を取り合っていたと思う。内容は同窓会の打ち合わせと他愛もないやりとりが半々くらい。お互いの大学のこととか、退職したらしいという先生のこととか、好きなゲームのこととか。一度だけ「今付き合ってるやついんの?」と聞かれた以外は、特に恋バナに繋がりそうなタイミングはなかった。それも私が寝落ちして返信をしそびれたまま流れてしまったし。
元々雰囲気のいいクラスだったこともあり、同窓会はクラスの大半が集まってすごく盛り上がった。そんなわけで、参加者みんなを見送った後に、二人でお互いを労おうと打ち上げすることになって、飲み屋さんに入ったところまでは覚えているのだけれど。
その後のことがはっきりと思い出せない。
・
……重い瞼をどうにかこうにか開ける。
ちょっと体が怠くて、目がごろごろするけれど、幸いなことに吐き気や頭痛はなかった。
しかし、そんなことより背中に感じた温もりにぎくりとする。まさかゆきずりの人とワンナイト…いや、そんなはずはない。
覆い被さるように肩口に回されていた腕をそっと外して起き上がり、恐る恐る後ろを振り向いて、私のことを背後から抱き締めていた張本人の顔を見る。
隣ですやすやと気持ちよさそうに眠る、気の抜けた寝顔と、私にはない大きな喉仏。何も身につけていない鍛えられた上半身は少し焼けていた。想像もしなかった展開に頭を抱える。
備え付けられた家具の様子から考えても、ここはホテルだろう。
近くに鏡はないけれど絶対に顔面蒼白だ。なぜなら自分が着ているのはショーツとブラと、大きな白いTシャツ1枚だけ。それもおそらく隣で眠るこの男のものだ。
ということは…。
「やっちゃった……?」
そんな私の声に、隣で眠る千晃がもぞもぞと身動ぎする。しかしその後はぴたりと動かなくなった。再び深い眠りに落ちていったようだ。
そりゃ、こんなことになる相手なんて、昨日の状況的にもこの人しかいないのだけれど。でも、昨日の同窓会での彼の様子を鑑みると、相手が私であってはいけないと思う。
…こうなったら本人が起きる前に、この場を立ち去るしかない。そして、何もなかったことに。
あまりにも幸せそうに眠るその姿に若干の罪悪感を抱きつつも、私は大急ぎで彼の匂いがする白いTシャツを脱いだ。綺麗に畳んで置かれていた服を着て、ベッドのサイドデスクにお金を置く。少し多めに置いておけば良いだろう。
どんな夜だったのか。ベッドの中で、どんな会話を交わしたのか。知りたいけれど、知りたくない。誰かと二人きりでこんなところに入るなんて、生まれて初めてだったから想像もつかないけれど。
…昨日の同窓会のことを思い出す。とにかく、あんな風に自覚して、そして同時にせっかく振り切った想いを、こんな形で再燃させてはいけない。絶対に。
荷物を持って、できるだけ音を立てないようにドアを開ける。できることなら彼の方も、覚えていないことを願って。
「忘れ物、ないよね…」
囁くよりも小さい声で呟いたそれは、ぽとりと床に落ちて、柔らかな絨毯に吸い込まれた。
上原咲。
幼馴染みと迎えた朝、大学3年目の夏だった。
「俺も咲とはないな」
小学校に入学してから、六年間同じクラス、出席番号も隣同士。おまけに家は同じマンションのフロア違いだったこともあり、登下校も一緒。そのまま中高も同じところに進み、親同士も顔見知り。
別に意識しているわけではなかったのだけれど、あまりにも一緒にいることが多く、周りから「付き合ってるんでしょ?」「夫婦みたいだな」と冷やかされる度にそう返すのは最早お決まりで。ネタのようになってしまっているそのやりとりもあってか、本当に付き合うことはなかったけれど、仲がいいとも気が合うとも思っていたし、信頼もしていた。私にとって唯一無二の…男友達。それが及川千晃だった。
そんな千晃と、久しぶりに集まることになった高校の同窓会で、一緒に幹事をすることになった。
さすがに大学は違うところに進学したから、最近は時々顔を合わせるくらいだったけれど、幹事になってからは準備から当日までなんだかんだで毎日連絡を取り合っていたと思う。内容は同窓会の打ち合わせと他愛もないやりとりが半々くらい。お互いの大学のこととか、退職したらしいという先生のこととか、好きなゲームのこととか。一度だけ「今付き合ってるやついんの?」と聞かれた以外は、特に恋バナに繋がりそうなタイミングはなかった。それも私が寝落ちして返信をしそびれたまま流れてしまったし。
元々雰囲気のいいクラスだったこともあり、同窓会はクラスの大半が集まってすごく盛り上がった。そんなわけで、参加者みんなを見送った後に、二人でお互いを労おうと打ち上げすることになって、飲み屋さんに入ったところまでは覚えているのだけれど。
その後のことがはっきりと思い出せない。
・
……重い瞼をどうにかこうにか開ける。
ちょっと体が怠くて、目がごろごろするけれど、幸いなことに吐き気や頭痛はなかった。
しかし、そんなことより背中に感じた温もりにぎくりとする。まさかゆきずりの人とワンナイト…いや、そんなはずはない。
覆い被さるように肩口に回されていた腕をそっと外して起き上がり、恐る恐る後ろを振り向いて、私のことを背後から抱き締めていた張本人の顔を見る。
隣ですやすやと気持ちよさそうに眠る、気の抜けた寝顔と、私にはない大きな喉仏。何も身につけていない鍛えられた上半身は少し焼けていた。想像もしなかった展開に頭を抱える。
備え付けられた家具の様子から考えても、ここはホテルだろう。
近くに鏡はないけれど絶対に顔面蒼白だ。なぜなら自分が着ているのはショーツとブラと、大きな白いTシャツ1枚だけ。それもおそらく隣で眠るこの男のものだ。
ということは…。
「やっちゃった……?」
そんな私の声に、隣で眠る千晃がもぞもぞと身動ぎする。しかしその後はぴたりと動かなくなった。再び深い眠りに落ちていったようだ。
そりゃ、こんなことになる相手なんて、昨日の状況的にもこの人しかいないのだけれど。でも、昨日の同窓会での彼の様子を鑑みると、相手が私であってはいけないと思う。
…こうなったら本人が起きる前に、この場を立ち去るしかない。そして、何もなかったことに。
あまりにも幸せそうに眠るその姿に若干の罪悪感を抱きつつも、私は大急ぎで彼の匂いがする白いTシャツを脱いだ。綺麗に畳んで置かれていた服を着て、ベッドのサイドデスクにお金を置く。少し多めに置いておけば良いだろう。
どんな夜だったのか。ベッドの中で、どんな会話を交わしたのか。知りたいけれど、知りたくない。誰かと二人きりでこんなところに入るなんて、生まれて初めてだったから想像もつかないけれど。
…昨日の同窓会のことを思い出す。とにかく、あんな風に自覚して、そして同時にせっかく振り切った想いを、こんな形で再燃させてはいけない。絶対に。
荷物を持って、できるだけ音を立てないようにドアを開ける。できることなら彼の方も、覚えていないことを願って。
「忘れ物、ないよね…」
囁くよりも小さい声で呟いたそれは、ぽとりと床に落ちて、柔らかな絨毯に吸い込まれた。
上原咲。
幼馴染みと迎えた朝、大学3年目の夏だった。
10
あなたにおすすめの小説
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ある夜の出来事
雪本 風香
恋愛
先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)の後日談です。
前作をお読みになっていなくてもお楽しみいただけるようになっています。
サクッとお読みください。
ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。
繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜
まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。
出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。
互いに意識しながらも、
数年間、距離を保ち続けた。
ただ見つめるだけの関係。
けれど――
ある夏の夜。
納涼会の帰り道。
僕が彼女の手を握った瞬間、
すべてが変わった。
これは恋でも、友情でもない。
けれど理性では止められない、
名前のない関係。
13年続いた秘密。
誓約書。
そして、5年の沈黙。
これは――
実際にあった「夜」の記録。
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる